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Ever17連載SS 『空と彼方の境界線』 著:氷龍 命 Scene:02 Ignited Soul−荒ぶる心− |
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その時、その施設(ファシリティ)の台−それは、台と言うよりは『蓋の開いた棺桶』と言う表現こそ適切だと 言えよう代物であった−に、茜ヶ崎空は眠らされていた。そして、その頭上には巨大なカッターが 無数に取り付けられている蓋の様なパーツがアームで保持されていた。 「!一体、私をどうするつもりなのですか!?…体が動かない!?一体なにをしたのです!?」 と普段の空からは想像も付かない鋭い声で、やや離れた位置から自分を見下ろす人影に向かって叫んでいた。 だが、その人物は特に意に介する風もなく、落ち着き払った声で 「勿論、我々の力になってもらったのだよ…『ユラノース』?見るがいい、我らが創造した、新時代を築く為の 全能の女神達を……。そして、我らの頭脳となるべく選ばれた、聖母の姿を!!」 そう高らかに告げられた瞬間、男の背後に据えられた三基のカプセルがぼんやりとした光を 放ち始めた。そして、その光の中に眠るのは…… 「わ…私が二人!?それに……沙羅さん!!」 そう…。両端のカプセルの中には空そっくりの姿をした女性がそれぞれ眠り、中央のカプセルには 生まれたままの姿の沙羅が、両手を胸の前で交叉させるような姿勢で眠りについていたのである。 しかし、男は無情な一言を続けた。それは… 「『ユラノース』…。君の役目は終了した。後の世界創生は我らに任せ、永遠の闇に落ちて眠りたまえ……。 そのために、君をこうして駆動系を封じた状態でクラッシュベッドに据えているんだからね。 君の写し身と、『サリィ』の前でスクラップになる君を見せてやろうと思うのだよ。……すまないが、 そろそろ時間だ。君も安らかに眠りたまえ……おやすみ、『ユラノース』」 そう宣言した瞬間、蓋の部分がゆっくりと下がり始め、空の絶叫を封じるかのような 『ゴシュウゥゥゥゥゥン!!』という無情な音と共に閉ざされた……。 沙羅が何者かによって拉致されてより数ヶ月…。警察などの必死の捜索も空しく、その行方はようとして 知れなかった……。そして、沙羅のいなくなった倉成家では、朝起きて玄関先に佇み、夜に至っては 日付けが変わる寸前まで帰りを待ち続ける月海の姿と、それを痛切な気持ちで見詰める武の姿が当たり前の 光景と化していた……。そして、未だ一切の連絡もないままに一年の時が流れようとしていた………。 発端は、アメリカを初めとする数ヶ国の軍事用コンピューターのデータベースに何者かが小規模なアタックを 繰り返しているという報告が、ペンタゴン−米国国防総省−行われた事がきっかけであった……。 その発表によると、軍事CPUの中でも機密度の高いエリアへのアタックは殆ど行われず、まるでそのCPUに 施されているセキュリティを探るような感じのアタックが殆どであったという。しかも、アタック終了後に チェックしてもワームやトロイホースといったスパイプログラムが検出されなかった点が不可解なものであったと 言う事も特筆に価するといえよう。 もっとも、ペンタゴンもこの手の不可解なアタックは初めての経験であったが、実害がないと言う理由から 黙殺される事になってしまった。しかし…危機は静かに、そして着実に世界を覆い始めていた事を知るものは 誰一人としていなかった……。しかし、その綻びはある青年の行動とある少女の知識から 明るみに出る事となる……。 松永沙羅並びに茜ヶ崎空誘拐事件から既に一年……。手掛かりはここに至ってもまるで見つからず、一日中 待ち続けていた月海ももはや諦めかけていた6月の梅雨空の下……。降りしきる湿っぽい雨の中、 田中研究所ではなく田中家を一人の青年が訪れていた……。 「御久し振りです、田中先生。ちょっと気になる事があったんで報告に来ましたよ」 そう言いながら、その青年は通されたリビングに設えられているソファにゆっくりとその巨体を預けた。 一方、『先生』と呼ばれた明るい栗色髪の女性は、同じくソファに腰掛けながら「海藤…。その前にマヨちゃんと 空の事なんだけど、手掛かりはどう?」 と悲痛な面持ちで尋ねた。しかし、海藤と呼ばれた青年は視線をテーブルに落とし、ゆっくりと首を横に振って 何の手掛かりも得られていない事を言外に告げた。すると、女性−言うまでもなく、この二人は 田中優美清春香菜と海藤拓水の二人であった。−の方が顔を上げ、溜め息と共に 「で…?海藤、あなたの持ってきた話って何なの?その顔から察するに、 そんなに面白い話じゃなさそうではあるけど……」 と促した。そして、拓水が話した情報というのは『アメリカを始めとすする世界中の核保有国の軍事データベースに 何者かが意図不明のアタックを繰り返している』というものであった。 「確かに、妙と言えば妙よね…。でも、核保有国の軍事DBに忍び込もうとしているというのも 解せないわね…。おまけに、ワームやトロイホースすら仕込んでいないってのも引っ掛かるわね…」 そう評する春香菜の言葉も最もなのだが、海藤と春香菜はその一見すると意味のない 行動のようにも見えるそのアタックはダミーで、実は裏に何かがあるのではないかと疑っていたが、 その行動の癖に気付いた者が一人だけいた。 拓水と春香菜が今後どうするかを議論していると、玄関のドアが開き、間髪入れずに 「たっだいまぁーっ!あ〜疲れた。まったく、桑古木も大した事ないわねー」 という声と共に、リビングに一人の少女が姿を現した。その少女の姿を認めた瞬間、拓水はやや苦笑めいた 表情を浮かべながら片手を挙げ 「秋香菜ちゃんお帰り、お邪魔してるよ。って、桑古木クンに何やらかしたんだい?」 と声を掛けていた。すると、秋香菜と呼ばれた女性は、うんざりした様子で 「何したも何も、お母さん、鳩鳴館高校の文化祭って今でしょ?だから、マヨの情報提供のお願いをしに 行ってきたんだけど、桑古木ったらマヨの後輩相手に鼻の下伸ばしちゃって……こっちもあったま来たから プロ研の生徒達の前でサブミッション15連コンボ叩き込んできちゃったのよ。アイツはそのうち帰ってくると 思うから、お母さんもドロップキックでも何でもやっちゃってもいいよ」 などと、ふくれっ面で空恐ろしい事を言い切るのである。 その一般婦女子には到底こなせそうもない難解な行動を何の苦労もなくこなしてしまうのが彼女 『田中優美清秋香菜』であった。その秋香菜の…愛娘にして『もう一人の自分』の愚痴を聞いた途端、 春香菜の表情に一瞬獰猛な笑みがよぎったのを拓水は見逃さなかった。コーヒーを自分で淹れつつ、呆れ顔で 「桑古木クンも大変だねぇ〜…。もっとも、今回は自業自得って所かな?」 と呟いた所で、海藤が持参していたアクセスログとアタックの経緯をプリントしたファイルを何気なく 覗き込んでいた秋香菜が、驚いたように 「海藤さん!これ…セキュリティダミークラックの手法じゃないですか!?でも、これが出来るのは マヨくらいしかいないはずなのに……何処でこのファイルを手に入れたんですか??」 と拓水に詰め寄って問い詰め始めたのである。流石の拓水ももこの勢いに気圧されたか、思い切り仰け反りながら 「これは、ペンタゴンの軍事DBへのアタックがあった時のログだよ…。クラッカーには何人かツテがあるんでね、 そいつらに頼んで集めてもらったんだ。こういうログ程度なら簡単に手に入るからね」 そう答えた拓水だったが、何気なく秋香菜が呟いた一言に気付いたらしい。逆に秋香菜に向かって 詰め寄るような勢いで身を乗り出し 「ちょっと待った!マヨちゃんしか使えないテクだって!?と言う事は、これをやっているのはマヨちゃんだって事か? …でも、あの子はクラッキングはよほどの事がないとやらない筈だし……。でも、誰かに脅されてるという 可能性もあるか……。先生!どう見ます…?」 その拓水の問いに、春香菜は暫く黙考した後顔を上げ 「もう暫く様子を見ましょう…。その間にマヨちゃんの居場所を特定できればしめたものだし、最悪でも クラック対策を取る事も出来るわ……。海藤、あなたのハッカー仲間にこのアタックの様子をもう暫く見張るように 伝えてくれるかしら?その間に、此方からも出来るだけの事はやるわ……。何としても、マヨちゃんを奪還して 倉成の所に帰してあげるのよ!!」 と決然と言い放った。が、後にこの一言が全人類の存亡を賭けた、しかし歴史に語られる事は決してないであろう 激闘の幕開けになるとは誰も想像だにしなかった事である……。 拓水と春香菜の会話から半年後、ちょうど夏真っ盛りのお盆時……。『教会に埋葬されてるのにお盆も何も ないよなぁ……』などと下らない事を考えつつも、菜奈海の墓に花を捧げていた拓水の懐が急に震え始めた。 しかも、くぐもった音ではあるが微かなメロディも聞こえる。そう…拓水が懐に忍ばせていた携帯電話が 鳴り響いたのである。個人的に、電話はゆっくりとしている時にしか取らない主義の彼であったが、 ディスプレイに表示された名前を見て、急に拓水の表情が臨戦態勢の、端的に言えば『仕事の時の表情』に 引き締まって行くのが自分でも感じられた。そのディスプレイに表示されていたのは、拓水の情報源の一人で、 ある諜報機関崩れの男の名前だった。 暫く着信音を響かせていた拓水だったが、やがて通話ボタンを押して二言三言交した後ポケットに携帯を 捻じ込み、何処までも果てなく感じられる青空を見上げて嘆息し 「Blau Himmel(深い青空)か…俺の色だな……」 そこで一旦言葉を切った拓水は菜奈海の墓標に視線をめぐらせ、ちょっと微笑んで 「さて、俺は仕事があるから暫く来れないと思う……。麓の爺ちゃんと婆ちゃんに宜しく伝えておいてくれよ……。 多分、今度の仕事は相当大きいと思う…。もし、お前の所に行く事があったら、その時は二人で暮らそうな………」 優しい顔と声でそう語りかけると、掃除道具を返しに墓地の管理小屋に戻り、そのまま愛車のビッグホーンに 乗り込んで拓水は教会を後にした……。 路地裏の中でも、さらに目立たない所にある一軒のジャズバー……。そこに拓水が姿を見せたのは夜の8時を 少し回った時間だった。平日の夜という事もあるのか、黒人のグループが演奏するジャズの音色に合わせて、 彼の巨躯が気だるげに揺れていた。 すると、店のドアが重々しい音と共に開き、そこに入って来たのはアッシュブロンドの髪を纏めた身長が180cm くらいの白人男性だった。その男性は無言で拓水の横に座り、バーテンダーにバーボンのロックを注文していた。 そして、お互いに暫くグラスを傾けていると、白人男性の方が 「タクミ、貴方からの依頼で探していたサラ=クラナリとソラ=アカネガサキの居所に関する情報が 浮かんできました……。二人は、北米中央部に本部を置くテロ集団『The DoomS(ザ・ドゥームズ)』が 日本国内に所有する施設『パンデモニウム』に囚われている事が此方の調査で判明しました。奪還するとして、 此方で出来る手配はせいぜい情報撹乱と移動手段の調達くらいでしょう……。それに、彼の施設には 予てから不穏な噂があるという事も合わせて提供しておきます………」 その男は、表情一つ動かさず−その様はまるで感情を知らない機械の様なものだった−続く噂を拓水に教えた。 その噂とは『ドゥームズが空の身体を手に入れるべく日本で暗躍していた』というものであった。最初は 判然としなかった拓水だったが、その噂が意味する所に気付いた時拓水の頭の中では『ある仮定』が 導き出されていた。その事に気付き、ゆっくりと顔を上げた拓水は虚空を睨みながら 「空の身体はキュレイ細胞工学と最新鋭のサイバーメカトロニクス技術の結晶みたいな物……。という事は、 連中が空を手に入れた場合…先ずは解析して、それから……」 そこまで言った時、隣にいた男がハッとした表情で 「量産化…つまり、ソラ=アカネガサキの身体を元に生体兵器を作り出すという事ですか!?」 そう拓水に確認した瞬間、複数の足音がトランペットの音を掻き乱して『バタバタッ!!』と店内に木霊し、 その足音に混じって銃の撃鉄を起こす音が響いた。 拓水と情報屋の男はお互いに顔を見合わせて頷き、同時にカウンターを飛び越え、何が起こったのか解らずに 棒立ちになっているバーテンダーの頭を押し下げたその瞬間 ズダダダダダダダダッ!!!!!!!! SMGが撒き散らす轟音とホローポイント弾の洪水の中、カウンターの中を転がりながら拓水は 「アンタは奥の事務所か酒蔵に隠れてな!ちょいと申し訳ないが、今からここは戦場になるからね!!」 そう言って、バーテンダーの背中を押して退避させながらジャケットの内ポケットに手を突っ込み、 再び抜き出した彼の掌中には幾つかの金属片−大きさは大体1cm角のナット位の尖った形状をしていた−が 握られていた。手の中の金属片が放つ冷たさを確認した拓水は、反対側の方に転がった情報屋の男に向き直り、 「おい、『ジョン=ドゥ(John Doe)』!!俺たちも舐められたもんだな!!これっぽっちの戦力で俺達二人を 消しに来るんだからな。しかも、楽しみにしてた嗜好の時間を不意打ちしてくれたと来たもんだ……。せっかくの ジャズを台無しにしてくれた御礼だ…。10倍返しにしてやろうじゃないか!!」 と怒鳴った。すると、ジョン=ドゥ−英語において、『John Doe』とはあからさまな偽名であった−と呼ばれた男も ジャケットの内側から銀色に鈍く輝く拳銃を取り出しながら不敵な笑みを浮かべ 「まったくです…。せっかくいい所まで演奏が来ていたというのに、何とも無粋な連中ですね。まぁ、社会の枠組みに 馴染めなかった連中です…。タクミを殺しに来るまでに、ニューオーリンズへ旅行するべきだったでしょうね」 と修羅場にはそぐわない軽口を叩いた。ちなみに、ニューオーリンズといえばジャズの聖地として知らぬものは いないアメリカ南部の都市である。ジョン曰く『死ぬまでに本物のジャズくらい聴いておけ』という皮肉が 込められていたのは言うまでもなかった……。 そんな軽口に苦笑していた拓水だったが、事が起きた時の行動はさすが超一流と言わせるものがあった。 ちらりとカウンターから身を乗り出し、その一瞬で照明の位置を確認した次の瞬間には手の中の金属片を一挙動で 三連射し、照明を打ち砕いていた。突然照明が落ち、自分達を包んだ暗闇に戸惑っている襲撃者達を尻目に、 ジョンはよく訓練された動きで正確な射撃を叩き込んでいった。一方、拓水はというと…… ビシュッ!ビシュシュッ!!ビシュシュッ!! 握り込んだ手から撃ち出された金属片が鋭い擦過音と共に闇を疾り、襲撃者の眉間を次々に襲っていた。 指弾……。拓水の圧倒的な筋力を以って撃ち出された金属片は、それこそ大口径の拳銃弾にも匹敵する 破壊力を持ち、直撃でもされようものならば良くて重傷、下手をすれば即死に繋がるほどの凶器と化していた。 勿論襲撃者達にはその指弾が見える筈もなく、一人、また一人と打ち倒されて行く度に彼等の中に 言いようのない恐怖が走り始めた。 そしてその数が二人になった時、仲間を見捨てるように一人が店の外へ駆け出そうとした瞬間 『パァンッ!』という乾いた音が店内に響き、同時に逃亡しようとしていた男がぐらりと倒れ伏した。その光景に 衝撃を受けた拓水とジョン=ドゥだったが、状況を理解するや否やカウンターから同時に身を乗り出し、 ジョンのグロッグニ連射が襲撃者の拳銃と右肩を貫き、同時に放った拓水の指弾が両足と左肩を 一切のタイムラグもなく撃ち抜いていた。 最後の襲撃者を倒した後、カウンターの上で割れずに残っていた自分のグラスに手を伸ばした拓水だったが、 これまでの銃撃戦で壁の破片や埃が入り込んでいたせいで台無しになってしまっていたため、苦笑いを 浮かべながら伸ばした手を引っ込めてからカウンターを跳び越えて、急所をわざと外した襲撃者に歩み寄り、 その胸倉を掴んで強引に吊り上げながらドスの効いた底冷えのする声で 「さて…聞きたい事は何かわかるよな?お前達『The DoomS』の連中がさらった大学生くらいの女の子と 栗色の髪の女性…茜ヶ崎空の居場所を喋ってもらおうか?ま、イヤだって言うんなら自白剤をたっぷりと ご馳走する事になるけどね……さぁ、答えは二つに一つだ!喋るか?それとも喋らないか?どっちだ!!」 その殺気が漲る詰問に恐れをなしたのか、襲撃者のリーダー格と思しき黒服の男は脅えた声で 「ヒィ…ッ!喋る!喋るから命だけは助けてくれ!!あの二人…ユラノースとサリィは『パンデモニウム』に 運び込んだんだ!でも、俺達にはあの二人をどうするか何て事は知らされていないんだ!!だから、 た…助けてくれェ!!俺達は命令されて…DoomSのバートン教授に命令されただけなんだよ!!だから…… 許してくれェ!助けてくれよぉ!!」 無様なその哀願の前半分こそ真剣に聞いていた拓水だったが、後半の部分だけは軽く聞き流していたらしい。 呆れ顔で溜め息をつきながら、ニヤリと冷たい笑みを浮かべながら 「でも、アンタだってDoomSの構成員だろ?だったら見逃せないし、それに…ッ!」 そこまで言いかけてから一気に男を吊り上げ、コンクリートの床に脳天から叩き落す体勢を整えながら冷たい声で 「逃げようとした仲間を射殺しといて、よくもまぁ自分だけ助かろうなんて虫の良い事考えたもんだな!こいつは… さっきの分だ!!キッチリ受け取れぇ!そして、そのまま地獄に堕ちろォ!!!」 『グシャアッ!』という、柔らかい何か−男の頭部に他ならないわけだが−が叩き潰されるような嫌な音と 拓水の怒声が店内に響き渡ったのはほぼ同時だった。 その後、この手の事には慣れているマスターの手で痕跡は消され、ジョンと拓水はそれぞれ雑踏の中へ 姿を紛れ込ませるように去って行った……。 このバーでの一件を優春と月海・武に報告してから一ヵ月後……。世界中に走った一件のニュースは混乱と 恐怖、そして、世界が如何に危ういバランスの上に成り立っていたかをまざまざと見せつけ、人々に これ以上はないほどの激震をもたらした。 昼下がりの気だるい空気に包まれたこの場所は海藤拓水のオフィス……。大方昼前まで寝ていた拓水が ニュースを見ながらブランチを食べようとしていたその時、TVの画面に映っていたキャスターの前に一枚の 原稿用紙が差し出され、それを読んだ途端まだ若いそのキャスターの顔が一気に青ざめるのが液晶画面越しに ハッキリと見て取れた。だが生きる世界は違えどもそこは同じプロフェッショナル。気を取り直して彼が読み始めた そのニュースに、流石の拓水も愕然として自分の耳を疑った程であった。 そして、ブランチもそこそこに慌しく春香菜の下に急いだ拓水のビッグホーンに装備されているカーナビの TV画面からは、先ほどのアナウンサーがいまだに緊張した面持ちで 『ただいま入りました臨時ニュースです!先ほど、アメリカ・ロシア・中国・イギリスにフランスの軍が管理している 核兵器貯蔵施設へ何物かがサイバーテロを敢行し、核兵器貯蔵ブロックのメインコンピューターへのアクセスが 不可能になっているという事です!現在復旧に向けて全力で作業が行われていますが、現在復旧の目処は まったく付いていないとの事です…繰り返します。先ほど、アメリカ・ロシア・中国・イギリスにフランスの 軍が管理している核兵器貯蔵施設へ何物かがサイバーテロを敢行し……』 という同じニュースが 世界各国からの中継や軍事アナリストの意見を交えて繰り返し流されていた。 丁度拓水が田中家の居間へ飛び込んだ時、その場所には春香菜の他にも秋香菜にホクト、桑古木とココ、 そして月海と武の姿も揃っていた。 その場所に慌しく飛び込んできた拓水の姿を認めた春香菜が、緊張した声で 「海藤…。これって、ひょっとして……」 と明言は避けたものの、言外に『沙羅のハッキングデータが使われているのではないか?』という事を訊ねた。 当然拓水もその問いは予想済みだったらしく、リビングのパソコンからどこかにアクセスを取ると 「ええ…今、そのログの確認を取ってもらっている所です。しかし…核兵器貯蔵施設の奪取とは思い切った事 してくれますね……。それに、奪取した施設の場所も絶妙な配置になっている……この五箇所からだったら、 世界中何処にでもボタン一つで核が飛ぶ……。まさに、コレをやった連中は世界制圧を成し遂げたって事か……」 その拓水の言葉に被るように、先ほど拓水が弄ったパソコンからメールの着信を告げるアラームが鳴り、内容を 確認した拓水がやや辛そうな顔をしながら溜め息交じりで春香菜に 「ビンゴでしたよ…。今回のサイバーテロで使われたアクセス手段は、以前に話したマヨちゃんの手段を 使ってますね…。これで、彼女を拉致った連中が何等かの手段で彼女のハッキング技術を手に入れ、それを使って 今回の一件を仕掛けたんでしょう……。こうなったら待ったなしですね…先生?」 そう言いながら殺気を全身に漲らせ始めた拓水の変化に、驚いた様子で見上げていたホクトだったが、やがて 意を決したように決然と立ち上がり、真剣な目で拓水を見つめながら 「海藤さん!ボクも連れてってください!!沙羅の事はボクだって心配だったんです!足手纏いにはなりません!! お願いします!ボクも…ボクも沙羅の所に連れて行ってください、お願いします!!」 そこまで一気に言い終えたホクトは、一切の躊躇いもない動作で深々と土下座したが、拓水の方はと言うと 底冷えのする声で冷淡に 「ダメだ…。連中の…『The DoomS』のアジト『パンデモニウム』は生半可な腕じゃついて来る事さえ出来ない。 別に邪魔だとか言う訳じゃないが…突入したら最後、そこにあるモノは『戦い』じゃない。『戦争』だ…。君達の様に 明日のある人にそんな事はさせられない…。だから、俺が行く……。俺は、月海さんを護って17年間社会の闇に 潜んでいた事がある…だから、裏社会がどういう摂理に基づいて作られているか位は理解している。あの世界は 君達に見せられるもんじゃないよ……。とりあえず、ホクト君は秋香菜ちゃんやココちゃんと留守番してればいいよ。 俺と月海さんに武さん、田中先生に……足引っ張らないとは思うけど、カブちゃん…君も来るよな……?」 そう言って振り向き、居間を出ようとしていた拓水だが、なおも諦めないホクトは追いすがる様にしがみつきながら 「ボクだって沙羅の兄です!妹がさらわれたって言うのに…ここでユウやココと一緒に黙って待ってるなんて 耐えられませんよ!!…お願いです!ボクも一緒に連れて行ってください!訓練が要るならどんなに ハードな物でもこなします!銃の扱いを覚えなければいけないのなら覚えます!!だから…お願いします……」 はじめの方こそ勢い込んでいたが、最後には本来の優しい性格が出たのかボロボロと涙を流しながら 土下座状態で崩れ落ち、拓水のジャケットを辛うじて掴んでいるだけの状態になっていた。 このホクトの変わりように面食らった拓水はとりあえずホクトを抱き起こし、頭をガリガリと掻きながら困ったように 月海と武、それに春香菜を順に見やりながら 「やれやれ……。ナイト様はそう言ってるけど、保護者両名様と先生…どうします?彼……。俺的には 殴り倒してでも止めさせたいんですけどね。訓練といっても、短期間で出来るものなんて限られてるし、銃器の 取り扱いは…まぁ、自分の足を撃たない程度のものはすぐに教えられますけどね……。俺は立場的に反対です。 でも、この熱意は本物ですからね……。最終的な判断はお任せします………」 そう言って手をヒラヒラとひらめかせながら、壁際にもたれかかって三人の返事を待っていた。 暫く続いた沈黙の後、最初に口を開いた春香菜が 「まぁ、一旦言い出したら忍び込んででも助けに行く性格してると思うわよ?だったら、連れて行ったほうが 余計な混乱を招かなくてもすむと思うし……。それに、月海と倉成が必死で脇を固めるでしょ?まぁ、倉成も どちらかと言えば素人に近いほうじゃないの?だったら、一人訓練するのも二人訓練するのも同じ事ってね……?」 悪戯っぽくそう言う春香菜に対し、月海は苦笑しながら肩を軽くすくめ、武はむくれた様子ではあったが 否定はしなかった。事実、LeMU事故での彼は必死さが前面に出ていたおかげで高い運動能力を発揮していたが、 本来は滅多な事ではケンカもしない優しい男なのだ……。 その事実を再認識させられた拓水だったが、しばし黙考した後小さく溜息をつきながら 「ま、先生の言葉じゃないけど一人教えるのも二人教えるのも一緒か……。それに、弾薬ザックの中にこっそり 潜り込んで付いて来られちゃかなわないしね……」 そう言って苦笑いしながらも気配だけがどんどん鋭さを増し、その様子を敏感に感じ取った月海が身構えるのと 同時に、拓水の何気ないサイドキック−だが、その一撃は丸太さえも軽々と蹴り砕くほどの重さである事は 想像に難くなかった−が何が起こるのか分からずにキョトンとしているホクトの即頭部に襲い掛かっていた。 いきなり放たれた拓水の蹴りに、慌てて飛び掛ろうとしていた桑古木や秋香菜だったが、月海と武、それに 春香菜は余裕の表情でこの展開を見守っていた。というのも…… 「へぇ…肝の据わり方は親譲りって事か……。だったら問題ないかな?」 いつもと全く変わらない軽い調子で、笑顔さえ浮かべながらホクトの側頭部に直撃する寸前で蹴り足を止めていた 拓水の姿と、全く動じない様子でその蹴りを寸止めに受けていたホクトの姿があった。 「流石は海藤ね…。言葉で言いくるめるんじゃなくて意志を直接問う為のその手段。私の息子はどうやら 及第点だったみたいね?」 そう呟き、コーヒーを一口飲みながら不敵な笑みを浮かべた月海と、余裕そうな表情で 「それに、ホクトは俺の息子でもあるからな。度胸の据わり方は人並み以上だぜ……。さて、俺もそろそろ 本格的なトレーニングを海藤につけてもらうかな……。海藤、よろしく頼むぜ!!」 と言いながら、ソファーから立ち上がるなり大きく背伸びをした武の姿があった。 既にやる気満々な倉成一家と春香菜を前にして、唖然としていた桑古木と秋香菜であったが、ふと 我にかえった桑古木が驚いた様子で 「おい海藤!まさか…ホクトも連れて行くっていうのか?俺は反対だぞ!第一、武や月海はそれなりに 心得があるかもしれないけど、ホクトは普通の少年なんだぞ!?そんなホクトを物騒な場所に連れて行けるか!!」 と激昂して拓水に詰め寄り、秋香菜も腰に腕を当てながら 「そうよ!さらわれたマヨはともかく、ホクトは一般人なんだしそんな荒っぽい事は無理よ!!ホクトも… もう一度よく考え直してよぉ……。第一、ヘタしたら死んじゃうのよ!?」 そういいながらホクトの身体を抱き起こそうとしたが、その腕を遮って勢いよく立ち上がったホクトは二人に向き直り 「大丈夫だよ…お父さんの言葉じゃないけど『ボクは死なない』からさ……。それに、海藤さんが自分を 護れるだけのトレーニングは付けてくれるし……」 優しく微笑みながら二人に言い聞かせた後、真剣な表情で拓水に向き直りその目を真っ直ぐに見つめながら 「海藤さん…!お願いします!!沙羅を取り戻すための力を、ボクに与えてください!!」 と言って拓水に向かって深々と頭を下げた。 流石にこの最敬礼には驚いたのか、当の拓水もビックリしたような表情で半歩後ずさり、しかし理解したような 表情を浮かべてからホクトの肩を『ポン!』と軽く叩きながら不敵な笑みを浮かべ 「OKだ…。まぁ、出来る事は少ないけれど何とか形にはしてやろう。武さんや月海さんも、それでいいですね? 今日中に俺のオフィスに移動して、一週間!一週間で必要最低限の修羅場を切り抜けるテクニックを 教えてやろう……。銃の扱いから基本的な格闘技術…まぁ、要はケンカのやり方だな。でも、教えるからには 最低でもタイマンのケンカには負けないように鍛えてやるよ……勿論、武さんもね??」 最後の言葉は武に向けて軽いウインクと共に投げ掛けられたものではあったが、その言葉には奇妙な説得力が あり、それを聞いていた武やホクトは無意識の内に『こいつならば任せられる』という安心感が芽生えていた。 だが、桑古木はどうあっても反対だったらしい……。ホクトの説得が無理だと諦めると、今度は拓水に向き直り 「ホクトや武はそう言ってるがな!俺は絶対に認めねぇ!!もし嫌だってんなら力づくでお前を倒して……!」 と言って飛び掛ったが、17年前と言い夏の一件と言い、どうも桑古木はこの展開に陥りやすいらしい。 呆れ顔で聞いていた拓水だったが、力づくと言う言葉を聞いた瞬間に表情が一変し、殺気むき出しの顔で 「だったら…テメェは武さんやホクト君に『役立たずはスッ込んでろ』とでも……言えってのかぁ!!!」 と怒号−傍で聞いていた秋香菜や、一番離れた所にいたココでさえ脅えて後ずさる程の剣幕であった−を 飛ばすが早いか、残像が残る程の速さで桑古木に組み付き、その顔面に強烈な膝を叩き込んでいた。 鼻が潰れるほどの膝蹴りを顔面に叩き込まれ、あまつさえ首を掴まれていたせいでそのまま吹き飛ぶ事も 出来ずに床へと崩れ落ちた桑古木を踏み付けながら、心底侮蔑したような眼差しで 「悪いが…テメェにそこまで言われる覚えなんて無いんだよ。それにだ…人の必死の頼みは断らない 主義だし、ホクト君…いや、ホクトの覚悟は見せてもらったし、まぁ…武さんの覚悟は見るまでもない……。だが、 俺的に問題なのは桑古木君…アンタだ。武さんのふりするのに17年も掛けた割に腕っ節はお世辞にもいいとは 言えやしない。田中先生なり秋香菜ちゃんに、サブミッションの一つも教わっておくんだな。 ……それじゃあ、武さんにホクト君。ちょいと寄り道する所があるんで先に出ますから。田中先生が 俺のオフィスの場所知ってますんで、後で月海さんも連れてそっちに来てください。沙羅ちゃんが狙われたって 事は、月海さんにも触手が伸びる可能性がありますからね……。それなら場所を移しておいた方が 安全でしょうからね…。ま、オフィス自体はまだまだ余裕がありますから、しばらく生活を共にしてもらいながら 武さんとホクト君の訓練を行えるし、俺自身も得物の選別や改造が出来ますからね」 そう言って田中家の居間を立ち去った拓水に続き、武と月海、それにホクトの倉成一家が居間を出て行った後、 大きく伸びをした春香菜が窓の外を見つめながら不敵な笑みを浮かべながら 「さ〜てと、海藤だけに負担掛けさせたくないもんね……。私も久し振りに運動しようかしら?あぁ、秋香菜… 貴女は家で留守番しててね。後、桑古木が起きたら『アナタも感覚取り戻しておきなさい』って伝言しておいて」 と言いながら居間を出ようとしたが、今まで黙って春香菜の声を聞いていた秋香菜が意を決したように 「お母さん!私も…私も一緒に戦う!!マヨは私の可愛い後輩だし、空は…私にとってはお姉さんみたいな 人だから……。そんな二人が囚われてて、皆が戦おうとしてるのに…私だけ何も出来ずにジッとしてなんて いられないよ!!…ホクトみたいに海藤さんに師事して戦闘訓練を受けるなんて厳しい事は私には 出来ないかもしれない……。でも!お母さんと一緒に戦う事くらいはできるよ!!だから! 私にも戦い方を教えて!!この手でマヨと空を取り戻す為の…戦い方を!!」 いつも以上に力が入り、その瞳に強い決意の光を宿して訴えた秋香菜だったが、春香菜は暫くその瞳を 覗き込んだ後、少しだけ目を逸らしながら 「…それは、出来ないわ……。確かに、貴女が沙羅を助け出したいと言う気持ちは理解できるわ……。 でも、その為に私や桑古木、海藤、それに倉成や月海がその手を汚そうとしているのよ……。でも、貴女には そんな事をさせられない……。だから、貴女はココを護って此処で待っていて…私達が沙羅ちゃんと空を取り戻して、 奴らをぶっ潰した後で帰って来るその時まで……。まぁ、精々出張に行って帰ってくる程度の期間だと思うから、 大人しく留守番でもして、自分の生活をエンジョイしてなさいって事ね♪」 最後の方は秋香菜の不安を取り除く為にわざと明るく告げ−もっとも、それは春香菜自身の 拙い願望だったのかもしれないが−てからココの方に向き直り、少々おどけたような口調で 「まぁ、そういう訳だから。ココも秋香菜の事を宜しくね?……だぁ〜いじょうぶよ!チャチャッと不届きな連中を 始末して沙羅と空を取り戻してくるから、帰ってくるまでに特級品のコメッチョ考えておいてね?」 と軽くウインクしながら居間を出て自分の部屋に入っていった春香菜を見つめながら、やりきれない様子で秋香菜は 『お母さん…ゴメン。やっぱり、私も戦うよ……』と短く呟いたその日の夜、秋香菜が暴走族時代に乗り回し、 現在ではガレージにしまってあったはずのバイクが夜の街を駆け回っていた……。 そして一週間……海藤の直接指導の下で着実にタイマンのケンカから拳銃や小火器類の取り扱いを学んだ 倉成とホクトは、取り回しと威力の点からグロッグを与えられ、元からの戦闘能力を活かすために『H&K G3SAS』と 大型サバイバルナイフを武装に選んだ月海が訓練を終え、予め決めておいた合流ポイントに拓水と共に 現われたのは、既に夕闇が押し迫りあたりが薄暗くなった時間帯であった。 先に到着した4人からややあって、合流場所に到着した春香菜と桑古木は米軍仕様のライフルに大型の コンバットナイフ、それに偶然なのかグロッグというチョイスだった。 ちなみに、拓水の武装はというと、UZI SMG二挺に全長が180センチに達するかと言うほどの巨大な直刀 『シュベルトメッサー』を背中のアタッチメントに二振り背負うと言う重装体勢だった。 そして、新月の夜に紛れて『パンデモニウム』の敷地に近付いていた一行だったが、正門−表向きは法人の メカ工場として偽装されている為、正門に当る部分には警備員なども配置されていた−を迂回しようとした刹那、 そこへ続く道の向こうから大量のバイクや原チャリにまたがった集団が正門めがけて殺到し、まるで これから突入する春香菜達の為に警備をかく乱しているような動きを見せた。 そして、その一団の掲げていた黒い生地の旗に金糸で刺繍されていた『苦麗無威爆走連合』の文字を見た瞬間、 春香菜にはこの騒ぎの首謀者が誰であるかが直感できた。そう…大人しく家にいろと言われはしたものの、 大人しくしてはいられなかった秋香菜が、自らが七代目を張るレディース暴走族を率いて参上、春香菜達を 援護する為に警備のかく乱をしているのだ。 そして、その騒乱の中から一台のバイクが躍り出て春香菜の前で停止した。勿論、そのバイクを駆るのは 秋香菜であったが、春香菜を真剣な目で見つめた後真剣な声で 「お母さん、私は確かに戦えないかもしれない……。でも、頭数を集めればこう言うかく乱くらいは出来るんだよ。 だから、今のうちに潜り込んで早くマヨを助けてあげて!そして、みんなで帰って来てまた一緒に集まろう!」 切実な顔でそう訴えかける秋香菜を見つめ返しながら、春香菜も毅然とした表情で 「えぇ、また皆で集まって…そうね、今度は秋にまつたけ狩りにでも行きましょう。勿論、グリルと七輪…は海藤が 持ってきそうね。あいつ、妙な所でこだわるから……。まぁ、明日の朝日を全員で拝むのが先決事項ね……。 じゃ、行って来るから。ココの事、よろしく頼むわよ?」 まるで出張に行くかのような平然とした声でそう返し、突然の乱入者で騒然となった正門に向かってゆっくりと 歩んで行く春香菜を見つめ、先行していた拓水が開いた内部への突破口に吸い込まれるように見えなくなっていく 母親の姿をしっかりと見届けた後、正門付近で警備員と騒ぎを起こしていたメンバーに 「みんな、そろそろここからズラかるよ!この後は街を流してミニ集会するよ!!『苦麗無威』、行くよ!!」 そう短く告げた後、統制の取れた動きでパンデモニウムから離脱しながら、ミラーに映ったその建物の全景を ちらりと見ながら『お母さん…無事に帰ってきてね……』と呟いて、流れる涙を隠す為にカウルにその身を伏せる 秋香菜の姿があった。 一行が突入した『パンデモニウム』は、地上部分こそ普通の産業用ロボットの生産工場だが、今やそこは 銃弾が飛び交い、刃と刃が火花を散らす戦場と化していた。だが、そこは幾度となく修羅場を潜り抜けた裏社会の エージェントである拓水と、危機管理能力が元から高かった月海の事。巧みに銃撃を避けながら滑るような速さで 間合いを詰めると月海は足元の鉄パイプを、拓水は組み立てロボに装填されているボルトを抜き取りながらの 指弾攻撃を繰り出して迎撃に出てきた武装構成員を次々と無力化していった。 しかし、舞い踊るような二人の動きに動きを止めていた春香菜達の頭上を狙ったDoomSのメンバーが二人 飛び降りようとしていたが、指弾を連射しながら周りの警戒も怠らなかった拓水と月海が同時に気付き、月海は 最後の一人の顔を盛大に殴り飛ばした直後の鉄パイプを槍投げの要領で投げつけ、拓水は背中の アタッチメントから外した左のシュベルトメッサーを回転させながら投擲して同時に二人を葬り去っていた。 「やれやれ、こいつら本当にキリがないなぁ……。でも、地上でこれだと本体とも言うべき地下での戦闘が 思いやられますね……?多分、戦力はこの倍は出てくるでしょうから………」 地上部分での大立ち回りを経て、ロボットの監視室に隠されていた地下への階段−エレベーターシャフトも あったが、トラップの危険性を考慮して階段での移動となった−を下りながら、先頭を行く拓水はすぐ後を続いている 春香菜にうんざりした様子で問いかけた。すると、同じ事を考えていたのか春香菜もどこからともなく取り出した ミニ団扇でパタパタと首元をやりながら溜め息をつき、眼前で揺れる拓水の銀髪を見つめながら 「そうねぇ…倉成やホクト、それに、桑古木もよくやってくれたわ。でも、まだ地上部分……。多分、地下には 幹部クラスの連中も潜んでるだろうし、そいつら全員のした後で核施設のコントロール回復という大仕事も 控えてる……。正直、空が無事でいてくれたらなんて事ないんだけど、万が一を考えただけでどんよりと 気が重くなるわねぇ〜〜〜〜〜」 と心の底から疲れきったような表情を浮かべながら答えていた。 一方、その少し後ろに続いていた武と月海、ホクトの三人は、緊張した面持ちの中にもある程度の事は自分でも 出来ると言う安堵感が漂い、それが無意識の自信となっていた。だが、そんな二人の中にあっても月海は周囲へ 常に気を配り、階下に潜む伏兵やトラップの存在を探し続けていた。しかし、冷静を装いながらもその胸中には 『それにしても、ここに入った時から誰かに見られているような気がし続けているのは何故?いえ… 誰が私を見ているの?何のために?どこから?』 という疑念が渦巻いていた。もっとも、この疑念はすぐに現実となるのだが……。 階段を下りきった一行が辿り着いたのは、広い空間の三方に通路が伸びているという、何の変哲もない 通路だった。だが、その部屋の中央には奇妙な事に鋼鉄製の箱が置かれ、その中から『ヴィィィィィィン………』 という妙な駆動音が空気を震わせながら聞こえていた。 「なんだこりゃ?動力にしてはやたら無防備だし、格納庫にしちゃ隠す気なさそうだし……」 そう言いながら、箱の周りをぺたぺたと撫で回しながら歩いていた武が1周し終えようとしたその瞬間、 何の前触れもなく箱が『バカンッ!』と開き、中から姿を現したのは……。 「か…海藤!?」 という春香菜の素っ頓狂な声に続き、月海の 「何で…海藤がもう一人いるのよ……?」 という疑問の声が上がったが、誰よりも驚いていたのは当の拓水だろう……。腕を組みながら 『じぃ〜〜っ』と『もう一人の自分』が入っている調整カプセルを睨んでいたが、ややあって『はぁ……』と小さく 溜め息をつきながら首を振り、さも呆れ返った様な声で 「どうやら、この『もう一人の俺』は昔の風音辺りで怪我した時の細胞から作ったらしいですね……。まぁ、今に 比べても若そうに見えるし、意識なくすほどの怪我をしたといったらあの時以外ありえなかったし……。しかし、 一体何が目的で俺のクローンなんぞこしらえたんだろうねぇ……」 というぼやきに答えたのは、天井に備えられたスピーカーからだった。 [ようこそ…我等世界の新たなる支配者たる『DoomS』に刃向かう愚か者諸君!そこにいる我等の尖兵… タクミ=カイトウの細胞から創造した生体兵器『ネプチューン』が君達へのプレゼントであり、同時に 防ぎようのない死の使いとなる……。さぁ!目覚めよネプチューン!!そして、お前の前にいる愚か者どもを 皆殺しにしてしまえ!!!フハハハハハハハ!!!!!!!!] などと一方的に喋り倒した−拓水と月海、春香菜に言わせれば『自分の存在に酔ってるねぇ〜〜』と 呆れ返るには充分過ぎるほどの芝居がかったものだったが−後カプセルが開き、ゆっくりとした足取りで出てきた 『もう一人の海藤拓水』は、作った連中の趣味なのか芝居がかった仕草で一礼し、本物の拓水そっくりの声で 「ようこそ、新たなる世界の神殿へ……。私の名は『ネプチューン』だ。風音市で傷を負った君の細胞片を培養して 生まれたクローンだよ。そして、君を殺して本物になる体でもある……。さぁ、お喋りはここまでだ…新たなる 世界の為の礎となってもらおうか?」 と気取った声で告げていたが、一切の隙を見せないうちに懐からナイフを取り出して構える様は拓水本人のそれと なんら遜色がなかった。勿論、それを見せられて『おぉ〜!』などと本人が喜ぶ筈もなく、思い切り苦々しい表情を 浮かべながら頭をガリガリと掻き、溜め息を一つついた後で 「お前さぁ、自分が何言ってるかは理解してるよな?ったく、『俺を殺して入れ替わる』?冗談がきついぜ……。 なら、俺からも御神託だ…。俺はお前を殺す。そして、このフザけた秘密結社もブッ潰す!!」 と、それだけで人が殺せそうなほどきつい視線を投げかけていたが、ふと何かに気付いたように振り帰り、 苦笑交じりの表情を月海達に投げかけながら 「ま、自分の不始末でこういうのが出来た以上、俺が始末付けときます。月海さん達は先に行ってて下さい。 通路は三叉路ですから、皆は左右にそれぞれ行ってもらって……俺は目の前のコイツをブン殴ってから 正面行かせてもらいますよ。…大丈夫ですよ、所詮は三下コピーですから。オリジナルが負ける訳ないですよ」 どこまでも飄々として、苦笑しながらヒラヒラと手を振る拓水の姿に納得したのか武達は右側の通路に、 春香菜達は左側に向かって駆け抜けて行ったが、ネプチューンは特に追う素振りは見せなかった。 春香菜達が通路の奥に消えたのを確認してから、拓水は腰から吊っていた彼を象徴するような武器 『ブレードバスター』を抜き放って構え、ジリジリと隙を窺いながら部屋の中を動いていた。だが、短い対峙の後 限界まで引き絞られた弦から放たれた矢のように二人はほぼ同時に飛び込んでいた。 ガッ!シャキキィィン!!ガキィィィンッ!! 高速で振るい合ったナイフが激しい音を立てて激突し、薄暗い照明の空間に火花が飛び散る様は、暫く前に 拓水がホクトに告げた言葉……『そこにあるモノは戦争だ』というそのものであった。 しかも、お互いが空間を巧みに利用して3D的な戦闘を行っているとなれば、その姿は最早縦横に張り巡らされた 糸の間を舞う白銀の蜘蛛の様であった。 そして、何度目かの跳躍と斬撃の激突の末地面に叩きつけられたのは…… 「ガハァッ!くそ…アレを反応されるとはな……」 脇腹に深々とナイフを突き通され、その傷口を庇いながら立ち上がったのは何と拓水の方だった。そして、 少し離れた所に音もなく着地したネプチューンはやけに余裕の表情で 「フム。どうやら君の性能はそれが限界のようだね……。だが、悲しむ事はないよ…。何と言っても、私は TB種である君の肉体に加え、筋力の増幅剤とでも言うべき宿主酵素を常に限界まで血中に保てるよう 改造されているんだからね。だが、君はあくまで普通の人間でいようとするあまり酵素の血中量が極端に少ない。 これは、戦闘兵器として進化したTB種に対する冒涜だよ?なぜならば、私は今この世界で安寧に浸っている 愚かな人間どもを粛清する裁きの神として生まれたんだ。だが、オリジナルである筈の君はその安寧に浸るあまり 戦闘兵器である所の自分を見失ってしまっている様だ…。とても無様だ、見てはいられないよ。……仕方がない。 私が唯一絶対のTB種へと昇華される為の礎となってもらおう……おやすみ…タクミ……」 一気にそう喋った後、拓水の首筋めがけてナイフを振り下ろしたネプチューンだったが、そのナイフが拓水の首を 削ぐ事はなかった。なぜならば、ダメージが残っているにもかかず瞬発力を生かして身体をずらした拓水が、 自分の袖の中に隠していたスローイングダガーを抜くなり投げ付けるのではなく逆手に持ち替えてそのまま ネプチューンの腕に突き刺したからだった。 この突然の反撃には流石のネプチューンも対応できなかったのか、二の腕にダガーを突き立てたまま飛び退き、 驚いたような表情で、脇腹を押さえながら立ち上がった拓水を見つつ、賞賛のこもった眼差しで 「素晴らしい…それでこそ我がオリジナルだよ!!あぁ、私が創造されてよりこれまでの間に葬った愚か者の数は 多かったが、君ほど私を興奮させた者はいなかったよ!!まぁ、あえて言うならば何時だったかの骨董屋で 老いぼれ夫婦を庇って私に刺し殺された小娘が不思議とゾクゾクさせてくれたがね。もっとも、その小娘は私の事を 知っていたようだったよ。なにしろ、私に刺されてもなお『信じられない』といった表情を浮かべていたからね」 大仰に腕を広げ、恍惚の表情で語るネプチューンとは対照的に、その少女の事を耳にした途端拓水の中には ある仮定が浮かび上がった。その仮定とは…… 「おい…ネプチューン。お前が襲った骨董屋ってのは、丘の上に教会がある海沿い骨董屋『うさぎ屋』の事か? そして、お前に刺された女の子ってのはそこの居候で、きれいな黒髪のロングだったろう?」 表情を窺わせない無機的な顔のまま、そう問いかける拓水に対し、ネプチューンは笑顔さえ浮かべた表情で 「ほぅ、よく知っているねぇ♪その通りだよ。確かに私が戦闘能力のテストとして強襲したのは『うさぎ屋』という名の 骨董屋だし、老いぼれを庇った小娘はそんな風体だったね。それに、そこの爺が『居候のお前さんが』等と戯言を 言っていたね。しかし、そんな事を調べてどうしようというんだい?まさか敵討ちなどと言う、何の得にもならない 事の為にそういう無為を行うと言うのだから、君は罪深いね…。そんな小娘の一人や二人死んだ所で、 所詮瑣事だ。我等が支配するであろうこの世界には何の変化もな……」 そこまで言いかけた時、空気を鋭く引き裂く『シャッ!』という音が駆け抜け、同時にネプチューンの左腕が 斬り飛ばされ、噴き出した鮮血のアーチを描いて宙を舞っていた。 一切の動きさえ見せずにその一撃を叩き込んだ本人…ネプチューンの背後に駆け抜け、肩越しに 睨み付けていた拓水は、その目に昏い怒りの火を灯し、聞く者の心を凍て付かせるほど底冷えのする声で 「そうか…お前が殺したんだな……。その子を、俺の妹を…菜奈海を……。ずっと気になっていたんだ、 菜奈海を死に至らしめたその強盗の事を…。そして、あいつの墓の前で誓ったんだ…『お前を殺した奴は、 どんな奴でも絶対に俺が殺す』ってな……。そして、今回お前が得意気に語った話…どうやら、この巡り合せは どこぞの神様がお膳立てした『Providence』って奴らしいな……。ネプチューン…お前言ってたよな? 『TB種だから宿主酵素の量くらい高めとけ』ってさ。実はな、俺も出来るんだよ……。でも、俺は兵器じゃない。 普通の人間な訳はないけど、そういった『普通の人たちが笑って過ごせる世界』を護るのが俺の役目だと思ってる。 2017年の流出事故で死に掛けて…たった一人で孤独に耐えた8年と、色んな仲間と出会えたそれからの今…。 そうだな。お前から見れば『くだらない幻想』って奴だろうさ。でも…俺はそれも大事だと思う。だから、俺は敢えて 裏社会に身を投じたんだ…。穢れは全部俺が背負う…そして、そういった『くだらない幻想』を俺は護る……。 だから、俺は…お前を殺す!日常に非日常を持ち込んだDoomSを、そして…唯一の肉親を玩具のように奪った お前を……そして、これ以上俺や菜奈海の様な悲劇を増やさないためにもだ!!」 そうネプチューンに対して叩き付けるように激しい言葉を告げるのと同時に、拓水は背中に装備していた シュベルトメッサーを左だけ逆手に持った独特の体勢で構え、先程までの昏い怒りの炎とはうって変わり、 烈火の如き怒りの炎を相貌に輝かせていた。 この拓水の豹変に暫したじろいだネプチューンであったが、やがて落ち着きはしたものの、今度は 拓水の変化に興奮したような声で 「す…素晴らしい!これだ!!この力こそ私を生み出した力だ!!そして、この力を私が凌駕してこそ私は 真の意味において『人類の頂点』に君臨する事が出来る!!…もっとだ!もっとその力を私に見せてみろ!」 そう叫びながら、残った右腕に構えたナイフを振り上げて突っ込んで来たネプチューンだったが、あまりにも一瞬で 実力を大きく引き離されたという事実が、彼の理性に大きなヒビを入れていた事に彼自身が気付く事はなかった。 というのも、過去に菜奈海を襲った際にもみ合いとなったのだが、老夫婦を守る為に普段の穏やかさからは 想像も付かないほどの力を発揮した菜奈海に店内においてあった小太刀で脇腹を刺し貫かれると言う 失態を演じていた。もちろんその時は奪い取った小太刀で菜奈海を滅多刺しにしたのだが、最期の気力を 振り絞った菜奈海が店内の警報装置を作動させたために老夫婦まで襲う事が出来なかった。 そして、傷の修復と同時に宿主酵素の増加処置を受けた事でようやく能力の安定化に漕ぎ着けていたわけだが、 一方の拓水は常に酵素の分泌量を抑えた上で自己の研鑚に努め、緊急時の保険用として酵素の分泌を 増加させると言う方式をとっていた。 即ち、両者の実力が拮抗していた現状を考えると、己の身体を強化する酵素を常に大量保有していた ネプチューンと、保有量を極限まで抑えているが、覚悟さえ決まればその血中量を激増させられる拓水との間には、 決定的にして埋める事の出来ない差が既に存在していた事になる……。 この事実を突きつけられたネプチューンは、最初『信じられない』といった表情だったが、それから急に 怒りで顔を歪め、残った右腕でナイフを構えながら 「有り得ん!完全な戦闘兵器として調整されているこの私が、調整されてすらいない貴様に敗北するなど断じて 有り得ん!!それならば今ここで、この私が貴様を廃棄してやろう!!死ねぇぇ!!」 錯乱と否定と恐怖で喚き散らしながら突っ込んで来るネプチューンに対し、冷静そのものの拓水は、冷たい視線を 『そいつ』に向けたままで 「冗談がきついぜ…これが現実なのさ。お前は三下、だけど俺はオリジナル……。そうそう、お前の身体にはなくて 俺の身体にはある物を教えてやるよ…。それは『TBウイルス』そのものさ。通常、TB種の生物はウイルスとの 共生状態で始めて宿主酵素『ナイトシアミン』を血中に生成できるんだ。だが、お前は強化ステージの中でその ウイルスを全て除去してる筈だ。そして、ナイトシアミンの供給インプラントか何かを入れている…。でも、俺は そのウイルス自身を身体に入れたままだからな。自分の意志である程度は酵素量を調節できるし、覚悟を決めれば 身体が耐えられる限界まで分泌する事も出来る。そういう意味では、俺とお前の間には端から決定的な差が あったと言う事さ……。所詮テメェは……」 そう言いながら、振り下ろされたナイフを受け止めるように左手でグリップしたシュベルトメッサーの柄で 受け止めようとした刹那、拓水が握りしめていた部分から『カチリ!』と言う音が鳴り、それと同時に柄の先端から 飛び出してきたのは、ブレードバスターを少し小ぶりにした感じのナイフの刃だった。 当然、拓水が構えている刀が只の刀だという認識しかなかったネプチューンにとって、このギミックはまさに 意表を突くものだった。しかし、臨界に達した怒りを通り越し、逆にクリアになっている拓水にとっては その動揺さえも些細なノイズであった。故に、いつも通りの滑らかな動作で 「欠点だらけで、どうやってもオリジナルには勝てっこないお人形さんなんだ…よっ!!」 そう一喝しつつも、ナイフを振り下ろそうとしたネプチューンの手首にシュベルトメッサーの柄から伸ばした ナイフの刃を叩き込み、手首を切断するのと同時に十分体重が乗せられたサイドキックでその巨体を 背後の調整カプセルに叩きつけていた。そして、そのカプセルに駆け寄るや否や両手に携えたシュベルトメッサーを まるで複雑な動きの舞を踊るように縦横に、しかし暴虐の限りを尽くして振るい、ネプチューンの両手両脚を それこそ寸刻みにするような勢いで細切れに切り刻んでいった。 『無限の剣虐−アンリミテッド・ブレイドレイジ−』とでも名づけたくなるほどの猛攻の末、ネプチューンの肉片と 背後にあったはずの調整カプセルが粉々に刻まれて混在しその見分けがつかなくなった頃、ようやく 暴虐の手を止めた拓水は、剣を背中に装備したアタッチメントに装着してから怒りに任せた虐殺の後を見下ろし、 苦々しげな表情で髪をかき上げながら 「お前の存在なんてそういう物なんだよ…だから、お前は切り捨てられたんだ。そして、俺もお前を許さない… 地獄の底で閻魔とやらに出会ったら、正直に白状して罪を被るんだな………」 そう吐き捨てるように言いながら、懐からライターオイルと思しきスチール缶を取り出してその中身を ネプチューンの残骸に振りかけ、マッチを擦ってそこに放り投げた。すると、只のオイルとは思えないほどの 激しい炎が吹き上がり、その身体をカプセルを構成していた鉄材ごと灼熱させ、融解させて消し炭にしていった。 「ま、送り火なんて洒落た事は出来ないが…代わりと言っちゃナンだがコイツはナフサ燃料だ。きれいさっぱり 燃え尽きて、今度は真人間に生まれ変わる事だな……」 後ろを振り返る事もせずに拓水はそう言い捨て、自分に残された道…即ちネプチューンの背後にに伸びている 細長い通路の、目に見えないその遥か先を見据えるように目を細めながら穏やかな声で『さぁ〜て、これらが 本番だ』と呟いていたが、一瞬でその表情が殺気に溢れ、聞く者の心臓を鷲掴みにしかねないほどの 剣呑な光を両目に輝かせながら底冷えのする声で 「来るなら出て来い…全員まとめてブッた斬って、地獄の底に叩き落してやるよ!!」 そう呟き、この事件の決着を付ける為に、尊敬する人が愛する者を護る為に、そして…自分自身の意義に 決着を付ける…『この体』になってからというもの、自分自身何度そう思ったかという事さえも忘れさせる程長い… 永い時間考え続けた命題『海藤拓水の存在する意義とは何か』という問いに対する回答を自らに示すために、 拓水はその体を通路の奥に向かって飛び込ませていった………。 Ende. |
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