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Ever17連載SS
『空と彼方の境界線』


著:氷龍 命

Scene:03 Fake, Fate then...


 
 通路を駆ける姿が三者三様、硬い通路に木霊していた。ネプチューンがいた部屋を中心に三方向に伸びていた
通路を、向かって右側に飛び込んだのは武に月海とホクトの倉成一家。左側に飛び込んだのは春香菜と桑古木の
田中研究所コンビ。そして正面の通路を疾駆する長身の影は海藤拓水。基点となっていた部屋に
立ちはだかっていた自身のクローンであるネプチューンを撃破、その後正面に飛び込んで通路を駆けている彼だが、
その先にもかなりの強敵が配置されている事を直感で感じ取っていた。
 そして三方に伸びた通路のそれぞれの先には、因縁とも言うべき熾烈な戦いが待ち受けていた……。


[ 春香菜&桑古木組ルート ]
 通路の途中に仕掛けられた赤外線センサー連動のマシンガントラップを解除したり回避しながら進んでいた
二人だが、その配置には妙に幼稚な部分がある事を敏感に感じ取った春香菜は、途中で立ち止まり
「妙ね…。これだけの施設なのに、このトラップの配置は稚拙だわ……。」
とこぼしていたが、立ち止まっていても意味はないだけに再び奥に向かって駆け出した。
 そうやってトラップを全て突破した二人が辿り着いたのは、床から無数の柱が林立している広い空間だった。
柱は何の変哲もない六角柱で、その太さは大人が余裕で隠れられるほどの太さだった。
そんな柱がざっと見渡すだけでも5〜60本。高さ5メートルくらいで林立していた。
「っと…。何だこの部屋?柱だらけで見通し悪いし……。それに、なんだか嫌な予感がするぜ。なぁ、優…」
そう言う桑古木に対して春香菜も同じ事を考えていたらしく、柱をぐるりと見渡しながら
「そうね…。桑古木じゃないけど私も嫌な予感がするわ。それに、タダで通れるとも思えないし……」
という言葉に被さるようにして、柱の向こう側…位置的に出口と思しき場所から
「ククク…田中教授にクワコギ君、だったかな…。なにせ、カンジとやらは難しい言語なのでね……。
よくぞここまで辿り着いたね……。取り敢えずは褒めてあげるが、新たなる世界の為には君達は
邪魔なのだよ…悪いがここで死んでもらうよ……」
という声が響いてきた。その声につられるように柱の森を抜け出た二人を待っていたのは初老の男で、白衣に
紺色のズボン、立派なあごひげは綺麗な白髪になっていた。しかし、男の眼光はさながら猛禽のそれであり、
どう考えてもその場には似つかわしくない風体だった。だが、春香菜はその男に見覚えがあるのか、憮然とした声で
「あら、いつの間にか姿が消えていたと思ったら…こんな所でテロリストの手伝いとは落ちたものね…
『ドナルド=パッテン博士』?」
などど、いかにも不機嫌そうな声で言い捨てた春香菜に対し、桑古木は自分の名前をわざと間違われた事に
『カチン!』ときたらしく、肩をいからせながら
「こらまて『バッテン』!!てめぇわざと間違えやがっただろう!!」
と怒鳴った訳だが、パッテンもそこら辺は心得ているらしく、肩をすくめて頭を振りながら
「おいおい、私の名前は『パッテン』だよ?バッテンとはおかしな名前を付けてくれる……。まぁ、私と君は
以前から何かにつけて睨み合いをしていたのだがね」
と冷ややかに返した直後、今度は春香菜が冷たい声色で
「貴方が提唱したキュレイウイルスの研究論文…内容としては面白かったけど、荒唐無稽すぎたのよ……。
キュレイウイルスはね、貴方が考えているみたいに便利なウイルスではないわ。むしろ、私や桑古木も
キャリアだからよく分かるし、月海に至っては純粋なキュレイ種…その身が抱える孤独と永過ぎる寿命と
異常なまでの治癒速度が引き起こす、絶望的なまでに大きく深い世界との乖離感…。それは、いわば
『世界との断絶』…月海が生きる事に絶望していたあの時の気分、分かる気がするわ……」
 そう感傷的にもらす春香菜とは反対に、パッテンはニヤニヤとした表情のままで
「そうでもないさ。キュレイウイルスは選ばれた人のみが賜る事を許された、いわば『神の祝福』なのさ。
君に論文を酷評され、学会を去ったあの日…私はDoomSの崇高なる理念に触れた。そして、その理念は
私の論文を裏付ける絶対的な証拠となったのだよ……。そして、私は自らにキュレイウイルスを移植した。
その目的は…言わなくとも分かるだろう?私を追い落とした田中優美清春香菜君…君とそこにいる助手君に
死の制裁を下すためだよ!!」
そう言い切るが早いか、パッテンはいきなり春香菜との間合いを詰めにかかり、その腕で彼女の頭を
殴り飛ばそうとしたが、春香菜自身も鋭い反射神経でその攻撃を紙一重でかわした。だが、その直後に
飛び込んできた光景には目を見張らずにはいられなかった。
 パッテンが放った力任せの殴打を避けた直後、背後から『ドグシャァ!』という嫌な軋みを聞いた春香菜が
振り返ると、彼女の後ろにあった柱が思い切り歪み、場所によっては罅さえ刻み込まれていた。
そのあまりの腕力に、一瞬とはいえ戦慄を覚えた春香菜だったが、すぐにカラクリに気付いたらしい…。
キッとパッテンの方を睨み、微かな怒気を孕んだ声で
「パッテン…貴方、本当にキュレイウイルスを自分の身体に移植したわね!?しかもその筋力…どうやら、
自分の身体をある程度サイボーグ化している様ね……。元からブッ飛んだ思考してたけど、さらに磨きが
かかってるじゃない。こうなったらこっちも手加減はなしね…悪いけれど、世界の平穏のためなんて
心算じゃないけど、通らせてもらうわよ。空がいないと、どうも桑古木が落ち着かなくて困るから……」
と本気とも冗談ともつかない調子で宣言し、ゆったりとした歩調で近付く春香菜に合わせる様にして
横に並んだ桑古木も、醒めた声色で
「パッテン教授よ…。アンタも言ってる割にはおつむが働いてないようだな。アンタが信奉したこの組織はな…
世界五ヶ国の核貯蔵庫を乗っ取って、世界を恐怖のどん底に叩き落しているんだぜ?そんなテロリストの
風下にも置いておけないような連中、アンタが信じてどうするんだよ……」
とたしなめたが、その問いかけに対するパッテンの答えは意外なものだった。なぜなら……
「ふむ、テロリストだという事くらいは私も知っているよ。だが、私の研究の最終形態は現状の人類を淘汰し、
新たな世界の覇者となる事を許された最高のキュレイ種そのものだよ。だから、逆に核弾頭の一発でも
飛んでくれると本当はありがたい所なのだがね……放射線の中でも生きられるように調整するためには、
良い実験環境になるとは思うんだが……」
などと真顔で言い放ったのである。
 さすがの春香菜や桑古木も、このパッテンの考えには唖然としてしまい、僅かな自失状態から素早く
立ち直った春香菜は、目の前の男が考えているとんでもない理想を何が何でも止めるべく−詰る所、
その方法はパッテンの殺害以外ない訳だが、この状況下では法律がどうこうも言っていられない。
目の前の男がとんでもない事をしでかさない内にその息の根を止めて止めておく必要があった−距離を
詰めにかかったが、柱に阻まれてなかなかたどり着けない春香菜を嘲笑うかのようにパッテンが手を翻した途端
地面から飛び出した柱−その柱は部屋の中に林立していたそれとは違い、太さ的には4〜50センチ程度の
ものだった−が、凄まじい速さで春香菜の腹部を直撃。その衝撃で天井近くまで吹き飛ばされた春香菜が
バランスを崩しながら床に着地する頃には、桑古木にもパッテンのソバットがめり込んで彼の身体を
背後の鉄柱に叩きつけていた。
「ふぅむ、やはりサピエンスキュレイは瞬間的な膂力に乏しいようだね……。もっとも、半分はサピエンス種の
遺伝子を持っているのだから、これは想定の範囲内という事かな……」
と、冷静に分析しているパッテンを前に、ふらつきながらも立ち上がった春香菜と桑古木は、何とか突破の糸口を
掴もうとパッテンの猛攻を回避しながら部屋の中を調べていたが、パッテンが自慢げに叫んだ
「ハハハハッ!この部屋は完全防音、完全耐熱でね。しかも、上の階には冷凍保存用の液体窒素タンクも
備えているんだよ。まぁ、そこには私の実験素材となった多くのキュレイ遺伝子保有者が冷凍睡眠で今も
保存されている。万が一君達がここで死ぬような事になっても安心したまえ、私がここで永久に機械化して
生かしてやろうじゃないか。まぁ、そのときは私の助手としてだがね!!!」
という声に思わず顔をあわせてうなずき、その勢いのまま行動を起こした。だが、行動といっても凄まじい
スピードとパワーのパッテンを相手に待ち伏せという事も出来ないので、やる事といえば囮−これは
言うまでもなく桑古木がやる事に…というか、やらされる事になったわけだが−が前に出て注意をひきつけている
間に、春香菜が手榴弾を液体窒素タンクの真下と思しき名所に粘着剤を使って貼り付け、同時に極細のワイヤー
を網のように張り巡らせるという簡単なトラップを構築していた。
 そんな罠があるとは露知らず…いや、あるとは予想していながらも己に絶対の自信を持っているパッテンが
この罠を回避しないのは当然の事であった。だが、その自信こそが春香菜の付け入る隙であった。
「フン、こんなワイヤーで私を絡めとろうなんて浅慮だね。では、君達の浅知恵を私が打ち破ってあげよう……」
といいつつワイヤーを引きちぎりながらゆっくりと歩み寄った。だが、それこそ春香菜の思うツボ……。
「貴方こそ浅知恵ね…。私が何の意味もなくワイヤーを張り巡らせていたと思うの?それに、貴方が
言ってたのよ?この上に逆転の秘策があるってね……♪」
という春香菜の声に訝ったその瞬間だった。
 頭上で『ドォォンッ!!』という破裂音がした刹那、大量の液体が真下にいたパッテンを直撃して
床にぶちまけられるのと同時に凄まじい勢いで蒸気が立ち上ったが、それは決して熱気から来るものではなかった。
事実、蒸気の中にいた春香菜は眉一つ動かす事無く桑古木と共にパッテンを見つめていた。普通だったら
そこで足を止める事自体自殺行為に他ならないのだが、肝心のパッテンからの追撃はなかった。なぜならば……
「グ…ウグググ……。き、貴様ぁ!一体この私に何をしたのだ……!身体が…動かないでは、ないか……ッ!!」
濛々と上がる霧が晴れたとき、無理やりにワイヤーを引きちぎっていた姿勢のままで全身に霜や薄氷の塊を
纏わりつかせ、身動きすら出来ないほどに凍て付いているパッテンの姿がそこにあったのだ。
「何をしたかですって?貴方が言ったのよ。この部屋の周りには液体窒素の貯蔵タンクが取り巻いているって……。
だから、それを使わせてもらっただけの事よ……。つまり、貴方が被ったのは頭上のタンクに入っていた大量の
液体窒素で、その超低温によって貴方の身体は機械化されていた部分はもちろん、生身の部分もコチコチに
凍り付いているってこと。そして、超低温の世界の中では物質は非常に脆くなるっていう事は、
いくら狂った思考をしているとはいえ貴方でも知ってるわよね?という事は、私達がやる事も分かっているでしょう?
桑古木、グロックはちゃんと持ってきたわね?久し振りのアレやるわよ……」
そう言う春香菜の声に応えるように、懐に仕込んでいたグロックをかざしてニヤリと笑みを浮かべた桑古木は、
ゆっくりとした足取りでパッテンの脇を通り抜けて背後にある通路に入ろうとしていたが、背後で凍り付いていた
パッテンが微妙に歪な声で
「貴様ら…私をこのまま放って置くのかね?もし私が凍結から回復したら、私はすぐにでも君達を
殺すというのにね……。だが中枢に向かったとしても同じ事だよ、あの場所には『アテナ』が鎮座している。
君達など彼女の偉大な力の前には虫けら同然に消されてしまうだろう」
顔を引きつらせ、精一杯の嘲りを含んで発せられたパッテンの言葉に思い出したように振り返り、二人揃って
「そうだったわね、貴方の事を忘れていたわ……。といっても、貴方なんて私から見れば小物程度よ。知ってた?
貴方の論文、学者の間では笑い話のネタにされているらしいわよ……」
「お前が自分を改造したって時点で、既にバッテンなんだよ。キュレイは言ってみれば悪影響の殆どない
ガンみたいなもんだ…。俺達はもう元の身体には戻れない…だったら、これから感染してしまう人の為に
少しでも早期治療のデータを集めているんだぜ。だがアンタはどうだ…キュレイ種を『進化した新たなる人類』と
呼んでサピエンス種を滅ぼす力になると思い込んじまってる。それじゃだめなんだよ……」
 そういいながら部屋の出口まで行きかけた二人は、その場でクルリと振り返りながらそれぞれの手に握られた
鈍い光を放つグロックを水平に構え、タイミングを合わせた声で
『これで最後…Show Down!!』
と宣言して、グロックをカートリッジが空になるまで連射し続けた。当然、超低温の液体窒素を浴びて全身が
凍り付いているパッテンからすればたまったものではない。超低温下で身体が固まっている所へ二丁の
グロックから吐き出される特殊徹鋼弾のシャワーが降り注ぎ、その身体を粉々に打ち砕いていった。
 銃撃で粉々に砕けた上に床にぶつかった衝撃で更に小さく砕けたパッテンの残骸を醒めた目で見つめながら、
どこかやるせない様な表情を浮かべていた春香菜と桑古木だったが、小さな溜め息と共に春香菜が
「こうやって人生を狂わされて行く人もいる…。だから、止めなければいけないのよ……」
その言葉をきっかけにして、二人は背後へと伸びる通路に飛び込み、中枢のコンピュータがある
中枢ブロックへの道を駆け抜けていった。


[ 月海・武&ホクト組ルート ]
 皆と別れて倉成一家が飛び込んだ通路は特に何のトラップもされていない通路で、道の曲がるままに
進んで行く事が出来た。もちろん、待ち伏せ等があると思って警戒感を強めていた武や月海だったが、
道中誰も邪魔しに来ない事で安心はいつの間にか疑惑に変化していた。
 そのまま通路をずっと進んで行くと、急に通路が開けて大きな部屋に飛び出した。その部屋は目立つような
障害物のないだだっ広い空間で、あえて言うならば足元の所々が金網になっていたり、その金網が
切り取られてぽっかりと穴が開いていたりする程度であったが、それだけでも先頭になった時の行動に
幾らかの制限がかかるのは間違いなかった。
 しかも、金網の部分から見える下の光景は灼熱の高炉であり、その高炉の中では融解した鉄が
地獄にあると言う煉獄の釜の様にぐらぐらと悲鳴を上げて沸き立っていた。
「うげ…ヘタに落ちたら焼死どころかきれいさっぱり焼けてなくなっちまうな……」
引き攣った顔でそんな事を言う武の足元でその光景をへたり込んで見ていたホクトも、微妙に青ざめた顔で
「うぅ…落ちたくないよぉ〜〜……。でも、あそこで一体何が造られているんだろうね?鉄なんか
大量に熔かして…。銃や戦車を造っている訳じゃなさそうだし……」
だが、誰ともなしに呟いたホクトの疑問に答えたのは意外さにも程がある人物だった……。
「フフ…そこはねぇ、この組織…DoomSが量産している革命の尖兵…あなた達がソラって呼んでたハンパな
お人形さんから造った戦闘兵器の構造材や武装を造る為の工場なのよ。そして、私がここにいる理由は…
つぐみ、貴女なら判るでしょう?あの時の借り…絶対に返してやるわ!!」
 そう言いながら手にしたナイフを振りかざしたその人影は……
「貴女…『水原アスカ』!?でも、あの時風音市で貴女は海藤に首を刎ねられてその後で焼き払われている筈!
一体どうやって蘇ったの!?まぁ…幽霊って訳でもなさそうだし……」
 そう、ホクトの疑問に答えたのは以前に死んだ筈だったオーバーキラー(殺人快楽症者)キュレイ種の
『水原アスカ』だったのだ。しかも、服装はこれまでに二回月海が対峙した時と同じ軍用のコンバットスーツに
アーミーベスト。しかも足の部分には複数のナイフを納めたバンドまで付いている。
 そんな月海の疑問がよほど面白かったのか、アスカはクスクスと笑いながら
「あぁ、風音で倒されたのは私の半身のクローンよ。最初貴女に殺された時ね…あの後DoomSに回収されて
このパンデモニウムで蘇生された後、私は身体を半分に分割されて同時にクローニング復元されたの。
そして、分裂した私の内の一人は風音市であの忌々しいヤツに倒されたって言う事……」
そう言いながらホルダーから抜き放ったナイフを逆手に構えたアスカに対し、月海は順手に握ったナイフと
ハンドガンをクロスさせて構えて暫く睨み合っていたが、お互いがニヤリと不敵な笑みを浮かべた瞬間床を蹴って
二人同時に間合いを詰めて踊りかかっていた。
 逆手から器用に突きや斬り払いを繰り出すアスカに対し、絶妙のタイミングで防御しながら反撃を繰り返しつつ
ハンドガンの単発を叩き込んでいた月海だが、何度目かの激突の際……
「うあぁっ!!」
 すれ違いざまで脇腹にナイフを叩き込まれ、鮮血を噴き出しながら膝をついた月海を庇うように前へ出た
武とホクトだが、そんなごくありきたりの行動がアスカの裡の何かを苛立たせたらしい。
「アンタ達も反吐が出るわね…。そんなに死にたいんだったら、一人一人殺してあげる。まずは…そっちの
ハンサムな彼から行きましょうか?」
 そう言いながらもナイフを構えなおしたアスカはゆっくりとした動作で武に歩み寄り、彼女の出方に戸惑って
身構えていたその隙を突いて飛び掛ると同時に武の胸めがけてナイフを突き出していた。
 だが、元からケンカ慣れしていた上に一週間という時間の中でほぼスパルタ的に叩き込まれた身の捌き方が
功を奏したのか、その一撃を紙一重で捌いた武はその紙一重の回避から絶妙のタイミングで十分に重さが
乗ったフックをアスカの顎に捻り込んでいた。
「ッグ!よくもやってくれたわね……。家族だかなんだか知らないけどね、アンタ達みたいなのほほんとした奴が
ノコノコと戦場にしゃしゃり出てくるのが気に入らないのよ!!目障りだからさっさと消えろ!
もしくはここで今すぐ死ね!!!私の前に立つんじゃないわよ!!」
顎にフックを捻じ込まれた事で軽い脳震盪状態に陥っていたアスカだったが、何よりも『家族』と言うものに
激しい嫌悪を感じる性格からなのか、激しく頭を振って強引に回復させると同時に武へ飛び掛り、その左肩を
ナイフで刺し貫いていた。
 もちろん予測していた動きではあったが、脳を揺らされたアスカがこんなにも早く回復して逆に自分へ
飛びかかって来ると言う事を予想だにしていなかった武にとって、この痛みはかなりのものだった。
思わず肩を押えて床を転がり、とっさに距離を取ろうとした武だったが、転がる先には例の溶鉱炉に繋がる
穴があったが、その事に途中で気付いた武が何とか方向転換をしようとした矢先
「あ〜ら、地獄の底まで落ちたいんでしょ?だったら手伝ってあげるわ。ほらほら、遠慮なんて…」
と言うのと同時に、武の傍らに立ったアスカが思い切り武の肩を踏みつけて、さらにグリグリ踏みにじり
「…するんじゃないわよっ!!」
と罵りながら器用に蹴り飛ばしてその身体を徐々に穴に向かって押していった。
 そんな武の危機に、戦闘開始からずっと硬直したままで震えていたホクトだったが、
拓水に鍛えてもらっている時自らが口にした言葉でもある『いざと言う時の覚悟は出来ています…。だから、
ボクはここにいるんです!!』と言う言葉を思い出し、続いて自分の懐に入っている冷たい手触りの『自分の力』
をジャケット越しに触れながら小さく深呼吸をした後、かつてLeMUで時々見せた真剣な表情のまま
その力…ホクトのサイズに合わせてカスタマイズされた『SIG ザウエルP226RAIL』を懐から抜き放って
アスカをポイントすると同時にその足…武の肩を踏みつけている足へ向けてトリガーを絞っていた。
 苦痛に歪む武の声と表情を見ながらなおもその肩をいたぶっていたアスカだったが、背後から聞こえた
『ドンッ!』という銃声と、同時に自分の足を襲った衝撃と痛みで転倒し、逆に自分が苦悶の声を上げて床の上を
のた打ち回っていた。だがそこは殺人衝動が染み付いているアスカの事…素早く身体を起こして周りを見回すと
ちょうど自分の背後…『あんな子供程度どうでもいい』と思っていたホクトが、妙に醒めた表情で
拳銃を構えている姿が目に映った。だが二発目の追撃はなく、ホクトはそのまま銃を懐に戻しながら
「もうこんな事は止めにしようよ…。殺したから恨んで殺そうとして、また返り討ちにされたからってそんな
滅茶苦茶な手段で殺そうとするなんて……。人の命はそんな簡単に左右できるものじゃないんだ!!」
と叫んでから月海に駆け寄り、既に傷も塞がって体力を取り戻した月海と共に今度は武を抱き起こして
肩を貸しながらその肩越しにアスカを振り返り
「僕達には行かなければならない所があるからもう行きます…。貴女も、母さんの事はこのまま忘れて
自分の為に生きてください……。できれば、もう会いたくはないですけど……」
そう言いながら部屋の出口に向かって進んでいく一家を呆然とした表情で見つめ、肩を戦慄かせていた
アスカだったが、ややあって自然にもれた自嘲的な笑い声と共に立ち上がり、月海とホクトを睨みつけて
「冗談じゃないわ…。『このまま忘れろ』?私は月海を殺す為に今まで生きてきたのよ。体の分割と再生、更なる
強化の為の手術と肉体改造…痛みなんてものじゃないわ。全ては執念よ…この手で月海を引き裂いて
ばらばらにしてやるっていう執念の為に私は地獄の悪魔に魂を売ったのよ!それを…それをたかが一発の銃弾が
当たったからって得意げに喋るガキに説教される覚えなんて………ないわ!!!!!」
そして破綻したように目を血走らせ、ナイフを振りかぶりながらホクトに向かって突進したアスカだったが、それを
阻んだのは懐からグロックを抜き放った月海の突飛な行動だった。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!

立て続けに9度吼えたグロックから吐き出された弾丸は、皆アスカの周りに着弾して激しい火花を散らせて
弾け飛んでしまったが、月海はそんな事には動じない様子で手に握った拳銃をそのまま構えていた。
 だが、アスカにしてみればそんな威嚇程度で自分を止められると思っていた月海の甘さに
嫌気がさしたのだろう。戦闘服のもう片側からナイフを引き抜いて二刀流に構え、やや腰をかがめて
溜めを作りながら
「ちょっとぉ…そんな威嚇射撃程度で私がビビって止まると思ってたの?だったら大甘ね……。逆にあんた達を
まとめてズタズタに引き裂いてあげるわ!!」
 そう言いながら飛び掛ろうとした刹那、アスカは『ある違和感』に気付いた。それは、『逃げる筈の月海が
何故か微笑みさえ浮かべながらじっと立ちつくしている』と言うものだった。だが、その違和感の正体に
気付くよりも早く、月海がおもむろに一発の銃弾をグロックに装填してから床に向け、一切の迷いもない動作で
『ドンッ!』という重い銃声と共にその銃弾を放っていたのだ。
 その銃弾はアスカの脇をかすめ、背後の鉄板に激突して派手な火花を散らしたが、それを知覚する余裕もない
アスカにしてみれば、月海の行動は正気とは思えなかった。が、ゆっくりと口を開いた月海の言葉に、
自分が相手にした女性との間には既にとんでもない差が付いてしまっていた事を嫌でも痛感させられた……。
「ねぇアスカ、この部屋の構造…有体な事を言えばロフトと同じような造りみたいね。下にある溶鉱炉の群…
あれがこの部屋の本当の外周で、ここはその部屋に造り付けられた小部屋……。そして、穴から見えた通り
足元には溶鉱炉がある。そして、この部屋は鉄板を簡単な骨組みにボルト留めしてあるだけの簡素な構造……。
私がさっきグロックを乱射したわよね?あれは別に自棄を起こした訳じゃないのよ…。貴女から距離を取りながら
部屋の構造とかボルトの位置とか色々探っていたのよ。そして、出口近くのある一箇所が構造的に
さっきの銃弾で破壊可能な部分だという事が分かったから、武やホクトを出口近くに集めた上で銃を撃ったという訳。
そして、さっきの銃弾は海藤特製の『拳銃用徹甲弾』……。あの距離程度ならチタン合金でもボール紙みたいに
撃ち抜く威力があるそうよ…。そして、撃ち抜いた穴の形をよく御覧なさい…貴女の未来が見えて来る筈よ……」
 そんな月海の言葉を呆気に取られた様子で聞いていたアスカだったが、慌てて自分の周りを見回してみると……
周囲の鉄板には月海が撃ち込んだ銃弾の痕が並んでいたが、その痕が『きれいな正方形を描いて並んでいた』
のだ。しかも、撃ち込まれた弾丸は『拳銃用徹甲弾』……。一瞬の空白の後、それらのキーワードから
導き出された答えにアスカが辿り着いたその時、周りの床が『ギ、ギギィ…ン……。バギィンッ!!』という
破滅の悲鳴を奏でて撃ち抜かれた弾痕に沿って一気に抜け落ちたのだ。
 その瞬間に至って、ようやくアスカは月海が取った奇行の正体に気付いていた。自分の周りへ着弾するように
銃撃された弾丸…それらは単なるけん制ではなく『床の向こうにある骨組みの破壊を目的とした銃撃』
だった事に……。そして『最後の一発こそがその骨組みに対する致命傷としての銃撃だった』事に気付いた刹那、
本能と憎しみに駆られて床を蹴り、そのまま手近にいたホクトに飛びつこうとしたアスカだったが、その前に
割って入ったのは先程まで壁に寄りかかって事の成り行きを見守っていた武だった。
 壁にもたれて休んでいる間に傷と体力を回復させた武は、ホルスターに挿したままにしていた自分のグロックを
ゆっくりとした動作で抜き、その銃口をアスカにポイントしたまま
「俺だって覚悟は決めてるんだ。出来る事ならあんたとは戦う事無くこのまま通り過ぎたかったが…
こうなっちまったものはしょうがない。だったら押し通るまでだ…ホクトが見せた覚悟と同じもの…俺も見せてやるよ」
そう呟くのと同時に、自分の手に収まってていた拳銃の引鉄を何の躊躇いもなく引き絞り、一発の銃弾を
あと一息でホクトに掴まれそうな距離にまで迫っていたアスカの肩に打ち込んでいた。だが、この期に至って
撃ち出されたのが普通の弾丸と言う事はありえない訳で……。
「こいつも月海が使ったのと同じ拳銃用徹甲弾さ。…残念だったな。今度生まれ変わる時は
真人間に生まれ変わって、真面目に働くんだな……」
 その衝撃に弾き飛ばされたアスカは、しかし真後ろに吹き飛ばされて床に開いた穴から下に落ち、
そこから一泊の間をおいて『ダパッ!』という粘液の中に何か固い物が落ちるような音が武達の耳に届き、
その音に続いて『ギャァァァァァァァァァァァ!!!!!!』というアスカの叫び声がいびつに歪み沸騰しながら
追い付いて来た。
 その音を聞いた時、ホクトは何が起きたのか分からずに呆然としていたが、武と月海はアスカの身に
何が起こったのかをはっきりと理解していた。つまり、武の銃撃で穴に叩き落されたアスカがそのまま直下の
溶鉱炉に転落。同時に落ちた鉄板と一緒に銑鉄の中に融けた…と言う事だった。
 それから少し休んだ後、武達は目の前に続いている通路に飛び込み、最深部にいる筈の沙羅の許へと
道を急いだ。だが、その道を駆けながら月海は『アスカ…歴史の枝分かれ…ψの枝葉の向こうには、私と貴女が
親友だった歴史もあるはず。願わくばそこへ辿り着きなさい…そして、そこで穏やかに暮らして……』という
祈りにも似た思いが去来していた。


[ 海藤拓水ルート ]
 ネプチューンを粉々に切り刻み、そのまま奥へ繋がる道に駆け込んで疾走していた拓水だったが、無意識の内に
張り巡らせていた警戒感がその先に何かある事を自身に告げていた。
「…さて、何が出てくるかだけど…空とは戦いたくないぞ……。まぁ、違ったら思い切り叩き切るだけなんだけど」
小さく呟きながら通路の先に開けた空間…広さは地上にあった工場の約半分位。しかしそれでも充分な
広さを以って広がるその部屋は、青白い非常用照明だけが寂しく点る空間の中に様々な機械類が雑多に、
しかし整然と置かれた、まるで何かの生産ラインのような場所だった。
「おいおい…地下兵器工場とは違うぞ…。ってか、ここで何が造られてたんだよ……」
そう言って顔を引き攣らせながらも、この施設の破壊手段を模索していた拓水だったが、両の手を腰に当てて
溜め息を吐いた瞬間の事だった。

タタタタタタタタタタッ!!!!!!!

空気を連続で斬り裂く擦過音と共に拓水の周囲で火花が弾け、その火花を知覚した拓水は鋭いステップで
一番手近にあった機械の背後に身を潜め、同時に腰からSMG…『H&K G3SAS』を両手に一丁ずつグリップし、
セーフティを解除して何気なく横を向いた時、この施設で何が造られていたのかを拓水は知る事となった。
 ガラス製のカプセルに収められた一人の女性…。栗色の髪と整った顔立ち、そして微笑んでいるようにすら見える
穏やかな寝顔…それらの条件が一致する女性を拓水は一人だけしか知らなかった。その女性とは……
「空…!?空が何でここに…。いや、違う…。こうも簡単に空がいる訳がない。という事は……」
そっと首だけ出してそのカプセルの向こうを覗いた拓水は、自分の考えと現実が一切の齟齬もなく
合致している事に満足し、直後に笑みを消して
「って事は、空のそっくりさん…いや、空を元に開発した兵隊を量産して世界中にばら撒いた挙句革命気取りで
ドンパチやろうってか?指導者様とやらの器が知れるぜ…。なぁ、アンタはどう思うんだい……?」
 最初の愚痴から一転、薄闇の向こうに問いかける拓水の声に応える者はいないだろうと思っていたが……
「そうですね…。確かに通常的な概念と比較検討を行えば、我々の行動は悪と分類されるものでしょう。
ですが、同時にこの世界にも悪が満ちている事もまた揺るがし難い事実です。そして、我々はその社会に満ちた
悪を一掃し、新たなる世界秩序を作り出す為の尖兵となるのです……。そして、我々の行動を邪魔する者もまた
許し難い悪…。だからこそ、その露払いに私が…ユラノスを参考に創造された『CN-BAEM 4913XC ミネルヴァ』が
選ばれたのです。そして、あなたは私に倒される最初の人間……」
そう言って闇の中から現れたのは、美しい銀髪を緩くウェーブ−それはまるで銀色のヴェールの様であった−
させた空そっくりの女性だった。ただ、異なる点を挙げるとすればそれは表情が思い詰めている様にも
硬い決意を持っている様にも見える表情であり、その手に持っているマシンガンであり、半袖の戦闘服に
身を包んだその姿だった。
 流石の拓水もミネルヴァの登場には面食らったのか、暫くポカーンとした表情を浮かべていたがそれも一瞬。
小さく溜め息を吐いて『やれやれ』といった仕草で頭を振り、その後真っ直ぐにミネルヴァを見据え
「はぁ、ここの指導者ってさ…計画知った時からまぁ、ナンだよ。バカだと思ってたけどさ…」
と、そこで一旦言葉を切って顔を上げ、今度はミネルヴァを真っ直ぐ見据えて
「…で、ソイツをブン殴ろうと思って来てみたら俺のクローンだとかお前さんみたいなのがいたって訳だ。
ライプリヒ製薬と裏で繋がってた事は調べが付いてたけど、アンタはそれでいいのかい?誰かの言いなりに
なったまま非日常をこの世界に持ち込んで、誰かを殺すって事なんだぜ。そして得られる物は何だ?
秩序?平和?…陳腐だな。あんたの指導者とやらが望んでいるのはそんな物じゃない。自分を追い落とした
この世界への復讐以外の何者でもないのさ…・…」
 既に目論見を看破しているのか、醒めた声で告げた拓水がゆっくりとSMGを構え、その銃口をミネルヴァへ
ポイントするのと同時に、ミネルヴァもその手に収めたマシンガン…『AK47 β-SPETSNAZ』で拓水をポイントして
数瞬睨みあった直後

タタタタタタタッ!!!!!!
ババババババッ!!!!!!!!

 同時に二人の銃が火を噴き、同時に相手の銃撃から拓水はサイドステップで手近な機械の背後に飛び込み、
ミネルヴァは身体を仰け反らせながらコンベアの後ろへ倒れ込むように射撃をかわし、それを契機とするように
林立する機械類の間を縫っての銃撃戦となった。
「それにしても、アンドロイド工場とはね……。御大層なものを拵えていたもんだ!」
銃撃戦の最中、調整カプセルの隙間で息を殺して待ち伏せていた拓水は、自分の隣で眠っているアンドロイドを
横目で睨みながら苦笑いとも嘲笑とも取れない笑みを浮かべていたが、やがて小さな溜め息をつきながら
ズボンの腿にバンドで吊っていた小さな円筒形をした枯草色に塗られた物体…言うまでもなく手榴弾であるそれを
取り出し、安全ピンを抜いたそれをレバーごと握り締めながら周囲の気配を探り、周りにミネルヴァがいない事を
確認してから飛び出しざまにそれをカプセルが繋がれていた機械の隙間に放り込み、同時に気配だけで
探り当てていたミネルヴァの居場所と思しき場所に向かって猛然と駆け込んでいった。
 その頃、ミネルヴァは赤外線センサーを使って拓水の位置をサーチし、機械の間を滑るような足取りで
攻撃に有利な位置へと走っていたが、中央のコンベアに差し掛かったその時『ズッバァァァンッ!!!』
という轟音と共に部屋全体を激しい振動が襲い、横の機械に叩き付けられた。
「クッ!どうやらどこかの生産システムを爆破したようですね……」
小さく毒づいて物陰に入り込んだミネルヴァだったが、その爆音と振動の中をゆっくりとした足取りで
自分に向かって近付いてくる長身の影…言うまでもなく海藤拓水の姿だったが、その姿を赤外線暗視視界に
捉えた瞬間、ミネルヴァは拓水が何をしたかを自己の演算システム内で結論付けていた。だからこそ隠れていた
機械の影からゆらりと歩み出て、ちょうど広間のようになっているスペースの端に位置を取って拓水に対峙し、
その外見から想像に難くない凛と透き通った声で
「かくれんぼはこちらに不利ですね…。隠れている間に貴方はここの破壊工作を進める事が出来る…。だったら、
直接接近戦で仕留めるしかない……そう判断しました。どの道、マシンガンは私が取り扱える火器類の中でも
あまり得意なほうではありませんから……だから、近接戦ではこれを使うんです……」
そう言って戦闘服に吊り下げていた鞘から抜き放った得物は、非常等の明りを冷たく照り返す冷たい刃…
緩やかな弧を描いてすらりと伸びる、まるで三日月のような美しい刀身を持つ一振りの日本刀だった。
「ま、逃げてくれてる間にこっちも色々仕掛けが出来るからいいやと思ってノッてたけど、正直俺も撃ちあいは
苦手でね…。それに、射撃戦ばっかりだったら背中の得物が泣いちまう……」
悪戯っぽくウインクしながらSMGを腰に戻し、代わりに抜き放ったのは両の手に一振りずつの巨大な片刃の剣…
刃の部分だけで普通の大人の背丈に迫るほど長大なそれを、拓水は軽々と二刀流で構えてあまつさえ器用に
ブンブンと空気にうなり声を上げさせて振り回していた。
 その長剣こそ拓水が造り上げた仕込みナイフ入りの剣『シュベルトメッサー』であり、その切れ味はつい先程
拓水のクローンでもあった『ネプチューン』を彼が収められていたカプセルごと粉々に斬り砕くという常識破りを
披露したにもかかわらず全く刃が毀れていない事からもその鋭さと凄まじさが伺えた。
「やっぱり銃撃戦ってのは性に合わなくてね……。ま、高校生の時からケンカ慣れしてたってのも不毛だけどね…」
などと苦笑を漏らしながらシュベルトメッサーをクルクルと振り回してから構え、その切っ先をミネルヴァに向けながら
「…どうしてもやるのかい?というか、何故そこまでしてこの世界の平穏を乱す??」
と真摯な探求者のような雰囲気を漂わせながら問う拓水に対し、自分の手に握られた刀をちらりと見つめながら
「確かに、リーチとパワーでは貴方に勝てないでしょう。ですが、この刀は私の腕部に内蔵された高周波モーターから
生み出される超振動波を増幅する媒体でもあり、振動波が通っている状態であれば金属すら一撃で斬り裂く
威力があります。貴方の方こそ、超振動の防壁をどうやって貫くつもりなのですか?」
と問うていた。
 これには流石の拓水も面食らったような顔を浮かべ、神妙な顔で『むむむ…』と唸りながら
「超振動波だって?だとしたらヤバイなぁ……。触れられたらそれだけでアウトだし、かといって足狙おうにも
あの刀が腕の延長として使えるから早々狙わせてくれそうにもな……
と、そこまで愚痴りかけた拓水が弾かれたように飛び退ったその場を、音もなく飛び込んだミネルヴァの刀が
銀色の閃光となって駆け抜け、拓水が立っていたすぐ隣の機械を『ギャシキィンッ!』という音と共に一振りで
ゾッとするほど滑らかな切り口を残して両断していた。
「…!冗談!!これじゃ人の身体なんて豆腐かパイナップルじゃないか!!……しょうがない、何が何でも
こいつだけは叩いとくか……。だったら、これでも喰らえッ!!」
 その巨体からは想像もつかないほど鮮やかな身のこなしでミネルヴァの上を取った拓水が、左の剣だけ
ラックに取り付けたまま握り込んだ左手を開いたその瞬間だった。

『ビビビビビシュッ!!!!!』

 勢いよく開かれた掌から、大量の金属片…それは拓水の手持ち武器の一つでもある指弾の弾であり、その姿は
まるでホウセンカの種子がその鞘から爆ぜるように凄まじかった。
 だが、対するミネルヴァも大した者で、地面に刀を突き立ててから両腕を構えた途端『キィィィィィィン……』という
甲高い音が周囲に響き始め、その音を鳴り響かせながら両の拳で自分に向かって撃ち出された金属片を、
周囲に火花を散らしながら次々に打ち落としていった。
「チッ!超振動モーター内蔵ってのはブラフじゃないって事か!だが、これならどうだ!!」
 空中で器用に身体を捻ってミネルヴァの背後に着地し、振り向きざまに右手のシュベルトメッサーを
ミネルヴァの頭に向かって振り抜き、同時に左手のシュベルトメッサーをラッチから外しながら彼女の胴へ向かって
高速で薙ぎ払う様に振り抜いた。
 勿論、これは拓水の周到な計算の上に成り立っていた戦略であり、仮に頭への一撃を避けようものなら
胴体に一撃が入り、逆に胴への攻撃へ意識が集中し過ぎると頭に一撃を叩き込まれて粉砕という事に
なる訳である。そして、両方避けようとすれば一回転して投げ飛ばされたシュベルトメッサーが、
二本同時で串刺しになるという三段構えの斬撃となっていた。
 だが、その万全の戦略もミネルヴァには万全たり得なかった。頭部に襲い掛かった残撃と胴体への薙ぎ払いを
同時に回避した直後に彼女の両目が紅く光り輝き、その視線の先で振り向きざまにシュベルトメッサーを
投げつけようとした拓水が自分の左肩に鋭い痛みを感じたのはほぼ同時だった。
「グアァウッ!…っつうぅ……。一体何なんだよ、今のは…?ミネルヴァの目が光ったと思った瞬間に
焼かれたみたいな痛みが走ったけど…狙撃されたのか?でも、気配は誰も感じなかったぞ?」
 撃ち抜かれた肩を押さえ、少しふらつくように立ち上がりながら呻いた拓水に対し、ゆっくりと居ずまいを
直しながら振り向いたミネルヴァが、少し伏し目がちな表情を浮かべながら
「私の目の部分には赤外線通信レーザーポートがあり、その出力を開放する事で一時的ですがそのレーザーは
戦車用の装甲を一撃で両断する事が出来ます。先程あなたの肩を撃ち抜いたのもそのレーザーガン。
光速で撃ち出される光の刃…回避はまず不可能ですよ……」
 そう言いながらも再び身構えるミネルヴァだが、一方の拓水はというとまだ左肩を押さえ、左手の
シュベルトメッサーも足元に取り落としたまま、しかし妙に醒めた眼差しで
「だけど、自信たっぷりに言う割りには悲しげな顔だな。大方、沙羅ちゃん辺りと親しくなっていた所へ来て
この計画だ……。自分を理解してくれる人を自分の手で消してしまう事を罪に感じていたんだろう?
だったら、理想…ってか、指導者サマとやらの詰まらん仕返しに加担して理解者と未来を失うよりも、自分の願いに
素直になってみる気はないか?自分の心に素直になって、自分の望む未来(あした)の為に生きてみようって
思わないのかよ?どのみち、指導者サマとやらの願いが叶ったら手駒の連中…あんたや他のアンドロイド達は
消される……。だったら、そんな歪んだ現在(いま)に一撃食らわせてやろうとは思わないのかよ!?」
と痛烈な現実を突きつけていた。
 そんな拓水の指摘に何か思い詰めた様な表情を浮かべたミネルヴァだが、苦しそうな表情で暫く考え込んでいた
のも数瞬。ゆっくりと顔を上げて拓水を見据え、それでもなおやや虚ろな視線のままで
「それでも…私は尖兵として生きます。それがあの子を…ユラノス…ソラを殺してしまった私の負うべき
償いだから……だから、孤独の中で私は生きて行きます。その決意に迷いはありません……」
弱々しくくそう呟いたミネルヴァだったが、その言葉を聴いた瞬間拓水の表情が見る見るうちに険しくなり、
左肩を押えていた手を離してダラリと下げて溜め息を吐き、俯きながら震える声で
「ま、ここまで言われて意固地なのもそっくりさんか……。だけどな、罪を償うとか孤独の中で生きて行くとか…」
拳を握り締めてから一旦言葉を切り、顔を上げて鋭い視線でミネルヴァを睨みつけ
「……そんな泣きそうな顔で言っても説得力の欠片もないに決まってるだろうがぁ!!!」
 鋭い怒号を一閃させ、万全の視覚センサー系を備えるミネルヴァでさえ反応が遅れるほどの圧倒的な速度で
彼女の懐に踏み込んだ拓水は、その気になればコンクリートの壁さえ打ち砕く事が出来るほどの豪腕を
掬い上げるようにしてミネルヴァの鳩尾に捻りこみ、その衝撃で浮き上がった彼女の身体を、それこそ
丸太のような脚から繰り出された回し蹴りで轟音と共に対面の機械へと叩きつけていた。
 戦闘が終わり、静寂の中に微かな機械類の振動音が響く部屋の壁際に座り込んで暫くじっとしていた拓水の
視線の先には、叩き付けられたショックなのかピクリとも動かないミネルヴァの姿があった。
だが、暫く経った後その身体がピクリと振るえ、ゆっくりと手をついて立ち上がったミネルヴァが、虚ろな表情を
拓水に向けたまま感情の篭っていないような声で
「なぜ…何故私に止めを刺さないのです?あの蹴りから今まで、貴方には私をバラバラに破壊する時間は
充分あった筈です…。何故…私を破壊しなかったのです……」
そう尋ねるミネルヴァに対し当の拓水はというと、じっと身じろぎ一つせずミネルヴァの言葉を聴いていたが、
ややあってゆっくりと立ち上がり、ウエストポーチに仕込んでいたアルミパック入りのゼリー飲料…決戦に備え
自前で用意していた高タンパクとミネラル分、糖分をバランスよく含んだ即効性の体力回復ゼリーを一気にあおり、
空パックを投げ捨てながら今気付いたように
「あぁ、そんなの理由はないさ…。敢えて言うなら…そうだな……『空の妹を殺すのは気が引けた』って事か……
それに、俺の目的は連中に乗っ取られた核ミサイル施設の制御回復が目的だからな。ジャマする者は容赦なく
叩き潰すが、お前さんはそれを知らないだろう?だから殺さない…。それに、そんなに悲しそうな顔をしてる奴が
『革命の尖兵』なんて言った所で、説得力は欠片もないからな……」
それだけ言ってから取り落としたシュベルトメッサーを拾って装着し、驚異的な再生力で傷を埋めた左肩の調子を
確かめるようにくるくると回してから通路の先に視線を向けたが、ふとミネルヴァを振り返り、薄く笑みを浮かべながら
「でも、本当の理由はミネルヴァが…君が優しいからさ。監禁されていた沙羅ちゃんの話し相手とかに
なってあげてたんじゃないのかな……?あの子はコンピューターの事が好きでね。ヒマな時には空とも色々と
小難しい話をしていたもんだ……。で、沙羅ちゃんが此処へ監禁されるようになった後は君が話し相手を
してあげていたんだろう?あの子は人見知りしないからね…君の中の空虚も彼女が埋めてくれただろう……」
 そう言ってもう一度軽く笑んだ後、通路の先へと視線を転じながら
「さて…明日の朝日を拝むために行きますか……。ミネルヴァ、君はもう自由だ…。その心のままに振るまい、
その意思の示す道を進め……。もし、再び出会う事があるならば多分裏社会での出合いになるだろう……。
まぁ、決着を付けたいのならば生きてここを脱出する事だな。もし再会できたらその時は全力全開で
白黒つけようじゃないか……。じゃあ、行くとするか。ミネルヴァ、縁があったらまた合おう!!」
 そう言うが早いか、身を翻して通路の奥…パンデモニウムの深奥に向かって拓水は駆け出し、ぽつねんと
取り残されたミネルヴァは暫く立ち尽くしていたが、やがて何かを決心したように小さくうなずきその場を後にした。


[ ミネルヴァ・その行動 ]
 生産ブロックで海藤拓水に敗れ、このままでは処分されるという事に気付いているが故に、暫く呆然としていた
ミネルヴァだったが、拓水が去り際に投げかけた『ミネルヴァ、君はもう自由だ…。その心のままに振るまい、
その意思の示す道を進め……』という言葉の意味を反芻するように思考し検討していたが、やがて一つの結論に
辿り着いたらしく、それまで浮かべていた儚げな表情を引き締め、一転鋭い視線を伴う迷いの吹っ切れたような
強い決意を秘めた表情を浮かべると、海藤拓水が飛び込んで行った通路とは違う通路…廃棄ブロックへと
伸びる通路に.その歩を進めて行った。

 幾つかの通路を経由して辿り着いた廃棄ブロックは、オイルの強烈な臭気に加えてバラバラに分解された
機械類の残骸で退廃的な雰囲気をまとう場となっていた。
 そんな中、全館の電力制限の為に非常灯以外の光源が落とされているその部屋の中を、両目に搭載された
高感度光学センサーによって進むミネルヴァだったが、一番奥に打ち捨てられていた『それ』の前でふと立ち止まり、
いたたまれないような視線を暫く投げかけていたが、道中で調達した外部バッテリーをケーブルを介して
手際良く繋ぎ、バッテリーパックを腰の部分に括り付けるのと同時に、今まで死んだように瞳を閉じていた『彼女』
がゆっくりと目を醒まし、朦朧としているような視線を彷徨わせていたが
「……貴女は!どうしてこんな事をするのですか!!私に似せて作られて、そのままこんな悪事に手を染めて!
そして、今度は私を破壊しに来たと言う事ですね……!」
意識を取り戻しはしたが、全身に負った断裂のせいで身体を動かす事が出来ず、何とか巡らせた視界の隅に映る
ミネルヴァの姿を認めて彼女を罵るミネルヴァにそっくりな『栗色の髪を持つ女性』…そう、今この瞬間に
ミネルヴァが対峙しているのは紛れもない彼女のオリジナル…茜ヶ崎空だった。
 だが、ミネルヴァはそんな空の糾弾に悲しげに目を伏せ、ややあって今度は中空を見つめながら
「そうですね…。貴女と同じ姿を持っているのに、私はテロの尖兵になろうとしていた。貴女が
破壊されそうになった時、咄嗟にレーザーで刃をカットしていたからこそこうして話せる…。でも、悔しいけれど
今は時間がない……。とにかく、貴女を安全な場所へ移動させます。ゆっくり話すのは、理想の陰に隠れた
小さな復讐を止めたその後になるでしょうね……。私はミネルヴァ…月を象じて武勇を司る、女神の名を与えられた
戦うための人形…。でも、私には自分で律する事の出来る意思がある。何かを為そうとする為の力と、
それを支える意志もある…。だから…貴女を助け、サラ=マツナガも助け、それから、私は貴女に向き合います。
自分をどうするのかを決める為に…自分の歩む宿命を探す為に……。だから、私は私の意志で貴女を助けます」
 そういって、ミネルヴァはその体からは想像もつかないほどの力で空を抱き上げ、春香菜や武達が
突入して来た道を今度は逆に辿って地上に向かい、地上部にある農業機械工場の片隅に空を横たえ
「暫く此処で息を潜めていてください。私は今から地下に戻って彼等を手助けして来ます……。そして彼が…
海藤拓水が言ったように『明日の朝日を皆で見るために』私も戦いますから…。だから、皆が帰って来るその時を
待っていてください……」
 優しく空にそう告げて、ゆっくりと階段を下りて行くミネルヴァ…。その顔に迷いや気負いは最早なく、
月を総べたる軍神の名に恥じぬ強さと女神の優しさを兼ね備えた一人の女性として、
静かに戦場へと戻って行った……。自分にかけられた呪縛を断ち切るために、始めて自分を対等に扱ってくれた
あの男…海藤拓水の隣に立つために、そして…初めて感じた外の世界の広さを守るために……。

 四つの道を駆ける者達の姿……。『妄執の科学者 ドナルド=パッテン』を凍結・粉砕する事で葬り去った
田中優美清春香菜と桑古木涼権のコンビ。
 もう一つの道からは『怨念の殺人快楽者 水原アスカ』を
戦闘が行われた部屋から直下の溶鉱炉に叩き落す事でその怨念を焼き尽くした倉成武、
倉成月海に倉成ホクトの親子三人。
 或いは、背中に光る長剣で己のクローンでもあった『偽りの蒼 ネプチューン』を粉微塵に切り刻み、その先で
待ち構えていた『囚われの銀月 ミネルヴァ』を拳を交えて説き伏せた人類最上位に数えられる、しかし亜種たる
海藤拓水……。
 そして戦いの中で己の意思を取り戻し、その意志を以って茜ヶ崎空の消えかけた命を繋いだ白金の軍神
ミネルヴァ……。
 四人の歩む道はそれぞれ違えど、その目的はすべて同じだった……。目指す核ミサイルの制御中枢と今回の
テロを企てた『忌まわしき指導者 Mr. Doom』が佇む部屋を目指して駆ける彼等の目の前に、
最強の軍神を擁した最後の戦いが待ち構えていた……。
Ende.
 
あとがき:
 ぐわっ!何でこんなに時間が掛かるんだよ……。

 とりあえずはすみませんと謝っておきます。本当はもちょっと早く書き上げる
算段していたんですが 、つくづく予定って狂うんですねー(感心/撲
ようやくの完成ですが、『空と彼方の境界線 Scene:03 Fake, Fate then...』を
お届けできました。いやー、何度も言うけど長かった!!

 まぁ、今回は読んでもらってお判りの通り『ルート毎に中ボス的なキャラがいると
面白いやろうなー』と思って仕込んでみました。
倉成一家に立ちはだかった水原アスカはBREAKBEAT!(現在はB2)さんのキャラを
お借りしてます。というか、ぶっちゃけ倉成一家の宿敵はこいつ以外にありえません(力説
 で、後のパッテンは噛ませ犬だから放って置くとして、拓水の前に現れたミネルヴァ。
彼女については相当早い段階から設定が出来上がり、リレーSSでも『茜ヶ崎美雲』の名で
出演させてました。ですが、時系列的に言えばこの作品はそれよりも前のお話と
位置づけているので、彼女はミネルヴァのままだったりします。

 さて、次回第四話にして完結編ですが、意外な人物が活躍しますのでご期待の程を。
それに、海藤に代表される『TB種』の脆い一面も明らかにしますので……。


 勝利の鍵はその手の中に。迫る破滅を封印するは、時の狭間に一人立ち、
世の成り立ちを見つめし『アナタ』…その名は一つ…『 Blick Winkel 』…。
今此処に…今一度の奇跡が顕現する……。
 戦士達よ、迫り来る破滅、今こそその手と意志で打ち払え!!
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