<娘へ>

娘が生まれてから、そろそろ一年が経つ。

私は何をやっているのだろうか?
ここ、”第3IBF”に配属になってからほとんど、
いや全くと言っていいほど家族に会っていない。
親子にとって大切な時期だというのに・・・・。
このままどんどん時間が過ぎ、
5年経ち、7年経ち、11年、13年、”17年”経って・・・・


その時、娘は何歳になる?

それほど長い間、離れ離れになってしまった親子は・・・・
”本当の親子”と言えるのか?


いや・・・・・考えすぎなのかもしれない。
最近は、とくに研究と開発に追われ、休む暇もない。
気が滅入って不安になっているんだ。
”些末な事”だ。取るに足らない杞憂・・・・・

とにかく今は、娘に会いたい。
それだけで・・・・・全てが上手くいく。


―――――そんな気がするのだ。

















  

胎動する天使
                              川崎悠



















<名、なき子>

「この子が・・・・・!」
「ええ・・・・・私達の・・・・娘よ」
「ああ・・・・!」


私はたまらず娘を抱きしめた。
強く。しかし壊さないように、そっと・・・・・
暖かい。とても穏やかで・・・・。
たとえ、この世にある負の感情をすべてぶつけたとしても
この子には敵わないだろう。


「ぶー・・・あ・・・・ぶー」
「ん?どうした?何か欲しいモノでもあるかい?」
「・・・・ふふ。何してるのよ。まだこの子、一歳にもなってないのよ?」
「ちゃんとした言葉なんて話せないわ」
「そうか・・・・・そうか」


(まだ一歳にもなっていない)
そう。まだだ。だから・・・・・

これから親子の時間を創っていけば良いじゃないか。
まだ・・・・・まだ始まったばかりなのだから――――


「そうだ。この子の名前は何て言うんだ?」
「大切な時に、傍にいてやれなくて・・・・」
「名前すら・・・・知らない・・・・!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・名前、ね?」
「ああ」
「ないの。まだ」
「え?」


(名前がない―?)
意味がよくわからない。ただ呆然と私は聞き返す。


「どういう事だ・・・・?」
「決めてないの。名前・・・・・」
「どう・・・・して?」
「もう、一年は経つだろう?」
「・・・・・・・」


私は、妻にとっても娘にとっても大変な時期に、顔を見せる事すらできなかった。
そんな私に、妻は怒ることもなく、ただ微笑んでいてくれた。
妻と久しぶりに会って、初めて・・・・・その表情を陰らせた。


「・・・・・あなたに・・・・決めて欲しいと思ったの」
「だから今まで、この子に名前をつけなかった・・・・・」
「お前・・・・・」
「ごめんなさい・・・・。一年間も・・・・名前がないなんて・・・・!」
「この子にとっては!・・・・だけど!」
「・・・・・・!」


泣き出しそうになる妻を、私は抱きしめた。
妻の気持ちは本当に嬉しい事だった。

だが感激し、喜ぶ自分がいる裏で、
罪悪感がひっそりと首をもたげる。

本当に良いのだろうか?・・・・・私に、
この子の名前を付ける資格があるのだろうか―――――

・・・・・・・


「わかった。だがそんなに簡単に決められる事じゃない」
「考える時間が欲しい」
「うん。わかってる。だからしばらくここにいるつもりよ」
「え?しかし・・・・」
「いいの・・・・。何もなくても。ただ、あなたの傍にいたい」
「この子だって、きっとそうよ。」
「・・・・・・わかったよ。上に話してみる」
「うん・・・・・」


そして妻と名のない娘は、しばらくこの研究所に留まる事になった。
私にとって、これほどありがたい事はなかった。

”家族と共にいられる事”
これ以上の幸福は、私には存在しなかった・・・・・。









<長い名前>

「まず、名前というのは”どんな子に育ってほしいか”という
願いを込めてつけるモノだと思います」


”名前をつける”
これがどれほど難しい事か。
その大きな壁にぶち当たった私は、
とりあえずその場にいた助手に意見を求めた。


「どんな子に・・・・?」
「先生は、お子さんにどういう風に育ってほしいんですか?」
「それは、やっぱり”優しく清く美しく”・・・・・」
「・・・・うーん。そういうのしか思い浮かびません?先生」
「ああ・・・・」
「んー。では奥さんの名前から付けられてはいかがですか?」
「妻の?」
「ええ。確か、先生の奥さんの名前は、ゆき・・・・?ええと・・・・」
「妻の名前からか・・・・それもいいかもしれないな」
「ええ。そう思います。ありきたりですけどね」


妻の名前から。それも悪くない。
だがどうもピンと来るモノが感じられない。
贅沢な悩みだろうか?
やはり難しい・・・・・。


「ありきたり・・・・か。」
「ああ!なら”とても長い名前”にするというのはどうだろう?」
「とても長い名前?」
「ああ、同僚が娘にとても長い名前をつけたと自慢していた」
「へぇ。どんな名前なんです?」
「いや、それが私もその名前、事態を忘れてしまってね。」
「ただ、とてもユニークだったのが印象に残っている」
「駄目ですよ!覚えられない名前なんて!”ジュゲムの話”知ってます!?」
「駄目か・・・・・な?」
「駄目です!そんなの!」
「良いと思うのだが・・・・」
「だ〜め〜で〜すっ!そんなのお子さんが、かわいそうです!」
「そんな名前、私が許しません!」


そう言う彼女は、けっこう本気なようだ。目が少し怖い。

”長くてユニークな名前”
私は良いと思うし、捨てがたい。この考えは
とっておく事にしよう。
まだ少々、疑いのこもった目で睨む助手と話しながら
私はそんな風に考えていた。









<資格>

妻と娘が来てから、そろそろ二週間だ。
娘も、もう一歳になった。
”あっという間”とはこの事を言うのだろう。
二人がいる日々は、とても満ちたりていて・・・・・幸せだった。

だからこそ。すこし焦り始めていた。
そう。まだ決まっていないのだ。娘の名が。

あれも良い。これも良い。
あれも駄目。これも駄目。

”誰かに名を与える”という事の難しさと
”誰かに名前がない”という事への不安を感じていた。

名前というモノは、便利なモノだ。
頼ってしまうのは駄目かもしれないけれど。
名があれば、そこには確かに”繋がりが感じられる”

やはり名がなければ不便なのだ。

その重荷に急した私は、娘の元へ赴いた。
言葉を話す事ができなくとも、娘と共にいれば
何かが見えるかもしれない。そう考えたからだ・・・・・・。



「ぶー、ぶー・・・・」
「ははっ・・・・」


娘は可愛くて仕方ない。
妻の提案で、こうして娘と遊んでいる姿を
”ホログラム・ムービー”にして残す事にした。
親バカをしている姿が記録に残るのは、少々恥ずかしいのだが・・・・
それでも何か”形”にして残る思い出を欲した。

何が不安だった訳でも、恐れていた訳でもない。
ただ、この”幸福”を、噛み締めるために・・・・・・


「なぁ?お前はどんな名前が良いんだ・・・?」
「ぶー?・・・あー・・・?」
「はははっ・・・・・名前だよ。キミのナ・マ・エ!」
「あ・あ・えー・・・・・?」
「ははは・・・・」


"大切なモノ"が欠け落ちながらも、
私は、それでも良いと思っていた。
これ以上、望む事など何もない、と。
この子さえ、この子と妻さえいてくれれば、それで満足だった。
この一年、まったく何もしてやれる事ができなかった私にとって、
これ以上を求める"資格"などない。

妻もどこかでそんな気持ちだったのかもしれない。
娘に名前がない事など関係もなく、幸せそうに見えた。









<異動>

一ヶ月、過ぎる。

そろそろ限界だ。
これ以上、引き伸ばすことなどできない。
大体、いくら研究員の家族だと言っても、妻と娘は部外者だ。
いつまでも”この施設”に留まる事などできない。
娘のためにもならないだろう。
そろそろ決断せざるをえない。


「ふぅーっ・・・・・・」


また娘に会いに行こう。
二人が来てからは、
休憩になると娘達の所へ行く事が日課になっていた。


「ぶー・・・・あー!」
「はははっ」


妻はいなかった。しばらく娘を預けて、”上”へ上がっているらしい。
その事は助手から聞いたのだが、
直接聞かされなかった事には、少々寂しい物があった。
”ここ”に戻ってくるのには丸一日、いや二日はかかる。


「・・・・・・・・」
「ぶー・・・・・?」


本当は・・・・どうすべきなのだろう?


「あー!あー!」
「・・・・・え?」


娘が突然、騒ぎ出した。
どうしたのだろう。
こういう時はどうすれば良いのかわからない。
私は、あたふたと周りを見渡す。


(誰か、いないか――――?)


「あー!あー!・・・・あー!」
「・・・・・?」


なおも私に向かって何かを訴える娘。


「・・・・・・・?」
「もしかして・・・・・・」
「慰めて・・・・、くれてるのか・・・・?」
「あー!あ、あー!!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・ふ・・・・ふふふ」
「あははははっ・・・・・」


まだ一歳にしかなっていない娘に慰められるとは!


「キミは・・・・!”優しい”な・・・・!」
「ぶー・・・・」
「ふふふ」
「・・・・・そうだ・・・・!」
「”優”なんて・・・・!名前はどうだい・・・・?」
「キミには・・・・・、ぴったりだと思うんだがね」
「ぶー・・・!ぶー!!」
「あれ?イヤかい?はははっ・・・・!」
「やっぱりっ・・・・難しいなっ・・・・!」


”優”
良いかもしれない。
妻にも聞いてみよう・・・・・。


「おい」
「!?」


突然の背後からの声に驚く。


「お前だな・・・・此処に家族を連れ込んでいる奴は」
「・・・・そうだが。それが何だ・・・・?」
「ふん。まったく・・・・・研究は進んでいるのか?そんな事で」
「滞りはない。しっかりとやっている。今は休憩時間なだけだ」
「・・・・・ふん」


その男は、見下すような目つきで私と娘を交互に見る。
私は思わず、娘の前に立ちふさがった。


「お前には、”第一IBF”へ異動してもらう」
「な!?」


”第一IBF”
あそこは―――――


「異動は決まった事だ。お前には覆す権利などない」
「っ!!」
「喜べよ?お前の力を認められているって事だからな!」
「上はしっかり見てくれてるって事だ。良かったな?・・・・”お父さん”?」
「くっ・・・・!」


異動命令の詳細が書かれた書類を置いて、男は去っていった・・・・・


「・・・・・・・!」
「・・・・・ぶー?」


座り込んで頭を抱える。
第一IBFは・・・・・”禁忌”の研究所。
人を人と思わない。”人を殺す”ための実験場―――――

・・・・ここも変わりないのかもしれないが。
この施設に置いての、”ヤツら”の所業の中心。
引き返す事は・・・・・できない。

もう”ヤツら”と同じ穴のムジナだ・・・・!
私は・・・・もう――――――











<五年>

娘が生まれてから・・・・・5年が経った。


私は、あれから一つの決断をした。


妻とは・・・・・別れる事にしたのだ。

こんな実験をしている者に、人の親を名乗る資格なんてない。
ほとんど会うこともできずに、父親である”責任”など持てる訳がないんだ・・・・!


結局、一歳になった娘としか会っていない。
私の感じた思いは、杞憂ではなかったようだ。

それもまた・・・・・”些末な事”なのかもしれない。
娘の名前も決めることはできなかった。
だがもう、私には関係ない事だ・・・・・・。


「先生?」


突然、呼び止められる。


「ん?なんだい?」
「あの・・・・面会の方が来られてます」
「面会?私に?」
「はい」
「”ここ”に来てるのかい?」
「いえ、”インゼル・ヌル”に来られているそうです」
「名前は・・・・?」
「それが・・・・・名前は言いたくない、とおっしゃって」
「・・・・?胡散臭いな・・・・・」
「ええ、そうなんですが」
「まぁ、ここにいる人間に用事があるなんて皆、理由があるか・・・・」
「・・・・・・」
「わかった。久しぶりに”上”の空気も吸いたいし、会う事にするよ」
「よろしいんですか?」
「ああ。構わんさ・・・・・」
「だが、上へ行くまでにはそれなりに時間がかかる」
「外出許可も含めると2、3日はかかるかもしれない」
「はい。そのようにお伝えしておきます」
「頼むよ」


(名のない客人か・・・・)

・・・・・・・


ひとまずは外出許可を取る事。
私は淡々と、準備を始めた。







「んんっ・・・・・!」

思い切り”伸び”をする。久方ぶりの外だ。
やはり長い間、あんな所に閉じこもっていたら気が滅入る。
外出するきっかけをくれた客人には感謝をしなければいけないだろう。

待ち合わせの時間までは、まだ時間がある。
私はしばらく”浮島”を散歩することにした。







海が見えるところまで来た私は、手すりに寄りかかり水平線を眺めた。


「・・・・・・」
「のどかだなぁ・・・・・」
「平和・・・・・なんだなぁ・・・・・・」


ここにいると全てが嘘のように思える。
私は、今まで何をしていたのだろうか―――――


「あーそーぼっ!」
「え?」


子供の声。
白衣を掴んでいる手を辿ると、幼稚園に通うぐらいの歳の
子供が私を見上げていた。


「どうしたんだい?お譲ちゃん」
「あーそーぶー!」
「ええ?」
「あーそーぶーのー!」
「い、いや私は、ちょっと待ち合わせがあってね」
「今、なんにもしてなーいー!」
「いや、そうなんだが・・・・」


(困ったな・・・・・)
待ち合わせの時間は大丈夫だろうか?


「じゃあ、おじさんが”パパ”だよ!」
「パ、・・・・パパ?」
「そう。パパ!」
「な、なんでだい・・・?」
「パパはパパなのーーー!!」
「え、ええ!?」


どうすればいいんだ?
”親”はどこにいるんだろう?これでは本当に”おママゴト”に
付き合わされる。


「・・・・に行ったの・・・!」
「ん?」


誰かが探している。
きっとこの子の親だろう。


「ほら、キミを探してるよ、向こうに・・・・」
「いーーーやーーーあ!あそぶ!」
「ちょっ・・・・・」


離れようとしない。
困り果てた。
まさか乱暴に振舞う訳にもいかないし・・・・


「おーい!こっちだ!こっちにいるぞー!」
「あー!ずーるーいー!」


やむを得ず大声で助けを呼んだ。
(ずるい・・・・?)
心外だ。



「はぁはぁっ!ありがとうございます・・・・!」


息を切らして駆けてきた人物は女性だった。
それは―――――


「・・・・・・!キミは・・・・!」
「!・・・・・・」






「・・・・・・・・・・”あなた”」











<名付け親>

「どうして・・・・・・?」
「・・・・・・」

「”ママ”ー!」
「え?」


先程まで私にくっついていた子供が彼女の元へと駆け寄った。


「まさか・・・・・」
「ええ。そうよ。あなたの娘・・・・・」

「・・・・!!」
「今更・・・・・どうして・・・・・!」
「”名前”をつけてもらいに来たの」
「な!?」


まさか――――――


「まだ、つけていないのか・・・・?」
「まだ・・・・・!名がないまま・・・・・!?」

「ええ・・・・・・」

「な、何を考えてるんだ!キミは!」
「もう五歳なんだぞ!?それを・・・・・・!」

「・・・・・・」
「最初はね。ちゃんと名前をつけてあげようって思ってた。
でも・・・・。必要なかったの。私達には。だって、二人きりしか、
いないんだから・・・・・・」
「・・・・・!」
「・・・・それでも、もう”五歳”だ!」
「もうキミと”二人だけの世界”では生きられない・・・・!」
「ええ。だから、あなたに名前をつけてもらいに来たのよ・・・・」
「なっ・・・・!いい加減にしないか!!」
「私はっ・・・・・」

「・・・・・私は、そんなに簡単には、割り切れないの・・・・・」
「それにね。この子も望んでる事なのよ。」
「あなたに・・・・・”名付け親”になってもらう事・・・・」

「!?・・・・・」
「もう、言葉も話せるわ。自分の意思で考える事も、し始めてる」
「ねぇ・・・・?」
「・・・・・・」


(娘が・・・・・)


彼女の方を見やると、先程までとは変わり、
固く何かを決意したような表情だった。

それは、妻が言った言葉の肯定―――――

私は、膝をついて娘に目線を合わせた。


「本当に・・・・、キミは”それ”を望んでいるのかい・・・・?」
「・・・・・うん!」
「私に、名前をつけてもらう事を?」
「うん!」
「・・・・・・そう、か・・・・・」
「・・・・・・」

「・・・・・・」
「・・・・・・」


この子が私の娘――――――
五年ぶりだった。もう会う事はないと。

五歳の、成長したこの子に会う”歴史などなかった”はずだ。
それが・・・・・・今、目の前にいる。


「・・・・・」
「・・・・・・わかった」
「え?」
「私が、名前をつけよう」
「ほ、本当に・・・・?」
「それくらいの”責任”は果たすさ」
「!・・・・・・そう・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・ありがとう」
「この子を、しばらくあなたに預けて良い?」
「私は、あなたの傍には、いられないから・・・・」
「・・・・・ああ、わかった」
「キミには、浮島にあるホテルを準備させるよ」
「ええ・・・・・」


そして、そのまま彼女とは別れ、
娘と共に深海の研究所へと引き返した・・・・。







「ぶいっ♪」
「あははは・・・・面白い子ねぇ!」
「・・・・・・」
「この子が先生のお子さんなんですね」
「・・・・・・ああ」
「へぇ・・・・大きくなりましたねぇ・・・・」


名前。5年振りに娘に向き合う事になる。


「・・・・・”キミ”は・・・・どんな名前が良いんだい?」
「・・・・・教えてほしーい?」
「ああ」
「パパがつけてくれる名前!とっても”気に入ってる”んだ♪」
「?・・・・・そうかい?」
「うん!」


無邪気に微笑む彼女。
私に名をつけてもらえると信じて疑わない。
・・・・・・・。


「しばらくここで遊んでやってもらえるかい?」
「え?あ、はい。よろしいんですか・・・?」
「ああ。お願いしたい」
「わかりました。先生」


娘を助手に任せて、私は自分の部屋へ戻った。
・・・・一人になって考えてみたかったのだ。






この五年間、忘れた事などなかった。
娘の事も。妻の事も。言い訳にしかならないかもしれない。
でも私は・・・・・・”大切だから”離れた。


(・・・・・)


本当にそうなのだろうか?
それは・・・・・”誰のため”に?


(・・・・・・・・)


”此処”にいて守る事ができないから、
そう言って逃げてるだけなのかもしれない。


(・・・・・・・・・・!)


・・・・・決めよう。

意味なんてない。

”どんな風に育って欲しいか”など望む資格もない。
ただ私が、私が娘を思う気持ちを・・・・・・

――――――託したいのだ。










<胎動する天使>

「名前、お決めになられたんですか?」
「ああ!」
「どんな名前にされたんです?」
「それは・・・・いや、すまない。やはり初めに娘に伝えてやりたいんだ・・・・」
「五年も待たせてしまったからね」
「ふふ・・・そうですか。わかりました。でも後で教えてくださいね」
「ああ・・・!」
「ふふふ・・・・早く行ってあげてください、先生」
「ああ、では私は、失礼するよ」
「はい。先生」


私は娘の元へ急いだ。
どれほどの時間、待たせてしまったのか。
一刻も早く伝えてやりたかった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」


ようやく娘の傍へ辿りついた時には、息が切れていた。
慣れない運動などするからだ。


「・・・・・・」


何かに夢中になって、私が来た事に気付いてない娘・・・・・
ふと振り返り、私の姿を見つけると笑顔を見せた。


「パパ!」
「ああ・・・・・・」


走り寄ってきた娘は、いきなり私に抱きつく。


「おっとっ・・・・・ははっ・・・・・」


よろめく私に構うことなく娘は、話かけてきた。


「パパ!ありがとう!」
「ん?何がだい?」


突然の感謝の言葉。
何か嬉しい事でもあったのだろうか。
単純にそう考える。
だが、娘が次に口にした言葉は――――










「”ココ”、とっても嬉しい!」
「パパに、名前つけてもらえて!」









―――――――え?


「・・・・・今、キミはなんて?」
「”キミ”じゃーないもん!”ココ”だもーん!」
「にゃはは♪」


私は・・・・・


「私は、まだ、誰にも・・・・・」
「誰にも教えてない・・・・・・」
「どうして・・・・?」


誰にも、いやそれどころか一度も口にすらしていない。
それを何故?


「んー?だってぇ・・・・・」
「・・・・・・」


息を呑んだ。


「ココにはわかるんだもーん♪」
「わかっちゃうんだもーん♪にゃははははっ♪」


無邪気な笑顔。
・・・・・この子は――――――








<父親>

「どうかされたんですか?”八神”先生。顔色が優れないようですが」
「い、いや・・・・・その、大丈夫だよ」
「そうですか・・・・?」


娘は私がつけようとした名前を知っていた。
私が偶然思いつき、誰にも口にしていなかった名前を。


「・・・・・・・・」


いや。考え込んでいても仕方のない事だ。
”そんな人間”が存在するという事は、”嫌というほど知っている”
たまたま娘がそうだっただけ・・・・・
そのはずだ。だが―――――


「どうした?」


ハッとして振り返る。


「誰だ・・・・・!?」
「誰だ、とはご挨拶だな」
「心配して声をかけただけじゃあないか」


振り返るとそこには一人の研究員が立っていた。


「・・・・・”田中”か」
「”陽一”でいいぞ?八神。苗字で呼ばれるのはあんまり好きじゃない」
「それほど変わらないと思うが」
「まぁな。好き嫌いだよ。単なる・・・・な!」


彼は、そう言うと私の前に缶ビールを差し出した。


「おい・・・・!」
「構いやしないさ。これぐらい」
「しかし・・・・・」
「ところで八神。何をそんなに暗い顔をしているんだ?」
「!・・・・・・いや」
「話してみろよ。力になれる事もあるかもしれない」


そう言って彼は、プシュッという音と共に缶の蓋を開け、
一つを私に。もう一つを自分で持った。


「飲めよ。少しは気が楽になる。」
「・・・・・・」
「ありがとう・・・・・・」


互いの缶を軽くぶつけて、少量を口に運ぶ。


「くぅっ・・・・・」
「ふぅー・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


(・・・・・ココ)


「・・・・・・・」
「それで?どうしたんだ?」
「・・・・・娘が」
「ああ」
「”普通の人間”では・・・・ないかもしれない・・・・」
「!・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・そう、か」
「ああ・・・・・」


しばしの沈黙。口火を切ったの彼の方だった。


「守らないと・・・・・・いけないな・・・・」
「!・・・・・」

私は顔を上げて彼の顔を見た。
私ではなく、遠くを見つめる彼の目は、
何を考えているのかわからなかった。


「俺にも娘がいる。その子は、普通の子だが・・・・」
「俺は・・・・・守ってやる事ができない」
「・・・・!?何故・・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・ここにいるのは、ヤツらの”裏の顔”を
少なからず知っている奴だけだ」
「今度、”地上”にあがった時。俺の経歴を調べてみろ・・・・」
「・・・・・・・?」


どういう事だろう・・・・?


「・・・・・・」
「・・・・・・今は、俺の事はいいだろう?」
「お前の娘。早い内に対策を練るに越した事はない」
「後で”やっておけば良かった”では遅いんだ」
「・・・・・・」


(私は―――――)


「・・・・・お前はな。八神」

「え?」

「”父親”なんだ。何があろうと」
「どれほどの時間、離れ離れになっていようと」
「お前にとってその子は、”自分の娘”で、その子にとってもお前は、父親だ。いつまでたっても」
「それは、・・・・・変わらない」

「だが、私は!」

「”責任”や”資格”じゃないんだ。八神」
「お前は・・・・・大切に思っているだろう?」

「っ・・・・・!」

「それで・・・・・十分なんだよ、きっとな」

「それでも!私は・・・・!」

「・・・・・・・もう一度、娘の顔でも見に行ってこい・・・・」

「え?」

「それから決めろ。守ろうと思うなら力を貸す」

「・・・・・・」

「・・・・じゃあな」

言い残して彼は、この場を立ち去った。









<いつかの先へ>

「ココ・・・・・」
「なーに?パパ!」
「ココは、どうして私が名前を言う前に知っていたんだい?」
「私が付けようとした名前を・・・・・」
「んー?だってわかるんだもん♪にゃはは♪」
「・・・・・・そうか」


天真爛漫な笑顔、”才能”。
ずっとこうあってくれるだろうか?
・・・・・”壊された子供”はたくさんいる。

世の中に、大人に、”ヤツら”に。


「ココ?」
「んー?」
「ママの事、好きかい?」
「うん!大好きだよ♪」
「そうか・・・・・」


ココの頭を撫でてやる。
このまま妻に、この子を任せるだけで・・・・
或いは、”ヤツら”から離れて・・・・・
それで良いと、”大丈夫だ”と言えるだろうか?


「でもねー・・・・・」
「うん?」
「ココはー・・・・・」
「何だい?」

「パパの事もだーい好きっ♪」


そう言ってココは私に抱きついてきた。

(・・・・・・!!)


「・・・・・ココ」

「うん」

「キミは・・・・・私の娘だ」

「うん!そうだよ!」

「私も、ココの事が大好きだよ・・・・」

「うん♪ココも大好き!」

「・・・・・ありがとう」


私はもう一度、強く抱きしめた。
暖かい・・・・・。私は、ここに来るまで・・・・
5年もかかってしまったのか・・・・・


「ココ?パパは、やる事ができたから・・・・・」
「・・・・・また、後でね。ココ」

「えー?パパと一緒がいーいー!」

「はははっ・・・・大丈夫だよ。ココ」
「・・・・ママも”すぐに来てくれる”し、私だってすぐに戻ってくる」

「ぶーー・・・・・」

「じゃあ・・・・・後でね。良い子にして待っててくれ・・・・」

「うんっ!ココ、良い子にして待ってる♪」

「ああ・・・・!」




ココをその場に残し、私は研究所へと引き返した。

私は、どんな手を使ってでも守る・・・・・。

この子を守る。
たとえ、どれほどの時間を失ったとしても。
”父親”である事も捨てたりはしない。








―――――私の居場所は・・・・・”此処”なのだ。



妻と娘がいる場所。
・・・・必ずたどり着く。




・・・・・いつか、還るべき場所へ――――――




















<胎動する天使のあとがき>

このHPに来たら一度はやってみたいSS投稿。
やってしまいました。
難しいです。SS書くのは・・・・・。
連載とか書いてる人の神っぷりに脱帽・・・・・。
プロなイラストとシナリオまで書いてしまう明殿の
凄さを思い知りました。

とりあえずテーマは”本編、ココ編をクリアした人に向けて”
って微妙ですね。当たり前でもあるし。
本文引用は台詞が考え付かず、演出という建て前で入れました。

また思いつけば書いてみたいと思う魅力がありますね。SSって。
それでは失礼します。



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