「いきなりですけど先輩、お兄ちゃんと今まで何回ぐらいデートしました?」
「はあ?」
 町中のオープンカフェ。沙羅は向かいに座る秋香菜に問いかける。一方の秋香菜も義妹
の問いの意味を測りかね、つい間抜けな声を上げる。
 と、いうか何時になったら姉と呼ぶのだろうか。
「あんた、いきなり何いってんの? もしかして上手くいってないとか」
「いや、違いますよ。私達はラブラブです」
 ラブラブって、あんた…。
 真っ昼間からこう堂々と惚気られては何も言い返す気にならない。沙羅の彼氏には会っ
た事はないが、かなりの好男子だとの噂だ。
 少し呆れつつ、秋香菜は続きを促す。
「じゃあ、なによ」
「パパとママの事です」
「お義父さんとお義母さん?」
「先輩、あの二人がデートしてるの見た事あります?」
 少しの間。
 やがて秋香菜は首を横に振る。
「ないわね」
「そう、ないんですよ!」
 おかしいですよ! そう叫びながら立ち上がった沙羅は、控えめに言って目立ちまくっ
ていた。


Midsummer Lovers Dream
                             魔神 霊一郎


「でもおかしいって言ったって、私達にはどうする事も…」
「これを見てください」
 そう言って沙羅が取り出したのは、一枚のチラシ。秋香菜はそれに見覚えがあった。
「これがどうかしたの?」
「それ見て何も解らないんですか」
「なにも…って、これただの夏祭りの宣伝でしょ」
「なっきゅ先輩、鈍いです。ここまで来たら私の言いたい事なんて一つしかないじゃない
ですか」
 夏祭り、お義父さんとお義母さん、そしてデートの回数…。
 秋香菜はそこまで考えて、ようやく理解した。
「つまり、あの二人にデートさせてあげたい。その場所として今回の、てわけね」
「そう言う事です」




 その部屋は特に狭いというわけでもなかったが、実際今は狭く感じられた。人口密度と
いうのは馬鹿にならない、いい例であろう。
「しかしなんで、今日はこんなに大人数なんだ? 全員がこっち来るなんて珍しいじゃな
いか」
「理由なんてどうでもいいじゃない。食事は大勢の方が楽しいわ」
「確かにな」
 夕方突然やって来た息子夫婦と娘。
 いきなりだったので少し驚いたが、拒む事などあろう筈もない。武とつぐみは喜んで三
人を迎え入れた。
 そしてそのまま全員で夕食となったわけである。
「まあ、確かにいきなりやってきたのには訳があるんだけどね」
 沙羅が言うと、そうなの、と、つぐみ。その後を受けて、武が口を開く。
「なんだ、深刻な話か?」
「ううん、全然。ただ、来週の夏祭りみんなで一緒にいこうかなって」
「夏祭り?」
「ああ、そう言えば今年は何かそんなのがあるって聞いたな」
 テーブルの上の青椒牛肉絲に手を伸ばしながら、武が言う。
「パパとママ、私とお兄ちゃんと先輩の五人で。行かない?」
「五人で?」
 少し首を傾げながら、つぐみが呟く。
「うん。たまにはいいんじゃない」
「そう、ね」
つぐみの呟きは、少々歯切れが悪い。少し迷っている、そんな感じだ。
「どうした、つぐみ。行きたくないのか? 俺は賛成なんだが…」
「ううん、行くのはいいのよ。ただ…」
「ただ?」
 つぐみは下を向いて逡巡していたが、意を決したように上を向き、
「浴衣が、ないのよ」
「は?」
 全員の声が重なった。
 恥ずかしそうにつぐみは続ける。
「だって、お祭りって浴衣を着て行かなきゃ参加出来ないんでしょう。そう聞いているわ
よ」
 倉成つぐみ。まともな社会生活歴十年未満。
「あ、いや。別に浴衣じゃなきゃダメって訳じゃ…」
「それは問題ね! 重大だわ」
 ない。そう続けようとした武を遮って、秋香菜が叫ぶ。
「でも、お義母さん。それなら浴衣を買いに行けばいいだけの事よ」
 秋香菜のこの一言が、全てを決めた。




「こりゃあ、すげえ」
 あまりの人の多さに、武は思わず呟いた。人込みの喧噪に、祭囃子もかき消されがちだ。
「まわるのにも一苦労しそうだな」
 夏祭りの会場はこの街有数の神社である。かなりの広さを誇るので、出店の数も数えき
れないぐらいだ。
 それらをざっと見渡し、武はみんなを振り返った。
「取りあえず、近いとこから順々にまわっていこう」
「そうね」
 つぐみが賛成する。他に反対は出なかった。
 人込みの中に一歩踏み出す。その途端凄い圧力がかかった。
「うわっ」
 あっという間に離ればなれになる五人。武はとっさに手を伸ばし、つぐみの手を掴む。
「つぐみ!」
 そのまま手繰り寄せ、抱き留める。そのまま、人込みから抜け出す二人。
「はあ、やれやれ。いきなりはぐれちまったな」
「しょうがないでしょ。あの人の流れじゃあ、とてもじゃないけど目的地に行くどころか、
立ち止まるのさえ一苦労よ」
「そうだな」
 何度見渡しても、人しか目に入らない。正直嫌になる数だが、それも仕方がない。武は
半ば諦め半分で溜息を吐き、つぐみを見やる。
 そして、時間が止まった。
 提灯の明かりに照られて浮かび上がるその姿に、武は見とれた。黄色を基調とし、所々
に朱色が配された浴衣を纏ったつぐみは、今までとは違った魅力を醸し出している。
 少し汗に濡れたうなじも、その手に持ったうちわも一つに混ざり合い、まるで一個の絵
画のようにそこに在る。
 あまりの美しさに、瞬きすら忘れて見つめる武に気が付いたのか、つぐみは顔だけをそ
ちらに向け、微笑みながら問いかける。
「どうしたの、武」
「あ、いや…」
 武は柄にもなくあがっている自分を感じた。顔も赤らんでいるだろうが、そちらは提灯
の明かりのせいで、気付かれはしないだろう。
「その、よく…似合ってるぞ、その浴衣」
 今度はつぐみが赤くなる。やはり気付かれはしないだろうが、その照れた仕草までは隠
せない。
「あ、その、あの…ありがとう」
 消え入りそうな声で呟くつぐみ。
「何時になったら…そう言ってくれるのかって思ってたんだけど」
「あ、いや、悪い。でも、見てなかった訳じゃないぞ。その、なんて言うか…」
「言い出しにくかった?」
「そうそう。みんないたしな」
「そう言う事にしといてあげるわ」
「う…」
 未だ動揺冷めやらぬ武に対して、つぐみの方はかなり自分のペースを取り戻していた。
だが、冷静になればなるほど、先程の武の言葉がリフレインされ恥ずかしさがこみ上げて
くる。
 再び赤面せぬうち−ペースを保てる間−に、つぐみは話題を変えた。
「これからどうするの。みんなを捜す?」
 武はしばし考え、やがて首を横に振った。
「いや、折角だから廻ろう。二人っきりってのもいいじゃないか。つぐみは祭りが初めて
なんだろう。いろいろと案内するぞ」
 あ、案内ってのは少しおかしいか。そう言いながら笑う武につられるように、つぐみも
笑顔になる。
「じゃあ、お願いするわ」
 そして腕をからませるつぐみ。再び武が固まる。
「つ、つぐみ!?」
「あら、どうしたの。私達夫婦じゃない。これぐらいは当然でしょ」
 からかい半分の悪戯っ子のような顔で、武をのぞき込む。肉体年齢十七歳でそれをやら
れるのは正直反則だと思う。
「そこまで言うなら、きっちりとエスコートしてやるよ。覚悟しとけ」
 まるでこれから戦場へ赴くような、まるで場違いなセリフを吐いて、武は人込みに繰り
出した。




「上手くやってるかなあ。パパとママ」
「それよりも、本当に二人きりになれたの、あの二人? もしなれなかったら、全てパー
よ」
「それは大丈夫だよ、優。お父さん、しっかりとお母さんの手を握ってたからね。二人一
緒に流されるはずだよ」
「ま、何にせよ。私達の計画はここまで。後はあの二人次第だよね」
「そうね、でも大丈夫でしょ。あの二人、万年新婚夫婦みたいに熱々だから」
「そうだね。それじゃあ、僕たちも行こうか。沙羅はどうするの?」
「私は待ち合わせ。もうすぐ来ると思うから、二人はお先に仲良くどうぞ」
「沙羅の彼氏って言うのも見てみたいわね、正直。何で見せないの?」
「その内見せますから」
「いつもそれだからねえ。それじゃあ、ホクト。行こうか」
「うん」





 つぐみは本当に何も知らなかった。普通の生活を送ってきたなら、常識にすら鳴ってい
るような事すら『聞いた事がある』程度の認識。
 最初は二人腕を組んで歩く事に多少の恥ずかしさを感じていた武だが、今はもうつぐみ
に少しでも楽しい時間を過ごさせてやる事しか考えていなかった。
「ねえ、武。あれはなに」
「ああ、あれはヨーヨー釣り。あのヨーヨーについている輪っかを引っかけてすくい上げ
るんだ」
「じゃあ、あれは?」
「ああ、綿菓子だ。名前くらいは聞いた事あるだろ」
「へえ、あれが…」
「食べてみるか?」
「ええ」
 武は懐から財布を取りだし、親爺に代金を支払う。渡された綿菓子が服にくっつかない
ように、慎重に持ってつぐみに手渡す。
「ありがとう」
 おそるおそる口に持っていくつぐみ。小さく口を開けて一口かじる。
「…!? おいしい!」
「だろ。いやあ、これで不味いとか言われたらどうしようかと思ったんだが、一安心だ」
 けど、後で喉が渇くんだけどな、コレ
 そう、笑いながら語る武。
「さ、次に行こう。一つのところで止まってても、祭りは楽しめないからな」
「え、でも食べ終わってないわよ?」
「歩きながら食べればいいさ。それもまた祭りの楽しみ方だ」




「武、こんなところで射撃訓練でもするの」
「違う、これは射撃じゃなくて射的。コルクの弾を的に当てて、倒れたらその景品がもら
える、ただのゲームだよ」
 つぐみに説明しながら、武は親爺から弾を受け取りつぐみの手に握らせる。
「やってみろよ」
 武に促され、弾を込める。慎重に狙いをつけ、引き金を絞る。
 ポン。
 軽い音と共に発射されたコルク弾は、的に当たることなく落下した。
もう一度狙いをつける。
 ポン、トン。
「やった」
 が、それはぬか喜び。確かに的に当たりはしたが、景品は倒れなかった。
「な、結構難しいだろ。コルクは軽いからな。当たる前にどっかに流されるし、当たって
も、ポイントが悪いと倒れてくれない」
「くっ」
 かなり本気な眼をして、三度銃を構えるつぐみ。しかし結果は繰り返された。
「くうー」
 一向に倒れない的に対して、苛立ち半分悔しさ半分と言った感じのつぐみ。それを見つ
める武の口元には自然と笑みが浮かぶ。
「ちょっと武、何がそんなにおかしいの?」
「い、いや。何かそんなふうに悔しがるつぐみって言うのも新鮮で可愛いと思ってな」
「な、何を言って…」
「いや、本当にそう思ったんだぞ。つぐみの魅力を再確認て感じで」
「ばか」
 すねたように呟くつぐみ。そんなつぐみに武は再び笑いそうになるがこらえ、手を伸ば
す。
「貸してみろよ、銃」
「え、うん」
 おずおずと銃を渡すつぐみ。武はそれを受け取り弾を込める。
「どれが欲しいんだ? 取ってやるよ」
「あ、それじゃあ…あれ」
 指さしたのはキーホルダー。武は、そのキーホルダーが掛けられている的に狙いをつけ
る。
 ポン、タン。
「あ、惜しい! くそ、後ちょっとだったんだがな」
 そう言いながら、最後の一発を込める。
「いけっ!」
 ポン、トン。
 コルクの当たった衝撃で、的が揺れる。が、倒れるまでは行かない。
 ダメか。
 武がそう思ったその時。
 ひゅう…
 かすかに風が吹き、的を揺らす。そして、
 カタン。
 乾いた音が鳴った。




 ヒュー、ドン。
 ドドン。ドン。
「おー、やっぱ日本の夏は花火だよなあ」
「そう、ね」
 次々と打ち上げられる花火。それを眺めながら、武が感慨深げに呟くが、つぐみの応答
は歯切れが悪かった。
 武は花火に向けていた顔をつぐみに向け、問いかける。
「おい、どうしたんだ。何か元気ないな、ひょっとして楽しくなかったか?」
「いいえ、楽しかったわよ。本当に…。デートなんて久しぶりだもの。誰かさんはちっと
も誘ってくれないしね」
「あー。まあ、それは。それじゃあ、何でそんなに顔が暗いんだ」
 やはり何か自分がしくじったのではないか。そんな疑問が鎌首をもたげる。
「…花火はね、嫌いなのよ」
「なんで? 綺麗じゃないか」
「儚いから」
「儚い」
 ええ。と、顔を空に向けたままつぐみは続ける。
「一瞬の命だからこそ綺麗。そう考えると何か淋しいじゃない」
 ひょっとして花火だけじゃなく全てのものが、かしらね。そう呟くつぐみに、穏やかに
切り返す。
「でも例外はある。つぐみは綺麗だからな」
「は?」
「儚いものイコール美しいもの。その例外はお前自身だろ。お前の命は永遠、けどお前は
綺麗だ」
「武…恥ずかしくない? 言ってて」
「少し、って。茶化すなよ、結構真面目に言ってんだぞ」
「ごめんなさい。今までそんな事言われた事なかったから、つい」
 つぐみは笑いながら、腕をからませる。
 ヒュー、ドン、ドドン。
 ヒュー、ドーン。
 最後の花火が上がる。ひときわ大きな花を咲かせ、そして消えた。
「終わったな」
「ええ」
 二人じっと空を見つめる。やがてポツリと、
「帰るか」
 そう言って立ち上がる武の袖を、つぐみが掴んだ。
「つぐみ?」
「もう少し、いいじゃない。もう少し、二人っきりでいましょう」
 その言葉に従い、再び腰を下ろす。
「静かね」
「ああ」
 会話はない。だが、その場の空気は穏やかな感じに包まれていた。
「今日は、楽しかったか?」
 先程と同じ問い。
「ええ」
 同じ答え。
「また、何処かへ行こう。お前が行きたい所へ」
「連れて行ってくれるの」
「ああ」
「ありがとう。楽しみにしてる」
 つぐみが立ち上がる。
「帰りましょう。あの子達も探してるだろうし」
「ああ、そうだな」
 来た道を戻り始めるその途中で、つぐみは突然振り返った。
「そうそう、忘れる所だった」
 そのまま武にくちづける。
「やっぱりデートにはキスが付き物でしょう」
 そう言って軽やかに道を下っていくつぐみの背を眺めながら、武は溜息を吐く。
「お前、そりゃ反則だろ」
 武は呟き、ゆっくりと最愛の妻の後を追った。




Fin





                         後書き

 未だにスランプが抜けない魔神です。
 苦手克服のため、三度恋愛系です。どうなんでしょう、やっぱり私には書けないのかも
しれません。どうも甘い雰囲気を書くのが苦手でして…。この系統が上手い方に一度師事
してみたいですね。
 それではここまでお読み頂いた読者諸卿と、拙作をお受け取り頂いた明さんに心よりの
感謝を。

                                            魔神 霊一郎


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