【前回までのあらすじ!】

 夏のある日、休日を家族団欒で過ごす為に海へ赴こうとした倉成一家。
 しかしその途中で、お約束とも言うべきパターンで、田中優美清春香菜他5名と1匹の団体に捕まってしまう。
 更に現場である浜咲海岸で、阿師津隆文他7名の顔なじみとブッキング。
 極め付けに宿泊先の宿『終焉』の経営者は、『2034年・読者が選ぶ史上最低人物』ランキング堂々の1位に輝いたと目される、終焉の鮪その人であった。
 果たして、倉成一家の平穏や如何に!!?(前半で随分壊れた気もするが)
 そして、倉成武は無事、血を見ずに明日の朝日を拝めるのであろうか!!?
(ナレーション:太田真一郎氏)




浪漫酢の神様 〜 THE GOD OF ROMAN AND VINEGER 〜
                              終焉の鮪



後編 『神様の数え方は柱だって中江さんも仰ってました』


 【第三視点】

「ここが貴様等の墓場だ」
「客間と言え」
 一行が鮪に案内された場所は、廊下を挟んで向かい合わせにふすま戸が設置されている客間だった。
「一部屋につきつき大体3〜4人がくつろげる寸法になってる。部屋割りはそっちで好きに決めなはれ。どうせ他に宿泊客はおらんでぇのぉ」
 では俺様は夕飯の支度をするから足首洗って待っていろ、と言い残し鮪は歩き去っていった。
 諭吉団扇を悠々と揺らしながら。


「さて、そんじゃメシの時間まで寛ぐk」
「何の腹づもりかしら? く・ら・な・り?」
 さり気無く客間の一室に移動しようとする武の首根っこを、がっしりと掴む春香菜。
 その顔に浮かぶ女神のような微笑とは反対に、その握力は果汁100%生ジュースを作れそうなイキオイである。
「はぐぁっ…… い、いや、俺はただ単にゆっくりしたいなぁ、とぉ……」
「そうよ、海であれだけ騒いだんだからゆっくり休みたいじゃない」
 つぐみがゆっくりと、しかし春香菜よりも力強い動作で武へのロックを外す。
「勿論、家族団欒でね」
「さて、それじゃ早速部屋割りのくじ引きをしましょうか!!」
「ちょっと待て」
 つぐみの強調した物言いを完全にスルーして、どっからともなくくじ入りの箱を取り出す田中優美清春香菜さん。
 この人にとって自分に不都合なセリフは、雨の日に路上販売を試みる竿竹屋の放送と同じレベルでしかないのだ。
「くじ引きとはまた古典的ね、お母さん……」
「……何か仕掛けてはいないわよね?」
「なら調べても構わないわよ?」
 いぶかしむつぐみにずいっと箱を突きつける春香菜。
 箱をひっくり返し中を除き、くじの一本一本、細部に至るまでじっくりチェックするつぐみ。
 鬼姑の掃除チェックもかくやと言わんばかりの徹底した調査の後、
「……何も仕掛けは無いわね」
 安心したような、しかしどこか納得のいかないような表情を浮かべながら、つぐみは箱を返す。
「当然よ。私が今まで何か卑怯な仕掛けを施した事があって?」
「ありすぎて一度にあげきr」
 桑古木の額にメスが突き刺さる。
「ふっ……そんな小細工は必要ないのよ。何故なら……
 私にはLeMUの事故に巻き込まれてもなお生き延びた上に余命数年とされていた不治の病の束縛からも開放された更にその上に例の計画を成功させるために何度も挑戦した命懸けの賭けに成功しまくったという強大で絶対的で世紀末覇者的な運が備わっているんだから!! きっと思い通りに行くわ!!」
「おぉ、春香菜さん一息で言いましたな」
「後半は意味不明だったけどね。正確には『強大で絶対的で世紀末覇者的』の部分だけど」
「え、田中先生って病気だったんですか?」
「そういえば、BWで見た事があったっけ……」
「私もすっかり忘れてました。不要な情報でしたので消してしまったのかも知れません」

 作者も忘れてたりした。

「おいおい……ソレが秋誕生の原因だろが……忘れるなよなお前等」
 額にメスが刺さったまま桑古木が鋭く突っ込む。
「そう……だったわね。私はお母さんのクローン……だったんだよね……」
「優……」
「桑古木、サイテ〜!」
「リョウ、流石にそれはいけないな」
「少ちゃんデリカシーないね〜」
「いきなりしんみりムードに入るなっ!! というかココ、誤解だー!!」
 血涙を流しながらココにのみ必死に弁明するローリー桑古木。
「あーゴホンゴホンゴホン!! ……さり気に流される前にちゃっちゃか引いてもらいたいんだけど、OK?」
「分かりました。では失礼しますね」
 理宇佳がそっと一本引くのを皮切りに次々と箱からくじが引かれていく。

 結果発表。

「"夢翼むよくの間"には俺とつぐみ、優にタカさん、笹広か……」
「"天玉てんぎょくの間"は僕と沙羅、優に真篠さんに刹奈さん……」
「"想切そうせつの間"は俺に空、運命にココに比代と理宇佳……か」
「素晴らしく自然に分けられたでしょ?」
 いんや多少の陰謀臭さを感じるぞ、という言葉をすんでで飲み込む武。作者の暴虐ちからには逆らえない事をゲノムレベルで承知しているからだろう。
「作者って誰だよ……」
 武のかぼそい突っ込みは夏の空気に溶けて消えて逝った。


【武視点】


「どうして……?」
 その言葉は、誰に対して言ったのだろう?
 自分に?
 目の前に居る誰かに?
 そもそも、今の言葉は自分のものだったのか?
 それすらも分からない。
 ただはっきりと分かる事があった。

 さっきのくじ引きはやはり陰謀が溶け込んでいたのだと。


「……優ぅーーーーっ!!!!!!」
「……つぐみぃーーーーーっ!!!!!!」
 部屋に入ってわずか17秒後。
 スデに夢翼の間は混沌と無法が支配する空間と変貌していた。
 理由は、今朝起こった交通規制大作戦に始まる、今まで行われてきた様々な小ざかしい計略に対して遂にをつぐみが怒りを爆発させた為。
 そしてそれに優が逆ギレして乗ってきた為であった。
 ちなみにタカさんと笹広は早々に露天風呂へと逃げ出している。
 薄情な…………。
 そして……。
「どうして……?」
 どうして俺はイエス様よろしく壁に張り付けられているのディスカ?
 そんな俺の呟きを無視して優とつぐみの火花は更に燃え上がる。
「もう何度も言ってきたけどっ!! 好い加減私と武の間に割り込もうとするのは止めてくれない!?」
「もう何度も言ってきたけどっ!! 好い加減私に倉成を預けてくれたらどうなの!?」
「意味が分からないわよ!! 大体私達は夫婦なのよ? ホクト&沙羅っていう子供も居るし婚姻届だって出したわ。倫理上でも法律上でも私達は立派な"倉成夫妻"なんだから!! それは承知してるの!?」
「うん♪」
「あっさり爽やかに返したら怒りが引くとでも思ったのなら大間違いよ……」
 つぐみの後ろに死んだ御両親の幽波紋ス○ンドが見える気がする。
「死んでないから」
 心を読んだかのようなタイミングで優につっこまれてしまう。
「よぉし……それなら最終勝負よつぐみ! 勝った方が倉成を頂くっていうので」
「ふん、下らないわね……そんな勝負しなくたって法律上倫理上私の主張と権利は守り抜かれるのよ」
「ローン購入した家の残金……勝ったら受け持ってあげても良いわよ?」
「さっさとかかってきなさい」
「つぐみーーーーーーーっ!!!?」
 俺はローンをすぐに返しきれない自分の不甲斐なさを嘆きつつがっくりと項垂れた。


【ホクト視点】


「良いお湯だね〜……」
「そっすね……」
「全くだ……」
「…………」
 僕と笹広くんとタカさんに運命さん。
 男4人でまったりとお湯に浸かる。
 『あの』鮪の経営する旅館だからといって1から10までダメダメというわけではないみたいだ。
 むしろ丁度良いお湯加減で、不覚にも彼に感謝の念を覚えてしまう自分が居る。
「……恥じる事は無い。奴とて完全なる道楽でここを経営してるわけでは無いからな……」
 心を見透かしたかのように。
 運命さんがそんな事をいうもんだからひどく驚いた。
「浮かんでるよ。笑いと苦悶が混ざったような表情がね」
「……修行が足りんな……」
 運命さんの言葉は短いけど的確に心を突いてくるから、少し苦手だ。
「ところで、お父さんと桑古木は?」
「タケならツグとハルの喧嘩に巻き込まれてるよ。全く、あの2人の仲の良さには少し困らせられるよ」
「仲、良いんですかね……?」
「『喧嘩するほど仲が良い』というしね」
 違うと思う。
「……涼権なら七瀬真篠とともに何処かに行ったぞ……」
「テンチョーと? 一体何なんでしょうね?」
「………………」
 嫌な予感がする。
 そしてそういう予感に限って的中してしまうのが僕の嫌な点だ。


【桑古木視点】


 俺はつくづく思う事がある。
 何故武やホクトは名前で呼ばれるのに俺だけ苗字で呼ばれる事がやたら多いのか。
 そんな事とは全く関係なく、今俺は真篠を連れて厨房に足を踏み入れていた。
「何じゃい、きさん等。晩飯まではまd……!! そうか、つまみ食いか!! 鮮度の高い魚介類を先行してつまみ食いか!! 意地汚いなおまいら!!」
 鮪の顔面を陥没させて俺は真篠の方を振り返る。
「勝負だ、真篠。鳩鳴軒開店初日に受けた古傷、今ここで癒させてもらうぞ」
 俺は刺身包丁を構えてそう宣告した。
「……また、随分いきなりですね」
 微笑とも苦笑ともつかない曖昧な笑みを浮かべられる。
「別にお前を憎んでるわけじゃない。ただあの勝負の後、俺がどれだけ強くなったか……確かめたいだけなんだ」
「随分身勝手ね。正確には傍若無人というのいだけれども」
 入り口からした声。
 振り向けば刹奈が居た。
 刹奈だけじゃない。
 理宇佳に比代、空にココも。
 そこに立っていた。
「……どうして……」
「甘いわね桑古木涼権。私の前からマシノンをかっさらって、それが気づかれないとでも思っていたの?」
「真篠さんに今度の鳩鳴軒新メニューについて話し合いをしようとしたら、いらっしゃらなかったので」
「皆で捜していたんです。そしたら大きな音がこっちから聞こえて……」
「そこにはこうして桑古木さんと真篠さんがいらっしゃった、という訳です」
「………………」
 誰も『俺を』捜そうとしてなかった点がひどく切なかった。
「マグローさん、生きてる〜?」
 ココはココで顔面陥没した鮪を箸でつっついている。
「マシノン相手に料理対決を挑むだなんて身の程知らずも良いところね。正確には『飛んで火に入る夏の虫』……」
「俺はもうあの時の俺じゃない。生まれ変わったのさ……過酷な修行を経てな」
 俺はあの日、真篠に屈辱的な敗北を喫した。
『審査した武達に一口も食べさせずに勝利を認めさせた腕前』
 俺の胸には大きな嫉妬と悲しみ、そして新たな憧れが芽生えた。
 それから俺は頑張った。
 優のしごきに近い重労働の合間を縫って、鍋を振るい包丁を躍らせる事に生理時間を割き続けた。
 血豆が出来ては潰れ、キュレイがそれを治しきる前に柄を握り締めた。
 そんな日々を、同じような毎日を繰り返し繰り返してきた。
 そして、今。
「真篠……俺の全力を受け止められる自信はあるか?」
 ふと。
 真篠の唇端が少しつり上がったように見えて。
「良いですよ。全力で、お相手します」
 その一言に俺の唇端があがるのが自覚できた。
「勝負課題は『新鮮な魚介類を使用した料理』! これで良いな?」
「はい」
「それじゃ、よ〜〜〜い……はじめぇ♪」
ココの天真爛漫なコールを皮切りに、俺達は調理場で向き合った。


【武視点】


「私の幸せの為に逝って頂戴ね、つぐみ!!」
 優の不遜蕪村極まりない台詞を皮切りに、2人の悪魔は向き合った。
 優の手に握られた、愛用のチタンメスが鋭く光を反射している。
 一閃。
 光の筋が空を裂き、つぐみの脇3cmの壁に突き刺さる。
「おいおい……マジかよ……」
 悪いが全く見えなかったぞ。あんなもん直撃したら指の一本や二本は軽く落ちる。
 間違いなく優は本気である事を自覚した。
「次は外さないわよ、つぐみ」
 ふと。
 つぐみの唇端が少しつり上がったように見えて。
「今のは外れたんじゃなくて、私が避けたのよ。それにも気づかなかったの?」
 マジデスカ。
 はっきりとは見てなかったがつぐみは動いてなかった気がする。
 現に足下はさっきと全く同じ場所に

 真夏なのに寒気を感じた。

「つぐみ……お前……」
 俺の台詞の最中。
「あの瞬間に攻撃を避けて、その上で元の位置に戻ったっていうのか……?」
 優の目が少しつり上がったように見えた。
「良い師匠を最近見つけてね。優、出会わせてくれた事に感謝するわ」
「全く……最近連絡してもとりつかなかったのは貴女に付き合ってたからなのね?」
「えぇ。流石に現役軍人は違うわね。我流では気がつかない様な事まで実践して教えてくれる」
 話の流れを総括するに……。
 どうやらつぐみは運命に何らかの訓練を受けているみたいだな。
 道理で最近、鳩鳴軒の仕事をしないと思ってたら……そういう事かよ。
「でも、それも今日からはそれもしばらく休みね」
 つぐみが、構える。
 右手を後ろに大きく引き、腰を落とし気味に。
「何せ一番厄介な人物がリタイアしてくれるんだもの」
 
 瞬間。
 
 セカイが色を失くした。


【ホクト視点】


 次の瞬間。
 僕達は大岩の陰に身を潜ませる羽目になった。
「な、何で……」
 温かい温泉に半身が浸かっていてもなお。
 僕の全身からはとめどなく冷や汗が吹き出ていた。
「だ、大丈夫かいホクたん?」
「何で、こないな事態になってしまったんでしょうな?」
「……他人の気持ちなど……知るべくも無い……」
 全くもって、運命さんの言う通りだ。
 それでも思わずにいられないのは僕がまだセカイを知らない子供だからなのだろうか?
「何で……」
 僕はもう一度呟いてから、大岩に隠れた向こう側に向かって消え入るように呟く。
「何で、優と沙羅がこの温泉に入りに来てるんだよぉ……」
 心の中でがっくりと膝をつく。


【沙羅視点】


 心の中でがっくりと膝をついた。
 なっきゅ先輩はそうじゃないと思ってたのに。
 何で?
 どうして?
 でも声に出して尋ねることは出来なかった。
 だって。
『どうしてなっきゅ先輩の胸はホンモノなんですか!!』なんて言ったら血を見させられるに決まってるから。


「どうしたのマヨ? 早く湯船に浸かろうよ?」
 当のなっきゅ先輩は、私の黒い心中も知らずにほぇほぇと言い放つ。
 昼間に見た鬼神の如き表情はすっかりなりを潜めている。
 改めて、なっきゅ先輩を見回す。
 非常に良い。
 中年男性の様な感想しか思い浮かべられない自分に頭痛がしたが、外見は全く問題無い。
 顔良し。
 スタイル(田中先生の娘なのに)良し。
 性格……まぁキレなきゃ良し。
 面倒見も良いし、お兄ちゃんが惚れるのも分かる。
 慣らしでかけたお湯の雫が滑らかに肌を滑る。
 大きくS字に曲がって、スッと落ちる。
「…………」
 大きくお湯をかぶり、体を流れる雫を眺める。
 小回り。
 小回り。
 スッと落ちる。
「…………」
 やはり運動が足りなかったんだろうか。
「マ〜ヨ〜? ホントにどうしたのよ?」
 なっきゅ先輩が心配そうな表情で近づいてきた。
 私は黙ってなっきゅ先輩の双丘をわし掴む。
「えっ!!? ちょちょちょ、マヨッ!?」
 顔を真っ赤にするなっきゅ先輩の言葉を無視し、私の口から素直な一言が零れる。
「半分、もらえませんか」


【桑古木視点】


「ねぇねぇ少ちゃん、半分もらっていいかな?」
「あぁ、良いぜ。半分といわず全部持っていても」
「わーいω」
 そう言ってココが俺の調理場から持っていったのは、さとうきびの芯。
 何に使うのかと思って目で追ってみれば、何の事は無い。
「はいピヨピヨ、一緒に食べよ?」
「わ、ありがとココちゃん♪ ……はぇ〜、甘くて美味しいね〜♪」
 仲睦まじきかな、中学生2人。
「ちょっと桑古木涼権!! マシノン相手に余所見とは良い度胸ね。侮辱罪で訴えて勝つわよ?」
 やかましきかな、大学生1人。
「舐めているわけじゃない……俺の方はもうすぐ完成って事さ」
「え!? まだ桑古木さんが調理を始めてから3分と7秒なのですが……」
「……別に驚くべき事じゃ無いわ。魚介類は鮮度が命。桑古木涼権の料理が何なのかは知らないけど決しておかしくはないわ」
「そういうこった……良し!!」
 蒸篭から立ち昇る湯気と薫りに確信を得た俺は、その蓋を一気に持ち上げる。
 途端、俺の作り上げた『世界』がその場に誕生する。
「この薫りは……そっか、だから涼権さんは……」
「……そうきたの。なかなか考えるじゃない、桑古木涼権」
「さて、真篠。俺の方は完成したがお前はどうだ?」
「私の方も完成しましたよ……ですが」
「ん?」
「私は後で良いです。涼権さんの料理が、温かいうちに試食していただいてもらって結構ですので」
「……そうか。なら遠慮せずに先行させてもらう…… 後悔、するなよ?」
「分かっています。私も負ける気は全くありませんから」
 真篠の不敵な笑みを背に、俺は蒸篭を試食する面々の前に運ぶ。
「ちなみに、刹奈は試食しても良いが判定には関わらないでもらいたいんだが」
「何? 私がマシノンに肩入れするとでも思っているのかしら? 私はやる時は正確に判断するわ」
「万が一だ。接戦時に無意識のうちに贔屓されることもあり得なくは無いからな」
「というか貴様と真篠では人望でもアンドロメダとミドリムシみたいな差があるがなぁ!!」
「……復活早々で再び黄泉路を歩きたいみたいだな? 鮪」
「ソンナコートアリマセーン。ワタシガカワリニハンテイスルデスヨー」
「……まぁお前も疑わしいが、刹奈よりはまともそうだな……んじゃ、頼む」
「任せろ愚民」
 2秒前の決定を後悔したのはこれで何回目だろうか?
 そんな思いをイカスンデルの彼方にまで放り投げると、俺は取り皿に料理を分け渡す。
「これが俺の海鮮料理『唐黍甘蒸シャンフェンクーウェイ』だ!!」
「ほぇ〜、スッゴイね少ちゃん!!」
「意味は良く分かりませんが、とても美味しそうです!!」
 純粋な中学生2人はそう言って俺の料理に早々に箸をつける。
「おぉ〜!!」
「はぇ〜、フワフワでトロ〜ンと口の中で溶ける〜」
「ふぅむふむふむ……なぁるほどな、砂糖黍を蒸篭の敷葉に利用したわけか。で、蒸す事でその薫りを移した、と」
「上品な甘味ですね。生臭さがさっぱりと消えています」
「えぇ、それに蒸した事によって歯ごたえが柔らかくなった上に脂が溶け出てきたから、舌触りも最高ですよ」
「……ふん、やるじゃないの桑古木涼権。仕上げるタイミングも申し分無いわ。外苑宮でも十分やっていけるわけ」
「これくらいはやって当然さ。俺の料理は……ここからが真骨頂だ」
 俺は不敵に宣告するや否や、蒸篭に残しておいた『唐黍甘蒸』をあらかじめ熱しておいた鍋の中に放り入れた。
 身が焦げつく前に完成させる必要がある。躊躇いも迷いも許されはしない、一発勝負だ。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
 右手に掴んだお玉一つの先端に感じる微妙な重みを感じ取り、調味料を加える。
 片手で卵を5つボウルに割り、鍋に放り込み手早く掻き混ぜる。
 半熟が命だ。
 皿に盛り付ける。
 ナイフとフォークで裂いた場所からトロトロの黄身が流れ出てくる。
 完璧パーフェクション
 自分の手際を賞賛しつつ、俺は皿を皆の前に差し出す。
「二段進化……唐黍甘蒸・神曲シャンフェンクーウェイ・ダンテ!!!!!!」
「……これは……」
「……芸術ですね。味だけで無く見た目も人目を惹きます。鳩鳴軒のメニューに加えても全く問題ないでしょうね」
「ふぇぇぇ、お魚さんと卵ってこんなに合うんだぁ〜!!」
「知らなかったです……はむはむ」
「……ふん」
「やるではないか。単なる炉では無い事を証明しt」
 鮪の顔面を陥没させて俺は真篠の方を振り返る。
「さて、次はお前の番だぜ真篠。鮮度が命の魚介勝負で後攻を敢えて選んだんだ……何か秘策があるんだろう?」
 もし仮に、それが俺への情けであるとするなら。
 容赦なくその横っ面を叩き倒してやろうかとも思ったが。
「勿論ですよ。手加減は一切してません…… これが、私の『料理』です」
 そういって真篠が持ってきたものは。

 刺身だった。


【ホクト視点】


「刺身にされたくなかったら、叫ばない方が得策だよ」
 小声でそういって口を押さえてくれたタカさんに心の中で感謝する。
 全く、我が妹ながらなんと恥知らずな発言であろうか。
 お兄ちゃん思わず叫びだしそうになっちゃいましたよ。
「……さて、この状況をどう脱するか……」
 半ば投げやり気味にそう呟く運命さん。お風呂に入ってても外さない右の眼帯は邪魔じゃないのだろうか、と場違いな考えが頭をよぎる。
「あの2人がこっちに来るんも、時間の問題でしょうなぁ……」
 笹広くんは笹広くんで諦めモード入ってるし。
「……っとにかく……こうなったらあの2人が上がるまで何とか逃げ隠れきらなk」
 

 振り向けば彼女達が居た。


「ホ、ホクト……アンタ……」
「あ、お兄ちゃん居たんだ♪ んも〜、一緒に入りたいなら言ってくれれば良かったのに、こんな覗き見なんてしなくったって」
 優のパラメータが+1700補正されました。
 本当に我が妹ながらロクな発言をしてくれない。
「ち、違うよ!! 元々僕達が先に入ってて、そうだよ!! ここは男湯なんj」
 誰も居なかった。
「白状者ぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!」
「このっ、スケベーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」


 ちなみに。
 この露天風呂が『混浴』だと知ったのは部屋で優に介抱されている時だったりする。


【武視点】


 ちなみに。
 今の一撃が単なる刺突つきであると気づいたのは3秒後だったりする。
 単なる刺突。
 しかしその刺突は、
 まさに一瞬。
 まさに音速の域で。
 優の白衣をただの布切れに変えてしまっていた。
「―――― っ!!!!」
 前転して体勢を立て直す優の額には、確かに脂汗が滲み出ていた。
「とんでもない隠し技を披露してくれたわね、つぐみ……」
 武器であるところのメスは白衣のポケットに仕舞われていたはず。
 この勝負、優の負けだ。
 聡明な優が丸腰でつぐみに立ち向かうとは到底思えなかったからだ。
「あー負け負け、降参よつぐみ」
 案の定、優は参ったという表情を浮かべて両手を掲げた。
 これでこの人外の勝負も幕引き ――――
「……でも、保険は必要よね」
「は?」
 俺と優の言葉が重なった瞬間。
 つぐみは優の懐に潜り込み。
 

 炸裂。


 凄まじい衝撃が大気を駆け巡った。


【桑古木視点】


「刺身っ……!?」
 俺の全身を衝撃が駆け巡る。
「どういう了見だ、真篠っ!! 後攻を選択しておきながら刺身だと!? 本当に本気を出したんだろうなぁっ!!」
「そうですよ、私の料理は今、この瞬間が食べごろなんですから」
「何だと……」
「食べてみて下さい。そうすれば全て分かるはずですから」
「マシノンの言う通りよ。食べもせずにどうこう言うなんて職人失格、正確には人間失格よ桑古木涼権」
「…………」
 ムカつくし真篠贔屓な感は否めないが、まぁ確かに刹奈の言う事は正しい。
 俺は他の皆と揃って、その刺身を口にした。
「…………っ!?」
 箸を叩きおいた。
「なっ……こんな、まさか……!!」
「これは……」
「……ふむ、美味い。まるで『捌きたて』……いや、それ以上ザンスねぇ」
「ひんやり冷たくて……さっぱりとした味が良いです」
「はぇぇぇ、スッゴいねココちゃん!!」
「うん!! 少ちゃんのも美味しかったけど、マッシュのはもっと美味しい!!」
「あははは、マッシュ、ですか……」
「……流石ね、マシノン。技術と発想の桁が違うわ」
「くっ……!!」
 最早、勝敗は明らかだ。
 負けを認める事に関しては異論はない。ただ、どうしても聞きたい事があった。
「俺の負けだ、真篠……でも、一つだけ教えてくれ……何で、この刺身は」
「『こんなに鮮度が良いんだ』ですか? 何て事はありませんよ、単なる『時間差』です」
「時間差…………っ!?」
 その時になってようやく気づいた。
 真篠の刺身が盛られた皿の端が『ほんの少しだが溶けている』事に。
 いや。
 それは現在進行形で。
『今、この瞬間にも徐々に溶けてきて』いる。
「氷の食器……!!」
「そうです。身をそのまま凍らせてしまえばそれは『新鮮』ではなくなってしまいます……けれどこうして間接的に『冷やす』事で劣化を抑えたんです」
「だが、何でだ!? どうしてただの冷えた刺身に、俺の料理が負け……」
「涼権さん、今の季節は何ですか?」
「そんなもの、夏に決まってんだr」
 迂闊だった。
「そう、夏なんですよ。今は夕刻を過ぎて少し涼しくはなりましたが……それでも昨今は温暖化のせいで熱はあまり引かないみたいですし……」
「……俺の『熱々』の唐黍甘蒸シャンフェイクーウェイと真篠の良く『冷えた』刺身……人体が無意識のうちに選ぶなら……って事か……」
「でも流石に二段構えと知った時は驚きましたけどね。一瞬負けを意識しちゃいましたし」
「一瞬、か……」
「あ……いえ、別に悪気がある訳じゃ」
「あぁ、分かってる」
 一瞬でも。
 真篠に認められたのなら。
 今はそれで満足だ。
「ありがとよ」
 上手く笑えた、と思う。
 泣き出しそうな心中を堪えるのも、楽じゃない。
「んじゃ折角だし、お前等に晩飯作ってもらおうかねぇ。本当は俺が作るのが面倒だからなんだが、俺は心優しいからあえて口に出して言わないが」
 殴り飛ばしたくなる心中を堪えるのも、楽じゃない。






【第三視点】


「いっただきまーす!!」
 食堂に響く13人の声。
 食卓に並ぶは、涼権と真篠が丹精込めて作り上げた海鮮料理の数々。
 皆美味しいそうに、至福の表情を浮かべながら食事を楽しんでいる。
「へぇ、これ少年が作ったのか〜。こりゃもう、少年とは呼べないなぁ」
「そう? んならこれからは涼権って呼んでくれよ、武」
「やるじゃないの、涼権」
「つぐみまで……ま、良いけどね」
「ところで沙羅さん。田中さん親娘とホクトさんはどうしたんですか?」
「ん〜……お兄ちゃんはなっきゅ先輩にブチのめされて失神中……で、なっきゅ先輩はその介抱を」
「ハルは……どうしたのかな?」
「さっき部屋に行ったら、簀巻きで放置されてましたが?」
「良いのよ、優は。解放しちゃダメよタカさん、笹広」
「……君の逆鱗に触れたか……彼女も懲りないな……」
「田中先生はやり方がクリーンすぎます。私なら密やかに……」
「空さん、怖いです……」
「ココもそう思う……」
「ふふ、マシノンの料理なら幾らでも入るわ」
「ありがとうせっちゃん♪ それは涼権さんのなんだけどね」
「コラ刹奈、吐血してまで吐き戻すな」


 ちなみに。

 鮪はといえば調理場の寸胴鍋に頭を突っ込んだ状態で放置されてたが。

 翌日全員が宿を出るまですっかり忘れて放置されてたりした。






「ん〜…………」
 日中またしても海で大騒ぎし、家に帰る車中。
 つぐみは大きく背を伸ばした。
「疲れたか?」
「家族でノンビリ旅行のつもりだったのにね」
 苦笑。
「でも、楽しかったわ」
「そうだな、楽しかった」
 後部座席ではホクトと沙羅が、仲良く肩を寄せ合って眠りこけている。
「何だかんだ言って、皆で騒げて楽しかったしな……優には困らされたが」
「大丈夫よ、そういう時はいつでも私が守ってあげるから」
「それは俺が言うべきセリフなんだがなぁ……」
 苦笑。
 今、2人を見守るのは夕日だけ。
「私はいつも武に守られてるわよ、精神的にね」
「…………」
 赤信号。
 夕日に染まる車内で。
 2人はそっとキスを交わした。



        浪漫酢の神様
                  完




























「あぁコラ、最後のシーンは爽やかに締めようって魂胆デスカ!? そんなの鮪さんは認めないですよぉぉぉぉっ!!」
「何故貴様が車内にいるぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」

 本当に完。





後書き


終わりました。
っていうか終えました(爆)
えぇ、尻切れなのは分かってますが、これ以上伸ばせないし(汗)
予告編を掲載していただいてから実に一年弱。
ある意味伝説立てちゃいました、てへ♪(すみませんすみませんすみません皆さん/汗)
でもこれに懲りずに長編画策中です。
しかも予告編も作る始末。




成長しろ。




まぁ今度からは数話書き溜めしてから投稿しようと思います。


ではでは。


口ずさみソング『Precious time(yozuca*)』


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