失われたものを取り戻す。
果たしてそれは容易な事であろうか?
例えばそれが日常雑貨であるなら。
例えばそれが大量生産されているものであるなら。
結果は見えている。




そしてその逆に、どうあがいても手に戻らないものも、また存在する。




仮面ライダー武Re:changed
                              終焉の鮪



Scene.6"Re:pair"






「やっと見つけたよ」
 そう言って目の前の女性は笑った。
 けど当然というかお約束というか、私はこの人を知らない。
 唖然とする私の鼻先に、すっと右手が突き出される。
 引っ張り起こしくれてるのかな? と思って右腕を動かそうとしたら、その指がくぃくぃと動いた。
「……ぇ?」
「カード、返してくんない? それ、私のだからさ」
 表情に微かな笑みを浮かべたまま、その人は言った。
 勿論、正当な所有者であると推察される以上は返すのが妥当というものだろう。
 しかしここで、私はあえてこう切り返す。
「…… これが本当にあなたのだっていう、証拠はあるんですか?」
「証拠も何も、私のものなんだから」
「でも今は私が持ってます。私が、所有者です」
「…… お望みは?」
 話の分かる人で助かった。
「さっき蹴り飛ばしたあの怪物…… 恐らく【未確認生命体】だと思うんですけど…… アレを退治しちゃって下さい」
「へぇ〜、アレって【未確認生命体】っていうんだ? 何かカッコいいね」
「ふざけてないで……!!」
「分かった、分かってるってば。ほんの冗談だよ。それに……」
 手首足首をぶらぶらと振り、まるで体育の授業の時の様に、軽い柔軟体操をしていく。
「戦って取り戻せる分と手に入れられる分、一戦二枚ってのはこのことだね♪」
 恐らく『一石二鳥』を捩ったのだろうが…… 全くもって意味不明だ。
 どことなく楽しんでるようだし、ヤバい人に頼んじゃったのかも……。
「まぁ、私に任せておきなさいって♪」
 余裕の笑み。
 そしてそれが一瞬にして視界から消え去った。
「ぇ」
 視界の隅に窓から飛び降りる女性の姿が見えた。
 それだけだった。


「さっ・てっ・と〜〜〜〜」
 校庭に降り立った私はきょろきょろと辺りを見回す。
 校門付近に学生と生徒の群れ。皆一様に私の方を見て驚いているようだった。
 見世物じゃないってーのに。まぁ、見られてて悪い気分はしないんだけどね。
 くるっと身を翻して背後 ―― 距離にして50mくらいの場所で立っている獲物を見据える。
「よしよし、逃げなかったね〜?」
 言いながら私は【NACKLE】のカードをスラッシュする。
 お気に入りのカードは今あの子に盗られているから。素手なんてちょっと気に入らないけど【KICK】でスカートの中身を曝すよりはマシだし。
(……ここ女子高っぽいけどね)
 とか何とか考えてるうちに【未確認生命体】がこちらにむかって猛然と駆けてきた。
「せっかちだなぁ」
 構えも何もなくただ無造作にパンチを仕掛ける。
 自然、突進してくる相手の速度も追加されて威力は倍々になるハズ。
 だったのだが。
「……っ!?」
 小癪にも直前で態勢を低くして体当たりをかまされた。
 かなーり、屈辱的。
「痛ったたたた……、っと!」
 そのまま押し倒されて、マウントポジションから乱打の嵐。
 捌き流すもやはり多少は痛い。蓄積すると厄介だ。
(さってと…… どうしようかな……)
 このままじゃカードは使えない。殴り飛ばそうにもちょっと距離感が掴み辛い。キックは問題外。
 手詰まり感があるけど、慌てちゃあいけない。
(…… 気は、進まないんだけどな……)
 ジリ貧でかすり傷をたくさん負うより、こっちの方が早期決着で幾分マシな結果になりそう。
 そう思った私は、すっと目を閉じた。
 相手の拳が空を切る音を耳にしながら。


 しばしの間放心した後。
 私は急いで教室を飛び出し階段を駆け下りた。
 他の生徒は皆脱出したみたいで、周囲に人の気配はなかった。
(…… まるで、LeMUの時みたい)
 そこまでで、思考を停止する。
 また考えちゃった。最悪。
 ここはもうライプリヒの手は及んでないし、ましてや海の中でもない。
 あいつ等の事で頭を悩ませる必要はもう―――


 血飛沫が舞っていた。


 見慣れた学校のグラウンド。
 いつも整列させられるその中心部に見える影2つ。
【未確認生命体】とさっきの人。
「あは…… あっはははははははは♪」
 場にそぐわぬ笑い声。
 血に濡れそぼった右の腕。
 滴る液体は、人間のそれと変わらない。
 なのに、何故だろう――――


「あはははははははははははっ♪」


 私は【未確認生命体】よりも、


 それを貫いて高笑いをしている彼女の方が余程、


「あははははははははははははははははははははははっ♪」


 恐ろしい存在に見えた。




「あの、助かりました……」
 結局あの後すぐに私達は帰される事になった。
 私はパパとママに、今は余計な心配を与えたくなくて連絡はしなかった。
 なっきゅセンパイにも無理を言って連絡はしてもらわない事にした。
 どうせ田中先生に情報は回ったら、パパとママ、それにお兄ちゃんも飛んでくるだろうし、それまでにちょっとやっておきたい事があった。
「いえいえ、どういたしまして。それより、何かな用って?」
 目の前には先程の女性―― 涼蔭 穂鳥さんと名乗っていた―― は満面の笑みで微笑んでいる。
「物凄くぶしつけで、いきなりなお願いだと思われるんですけど……」
「ぅん?」
「さっきのカード、ちょっとお貸しいただけませんか?」
「やだ」
 早っ。
「せっかく戻ってきたものをまた貸す義理は無いよ。あ〜ぁ、待って損した」
「何を期待してたんですか……」
「さっきの御礼に甘〜いお菓子でも沢山奢ってくれるのかと思ってた」
 まるでなっきゅセンパイみたいな事を言う人だな、と思ったその瞬間、びびっと脳裏に閃くものがあった。
「あ、なら交換取引と行きませんか?」
「取引?」
 すっと、私は胸ポケットから一枚のカードを取り出す。
 田中先生から頂いたプリペイド方式の全国飲食店で使用可能なゴールドカードである。
「これ一枚で好きなお店で好きな物が食べ放題飲み放題になるという素敵なシロモノです」
 しかも私の手腕でクレジット金額が数十万円分入っている。
 犯罪行為ではあるが、今全身を駆け巡っている好奇心は抑えられなかった。
「それで?」
「制限時間つきで構いません。私がカードを調査している間、あなたはこれで好きな所で思う存分食を満喫して下さい」
「ふ〜ん…… そんなにこれに興味があるんだ……」
 数枚のカードを引き抜き、ひらひらと振り動かして、
「うん、良いよ」
 あっさりと承諾してくださった。


「よいしょ、っと……」
 私以外の人間は誰もいないハッキング同好会の部屋。
 一番処理能力のある私専用のPCを起動させてコードや景計器の類を引っ張り出す。
「さてさて、じっくり調べさせて頂くよん♪」
 私は軽やかにエンターキーを叩いた。




「…… 参ったなぁ」
 全然困った風でない口調でトム少年は言った。
「ぁ?」
「ちょっとばかし余計な真似をしてる子がいるみたい」
「ふぇぇ? 誰なの?」
「あの子だよ、ツグミの子供の、女の子の方」
「……ツグミの、子供かぁ……」
「ちっ、何訳の分からねぇ言ってやがる……」
 扉はそう言うとベルトの包まれたケースを一瞥して踵をかえした。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。仕事は終わった。俺はここを去る。金はきちんと口座に振り込んでおけよ」
「イッシュクイッパンの恩は返さないの〜?」
「お前等が束縛したんだろうが……ちっ、とにかく……」
「欲しいなら、上げるよ」
「…… 何?」
「欲しいなら、君に上げるよ。あのベルト」
「…… 何言ってやがる、ガキが」
「トビラ、目が泳いでるよ〜?」
「うるせぇ!!」
「虚勢を張っても無駄だよ。ボクには分かる。君があのベルトを欲しているという事が」
 視線が交わり、そのまま身動きがとれなくなる。
「君はもう逃げられないんだよ。あのベルトの魅力から。すべてを破壊するあの力から」
 意識が、遠のく。
「君はもう、ボクの回す運命の歯車の一部なんだよ」
 理性の切れる音が、聞こえたような気がした。




「……そんな、まさか……」
 カードの解析をしているうちに、とんでもない事が発覚した。
 キュレイの細胞が組み込まれている。
「でも、それなら」
 穂鳥の異様なまでの強さも納得がいく。理論はまだ不鮮明だが、恐らくはあのベルトと右腕に装着していた機械でキュレイの能力を解放するのだろう。
「そして、種類ごとに微妙に異なった遺伝子配列」
【NACKLE】には【NACKLE】の、【TACKLE】には【TACKLE】の、と言ったように遺伝子情報が微妙に異なっている。
 この変換によって部分的に身体を強化できるのであろう。
 沙羅の指と目は止まる事なくPCの前でせわしなく動いていた。


「すみません先輩、少し僕の用事につきあって頂けませんか?」
「断る」
「素っ気ないですねぇ。その烏龍茶は誰のお金で買ったものなんですか?」
「…… やたらとしつこくせがまれたから『奢られた』だけだ」
「それでも借りは借りですよ」
「…… 大切な用事なのか?」
「えぇ、とっても。先輩にとっても不利益になる事ではありません」
「…… 分かった。どうせ行く当てもないしな」
「ありがとうございます」
 一気に中身を飲み干して、桐丘 大輝と中条 崇は夕暮れ迫る夏空の下を歩き出した。


「入るよ〜」
 ノックもなく穂鳥はハ同の部屋に入り込んできた。
「おや、もう時間でござるか?」
「そだよ。あぁ〜、楽しかった♪」
 穂鳥からカードを受け取り機械に通すと、残高は4桁にまで落ち込んでいた。
「…… 何をそんなに食べたでござるか」
「丁度そのお店にいた人達の分も奢っちゃった。確か『外苑宮』だったかな?」
「激しく納得したでござる」
 それでも、多少は真篠の後輩って事で便宜は図ってもらえたと、そう思いたい。ホントに。
「そんな訳だから、カード、返して頂戴?」
 ずずいっと、6時間前と同じように手を差し出してくる。だが素直に聞きとおすほど、沙羅の探求心は安くない。
「このカードはお返しするでござるよ。でも最後に、どうしても調べたいモノがあるでござるよ」
「何、まだあるの? 正直クタクタなんだけどなぁ〜」
「ちょっと機械をいじくればさっきの食事代金、払わなかったって事態になっちゃうかもよ?」
「…… 嫌な手段。親の顔が見てみたいよ」
「見せたいぐらいでござるよ♪」
「はぁ…… で? 何をご所望かしら、我侭姫?」
 沙羅はにかっと笑うと、穂鳥の持ってる鞄を指差した。
「あのベルトや手甲を、少々調べさせて頂きたいでござるよ♪」


「正直に言います」
「何かしら?」
「もう帰りませんか?」
「何処に?」
「いづみさんのお父様の、守野教授の所にですよぉ……」
「どうやって?」
「それを今考えてるんですよ!! いづみさんも少しは考えて下さい!!」
「そう言われてもねぇ…… ほら『人間万事塞翁が馬』っていうじゃない?」
「こんな突然過ぎる不幸展開、到底享受できませんよ!!」
 じろりじろりと突き刺さる他のお客の視線を意に介さず、優夏はいづみに詰め寄る。
 小人数規模なスペースでは優夏の声は必要以上に大きく聞こえる。
 そんな優夏をなだめるように、いづみは彼女の口にケーキを一口滑り込ませる。
「落ち着いて、優夏ちゃん。騒いだってどうしようもないっていうのは良く分かってるでしょう?」
「…… 頭じゃ、分かってるつもりなんです。だけど、心はそう簡単にこの状況を納得しようとは……」
「無理もないわ。見知らぬ土地、15年後の日付、突然の化け物の強襲、そしてそれを打ち倒した少女が取り出したもの」
「私達のと、同じ道具……」
「お父さんは、私達に何を求めていたのか…… これから、私達に何が起きるのか。それが分からない限りは状況の打破は難しいわね」
 そんな彼女のケーキを頬張る姿からは、事態の深刻さは見受けられなかった。


 優希堂 悟は考えていた。
『どうしてこうなったか』という過去ではなく、
『これからどうするか』という未来を見据えて。
「さて……」
 指し当たってはまず情報収集が第一だろう。
 自分のおかれた状況を把握しきれない事にはどうにも動き難い。
 潮風の吹く寂れた港倉庫に背を向け、悟は歩き出した。



          失われたものを取り戻す。
        果たしてそれは容易な事であろうか?
        例えばそれが日常雑貨であるなら。
     例えばそれが大量生産されているものであるなら。
            結果は見えている。




     そしてその逆に、どうあがいても手に戻らないものも、また存在する。

  To be continued……







       【仮面ライダー武 Re:changed  第一部 了】



あとがき


半端な作品を書き晒すくらいなら潔く一時停止してやろうじゃないか、と。
そんな身勝手な理由ですがしばらくSSを書くのは休止したいと思います。
ここ最近『書く』事に対してストレスが溜まっていたらしく遂に体調を崩してしまったので。
次回がすぐなのか一月後なのか半年後なのか何ヵ月後なのかは自身にも想定はつきませんが、長くかかってでも続きは書きたいと思っております。
明さんの投稿規約を破りたくはありませんので。
しばしの充足期間を自主的に設けた事に罪悪感を感じつつ。

ではでは。

口ずさみソング『Realize(玉置成実)』


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