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                             作・なち





2017年秋――私、田中優美清春香菜はとある研究所にやって来ていた。
2034年の計画のための第一歩をようやく踏み出すことが出来る――



正直、少年の説得に数ヶ月もかかってしまったのは痛手だった。
計画の発動まで17年。17年『しか』ない。
これから為さねばならない数々のことを考えると焦りが先にたってしまい、冷静な説得が出来なかったのだ。
おまけに、実際にBWの声を聞いた私でも半信半疑という荒唐無稽な話なのだ。簡単に信じられるわけもない。
やっと倉成とココがまだ生きていると仮定してくれるとこまで辿り着いたところで、今度はなぜすぐに助けに行かないのかと強く詰られもした。
だが、裏を返せば少年がこのような態度に出たのは、それだけ二人のことを想っていたからなのだろう。
倉成とココだけではない。
今はテラバイトディスクの中に記憶のみを残している状態の空も。
ライプリヒからの逃亡生活を続け、どこにいるともわからないつぐみも。
たったの一週間足らずだったけど、私たちは『仲間』だった。
そして、その時生まれた強い絆が確かに今も、在る。
そのことに思い至ったからだろうか。私の中に改めて覚悟のようなものが産まれたような気がした。
それからは、ただ私を拒絶するだけだった少年も次第に話を聞いてくれるようになった。
そして先日、決意を込めた顔で少年は協力を約束してくれた。
少年――桑古木涼権という最大のパートナーを得た私は、ようやくこの時スタートラインに立つことができたのだ。



「久しぶりだね、春香菜くん」
「ええお久しぶり、おじさま」
私の前に立っている、知的でちょっと渋めな紳士は守野茂蔵博士。
遺伝子工学の権威であり、私の娘、優美清秋香菜の誕生に深く関った人物でもある。
そして、死の宣告をされ絶望の只中にいた私に一筋の光明を見出させてくれた人。
父親の姿を知らなかった私にとっては、この恩人でもある紳士は父親も同然だった。
「その後、秋香菜くんの様子はどうだね?」
「ええ、そりゃあもう元気に育ってるわ。『流石に私の娘』ってなもんよ」
「それは良かった。それに、君も……元気そうでなによりだ」
「えへへへへ、ありがと。おじさまこそ相変わらずダンディですなぁ、うりうり」
「ははは、どういたしまして」
私の言葉に、おじさまが僅かに気遣わしげな表情を見せる。
それもその筈、本来ならば私の身体はもうタイムリミットを過ぎていておかしくないのだ。
しかし、今は私の胸で爆発の時を待っていた爆弾の影は感じられない。
結局、TB撃退のために採り入れた抗体はキュレイウィルスそのものであったのだろう。
それは、TBウィルスのみならず心臓に巣食っていた病根をも取り除いてくれたのだ。
つぐみの遭っている運命や将来のことを考えると複雑な気分だが、取り合えず生き延びられることは喜ぶべきなのだと思う。
これからもユウと過ごすことができるのだし、何より倉成やココを助けるための時を得ることができた。
そう、私は二人を救うための第一歩としてここに来たのだ。その目的を果たさなくてはならない。
「おじさま、信じられないかも知れないけれど、私本当に元気なのよ?それも余命数ヶ月どころか、もしかしたら数百年……ってぐらいに」
「……何だって?」
「それからもっと信じられないような話があるんだけど……聞いて欲しいの」

「……何てことだ……」
あ、あの知的なおじさまが口を開けて呆けている。少し面白いかも。
「以前からライプリヒには良くない噂があったが、まさか今猛威を振るっているTBが奴らの仕業だとはな。それからキュレイウィルスに……BW計画か……」
おじさまは少しの間呆然としていたが、すぐに何か考え込み、こちらに強い眼差しを向けた。
「つまり、君が今日私を訪ねてきたのは、そのBW計画とやらのための助力を要請しに来たと言うわけだね?」
「ええ、その通りよ。あの巨大なライプリヒを私のような小娘が相手にするんだから、利用できるものは何でも利用してやろうと思って♪」
「おいおい、『利用』はないだろう?君は私にとって四人目の娘みたいなものだ。協力を惜しむつもりは無いよ」
打って変わって、おじさまは穏やかな優しい目で笑って言った。
冗談めかして言ったものの『利用できるものは利用する』というのは紛れも無い本心であり、父の様に思っているおじさまを利用しようとしている事に私は強い罪悪感を抱いていた。
でも、おじさまにはそんなこともお見通しだったようだ。
私をその罪悪感ごと包み込むような優しい笑みに、強い父性を感じ、思わず涙ぐみそうになってしまった。
危ない危ない。どうやら私にはファザコンの気があったらしい。
「それじゃあ遠慮なくお願いしちゃおっかな〜」
流れそうになった涙を誤魔化すために、私は陽気に言葉を続けた。
「おじさまには、ライプリヒがIBFを保全したままLeMUの再建にとりかかるように、各方面の資産家や企業団に働きかけてほしいの」
「ふむ、確かに君の計画にはLeMUは必須だし、IBFに手を出されては元も子もないからな」
「ええ。もっともライプリヒもIBFには、TBが自然沈静したと思われるまでは手を出さないだろうし、それを監視するためにもLeMUを再建したがってるはず。
それが支援されるとなればライプリヒには渡りに舟だし、支援者側もライプリヒに貸しを作れるとなれば積極的になってくれるところもあると思う。
おじさまが後押ししてくれば結構うまくいくと思うんだけど。それから、表向きLeMUの事故はテロが原因ということになってるから、
テロに屈しないための象徴として再建を促す世論を作り出すのも有効かも。ちょっと悔しいけど」
「成る程な。私もライプリヒを取り込みたがっている団体ならいくつか心当たりがある。LeMUの再建はそう難しい事ではないだろう。
しかし、IBFの方は難しいかもしれんな。TBウィルスの性質は良く知らないのだが、17年も宿主のいない空間に密閉されてまだ沈静化しないとも思えん。
沈静化を確認しだいIBF解体の動きが起こるだろうが、外からの圧力でそれを長く抑え続けるのはかなり難しいな」
「それなら大丈夫。ある程度おじさまの方で抑えてくれたなら、後は私がライプリヒの中から抑えつけるから」
「うむ、なら問題な……何だとぅ!?」
お約束のリアクションありがとう。ふふふ、おじさまも心の奥底に燃える芸人魂があるのね。
「ライプリヒの中に入り込むつもりなのか?」
「うん。正確には鰍keMUに就職するつもり。第一、内部に入り込みもせずにBW計画なんて実行できるわけないじゃない」
「しかし……大丈夫なのかね?」
「ええ、これから計画に必要なものの他に、やつらが必要とするような知識とスキルもみっちりと身につけてみせるから」
「そういうことではなくてだなっ!」
ツッコミもなかなかナイスね。流石私のもう一人のお父さんだわ。
「あはは、危険が無いかということでしょ?それなら、多分大丈夫。今日ここに来たのもそのための布石だし」
「どういうことだね?」
「そもそも、危険というなら今だって既に危険なのよ?私とパートナーの桑古木はTBの蔓延してるIBFから生還してピンピンしてるんだから。
つぐみがあの場所に居合わせた事はあいつらも掴んでるだろうし、それなら私がキュレイのキャリアになったということも容易に推測できるでしょ。
今はまだ事故から時が経ってなくて何かあったら目立つから手出ししてこないけど、ほとぼりが冷めた頃には何時つぐみみたいに拉致されてもおかしくないわ。
でも――私が遺伝子工学の権威で各方面に影響力のあるおじさまと親交が深いとしたらどうかしら?」
「そうか。少なくともいきなり行方不明となるような派手な状況を作るわけにはいかないな」
「今日だって私には監視が付いてるはずよ。あ、身に着けてるものは全部『久しぶりにおじさまに会うためのおめかし』で今朝デパートで買ったものだから盗聴器が付いてる心配はないわ。
ここも研究所としての性質上、盗聴なんてできないでしょう?やつらには、今も私とおじさまがただならぬ関係だということだけ伝わるの」
「気になる表現があったが、まあ理解した。加えて言うなら、目立って反発する意志が見えないようなら、
私と繋がりのある君たちはキュレイキャリアということ以外にも利用価値があると考えさせられ、内部に入り込み、また活動しやすくなる、という目論見もあるのだろう?」
「さっすがおじさま〜。わかってる〜。ステキ〜シビレル〜アコガレル〜」
「煽てても何も出んぞ。というか煽てとるのか?まあ、とにかく協力は約束しよう。他にも何かあったら何でも言いなさい」
そこまで言うと、おじさまはあの優しい笑みを浮かべた。
「娘というものは父親に甘えるものなのだからな」
……あ……
「……うん」
あ〜あ、最後に不意打ちを喰らったせいでちょっと涙が出てしまった。不覚、不覚。


「そうだ、春香菜君」
挨拶をして部屋を出ようとした私におじさまが話しかけてきた。
「君は最初に『信じられないような話』と言ったが、君自身はどうなんだね?」
結構厳しいところを突いた質問だった。
「信じてます。というより信じたい、という感じかな。ちょっと不安だけど」
でも、私はやり遂げると覚悟したのだ。どんなに荒唐無稽な話でも。それが二人を助けるための唯一の道ならば。
「そうか。では君に一つ言葉を送ろう。私の長女が今興味を持っている現象に『キュレイシンドローム』というものがあるのだがね」
「『キュレイ』シンドローム……?」
キュレイ……それは私の中に確かに存在するもの。
「ああ、キュレイだ。私は専門ではないので詳しい説明は避けるが、要はこういうことらしい。

             『信じて願えば、叶い、現実となる――』

――信じなさい。自分の道を。未来を」


信じて願えば、叶い、現実となる――


「ありがとう、おじさま。長い道のりだけど、その第一歩を飾る門出の言葉としてはこれ以上のものは無いわ」




そう、私はこの道を信じ続ける。

そして私の望む未来を現実としてみせる。

そのための第一歩を、今確かに踏み出したのだから――










あとがき

どうも、はじめまして。なちというケチな野郎でござんす。
今回このサイトに初めて投稿させていただいたわけですが、実はSS書き自体が初体験という蝶初心者です
「あ〜ん?そもそもSSとして成り立ってんのか?」などといった根本的かつ真理をついたツッコミはできればご勘弁を
まあ、私みたいな人間さえSS書きに挑戦させてしまうほどE17という作品が素晴らしかったということで

で、今回書かせてもらったのが私的に最愛のキャラ優春先生の話です。
優春先生と桑古木はどのようにして17年を過ごしたのか。
妄想すると止まりませぬ。
もし許されるのなら2歩目、3歩目も書いてみたいなあなどと。


あと他の皆様の素晴らしい作品群を読んだ後なので、多大な影響を受けているのが丸分かりですね。
もっと自分らしさをだすべく精進します。
ではこれからもよろしくお願いします。


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