Ever17 -the out of infinity-

クワコギが懐から拳銃を取り出した。
一目で分かる。あのぎこちない持ち方は銃の素人だ。
「おいおい、今更そんなものに頼るのか？言っとくが、素人が撃っても当たるもんじゃねえぞ？」
ムダだと思ったが言ってみた。だが、やはり拳銃をしまおうとはしない。
やれやれ……楽しめそうだと思ったんだが。
正体を知られた途端あんなものを取り出してくるとは、案外つまらないヤツだったな。
もう興味は失せた。さっさと終わらせちまおう。
オレは刀を構えた。

まずは刺突を仕掛ける。
だが、手を抜いてるわけじゃないが全力でもないこの一撃、腐ってもキュレイのアイツなら避けるだろう。
それに照準も僅かに外してやる。無意識にかわしやすい方向へと身体を動かすはずだ。そこを必殺の一撃で仕留める。
キュレイってヤツは簡単な傷ならすぐに快復するらしいが、この一撃をくらえば真っ二つだ。流石にそれで生きてるってことはねえだろう。
オレは一瞬で思考をまとめ、実行に移すべく身体のスイッチを入れた。

予定はいきなり狂わされた。
わざわざ狙いをはずした一撃に対し、クワコギは自分からそのズレを修正し、オレの刀に飛び込んで来やがったのだ。
当てるつもりすらなかった一撃がクリーンヒットしてしまい、オレは刹那思考を停止させられてしまった。
我に返った時には、既にオレの利き腕はヤツにしっかりと掴まれていた。振りほどこうとするが、それも敵わない。クソ、侮りすぎた！
「力比べなら俺が上だったよな？」
ヤツは勝利のセリフを吐きながら、オレの胸に銃口を押し付けた――

『理想』～後編
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　なち

……オレの目の前でクワコギが倒れている。
無意識のうちに左手で放った正拳による反撃で吹き飛んだのだ。
だが、そんなものが間に合うタイミングではなかったはずだ。コイツは引き金を引かなかったのだ。だからオレは生きている。
「フザケルなよ、クワコギ。なぜ撃たなかった。」
「……さあて、何でだろうなあ……？」
クワコギはヨロヨロと立ち上がりながら呟くように返答する。
「オレに情けでもかけたつもりか？」
オレは怒りを覚えながらヤツに近づいた。そのため、ヤツが起き上がるときに懐から取り出したものに気付かなかった。
「別に……そんなんじゃ……ねえよ……っ！」
ヤツは吐き出すように叫びながらその手に持つ閃光弾を地面に叩きつけた。

光が収まったその場には当然クワコギの姿は無い。
まったく、あんな古典的な手にかかるとは。オレも相当動揺してるらしい。
さて、ヤツはどこに逃げただろうか。オレが顔を見た以上、撤退したというのはないだろう。
ならば、今の隙に研究所の内部に入り込んだか。どこかに隠れて傷の快復を待ちながら、オレに奇襲をかけるタイミングを計る。
もしオレが外部を探すようならその間に、先に目的のものを先に探し出す。
そんなところか。そして――
その時オレのＰＤＡが着信を告げた。雇い主からだ。
「おい、定時連絡が無いようだが、何か起こったのか？」
「ああ、侵入者だ」
「何！どんなヤツだ！？」
「……さあな。覆面してたからわからねえよ。悪ぃが内部に入られちまったんでこれから追跡する」
「な、待て！私もすぐそちらに向かう！だから待つん」
小言なんぞ聞きたくも無いのでとっとと切った。
……やっぱり、オレがヤツの事を報告しないのも読んでいたんだろうな。
見透かされているようで面白くないが、とりあえずこのモヤモヤを何とかするまでは誰かに邪魔されたくは無い。
オレはヤツを追いかけるべく研究所内部へと入った。不意打ちに注意を払いつつ、ゆっくりと歩みを進める。
途中で警備室らしき場所を見つけたが、ここの警備員も気絶させられてるうえ、システムも何か変なウィルスでも仕込まれたか沈黙している。
まあ、時間がなかったからか物理的に破壊されてないだけまだマシか。オレの知識じゃどうしようもないんで放っておこう。
やがてオレは一番厳重そうな部屋に辿りついた。ヤツが目指すとすればこの部屋か。
オレは慎重にドアを開ける。はたして、ヤツはいた。あろうことか入り口に背を向けてモニターに見入っている。
さすがに呆れて声をかけようと近づきかけ……止まった。

モニターに研究内容のようなものが映し出されている。
薬品を投与され、苦しみ悶えた挙句、血管や肉体そのものが破裂して死んでいく人間たち。中には女や子供もいた。
死ななかった者もヒトとは呼べないような存在になっていく。そして、今度はそいつら同士を殺し合わせる。
……流石に胸クソが悪い。
クワコギはモニターを見ながら体を震わせている。決して傷の痛みのせいだけではないはずだ。
「お前は、ここの研究内容を知っていたのか……？」
はっきりとわかるほどの憎悪を撒き散らしながらヤツが問いかける。
「……イヤ、今初めて知ったな」
オレが否定すると、やや憎悪を薄めながら再び問いかけてきた。
「これでも、まだ奴らの犬を続けるっていうのか？」
「………………」
一度契約を交わした以上、ここは肯定するべき場面だった。だが、どうしても『そうだ』という言葉が出てこない。
沈黙を続けていると、モニターが切り替わった。
どうやら、さきほどの警備室の画面のようだ。雇い主の品の無い顔が映し出されている。
《おやおや、誰が遊びに来たのかと思ったらキミでしたか。新入社員がこんなところに何の用ですかねぇ、桑古木涼権くん？》
カブラキ……？ああ、コイツのことか。読み方が違ってたか。まったくややこしい名前しやがって。
《おっと、キミの方は私を知らなかったかな？私の名前は山部。バイオ研究開発部の主任をやってるんですよ。いやしかし、警備員はみんな気絶させるわ、システムにウィルスを仕込むわ、大層な活躍ですねぇ。もっともこの通り、ウィルスの方は既に除去されましたけどね》
「……そんな簡単に除去できるようなシロモノじゃなかったはずだぞ……。ッ！まさか……っ！」
《おや、除去プログラムを作った研究体に心当たりでもおありですか？いやぁまったく、僅か７歳でたいしたもんですよ。それに比べて兄の方は対した能力も無いオチコボレですがね》
「てめえ……」
ヤツは先ほど以上の怒りを込めた目でヤマベを睨み付けている。ヤマベも言っていたがその『研究体』とやらと深い関係でもあるのか。
《おかげで研究価値が見出せないということで放逐が決定したのですが……せっかくですから私が貰ってあげることにしました。特殊能力に乏しくとも、潜在的に常人よりは卓越した身体能力を持っているのでね。『素体』には充分です。研究体として一生を終えるのではなく至高の存在となれるのですから、彼は自分の身体に感謝するべきだ、そうは思いませんか？》
――ガシャン
モニターが破壊された。
《やれやれ、乱暴ですねえ。ま、データのバックアップはとってあるので別にいくら暴れてもらっても構いませんが》
ヤマベの音声だけが流れる。ったくよく喋るヤロウだ。
《それから、そこのあなた》
オレのことか？
《中には入るなと、口を酸っぱくして言っておいたと思うのですがねえ》
「仕事熱心だったもんでな。契約違反でクビか？なら……願ってもないことなんだがね」
既に壊れてるモニターをまだ睨みつけていたアイツが驚いたようにこっちを見ている。……フン、似合わねえことをしようとしてるのは分かってるよ。
《やれやれ、やはりそういう人種でしたか。そこそこ腕が立つので雇ってはみましたが。やはり信用できる人物じゃなきゃ駄目ですねえ》
「ケッ、テメエみたいなヤロウに信用なんかされたくねえよ」
《ハハハ、嫌われたものだ。……ところでお二人さん。そこは外部に漏れたらまずいデータが山ほどあるわけですが、侵入者にデータを奪われそうになったらどうすると思いますか？》
その言葉に、オレとアイツは一瞬顔を見合わせる。……まさか。
《さようなら、お二人さん》
弾かれるように入り口に向かってダッシュをしかけたところで――轟音と衝撃に意識を失った――

全身に走る痛みで意識が蘇らされた。まだ、何とか生きているらしい。
視力はまだ戻ってないが、身体の感覚を再確認してみる。
まず、胴体。内臓に致命的な損傷は無いようだ。ただ、瓦礫に覆われているようで圧迫感がある。
次は足。どちらも痛みはひどいが、普通に歩くだけならなんとかなりそうだ。
右手。こちらも何とか無事のようだ。とりあえず相棒を振るう分には問題ない。
左手は……ダメだな。全く感覚が無い。二度と使い物にならなさそうだが、あれだけの爆発だったんだ。これだけで済んで良かったとするべきだろうな。
…………そんなワケあるかっ！あの状況でこの程度の被害で済むワケが……
唐突に視力が回復する。オレの上に覆いかぶさっていた瓦礫、いや瓦礫だと思っていたものが目に入った。
「……おい、フザケルなよ……テメェ何やってんだよ……カブラキっ！！」

コイツは、この男は、あの状況でオレを庇いやがったんだ。カブラキの背中にはいくつもの小さな破片がめり込んでいる。
「別に……ふざけちゃ……いない……さ」
弱々しい返事があった。よし、まだ生きている！
「おい、しっかりしろよ！勝手に人を庇っておいて死ぬんじゃねえぞ！！」
「へっ……俺はキュレイだぜ……？そう簡単には、くたばらないさ……。『大丈夫――俺は、死なない』」
ヤツは意味ありげにそう言うと、今度は心底可笑しそうに笑った。
「ははっ、武は美人の彼女にむかってこのセリフを決めたって話だが、何で俺の相手はこんな野郎なんだか……。ほんっとに俺ってツイてねぇ……」
「こんなヤロウで悪かったな。……その『タケシ』ってのがオマエの言ってた『理想とする男』ってヤツか？」
「ああ……そうだ……。『最高の男』さ……。俺の最も尊敬する男……。目の前の全ての人間を救おうとした男……。愛する女性を守るために命を懸けた男……。『生きる』という事に……この上なく真剣だった男……。『生きている者は、ずっと生きるべきなんだ』と……言っていた男……。」
「そいつは……その『タケシ』ってヤツは……死んだのか？」
「バカを言うな……。武は自分の命も……簡単に諦めるやつじゃない……。それに約束……したはずなんだ……。『俺は、死なない』って……。愛する女性に向かって……。だから生きている……俺が必ず助ける……」
意識が朦朧としているのか、後半の言葉はオレに語っているというより、自らに向かって言っているようだった。
……だからか。目指す男がそう言っていたから。だからコイツはオレみたいな人間さえ殺すことをためらい、また、死のうとしているのを助けたというのか。
まったく……バカな男だ。『タケシ』という男も、そいつを目指すこの男も。
最高にバカなヤツらだ。
こんなバカは、ずっとバカのままでいつづけなければいけない。
だから――ここから先はオレの仕事だ。
オレは意識を失ったカブラキを静かに床に寝かせて振り返った。
そこには異形の存在を連れたヤマベが醜悪な笑みを浮かべて立っている。
「キュレイならまだ生きてるかと思い、サンプルのため回収に来たのですが、まさかあなたまで生きていたとはねえ。その生命力に敬意を表して、あなたも『素体』として差し上げましょう」
オレは何も答えず右腕だけで刀を構える。
「おやおや、その体で私の可愛い『傑作』に立ち向かうつもりですか？いやあ勇ましい、勇ましい」
本当によく喋るヤロウだ。これ以上戯言を聞きたくないので、オレは、動いた。

「ハハハハハハハハハハハハ！！！」
血の海の中で刀を突きつけられ、ヤマベは狂ったように笑っている。
「す、素晴らしい。君は最高だ！君を特務部に推薦しよう！君ならすぐにでも……」
「あいにくだが、オレは『最高の男』とやらとは程遠い人間なんでね」
それだけ答えると、オレは右腕に力を込めた。

「お～い、いい加減に起きんか～！桑古木～っ！！」
やかましい声で目をさますと、目の前に優が立っていた。
手にはいつものサインペンが握られている。少しインクの香りもするが、ここは気にしないことにしよう。
起き上がって周りを見てみる。いつもの研究室だ。どうやら優に助けられたらしい。
「や、おはよう優」
「おはようじゃないわよっ！あんたねえ、何一人で勝手な行動してんのよっ！」
なんだか優はご機嫌斜めのようだ。
「いや、優は研究で忙しそうだったから」
「だからって、こんな書置き一つ残して単独行動なんてするんじゃないわよ！」
優は一枚の紙をひらひらさせながら、ぷんすかと湯気を立てて怒っている。
ちなみに、書置きの内容は『優へ。ちょっと外出してきます。遅くなるので夕飯はレンジでチンして食べてください。おやつは戸棚に入っています。おみやげ期待して待っててね』というものだ。
ちょっと洒落を利かせてみたのだが、優には通じなかったらしい。
「夕飯がタツタサンドだってぇのに、おやつもタツタってのはどういう了見よっ！」
「それに怒ってるのかよっ！！つーか本当に戸棚漁んなよっ！」
「置いてく方も置いてく方じゃない。……あっ、今のツッコミはなかなかだったわね。倉成Point５点プラスね」
「やれやれ……しかし、よく俺がどこに出かけたかわかったな」
「ん～？桑古木～、私に隠し事ができるとでも思ってるのかなぁ～？」
…………もう一生優には敵わないとオモイマシタ。
「そういや優、俺を拾ってくる時に変な外人と会わなかったか？日本刀持ってるとびきり変な奴なんだが」
「ああ、なんかいたわね。いきなりナンパしてきたんでカカトくれてやったら泣きながら帰っていったけど」
……やっぱり変人というよりただのバカだったな。
「ああ、そう言えば伝言頼まれてたんだっけ。『ヤロウは小便ちびるまで懲らしめてやったから、後は心配いらない』だって」
「そうか……」
あのバカ外人が代わってやってくれたのか……。
もしアイツがいなければ、俺が手を下さなければならなかったはずだ。そうしなければ武とつぐみの子供を守ることができなかったのだから。
だが、それは俺の理想とは相反する行為。
『憎まれても、怨まれても、貶されても、蔑まれてもかまわない』……そう誓ったはずだった。
だが、俺には諦められない。
確かに計画のために俺は武になりきる必要がある。しかし、それとは別のところで、やはり俺は武のような男になりたいと思うんだ。
もしこれから先、再び理想と反する行為を選択しなければならなくなった時、俺はどうするべきなんだろう……。
「桑古木……、何か悩んでる？」
優が心配そうに声をかけてきた。普段は大雑把なくせに、こういうところには敏感だ。
「いや、別に……。おみやげがダメになっちまって悪かったなって」
「ふふ、そんなの別に構わないわよ。あなたさえ無事なら、まだチャンスはいくらでもあるんだから。いい、桑古木？あなたには私というとぉっても素晴らしいパートナーがいるのよ？それにもう少し頑張れば、空だって私達の仲間として戻って来るんだし。私を信頼して、一人で考え込まず、どぉ～んと構えてなさい」
優のむやみと強気な発言に俺は思わず笑みをこぼしてしまった。
確かに、優とならどんな難しいことでもやり遂げられそうだ。

俺は無意味なことを考えるのをやめることにした。
今はとりあえず、理想に向かって進むだけだ。
ココと武を助け出した時に胸を張って会えるように。
二人とも待っていてくれ。きっと、『最高の男』になって二人を助けに行くから……。

あとがき

というわけで桑古木のお話でした。
桑古木はいつでもココのことばかり考えているロリ○ン~~ですが~~と描かれることが多いですが、たまには武に憧れているという部分を前面に押し出してみるのもいいかな、と思い書いてみました。
桑古木がいぢられるネタとか不幸ネタが大好物な私ですが、実は桑古木はとてもカッコイイ人間だとも思っています。
桑古木になら優春先生を（勝手に）託してもいい、とすら思ってるくらいです。
このお話で少しは、桑古木の武に対する想いやカッコ良さが表すことができていれば嬉しいです。

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