家庭教師 茜ヶ崎空
                              鳴きの虎



「こんにちは。」

その日、ホクトは田中家へ優と一緒に勉強するために訪れた。
自分の高校のテストも近いため、優と一緒に勉強する約束をしていたのだ。
高校の勉強なら、同じ高校生で妹の沙羅に教えてもらえばいいのかもしれないが、
あいにくその日、沙羅はつぐみと一緒に買い物に出かけることになっていた。
武もその日、用事で外へ出向いていたため家にはホクト一人だった。
本来なら一人で集中して勉強をすればいいのだが、分からないところが結構多く
一人では何となく心許なかった。
おまけに、外はいい天気で幾らなんでも一人で家に籠もっているのはあまり気分がいいものではなかった。
それに、勉強を兼ねて優と一緒に色々と話もしたかった。
この間優は大学の合宿から帰ったばかりで、お土産と一緒に色々と話して聞かせる話題もあるという。
勉強に来たとはいえ、久しぶりに恋人に会えるという嬉しさもありホクトの表情は明るかった。

呼び鈴を鳴らし、しばらくすると廊下をパタパタと歩く音が聞こえてきた。
玄関の戸をあけたのは、空だった。

「あら、こんにちは。ホクトさん。」

「あ、空さん、こんにちは。」

田中先生がいないときに、代わりに玄関に出てくるのはこの家に一緒に住んでいる空だった。
いつものこととはいえ、空は優しい笑顔で出迎えてくれる。
それが、ホクトには嬉しかった。
さっそく、空はホクトをミーティングルームに案内してくれる。
優の家は、かなり広い。母親の田中先生の仕事の関係で、部屋は幾つもあった。
ホクトと優は、勉強する時にはミーティングルームを使用することが多かった。
だが、ホクトがミーティングルームに着いたときには、そこに優の姿は無かった。
代わりに、先程まで勉強に使用していたと思われる教材一式と、一枚のメモ用紙が置かれていた。

ホクトヘ
私が留守の間に来ていたらゴメンね。
文房具で色々足りない物があったから、ちょっと買いに行ってくるわ。
そんなに時間は取らないから、少しだけ待っててね。

「ふうん・・・。」

メモ用紙を見て、一言呟くホクト。

「それじゃ空さん、僕はここで待たせていただきます。
 田中先生が来たら、よろしく伝えてください。」

「ええ、分かりました。
 もし何かありましたら、そこの電話で連絡して下さいね。」

そう言うと、空は自分の部屋へと戻っていった。まだ、やりかけの仕事があるのだろう。
ホクトは、さっそく教科書を開いて、勉強を始めた。

「う〜ん・・・。」

ホクトには、先程から上手く解けない問題が幾つかあった。
暗記を重視する科目は繰り返せばそのうち頭に入っていくが、数式などとなると、根本を理解していなければならない。
その根本が、上手くつかめずにホクトは悩んでいた。
分からない問題にいつまでも戸惑っていても仕方が無い。
自分の分かる範囲の問題に取り組み、それらを片付けていくことにした。
ホクトがそうしているうちに、約1時間が過ぎようとしていた。
だが、優はまだ帰ってこない。

「遅いなあ優・・・。何やってるんだろう・・・。」

窓の外を見ながら、ホクトは呟いた。
そのころ優は・・・。
文房具店で色々と必要な道具を見ているときに、バッタリ大学の友人と出くわしてしまった。
そして、他愛も無い世間話に花を咲かせていた。
優自身、生来人好きで話し好きなところから、幾つも幾つも話題が生まれて会話が続いていた。

そして田中家では・・・。
ホクトは悩みながらも、分からない問題に一生懸命取り組んでいた。
そんな中、空がお茶を運んできた。

「ホクトさん、頑張ってますね。あ、遅くなりましたが、粗茶です。どうぞ。」

「あ、ありがとう、空さん・・・。」

空の運んできてくれたお茶を飲んで、一息つくホクト。

「ふう・・・。」

「ホクトさん、調子はどうですか?」

何気なく空がホクトにたずねる。その何気ない行為の中でも、空は相手を気遣う優しさをもっていた。
そして、ホクトの表情から今置かれている状態をある程度察していた。

「なるほど・・・。今日は数学の勉強ですね。」

「うん・・・。」

「で、どうですか?進み具合は?」

「一応頑張ってるつもりなんだけど、なかなか解けない問題が幾つかあって・・・。」

「なるほど・・・。では、少し見せていただけますか?」

「あ、うん、いいよ。」

ホクトの教科書と、ノートを手にとって見る空。
数秒の間に、空はホクトがどのような点で頭を悩ませているのかを察していた。

「ホクトさん、もし私でよければお力になりますが、どうですか?」

「え?も、もちろんそれは願ってもないことだけど・・・。
 でも空さんも仕事があるんじゃないの?」

「私の仕事は、もう片付きました。ですので、今からは時間がある程度自由に取れますよ。」

「そうなんだ・・・。じゃあ悪いけど、お願いできるかな?」

「ええ、勿論です。」

そう言うと、空はホクトの後ろに立った。
そして、ホクトの肩の上から手を通して、ペン先で重要な箇所をチェックしてくれる。

「(うっ・・・。空さんがこんなに近くに・・・。みんなと一緒ならともかく、二人っきりになるのって今回が初めてだな・・・。」

ホクト自身、徐々に心臓の高鳴りが大きくなっていることを感じていた。
空がペン先を動かすたびに、空の長い髪が微かに揺らいでホクトのうなじをくすぐる。
そして、その髪からは甘く芳しい匂いが漂ってくる・・・。

「(な、な、な、何考えてるんだよ!空さんは僕に勉強を教えてくれてるだけじゃないか!
  で、でも、こんなに近くにいられると・・・。)」

更に、空が上半身を少し前にやると、二つの豊かな膨らみがホクトの背中に押し付けられる。
嬉しい展開には間違い無いのだが、ホクト自身、あまり積極的なタイプではないだけにますます心臓の高鳴りは激しくなっていた。
しかも、空は何気なくこれらのことを行っている。
その“無意識の誘惑”とでも言うべきものが余計にホクトを緊張させてしまっていた・・・。

「ホクトさん、どうしたんですか?緊張しているんですか?」

「え!?い、いや、別に・・・。」

「ほら、もっとリラックスなさって下さい。どうやら、色々と頭を悩ませていたせいで緊張が解けていないようですね。
 少し、肩を揉んであげますから気持ちを落ち着けて下さいね。」

「え?ええっ?」

「ほら、遠慮なさらなくてもいいですよ。」

そう言うと、空はホクトの肩に手をかける。そして、長くしなやかな指が動いてホクトの肩の筋肉をほぐし始める・・・。

「(うわあ・・・。き、気持ちいい・・・。)」

ホクト自身、そのあまりの気持ちよさに思わず眠ってしまいそうだった。
だが、空は勉強を教えるためにここに来てくれているのに、眠ってしまっては元も子もない。
ホクトは必死に意志を発揮させようと努力していた。

「では、ある程度緊張も解けましたね。それでは、勉強に入りましょう。」

「は、はい、空さん・・・。」

「こら、ホクトさん。」

「え?」

ホクトの額を、優しく人差し指でツンとつつく空。だが、言葉とは裏腹にその表情は慈母の微笑を讃えている。

「こういうときは、“茜ヶ崎先生”ですよ?分かりましたか?ホクト君?」

「は、はい?分かりました、茜ヶ崎先生・・・。」

ホクトには、ほぐれたはずの緊張がまた戻ってきてしまっていた・・・。
いつの間にか、彼女のペースに巻き込まれていることを実感していた。

「(うふふ・・・。ホクトさんって可愛いですね。
  かつては倉成さんが私に“先生”として、色々な事を教えてくれました。
  今度は、その倉成さんの子どもであるホクトさんに、私が先生として教える番ですね。)」

空自身、武や田中先生、そして運命的な出会いを果たした多くの仲間達との付き合いの中で、色々な事を学んでいた。
そんな彼女には、いい意味でのちょっとしたいたずら心というものも芽生えていたようである。

「ここは・・・こう・・・解くんですよ。」

「そう、その通りです・・・。その調子で、次も問題も・・・。」

「あ、ダメですよホクト君、さっきと同じ間違え方をしていますよ。」

「そう・・・そうです。よく出来ました、ホクト君。」

ホクトを戸惑わせるだけでなく、優しく勉強を教えていく空。
ホクトも、今まで分からなかった箇所がすいすいと頭に入っていくことを実感していた。

「(空さんって、本当に教え方も上手だなあ・・・。家庭教師とか、小学校の先生なんかも似合いそうだな。)」

色々と教えてもらいながら、ホクトはそう考えていた。
もし、空が学校のクラスの担任になったとしたら、そのクラスの男子全員はバラ色の学校生活間違い無しだろう。(笑

「よくできました、ホクト君。」

「あ、ありがとうございました・・・。茜ヶ崎先生。」

数学の授業をある程度終えたホクトと空。
次の勉強に入るまで、5分ばかり休憩をとることにした。
そして休憩を終えると、次の授業に入ることにする二人。

「さてと、次はどの科目に取り組みますか?ホクト君?」

「ええっと・・・。じゃあできれば、化学式をお願いします。先生。」

「化学式ですね?分かりました、ホクト君。」

そういうと、またホクト、いや、男子諸君にとっては羨ましいことこの上ない至福の時間が始まる・・・。(笑
“先生”“ホクト君”の呼称が交わされる中で、二人の授業は続いて行く。

「あっちゃ〜!すっかり遅くなっちゃった。話し込んでてホクトとの約束すっかり忘れてた・・・。
 ホクト、怒ってるかな?まあ、お詫びにお茶菓子買ってきたから、何とかなるわよね?」

その頃、買い物を終えて友人と別れた優は家路を急いでいた。
すでに、約束の時間から2時間近くが経過しようとしていた。

「ただいまっ!」

勢いよく玄関を開け、靴を揃えずに乱暴に脱いで、ミーティングルームに向かう優。

「ごめんホクトっ!すっかり遅くなっちゃった!お詫びにお菓子買ってきたから・・・」

息を切らしてミーティングルームの入り口に立つ優。
だが、そこでは優にとってある意味信じられない光景が・・・。

「そう、その調子ですよ、ホクト君。」

「ありがとう、茜ヶ崎先生。」

入り口の前に立つ優の姿に気付かずに、先生と生徒のやり取りを続けるホクトと空・・・。
その光景を目の当たりにした優は・・・。

「(ホ、ホクト君・・・?あ、茜ヶ崎先生・・・?
  わ、私が留守の間にこの二人、ま、まさか・・・。)」

ガシャッと、乱暴に買い物袋を机の上に叩きつける優・・・。
その音に気付いて、思わず優の方をみるホクトと空・・・。

「ゆ、優・・・!?」

「あら、田中さん、帰っていらしたんですね?」

いつも通りの応対をする空。だが、ホクトは優の表情を見て、みるみるうちに顔が青ざめていった・・・。

「ふ〜ん、随分と楽しそうじゃない!?ホ・ク・ト・く・ん?」

「あ、い、いや、その・・・。」

慌てて事情を説明しようとするホクト。無論、別に後ろめたいものがあるわけではないが、自分の恋人に対し、
とんでもない誤解を招いてしまったのは確実であることを実感していた・・・。

「どうやら、私はお邪魔だったようね、ホクト君?
 それじゃあ私は部屋に戻るから、茜ヶ崎先生と仲良くね?」

「わあっ、ちょっと待ってよ〜!」

そういうと、そっぽを向いて自分の部屋に戻っていく優。それを慌てて追いかけるホクト。
だが、優が部屋に入れてくれなかったのは言うまでもない・・・。

「あらあら・・・。少々やりすぎてしまったかしら?
 これは、田中先生が帰ってくるまでの辛抱ですね。
 ごめんなさいね、ホクトさん。」

「ううう・・・・。」

机に突っ伏してしまうホクト。それを優しく宥める空・・・。
そして夕方、田中先生が帰ってくることで、何とかホクトは要らぬ誤解を解き、無事に帰宅することに成功した。

そして、2週間ばかりが過ぎ、ホクトのテスト期間も既に終了していた。
そのテストの結果は、実に良いものとなった。
空に勉強を教えてもらったおかげで、ホクトは苦手な部分を見事に克服し、成績は上昇していた。
そのようなこともあって、ある日学校から帰ったホクトはつぐみに相談した。

「お母さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「なあに?ホクト」

つぐみは夕飯の支度をしながら、ホクトの話を聞いている。

「実はこの間のテストのことについてなんだけど・・・。」

「テスト?ああ、そういえば随分と成績が上がっていたみたいね。頑張ったじゃない。偉いわ。
 けど、それがどうかしたの?」

「実はこの間、優の家に出かけたときに、空さんに勉強を教わったんだ。
 空さんの教え方はとても上手で、僕が今まで分からなかった部分もどんどん頭に入っていったんだよ。
 それで・・・。できれば空さんに、家庭教師を頼みたいんだ。いいかなあ?」

「空に家庭教師を?ふうん、いいんじゃない?
 だけど、やっぱり家庭教師として来てもらう以上は、タダというわけにはいかないわね・・・。」

料理の手を止めて、少し考え込むつぐみ。

「うん・・・。もちろん空さんの都合もあるわけだから、引き受けてもらえるかもまだ分からないんだけど。」

「そうね・・・。それじゃ今夜辺り、電話で優と空に相談してみるわ。」

「本当?いいの?」

「でもホクト、優(秋)のことは大丈夫?年頃の恋人がいるんだから、おかしな誤解をされないかしら?」

「あはは・・・。」

ちょっと悪戯っぽく笑いかけるつぐみ。前のことを思い出し、思わず苦笑するホクト。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

「あ、ごめんホクト、ちょっと玄関に出てくれる?」

「はーい。」

さっそく玄関へと向かうホクト。玄関を開けると、そこには空が立っていた。

「あ、空さん。」

「こんばんは、ホクトさん。倉成さんか、小町さんはいらっしゃいますか?」

「うん、お母さんがいるよ。ちょっと待っててね。」

そう言うと、ホクトは台所に向かう。すると、すぐにつぐみも一緒に玄関先に出てきた。

「あら、空じゃない。今日はどうしたの?」

「ええ、近くに用事があったものですから。ついでに、田中先生の出張先のお土産をお届けに参りました。」

「わざわざありがとう、空。あ、そういえば噂をすれば何とやらね。
 空、ちょっと私も相談したいことがあるのよ。時間は取れる?」

「ええ、大丈夫ですよ?」

「それじゃ上がって。」

空を居間に案内するつぐみ。落ち着くと、つぐみは早速ホクトの先程の話を聞かせた。

「なるほど・・・。私をホクトさんの家庭教師に、ですか・・・。」

「ええ・・・。おかげさまでこの間のテストの成績も随分上がっていたみたいなの。
 で、ホクトができればあなたに家庭教師を頼みたいっていうのよ。
 あ、勿論無理は言わないわ。あなたにも仕事の都合があるでしょうから。」

「そうですね・・・。私は火曜日と木曜日は夕方から時間が取れます。
 その時でしたら、お引き受けできますよ。」

「ふうん、時間は大丈夫ね・・・。
 で、もう一つ相談があるの。
 無論、家庭教師を頼む以上、うちは月謝を払う義務があるわ。
 週に1回、授業は2時間として、幾らぐらいがいいかしら?」

「いえ、月謝は別にいいですよ。」

「そうはいかないわ。幾らなんでも、タダで教えてもらうわけにはいかないもの。
 空、気持ちは嬉しいけれど、お互いに社会人である以上、これは当然よ。」

「そうですね・・・。では、私の中にあるデータを少し検索してみます。」

1分ほど、空は目を閉じる。そしてデータの検索を終えると、空は口を開いた。

「大体、家庭教師の時給は平均して2000円〜3000円ですね。
 では、1時間1500円でいかがでしょう?」

「え?幾らなんでも安くないかしら?」

「いえ、月謝はそのくらいで構わないですよ。
 その代わり、私も一つお願いがあるんです。」

「何かしら?」

「勉強時間以外の、夕飯の時間を皆さんと一緒に過ごすことができればと思いまして。」

「夕飯の時間を一緒に?でも、ちょっと失礼かもしれないけれど、あなたは食事を・・・。」

「いえ、私の望みは食事そのものではありません。倉成さんと小町さん、そしてホクトさん、沙羅さんが
 共に過ごすことのできるお食事の時間を、共に過ごすことができればいいなあと、思っているんです。」

「それは別に構わないわ。でも・・・。」

つぐみは、空自身の事情を考えて、少し不安になった。
空は、本当に純粋な気持ちで自分たち家族と食事の時間を過ごしたいと考えている。
ならば、空にも共に食事を味わい、その時間を存分に楽しんでほしい。
だが、幾ら時間を共有できても、自分たちが味わっている幸せを、空は現実に味わうことはできない。
人と人に非らざる者・・・。その間に確実に存在する壁を、その時間で空は実感する形となるのである。
自分と武が結ばれて築いた家族・・・。これも空がどんなに望んでも手に入らないものだ。
そして、自分が心から愛している武の存在・・・。
彼女に多くのことを教えた武を、空も愛しているのは間違い無い。それも、彼女には叶わぬ望み・・・。
空が望む時間には、それらの残酷とも言える現実が確実に存在している。
それを考えると、つぐみは空に対して何ともいえない、複雑な感情を抱えることになった。

「小町さん・・・。」

「空・・・?」

しばらく押し黙っていたつぐみに、空が優しく声をかける。

「小町さんの考えていることは、私にも理解できます。
 小町さんは、私自身の事情を思いやって下さっている・・・。
 だからこそ、今この短い時間の中でも葛藤している・・・。そうでしょう?」

「・・・・・。」

「小町さん、私にはその気持ちだけで十分です。
 小町さんは倉成さんを愛し、倉成さんは小町さんを愛した。
 だからこそ、ホクトさんや沙羅さんが生まれ、この暖かい家庭が生まれたのです。
 私は、例え自分の望んだ形にならなくても、それは祝福するべきことです。
 この世界は、常に不合理なものです。
 例えどんなに望んでも、叶わないものは叶わない。それが現実です。
 でも、そんな世界において、私は私自身の“心”というものを持ち、そして皆さんと共に同じ時を歩んでいます。
 本来なら私は、あのLeMUにおいてお客様をおもてなしする、そのために生まれた存在です。
 そんな私が、“恋”を知り、一人の男性を愛することができた。
 それだけでも、まさに奇蹟です。
 そして、“恋”が叶わぬものでもあることも知りました・・・。
 でも、今の私は本当に幸せです。
 こうして自分の意志でこの世界を歩き、自分の思ったことをこうして口に出して伝えることができる。
 私は、それだけで満足です。嘘じゃありません。本当に、本当に私は幸せです。」

「空・・・!」

「え、こ、小町さん・・・?」

空の肩に顔をうずめ、そしてその背中に手を回すつぐみ。
回された手に、徐々に力が込められていくのを空は実感していた・・・。

「ごめん・・・。ちょっとこうさせて・・・。」

「小町さん・・・。」

空は気付いていた。肩が、つぐみの涙で濡れていることを・・・。

「お〜い、今帰ったぜ。」

「あ、お父さん!」

慌てて玄関へ向かうホクト。

「おや、よく見たら見慣れない靴が一つあるな・・・。これって空の靴だろ?
 空が来てるのか?」

「そ、そうだよお父さん!ごめん、今二人とも大事な話をしてるから、邪魔しないであげて?ね?
 ほら、荷物は僕が片づけるから、お父さんはお風呂に入ってきて?」

「お、おい、ホクト・・・。何なんだよ一体・・・。」

というわけで、しばらくの間武は居間に入ることができなかった。
そして沙羅も帰ってきて家族が揃った後、空は倉成一家とともに、食事の時間を過ごすこととなった。

「なるほど・・・。空がホクトの家庭教師か。
 悪いな空、お前もいろいろ忙しいだろうに。」

「武、喋るか食べるか、どっちかにしなさい。」

「ええ、というわけで、来週からよろしくお願いします。」

「ふうん、空さんが家庭教師なんだ・・・。私にも色々教えてくれるかな?」

「沙羅、お前が勉強で教わることなんてあるのか・・・?」

こうして何気なく交わされる食卓の会話の中に、空は“家族”というものの幸せを実感していた。
願わくば、この幸せが永久に続くものであってほしい・・・。
心の底から、空はそう願っていた。

「(倉成さん、いや、倉成先生・・・。私・・・。今とても幸せです。)」


END




あとがき

この作品は、前半でお分かりのように、いわゆる「萌え」を意識した内容のSSでした。
事実、だいぶ前から頭の中で構想も出来上がっている作品で、ホクトと優の誤解によるドタバタで締め括るつもりでいました。
そのため、「秘密道具騒動」の片手間に書くつもりの作品だったのですが、書いていくうちに私が
空自身の在り方に徐々に踏み込んでいく形となっていきました。
最近、力作を投稿して下さっている方々から私自身、感銘を受けたのだと思っています。
本来は、各キャラクターの内面を描く作品に関しては、最近活躍なさっている方のほうが、私などよりよほど上手に書くことが出来ます。
ですから、私自身は独自の路線を貫くつもりでいたのですが、本人でも予期せぬうちに話が進んでいき、今の形となりました。
非常に拙い作品であることは承知の上ですが、読んでいただけましたら幸いです。


/ TOP  / BBS / 感想BBS









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送