Eternity 17 -the ring of infinity-　幸福：踏みにじられぬ罪

目の前で崩れ落ちる少年は、腕の中の少女を守れた事を―――嬉しそうに、倒れた。
「神威ぃぃっ――――！！！」
立てかけておいた不断を一息の間で取り、踏み出すとともに抜刀する。目標は、右手に拳銃を持つ神威。
が、そこまで。
「―――っ！！」
腹を、凶弾で打ち抜かれていた。無慈悲な射撃は神威の傍らに立っていたはずの女性が、危険を察知し発砲したのだ。
ゴロン、と倒れる。しかしそれでも、と不断を杖代わりに無理矢理立とうとする。
「か・・ふっ」
元より怒りに任せて切りかかったのが失敗だったのだ。相手は銃器を持っている。
しかし―――そんな事は知らない、どうでもいい。いまは、いまはただ―――あの男をぶちのめすだけ。
が、痛みは鋭利な刃物のようで、気を抜けば意識は落ちる。足が動かない。血が足りないと脳が叫ぶ。動くなと身体が停止する。
だが、支えるものがあった。つぐみだ。
「直撃・・・。優、このばかと『彼』を運ぶわよ」
「そうね。・・・ここには医務室があるわ」
つぐみが武を担ぎ、優春がナタを抱える。ココはナタに寄り添っているが、今はただの重荷だ。
「ココ、離れて。でもついてきなさい」
「・・・」
コクリと頷く。

「―――――待て。・・・小町つぐみ、オマエは残ってもらう」

そこに悪魔の一声。
「どうして」
「私・にはキミが必要なのだよ」
「応じない場合は？」
神威が左手を上げると、武を撃った女性が両手で銃を構える。銃口は二つ、こちらに向けられている。
「全員、死んでもらおうか」
「私が必要なんじゃないの？」
「・・・正しくは、オマエの血・だ。キミが死のうと、こちらは損失がない」
どうする、と神威は笑って問いかける。

「―――桑古木、武を頼むわよ」

武を桑古木の肩に預け、神威に向かって歩き出す。と、足を止め振り向き優春に、
「・・・がんばってね・・・・・・」
皮肉を込めた言葉を投げかけた。
「・・・お互い様・・・・」
それに優春は答え、ナタを担いで歩き出した。
「よろしくね」
エレベーターへと消える際、立ちつくしたままの『三人』に言う。それに、
「ま、ぼちぼちな」
彼らは笑って答えた。

Eternity 17 -the ring of infinity-
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　七桃　りお

幸福：踏みにじられぬ罪

「幾らオマエ―――いや、キミでもこれは壊せない。少々特殊でね」
つぐみは両手に不気味な手錠をかけられた。それは鉄で出来た、昔の死刑囚などがはめていたそれに良く似ている。
長方形の鉄の板に穴が二つ。それだけだ。そこに手首まで通す。
「―――なっ！！」
瞬間、目を疑った。スカスカだったはずの穴が、ギュっとつぐみの手首の大きさ・・・・・・・・・・に変わったのだ。
「これ、まさか―――」
「・・・そうか、やはり分かるか」
神威は不敵に笑い、ヘリへと足を運ばせる。つぐみはもうあの女性と向い合わせに座らされている。
「まあ、どうでもいいさ。・・・速くここから立ち去ろうか―――」

「―――――と、その前にまだ後始末があるようだな」

ヘリへと足をかける直前、その足を下ろした。神威が後ろを向くとそこには三人の男が立っていた。
一人は右手に壊れかけた義手をつけた男。
一人は狂犬のような眼つきで睨む男。
一人は欠けた所もある獲物を重そうに担ぐ眼帯の男。
彼らは、神威の放った刺客だ。
「・・・どういうつもりだ」
「残念ながら、彼方は行かせられないのですよ」
神威はヘリから離れ、彼らから七メートルほどの距離に立つ。この距離ならば一速の切り込みで全て終わる。
しかし神威は余裕で、
「ふ、情でも移ったか半端者ども」
「それは心外だな。我々に情があると思うか？」
義手がこもった声で笑う。
「ではもう一度問う。・・・どういうつもりだ」

「ワカンねぇか？―――依頼だよ。田中優美清春香菜様から『神威を止めろ』ってな」

それは数日前の契約。
壮絶な戦いの後、優春が彼らに話したこと。
「裏切る、か」
「・・・ふざけんな。アンタとの依頼はもう終わってるぜ」
「・・・仁義の欠片もない」
「―――ソレを彼方に言われるとは思いもしなかったな」
全ての言葉を笑うように受け流し、

「―――では始めよう。彼方の実力・・は聞いた事がある。ラクが出来ない事は、知っているさ」

彼らの『仕事』が始まった。

●

時は一刻も争う。その表現が今一番当てはまるのではないだろうか。
「幸い弾丸は貫通してる。・・・武は傷が開いたぐらいね」
としても内臓に傷でも入っていたら大変だ。帰ったら即行で入院だ。
だが、その隣の少年は、
「これは・・・」
今、彼の異変がわかるのは優春と、
「田中先生、この身体はもしや―――」
隣に立つ空だけだった。
「静かに、空。・・・コレは周りから吸収して実体を持つ・・・・・・・・・・・・・。肉体回復なら、通り・・を良くすればいいかしらね」
密かに言葉を交わす。隣の武を目をやり、
「桑古木、優。コイツを奥で治療してあげて」
「う、うん。分かった」
「簡単な事ならな」
そのまま武を二人は奥に運び、扉に消えた。残ったのは、
「ココ、貴女もあっちに。沙羅、連れて行ってあげて」
あくまで優しい口調で語りかける。沙羅とココは答えることなく扉へ消えた。
「あと、ホクト―――も―――」

―――――いない。

そんなはずはない。さっきまで・・・居ただろうか。
武が撃たれたときには一番前に立っていて、つぐみが神威に捕まった時―――その時から居なかった。

「・・・蛙の子は蛙、ね」

くすりと笑い、懐から一枚の紙を取り出す。
「大丈夫よね、あの子なら」
それに何か文字のようなもの・・・・・・・・・・を書き綴った。
「こっちも頑張りましょう。―――空、補助系の『式』を構築して」
「はい」

●

無音。
さっきまであれ程・・・やりあっていたのに、今は何も聞こえない。
自分はその光景を見たわけではないのでハッキリとは言えないが、負けた。

三人で挑んだ方が、負けたのだと思う。

思えば変な決着だった。あの神威という男が一声叫んだ・・・・・だけで、場が静まった。
と、そこで振動が生まれる。
ヘリが動き出したのだ。かなりの重量を持つ物体が宙に浮く。今自分はその宙に浮く物体・・・・・・とやらの中にいた。
物陰にじっと息を潜めて隠れ、頃合を見計らって己の母を救出する。それがホクトの計画だ。
「・・・・・」
ここから見える僅かな情報。それはここが広めの、部屋のような空間であること。
そして今ここにあの女性は居なく、まだ神威という男はここに乗っていない事。それだけだ。
動く事など出来ない。ましてや、呼吸の音すらも命取りになりかねない。
緊張でからからの喉、それに対抗するかのように汗を分泌する皮膚。なにより、母が見当たらない事が心配だった。
だが、その心配も今、不必要のものとなった。
「あら、女性をこんな薄暗い場所に閉じ込めて、何をする気かしら」
「は。・・・貴女に手を出そうものなら、即座に引っ掻かれてしまうだろうな」
奥の部屋―――垣間見えたかぎりでは、そこが操縦室だと思われる―――から突き出されたのは、腕を後ろに回したつぐみだった。
それとともに開いた扉、搭乗口となっているそこから神威は現れた。風を背に纏いながら、つぐみに皮肉を飛ばしたのだ。
「よく言うわね。・・・で、私に何のよう？」
準備はできている。
「無論、その血だ」
神威を突き飛ばして、母の手をとる。そして搭乗口から脱出。
「やっぱりね。どうせ不死になりたいとか言うんでしょう」
今神威が搭乗したのだ。地面からはそう遠くないはず。
「その通りだ、不死の母猫つぐみよ」
だが、急がなければ脱出できなくなる。相手は銃器を持っているはずだ。
「彼方、ライプリヒなんでしょ？・・・だったら以前私が捕まってた時に血を奪い取ればいいじゃないの」
失敗は、できない。
「私は当時青年でね。まだライプリヒにはいなかったのだよ」
「あら、私より年上なの？彼方若く見えてるわよ、良かったわね」
「ふ、小娘は言うことが違う」
笑いを漏らす神威。―――今だっ！！
「ってやぁぁぁぁ！！！」
そこで気づいたのか、神威がその拳銃でこちらを三度撃つ。しかしそれは全て外れた。
そこで思いっきり神威を蹴飛ばし、つぐみの手を取り搭乗口へ踏み込む。
ロックのかかっていないその扉を一気にこじ開け外に飛び出せ―――――なかった。

今、自分のいる場所は真下の海が遠く遠く見える程の高ーい所だった。

「乱暴なものだな」
蹴られた際に吹き飛ばされ、壁にもたれかかっていた身体を起こす。
「不意を突かれたとはいえ、私が反応できなかったとはな」
のっそりとした動きで懐から死を取り出す。銃器という、死。
「な・・・どうやってこのヘリに乗り込んできたの・・・」
この高さは、ヘリが数十秒で上昇できるような高さではない。だが、数十秒前にこの男はここに乗り込んできた。
嫌な予感がする。
知ってはいけないと訴えかけられ、しかし知りたいと伸ばされる手。それが、胸の奥で起きている事実のようで。
が、それよりも今の状況を回避するためにはどうすればいいのか。
「そういえばきちんと聞いていなかったわね」
と、つぐみが脱出口を作ろうと口をあけた。
「私の血、奪うんだったら何に使うかぐらい教えなさいよ」
「はっ―――」
そこで神威が笑った。銃口を下げ、顔に手を当てて苦笑する。
「確かにそうだな。・・・言っただろう？私は不死が欲しいと」
「そうね。・・・だけどそれなら私達を狙う必要はない。だってライプリヒにはまだキャリアの血ぐらい残っているはずだわ」
「そうだな。本社にはまだキュレイキャリアから採取した血が残っているさ。当然パーフェクトのモノもな」
そこで隣のつぐみがギリ、と歯軋りをする。束縛された両拳は今にも暴れだしそうな勢いで待機している。
「・・・だったらどうして私達を狙ったの。こんな大掛かりな、『彼』まで巻き込んで」
「巻き込む？は―――ははは――」
「何がおかしいの」
すっと神威は哄笑を止め、
「―――だから言っただろう。『彼』の方から我々に接触して来たのだと」
それが絶対であるかのように言ってのけた。だが、
「それは違う。だって、『彼』は飲み込まれていたんだ」
ホクトがそれを即座に切り捨てた。
「飲み込まれた？」
「うん。彼方もあの場に居たんだから、わかるだろ？―――『業』を」
「・・・・・そうよ。それにアレは何かおかしい。無理矢理悪い所だけを集めたような、そんな感じ」
「そうか。悪い所か。―――アレはそのようなものだ。悪をカタチとし、『彼』に流し込んだ」
「っ、やっぱりアンタが！！」
と、そこで神威がニ三歩、つぐみ達とは逆の方向に歩いた。
そこにある何かを手に取り、こちらを向いた。
「話が少々脱線したな。・・・私がここまで大掛かりなことをしたのは、オマエ達に興味があった・・・・・・・・・・・からだ」
「興味ですって？」
「ああ。あらゆる悲劇の中に存在し、しかしその悲劇をも飲み込んで成長する物語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どういうこと？」

「―――この世には、あらゆる運命を惹きつける『何か』があるということだよ」

と、神威は手に持っていたものを開ける。それはアタッシュケースだった。開いたそこには数本の注射器。
「そしてそこに存在するキュレイ。あらゆる干渉を受けたそれならば、『私の夢』が叶うかもしれない」
そこから一本の注射器を取り出し、

「―――兎に角、私はオマエの血が欲しい」

無理矢理つぐみに突き立てた。
「痛っ―――！」
「お母さん！」
ホクトは神威の無理矢理な腕を払いのける。注射器は叩きつけられ、壊れる。

「―――何をする！私の夢は叶う時、全ては救われるのだぞ！？」
「―――ばかなこと言うな。それまでの過程にどれだけの絶望を生み出すつもりだ」

神威がホクトに詰め寄り、銃口を向けた。
「―――そんなもの、私の夢の前では無に等しい。何故なら、生きるものは『死』を超越できるのだからな！」
それでキレたのか、ホクトはその銃口を払いのけ、
「―――だからって、それまでの死は無くならない！」
それはココロからの叱責。その先に幸福があろうとそのまでの汚れた路は決して消えるものではない。
その罪を背負うというのなら、それは理解をもつことが出来る。だが、その罪を後払いで消し去ろうというのなら、許さない。
「どんな罪でも消える事はないんだよ！」
神威の胸倉を掴む。自分より高い人間は、やはり威圧感を覚える。しかしそれよりも、今の言葉に腹が立った。
自分の罪は最後まで背負わなければならない。
自分は最愛の妹を助けられなかった。だから今は彼女に幸福を与えているつもりだ。
「ふざけるな。―――オマエ如き一存在が許さずとも、私は実行してくれる！！」
思いっきり頬をグリップで殴られた。
奥歯辺りが砕けたと思う。血も出た。だが、倒れられない。
「だったらその一存在が、オマエの企み潰してやる。今、ここで」
「やってみるがよい。貴様は、将来必ず私の敵となるからな」

●

踏みとどまったのは足だけで、膝は笑っている。殴られた際に頭は意識まで飛びそうになったのだ。
あの時、殴られたのではなく撃たれたのだったら間違いなく死んでいた。
だが、そんなこと気にしてはいられない。
「手間を取らせてくれる。・・・本当に敵うとでも思っているのか」
「思ってない」
可能性なんで無に等しい。だが、なによりこの男が気に入らない。
悪を良しとする、この男が―――。
「よく言った。―――この私が一撃で楽にしてやろう」
銃口をこちらに向け、引き金を、
「・・・む」
引いても何も起こらなかった。
「そうか。彼らとの戦闘、そしてオマエの突進時にカラになったのか」
神威が拳銃を懐にしまう。
これで両者は武器を持たない。これならまだ、
「勝機などないぞ。・・・銃があればラクだったのだがな」
そこで神威は苦笑する。と、三歩下がってこちらに腕を伸ばした。
「―――ホクト、避けなさいっ！！！」

「―――――Ende終」

つぐみの言葉通りに、右に避けた。―――瞬間、何かありえないものが音速超過の速さで脇を通り過ぎていった。
それと同時に背後、鉄を穿つ音と共に昇降口が消えた。
正しくは、木っ端微塵に吹き飛んだのだ。それこそ消えるように。
神威の腕から射出されたのは、弾丸。それも青く光る、弾。
「外したか」
それを平然とした顔で消えた昇降口を見つめる。
「な、何。今の―――」
驚愕で震えるホクトに、神威は、

「知らぬか。―――――アレは『魔術』と称される。知りたいのならそこの小娘か、優美清春香菜にでも聞いてみるのだな」

言ってのけて、改めてこちらに腕を向ける。それもホクトを昇降口まで追い詰め、今度は外さぬようにと。
「押すなよ。この少年も落ちる事になる」
後ろで突進体制に出ていたつぐみは、しぶしぶその光景の観閲に回る。
神威の腕はホクトの頭に伸びる。撫でられるようなこの構図は、しかし確実な死を物語っている。
「ホクト・・・」
つぐみは見ることしか出来ず、
「―――――Ende終」
またあの言葉が紡がれた―――。

/ TOP / BBS /

SEO		[PR] ��!��u��O ��z�[��y�[�W�J�� C�u��