科学とは、アキレスである。
絶対に真理に追いつかない。
(今ある水素原子が、1年前の実験のそれと本当に同じなのか)
証明することのできない領域があるからである。
例えば、4次元世界のような…

Ever17ぴぐまりおん
                              ニーソ 



第1話 姫は森のなかに眠る



あの事件から、もうじき3ヶ月がすぎる。
人間の記憶とは不思議なもので、1週間前に覚えた英単語は忘れてしまっても、3ヶ月前の事件の映像は、写真のように鮮明に思い出された。

この3ヶ月は、“ある人物”にとっては、一瞬ですらもなかったかもしれない。

彼には、時間は無意味なはずだ。

それは、とても残酷なことに思われた。
真に永遠の存在。いわば、真に破滅のないキュレイ。彼は、いつ終わりを迎えられるのだろう?
永遠に、視続けるしかない。
計画参加者は、その残酷さを知っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今は、7月31日の朝。
今朝のキッチンには、ホクトと沙羅がいた。
夏休みだから、という理由でだ。
とりあえず基本は押さえておくとして、品目にカレーが用意されていた。さらにトマトを中心とした夏野菜のサラダ、そしてトマトスープがメニューに並んでいる。

高校生の彼らが、意気揚々と取り組んでいた。
武とつぐみの子供のようなはしゃぎ声が、キッチンに期待とプレッシャーを伴って届いてくる。
だが彼らはプレッシャーに負けるようなたまではない。料理が進むにつれて腹の奥からせり上がってくる不思議な興奮を、包丁と鍋にこめていく。
火にかけている2つの鍋のせいだろうか、キッチンの熱気は信じられないほどの発汗を二人にもたらしていた。
キッチンは、二人の舞踏場と化していた。

今年の夏は、彼らにとっての、初めての夏だった。


今彼らは、優たちの住むのと同じ町で暮らしている。沙羅が高校に通うために、そこに住所を持ったのだ。

住所を持つのも一苦労だった。つぐみはもとの住所を持たなかったし、なにより年齢がおかしすぎた。武は役所で「ホクトです。」と名乗り、40近い大人がいるのに、なぜわざわざ息子のほうが手続きに来るのか、おおいに訝しがられたが、所詮市役所も行政でしかない。手続きは極めて機械的に行われた。

しかし、彼らにはもっと大きな問題があった。

彼らは職を持っていない。
武は大学中退となり、資格はなにひとつもっていない。むろんつぐみも、だ。しかも彼らは履歴書上ではすでにかなりの年齢である。にもかかわらず今まで一切の就職暦がない。つぐみにいたっては学歴すらまともではない。審査を通るはずがなかった。

そこで彼らは、偽装工作をして、武はホクト、つぐみは沙羅としてバイトを始めた。
企業レベルでは無理があるが、バイト程度ならば、まずばれることはない。彼らは毎日必死に働き続けた。
とはいえ、いくら働いても苦にはならなかった。
彼らはキュレイ種であるし、それになにより今、この幸せが、彼らから一切の負の精神を追い払っていた。
それに、しばしば優たちが夕食に誘ってもくれていた。

彼らは深夜まで働くようなことはせず、夜は家族全員で過ごした。

武は、子供たちが独り立ちしたら、どこか田舎で、あるいは外国でもいい、ひっそりと二人だけで働くことに決めていた。

そしてつぐみにとっては、あの臨海地区での日々を思い出すような生活サイクルだった。


彼らは今キッチンで、あるいはテーブルで、失われた時を取り戻そうとしていた。
ごくありふれた家庭こそが、彼らの理想の家族像であった。
そして憧れながら、時は戻らないことも同時に悟っていた。

だが焦りはない。毎日が、確かに満たされていたから。

真っ赤なトマトから、太陽のにおいがした。

それはまるで、この夏を象徴するかのような…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そんじゃま、いってきます。」
その日一番に門をくぐったのは、武だった。もちろんバイトだ。
「お後、よろしくね。」
続いてつぐみが出かけていく。
ホクトと沙羅は、事後処理にまわった。

テーブルの上は平和だったものの、キッチンは、というと、かなり悲惨な状況にあった。
切り刻まれたレタスの残骸、トマトの体液、カレーの遺物が、白い清潔なタイルの床を、乱れた信号のごとくうずめている。

「さて、と…」
凄惨な現場を見下ろし、腕組みした沙羅がひとつため息を吐く。
「じゃあ、私が食器洗うから、お兄ちゃんは」
「とても知的な逃れかただとは思えないが。」
「・・・・・・・・私には床を始末する義理はあっても義務はない。」
「ぼくにも義務はない。」
「・・・・・・・・・・・・・・義理?」
「明らかに沙羅のせいだろ!!」

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程なくして、ホクトも沙羅も各々の事情で家を出た。

外に出た途端、夏の太陽が送る鋭利な暑さが肌に突き刺さってくる。
ホクトは、その金色の髪で太陽光を一層まぶしく反射しながら、優の家へと向かっていった。

優宅は、少しうらやましくなる位の、立派な家だった。快晴の青空をバックに、強烈な夏の太陽のスポットライトを浴びたその姿は、いつにも増して美しく見えた。優美清“夏”香菜があるとしたら、今のこの家の姿だろうか。

優とホクトの用事は、この街の案内だった。

優もホクトも、学校に通っている。
それを除いても、二人にとって、いや“参加者”にとって、この数ヶ月は、激流に飲まれるような思いをしていた。時間を共有する暇などなかった。

ここへきてようやく都合のあった二人は、かねてよりの約束だった「街案内」を敢行することにした。

「ホクトおはよ〜い・・・・」
「・・・・・・・・おはよ。」
「どったの?朝から元気ないですな〜。」
「朝だからこそだと思うが。」

目は覚めていたが、事後処理のほうですでにかなり消耗していた。

・・・・・・・・やっていけるだろうか?

今日は、優が案内するのだ。

体力、持つかな・・・・・・・・

だが予想に反して、時が進むごとにホクトは回復していった。
病気にしろ運動にしろ、結局のところ精神面が大きく影響してくるのだろうと思う。

本屋、CD・DVDショップ、いくつもの量販店、飲食店、他にパン屋、ケーキ屋等を回り、更には8台のバッティングマシーンと、それと同じ数の打席を、高いネットでくくっただけのみずぼらしいバッティングセンターや、広い公園が隣接し、タダで卓球もできる会館、そして5階建てビルの2階と3階を使った大規模なボーリング場などもめぐった。

透き通った夏空と、好奇心をくすぐる無数の「オススメ」のなかで、ホクトの心は浮き立っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ホクトって、キュレイの因子をもってるんだよねぇ?」
「突然何を・・・・」
今二人は、喫茶『ボン』にて、3時のおやつに該当する小休憩をとっていた。
「じゃあさ、私のお母さんはもってるのかなぁ?」
「う〜ん、どうだろ。もってるんじゃないかな。微妙だけど。」
「てことは〜…ホクトとお母さんの子供って、キュレイ種の可能性があるってことになるね。」
ミルクと砂糖で不純化したコーヒーを噴出しそうになる。
「な、な、なにを・・・・・・・・・・!」

優は思い浮かべてみる。

キュレイ種の子供。

『バブ―――!!』←肉体強化済み

「オオッ!?」
「何を考えてる・・・・・・?」

いやまてよ、女の子だったら・・・・・・

『ガッテム!!』←肉体強化済み

(・・・・・・ガ――――ン!)

「・・・・でも実は家庭的だったりするんすか・・・・?」
「何 が !?」


秋香菜の母親、春香菜。
今、彼女らの肉体年齢は近づきつつある。
髪型をそろえられたら、もはや外見だけでは見分けがつかない。声色と性格だけが頼りだ。

彼女らは母子であり、双子の姉妹でもあり、それどころか同一でもある。
しかしながら、一方は普通のヒトであり、一方はキュレイ・ウィルスに感染している。そういう意味では、全くの別物でもあった。

キュレイ――――

今ホクトの両親は、ごく普通の家庭を得ることに躍起になっている。
だが子供達の最大の懸念は、両親のキュレイ体質だった。
もう高校生の彼らには、その残酷さをおぼろげながら感じ取ることができた。

彼らは、これからどれほどの長期に渡って、苦痛を強いられねばならないのか。
今だって、十分・・・・・・・・・・
それを思うと、自分達のことなど、どうでもよくなってしまうのだった。

永遠の命。

『永遠』とは、何か。

“彼”は、いつかその目を閉じることができるのだろうか。
いや、“彼”にとって時間など最初からないに等しいのだ。苦痛などないかもしれない。

理屈ではそうわかっていても、あの日のことを思い出すと、とてもそうとは思えなかった。

“彼”に、もう一度会えないだろうか。
もう二度と、一緒にはなれないのだろうか。

“あの計画”なしには・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日は大分傾いて、今は二人とも帰路についている。優は寄るところがあるといって、自宅を過ぎた後もしばらくついてきていた。

途中、ホクトは茜色の空を切り抜く巨大な影に気がついた。
「森・・・・・・」
歩く道路の左手は田園、右手には緩い上り勾配があり、その先で木々が寄り集まっていた。
今まで気付かなかったのが不思議なくらい、すさまじい存在感を感じた。
「森というよりは、林ね。奥に小ぃ〜さい川が流れてる。行ってみる?」
「うん。」
ホクトは即答した。

確かに、森といえるほど深くはなかった。幹はホクトよりも細いものばかりだった。木々の葉が光を喰らって薄暗かったが、それも完全ではない。夕暮れの色はここにも届いていた。
足元は、長くて膝ほどの丈の雑草に満ちており、足を踏み入れるたびに波の音がする。触れる素足が、少しかゆかった。

少しして、波の音よりもはるかに優しげな、自分の聴覚にむしろ媚びてくるような連続的な音が聞こえてきた。

水の流れる音だった。

「ねぇ?綺麗でしょー。そういえば案内してなかったねぇ〜。」
「うん。綺麗だ・・・・・・」
天然の浄水効果を受けた小川は、現代都市のなかにあって信じられぬほど澄み切っていた。
右手を差し入れてみる。絶妙な物体感をもった冷たさが、熱った掌にここちよい。

ホクトは、この場所に惹かれつつあった。
それは、心の奥底から突き上げてくるような、そんな不思議な感情だった。

優が、ひとつため息を吐く。
「にしてもこんな近くにあんのに、いままで知らなかったとは・・・・・・。君には冒険心というものがないのかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

確かに、不思議だ。
いや、不自然だった。なぜ今頃になって、この林にあれほどの存在感を感じたのか。
こんな近くに、いつだってあったのに・・・・。いままでは、気付きもしなかった。存在感を感じていなかった。

その日は、そのまま過ぎていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ホクトは、自室のベッドの上で目を覚ました。
時計を見る。
AM0:02。
すでに8月が始まっていた。

夢、だろうか。
目を覚ましたのは、心の底から突き上げてくる『何か』を感じたからだった。
それ以外に、言いようがなかった。

ホクトは、ここぞというとき以外は、基本的に度胸がない男だった。
偉大な父親を前に、彼自身、それは克服したいと思っていた。
夜の街は、その手始めにちょうどいい。

だが、それ以上に、

『あの川を見たい。』
『あの林に行きたい。』

その心の奥底から湧き上がる衝動にも似た不思議な感情が、ホクトの体を突き動かした。

窓からみえるのは、月明かりの不安な光。
こんなときにも正確に秒を刻む時計の音が、無駄に焦燥感を掻き立てる。

ホクトは、意を決した。
灰色のTシャツと緑色のハーフパンツとどでかいディジタルの腕時計をひっつかみ、すばやく身支度を整えて、廊下を、扉を、慎重に、ひとつひとつ攻略していく。
木材のきしむ音が大音量で耳に届くたび、ホクトの体は硬直し、心臓は早鐘を打った。
キッチンを、ダイニングルームを、トイレをすぎていき、
ついに、最後の扉を開け放った。


夜の世界に繰り出していく――――




(第1話 終)







あとがき

 はじめまして。「ニーソ」と申すものです。
 以前は「Passant」でしたが、一応変えさせていただきました。
 
 さて、この作品、もう今から一年前、複数協同で制作いたしまして、
 いま、ここに投稿させていただく決意をいたしました。
 
 一年前ですから、若干古臭い表現があったり、表現力に乏しかったりはしますが、
 物語全体の構成は、結構いいと思ったりしてます。
 
 予定では10話を超える長編ですが、
 ぜひぜひ、最後まで読んでいただきたく存じます。

 そして、なにより感想をお聞きしたい!

 それでは、失礼いたします。


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