世界は移り変わる。
なんの乱れもなく、ただ単調に変わっていく。
“現在”を渡っていく。

ならば、“過去”とは何か・・・・・・・・・・?

Ever17ぴぐまりおん
                              ニーソ 



第5話 幽玄たる天


長方形の窓が、真夏の太陽光を切り抜いて、白い光のカーテンを織っていく。

そんなちょっとした美しさに見ほれながら、春香菜は午後に飲むコーヒーの味を楽しんでいた。
熱い液体からカップを守るため、先にミルクを注いでから淹れるのだ。
彼女は、娘のダイレクトな淹れかたに、ずっと悩まされ続けていた。
それに、ブラックは体に悪いとも聞く。

今はもう大学に通う娘のことを、親ばかなほどに心配する優美清春香菜の夏であった。

この夏は、ある意味17年ぶりの夏だった。
“優美清春香菜”という名を、あの浮島に置き去りしていった、あの日。

あの日の空も、こんなふうに晴れ渡っていた。

そして、3ヶ月前の、あの日も・・・・・・・・・・

当たり前のように空は晴れ渡り、彼は変わらない笑顔をしていた。

引っ越してくるという知らせを受けたときは、電話の前で情けなく取り乱してしまった。
驚きと期待と不安を一緒くたに感じ、娘と二人、家の中で身悶えていた。

ただ、彼らとはまだ、ほとんど会ってはいない。
たまに夕食に誘うくらいだ。

彼らは、毎日とにかく忙しくしている。
二人とも、まるでそれが当たり前のように。

そんな姿をみていて、気付いたことがあった。

この17年間は、自分にとっても、そして自分と娘の関係においても、
有って無いようなものだった。

騙し続けていた18年間・・・・・・・・・・
その18年は、どこか偽物の臭いがした。

似通った名前をした二人の、初めての夏だった。


リビングに、チャイムの音が響いた。
ひとまずコーヒーをテーブルにおいて、玄関へと歩いていく。
扉の脇のビジョンに映ったのは、ホクトだった。
春香菜はノブを回して、彼を招き入れる。

「いらっしゃい。」
「こんにちは、春香菜さん。」
「ん、こんにちは。」

ホクトは彼女に会うたびに、秋香菜とそっくりな容姿と物腰の柔らかさのギャップを感じずにはいられなかった。

「どうしたの?ユウならいないわよ。」
「いえ、春香菜さんに訊きたい事があって来たんです。」
「私に?珍しいわね。ちょうど暇だったし、OKよ。ささ、入って入って。」
「お邪魔します。」
春香菜に先導されて、ホクトは入っていった。

「さ、座って。」
「失礼します。」

ホクトはリビングに招かれた。中の上くらいの一室に、ホクトは異常なまでに感動していた。
(何度来てもすごい・・・・・・・・・・)
ふかふかのソファのやわらかさも格別だった。

「ホクトくん、コーヒー飲む?」
すこし離れたキッチンから、春香菜の声と香ばしい匂いがしてきた。
「あ、はい。いただきます。あ、でもブラックはなしで・・・・・・・・・・」
「当然!」
どうやら、母親のほうは純不純にこだわらないらしい。

(でもコーヒーが好きなのはそっくりだな。)

部屋全体にこびりついたようなコーヒーの香りを感じていた。

膝の高さほどのガラスのテーブル越しに、二人は向かい合った。お互いの目の前では、二つの白いカップがわずかな湯気を上げている。

春香菜はホクトの顔を覗き込んで、言った。
「大丈夫?顔色、悪いけど。」
「え?そ、そうですか?いえ、大丈夫ですけど。」

ホクトの顔は、いつもと比べて明らかにどこかおかしい。
昼間から生気が無いというか、疲れ果ててるというか・・・・・・・・・・。

春香菜は、淹れなおしたコーヒーを一口すする。

「さて、ご用件は?」
場を盛りたてる変化球は大の苦手だ。
ホクトは、単刀直入に切り出した。

「4次元って・・・・・・・・・・なんですか?」

春香菜は、ホクトの目を見ながら一瞬硬直した。それはよっぽど注視しなければ気付かないような変化だったが・・・・・・・・・・

「急にどうしたの?」
「いえ、ただ知りたくなったんです。あの計画の参加者として・・・・・・・・・・中途半端に知っているのがいやで・・・・・・・・・・」

昨日の話から渦巻いていた、多くの疑問。
それらの中からホクトが選び出した最大最初の疑問は、それだった。
4次元とはなにか?t軸とは何か?
知っているようで知らなかったことに気付かされた。
もちろんホクトも、あの事件の後、時間を見つけては調べ上げたが、そもそも物理学での計算のためだけにある単なる公式としての時空をいくら知っても仕方がない。

本当の意味での4次元世界。
ホクトはそれを知りたかった。

ありえること、ありえないこと。
時間という概念。
空間の連続性。

知りたくなった。知らなければならないとも思った。

あの計画の参加者として―――――


春香菜は、心のなかで苦笑していた。

3ヶ月経って、今更ながらに疑問に思うなど、奇妙なことだ。
どうやら、ホクトの身に何かあったらしい。体調が優れないのも関係がありそうだ。

(そんなこと訊かれてもねぇ・・・・・・・・・・)

17年間研究してきただけに、この手の話で自分を頼ってくるのは当然とは言える。
だが・・・・・・・・・・
「ホクトくん。悪いけど、私にだってわからないよ。」
「え・・・・・・・・・・?」

失意の声があがる。

「時の正体は、まだ誰にもわかってない。だって、質量ゼロだからね。見ることも扱うこともできない。でも、感じることができる。質量ゼロなのに、確かに感じてる。じゃあ、私たちは一体なにを感じてるのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それきり、ホクトは黙った。

「力になれなくてごめんね。せっかく頼ってきてくれたのに・・・・・・・・・・」
「いえ、別に・・・・・・・・・・」

春香菜はひとつため息を吐く。
どうやらホクトは、思考の彼方に飛んでいるようだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お邪魔しました。」
「またいつでもきてね〜。みんなにもよろしくって伝えておいて。」
「はい。それじゃ、失礼します。」
「うん。それじゃね。」
春香菜は玄関前の道までホクトを送り出して、今は笑顔で見送っている。

夏の鋭利な暑さが、肌に突き刺さる。

時とは、一体・・・・・・・・・・?
この小さな頭のなかでいくら探してみても、答えは一向に姿を現さない。
それでも、考えずにはいられない。
ホクトは、重い足取りで日中の影だらけの道を歩いていった。


一方、春香菜は、2階の自室の長いすに背中をもたれて、しばし考え事に耽っていた。

ホクトの指摘・・・・・・・・・・
それは、ずっと昔から人々を悩ませてきた、最大の難敵。

時とは何か?空間とは何か?
量子化することのできない二つの概念。
相対性理論が融合させたが、その理論も致命的なパラドックスを抱えており、簡単に真とは言いがたい。空間もさることながら、時というのは本当に難しいものなのである。
そして、あの計画の奇妙な点・・・・・・・
17年間、それを感じつづけてはいたものの、彼女は“彼”の声に従うしかなかった。
そしてそれに従った結果、“彼”は発現した。

彼女にわかるのは、それだけだった。

(4次元、か・・・・・・・・・・)
彼女は、他ならぬあのホクトの口からそれを聞いて、改めて考え始めていた。


やがて、歩き続けるホクトの視界の右手に、あの林が見えてきていた。

相変わらず独特の存在感が感じられる。

(そういえば、真っ昼間の姿はみたことないな。)

ホクトは、足を踏み入れることにした。
彼女がいたら・・・・・・・・・・そんな淡い期待も、無いことはなかった。

昼の林の中は、緑を中心に、とても色とりどりとした場所であった。
酸素に満たされていて、呼吸するたびに体が内側から洗われていく。湿度も低い。
夏の太陽光が、白いあぶくとなって地を這っている。
同じ場所だとは到底思えなかった。

少しして、川の流れる音が耳をくすぐってきた。
透き通ったこの川を見下ろして、やはりこれも『天の川』だとは思えなかった。

ホクトは岸辺に腰を下ろして、連続的で不規則な川の流れをみつめる。
両手を浸してみる。
熱った掌に、水の冷たさが心地よい。

やはり、なにもかもが同じ場所とは思えなかった。

夜・・・・・・・・・・

昔話が終わったあとで、二人はまた別の世界に飛ばされていた。

波の音と風を感じながら握り合う手の感触が、どこか懐かしくて、

そんな雰囲気に、彼女は呑まれていたのかもしれない。

『昼間はいつだって、どこかで誰かが視てた・・・・・・。私の声も聞かれてた。だから、いままで誰とも、本当の話ができなかった。』

突然の彼女の告白は、ホクトの両耳をえぐって後頭部を激しく揺さぶった。

『ありがと・・・・・・』

そして、青白い月夜の空の下で、

二人の心は溶けていった。

あの時、ホクトは誓ったのだった。

彼女は、なぜ監視下にあるのか。
何があったのかはわからない。わからないが、

彼女を守り抜く。

ホクトは、彼女に頼られているのを誇らしく感じていた。

いつか必ず、この白い光の下で会うんだ。

ホクトは、彼女の体重を感じるその胸の内で、固く決意したのだった。


ふと、背後で、女の子の声がした。
聞きなれた声。
どんな喧騒の中にあっても、この声を聞き違えることはあるまい。
そんな特徴的な声で、彼女は呼びかけてきた。

「ホクたん。」

ホクトは振り返る。

「ココ!」

案の定、そこにはココの姿があった。
久々の再会の喜びに、ホクトは疲れも忘れてとびあがった。
彼女の元に駆け寄っていく。

「ココ!久しぶりじゃん!どうしたの!?」
「うん。お久しぶり、ホクたん。」

二人は再会の挨拶を交わして、小川のほとりに腰を下ろした。

「なつかしいなぁ。もう3ヶ月も会ってないもんなぁ。それにしても、突然どうしたの?連絡くれたらよかったのに・・・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・・・実は、ホクたんに一番に用があって・・・・・・・・・・今日、来たんだ。」
「ぼくに、用?」
「うん・・・・・・・・・・」
ホクトは、ココがらしくもなく暗いのに気がついていた。

「ねぇココ。なんか調子悪そうだけど・・・・・・・・・・大丈夫?」
すると、突然ココは、いつもの明るく高いトーンで話し始めた。
「大丈夫だよ〜。調子悪いのは、ホクたんの方でしょ?」
「え・・・・・・・・・・?」

唐突なココの指摘に、ホクトは一瞬硬直する。

「べ、別にぼくは・・・・・・どうしてそう思うの?」
「それは、ヒミツ。」

うしししし・・・・・・・・・・と笑うココの笑顔に、さっきまで張り詰めていたホクトの心は少しづつほぐれていった。
「ところで、用事って何?急ぎの用なの?」
「う〜ん・・・・・・・・・・まあ、ね。」

またココらしくもなく、妙にはっきりしない。
川を両手でかき回して白いあぶくをたてながら、ココは逆に質問してきた

「ホクたん、私に何か訊きたい事、ない?」
「え・・・・・・・・・・?」

『私』・・・・・・・・・・?
ホクトは、ココのその自称にも、そして質問の内容にも違和感を覚えていた。

二人して質問しあう。

「用があるのはココの方でしょ?さっき言ってたじゃん。」
「私の用は、ホクたんの質問に答えること。」
「???」

わけがわからない。
わからなかったが・・・・・・・・・・

「まあ、訊きたい事はあるけどね。」
「うん。どうぞ。」
「時って、何かな・・・・・・・・・・」

ココは、まるでその質問を予期していたかのように、浮かべた微笑を一切崩さず、どこか遠くを見つめていた。

ホクトは、話を続ける。
「考えてみたんだけど、あの“第3視点発現計画”はやっぱりどこかおかしいんだ。納得いかないというか・・・・・・・・・・だって」
「いいよ。その先は言わなくて。私にはちゃんとわかってるから。ホクたんがどんな悩みを抱えているのか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

その不思議少女っぷりだけは、相変わらずだった。
ココの言ってる意味はまったくわからなかったが、とにかく今は話を進めるしかないと思った。

「それで、4次元ってものが何なのか知りたくなったんだ。ココは、“彼”とコンタクトをとっていたんでしょ?何か知らない?」
「知ってるよ。」
「え?ほ、ほんと?」

予想外のあっさりとした答えに、少し驚いてしまうホクト。

ココは、川から両手を抜いた。

「ほんとに?」
「うん。」
「ほんとのほんとに?」
「だからぁ〜、そうだって言ってるっしょ?」
「う、うん・・・・・・・」

そうしてココは、ホクトの目をじっとみつめながら話し始めた。

「ホクたん、『海神』って知ってる?」
「え?・・・・・・・いや、知らないけど・・・・・・・」

するとココは、どこか遠くを見つめながら、何か詩のようなものを語り始めた。

「『鳥の小さな目が
 上から海を見下ろしてはいても
 海は広がりと空虚
 いつでも一個の入れ物
 だから目は海に色を入れ
 耳は潮鳴りを入れる』」

「・・・・・・・・・・・・・・」

呆然とするホクトをひとまず無視して、ココは話を続ける。

「・・・・・・・“彼”は、ブリック・ヴィンケルさんは、3次元の世界で生まれた。」
「さ、3次元の世界で?」
「そうだよ。」

そのあっさりとした返答に、ホクトは当惑する。

「そんなわけないじゃないか・・・・・・・“彼”は、4次元の存在なんだよ?」
「そう。3次元の世界で生み出された、4次元的な存在。それが“彼”。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「“彼”は3次元存在でありながら、4次元世界に住む4次元存在であり、そして連続するすべての空間を見通す。4次元であり3次元でもある。それが“彼”。」
「で、でも、生まれたっていっても、どうやって・・・・・・・」

ココはその問いに、少しだけ笑みを浮かべる。

「それはね・・・・・・・今、言うことじゃない。今言ってもきっとわからない。混乱しちゃうだけ。ホクたんにも、もうすぐわかる。ホクたんの中で、もう“彼”は目覚め始めてるから。」

“彼”が、自分のなかで・・・・・・・?

ホクトは、もう言葉も出なかった。
肌に突き刺さる陽光の熱が、ひどく他人事のように思える。
耳に届く言葉の一つ一つを、極めて機械的に咀嚼していく。

そんなホクトの様子を見つめながら、ココは相変わらず微笑み続けている。
どこまでも読めないその笑みは、まるで現世のモナリザのようだった。

「ホクたん。ホクたんにはまだ、ブリック・ヴィンケルさんがどんなものか、わかっていないの。わかってるつもりに、なってるだけ。」
「それは、ぼくも自覚してるつもりだけど・・・・・・・・・・」

もうホクトには、その都度その都度の応対しかできなくなっていた。

「“彼”は、眼を持つ者のなかに眠ってる。そして眠っていた眼は、他の眼と接触することで開かれた。その眼は、私と、そしてホクたんが持っていた。」
「そう・・・・・・・」

眼・・・・・・・第3の眼・・・・・・・
それが自分にも宿っているであろうことは、なんとなく覚悟していたことではあった。
思いに沈むホクトの傍らで、ココははにかんでみせる。

「ゴメン。ちょっぴり、嘘ついちゃった。」
「嘘・・・・・・・?」
「うん、嘘・・・・・・・ココには、元々眠っていなかったもん・・・・・・・ココの眼は、マヨちゃんのもの。ホクたんの計画で、ココがマヨちゃんになったとき、一番ブリック・ヴィンケルさんの力を強く受けていたココが、マヨちゃんからもらったもの。そう、私は元々沙羅だった・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」

沙羅・・・・・・・?
ココが、沙羅だった・・・・・・・?
どういう意味だ?

再び、ホクトの頭にココの言葉が強く響き始める。

(何言ってるんだ・・・・・・・)

ほとんど苛立ちにも近い混乱が、後頭部を反響していく。

「ココが沙羅だったって・・・・・・・一体どういう意味だよ?」
「だったんじゃないよ・・・・・・・一度そうなったの・・・・・・・ココとマヨちゃんは、ある時同じになった。ココはココだし、マヨちゃんはマヨちゃんだよ・・・・・・・でも、―――――私は、沙羅に眠っていた・・・・・・・私は、沙羅だった。」

一体、何を言っているのか・・・・・・・
頭の中には、わけのわからぬ落書きだけが立ち込めてくる。

その一方でココは、流れ行く川を物憂げに見つめていた。

「ホクたん・・・・・・・」

一言だけ言って、口を閉ざすココ。
少しの静寂が流れ――――

「ホクたんは、優華の・・・・・・・優華ちゃんのこと・・・・・・・好き?」
「――――――!!」

その一言は、かつてないほど鮮烈に、ホクトの胸を貫いた。

「な、なんで・・・・・・・知ってるの・・・・・・・?」
「・・・・・・・おねがい、答えて。優華ちゃんのこと、好き?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

そんなこと、ココに言うようなことじゃない。
だけど・・・・・・・
なぜだかホクトは、その問いにどうしても答えたくなった。

「・・・・・・・・・・・・・・好きだ。ぼくは、優のことが・・・・・・・とっても・・・・・・・」
「そう・・・・・・・よかった・・・・・・・」

するとココは、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

なぜだろう?
その顔を見ていると、ホクトは自分まで嬉しくなっているのを感じていた。

「ホクたん・・・・・・・優華ちゃんのこと、忘れないでね・・・・・・・ずっと、ずっとだよ・・・・・・・」
「え・・・・・・・?」

ホクトはその言葉に、何か深い悲しみの色を感じ取った。

ココは一呼吸置いて、再び話し始める。

「ホクたん。今はわからないかもしれないけど、いつかはわかるときが来るから・・・・・・・絶対に、自分に嘘をついちゃだめだよ。ホクたんが視たこと、感じたこと・・・・・・・それを全部、純粋に受け止めて。」
「う、うん・・・・・・・」

はっきり言って、ココの言っていることは何一つわからない。
だが、ホクトもまたココの言うように、いつかはわかるような気がしていた。

そしてココは、

これ以上ないほどゆっくりと、

一言一言、かみ締めるように、

宣告していった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今は、もう夜の11時を10分ほど回っていた。
ホクトはいつものように、天の川のほとりで、近くの幹にその背中を預けていた。

今宵の林は、眠ったように静かだった。

ほんのわずか届いている青白い光の円盤達は、各々が地の一箇所を照らしたまま動かなかった。

林の中で、天の川のせせらぎだけが聞こえてきていた。
ホクトはその流れを眺めるだけで、両足を浸そうとはしなかった。

優華は、まだ来ていない。

8月1日以外では、特に時間は決めていなかった。
いつもの場所に、いつもの時間で――――

それが、いつもの別れ際の文句だった。

『いつもの時間』・・・・・・・・・・

それは、およそ10時50分程のことだった。いつもホクトはその時間に来て、そしていつも、優華は待っていてくれていた。

優華が待っているはずの幹には、今はホクトが寄りかかっていた。
足元で、天の川は漆黒の闇に沈んでいる。

ホクトの腕時計が、11時半をすぎたことを示している。

天の川のせせらぎは、もう頭に入ってこなかった。
無音の闇の中で、ホクトはただ立ち尽くすばかりだった。

何も考えず、何も感じずに――――

優華の声がこの耳を癒してくれるのを、ただひたすらに待ち続けていた。

眠りについたこの闇で、
時計だけは、無感情に、正確に、時を刻んでいく。

今、今日一日積み上げてきた全ての数字が、一斉に0に戻った。
8月8日の夜が終わり、9日の朝が迫り来る。

1時がすぎ、ホクトはついに座り込んだ。
今のホクトは、まるで人形のようだった。

ついに2時がすぎ、そしてさらに1時間が経過しても、

ホクトは、無音の闇の奥深くで、待ち続けていた。



今は眠るこの林が、まだ昼の陽光を浴びて青々としていたとき、

ホクトは、衝撃にうちのめされていた。

ココは言った。

『第3の眼を持っている者は、3人。』

その内訳は、

倉成ホクト

八神ココ

そして――――



『天川優華』


ホクトは、この不思議な国の中で、

まだ気付いていなかった。




計画は、とっくに動き始めているということに―――――






(第5話 終)









あとがき

というわけで、『第5話 幽玄たる天』でした。
ご無沙汰ですニーソです。

というわけであとがき〜

はてさて、電磁波を発していないココ、いかがでしたでしょうかー
ちなみに、途中でココが詠っていた詩、あれは池澤夏樹氏が作詞された『海神』という曲の一部を改変して抜粋したものです。

それから5話のタイトルですが、この『天』は、実は「あめ」と読んで『雨』と掛けたり、それから『点』と掛けたりしてます。
雨と掛けてる理由は第6話ですぐにわかりますが、後者はかなり意味深で、出てくるのはもうしばらく後です。その時まで覚えていていただけたらなぁ〜・・・・(無理か・・・・)

うーむ、次は悪魔の数字6番目ですね〜
それにふさわしい内容になることウケアイです。
うふふふ・・・・・♪

それでは〜


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