ゼロと無限は、背中合わせの関係にある。 『連続』とは拡がりであり、『一致』とは点である。 『連続』するなら量は無限であり、『一致』するならゼロである。 相反する二つの存在形式。 そして世界とは、存在とは、『連続』と『一致』の共存である。 |
Ever17ぴぐまりおん ニーソ |
ただ、光だけが見えた。 もう何年も感じていなかったような気がする。そんな懐かしい一日を迎えていた。 窓から垂れ込む光が、夜に眠っていたこの身に新たな命を与えてくれる。 なにもかも鮮やかになっていく視界。透明の世界に透き通って響く音には、街の息吹が感じられる。 ホクトは、8月16日の朝の訪れを感じていた。 夜を待っていた日々は終わった。 もう目の前には、白い光しかなかった。 すぐにも飛び起きて、遥かに遠くまで伸びる世界に踊りだしたかった。 だが、体は熱いベッドの上で、まるで金縛りにかかったように、身動きがとれなかった。 心に光が満ちるほどに、この胸はより強く、哀しく縛られていくのだった。 『じゃあ、ね..........』 昨日.......... 結局ホクトは、暗く沈み行く優の背中に声をかけることはできなかった。 優が去った後で、何故だか全身にひどい脱力感を覚えていた。 ただ自分の中に、ぽっかりと何もない空洞が口をあけて、自分を不安にさせるのだった。 それは一体何なのか。 どうにもつかみどころのない感情が、その身に内側から染みこんでいく。 何もわからずに、ただ細く熱い涙だけが、確かな余韻を頬にのこして流れていった。 「ホクト、起きてる?」 扉を叩くこもった音が2度、部屋に響いた。 ホクトは半身を起こして、扉の向こうに立っているであろうつぐみに返事をする。 「うん..........」 開いていく扉の向こうから、少しずつつぐみの姿が見えてきた。 「体調のほうはどう?」 「まだ少しだるい..........かな。」 「そう。」 そう言うと、つぐみはベッドのすぐ脇にうずくまった。 ホクトの顔をじっ、と見ている。 「..........ど、どうかした?」 「起きられないようなら、お母さんが看病してあげようか?」 妖艶な笑みを浮かべてみせるつぐみ。 ホクトは何となく恥ずかしくなって、目線を天井へそらす。 「べ、別にいいよ、そんなの..........」 「そう?..........そうよね。ホクトも、大きくなったもんねぇ..........」 つぐみは、ここではないどこか遠くを見ているような、そんな目をしながら、ホクトの髪をやさしく撫でた。 大きくなった。 つぐみの知らないところで、すべては音もなく過ぎ去っていった。 今から3ヶ月前.......... この生活が始まったばかりの頃は、何ら悩みなどなかった。 ただ、これからずっと続くはずの天国のような生活を信じて、溺れていた。 だが、時が経つにつれ、つぐみはこの家族の特異性を痛感せずにはいられなかった。 二人の子供は、いつの間にか、自分の足で地に立って歩いていた。 つぐみに触れていなければ生きてはいけないようだった二人は、もうそこにはいなかった。 共に歩いていくはずだった時間は、全て奪いつくされた。そしてそのダメージは、つぐみが思っていた以上に深刻であった。 つぐみは、二人を置いて逃げ回っていた十数年間、二人のことを忘れることはなかった。 もうどんなに成長しているだろうか。 そんなことを想像しては、うずく想いをこらえていた。 LeMUで二人を見たとき、つぐみの胸は高鳴った。 だが.......... 二人の態度は、まるで別人に接するようであった。 それは当然のことだが、ショックでないことはなかった。 子が、自分の親の顔を知らないのだ。 本来なら一番近くにいて、最後まで信頼のおけるはずの関係は、そこにはなかった。 培っていく時間がなかったのだから.......... 共に過ごし、信愛を深めるどころか、互いに互いを知り合うことすらできずに、十数年という時は吹きすぎていった。 出会ったときには、16歳。 二人は、すでに我を持ち始めていた。 つぐみの入る隙など、そこにはもうなかった。 「....................」 「お、お母さん?」 だが、その子は自分のことを、『お母さん』と呼んでくれている。 自分も、目の前に眠るのは自分の子だと、素直に受け入れられている。 過ごした時間などほとんどない。だが、自分達は確かに家族であった。 根拠となるところは何もない。 にもかかわらず、家族という不思議なつながりを感じ続けることができた。 それは何故だろう? 家族とは何だろう? つぐみは、そんな疑問を感じていた。 撫で付ける手を止め、優しく問いかける。 「ねえ、ホクト。」 「な、何?」 「最近、何か特別なこと、なかった?」 「え..........」 特別なこと――――― 「うん。まあ、ね..........どうして?」 「ちょっと、気になってね。」 「..........?」 「優との間に、何かあったの?」 「ゆ、優!?な、なんでまた..........そんな..........」 「昨日あなたの看病に来てくれたとき、帰るのが早かったし、それにどことなく暗かったからね。この間、優の家で食事したときも、あなたたちの様子は普通じゃなかったし..........ケンカでもしたのかしら?」 「....................」 ケンカ.......... ケンカと言えれば、どんなにか気が楽になることだろう。 自分は、ただ一方的に優のことを傷つけてしまっていた。しかも、自分はそれに気付かずに、だ。ケンカというよりも、いじめと言ったほうが正しいかもしれない。 今、自分の胸を強く縛り付けているのは、その罪悪感なのだろうか? そうなのかもしれない。 そうであれば、あまり悩む必要もない。 だが、自分のなかでは、その答えには納得できていなかった。 昨日、優がこの部屋から立ち去るとき.......... そのときに感じたこの思いは、罪悪感とか、そういうものとは違うように思えた。 いや、罪悪感は確かにある。 だが同時に、それ以上に胸を縛るものも感じられた。 あとに残された空虚.......... それは.......... 「....................」 「..........大丈夫?」 「ん?..........うん。」 耳もとに触れる羽毛のような柔らかい声に、ふと我に返るホクト。 あらゆる思索が、小さなホクトの世界のなかで錯綜していた。 何を考えればいいのか分からなくなる程に押し寄せてくる波。 それは絵の具をかき混ぜたように、見えているのに見えてこない、そんな喉の痞えるようなストレスだった。 少しでもいい。吐き出したかった。 「ねえ、お母さん。」 「何?」 つぐみなら、知っているような気がした。 「3ヶ月前の、あの事件のことなんだけど..........あのとき春香菜さんが唱えた計画..........わかる?」 自分でもひどくまとまりのない質問だと思った。 ややあって、つぐみは答えた。 「ええ、まあ..........完璧に、ではないけど..........」 「わかってる範囲でいいから、教えてくんない?」 「う〜〜んと..........」 まるでその質問の答えを壁や天井に求めるかのように、不規則に視線を廻らせるつぐみ。 その視線が再びホクトとぶつかった時、ようやくつぐみは口を開いた。 「まず、あの計画の目的が『4次元存在BWを3次元存在だと本人に錯覚させ、3次元世界に降臨させること』だってことは、わかるわよね?」 ホクトは、続きを催促するかのように黙ってうなずき、つぐみの視線を真っ直ぐに返し続ける。 「それで第4の軸..........それは時間なわけだけど、これは流れるものじゃない。ひとつの軸、次元、運動の方向性、と捕らえた方がいいわ。」 「t軸のこと?」 今度はつぐみが無言のままうなずき、話を進める。 「私達は常に、t軸の一方方向に運動している。仮に、今、この瞬間をt=3とすれば、私達はこれからt=4、5、6..........の方向に運動を続けるわけ。そして私達が一般に過去と呼んでいる領域はt=3未満の状態のこと。何が過去なのかは、主観によって相対的に決まるんだけど..........これは別にいいわね。これが3次元存在。私達はz軸方向には正の方向でも負の方向でも自由だけど、t軸は一方にしか進めない。このt軸を含めてようやく3次元世界そのものといえるから、断面、つまり平面しか知覚できない私達は3次元世界そのものをみることはできない。これはt軸を見渡せないって意味だから、過去や未来は見えないってわけ。そしてこのt軸を見渡し、正負どちらにも運動できる存在が4次元存在..........つまりBW。ここまではいい?」 「うん。」 自分自身に向けて確かめるために、今度は声で答える。 「それじゃ本題。2017年をt=17、3ヶ月前の事件をt=34としましょう。BWはt軸を移動して、t=17の地点からt=34の地点に来た―――――そう、移動したはずだった。移動したはずなのに、そこには同じ世界がある。するとBWは、『自分は4次元的に移動できていない』と錯覚する。4次元的に移動できない、なおかつこの世界が視えている存在..........突き詰めてBWは、自身を『3次元存在だ』と錯覚するってわけ。」 「..........」 ホクトは、感心する素振りも見せずに、ただ中空を見つめている。 自分から聞いておいて何の反応も返さない様子を訝しく思いながら、つぐみは呆然と横たわるホクトに声を掛ける。 「..........こんなもんでいいかしら?」 「....................うん..........。ありがと。」 かき混ぜられた混色の絵の具は、少しだけその形を取り戻した。 だが、まだこの視界は完全には晴れ渡らない。 当然のように生まれた疑問を口にする。 「なぜ、ぼくだったんだろう..........」 選ばれた視点が、自分だったこと.......... ホクトが選ばれたことそのものは単なる偶然だったとしても、今の考え方なら視点を借りるなんて現象自体起こらないはずだ。 「....................」 「....................」 一言の拙い問いかけに、押し黙る二人。 夏の湿った空気が、じっとりとのしかかる。 「そこのところは、私にはわからないわ。優なら知ってるんじゃないかしら?彼女の方が、私なんかよりもずっと詳しいわよ。」 そう言ってつぐみは、ひどく緩慢な動きで立ち上がった。 最後に一言何か言って、つぐみの姿は扉の向こうに消えていった。 一人になった部屋の中で、ホクトはゆっくりとため息をつきながら、もう一度その身を深くベッドに沈みこませた。 布団はひどく熱くなっていたが、その熱はホクトの意識を這い登ってくることはなかった。 頭は粘っこく唸り、その身は、まるごと引っこ抜かれたような空虚に満ちていた。 体だけがその場に取り残されて、意識は苦悩の熱砂に飲み込まれていく。 その場にいながら、その場にいないような感覚........... ひどい脱力感に襲われ、ホクトは目を瞑った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 浅い眠りと、深い悩みには、きまって夢というものが憑いて回る。 さっきまで、ずっとつぐみと話していたせいだろうか。 ホクトは、優華のことを思い起こしていた。 実際、優華とつぐみはよく似ていた。 もはや似ていたという言葉では括れないほどの共通点が、二人にはあった。 どこか奥深い黒の輝き――――― 誰も持っていないような、そんな特徴的な雰囲気が、二人には共通にあった。 それにホクトは夢のなかで、同時に空の姿も垣間見ていた。 今は人として具現化した空。 つぐみと空。 なぜだかその二人の間に、奇妙な接点が感じられた。 それが何なのかは、皆目見当がつかない。 手ごたえのない、もやのような思いを抱えながら、ホクトはゆっくりと目を覚ました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 目を覚ましてみると、もう日は暮れ始めていた。 昼の食事はとっていなかったためか、なんだか腹の調子が悪い。 (ご飯のときくらい起こしてくれればいいのに..........) そう思ったが、なんとなく記憶の断片に、起こしてもらったような記憶もある。 昼はいらないと言っていたような気もする.......... (まだまだガキだなぁ..........) 苦笑しながら、ホクトはその身を上げようとはしなかった。 横目で、壁掛けの時計を確認する。 アナログだが、独特の弾けるような音はしない。3本の針は、止まることなく、淀みなく、正円の平面の周をひたすらに走り続けている。 1秒ごとに飛ぶものと比べて、真のアナログと言えるその3本の針は、まさに時の流れを表現している。ディジタルには決してない性質である。 ホクトはそれを凝視する。 わずかになった日の光を頼りに、両目を凝らす。 その時計には、1秒ごとに目盛りが振ってある。 秒針は、一つ、また一つ、目盛りを舐めていく。 何故だか今のホクトには、その動作がとても不思議な、納得のいかないものであるように思えた。 目盛りは、1秒ごとに振ってある。 それを0.5秒ごとにしたらどうだろう?0.2秒ごとにしたら?0・01秒、0.0001秒.......... その思索は際限なく続く。そして、ある考えに辿り着く。 どんなに細かく、どんなに多くの目盛りを振っても、 全ての目盛りは、決して連続しない。 目盛りの間には、必ず距離がある。 連続していない目盛りを、連続的動作をしている秒針がどうして次々と通過できるのか。 連続的動作をしているなら、『隙間』を跳び越すことはできないはずである。 あまりにも奇妙な動作。 しかも、それが時計という至極身近な存在から感じ取れるという事が、尚更奇怪に感じられた。 連続させるには、無限の目盛りが必要になる。 無限個の点の間に距離はない。距離があればそれは連続ではないからだ。 目盛りと目盛りの間の距離はゼロ。 つまり、無限個の点は一致している。 一致しているなら、それは連続とは言えないのでは? (いや..........) 連続、ということは、分け隔てのない単一の存在ということだ。 単一と一致..........そう見れば、奇妙なところはない。 連続と一致とは、背中合わせなのだ。 『1次元とは、点の連続である』 そう、この世界は、連続によって創られている。 連続、ということは、分け隔てのない単一の存在。 『“彼”は、ブリック・ヴィンケルさんは、3次元の世界で生まれた。..........4次元であり3次元でもある。それが“彼”。』 4次元とは、3次元の連続。 無数の3次元の一致.......... (だめだ..........) ホクトの思考は、そこから先に踏み出すことができなかった。 考えれば考えるほど、混乱の深みにはまっていく気がして、ホクトは脳内の一切の映像を断ち切った。 部屋を出よう。いつまでも寝ていても仕方ない。 目を覚ませば、父も母も、妹もいる。何一つ疑問のない世界がそこにはある。 考えるべきことが多すぎて、もう疲れきっていた。休んでいたかった。 ベッドから身を起こすホクト。 部屋に満ちる淀んだ空気を一刻も早く吐き出したくて、ほとんど小走りで扉に向かう。 廊下を流れる風は、何となく涼やかに感じられた。 幾分か軽く感じられる空気の中を、兵隊のように力強く歩いていく。 そんな中、ホクトは予感していた。 いつか、全てを知らなければならないのだと。 眼をそらし続けることは、できないのだと。 『今はわからないかもしれないけど、いつかはわかるときが来るから.......』 ココの言葉が、再び脳裏をよぎる。 なぜココは、すべてを一度に教えてくれないのか?それすらも謎だった。 連続と一致。 IとOが共存する世界。 知ることが、生きることなら.......... ホクトの中で少しずつ芽生え始めた、第3視点への知の欲求。 真実を照らす太陽は、徐々に昇り始めていた――――― (第8話 終) |
あとがき というわけで、『第8話 as“I”as“O”』でした。 前略、ニーソです。 というわけで、あとがき〜 はてさて、少々重い話になってしまいました。 ちなみにタイトルですが、初めは“自分(I)であり他人(Others)である”という意味の日本語だったのですが、あえて変えました。これは単なる心変わりであり、中澤氏が監督される某新作への意識などというものはポインタの先の1ドットほどもありはせず、まして「I/●のネームバリューを利用して、中身はともかくタイトルで興味を惹こう」などという愚劣な動機は微塵もありえないことを、始めにお断りしておく。 .......さて、今話の核である『連続と一致』ですが、この概念がこの先最も重要になります。 実のところ、“I”を1、“O”をゼロと見立てるのが、次元の話の上では一般的です。 全ての実数は二乗すると、より大きくなりますが、1はそのまま。このことから、1は最大の実数。また、平方根は(正なら)より小さくなりますが、1はやはりそのまま。よって、1は最小の実数。 これらのことから、1とは“最大にして最小”の象徴だと言われています。 次に0について。0を何で割っても答えは0です。数式にすると、0=0/X ―@ またすべての数は、無限大で割ると0です。(1を1兆で割ると、およそ0ですよね。ここから来ています) 数式にすると、X/∞=0 ―A。これを変形すると、∞=0/X。@より0=∞。 Aより同時に、X=0・∞。0・∞=0だから、X=0。 まあこんな感じで、ゼロや無限大を用いると数学の論理性が崩壊してしまうのですが、実はこの崩壊した論理こそが、非常に重要な、いわば『新たな論理』なのです。0=∞、X=0、そして“自分であり他人である”というタイトル....... この先の話は少々難解かと思いますが、訳がわからなくなったらここでの話を思い出していただきたく存じます。 長くなりました。それでは! |
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