Ever17ぴぐまりおん
                              ニーソ 



第17話 起動する世界


夏の日の光はあまりにも強く、下手に車内に視線を向けると街中が真っ白に見える。

街は早朝と言える時刻を抜けると急激に加速し、そして午後に差し掛かる曲がり角の入り口である今現在においては人も時間も情報も緩やかに流れていた。

ホクトは、今は黒色のポルシェの後部座席に乗せられていて、さっきまでの大騒動が嘘のように静かに街を流している
前には2人の男がいて、そして左隣には優がいる。ホクトの目は流れ去っていく外界をぼんやりと眺めており、前身の神経はすぐ左の「存在感」に向けられている。

バス通りを外れていることにすら気づいていなかったホクトは、あの警察がホクトを捜していたという事情を聞いてようやく春香菜とココに思い至り、それをわざわざ止めた優を信用しない理由はなかった。

あの後バスはすぐにバス通りに戻り、4人は普通にバス停で降りて、そうしてバスは何事もなかったように走り去っていった。バスに残った2人は少し離れたところですぐにバスを乗り捨てたに違いないが、それにしてもあの目立つ車体では、見つかる可能性は乗っている時間の何倍にも比例して上がっていく。ホクトと優さえ捕まらなければいいと思っているとしたら相当な忠誠心だと言わざるを得ない。「苦麗無威総長OB」の肩書きにホクトは初めて畏怖の念を覚えた。

今は、バス停から大分移動したところ停めていた車に乗って移動している。
先程の珍事の嵐が網膜と鼓膜にこびりついて、普通の街中の静けさは鳴り止まない自分の心臓の音が聞こえてきそうな程で、逆に奇妙で居心地が悪かった。

居心地が悪い理由はもちろんそれだけではない。

「ホクト」

バスから一言も喋らなかった優の突然の言葉に反応が遅れる、

「何?」

振り向いたホクトの、露骨に平静を装った石膏のような表情とは逆に、優の顔は予想外に自然な笑みを浮かべていた。

「変わったね」
「・・・・・・・・そうかな」

優がホクトのことを変わったと言う、その気持ちはよくわかる。だがホクト自身にしてみれば、まだ何も変わっていなかった。
変化というのは本人が一番気づかない、そういう話とはまた無関係にそう認識していた。

この旅のもっと先に、ホクトは何か漠然とした巨大な象徴を見ていた。

「始まり」というのは探し始めたらキリがない。この夏は8月1日の夜に始まった。だが、この夏自体は5月1日にまで遡るところに端を発していた。最後まで探るなら―――――この世界の始まりにまで遡ることになる。

あの日、7日の夜明けと共に何もかも終わったと思っていた。

どこにそんな根拠があっただろうか。
それどころか、不可解なことはあの船上にあまりにも多く残されていた。

物語は終わっていなかった。この世界を巻き込んだ何かが起こっている。8月1日の夜にその事実を見せ付けられ、ホクトはもはや目を背けることが出来なかった。

黒の長髪と黒の瞳――――母の姿と重なる優華という少女。
スコーピオ。
ココの行動。

あの夜の出会いは一体なんだったのか。

なぜ飛び出したのかと言えば、決着を付けなければならないと思ったからだ。

あの日、“彼”に最も近い位置にいた自分の宿命なのだとホクトは思う。

もう一つ、この旅の先にあるもの、それは決着だけではないということにも何となく気づいていた。
もう一つ目指しているものがある。だが何を目指しているのかはっきりとは分からない。それがホクトの喉にずっと引っかかっていた。

変わったね。

優のその一言が、その正体不明な象徴に一番近いように思われた。

「変わってないよ」
「・・・・・・・・・そっか」

互いに問いかけることのない単調で奇妙な会話が一度途切れ、次に口を開いたのはホクトだった。

「どうして助けようと思ったの?」

意味するところの多い卑怯な質問に優はしばらく答えあぐねて、やがて意を決したように顔を前に向けて答え始めた。

「君が何を企んでるのか知らないけど、力になりたいと思ったわけよ。だって君、こんなにはっちゃけたことする事なんて今までなかったでしょ?だから、そんな奇天烈な行動の理由を知りたかったし、君が何か大きな目的を持って動いてるのなら是非応援したいと思ったってこと」

妙に早口で一気に喋ってしまい、息が詰っている優を見ながらホクトは一言だけ返す。

「優」

極めて冷静な一声に対し、何か気恥ずかしいことでもあるのか、優は押し黙ってしまう。
ホクトはそんな彼女の姿に表情を和らげながら、やはり冷静な声で話しかける。

「ありがとう」
「・・・・・・・・・ん」

会話にもならない短いやり取りの後、二人で軽い笑顔を交し合う。
その笑顔のやり取りの中にホクトは、いつの間にか暗雲が立ち込めていた心に穏やかな光が差し込んでくるのを感じていた。
ホクトにとっては、これから目的を達するに当たって自力の限界を感じていたということもある。だがそれ以上に、優と言う存在に対する、泡のように手ごたえのない心の動きがあった。
最も素直な表現をすればそれは、元々の自分に立ち返ったような、ようやく今全ての記憶を取り戻したときのような、そんな不思議で心地よい感覚が胸にわだかまっていた。

改めて周囲を感じてみる。

まるで全てが切り替わったかのようだった。
現実に密着している感覚、とでも言えばいいのか、ホクトには正確な表現が思い浮かばない。
現実が清々しいほど真っ直ぐに感じ取れる。

「マヨも協力してくれてるから・・・・・・・・・とりあえず、何がしたいのか教えてくれない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

浮ついていた心をもう一度締めなおす。

「優、先月の初めに春香菜さんのになったライプリヒの研究所があるだろ?お父さんが働くことになったとこだけど(※第9話真ん中らへん参照)・・・・・・・・・そこに向ってるんだ」

優は変なものでも見つけたかのような目つきでホクトを見ながら、
「・・・・・・・・・どうしてまた、そんなとこに」

(“彼”が、そこに真実があることを知っていたから。“彼”がそこに行くことを求めたから)

そう思ったが、そんな妄想めいたセリフをそのまま口に出す気にはなれなかった。

「知りたいことがあるんだ」
「知りたいこと・・・・・・・・・」

ホクトは無言で頷く。その表情を読み取った優はそれ以上の追及をやめにした。

「とにかく、そこに着けば満足ってワケ?」
「そこに着いて、知りたいことを知ったらね」
「・・・・・・・・・そこに行けば絶対にわかるの?」
「うん。絶対だ」

その正体不明な自信に優は小さくため息を吐く。ホクトが自分以上に行動派になるとは思いもよらなかった。

また車内に静寂が流れる。

だが、それはもはや沈黙ではなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

非常に典型的な人間関係の形として、自分にないものを互いのなかに認めて憧れるというものがある。

武とつぐみの2人はまさしくそれで、今この瞬間においてもその特徴は遺憾なく発揮されている。

武は知らなかったのだが、春香菜は計画を進めるために、守野博士のコネクションを通じて資産家やゼネコン会社と繋がりをもっていた。そのうちのいくらかにはかなり密接な繋がりもある。

春香菜が警察と共に動いていて手が空かない間に、彼女の代わりに武とつぐみが彼らと交信を取っていた。
初めは武が率先して動いていたのだが、知的作業が進むにつれ、まるであらかじめ決まっているかのように、一定のペースで着実につぐみが作業範囲を独占し始め、武は今は専ら春香菜との連絡とつぐみの補助(飲み物を持ってきたりとか)に回っている。

春香菜との電話を終わらせた武が、この暑さのなかにあって汗一つ掻かないつぐみの背中に話しかける。

「ラッキーだった、てよ」
「どういう意味?」
「警察側との連絡は向こうに知られてるとしか思えない。んで、こっちの動きには気づいていない。別作業にしてラッキーだ、と」
「そう」

つぐみは春香菜から借り受けたパソコンを使って作業を進めている。始めは手馴れない様子だったが、驚異的な学習能力で途中から一気に作業の速度を上げ、今はほとんど待ちの状態である。

「それならこっちが頑張らないとね」
「ああ」

会話したところで、むしろ会話する度に、胃の重くなるような曇った空気が互いの内に垂れ込めてくる。

ホクトがいない。
沙羅もいない。

春香菜の話では、現状に沙羅が絡んでいることはまず間違いないらしい。

ホクトを探しているのだろう。だが、ただホクトを見つけたいが為に春香菜に協力している自分達とは違い、沙羅はホクトを助けようとしている。

ココと春香菜は、ホクトを助けることを危険だと言っている。

自分達については、本当にただ単純に、ホクトに会って話を聞きたいだけだった。ホクトが何か危険なところに行こうとしているのなら何としても止めたかった。

会いたい。

その一念だけで、二人は動く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは元々保険的な意味合いしかなかったものだが、今はそれが切り札となった。

今、上空には34台という途方もない数のヘリが巡回している。全てのヘリは「3Dジオグラム」と名づけられた共通のシステムによって管制されており、このシステムに3Dとして書き込まれた周辺地図に従って、それの68パーセント以上を常にカバーし、1.19秒ごとに100パーセントとなるように各々のヘリが協力する形で自動巡回し、最新型の撮影機で撮影を続けている。とりわけ特定の境界線上は常に死角ゼロでの撮影をしている。

あるだけの筋をこねくり回して一晩で用意した、春香菜の力の権化とも言うべきものであった。

だが、ホクトは車移動以外有り得ず、いくら最新型の撮影機とはいえ車内までは撮ることはできない。その意味で警察の鉄道・道路検問が当面の鍵だったのだが、道路以外にも“道”はいくらでもある。だが、その“道”を行くような車は明らかに不審だし、車から降りればそのまま確認できるので、その意味でこの「監視」システムはやはり保険として重要なポジションにあった。

ホクトが乗っていったバスの行方、ホクトがバスを降りた場所、その後のホクトの移動先、全て記録されている。

あとはまた警察に動いてもらうだけだった。

春香菜は武に連絡を入れる。

こちらと警察との連携が盗み見られている現状では、警察を動かすのにも武を介することになる。

それが、春香菜にとって意味もなく嬉しかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

電磁線技術の進歩で、現在の検問は危険物の検出や乗車人数の測定が車内を見ずとも可能である。これにより指名手配犯が車内のどこに隠れていても、人数不一致でバレる事になる。

とはいえ、もちろんこんなものは事前に検問があると分かっていれば全く取るに足らないものである。その上、沙羅によれば警察の動員数も十分でなく周囲巡回など不可能な状況であり、やり過ごし方などいくらでもあった。

ホクトを乗せた車は検問所から500メートルほどのところで脇道にそれ、乗り捨てる予定の場所に向っていた。検問所は徒歩で通過し、その先に待機しているもう一台の車で最後の目的地に向うのが彼らの予定であった。

だがたった今、ホクトの目の前で、その絵と現実の絵との間に大きな差が開いていた。

ホクトの乗る車は今、無数の似通った車の円陣によって完全に包囲されている。

沙羅にはすでに伝えてある。

「マヨ〜、どうしよう・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・』

沈黙は長く、耳を傾ける3人の心にその沈黙の分だけの陰が被さってくる。

通信を切る。

車の陣からは蟻のように人間が這い出てきて、全てがこちらに焦点を合わせている。ホクトの運動能力を警戒しろとでも言われたか、変質者のような動きで慎重に近づいてくる。

「ホクト・・・・・・・・」
「うん。後はよろしく」

ホクトは車外に出た。10人以上の男相手にかなりの抵抗はして見せたが、最後には日に焼けたアスファルトに組み伏せられ、一応は保護という形で陣の一台に乗せられた。

数十秒の格闘ですっかり息の上がった警官と思しき男1人が優の乗る車に近づいてくる。

「すみません、少しお聞きしたいことがあるのですが、署まで来ていただけますか?罪とか犯して逃げてるわけじゃあるまいし、もちろん任意で、ですが」
優は窓から顔を出して、
「すいませんが、今日は行けません。明日でお願いします」
「そうですか、わかりました。こちらからご自宅にお伺いしましょうか?」
「いえ、私の方からそちらに向います」
「わかりました。宜しくお願いします。そちらの方は・・・・・・・・・」
運転席と助手席の2人が振り返った姿勢で、
「僕も明日そちらに行きますんで」
「オレも」

警官と思しき男はその2人にも大体同じ内容の言葉を繰り返して、ゴールした直後のマラソンランナーのような歩きで陣に戻っていった。

陣が解散する。

それを見て、優が運転席と助手席の間に半身を乗り出して言う。

「さあ、早く行こう!」
「イキぅす!」

車は狂ったようにして走り出す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

渦中の少年が連れられてきて、本部となっていた下寺署にようやく静けさが戻ったのは午後の1時40分になってからのことだった。

交代制でまだ昼飯を食っていなかった組は飢餓難民よろしく食い始め、食い終わっている組は日差しに溶け込むように昼寝をし始める。本部の片付け、報告書の提出など、事後処理という名の近い未来をひとまず脇に置いておき、各々で刹那の休息を味わっている。

この街を包囲する検問もこの激暑のなか撤収を始めている。

そんな状況の中で加賀美美央は、既に連中の興味から外れた無愛想な少年と形式的な「お話」を続けていた。
加賀美は「お話」の合間に何度も時計を確認している。現場責任者の西坂によれば、引き取り手はもうそろそろ来る頃だ。1分がやけに長く感じる。

そう思いつつ時計から首を振って視線を外すと、視界に特徴的な色彩が走った。

イエローに近い鮮やかなオレンジの髪を肩よりやや下まで伸ばし、全く不釣合いな程ごついバッグを左肩に提げた女性が、こちらに向って歩いていた。

加賀美は時間的に彼女がそうだと直感し、駅前のハンバーガーショップ顔負けの完璧なスマイルでその女性の方へと歩み寄っていく。

加賀美が目の前1メートルほどの位置で立ち止まると、最初に女性の方から口を開いた。

「ホクト君、いますか?あ、その」
「田中優美清春香菜さんですね?ホクトさんならあちらにいらっしゃいます。ちょっと待っててください。西坂さーん――――・・・・・・・・」

加賀美はそう言って奥へと消えていき、代わって恰幅のいい、いかにもビールが似合いそうな中年男性が現れた。

「いやぁ田中先生、ご無沙汰してます。西坂です」
「あ、はい〜、どうも・・・・・・・」

二人は当たり障りのない、一方で早く終わらせたいという雰囲気に満ち満ちた「お話」を5分ほど続け、最後にはほとんど機械的に必要書類などをまとめて、女性が暑さにやられた下手くそな愛想笑いを浮かべながら少年と共に去っていくのを、西坂は薄気味悪い笑みを浮かべながら見送って、その後でようやく、彼は半日分の大きなため息を吐いた。

一日が終わった。

西坂はそう信じて疑わない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほとんど明かりが点いていない上に日の入りも悪い、まるで廃屋を演出しているかのような薄暗い警察署を出ると、視界に白がぶちまけられ全身に重い熱気がぶつかってきた。

薄いシェードのかかった視界が晴れていくにつれ、右手を握る女性の髪の鮮やかさが静かな空に映えていく。

二人はそのまま夏日の照りつける道を10分ほど歩き、ある場所まで来て二人合わせて立ち止まった。

そこには、ホクトがこれまで見たことのない程の巨大さと質実剛健なデザインを備えた、“怪物”と呼ぶにふさわしいバイクが佇んでいた。それの前では強烈な夏の日差しでさえ単なるスポットライトに過ぎなくなってしまっている。

ホクトが呆然とそれに視界を奪われている隣で、女性は自分の髪を両手で弄り始めた。鮮やかな髪が手の動きに合わせて泡のように沸き立つ。

数秒後、その美しい長髪は女性の両手に絡みついてずるりと抜け落ちた。
そのことにホクトは全く驚かない。

この後も使えるかもしれないから。

そう言って女性は、足元に置いてあった厳ついナイロン製のバックのごついファスナーを開いて抜け落ちた長髪を乱暴に仕舞いこんだ。
女性が顔を上げたとき、抜け落ちた長髪と変わらぬ色のショートヘアが日光に照り映え美しく輝いた。

そしてホクトに向けて輝かしい笑みを浮かべる。胸のすくような笑顔が夏日に映える様は、まるで太陽に愛されているかのようだった。

「さあホクト、行くよ!」
「うん!」

優はバイクにまたがって、ホクトに目配せする。
その合図に応じてホクトはでかいサドルの後ろ端に乗っかる。

ケツから来る振動とスタートを待つエンジンの重低音が気分を高揚させる。
ホクトにとってはバイクで二人乗りなど初めてで、全身に冷たいものが走っていたが、そんなことは全く気に留めず優は一気にスロットルを開く。スロットル操作に対するエンジンの応答があまりにも早く、ホクトは後ろに弾き飛ばされそうになりながら必死の思いですがりつく。もちろん優もかなり手加減した運転だったがそれでもホクトは目を開けられない。腹の底から込み上げる楽しさや嬉しさや恐ろしさが口元を引き攣らせ、五感も思考も活動を放棄する。

自分が開かれていくような絶頂に声を張り上げたくなる。




世界を押し流しながら、二人は夏の空の下を走り去ってゆく―――――









(第17話 終)






あとがき

というわけで、『第17話 起動する世界』でした。
さて、ニーソです。

今回も前回に引き続き、元作『Ever17』の裏設定を遺憾なく使わせてもらってます。
今回で言うと、守野博士だとかゼネコンだとか、その辺がそうです。これは知らない人もいらっしゃると思いますが・・・

はてさて、作者の感想としては、ようやく街抜けたなーって感じです。作者としての修羅場も抜けたというか・・・(汗
次回からはまたのんびり且つちょっと重い展開になりますので〜・・・
この重いとこがいつまでも課題ですね・・・

それでは。



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