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幻視同盟 REI |
6/17 AM8:34 朝のHR開始を告げるチャイムを耳にしながら、ぼくは一人、中庭に向かっていた。 まずは、一つ目の謎から解いていこう。 ―――そう。ぼくの失踪事件。 なぜ、ぼくは学校に来ていながらクラスに顔を出さず、沙羅や優と連絡もとらずに、5:42までの間、誰にも姿を見せなかったのだろう? ―――ライプリヒは、たぶん関係ないと思う。 もし連中が関わっていたとするなら、ぼくは5:42の時点で姿を現す事は無かったはずだ。 佐倉明日香も白だ。 もし彼女がぼくの身柄を拘束するのであれば、つぐみを呼び出した時狂言だとは言わないだろう。 では、なぜぼくは誰にも連絡しないで行方をくらましたのだろうか? まさか、記憶喪失になった、ってわけでもあるまいし。 いくら考えても、憶測の域を出ない。 考えているうちに、中庭に辿り着いた。 ――――そこには。 「お待ちしていました。―――倉成ホクト君」 佐倉明日香が、夏の熱気を僅かにはらんだ風を背に受け、服と髪をたなびかせながら立っていた―――。 とくんと。 胸が高鳴った。 なるほど。お母さんの時にも見たけど、明日香は確かに美人だ。 通り過ぎる人がみんな振り返るほどの魅力と優美さを兼ね揃えている。 ただ、ぼくには――― それが背中をぬらりと撫でる、肌寒く妖しい魅力でもあると感じていた。 「いいえ、お帰りなさい、と言ったほうが適切でしょうか?」 「お帰りなさい……?」 明日香が、ぽんっと何かを放った。 咄嗟に右手でキャッチする。 ファンタだった。 「コークの方がお好みでしたか?」 明日香は自分のミルクティーのタブ蓋を開き、缶をそっと口に運んだ。 明日香がまず先に中庭のベンチに腰を下ろした。 「どうぞ」と、ぼくに横に座るよう促す。 ぼくは明日香の隣に腰掛けてから、ジュースのタブを押し開けた。 「……どこからが明日香達の考えた計画で、どこからが『彼』に頼まれた事なんだ?」 ぼくはまずそう切り出した。 何となくだけど、ぼくは今回のブリックヴィンケル発現計画は、彼女達自ら進めていったものだと考えていた。 しかし同時に明日香はこうも言った。 ―――変化を起こすのはY軸の左、貴方が私にコンタクトを取ったこの世界だけ――― つまり『彼』は、明日香に何らかのコンタクトを取り、歴史を変えるように頼んだのだろう。 その境界線を、ぼくは知りたかった。 「ふふ。もう少し社交的な談話から入ってはいかがです? ―――もっとも、このような質疑応答こそ、今の私達には相応しいのかもしれませんが。……結論から言います。ブリックヴィンケルは、今この瞬間まで私達とコンタクトを取っていません。……そして私が富美の未来視によってデパートの事件を知り、立てた計画は2つだけ。―――爆弾の解除と、ライプリヒ残党の殲滅のみです」 それでは――― お母さんや田中先生の救出は、彼女達の計画には入っていないという事、なのだろうか……? 「けれど、これから先『彼』からのコンタクトが無いとは限りませんけどね」 含むように、明日香は笑った。 「……爆弾を解除するために切断するコードは、赤だ」 ぼくはとりあえず、変えなければならない未来の要点を告げた。 「せっかちな人。……しかし、それこそ富美や拓海が知りたがっていた事。感謝いたします」 「……感謝ついでに、1つ頼んでいいかな?」 「何を、です?」 「5:34までに、家にいるぼくのお母さんを電話で呼び出してほしいんだ。……ぼくを、誘拐した、とかいう口実で」 「…………何故です?」 「富美の視た未来では、死者は何人出てた? ……あ、爆弾が爆発するまでに、だよ?」 「二人です。ジャックされた時に撃たれる青年が一人」 「……桑古木、か」 「ですが、ご安心ください。その方がキュレイのキャリアだという調べはついています。生への執着、その切欠さえ与えれば、おそらく生命活動が停止していようが、蘇生は可能でしょう。―――貴方の父、倉成武さんのように」 「……それも、キミの過去視で視た情報?」 「目くじら立てないでください。視えてしまうものは、仕方がないではないですか。――プライベイトの侵害? それを言うのなら、1つ上の次元の方々は全員覗き魔ですよ? ……今だって、『彼』ではない『誰か』が、大勢覗いてらっしゃるのですから。貴方は彼らに憤りを感じますか?」 ぼくは首を振った。 「もう一人は?」 「小町つぐみ―――いいえ、倉成つぐみさん。あなたのお母様ですよ」 くすりと。 明日香は、小さく笑みを作った。 「―――失礼。あまりにも、あなたの“予感”が、富美の視た未来視と重なるものですから。その予知を回避するために、私が彼女を連れ出せばいいのですね? あなたを、誘拐したという口実で」 「―――うん。ライプリヒに呼び出されるのだけはまずいんだ。……それと、お母さんは田中先生を人質に取られて呼び出されるはずだったんだ。……お母さんを家から連れ出すとすると、田中先生を助けに行く人がいなくなってしまう。……だから、田中先生も助けてほしい」 「―――優美清春香菜さん、ですね? ……安心してください。彼女が連れて行かれる場所は既に突き止めています。彼女は必ず無事救出し、そしてデパートから逃亡するライプリヒ残党のトップも押さえます。追跡するグループも既に編成済み。抜かりはありません」 それを聞いて、ぼくは少しだけ安心した。 あの時視た三台のロールスロイスは、やはり明日香の『スタッフ』だったのだ。 「それじゃあ、大丈夫なんだね……?」 頷いた明日香を見て、ぼくは安堵の息を吐き出した。 これできっと、みんな助かる。 そのためにぼくは、BWの視点を借りて今日―――6/17に起きる出来事を見ていたのだろう。 「案ずることはありません。元々、つぐみさんは私がかねてからお会いしたかった方です。……あなたに―――そしてBWに頼まれなくとも、彼女は呼び出すつもりでしたし。もっとも、あなたやBWに知られないよう極秘裏に、ですが。ばれてしまった今となっては、秘密にしておく必要はありませんね」 「……それは、キュレイのために……?」 一瞬の驚きのあと。 明日香はまたも、不敵に笑った。 「怖い人。あなたは、人と直接関われる分だけ、BWよりも性質の悪い覗き魔なのかも知れませんね」 「覗き魔? それを言うなら、明日香だって、ぼくと同じ三次元の人間じゃないか!」 声を荒げたぼくを前にしても、明日香がその笑みを崩すことはなかった。 「そうやって、何でも知った気になって……! デパートのみんなを助けるためと言って、ぼくや、沙羅やお母さんの過去を利用して……!」 「―――そう。私は利用します。私の目的のために、利用できるものはすべて利用します。あなたや、沙羅さん。つぐみさん。優美清春香菜さんや、涼権さん。そして、BWすらも」 「目的……?」 「そう。目的のため……。そのためにこうして、BWには二度目の6/17に戻って来てもらうのです。もっとも、計画はこれから動き出すのですが。すべてを知っているあなたが私の目の前にいるということは、すべては計画通り成功するのでしょう」 「……そうだ。さっき言っていた、「お帰りなさい」って……」 彼女は最初から知っていたのだろうか? ぼくが、BWの視点を借りて未来の出来事を視てきたという事を。 ぼくが一度、BWとなって、ココ達が助からなかった世界を体験してきた事を。 しかも、もしかするとそれを仕組んだのは―――明日香本人!? LeMUの時のように、彼が田中先生に頼んで発現の計画を立てた時と違って、今度のBW召還はすべて―――計画から何まで、すべて明日香の手によって仕組まれていたものなのか!? 「……知りたいですか?」 ぼくは一瞬明日香の雰囲気に飲まれ、気圧されたけど、何とか頷いた。 やはり、すべての始まりは明日香からだ―――。 ぼくは確信した。 BWが呼び出されるその目的は……デパートのみんなを救うため? お母さんや田中先生、そして桑古木を助けるため……? ――――違う! それすらも、明日香達は予見していた。 田中先生を救出するグループは編成済みだし、お母さんはぼくやBWが頼む以前から呼び出そうと決めていたのだ、彼女は! ―――変化を起こすのはY軸の左、貴方が私にコンタクトを取ったこの世界だけ――― 変化を起こす……? それは違う! なぜなら、BWの発現は、爆弾が爆発してから起こったのではない。 LeMUの時のように、17年経ってから発現したあの時とは根本的に違う! 爆発が起こるもっと以前―――つまり、今この瞬間から、彼は発現させられるのだ! 明日香に何らかのコンタクトを取り、歴史を変えるように頼んだ……? そうじゃない。 そうじゃないんだ―――! これは、歴史を変えるための召還じゃない。 そもそも、その前提が間違っていたのだ! 「『お帰りなさい』の真意。 BWを呼び出す手法と、私達の本当の目的。 それは――――――――」 次々に頭に浮かぶ考えを切り裂くように、明日香の声が静かに響いた。 いつの間にか。 明日香の隣に、人が―――― 「よく戻ってきた。……二度目の6/17に」 一人の少年が、立っていた。 ぼくと同じ背丈。同じ制服。同じ―――何かを共有できる可能性を持つモノ―――。 「ヤツキ……ジュン」 彼を前にした途端。 ぼくと彼との境界が溶けた―――。 ――――ぼくは耶月准になった。 AM9:34 「冷たい」 ぼくはずっと、その場所に座っていた。 「冷たい……」 そして、じっと缶を見つめている。 いつからそうしているのか。 いつまでそうしているのか。 分からない。 ぼくには何も、分からなかった。 缶はぼくの太腿の外側に倒れていた。 こぼれた中身の液体が、じんわりとお尻のほうまで染み渡っている。 缶を落とした瞬間に濡れただろうズボンの表面は半分乾きはじめている。 もうずいぶん長い間こうしていたようだ。 「ここは……」 顔を上げた途端、ぼくは軽い眩暈に襲われた。 「うぅ……」 眩しくて目が眩んだ。 太陽がさんさんと輝いている。 プラスチックの簡易なベンチにぼくは座っている。 見渡すと、コンクリートの大きな建物―――校舎。 どうやらここは、学校か何かの中庭のようだ。 「……学校?」 誰の? ぼくの。 そう、ぼくの通っている高校……だと思う。 「あ、れ……?」 頭が割れるかと思った。 「思い、出せない……?」 そう。 ぼくは、記憶を失っていた。 「……そっか。記憶喪失、かぁ」 不思議とあまり驚きはしなかった。 まるで、こんなことは度々あって身体が慣れてしまっているみたいだ。 「ぼくの名前……」 思い出せない。 ぼくは、何か手掛かりになるような物が無いかとブレザーやズボンのポケットに手をやった。 「……何も無いや」 生徒手帳くらいは入ってるかと思ったのに。 誰かとぶつかった時に落としてしまったんだろうか? 立ち上がる。 「……どうしよう」 校舎に入ってみようか? そうすれば、誰かぼくを知ってる人がいるかもしれない。 けれど、もう授業が始まっている。 自分のクラスが分からないから、手当たり次第授業中のクラスに入って確かめるしかない……。 「……無理だよ、そんなの」 きっとそんな事をしたら、記憶を取り戻した時に困る事になる。 しばらくの間「キワクさん」と呼ばれる事になりかねない。 「……? 何だろ、これ」 立ち上がったベンチに紙切れが転がっていた。 「おっと!」 風が吹いて、さらわれる寸でのところで掴み取る。 「……地図?」 手書きの地図だった。 駅の名前と、そこから家までの詳細な道のりが描かれている。 「知り合いの家かな? 遊びに行くために地図を描いてもらったとか」 ぼくの座っていたベンチに落ちていたものだ。ぼくの持ち物に違いない。 ぼくを探す、唯一の手掛かりだ。 ぼくは、特に深く考えずにその地図の場所に行こうと思った。 AM11:08 「……ここかな?」 地図を頼りに、ぼくは住宅街を進んで、その真新しい一戸建ての家に辿り着いた。 知らない場所―――。 当然だ。 ぼくはこの場所を知らない。 そんな場所を知っているはずがなかった。 「……本当に、知り合いの家なのかなぁ?」 建てられてまだ一年かそこらか。新築同然の佇まいをもって、そこにある。 表札は耶月だった。 「耶月……ひょっとして、ぼくの家……じゃあないよね、やっぱり」 自分の家の地図を自分で持つはずがない。 けれど、その耶月という響きはどこかで聞いたような―――いや、とても慣れ親しんだ、まるで自分の名前のような温かさがあった。 じりじりと日差しが照りつける。 確か今日は6月の17日だ。 一昨日までの雨が嘘のように、まるで梅雨明けしたかのように暑い午後。 立ち尽くしていたぼくは、軽いめまいを覚えた。 「……どうしようか……?」 かぶりを振る。 ぼくは自分の意思でここに来た。 なら、やる事は1つだ。 ぴんぽーん。呼び鈴を鳴らす。 「ごめんくださーい」 しばらく待っても返事は無かった。 ぴんぽーん。もう一度鳴らす。 「誰か、いませんかぁー?」 返事は無かった。 「誰も、いないのかぁ」 今度は、虚空に問う。 ―――どこか遠くから。 誰も、いないのかぁ―――― やまびこのように、声が返ってきた気がした。 PM2:42 手元にあったお金で昼を軽く食べてから、ぼくはもう一度学校に戻る事にした。 「あ、電話……」 そんな時ポケットから携帯の着信音が響いた。 そうだ、携帯だよ。 何で今まで気付かなかったんだろう? アドレスに載ってるのは、ぼくの知り合いの名前ばかりじゃないか! 携帯の液晶画面には、着信―沙羅。 沙羅……聞き覚えがある。 それは―――― 『もしもし! お兄ちゃん!?』 切羽詰ったような女の子の声。 ぼくの記憶の底に、確かにその声はあった。 「―――沙羅」 『ああ、もう! 心配したじゃない! 今ど――――』 ピッピーッ! 「嘘……電池切れだ……」 電源が自動で落ちる。 どうしてこうも変なタイミングで切れるんだろう。 後30秒もってくれよ……! 携帯を地面に投げつけようとしてとどまった。 ――――え? 携帯……!? それはおかしい! だって、ぼくが持っていたものは、PDAじゃなかったか!? 「だったら、鏡……!」 そうだ。 ぼくは確か、ポケットに鏡を持っていたはずだ。 ズボンのポケットをまさぐる。 しかし、財布とハンカチしか出てこなかった。 「……それに、沙羅……そう、沙羅だよっ! 沙羅は、ぼくの妹じゃないか……!」 ―――あれ? 何かがおかしい。 沙羅は、ボクの妹じゃない。 倉成沙羅は、倉成ホクトの妹だ。 「ぼくは……いや、俺は、耶月―――そうだ、耶月<ruby>准<rt>じゅん</rt></ruby>……」 脳裏に浮かぶ、いくつもの顔。 いつも不機嫌そうな佐倉明日香。 気が弱くて引っ込み思案で、何かあるとすぐに俯いてしまう遠野富美。 お調子者で、けどどこか悟りを開いた感のある親友、遠野拓海。 俺は、耶月准。 BWを発現させる計画を実行して、一時はBWに身体を貸し与えていたのだ。 けど、それ以外の事は思い出せない。 すっぽりと、記憶が抜け落ちていた。 「……違う。ぼくは、倉成ホクトだ」 脳裏に浮かぶ、いくつもの顔。 優。沙羅。お父さんに、お母さん。田中先生、桑古木、空……ココ。 ぼくはみんなを知っている。 誰と、どんな関係なのか。 どこで出会ったとか、今の暮らしとか。 ……けど。 ぼく達が出会う以前―――LeMUの事故以前の事は思い出せない。 すっぽりと、記憶が抜け落ちていた。 「……ボクは、誰?」 鏡を見よう。 そうすれば、全てが分かる。 ぼくは、近くの公園に向かって公衆便所に駆け込んだ。 薄汚れた鏡を覗き込む。 ――――ぼくは、ホクトだった。 PM3:51 記憶が混濁している。 ぼくは確かにホクトだった。 けど、なぜ耶月准という少年の記憶が、ぼくの記憶に混じっているのだろう? 考えられる理由は、ひとつだ。 ―――今のぼくに、彼が降りている、という事。 けど、そんな気配は感じられない。 ぼくの胸の奥に、彼の存在は無かった。 では、なぜぼくはホクトなのに、耶月准の記憶を持っているんだ? ―――分からない。 ただひとつ、分かる事といえば。 遠野富美、そして拓海。そして、佐倉明日香の目的は――― 「BWを、発現させることだ」 明日香の目的はデパートのみんなを救う事じゃない。 みんなを救うだけなら、明日香達の力だけでもできたはずだ。 「……それでも、あの爆弾の最後のコードだけは……彼じゃなきゃ無理だ」 ―――本当に? 例えば、遠野富美は未来視を持っている。 彼女が爆弾を視れば、もしかしたらどのコードを切れば爆発するか視えるかもしれない。 例えば、佐倉明日香は過去視を持っている。 彼女が爆弾を視れば、造られた時―――過去の光景を視て、本物のコードが分かるかもしれない。 それらを試す前に、いきなり彼に頼る……それもあるかもしれない。 けど、明日香の性格からして、何もせずに人に頼むたんて事はしそうにない。 むしろ、「あなた達は何もしないで結構です」とか言いながら、自分ひとりで何でもこなしてしまいそうな人だ。 人に頼むなんて彼女のプライドが許さないとぼくの中にいる耶月准が教えてくれる。 だから、それは在り得ないのだ。 「……会いに行かなきゃ……。彼に」 ブリックヴィンケルに。 「問いたださなきゃ……。彼女に」 佐倉明日香に。 佐倉明日香の居場所は―――つぐみを呼び出したあの上水処理場だ。 そして、彼が現れる場所は、夕日に照らし出された、あの住宅街。 視てきたから。 耶月准の体験も、ブリックヴィンケルが視てきた出来事も。 全てを、ぼくは彼らと一緒に体験してきたのだから。 今のぼくは、ボクであり、同時に俺でもある。 倉成ホクトであって、耶月准であり、BWだ。 ――――そうだ。 今なら分かる。 ぼくと耶月准。そしてBWは今、三次元を構成している1つの点に重なっているのだ。 「まずは、耶月准とBWだ……。あの場所に、確かにぼくはいた……!」 ぼくは、邂逅の場所へと向かった。 PM5:42 「あ――――」 そして彼は、ぼくの目の前に現れた。 「――――――」 凝視してくる。 ぼくの容姿を。 「――――え?」 癖のある黒髪の少年――耶月准が声をあげた。 「そん――――な……」 顔色がすぐれない。それどころか、どんどん蒼白していく。 「あ……あぁ……っ」 かつての『ボク』。今の『ぼく』。 「どうかしたんですか?」 ぼくは、頭の片隅にあったその言葉を唱えた。 「嘘だっ!」 途端。 「え……!?」 彼は理性を失ったかのように声を荒げて、ぼくの胸倉を掴みあげた。 「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だっ!!」 く、苦しい……! 分かってはいたけど……ぼくはその苦しさに思わず顔を歪めた。 「何でぼくが、ボクの前にいるんだっ!!」 ボクがぼくの前にいる―――そんなの、不自然でも何でもない。 キミはBW。そして耶月准だ。 ……もう、知ってるはずだろ? そのためにぼく達は、ああしてつぐみや、沙羅や、ココ達を視て来たんじゃないかっ! 「痛……! や、やめ……ろぉっ!」 「うわっ」 振りほどく。 ぼくは肩で息を整える。それ以上に息を荒げている青年は尻餅をついてぼくを見上げる。 「お兄ちゃんっ!」 聞き覚えのある声。 「―――沙羅」 そう、沙羅だ。 このタイミングで沙羅が飛び出して、ぼくに駆け寄る。 「お兄ちゃん、大丈夫!?」 沙羅がぼくに駆け寄ってその手を取った。 「……え?」 彼はぽつんと、世界にひとり取り残される。 いいや、ぽつんと取り残されたのは、向こうにいるボクだけだ。 ボクは、その時錯覚していた。 自分がホクトだと錯覚して、信じ込んでいて、沙羅に否定されたことによって驚愕していた。 そして、きっと次の台詞が、彼の足場を崩す引き金になってしまったのだろう。 「センパイっ!」 奇しくも。 それは、BWを発現させる計画を立てた彼らの中の一人から発せられたものだった。 彼ははっとなる。 「平気ですか? ――――耶月センパイ」 耶月先輩。 それが、彼の名前。 そして彼は放心したまま―――ゆっくりとブレザーのポケットに手を入れて。 折り畳み式の小さな鏡を取り出した。 「――――――あぁ……」 一言、呻いて。 ――――PM5:59 ボクらは、世界を観測する視点の1つになった。 ―――ブリックヴィンケルさんっ! 誰かの叫び声が聞こえた。 「―――――お願いします! ブリックヴィンケルさん!!!」 遠野富美の懇願。 そうだ。 そうだよ、BW。 ぼく達のするべき事を忘れたの? そこで、視てるんでしょ? ……ぼくはここにいる。 そして、ボクもここにいる―――。 ぼく達の点と、君の点はまだ重なったままだ。 だから……君が全てを認めれば、自分に嘘さえつかなければ、いつでも降りて来られるはずだ。 ―――あの時のような錯覚なんていらない。 同じ状況を作り出して錯覚させる必要なんて、最初から無かったんだ! だって、 だって彼―――耶月准の眼は……! 「―――他人の視点への同調。俺という点の位置を、自在に移動する事ができる」 彼が立ち上がる。 彼が立ち去り、彼は本当の耶月准へと戻ったのだ。 「今、俺という点からお前という点を解き放った。 俺がホクトと同調した瞬間、お前は俺になると同時にホクトになっていたんだ。 さあ、思い出せ。今朝の出来事を。 さあ。降りて来い――――BW」 そして、その瞬間。 「―――――あぁ」 風が、凪いだ。 ぼくはBWに―――― ――――――――――ボクはホクトになった。 |
あとがき どうも、REIです。ご無沙汰しておりましたー。 この幻視同盟を書いていたのが去年の四月のことで、 今までずっと、更新はおろかこのサイトにも顔を出さず、ご迷惑をおかけしました。 残るは5,6話とエピローグのみなので、もうしばらくお付き合いくださいませー。 さて。 第四話にてBW覚醒。 物語はいよいよ核心へと向かっていきます。 ホクト君は何かに気付いているようですが、果たしてBWはどこまで掴めていることやら……? 次回はいよいよBW召還のトリックが判明……??? そして彼はデパートへ。 しかし、みんなを助けたその瞬間、『彼ら』の計画は最終段階へ……! 第五話、序章終焉。 お楽しみにっ! |
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