PM6:17 残光に染まる住宅街。 ボクはそんな赤の世界の中心で、彼と対峙していた。 耶月准。 おそらく、この計画の要である存在。 ぼくをこの世界に呼び出した、直接的な原因を生んだ張本人。 富美は、ボクが発現したのを確認すると、真っ先に准の元に駆け寄っていた。 片手でそんな富美を制する。 彼は、ボクをじっと見据えていた。 「―――ブリック、ヴィンケル……?」 沙羅が、ボクの手を取りながら怪訝そうにと問う。 ボクは間髪いれず頷いた。 「お兄ちゃん……じゃ、ないんだよね」 困惑気味の沙羅が、そっとボクの手を離した。 「あ……」 ボクは思わず声を―――― ――――――――ぼくは思わず声を上げた。 「お兄ちゃん?」 「……沙羅、ごめん。今は彼にやってもらわなきゃならない事があるんだ」 沙羅はぼくの声に小さく頷くと微笑んでくれた。 ぼくは頷いてから―――― ――――――――ホクトは頷いてから視点をボクに戻した。 沙羅にしてみれば、今のボクはホクトであってホクトでない。その心境は複雑なはずだ。 早くすべてを解決して、安心させてあげたい。 ボクは、再び彼と向き合った。 |
幻視同盟 REI |
「―――ようするに、みんなを助けて来いって事だ」 准は開口一番、准はそんな要点だけを口にした。 「うん。それは分かってる。けど、知りたい事もまだたくさんあるんだ」 「それは……どうやってBW、お前が発現したか、という事だろ?」 頷く。 准は、富美に流し目を送った。 「……え?」 「説明すんのがメンドイ。富美、頼むわ」 「あ、はい……えっと……」 突然の事にしどろもどろになりながらも、富美は拙く喋り出した。 「私が視た未来が始まりだったんです」 「……デパートの事件、だね?」 「あ、はい。……耶月先輩とお兄ちゃんと私は、佐倉さんと一緒に、この街で起きる事件を未然に防ぐために、その、色々活動してるんです」 「君たちの未来視や過去視を使って?」 「はい。その、SAKURAグループっていうのがありまして、表向きはただの大手重工業企業なんですけど、実は、ライプリヒとかのアクドイ企業や犯罪組織を取り締まる……」 「―――富美。佐倉に叱られるぞ」 低い声で、准が口を挟んだ。 「あ、はい……っ! その、まあ色々と事情がありまして、私たちはそんな活動をしてるんです。佐倉さんを中心にして……。それで、今回の事件が起きると知って、でも、私たちで解決するには時間が足りなさすぎて……。それで昨日、私たちはあなたを発現させる計画を実行したんです」 それが全ての始まり。 SAKURAグループは治安維持活動を行っている……。 ライプリヒとか、そんな連中相手に。 それなら、あのつぐみの時に視た、一企業には行き過ぎた武装も頷けるかもしれない。 いいや。明日香の話を統合する限り、それはSAKURAグループを後ろ盾にした、佐倉明日香自身の施設組織かもしれない。 「それで、その計画っていうのは……?」 「はい。佐倉さんに言われただけですから、その、よく分からないんですけど……。BWさんが発現するには、錯覚が必要らしいんです。過去と、現在の。けど、発案が昨日で実行が今日。そんな限られた時間で過去の出来事をそっくりそのまま再現するという事は、無理だったんです」 「……じゃあ、なぜボクは発現を?」 「その、耶月先輩の眼というのが、実は、他の人の視点と同調して、その人が見ているものを一緒に見て、体感できるというものなんです。……あなたみたいですよね、BWさん?」 ―――それは。 三次元に住む者が、同じ三次元に住む者の視点を借りるという事。 そんな事が可能なのだろうか……? いや、しかし現に、それは実現している。 カラクリは分からない。けど、耶月准の視点は、まさにその『同調』なのだ。 「そこで耶月さんは、ホクトさんと同調して、ホクトさんのとった行動をそっくりそのまま再現したんです。ホクトさんが今日学校を出たのが9:34。耶月先輩は、それから3時間後の0:34分。3時間の差を置いて、先輩はホクトさんと同調、ホクトさんの視点を、そっくりそのまま再現しようとしたんです。そこに、BWさんは錯覚して、耶月先輩をホクトさんと勘違いして発現した、というわけです」 「それは―――――」 何となく、腑に落ちない。 本当に、それがボクの『錯覚』だったのだろうか? 確かに、准をホクトと間違えたのは認める。 16日のうちに、准が、ホクトと廊下でぶつかった時にくすねていた生徒手帳を持っていたのも効果的だった。 けどそれでは、ボクが降りてきた直接の錯覚には成り得ないんじゃないだろうか? 「……富美は、どうして沙羅と一緒に?」 「えっと、佐倉さんが、沙羅さんを連れてあなたの前に行けって、そう言いました。だから……」 成る程。それでボクは錯覚に気付く、はずだった。 沙羅が誰を「お兄ちゃん」と呼ぶか。 富美が誰を「耶月先輩」と呼ぶか。 「自分がホクトさんだと信じ込んでいたBWさんは、本当のホクトさんと、私たちを見て気付いたんです。自分はホクトではない。BWなんだ……って」 「―――――」 それは。 とんでもない矛盾を抱えた話だ。 ボクはいつ頃から自分がBWだと気付いていただろうか? それを考えると、富美の話はまるで―――― 「BW」 准が、厳かにボクを呼んだ。 「そろそろ、行かなくていいのか?」 「え……?」 携帯の時計を見る。が、電池が切れていた。 「はい、おに―――じゃなくて、ブリックヴィンケルさん……?」 沙羅が差し出したPDAを覗き込むと、 PM6:42 「あ……っ!」 「まあ、時間を自由に超えられるお前にとって、あんまし問題じゃないかもしれないが。話は、全てが終わってからでもいいんじゃないか?」 ボクは、デパートの地下食品売り場に飛んだ。 PM6:59 「……さて、何もしなくても7時には爆発。俺が間違えれば今すぐにでも爆発。……俺は、青を切るぜ」 「もし当たりだったら大団円。外れたら、その時は――――その時は、お前の出番だ。――――BW」 ニッパーを、青いコードにあてがう。 右手に、力を込めて。 「ダメだっ! 切るのは赤だっ!」 「――――はんっ。俺ってばやっぱ、運ねぇわな〜」 遠野拓海は、赤のコードを―――断ち切った。 ――――瞬間。 優美清秋香菜のいる六階が。 空と桑古木のいる医務室前が。 そして、制御室前が。 デパートのすべての階層が、激しい光に包まれた―――。 PM7:17 『18:51、SAT突入。19:00スタングレネード使用後速やかに各フロア制圧。19:07、ライプリヒ残党の確保及び人質の保護、完了。同時刻、スタッフ医療班、ライプリヒ脱出ルートからデパート内に潜入。桑古木涼権を収容。及び、LM-RSDS-4913A回収。ただし、制御室に八神ココの姿は認められず。天井のダクトから脱出した模様。消息は不明。これより医療班は発見される前に速やかに帰還する。以上』 『こちら追跡班。ライプリヒ第02執行部部長千田隼人捕獲。拉致された田中優美清春香菜を保護。銃撃戦のため、スタッフ一名が負傷。医療班の出動を要請する』 『了解。待機中の医療班を直ちに向かわせる。その場で待機せよ』 『了解』 デパートの前は大騒ぎになっていた。 警察の特殊部隊が、デパートで人質になっている人から内部の情報を得て、人質の安全が確保できたとして突入を開始したのだ。 警察は僅かに残っていたライプリヒの残党を残らず確保した。 その混乱に乗じて、明日香のスタッフもデパートに潜入。 警察の手に渡る前に、桑古木達を運び出した。 ――――爆弾は無事解体された。 遠野拓海の手によって。 しかし、拓海は警察が地下食料品売り場に辿り着いた時には姿を消していた。 この事件は、後にライプリヒとは何ら関係のない、売上金と身代金を目的としたジャック事件として片付けられた。 そこにキュレイやSAKURAグループ、爆弾を解体した拓海の名が出ることはなく、警察の迅速な対応によって解決に至ったと報道された。 僅かに残ったライプリヒ製薬関係者と、SAKURAグループによる揉み消しのためだ。 ―――警察に送り届けられた桑古木が撃たれた画像ファイルはいつの間にか警察の手から消えていて、デパートの壁に銃痕は残っているものの、人が撃たれた跡のような血痕も見つからなかった。死体も見つからず、人質の中にもそれらしき人物は見当たらなかったため、単なる脅しのファイルだったのではないかと結論付けられた。 ―――すべて、スタッフの手による根回しや証拠隠滅の賜物だった。 優美清秋香菜は、警察に保護された時に優美清春香菜や桑古木達の身を案じ続けたが、人質として一緒にフロアにいたスタッフに、全員無事保護された旨を伝えられてほっと胸を撫で下ろした。 桑古木と空はSAKURAグループのスタッフに運ばれて応急処置を受けた。 早いうちに空が大部分の処置を終えていたため、桑古木は一命を取り留めた。 桑古木を診た医者の話によると、もう少し無理をしていれば危なかったとの話だ。 付き添った空も、特に異常は見られない。 優美清春香菜も無事保護されて、これから医療スタッフとともに桑古木のところに向うようだった。 ボクは、ココの行方が気掛かりだったけど、すべては終わった。 ボクの役割は、これで果たされたのだ。 ――――終わったんだ……。 ボクは安堵の息を吐いた。 「終わった……?」 そうだよホクト。 みんな、助かったんだ……! このために、ボクは呼び出されたんだ。 だから――― 「違うよっ! それは違うっ!」 ――――え? ホクトの声が、ボクの思考を止めた。 「ブリックヴィンケル……。違うんだ……。だって、みんなを助けるだけなら、明日香達だけでできたはずなんだ……! みんなを助けるために君が呼び出される意味は、無かったんだよ、最初からっ!」 ボクは、みんなを助けるために呼ばれたのではない……? なら、なぜボクは――― 「それじゃあ……ボクは、何のために――――」 その瞬間。 「ご苦労だったな。ブリックヴィンケル」 耶月准の声がして。 「これからが、本当の始まりだ―――――――」 ボクの意識は、途端に闇に飲まれた。 PM7:34 「大丈夫っ!? ねえ、しっかりしてっ!」 ボクを呼ぶ声がする……。 必死に、ボクの肩を揺すっている。 「しっかりして! お願い……目を、覚ましてっ!」 悲痛な叫びだった。 嗚咽の混じった、悲痛な、女の子の呼び声だった。 ボクはそれに答えるように身体全身に力を入れる。 身体は、神経と肉体が滅茶苦茶に繋がれてしまったようにうまく動かない。 腕を動かそうとすれば足が動き、首を動かそうとすれば腹筋が曲がる。 まるで、壊れたラジコンだった。 ボクはぼくじゃない。 ボクは―――まだボクのままだった。 そんなボクに必死に呼びかける女の子―――。 その手のひらの温もり―――。 「――――さ、ら……」 ボクはゆっくりと目を開いて、その女の子の名前を呼んだ。 「え……? せん、ぱい―――?」 女の子は―――――――――遠野富美だった。 「―――――――え?」 ボクは慌てて飛び起きた。 「ど、どうして……」 ボクの顔を心配そうに覗き込むのは、間違いなく富美だった。 おして、少し離れた場所からそんなボクを見ている沙羅と―――そして、 「どうして……ホクト、え? ボクは、ホクト……? 君も、ホクト……」 ボクを見ているホクトの姿に、ボクはパニックに陥った。 ―――違う。 ボクはホクトじゃない。 「ボクは……。ボク、は……」 どうしてこんな事になってしまったんだろう……。 「ブリックヴィンケル……」 ホクトが、居た堪らない顔でボクを見ている。 「どうして、ボク、は……」 「何で、先輩が……」 富美が、ボクに続くように驚愕に打ち震えた声を上げた。 「ボクは、耶月准なんだ……」 ホクトに発現して、みんなを助けて戻ってみると。 ボクは、准になっていた。 |
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