「悪かったな、BW。……こんな事しちまって」
 准が、ボクを見上げながら謝罪した。
 明日香も、さっきよりは落ち着いたのか、腫れぼったい目をしながらもボクに視線を向けてくる。
 そんな明日香を視た瞬間、彼女はふいと顔を逸らしてしまった。
「やれやれ。素直じゃないやつだ」
 おどけるような仕草で、准は明日香の頬を突付いた。
「―――やめなさいっ。怒りますよ!?」
 頬を膨らませて抗議する明日香。
 その仕草が見ている側としては妙に微笑ましく、そして新鮮だった。
 ボクや拓海。それに、ホクト達もみんな笑い出した。
「笑わないでくださいっ!」
 今度こそ本当に拗ねたのか、明日香はあさっての方向を向いたままつんとなってしまった。
「……それから、ホクトに沙羅。二人には、俺と明日香の馬鹿な計画に巻き込んじまって、本当にすまないと思ってる。特にホクト。視点を同調する時、俺は一時的にだけどお前になる……お前の全てを知っちまった。好きな奴の名前とか、ケツにある青痣とか」
「って、そんな事は知っても言わないでよっ!」
「え!? お兄ちゃんってば、そんな所に痣があるのでござるかぁ〜? どぉ〜れどれ、ここは一つ、拙者が確認を……」
「沙羅も、悪乗りしないでよっ! まったく」
「にゃははははっ! ホクたん、照れてるぅ〜! やべーよ、やべーよ! みなさんお尻の秘密をお知りになられたよーで」
「え? お尻、知る??」
「にゃははははははっ!」
「……まー、その、何だ。プライベート勝手に全部覗いちまって、本当にすまないと思ってる。だから―――」
「いいよ、そんなに頭を下げなくっても。ぼくだって、同罪みたいなものだし」
「おっ。言うねぇ。特に被害を被ったのが富美だな」
「私、ですかぁ?」
「ああ。BWの奴が、大声で暴露してただろ? 富美が、俺の事好きだ〜って」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」
「むむっ! それは拙者と富美殿との密談だったはず……! ぬぬぬっ! BW殿、拙者の上を行く忍びでござったかあ〜!」
「ちなみに、それはホクトも聞いてるはずなんだけどな」
「……参っちゃうよ」
 ホクトは苦笑いを浮かべながら沙羅と富美の冷たい視線を受け流した。
「ココも知ってるよ〜?」
「ココちゃんはいいでござるよ。同じ、女子同士でござるからなぁ」
「だんしきんせーの、ひみつのはなぞの、だねー♪」
「そーゆーことっ」
「そうだ、准。一つお願いがあるんだけど……」
 女の子同士ですっかりはしゃぎ始めたのにもう一度苦笑いを浮かべて、ホクトは准に向き直った。
「あ? 何だ?」
「ぼくを、幻視同盟に入れてくれないかな」
「幻視同盟に?」
 准は明日香に目をやった。
「……幻視同盟は解散するつもりです。もう、犯罪組織と渡り合うのも疲れました。……復讐を警戒する程度のスタッフを残し、彼らも解散させるつもりです」
「それじゃあ、もう俺も用無しって事か!?」
 素っ頓狂な声を上げる拓海に、明日香は慌てて言葉を続けた。
「その、幻視同盟は解散ですが、あの、できるのなら……今後も、私や准と……その、こんな事を勝手にしておきながら自分勝手なのは十分承知していますが、それでも、あれです。いないと物足りないというか、寂しいというか……って、ともかくですっ! 幻視同盟の活動が終わるだけで、私達の仲は、できるなら今まで通りというか、何と言いましょうか……」
 しどろもどろになりながら、最後のほうは呟くような音量で喋る明日香を前にして、面々は再び笑い出した。そして、また機嫌を損ねてそっぽを向く明日香。
「まー、みょうちくりんな組織と無理して戦う必要は無いかもしれねぇな。……だったら、こういうのはどうだ? 学校のほうで、幻視同盟ってサークルを立ち上げるんだ」
「サークル……?」
 拓海の発案に、同盟の三人は声を揃えた。
「ああ。学校内での事件、問題、怪奇。何でも解決しますって奴」
「それは……いい案かもしれないね、お兄ちゃん。佐倉さんや耶月先輩がいれば、どんな事件だってあっという間に解決しちゃうと思いますっ」
「……だ、そうだ。もし入る気があるなら、そのうち同好会立ち上げるから、入部届け持って来てくれ。了解?」
「うん。分かった。必ず行くよ」
「いーなぁ〜。……ねぇねぇお兄ちゃんっ。私も一緒にいいかな?」
「沙羅も?」
「うん。拙者も、これでいて幻視の使い手でござるからな」
「例の、赤外線視力ですか……。まあ、構いません。気が向いたらどうぞ」
「おおっ!? 佐倉がもうやる気になってる! こいつは、部長は決まったも同然だな」
「当たり前です。私がまとめ上げずして、誰が部をまとめるのですか?」
「やれやれ。ま、そういう事ですわ。宜しくな、ホクト。沙羅」
「うん。こちらこそ」
「富美ちゃん、これからはお昼とかも一緒にたべよっか?」
「あ、は、はい……。宜しくお願いします……っ」
「いいなぁ〜、いいなぁ〜。ココもなっきゅに頼んで、ホクたん達の学校に進学しちゃおっかなぁ〜」
「田中先生なら本気でやるかも……」
「となると、もっと賑やかになるでござるなぁ。ニンニン♪」
「だったらさあ、今度、      、       ?」
「  !        っ!」
「   〜〜〜〜っ♪        〜♪」
 次第に、彼らの声が遠くなる。
 帰還の時が、訪れたのだ。
「  ?    、    ?」
「 〜〜〜 、  〜〜〜っ!」
 姿が、遠くなる。
 声が、消えていく。

 ボクは、まだろくにココと話していないのに……。
 せっかく、また逢えた。
 こうしてめぐり逢う事ができた。
 それなのに。それ―――なのに……。

「おぉ〜〜〜い、お兄ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
 ココの、明るい声が聞こえた。
「また、逢おうねぇ〜〜〜っ! 約束、だよ〜〜〜〜っ!」
 ――――――ああ。
 ボクは、そのココの声で、救われた気がした。
 ボクはまだまだ、彼らを見続ける。
 彼らを、見守り続ける。
 これから、ずっとだ。


 ボクはそうして、元の世界に――――還るべき場所に、辿り着こうとしていた。

 ―――――――――その前に、やり残したことがある気がした。

(―――――――そうだ。つぐみだ)

 ロケットランチャーで吹き飛ばされたつぐみ。
 咄嗟に川に逃げ込んだとはいえ、重傷のはずだ。
(早く、見つけてあげないと―――っ!)
 ボクは、つぐみの倒れている場所に飛んだ。

幻視同盟
                              REI



エピローグ 視点帰還




 全身が、倦怠感に包まれていた。
 ―――倦怠感?
 動けないのは、決してそんなもののためじゃない。
 体に纏わりつくのは紛れもない、死の気配だった。
 ……私も、ここまでのようね……。
 突然、息子を預かったとかいう電話がかかってきて。
 まんまと誘き出された私は、そのまま怪しげな連中とやりあって。
 挙句、それは狂言で。ロケットランチャーなんて、この国にあるはずのないもので撃たれて。
 それで、死んでしまうなんて――――。
 意識が、闇に飲まれていく。
 それは、まるで小さな小魚が巨大なパン屑を食べていく様に似ている。
 私はパン屑で。
 群らがる小さな魚達に、全身をゆっくりとむしられ、食べられていくのだ。
 ふと。
 全身が安らぎに包まれた。
 ―――ああ。私、死んじゃったのか。
 ……ごめんね。沙羅、ホクト……。
 ゴメンなさい――――武。
 安らぎは、そっと私の額を撫でていく。
 少し、こそばゆい。
 こそばゆい……? 私はもう、死んでいるのに?
 私は思わず目を見開いた。

「つぐみ。気が付いたか?」
 そこには、彼が――――
「たけ……し?」
「ああ。俺だ。もう大丈夫だ。つぐみ」
 武が、いつものように朗らかな笑みを浮かべながら私の額を撫でていた。
「どうして武がここ―――にっ!」
「ああ、無理して起きあがんなって。……治りかけてるっても、重傷に変わりないんだからな」
 私は、武に膝枕をされていた。
 全身を包んでいた安らぎが遠のき、代わりに死神の鎌が迫ってくるような錯覚に襲われて、私はゆっくりと頭を落とした。
 そのあまりの心地よさに、思わず目を閉じる。
「ここは……どこなの?」
「ああ。俺の仕事場の近くを流れる川の橋だ。……正確には、橋の下、だけどな」
「……そう」
 大きく息を吸って、吐き出す。
 その間も、武の手のひらは、私の前髪をすくっては流したり、頬に手を添えて撫でてみたりと好き勝手していた。
「ちょっ、くすぐったい、武……っ。……もうっ」
「はははっ」
 そんな武の様子に、私は怒る気も失せて全てをゆだねた。
「……武。何も聞かないのね……」
「何がだ?」
「……私が、どうしてこんな大怪我をしているかって事」
「ああ、それな。つぐみが、心配するなって言ったからな。それに、今は何も聞かないで、なんて言うし。だから聞かない。つぐみが話してくれるのを待つ事にした」
「私、そんな事言った?」
「ああ、言ったとも。病院連れてこうとしたら、しばらくじっとしてれば治るからとか駄々捏ねるし、『たけしぃ、膝枕お願い〜』なんて猫撫で声でおねだりしてきたり。大変だったんだぞ?」
「……半分嘘でしょう」
「いいや。残念ながら全部ホントの事だ。まあ、つぐみは病院が嫌いだし、つぐみのオネダリなんて、滅多に拝めるもんじゃないしなぁ〜」
「……はぁ。まったく身に覚えがないんだけど……」
 それでも、私なら気がしっかりしていた時でも病院は避けたいところだし、それに……こんな時くらい、武に甘えたくもなるし……。
「つぐみ。ほっぺた赤いぞ?」
「……馬鹿」
 私は、身体にかけられていた布を手繰り寄せて、それで顔を隠した。
「……え?」
 それは武の上着だった。
「武、風邪引いちゃうじゃない……」
「んん? それは誰に言ってるんだ? ひょっとして、この一世一代大馬鹿代表、倉成武様に物申してるのか?」
「馬鹿。馬鹿は風邪引かないなんて、あんなの迷信なんだから」
「まあ、風邪引いたら引いたで、つぐみに看病してもらえばいいわけだしな」
「……馬鹿」
 私は、今度こそ武の上着で顔を覆い隠した。
 膝枕をされている時に泣き顔を見せるなんて、したくはなかった。
 私は溺れていた。
 この、幸せな生活に。
 だから、ホクトが誘拐されたと知った時、自分の愚かさを何よりも先に呪った。
 私に安息の地はないのだと、悟ってしまいそうになった。
 それが今では、形容しがたい安らぎの中にいる。
 私は今、幸せ?
 ……うん。私は今、幸せ。
 私は、幸せになってもいいの?
 私は、安らぎの中に身を委ねてもいいの……?
 かつての私は答えてくれない。
 けど、目の前にいる人生の伴侶はきっと、笑いながら答えてくれるだろう。
 ああ。いいんだ、つぐみ。
 お前は幸せになってもいいんだ。安らいでもいいんだ―――と。
 私の意識は、ゆっくりと溶けていった。
 淡黄色の、心休まる眠りの中に――――。

「さんきゅな。BW」

 武の声が、最後に聞こえた―――。

         †

「さんきゅな。BW」
 つぐみが小さな寝息を立て始めた頃武は言った。
 その視線は、つぐみの寝顔に注がれていて決してボクを見ていない。
 それでも武には、ボクがすぐ後ろにいる事が分かっている。
 ボクが、武をここに導いた事に気付いている。
 ――――武。
 倉成武。
 彼は第三の眼なんか持っていない。
 それなのに彼は、こうしてボクの声を聞き、僕の存在に気付いてくれるのだった。
 武……。
 君がいてくれて、本当によかった。
 いつだって、みんなを助けてくれるのは君だった。
「ありがとうを言うのはたぶん、ボクのほうだよ」
 彼には聞こえない、ボクの声。
 それなのに武は。
 片手を上げて、親指を突き立てた。

 ボクは、そんな武の背中を瞳に焼付け、そして帰還した。
 ボクの世界に。
 ボクが暮らす、あの日常に――――。

 また、逢えるよ。
 逢いに行くよ―――。

 ボクは、いつでも、君達を視ている―――――――。
 次元を超えた、深い絆で結ばれた―――君達仲間どうめいを―――――――。



END























 どこまでも―――どこまでも続く、ひまわり畑だった。
 自分達の背丈よりも高いひまわりの合間をぬって、駆け回る子供達の姿があった。
 男の子と女の子には、それぞれ、姉と兄がいた。
 この日は、二人だけで遊んでいたのだ。
「君達」
 彼が声をかけると、無邪気に走り回っていた子供達は足を止め、彼の姿を見上げた。
「お兄ちゃん、だあれ?」
「知らない人にはついてっちゃめーって、姉ちゃんが言ってたんだぞー?」
 彼は小さく微笑むと、ひまわり畑の先を指差した。
 果ての無いひまわり畑。
 その先にあるものを、少年達はその眼で視ていた。
「今日はもうお家に帰ろう。ね? お兄ちゃんとの約束だ」
「うーん。ま、いっかぁ。明日もまた遊べるし」
「え〜? あたし、まだまだ遊びたーいっ」
「ワガママ言うなよー。姉ちゃん、お前の兄ちゃんよりよっぽどか怖いんだからな」
「むー。いいもんねー。今日はお兄ちゃんと遊ぶから」
 二人は彼に向き直り、あたり一面に咲き乱れるひまわりのような笑顔を、彼に見せた。
「ありがと。不思議なお兄ちゃん」
「けど、あんましそうやって子供に声かけて回るのやめろよなー。ユウカイハンだと思われるぞーっ!」
 彼は一つ苦笑して、元気に駆けながら帰路につく子供達を見送った。

 彼は、最近考えるようになった。
 世界は、元々、一本の枝のない大樹だったのではないだろうか?
 それが、彼の行動によって―――彼の仲間達の行動によって、無数に枝分かれしてしまった。
 ならば、彼らが“道は無数に分かれている”と信じた結果が、この世界であり。
 彼ら自身が“道は一つしかない”と信じ込めば、全ての枝は枯れ、元の一本の枝のない大樹に戻るのではないだろうか。
 おそらくきっと。 
 枝を作ってしまった事が、彼らの唯一の業だったのだ。
 無数に分岐する世界は、今のような彼らの嘘により生まれたもので。
 彼らが世界に対して嘘をつかなければ―――何も関わらなければ、世界は枝のない大樹だった。
 そう思えるようになってきた。

 ――――けど。

 そうやって枝を作ることによって、救われるものがあるのも、また確かなのだ。
 彼は、この世界に生きるもの全てが好きだった。
 全てのものに、福音が訪れる事を望んでいた。


 だから。


 彼は、枝を作り続ける――――――。
 彼と―――そして世界を生きるものたちが幻視する、全ての可能性を目指して―――。






 長らくお待たせいたしました。REIです。
 一挙三話公開。明さん、お忙しいところ、ありがとうございます。
 いよいよ完結した幻視同盟。いかがでしたでしょうか?
 四次元世界の解釈とそこに向かうための手段は初期の段階で決まっていたのですが、投稿しようと開いては訂正して開いては訂正してと、ずいぶん手こずってしまいました。
 うーむ、まだまだ未熟・・・!
 長い間お付き合いいただき、まことにありがとうございました!
 いつになるかは分かりませんが、REIの次回作もよろしくお願いいたしますー。
 では。


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