・登場人物と、これまでの状況

つぐみ:自宅アパートにて、謎の人物に襲撃される。左手に重傷。その後…?
沙羅:自宅にて、つぐみと合流。

桑古木:ココとのデート中、襲撃される。しかし、返り討ちに。
ココ:桑古木とのデート中、襲撃される。重傷。マルシアに介抱される。
マルシア:ココを救出する。目的不明。

武:工事現場でアルバイト?

ホクト:優秋とデート?
優秋:ホクトとデート?



Cure(s)!
                              豆腐 


第五話 家族のいない家 (喪失編)


   1、

 同日 午後5時頃


「じゃあね、ホクト」
「うん。じゃあ」

 彼女を家に送り届けて、数分後。
 駅への道を歩いていた僕のPDAがピロリと鳴った。
 相手は……優……?
「……はい。ホクト、だけど」
『ホクト!』
 PDA越しにでも分かるほど、それは切羽詰った声だった。
『大変! 大変なのよ、もう! あーっ! もーっ!』
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ、優」
『うーあー』
 数秒ほど、呻き声だけが響く。
 彼女が落ち着くまで、僕は黙っていた。
『――大変なの』
 幾分か落ち着いた声。
 息ひとつ。僕は問う。
「なにが大変なの、優?」
『お母さんがいないのよ』
 それを聞いて、思うことなど一つしかなかった。
 口に出す。
「買い物でも行ってるんじゃないの?」
『ちっがーーう!』
 即答。耳鳴りを覚えながらも、僕は言葉を紡いだ。
「じゃあ、どういう事なのさ」
『だから、いないのよ。お母さんが!』
「いないって」
『手紙があって……って、あーもお! ちょっとこっち来てよ!』
「わ、分かったよ。今行くから」
 告げて、僕は体の向きを百八十度ばかり変えた。
 元来た道を歩き出す。
 空を見ると、太陽は沈みかけ、いくつか星が輝いていた。

   2?、

 赤い空の記憶。
 夕陽を見ていた。
 川原に寝そべり、頬を涙で濡らして、見上げていた。
 それはかつての、幼少の頃の記憶。
 僕の育ての親。彼らに引き取られて、数日ばかり経った頃だったと思う。
 彼らは優しかったけれど、僕は、どうしても忘れられずにいたのだ。
 無償の優しさをくれた暖かい女性と。
 僕が守らなくてはいけない女の子の事を。
 もとより忘れられるはずがなかった。
 大切な人達で、あったから。

   3、

「本当だ……」
 その置手紙とやらを読んで、僕は背筋が冷たくなった。


 遅くなります。
 もしかすると今日中には帰れないかもしれないけど、
 心配しないように。


「普通の手紙だ……」
 冷汗を拭い、優の方に向き直る。
「……で?」
「で。じゃないでしょ!」
「いやだって、普通の手紙だし。遅くなるって書いてあるじゃん」
「書いてあるけど! でも、でも違うのよ」
 叫んで、いやいやをするように彼女は首を振った。
 両手で顔を覆い、指の隙間からうめくような声が漏れてくる。
「違うのよ……。そういうことじゃなくて。絶対おかしいよ、こんなの」
「おかしいって……」
「お母さん、こんな手紙残したことないもん。
 この世界には電話って便利なものがあるんだよ? なのに、なのにさ」
「その電話。こっちからはしてみたの?」
「した。したよぉ、もちろん。だけど通じなくて、それで、もう、このご時世に圏外なんて、海の中じゃあるまいし……」
 言いながら不安が膨らんできたのだろう。瞳の端をじっとりと涙で濡らし始める。
「優……」
 僕の胸で泣けなんて恥ずかしくて言えなかった。でも、もちろん放っておけるわけもなし。僕はハンカチを取り出し、彼女の涙を拭ってあげる。
「貸して」と小さく言う優にハンカチを渡すと、彼女はチーンと盛大に鼻をかんだ。
「…………」
 洗ってから返してくれるらしく、優はハンカチをテーブルの隅に置いた。
 とりあえず不問。
 咳払いを挟んで尋ねる。
「最後に会った時、何か言ってなかった?」
 優が首を横に振る。
 すると、急遽飛び込んできた用事、という事か。いや、なんでもかんでも娘に伝えておく必要もないだろう。
 しかし手紙によると、今日には帰れないかもしれないという。そんな用事を、伝え忘れ? そもそもにして、手紙には何の用かという部分がすっぱりと抜け落ちていた。足りない内容。けれど、そこで完結している。……これは確かに、考えれば考えるほど怪しさが浮き彫りになる。
 とはいえ。
「……いや。なんでもないよ。きっと、おばさんは無事だ。それに、あの人がそう簡単にどうにかなるはずない」
 今のところ、何の手がかりも無い。
 警察に言ったところでどうなるものでもないだろう。
 ならばどうするか?――待つ。何かが起きるのを、何かが終わるのを。
「……あ……うん。そう、だね」
 もとより、そうするより他なかったのだ。
 僕達にできる事なんて一つとしてない。
 心配し、しかしそれを周囲に伝播させぬよう。
 それぐらいの気づかいが精一杯。
 考え過ぎ。そうであってほしい。ただの笑い話になってくれれば。
「何かあったらいつでも呼んで。すぐに来るからさ」
 優に再び別れを告げて、僕は少しばかり足早に駅へと向かった。

   4?、

 いつものように川原に寝そべり、僕は夢想する。
 あの頃の日々を。
 僕の脳に刻まれた、美しく鮮やかで、しかし物悲しい日々の事を。
 母が優しく抱いてくれた日の事。
 三人で丸くなって寝息を立てた夜の事。
 食べるものがなく、三人で泣いた日もあった。
 必死で泣くまいとしていた母が、遂には泣き崩れたあの瞬間。
 僕はどうする事もできず、妹と共に泣き声を高くする他なかった。
 鼻をすすりながら、僕らはいつものように眠る。
 ただ幸せでありたかった僕ら。
 その実、すでに幸せであった僕ら。
 共にいて。
 それだけで良かったのだ。

   5、

 同日 午後6時頃


 遠目にも分かることではあったのだけれど。
 そのアパートの周囲には黄色いテープが張られていた。
 まあ、いわゆるひとつの立ち入り禁止というやつ。
 そして、これも遠目にも分かることなのだけれど、その安普請の二階、三つある部屋の内もっとも条件が悪いと囁かれている真ん中の部屋の扉が粉々に砕かれている。
 いくら安アパートだからって。
 そこまでひどい部屋じゃあなかったのに。
 泣きそうになりながら、まばらな人だかりを掻き分ける。黄色いテープをまたごうとすると、職務に忠実な警察官が僕を押し戻した。
 間抜けな悲鳴をあげて倒れる僕に、警察官はすまなそうな顔で「立ち入り禁止なんだ」と告げる。
 思えば、関係者です、とでも言えばなにかしらの情報を得られたのだろう。
 けれどしかし。

 ピピピピピ、

 味気ない電子音。
 慌てて相手を確認。すぐさま端末に耳を押し当てる。
「もっ、もしもし!?」
『――お兄ちゃん?』


   To be continued...




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