・登場人物と、これまでの状況

つぐみ:自宅アパートにて、謎の人物に襲撃される。左手に重傷。その後…?
沙羅:自宅にて、つぐみと合流。

桑古木:ココとのデート中、襲撃される。返り討ちに。
ココ:桑古木とのデート中、襲撃される。重傷。マルシアに介抱される。
マルシア:ココを救出する。目的不明。

ホクト:優秋とデート。自宅は異常で、しかし沙羅からの電話が…
優秋:自宅に残された書置きを読み、優春の事を心配。

優春:行方不明?

武:工事現場でアルバイト?



Cure(s)!
                              豆腐 


第六話 infinity (接敵編)


  


 同日 午後1時頃


「優美清春香菜さん」
 呼ばれて。
 彼女は顔をあげた。
「……どちら様?」
「はじめまして。私は赤澤と言います。赤澤冬美」
 実際、知った顔ではなかった。
 その名にも聞き覚えはない。
 優美清春香菜は、赤澤冬美とやらの帯びた刀に目をやりながら、背もたれに身をあずける。
 自宅の奥、書斎だった。
 デスクの上にはパソコンをはじめとして乱雑に専門書が散らばっている。
 壁のすべては本棚に覆われ、カーテンを閉め切り、蛍光灯の光量も落としている。
 暗い部屋に優美清春香菜は安息を覚える。
 生まれつきの事。特に意味はない。
 密かにため息。面倒事は始まってしまっているらしい……。
「人の家に勝手に上がり込むような人に、どう挨拶したらいいものかしらね?」
 尋ねる。と、予想に反して答えが返ってきた。
「挨拶などはいりませんよ。私が名乗った事にも意味はない。
 私はただ、要求します――共に来てください」
「そりゃあまあ、刀なんて持ってる相手に逆らうつもりはないけど」
 言いながら、ふたたび赤澤冬美の刀に視線を送る。
 腰に巻いた赤い帯。刀はそこから伸びていた。
 刀の良し悪しなど分からないが、鞘に収められたそれは間違いなく本物であろう。
「助かります。では、行きましょうか」
「待って」
「なにか」
 先ほどから、少女は少しも顔の筋肉が動いていないように思う。
 愛想笑いなどとは無縁の引き締まった顔立ち。肩までの黒髪。体に巻きつけるように着込んだ黒装束。
 おそらく高校生ほどの年代であろうが――そう思わせない雰囲気をまとっていた。
「何の用、という質問は許可される?」
「抵抗しないのであれば」
「しないわ。できそうもない」
 ハッタリではないのだ。赤澤冬美のたたずまいというのは。
 赤澤冬美が小さくうなずく。
「分かりました。答えましょう。
 ――私は××教会からの使者です。あなたならそれで理解できるはず」
「…………」
 早鐘を打ち鳴らす心臓を胸の上から撫で付け、優美清春香菜は目を閉じた。
 開く。赤澤冬美を見返す。
 声は震えた。
「懐かしい名前ね」
 ××教会。聞き覚えはあった。
 赤澤冬美は静かに告げてくる。
「かつてはあなたも信者だった。優秀であったと聞いています」
「死に物狂いだっただけよ。余命を告げられたら、誰だってそうなる」
「ならば私達の目的も理解できますね。できないはずがない」
「奥義を実現させようとしていたとはね。てっきりただの冗談だと思っていたけれど」
「状況に変化がありまして」
 この時、初めて赤澤冬美の表情に変化がうかがえた。
 それは些細なものであったが、確かに――怒り。
「なぜあなたは18年前、教会から姿を消したのです。あなたのCウィルスがあれば……幾人もの人の命が救えた」
「それが誤った行動だからよ」
「何が!」
「私の母――田中ゆきえも、死んだわ」
「知っています。かつてのウィルス騒動。
 あなたの母親だけでなく、キュレイがあれば世界中で多くの人が助かったはず。それなのに、なぜなのですか? なぜあなたは救世主にはならなかった?」
「それは……救世主なんかじゃないもの」
「……なぜ?」
「私がキュレイを提供すれば、おそらく世界中の人達がそれを求めるでしょうね」
「当然でしょう」
「それが問題なのよ。少し考えればわかるでしょう。
 人が、ほぼ不老になるのよ?
『人類』というバランスが崩壊する。現実の問題として、人口爆発による大量死は遠くない未来よ。
 人類の黄昏はそこにあるの。キュレイを取り込むには、人はまだ幼すぎるのよ」
「キュレイが人を滅ぼす?」
「ええ」
「それで、あなたは幾万人の人を見殺しにしてきたのですか?」
 胃のあたりにぞくりと走る痛み。
 それはこれまで幾度となく味わってきたのもだった。
「死んだ側からすればそんな理屈は通用しない。
 生きたかった。ただひたすらに生きたかったんですよ、彼らは。
 そう思ったからあなたもキュレイを手にしたのではないですか?」
 背負った業はあまりにも大きかった。
 自分達は……業を背負っている。
 生きたかった。まさにそうだ。子供の理屈だが、まさにそうなのだ。
 そう思ったから、キュレイを手にした。
 小町つぐみのそれとは違う。
 優美清春香菜はうなずいた。
「――ええ、そうよ」
 赤澤冬美の顔面がさっと怒りに染まるのを見ながら、優美清春香菜は告げる。
「生きたかった。私も、倉成も、そう思った。
 だから……キュレイに感染する可能性があると知りながら、それに手をつけた。
 そうね、あなたの言う通り。人が生きるのに理屈なんてない。
 死ぬのは恐い。だから生きたい。
 消えたくない。だから、生きたい。
 だから……私は選んだ。人類を生かす事を」
「小を殺し、大を生かすという事ですか?」
「そうよ。私は人類を生かす。
 これは私の業よ! 私は苦しみ、いつか狂い出すに違いない!
 だけど決めた。決めてしまったの。母が死んだ瞬間、もう戻れないと悟った。
 ここで方向を変えたら、私はそれこそ罪を背負うことになる」
「……自分はのうのうと生きるのでしょう」
「死ぬわ」
「なんですって?」
「娘が死ぬまでに、私は死んでみせる。これだけは約束よ」
「…………」
 つー、と。
 赤澤冬美の噛みしめた唇から血が流れた。
 彼女が××教会に属しているという事。
 それは、すなわち、彼女にも死が憑いているという事だった。
(私は彼女も見殺しにする)
 胸が傷む、という事はない。
 気が狂いそうになるだけ。
(――いや)
 そうではない、か。
(私が彼女に連れて行かれるという事は、利用されるという事だものね。
 おそらくこの子もキュレイになる……。そして爆発的にキュレイは、)
 ……ふと。
 思う事があった。
「……私だけ、なの?」
 赤澤冬美が顔をあげる。
「まさか……倉成達まで……」
「…………」
 数秒ほどあってか。
 赤澤冬美の口が、にぃと歪んだ。
「ええ。ええ、そうですよ。
 まだ行動は起こしていないでしょうけれど、もしかしたら手荒いことになるかもしれませんね?」


   To be continued...




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