・登場人物と、これまでの状況

つぐみ:自宅アパートにて、謎の人物に襲撃される。左手に重傷。その後…?
沙羅:自宅にて、つぐみと合流。

桑古木:ココとのデート中、襲撃される。返り討ちに。
ココ:桑古木とのデート中、襲撃される。重傷。マルシアに介抱される。
マルシア:ココを救出する。目的不明。

ホクト:優秋とデート。自宅は異常で、しかし沙羅からの電話が…
優秋:自宅に残された書置きを読み、優春の事を心配。

優春:赤澤冬美と名乗る人物に連行される。
赤澤冬美:謎の人物。つぐみ、桑古木らを襲った組織(××教会)の一員。

武:工事現場でアルバイト?



Cure(s)!
                              豆腐 


第七話 天国はどこにある? (零島編@)


   1、

 同日 午後3時頃


 工事現場で交通整備用の灯火を高く振りながら、倉成武は考えていた。
(そのうち、四人で遊園地でも行ってみるか)
 明日は、ホクトと沙羅の誕生日だった。
 今日も今日とて日曜日にも関わらずこんな仕事をしている。
 当然、家族サービスなどとは無縁だ。
 思えば先日のデートは相当に稀有なイベントである。
 あの時のつぐみの反応も、あるいは当然なのかもしれない。
(つっても、ホクトも沙羅も高校生だしなあ……。遊園地なんて歳か?)
 とはいえ、四人でのんびりする時間ができれば、それはそれだけで価値のあるものに違いなかった。
 これからはそういう時間をもっと作ろう。
 十七年間、家族を置き去りにした自分にはその責任があった。
 そして、そうしたいと純粋に思う自分がそこにいた。
 子供の頃、クレヨンで描いた理想の家族像。そんなものを思い出す。
 それとは随分とかけ離れてしまったが……それでも。
 それでも、理想などとは比べ物にならない暖かさがあった。

「職務怠慢ですわ」

 それは、確かに聞き覚えのある声。
 誰のものだったかと思い出そうとしたが。
 彼の意識はそこでブツリと途切れた。


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   2、

  同日 午後4時頃


 倉成武の意識の覚醒は、草の匂いと共に。
「――――」
 薄く目を開ける。
 見えたのは雑草と、適当な自然。
 自分の状況が一切掴めず、彼は慌てて飛び起きた。
 そして、愕然とする。
(ここは……)
 見覚えのある場所だった。
 視界の先には海が見える。
 伸び放題になった雑草は月日の流れを感じさせ、そこがかつての楽園であった事は微塵も感じさせない。
 管理会社が(事実上)倒産し、以後放置されたままの、そこは――
「……インゼル・ヌル?」
「その通りです、倉成さん」
 反射的に安心してしまう。そんな声。
 振り返ると、想像どおりの顔があった。
「空!」
 数ヶ月ぶりに見るその姿は、確かに茜ヶ崎空だった。
 そして、かつての事件以来久しぶりに見る、例の派手なドレス。
 それはそこが『LeMU』である事を実感させた。
 茜ヶ崎空。LeMUの臓器……。
「お久しぶりです。四ヶ月ぶりでしょうか?」
「あ……ああ。久しぶり、だな」
 あまりにも優しい微笑みに、思わず緊張感を奪われる。
 武は慌てて首を振った。
「じゃなくて。いったい、何がどうなってるんだ!? なんで俺は、またこんな場所に……。それに、どうして空まで――」
 ピッ、と。
 人差し指を唇の前に突き立てられ、武は黙り込んでしまう。
 空が、やはり優しい笑みで、しかし有無を言わせぬ勢いで言ってくる。
「これから、少しだけ歩きます」
「……お、」
「その間に最低限の事をお話ししましょう」
「あ、ぁあ……」
 空がにっこりと笑んでうなずく。
 彼女の細いシルエットに導かれて、武は歩き出した。

   3、

 森のような場所に入った頃。
 石畳の小道を歩きながら、武はオウム返しに尋ねた。
「××教会?」
 耳障りの良い、どこかで聞いた事があるような、そんな名前。
「はい」
 うなずく彼女の顔は見えない。
 不便だ、と思い、武は少しだけ足を速めて彼女の横に並んだ。
 空が手を差し出してくる。
「へ?」
「以前、この道を手を繋いで歩いたんです」
「……誰と?」
「倉成さんのよく知る人ですよ」
「??」
「ふふっ。すみません、話を元に戻しましょうか」
 少しだけ寂しそうに手を引っ込めて、空はフゥと息をついた。
「××教会。新興宗教です」
 一拍だけ間を置いて、言ってくる。
「新興宗教とは、日本では19世紀後半以降に発生した新しい宗教の事を言います。国外の新興宗教はそのほとんどが仏・キリスト・イスラムという三大宗教の教えを基礎としているのですが、件の××教会は、その中にあって珍しい部類、つまり、体系的に独立性の高い団体なのです」
「変な考えを持ってる、って事か」
「いえ」
 あっさりと、空が首を振る。
「その大題目はいたってシンプル」
 なぜ、彼女がいきなり宗教なぞの話をし始めたのか。
 なぜ、自分がここにいるのか。
「それは?」
「死の克服。もちろん、精神的な意味です。
 ……けれど、しかし、彼らの奥義にして秘儀、最大のテーゼとは……」
「…………」
「肉体の不死、なのです」
 ――それは。つまり、そういう事なのか。
「……空、教えてくれてもいいんじゃないか……?」
 止まらない汗を拭いながら、武は尋ねた。
「なぜ俺はここにいる? ××教会とやらは、何をしようとしているんだ?」
「彼らは……どこからか『名簿』を入手しました」
「名簿?」
「そこには全てが載っているそうです。Cウィルスに感染した全てのキャリア、その情報が事細かに記された、謎の文書」
「俺達の事もか」
 彼女は答えなかった。
 質問など元よりなかったかのように続ける。
「現在、Cウィルス感染者は全国に百数十人。2005年8月に産声をあげた未知のウィルスは、今なお静かに生態系を塗り替え続けています。ライプリヒ製薬という抑止力を失った今、その広がりはもはや止められないものとなるでしょう」
「空」
 彼女の声を遮る。
 空は少しだけ肩を震わせたが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「俺が聞きたい事は、そんな事じゃない。教えてくれ――空」
「……名簿は」
「空っ」
「聞いてください。名簿には全てが記されていたのです」
「…………」
「そこには、あまりにも特異な状況に置かれている5人のキャリアの事も載っていました。××教会にとって好ましい状況に置かれた5人が」
「俺達、か?」
 空がうなずく。
「倉成さん。これは、今回に限った事ではないのです。あなた方は、本来ならばその存在を特別に秘匿されなければならない。にもかかわらず、極東の島国にどういうわけか5人ものキャリアがどこの庇護も受けずに極普通の生活をしている。その事を知った教会はとある作戦を立案し、そして決行したのです」
「決行……?」
「はい。そして――既に終わっています」
「なっ――」
 既に終わっている。
 それは、つまり……
「つ、つぐみに何かあったんじゃないだろうな!?」
「――落ち着いてください、倉成さん。口で説明するより、まずは見て頂いたほうが格段に早いはずですから……」
 見てもらう、という意味は分からなかったが。
「……分かった」
 武はうなずく。
 空は信頼できる仲間であり、彼女の今の落ち着きを見れば……ある程度は安心してもいい、という事に違いない。
「信じるよ、空を」
「……ありがとうございます。倉成さん」
 幾分か明るくなった彼女の顔に、安らぎを覚える。
 そうだ、大丈夫だ。
 もう何も心配する事はない。
 誰も傷つかない。そう思えるだけの苦しみを、かつて越えてきたのだから。

 ……。
 …………。
 ………………。

 やがてたどり着いた場所は、開けた広場だった。
 先には海が広がり、手入れを欠かされた芝生はむしろ雑草の方が多いように思える。
 そして視界の隅に、見覚えのある金髪。
「……エレノア……?」
 記憶の底からその名を引っ張り出す。
(なんだって、コイツがいるんだ?)
 一月ほど前に会った、まったくもって赤の他人と言える相手。
 樹木の幹に背をあずけ、エレノアは遠く水平線を眺めていた。
 ――爆発するように、何かが結合する。
「あぁっ!」
 思い出す。クリスマス・イブの日と、つい先ほどの事。
「『職務怠慢ですわ』って。すわすわって! しかもあの声、間違いない、お前だろコラ!」
 エレノアはこちらを面倒くさそーに一瞥すると、くい、とあごで何かを指し示す。
 馬鹿にされているような気がしないでもないが、従ってそちらを見やると、木陰に何者かが座り込んでいた。
 数秒ほどその人物を眺め……武は思わず悲鳴をあげた。
「かッ、桑古木!?」
 見間違えもする。
 桑古木涼権は顔の左半分に包帯を巻いていて、服のそこいらに血が飛び散っていた。
 誰がどう見ようと、重傷である。
 どうやら眠っていたらしい桑古木が、薄く目を開く。
 こちらを見上げ、弱々しく口の端を吊り上げる。
「……武。久しぶり」
「お、おう。久しぶりだな……桑古木」
 そんな会話だけをすると、桑古木はふたたび瞳を閉じた。
 寝息すら聞こえてきそうなほどの安らかな寝顔に、思わず脱力する。
 大丈夫らしいが、それにしても、この重傷は……
「……××教会か?」
 横を向き、空に尋ねる。
 彼女は小さくうなずいて何かを言おうとしたが――その声をドタドタという足音が掻き消した。

 武の視界を左から右に、みゅみゅ〜んが駆け抜ける。

「…………」
 その尻尾に、少女――八神ココがしがみついていた。
 なんとも懐かしい光景に涙すら浮かべ、しかし武は触れぬことにする。
 空に向き直り、
「――話してくれ、空」

 そして彼女は語り始める。
 二つの痛みの結末を。


   To be continued...




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