・登場人物と、これまでの状況

つぐみ:自宅アパートにて、謎の人物に襲撃される。左手に重傷。その後…?
沙羅:自宅にて、つぐみと合流。

桑古木:ココとのデート中、襲撃される。返り討ちに。
ココ:桑古木とのデート中、襲撃される。重傷。マルシアに介抱される。
マルシア:ココを救出する。目的不明。

ホクト:優秋とデート。自宅は異常で、しかし沙羅からの電話が…
優秋:自宅に残された書置きを読み、優春の事を心配。

優春:赤澤冬美と名乗る人物に連行される。
赤澤冬美:謎の人物。つぐみ、桑古木らを襲った組織(××教会)の一員。

武:仕事中、エレノアに拉致される。インゼル・ヌルへ。
空:なぜかインゼル・ヌルにいた。武に今回の事件について語る…。
エレノア:なぜかインゼル・ヌルにいた。目的不明。



Cure(s)!
                              豆腐 


第八話 友達 (零島編A)


   4、マイ・ホームA

 同日 午後1時頃


 ぞろぞろと同じような格好をした男達が部屋の中に流れ込んでくる。
 なんとも言えぬ恐怖を覚えながらも、つぐみは沙羅を背後に隠した。
 嫌な密度でこちらを睨んでくる男達を睨み返しながら、つぐみは冷静に分析する。
 どうすれば、この状況を打破できるか。
 先ほどのチェーンソー男のようには行くまい。
 こちらの武器は片腕一本。
 近くに銃火器など落ちているはずもなく、最終的には窓を破って逃げるしかなさそうである。
 ……と。
 それまで、ある程度は理性的な色を持っていた男達の瞳が、一変する。
 全員が床に這いつくばり、そして群がったのだ。
 ――倉成つぐみの血に。
 チェーンソーによって破壊された彼女の左手からは未だに出血が続いている。
 男たちは畳に染み込んだその血を、誇りなど打ち捨てて舐っていた。
「――――」
 吐き気すら覚えさせる、醜い光景。
 矜持を忘れた彼らは、しかし、それでも人間なのだろう。
 不気味さに混乱するつぐみの横をすり抜け、沙羅が無音で前に歩み出る。
「……沙羅?」
 呼びかける。
 返答はあった。
「つぐみ」
 沙羅の表情は見えない。
 だが、その声は確かに娘のもの。
 かつてLeMUで、沙羅はつぐみをそう呼んでいた……
「……ごめんね」
「…………」
 気づく。
 この少女は、沙羅ではない。
 沙羅の姿をした何者か。
 その人は、ゆっくりと自分の頭に手をやって、告げた。
「手加減などするものか。――薙ぎ倒す!」
 ツイン・テールの黒髪が投げ捨てられる。
 その下から、透き通るような金髪が広がった。
 少女は自分の懐に手を突っ込むと、何かを取り出し、つぐみを突き飛ばした。
 カチリ、なにかの外れる音。
 畳の上を転がりながら、つぐみは見た。
 金髪の少女が、手榴弾か何かを男らのど真ん中に向かって投げつけるのを――

  ズ、ゥン……!

 思ったほどの衝撃はなかった。
 そもそもこんな狭い場所で使う事を想定していたのなら、それも当然か。
 風が渦巻き、窓ガラスが粉々に砕ける。
 家具が次々と破壊されていく音はどうしようもなく悲しい。
 ある程度、その暴威が収まって。
 つぐみは丸めていた体を起こした。
 部屋の真ん中に、まったくの無傷で金髪の少女が立っている。
 沙羅の服を着てはいるが、しかしまったくの別人であるその少女に尋ねる。
「……どうなったの?」
「終わった」
 ぽつりと言うその声は、すでに沙羅の声とは似ても似つかなかった。
 鼻につくような、幼さの残る声。
 目をこらす。
 煙の中に血まみれで倒れる男達の姿があった。
 呻き声も聞こえるが、何人かは間違いなく死んでいるだろう……。
 やり過ぎだ、とは思う。
 が、今は確認しなければいけない事があったし、そもそもつぐみは暴徒の心配を純粋にできるほどできた人間でもなかったから。
「あなたは……」
 少女が振り向く。金髪がなびいた。
 息を呑む。
 どういうわけか顔の一切合切が沙羅のそれと変わっていた。あえて共通点を挙げるとするなら、吊り目である、という事ぐらいだろうか。
 一月ほど前に遭遇した奇妙な二人組みの片割れに間違いない。
 名はエレノア。
 視界が揺れる。
 確信もできた。
「ジュリア?」
 エレノアは静かに瞳を閉じた。
 そしてやはり、ゆっくりと、開眼する。
 少しだけ悲しそうな瞳。
 懐かしい響きの声。
「久しぶり、つぐみ」
「ジュリア」
「うん」
 胸が熱い。
 その人には、いくつも言いたいことがあった。
 そして聞いて欲しかった。
 自分が、どんな生き方をしてきたか。
 どちらともなく、二人は抱き合う。
 それぞれの人生は、少しだけ交わり、大きく歪んでしまった。
 だが、ここにいる。
 なんとも奇妙で奇怪な再会だ。
 しかしそれで良かった。また会えた事が嬉しかった。
 ……静かに、エレノア=ジュリアが身を離す。
 彼女はつぐみの肩を掴み、言う。
「一緒に来て、つぐみ。インゼル・ヌルへ」
 何も考えず、何も疑わず。つぐみはうなずいた。
 そして破れた押し入れの中から『防護服』を取り出し、手慣れた手つきで着込む。
「行きましょう、ジュリア!」
「……………………………。」
 エレノアは頭を抱えてうずくまった。

   5、男の子の役割A

 治療を施したココを抱き上げ、マルシアが公園に戻ると数人の男達が気絶していた。
 遠くからはパトカーのサイレン。数分もしないうちにこの場に到着するだろう。
 こちらを遠巻きにして、野次馬の姿もいくつかあった。彼らは新たな役者――黒色人種の大女の登場に、全員そろって息を呑む。何が起こるのかと密かに期待する者、恐怖で涙を浮かべる者もいた。
 とはいえ。
 こちらに近づくつもりがないのなら、相手にするつもりはない。
 2メートル12センチの視点から、気絶した男達の中に目的の青年を見つける。
「起きなさい」
「ぐ、ぬ……」
 呻き声。薄く目が開かれる。
 こちらと視線が交わると、青年――桑古木涼権は弾けるように起きた。
「こ、ココっ!?」
「…………」
「――! あ、あんた……あの時の……?」
 あの時、というのは、一月ほど前を指しているのだろう。
 倉成夫妻と同様、マルシアは、桑古木やココにも『警告』をしている……
「そうか、そういう事か? 怪しいとは思ってたが、こういう事かよ。
 くそったれ、よくもココを――」
「……HIGHね。落ち着きなさいな」
「…………」
「…………」
「…………」
 ふらー。
 倒れそうになる桑古木を支えてやる。
 が、すぐさま手を払われた。
「放せっ」
「あなた、治療しないと死ぬわよ」
「知るか」
 毒づき、眼光を鋭くして、ゆっくりと退く。
 その瞳には確かな意志の光。
 ほう、とマルシアは感嘆の息をもらした。
(思ったより優秀な戦士なのかもしれない)
 だが、戦いの似合わない男だとも思った。
「自分の命は大切だが、それよりも優先する事がある。例えばそれは、大好きな女の子を守り抜くって事だ!」
 立ち向かってくる桑古木の腹を蹴り上げ、胸元を掴んで引き寄せる。
 ぐったりと動かなくなった桑古木を右手で抱え上げ、
 左手で八神ココを抱えなおす。
(さしずめ私は愛のキューピット)
 などと呟きながら、器用に無線機を取り出す。
「第七司祭、マルシアよ」
『――――』
「ええ、片付けたわ。……いえ、重傷よ。浮島の医療班を集結させておいて。それと、もうすぐポリスどもが来るわ。任務完了、という事。反吐が出る」
『――――』
「……了解よ。エレンの方はどう? ……そう、発着場で合流できそうね」
 それからいくつかの事を伝えると、マルシアは矢のように走り出した。二人の人間を担いでの全力疾走。驚異的な速度と言えた。

 ――そして向かうは人工島、インゼル・ヌル。

   6、

  同日 午後5時頃


「この島は――インゼル・ヌルの所有権は、現在彼女達が持っているのです。つまり、ここにいる限り安全は保障されたと言っても間違いないでしょう。さすがに海の上まで追ってくるという事はないでしょうし。もう一時間ほどあれば、皆さんをお帰しする事もできるはずです」
 空の話が終わるかどうかといううちに。
 倉成武は振り向いていた。
 その視線の先に、みゅみゅ〜んが立っている。
 こちらをじっと見つめているみゅみゅ〜んに歩み寄り、その手をとる。
「武」
 着ぐるみの中から、くぐもったつぐみの声。
 グローブ式になっているの左手を脱がせると、白い包帯が巻いてあった。
 ありえない細さと角度に曲がった左手。
「ごめん……」
 武の声は自然と震えた。
「つぐみ……ごめん……」
「武は悪くなんてないじゃない」
 右手だけで、カブリモノを脱ぐつぐみ。
 黒髪が広がり、優しい瞳が露わになる。
「もう終わったんだから。言える事なんてひとつでしょう?」
「――無事で良かった?」
「もうちょっとロマンチックな台詞、期待してたんだけどね」
「す、すまん」
「大丈夫。期待はしてたけど、予想もしてたから」
 そう言って、つぐみは優しくほほ笑む。
 つられて武も弱々しく笑みを浮かべた。
 それで、この話は終わり――。
「……だけど。ジュリア?」
 つぐみが、武の頭越しに呼びかける。
 その表情は、真剣なそれに変わっていた。彼女にならい、武もまたエレノアの方に視線を向ける。桑古木涼権がぱちりと目を開き、同じくエレノアを見やった。
「まだわからない事があるわ」
 ジュリアは、来たか、という顔をしていた。静かに聞く。
「なぜ今回の事件を事前に知る事ができたの? あなた達は何者? そして、ここにはもう一人いるべきよね。田中優美清春香菜はどこにいるの?」
 矢継ぎ早に問われたエレノアは数秒ほど瞳を閉じた。
 それから小さく呼吸をして、口を開く。
 まるで聖句でも唱えるかのように。囁かれる言葉。
「……始まりは、ひとつの嘘――――……」
 木々がざわりと騒ぐ。
 八神ココは桑古木涼権の隣りで寝息を立てていた。


   To be continued...




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