・登場人物と、これまでの状況 つぐみ:エレノアに助けられ、インゼル・ヌルで『保護』される。 エレノア:沙羅に変装し、つぐみを助ける。かつての名はジュリア。 桑古木:死にかけたが、マルシアによって助けられる。 ココ:桑古木と共に、インゼル・ヌルへ。怪我のため声は出せない。 マルシア:桑古木らをインゼル・ヌルへと運んで…? ホクト:優秋とデート。自宅は異常で、しかし沙羅からの電話が… 優秋:自宅に残された書置きを読み、優春の事を心配。 優春:赤澤冬美と名乗る人物に連行される。 赤澤冬美:謎の人物。つぐみ、桑古木らを襲った組織(××教会)の一員。 武:エレノアに拉致され、インゼル・ヌルへ。 空:なぜかインゼル・ヌルにいた。武に今回の事件について語る…。 沙羅:図書館で受験勉強……? |
Cure(s)! 豆腐 |
同日 午後4時頃 「あら」 街中で見知った顔にでも遭遇したかのように。 島の警備をしていたマルシアはつぶやいて、数歩退いた。 モーターボートが高速で近づいてくる。 乗っているのは二人。操縦者と、もう一人、黒装束の少女が堂々と腕を組んで仁王立ちしていた。 そのまま浮島に突撃するのではないかと思った瞬間にボートは方向転換、向きを変える。大量の水飛沫がマルシアの頬をわずかに濡らした。 そしてボートから飛び上がる黒い影。 浮島の手すりに足をかけ、裂帛の気合と共に白刃を突き出してくる。 「せぇいっ!」 あっさりと刃をかわし、マルシアは少女の首を掴んだ。驚愕に顔を歪ませる少女を地面に叩きつけ、容赦なく腹を蹴り上げる。 盛大に咳き込む少女の髪を掴んで、宙吊りに。50センチほどはあろうかという身長差が零となった。 「あなたには今、51通りの死に方があった。けれど私はそのどれも選ばず、あなたは生きている。どう、哲学的じゃないかしら?」 「げっ、ごはっ……、ばっ、化け物……!」 「超、失礼な子ね。日本人は礼儀を重んじるのではないの? というか、この島は私たちの所有物よ。不法侵入というものを知っている?」 「いいから、おろして!」 げし、と腹を蹴られて、マルシアはあっさりと手を離した。 地面に転がって、数十秒ほど少女はのたうち回る。 呼吸を整えると彼女はゆっくりと身を起こした。 「……名前を聞かせてもらえますか?」 「名前を聞く時は?」 「……赤澤冬美、です」 「マルシアよ。親しげに呼ばれるのは嫌いだけど、どうしてもと言うなら呼びなさい、マルシアと」 刀を正眼に構え、少女――赤澤冬美とやらは数歩さがった。 最初の一撃とは打って変わって、慎重に聞いてくる。 「トム・フェイブリンの同志ですね?」 「そういう事になるかしら」 「――この島にいるキャリア、全て引き渡して頂きます」 「欲張りさんね。あなたは優美清春香菜を攫ったでしょう?」 「こちらの手口は全て潰された。欲張らないわけにはいかない」 「気の狂った信者になど任せるから」 片目だけを細めて、少女は片足を引く。戦闘体勢に移行しているのだろう。剣術など分からないが。 そして赤澤冬美は知らないだろうが、今頃、優美清春香菜は――。 と、赤澤冬美は、そうだそういえば、というふうに口元を歪めた。刀など持っていなければ手でも打ちそうな勢いで言ってくる。 「あなたの事も捕らえます」 「ふむ」 「私達には、一人でも多くのキュレイが必要。たくさんの人を救うために」 「冗談じゃない」 「は?」 「その程度の覚悟で人の事を捕らえるなどと言うべきではない。あなたは不死だとか不老だとか言う前に、命の重さを知るべきよ。そして何より私という存在の恐ろしさを知りなさい」 踏み込んだマルシアの右足を恐れるように、赤澤冬美は言ってくる。 「それは……こちらの台詞ですよ。あなた達は命の重さを知らない。他の誰かを救おうとせずに閉じこもる、そんなあなた達には言われたくない!」 「子供が。震えただけで、恐いということだけで命の重さを知れるものか。とりあえず良い宗教を教えてあげる。私は無宗教だけど」 「――もう耐えられそうにありません。あまりにも死にたくないから」 「そんなものは全人類が絶賛お悩み中よ。例えあなたがあと80年生きたとて、あなたは今と同じ事を言っているに違いない。そういう恐さを受け入れて、そういう恐さに押し潰されながら、人はそれでも生きている。生き足掻く。けれどキュレイを求めては駄目。おおよそ間違いなく不幸になる。喜んでいられるのはほんの100年ばかりでしょうね。永く生きるということは、多く死に触れるということだもの。つーか飽きるわ」 それでも生きていけるのは倉成夫妻のような人達なのだろうな、とマルシアは思う。 「……消えるのは恐い」 「それを越えたいなら真正の宗教家にでもなるしかないわ。インドの僧を知っている?」 「意識が! 私の意識が、消える。耐えられない……それは」 「みんな同じよ」 「そんな理由で納得できるのなら、誰もが幸せになれます」 「そう、それが真理というやつよ。ようやく触れたわね」 マルシアの、それは必殺の真理。 脳裏を過ぎるのは幼き日。 マルシアがまだマルシアと呼ばれていなかった頃。 喪失の幼年期。隷属の少女期。陵辱の青年期。 思い出を胸に抱いたまま。唱える。 「よくわからない奇跡で生まれた生き物に、救いなど用意されているものか」 「――虚無主義というんですよ、それは」 「違う。これは真理。宇宙の崩壊は約束された未来よ」 「そんな馬鹿みたいに先の事など考えたところで。話にならない、話を覆すな!」 彼女の言う事は正しい。マルシアがそうであるかは別として、虚無主義との対決に意味などない。それこそ全ての価値を認めない彼らに対抗する手段などないのだから。しかし、対処の方法ならばある。無視すればそんなものはいないのと変わりない。 だが。幼い少女は眉を吊り上げてしまった。会話を続けてしまった。ならば屈服させることは容易である。 「万物は等価値にして無価値。人の命に重さなどない。生きた証など残せない!」 黒色人種の暴言に、赤澤冬美が、全体重をかけて左足を踏み込む。 「――――、マルシアアァー!」 大粒の涙が少女の頬を流れる。 鋭くえぐるような太刀筋を、マルシアは身をひねってかわした。 無防備な肺を狙って、丸めた拳を打ち込む。 空気を求めて幾度か喘ぐように口を動かした彼女は、本当に死んでしまったのではないかと思えるほど安らかに、意識を失っていった。 「……そう言う私は生きている。そうよ。人間なんぞ、生きるより他にないんだから。ここまで進化してしまったからには、そうするしかない。頑張りなさい、冬美」 かつては分からなかったこと。今ならば分かる。 人は、死を恐れ生きるのではない。生を賛美し生きるのだ。恐怖生命ではない希望生命。あんまりにも単純で、振り向けばすぐにでも見つけられたはずなのに。それに自分が気づけたのはほんの数年前だった。 赤澤冬美の体を支える。瞳の端の涙を拭いてやってから、マルシアは振り返った。 そこには男が一人。 モーターボートを操縦してきた男。 赤澤冬美をこのインゼル・ヌルへと運んだ男。 その青年に尋ねる。 「この子のお友達?」 「……片思い」 「あなたも、教会の?」 「一応。今回の作戦には関わっていませんけど」 「来てるじゃない」 「赤澤さんに頼まれて。断れねえ」 「『告白』するのかしら?」 「しないと思います。困らせるだけだろうから」 「この子は強いわ。県内最強を名乗れるぐらいに」 「そうですかね」 「ええ。愛は」 「ちょっと待ってください。長くなるんですか?」 「聞きなさい。愛は。滑稽な力よ。種としての致命的な欠点を抱える事で体得した陳腐な能力。最後の最後、それは救いにはならないし、むしろ未練となるのでしょう。けれど生きている内ならば気休め程度にはなる。癒せるのよ。自分でない人間を。他人を」 「物凄い即物的な事を聞いている気がする……」 「あの奇跡現象・茜ヶ崎空ならばこう言うでしょうね。人は恋をするに生まれてきた、と。その果てに何があるのか。それは私ごときでは推測すらできない。だから――」 マルシアはとても優しい目をする。 それは女性の目だった。胎児を包む母胎の優しさだった。 「愛しなさい。愛し合うのよ」 「…………ええ。はい。いや、はい。分かりました」 「ありがとう。私はマルシア。あなたは?」 「城島です」 「城島くん。この子、頼むわ」 「了解です」 束ねた指先を額に当てて、城島くんは笑顔を浮かべた。 ● ● ● どことも知れぬ土地。 その何もない部屋に、本当に何もないという事はない。 古びた机に古びた椅子。椅子には古びた男(老人)が座っていた。 老人は机の上で指先をからませ、じっと机の木目を見つめている。 カーテンの向こうで窓が揺れた。 風が吹いたのだろう。 顔をあげると、部屋の中には新たに二人の人物が立っていた。 金髪に、青い瞳の少年であった。 その横には、着衣が乱れ、息を荒くして少しだけ涙を浮かべた田中優美清春香菜。 「――そうか、優美清春香菜を追跡されたか」 老人は少年の顔を見上げる。 少年が口を開いた。 「お久しぶりです」 老人は乾いた唇をわずかに湿らせてから言葉を紡ぐ。 「……久しぶりだ。嗚呼、本当に……」 人はその少年をあらゆる名で呼ぶ。 真性キュレイ。 詐称、あるいは魔術。 Cureの中のCure。 進化分岐点。 tomcat。 学者の中には彼こそがキュレイであり、彼のみがキュレイであると唱える者もいる。 「トム。私を裁きに来たのか……?」 尋ねると、少年――トム・フェイブリン=キュレイは首を振った。 「僕が裁くのではない。あなたは法に裁かれる。武装集団の首領としてね。日本の捜査機関は、いずれあなたに辿り着く」 「私は、いっそ君になら裁かれても良いと思うのだ」 「あなたは犯罪者だ。僕はあなたを憎みこそすれ裁こうとは思いませんよ。 それに、あなたはもうあの頃のあなたではない。そうでしょう、教主?」 氷柱のように鋭く冷えた言葉に、しかし老人はただ頷く。 「そうだ。……そうだったな、すまない」 「信者に恵まれませんでしたね」 「誰もが赤澤冬美のように忠実ではない。下手なプロセスを踏むよりは、目前の命に飛びつく方が遥かに堅実だろうさ。だから、白昼堂々と騒動を起こすような暴走をやってのける。――とはいえ、」 幾十年も使い続けてきた肺に空気を送ってから、老人は言葉を続けた。 「とはいえ、すべては君の手の内の事なのだろうな。噂の〈管理局〉、大教会、4番目の海、人類愛護団体C・U・R・E、君らはあらゆる状況を予見できるのだろう? 『名簿』の存在まで嗅ぎつけるとは」 「万能ということはありません」 少年が優雅な手つきで懐から何かを取り出す。 プラスチックのケースに収められた、一枚のテバイトディスク……。 「後援者の方々のご機嫌もうかがわねばなりませんから」 「どこにいようと、人間関係はついて回る? 住み難い世の中になった!」 「そんなものはノスタルジアに過ぎませんよ。それほど変わるはずも無い」 「懐かしいと言う事は嬉しい事なんだ。老いは、そんな事ばかり教えてくれた」 「心中、察します。あなたをこんな場所に追い込んだのは、僕なのかもしれない」 「そうではないよ、トム。私はただ惹かれてしまったのだ」 「あなたは研究者だった。それはどれほど魅力的だったのでしょうね」 「――狂おしいほどに。君らが失踪し、私がどれほど苦しんだと思う?」 「知りません」 トムは、きっぱりと告げた。 老人がはっと口を閉ざす。 トムは――トム・フェイブリンは。 純然たる怒りと共にそこにいたのだ。 右手をすっと真横に伸ばす。それはまるで一枚の名画のように美しい姿。 「僕はキュレイを擁護する! それが僕の贖罪の旅だ! 世界を変質させた僕には、その責任がある」 張りのある声で告げて、彼は背中を見せた。 「さようなら、先生」 それだけを言い残し、トムは静かに部屋を後にした。 優美清春香菜は何かを言おうとしたが――小さく首を振ると、トムを追った。 何もない部屋に、年老いた老人が残される。 To be continued... |
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