0、倉成ホクト

  2026年 01月20日 午後6時頃


「もっ、もしもし!?」
『――お兄ちゃん?』
「さ、さささささ、沙羅あーっ!」
『……うん。沙羅だけど』
「大変なんだ! 家、――粉々で! どうしよう!?」
『落ち着いて、お兄ちゃん』
 声に従い、深呼吸。
 ……こういう事だったのだ。家族の安否が知れないという事は。僕は心の内で優に詫びる。どうして一緒にいてあげなかったのか。
 けれど、沙羅の声。沙羅の声だ。沙羅は無事だった……。
『お兄ちゃん、パパとママがいないんでしょう?』
「そう。そうなんだよ! というか、部屋がめちゃめちゃになってるみたいで……入れなくて」
『うん。だけど、もう大丈夫だから』
「え? ど、どういう事?」
『たぶんもうすぐ、二人とも帰ってくるよ。もちろんなっきゅ先輩のお母さんも』
「それは――」
 沙羅の言葉を疑おうなどと思わない。
 彼女が何に関わっているのか、そんな事は問題ではないのだ。
 つまり、すなわち、自分の大切な妹は無事であるわけで。
 ホクトは膝から崩れ落ちると、ぐったりとうめいた。
「良かった……。沙羅、良かった……本当に……」
『……うん』



Cure(s)!
                              豆腐 


第十話 愛の星 (エピローグ)


   1、倉成月海

「つぐみ」
 インゼル・ヌルの船着場。
 一月ともなると日が沈むのも早く、辺りは既に暗くなり始めていた。
「つぐみ。私達と一緒に来る気は……ない? もちろん、みんな一緒に」
「一緒に?」
 エレノアがうなずく。
「私達は、そういう事もしているの。そういう活動をして、私と『彼』が産んでしまった世界の歪みを修正している」
「キュレイのキャリアを助けて回っている、というのは聞いたわ」
「それだけじゃないけどね。けれど、相手が望むのであれば――同志として迎え入れる。あのマルシアなんかがその典型。もっとも彼女の場合、そう単純な理由じゃないんだけど」
「……悪いけど。今回みたいなのは……」
「勿論。あなた達を実動部隊に加えるつもりなんてないし、そもそも実戦なんて起こらない。『庭園』と呼ばれる世界で最も安全な場所があるの。そこで暮らしてみない? そこには、何もかもがある。私達のスポンサーが何もかもを提供する」
 エレノアの誘いに、しかし、つぐみは首を振った。
「つぐみ……」
「そこが世界一安全でも、きっとそこにはない。日常の中でしか得られない大切な何かが。私達キュレイは、そこから手を離してしまったけれど……今、私は、世界で一番幸せ。胸を張ってそう言わせてくれる人達がいる」
 つぐみが、小さくほほ笑んで手を差し出す。
 少女はその手を見つめてつぶやく。
「……きっといつか、傷つく」
「それでもいいの。それで、いいの」
 エレノアは少しだけ泣きそうな顔をしたが、すぐにつぐみと同じようにほほ笑んで手を差し出した。
 ずっと言えなかった言葉。
 あの頃の分も。
「さようなら、ジュリア」
「……じゃあね、つぐみ」
 握り合った手がゆっくりと離れて、二人は別れた。

   2、第七司祭マルシア=インパクト

 マルシアは、船に乗り込もうとするその青年に声をかけた。
「桑古木涼権」
 満身創痍の彼が、ゆっくりとこちらを振り向く。
「……マルコー、だっけ?」
「マルシアよ」
 名前ぐらい覚えろ、と思う。
「桑古木涼権よりは覚えやすいでしょう」
「はは……。まあ、確かに」
「あなただけでも、共に来る気はない?」
 後頭部を掻いて力無く笑う彼に、唐突と言えるタイミングで尋ねる。
 予想通りに彼はしばし呆然としたが、やがて、やはり、首を振った。
「気持ちだけ――」
「あなたには帰る場所が無い。私達の所にはそれがある」
「……それでもさ。駄目なんだよ」
「八神ココ?」
 その名を聞いて、桑古木涼権は包帯に隠されていない片頬でほほ笑んだ。
「バレたか」
「バレるもなにもないでしょうに。私は元米国人だからはっきりと言うわよ。あなたに望みは無い」
「分かってる」
「それなら、」
「ココは……あの子は、恋愛なんてできないんだ、たぶん。
 だけどさ、それで諦められるもんでもない」
「……どうして?」
「……なぜなら、」
 まるでそれを言いたかったかのように。
 桑古木涼権は、にんまりと笑顔を浮かべる。
「なぜなら俺は、彼女の事を好きになってしまったから」

「ふられましたわねー」
 去っていく船を眺めていたマルシアに、エレノアが声をかける。
「……そんな上等なものじゃないわ」
「素直じゃありませんわねえ」
「それぐらいでいいのよ。長い人生よ、下手に恋愛なんてするもんじゃない。何事も慎重に。クールにね」
 肩をすくめて、マルシアは疲れたように微笑んだ。
 くつくつと笑うエレノアの笑い声に、突如、大気を叩くローター音と、低くうなるようなエンジン音が混ざる。
 二人は同時に振り返り、そしてこちらに向かってくるヘリコプターの姿を捉えた。
「……エレン」
 静かに。今までとは少しばかり違う声音で。
 ヘリのローター音に掻き消されぬよう、声を張る。
「やっぱり、今回のフェイブリンのやり方には賛同できない」
「教会を根こそぎ潰すには、わたくし達では捜査の手段も時間も限られてしまう。日本警察は信用に足る組織ですわ」
「だからと言って、人間的な方法とは言えない。わざわざ彼らが襲われるのを指を咥えて見ていろというのは。とてもいい人達だった」
「命令を無視して『警告』はしたでしょう」
「あんなものを信じる馬鹿はいない。素性の知れない外国人に武装しろなどと言われて、素直に実行する馬鹿はいないわ。悲しい事だけど、外国人を疑わない外国人はただの馬鹿だもの」
「その無駄な行為に付き合わされた身にもなってみなさい」
「あなたも、今回については私と同意見のはずよ。特につぐみんには思うところがあったのでしょう?」
「…………」
 黙するエレノアに、マルシアは気づかれぬようため息をついた。
(想い人と友人の板ばさみになった。今回、一番苦しんだのはこの子だものね)
 彼女に愚痴を言うのはお門違いというものか。
「……ごめんなさい、エレン」
「……いえ」
 ヘリはすでに、アイドリングしながらこちらを――エレノアを待っていた。
 彼女の小さな背中をひっぱたく。
「痛ぁっ!?」
「お迎えよ」
「わ、分かってますわよ、まったく……」
 一度顔を伏せる。
 ふたたび顔があげられた時、そこには笑顔が浮かんでいた。
 こちらを小馬鹿にするような、見下しているような。
 体格差を無視する高慢な笑みに、マルシアは微笑む。
「――それでは、お先に失礼させて頂きますわ」
「今後ともよろしくね」
 二人の手が空中で交わり、ぱーんと音をたてた。

   3、桑古木涼権

 ――夕暮れの海を、一隻の船が白い軌跡を残しながら進んでいた。
「結局、空は何をしてたんだ?」
 桑古木がマルシアによってインゼル・ヌルへと運ばれ、気がついた時にはすでに全身の治療が済んでいた。ちなみに、今は鎮痛剤でどうにかなっているが、それが切れると地獄のような痛みが三日は続くとの事である。
 ……とまれかくまれ、桑古木が目を覚ますと、そこはインゼル・ヌルで、みゅみゅ〜ん(つぐみ)とココ、さらに茜ヶ崎空がいたのだ。
 空の答えは、答えになっているようでそうではなかった。
「筑波山で、ちょっと」
「筑波山って。茨城の?」
「ええ。ちなみに、松永さんも一緒に。かなりの強行スケジュールでしたが」
「……なんだって山なんかに」
 すると空は、細い眉を寄せ、ただ一言。
「お教えできません」
「え?」
「申し訳ありません、桑古木さん。これ以上は話せないのです。そういう約束をしていますから」
 約束――というと、当然エレノアやマルシアらと、だろう。
 もしかすると。彼女は何かを知ってしまったのかもしれない。
 なにか、普通に生きる分にはまったく必要のない、知ってはいけないような事を。
「……まあ、別にいいんだけどさ」
 空は少しだけ悲しそうだったが、それでも笑顔を見せてくれた。
 ――と。
 くいくい、と服の裾を引っ張られる。
 そちらを見ると、ココが口の端を歪めてそらを指差していた。
 見上げる。暗くなり始めたそらにソレを見つけ、桑古木と空は同時に「ん?」と間抜けな声をあげた。

   4、倉成武

 甲板の手すりに体重をあずけ、倉成武はぼんやりと考えていた。
 自分達の行く末。
 それは決して安易な道ではないのだろう。
 いつまでいられるか分からないが……それでも、やはり生きていこうと思う。
(さて、)
 体を反転、背中に硬質な手すりの感触。
「何か用か、つぐみ?」
「ばれてたんだ」
 肩をすくめて、彼女は武の横に並んだ。同じように手すりに背をあずけ、小さく微笑む。
「悩んでるみたいだから」
「んー。まあ、悩んでるっつーか、なんというか」
「……トム少年? ジュリアの言ってた」
 無言で武は頷く。思うところはいくつかあった。
「つぐみは会ったことあるのか?」
「ある」
 妙に強く断言するつぐみに視線を向けると、彼女は自分の声に驚いているようだった。口を何度かぱくつかせ、言い直してくる。
「何度もジュリアのお見舞いに通って……何度か、彼と話をした」
「……どんな感じだった?」
「神聖」
 一言。言ってから、付けくわえる。
「病的な神聖さ。あの時の彼は、確かに狂っていた……。ジュリアの言っていたことが確かなら、正に狂っていたとしか言いようが無い。ただひたすらに『嘘』をつき続ける、真正の狂人。真性キュレイ、トム・フェイブリン。正確には分からないけれど、きっとあの頃、私も彼の『奇蹟』に巻き込まれた。ジュリアを癒したいという祈りが――私を――」
「つぐみ」
 肩を抱く。
「分かった」
「……うん」
 しばらく二人は波の音に耳を澄ました。
 日々。これからも続いていく。
 果てはどこなのだろう。その時、二人は寄り添っていられるのか。
 どちらが欠けてもいけないと思う。
 けれどそれでも、残された方は生きていくのだろう。
『生きている限り、生きろ』と。
 そんな陳腐で馬鹿みたいに壮大な約束を交わしてしまったから。
「その時、歪んだのかな」
 ぽつりと、武がつぶやく。
 つぐみが首をかしげた。
「その『奇蹟』が起きて、この世界は歪んじまったってことだろ? どう考えたっておかしいこの世界は、その時全てが始まったのか?」
「……さあ?」
「さぁって」
「どうだっていいじゃない、そんなこと」
 少し怒ったように言って、彼女は数歩進んだ。
 何か悪い事言ったかな、と武は焦る。
 立ち止まり、つぐみが振り向く。そこには――笑顔。
「歪んでいようがなんだろうが、私は武に逢えたんだから。それだけが大切な事でしょう?」
 まるで外見と同じように、それは楽しそうな少女の問い掛け。
 おそらく、身体の健康が精神を若々しく保つのではないだろうか。
 ……まあ、そんなわけで。
「つぐみ」
「ん?」
「つぐみーーっ!」
「ちょ、た、まっ! またあ!?」

   5、Sora=Cure?

「倉成さん、小町さん――って、何してらっしゃるんですか!?」
「おー、空。どうかしたんか?」
「どうかしたの、空?」
 やたら優雅に歩いてくる二人。実質一人。
 なぜだかつぐみは武にお姫様だっこをされている……
「な、なんて羨ましい……ではなく。上をっ」
 桑古木、ココがそうしているように、武とつぐみも天を仰いだ。
 そして『ソレ』を見つける。
「なんじゃありゃ?」
「ヘリコプター……だと思うけど」
「ヘリだが……。それだけ、だよな……?」
 暗くなり始めたそらに、小さな機影。
 どうリアクションしていいか分からずにいる二人に、
「――なっきゅ、だよ!」
 ココが、傷の痛みも無視して声をあげた。

   6、第一司祭エレノア=ジュリア

 ヘリの中では、二人が寝息を立てていた。
 疲れきった優美清春香菜と、そしてもう一人。
 エレノアは隣りで眠る少年に呼びかけた。
「トム君」
 その人はゆっくりとまぶたを開いた。
 すぐに焦点が結ばれ、名前を呼んでくれる。
「……ジュリア」
「ん」
 トム・フェイブリンと田中優美清春香菜を乗せたヘリはインゼル・ヌルでエレノアを拾い上げ、そして今、海の上空を横断している。
 エレノアは静かに囁いた。友達にいたずらを報告する子供のように。
「とりあえず、終わったね」
「そうだね。お疲れ様」
 トムが小さく笑う。
 1日の内、20時間を睡眠で過ごさねばならぬ彼は、当然のように手足は細く、そして肌も白い。
 まるで病人のようだ、というのは、まさしくその通りなのだろう。
 彼は病人なのだから。
「次はどこへ行くの?」
 エレノアが尋ねると、トムは少しだけ目を細めた。
「『名簿』の出所を叩く」
「それじゃあ?」
「――ドイツだ。優希堂悟を殺す」


  , , , , , , , , , , , , ,


   7、田中優美清春香菜(エピローグ)

 とある午後の昼下がり。
 田中優美清春香菜は、アイスクリームを片手に公園のベンチに座っていた。
 とても晴れている。蝉の鳴き声は、まるで地面の焦げる音のようだった。
 辺りを見回してみるが、誰の姿も無い。
 寂れた公園に一人ぼっち。
 アイスクリームに舌を伸ばす。冷たさに思考がクリアになった。
 頭上を見上げる。汗が首筋を撫でる。
 とても晴れている。

「……おかあさん」

 思わず漏れた声。一瞬、自分のものかと疑ってしまう。しかしそれは確かに自分のもので、表皮のはがれた素っ裸の『吾』だった。
「お母さん……」
 涙が止まらない。突然、思い出してしまったその人。
 普段は必至で思い出さないようにしているのに。
 両手の甲で、子供みたいに涙を拭う。
 田中ゆきえ。
 母は幸せだったのか。今なら分かる、あの人は私を愛してくれていた。少しばかり不器用で、早くに夫を失い、娘との向き合い方が分からなくて。そんなあの人は死んでしまった。あっさり、ウィルスなんかで死んでしまった。
 あんまりにもあっけない生。どれだけ間違った世界だ、と思う。死ぬはずだった私が生きて、父も母も死んでしまった。父は幸せだったのか。母は幸せだったのか。
 溶けたアイスクリームが膝の上に落ちる。
「冷たい……」
 声はどうしようもなく裏返る。
「……冷た……ッ…………ひぐ……」
 誰もいない公園のベンチの上。
 体を丸めて、優美清春香菜は泣き声を噛み殺した。

 もういないだろうが、
 あの赤澤冬美という少女には謝らねばなるまい。
 約束は守れなかった。色々なことがあった。
 私はまだ、生きている。

   8?、Cure

 ――それは。『彼ら』の求める最後の一手。
 人類を新たな段階へと導く、最終の手段。


  その名はCure(sssssssssss)





 あとがき

 終わった…。
 連載は恐ろしいです。一話一話が恐すぎます。
 そういえば、一度も生身の沙羅が出ていないという事に気づきました。沙羅スキーな方、申し訳ないです。でもむしろ一番かわいそうなのは秋香菜……すいません。思えばいつも不運ですこの方。死んだり。(爆
 なぜこんな話をしているのだろう。と、このままだとだらだらしそうなので、言わなければいけないことを。

 ――拙作にここまでお付き合いくださった皆様、この場を提供してくださった明様。本当に、ありがとうございました。未熟ながらも全力は出せたと思っております。独り善がりに過ぎた部分も多々あるのですが……そこも含めて。
 ではっ。


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