Home sweet Home
                              豆腐 




   1、

 川原に寝転び、惣太がぼんやり空を見上げていると、突如、何者かの影が太陽光を遮った。
 明るさに慣れていた眼球が、じっくり数秒をかけて影の正体を見極める。
 ――女だ。
「……誰?」
「こんにちは」
 穏やかに微笑む女性。惣太がのっそりと上半身を起こす。
 極自然にその横に女性が腰を下ろした。
「えぇと」
 困ったように頬を掻く惣太に、女性はやはり、優しい声で、
「君、地元の子だよね?」
「そうです」
「良かった。ちょっと聞きたい事があって」
 そう言ってその女性は、背負っていた小さなザックの中を漁り始める。
 と。惣太はようやく気づいた。
「あの、それ……」
「ん?」手を動かしながら、女性が顔を上げる。
「ネズミですか?」
 惣太の一言に、女性はわざとらしく唇を尖らせた。肩に乗る『ネズミ』を撫でながら反論の声を漏らす。
「ネズミじゃないよ。ハムスター。かわいいでしょ?」
「かわいい、ですね」
「チャーミングでしょう?」
「チャーミングです」
「だから――チャミ」
「は?」
「チャミ。この子の名前。チャーミングだから……チャミ。そう決めたんだ」

   2、

 女性はとある民家を訪ねようとしていたらしい。
 その家は幸いにも惣太の知っている家で、それを聞くと女性は嬉しそうに手を打った。「じゃあ、一緒に行きましょ」
 まあいいですよと立ち上がって、惣太は見慣れた風景の中を歩き始めた。
「いいところねえ、ここは」
 にこにこしながら近くを流れる小川を眺める女性。惣太はうなずく。
「静かなところです。なにもないですけど、なにもいらないから」
「欲がないんだ」
「そんなことはないですけど」
「好きな子とかいるの?」
「いませんよ。なんの話ですか」
 頬を染める惣太の肩を女性が腹を抱えながら叩く。
「ごめんね。照れちゃう年頃だもんね」
「そういう言い方はずるいんですよ」
 少しだけ怒ったように語尾を強くする惣太。女性は「ありゃ」とつぶやいて、眉を寄せた。
「怒った? ……ごめん」
「謝られるほどの事じゃあ……ほんとに。子ども扱いされるぐらい」
「そっか。うん、君は大人なんだな」
「そういうのを子ども扱いってんですよ」
「あははは」

 惣太がチャミを手の平に乗せてもらったりしていると、やがて目的の家に到着した。
 二階建ての、特になにがあるというわけでもない、普通の一軒家だった。
 表札には『谷口』と書かれている。さらにその下に住人の名前が並んでいた。
 その内のひとつ。
 新しく隅に書き加えられている『惣太』という文字を指差して惣太は言う。
「これが僕の名前です」
 それを聞いて、女性は少しだけ驚いて、それから真剣な目をして、そして優しく微笑んだ。

   3、

 テラスに腰掛けぼんやりと空を見上げていた惣太は、いつの間にか例の女性がすぐ側に立っている事に気づいた。
「ずいぶん長い話でしたね」
「色々、難しい話をしたからね。――惣太」
 初めて名前を呼ばれ、惣太はどきりとした。
「惣太、少し散歩しよう」
 断る理由もなかったので、惣太はうなずいた。

 近くの公園までやってくると、女性はとてとてとブランコに駆け寄った。
「ブランコー♪」
 歌まで歌っていた。
「好きなんですか、ブランコ」
「好きよ。楽しいものは全部、好き。そういう感覚は私にとって永久に続くものだから」
 言っている事はよく分からなかったが、惣太も女性の隣りのブランコに腰を下ろした。高さが合わず、と言って自分は学年平均以下の身長であるけど、おそらく幼児向けに作られたであろうそのブランコは惣太が快適に利用できるものではなかった。
 つまりは自分より遥かに高い身長を持つ女性にとってみれば足が余り過ぎて漕ぐどころか座る事すら満足にできないはずである。
 が。女性は器用にブランコを揺らし始め、惣太もそれにならって足をうまく畳んだ。
 田舎の公園に二人きり。静かに遊具の軋む音がする。

  キィ、キィ

「惣太の養育権は、もうすぐ私に渡される事になる」
「…………」
「けれど、惣太が嫌と言うなら、私はすぐに帰るよ。私だけじゃなくて『谷口』の家も嫌と言うなら施設に入るのもいい。――決めて、惣太」
 女性は静かな瞳をしていた。そこから強迫的な気配は感じられず、ただ静かな優しさだけがたゆたっている。
 惣太は、細く長く、息を吐き出す。
 そしてあきれたように、
「そんなのフェアじゃないですよ」
「……そっか。突然過ぎたか、やっぱ」
 にしし、と笑う女性に、惣太は首を振る。
「あなたの名前。まだ、聞いてません」
「…………」
 少しの間だけぽかんとしていた女性は、次の瞬間、腹を抱えて笑い声をあげた。
 つられるように、惣太も声を上げて笑う。
 夕陽に照らされた二人の影が、とても長く伸びていた。 

   4、

 ひとしきり笑い合ってから。
「私は超能力者なんだ」
 突然。女性は言う。
「でも、本当に大した事ないの。超能力なんて、大した事無い。凄く弱い力。スプーンを曲げるだけの、ほんのささやかな力」
 言いながら彼女は肩の上のハムスターを撫でる。
 凄く、遠いところを見ていた。
「惣太のお父さんもお母さんも助けられなかった。……みんな死んじゃった。私だけが残されて、凄く悲しくて、でもそれじゃいけないって思った。だから、来たんだ」
「……あなたは……」
「惣太の血は凄い血だよ。私達、まだお互いの事なにも知らないけどさ。これから仲良くなっていけたらいいね。思いつきで惣太の事を育てようなんて思ったわけじゃないから、それだけは信じて。うん、ほんとに」
 女性は惣太の頭を優しく撫でる。太陽のような笑顔を浮かべていた。
「自己紹介をしよう。私はココ。八神ココ」
「……惣太です。倉成惣太。その……今後とも、よろしくお願いします」


  こちらこそ、




 あとがき

 短っ。でもなかなか満足しているので良しとしましょう。しかし技術面以外でも問題がいくつか。
 まずはキャラ。考え方によっては、完全にオリです。申し訳ないです。そして大量死。なんか前から僕の短編はよく人が死んでいる気がします。気のせいか…。
 とまれかくまれ。御感想御指摘等、頂けると非常に嬉しいっす!
 ではっ。


TOP / BBS /  








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送