2034年6月。倉成一家は念願の家族四人での生活をスタートさせた。 しかし、まず問題となったのは子供達の学校のことである。 倉成家は田中研究所の近くだから、ホクトも前通っていた高校には通えない。当然転校する必要がある。 鳩鳴館は女子高であるから当然ながらホクトは通えないし、倉成家は決して裕福とは言いかねたから、学費のこともあり沙羅はあっさりと転校を決意した。 しかし、保護者の武とつぐみの戸籍は偽造品。表面的にはどう見ても親子では通らない事もあり、やむを得ず沙羅の姓を借りて彼女の兄、姉ということになっている。 すなわち、対外的には「松永武」と「松永つぐみ」であり、ホクトは、DNA鑑定の結果沙羅の兄と認められた「松永ホクト」の取り扱いとなっている。家族全員戸籍上出生父母不明となっていることもあり、書類審査という点において非常に不利と言えた。 ライプリヒ監視時代の戸籍を使用すれば問題ないのだろうが、子供達は即座に拒否した。 「嘘でもいいから、同じ姓を名乗りたい」そんな子供達の切ない願いは両親とて同じであった。 そんな家族を救ったのは、意外にも桑古木であった。 同じ市内にある『県立 虹ヶ丘高等学校』の校長に話をつけ、あっさりと了承して貰ったのだ。 公立校ゆえ学費は安く、距離は近すぎず遠すぎず、校風は穏やか。学力レベルは中の上で、学級崩壊といった問題も特に無い。 理想的な環境といえる。 武は、桑古木にどんな手段をとったのか聞いてみたのだが、 「情けは人のためならず、って言うだろ?取引や脅迫やら、そういった不法はしてないから安心しろ」 と笑って、答えてはくれなかった。 そうやって、ホクトと沙羅は晴れて兄妹として同じ高校に通うことになったのであった。 2035年10月10日 午後7時17分 倉成家ダイニングルーム 夕食後の、ゆったりしたひと時。 倉成家においては『朝食と夕食は全員で食べる』というのが不文律となっている。早朝出勤とか極端な残業が無い場合、これは絶対の掟といっても差し支えない。(この掟のおかげで、ホクトとユウのお付き合いは健全なままである) そういうわけで、当然の如く、夕食後のダイニングには倉成家の構成員四人全てが揃っていた。 洗い場で、洗い物をしているつぐみ。現在、厨房は彼女の領土となりつつある。実際、料理の腕前もかなり上達してきている。 最初の内は殆ど毒見と変わりないような有様であったが、今では家族修正加点分を差し引いても及第点が出せるくらいにまでなった。 「いつまでもネタにしかならないような殺人料理しか作れない酒乱回文女に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだぞ?」 「パパ、パパ、電柱でござるぞ。そのネタは少々危のうござるよ、ニンニン」 「あ、すまんすまん。なんだか妙な電波を受信しちまったみたいだ。…沙羅も、字が違うぞ?」 「なんか、作者的にはこれでOKだそうでござる」 「お母さん、お父さんと沙羅が何かおかしいよー」 「たまにそういうことがあるのよ。ほっとけば直ぐに治るから」 閑話休題。 「でね、パパ。これなんだけどー」 「うん」 目の前に広げられる一枚のプリント。 「なになに…体育祭の父兄参加競技への参加ご協力のお願い、ってなんだこりゃ?」 「うん、今度の10月14日、虹ヶ丘の体育祭があるの、知ってるよね?」 「ええ、今年は見に行ってあげられる。優に感謝ね」 洗い物を終えたつぐみが会話に割り込む。心を許したものにしか見せない、満面の笑顔。 「ありがと、ママ…。それでね、前もって父兄参加の競技の受付があったんだけど、どうも集まりがよくなかったらしくて」 「なるほど」 確かに、高校生ともなると父兄との合同競技ってのはちょっと敬遠するかもしれない。両親も結構な年だし、何より気恥ずかしいし。 「でも、俺らが出るとかなーり卑怯だぞ。何しろ、俺もつぐみもキュレイだ。勝負にならんぞ?」 積んでるエンジンがそもそも違う。フィアット500とF1がハンデ無しで競争するようなもんである。 「ふふふ、甘い、甘いでござるよ」 「うん、沙羅の言うとおりだよ。ほら、これなら大丈夫。まあちょっとは有利かもしれないけど。極端には有利にはならないから」 ホクトと沙羅が指差す競技名を見る武につぐみ。 「なるほど…確かにこの競技なら、そんなに差はつかないな」 「武の言うとおりね。これなら、出てもいいかも」 「やったー!ありがとう、お父さん!!!」 「ママ、感謝でござる!!!」 頭上でハイタッチだけでは収まらず、両手をつないでぴょんぴょん跳ね回る兄妹。 非常に微笑ましい光景。家族の団欒とはまさにこのことを言うのであろう。 「それじゃ、パパ、ママ。登録、していいよね?」 「いいわよ、沙羅」 「おお、任せる」 「了解、でござる。暫しお待ちを…うん、ぎりぎり最後で開枠ゲットでござる♪」 早速、愛用のコンピュータ端末『サラスペシャル』でネットワーク接続。出場登録を済ませる沙羅。 こうして、倉成武、つぐみ夫妻の体育祭参加が決定した。 しかし。あまりに浮かれていた故、沙羅は重大な事を忘れていた。 ここに記すのは、その後数十年に渡り『虹ヶ丘高等学校十大出来事』の第一位を維持し続ける出来事の記録である。 |
未来へ続く夢の道 −本編5 おひろめ− あんくん |
2035年10月14日(日) 午前8時34分 虹ヶ丘高等学校への登校路 「はあ、はあ、はあ、なんで起こしてくれなかったのーーーー!!!」 息も絶え絶えになりながら、それでも非難の声は上げるという非常に器用なことをする沙羅。 「起こしたじゃないかーーー!!!そしたら寝ぼけて抱きついた挙句襟絞めで僕を落したのは、沙羅じゃないか!」 こちらは余裕のホクト。毎日寝起き最悪の沙羅を引っ張って、門限タイムアタックを続けているのは伊達じゃない!! 「二人とも、毎日これしてんのか?そりゃ足も早くなるわな」 キュレイ故、この程度は巡航速度以下。余裕の武がホクトに聞く。 「うーーーん。今日はまだマシなほうかな?でも、せめて今日くらい、ゆっくり登校したかった―――お父さんとお母さんと一緒に学校行くのって、転校手続きの時以来だし―――」 「ご、ごめん、お兄ちゃん―――」 しゅんとなる沙羅。 「分かったなら、さっさと走りなさい。早く着けば着いただけ長く、四人で学校、いられるでしょう?」 きちんと締めるところは締めるつぐみ。 「うんっ、分かった、ママ!!!」 たちどころに元気を復活させた沙羅と共に、倉成一家は目的地へと向かったのであった。 午前9時30分 校庭 父兄応援席 ぱーん! ぱん!ぱん!ぱん!ぱん! お約束どおりの打ち上げ花火5連を合図に、体育祭が始まった。 プログラムを見る限り、非常にオーソドックスな競技が多い。いくつかよそでは見られない競技もあるにはあるが、そんなに危険なものでもない。 まあ、3年生は受験を控えていることもあり、そういった点も配慮しているということであろう。なまじっか、見た目ハデな競技で客寄せして結果生徒に怪我をさせるような学校より好感が持てるというものである。 さて、この時期になると生徒も父兄も結構行事馴れしてくる。それなりに冷静な反応が多い。 しかし、そういった中でもやっぱり熱い人々というのは存在する。 特に3年生とその父兄は、熱い。 なぜなら、高校を終えると『学校行事』というものはまず体験しなくなる。大学では学園祭以外にそういった全体イベントはまず行わないし、なによりかなりの生徒が親元を離れることになる。 この時期にもなると、家族も参加する学校イベントという意味では体育祭と文化祭しか残っていない。そして文化祭も学校全員揃ってとは言いかねる。 このような理由により、異性にいい所見せようとかいう人種を除いても、体育祭という舞台は最後の思い出作りの場であり、3年生とその父兄はそれなりに燃えることが多いのである。 というわけで、 「おーーーっ、いけーーー!そのまま、そのままっ!!!」 「こら!!!どうして抜かれるのよーーーー!!!」 「よっしゃ!一着取った!!!」 ギガピクセルデジタルカメラや高速撮影機能付きムービーカメラ片手に盛り上がる父兄たちの一団があちこちに見られることになる。 まあ、片手にビールなんてのもお約束だけど。…大目に見てあげましょうよ、ね? そんな一団にたった二人で対抗しているのが、 「それっ!!!いけっ!!!そこだホクト!!!よっしゃーーーーー!!!!!」 拳を斜め前に突き出し絶叫する武と、 「すごい!武、武、ホクトが一人抜いたわよ!!!ああっ、また一人抜いたわっ♪♪♪」 片手で自慢の息子を指差し、もう一方の拳を夫とお揃いの角度で突き上げてはしゃぐつぐみであった。 周りの目なんて気にしない。クールな普段のつぐみからは想像も付かない姿。 「よーーーっし、これで一着3つめゲット!!!」 テープを切って一着の三角旗を掲げて喜ぶホクト。小躍りしながら、応援する両親に向かってその旗を振ってみせる。こちらも元気度通常比200%アップ状態。 「ホクト!よくやったーーーーーーー!!!」 「ホーーークーーートーーー!!!りっぱよーーーー!!!」 ぶんぶんぶんと風切音がしそうなくらいなオーバーアクションで手を振り返す武とつぐみ。 ここまであけっぴろげだと、周りも迷惑とは思わない。むしろ仲のいい兄弟姉妹の微笑ましい姿に暖かい拍手を返してくれる。 「兄ちゃん、成人だろ?どうだ、祝い酒に一杯!、そこの姉ちゃんも一緒にな、な?」 近くの席で、こちらは酒宴で盛り上がっていた父兄がそんな二人に声を掛ける。 「いいんですか?」 「こういう席で遠慮はかえって無礼だぞ、青年!つべこべ言わずに、さあ、一杯!!!」 突き出されるビール缶二本。豪勢にも『ヱ○ス』の500ml缶!!!この親父、よっぽど二人が気に入ったらしい。 「ゴチになります!!!」 「…いただきます」 「それでは、皆の者、『ホクトくん』の一着を祝って、祝い酒じゃぁーーーーー!!!」 「「「「かんぱーい!!!」」」」 同時刻 校庭 3年B組応援席 「それでは、皆の者、『ホクトくん』の一着を祝って、祝い酒じゃぁーーーーー!!!」 「「「「かんぱーい!!!」」」」 「なんだか、あの一角、異常に盛り上がってるなー」 「でも、さっきホクトくんが旗を振っていたよねー。すっごく嬉しそーに。もしかしてー、あれが噂に聞く松永さんの兄姉's?」 目前で展開される光景に興味津々のクラスメートたち。 「って、噂をすれば!!!英雄様の御帰還だーーー!皆の者、出迎えの準備をっ!」 運動能力に優れるホクトは、体育祭においてこのクラスの主戦力である。出場制限数ぎりぎり、しかも100mや400m、4×100mリレーや4×400mリレーといった花形種目にエントリーし、ここまで実に3戦3勝。特に最後の4×400mリレーは圧巻。4角回った時点で、誰もが絶対に届かないと思った絶望的な差を脅威の末脚で差し切って見せたのである。菊○賞のディー○イ○パクトばりに。 当然、クラスはお祭り騒ぎ。英雄扱いは当然の事と言えた。婦女子の好感度も大幅アップだ――― 「お兄ちゃーーーーーん♪(はあと)」 そんな英雄に抱きつく美少女一人。体操服とホットパンツの上下から伸びる手足が美しい。 「こっ、こら、沙ー羅ー!!!抱きつくなっ!恥ずかしいだろ?!」 「い・ま・さ・ら・で・す・わ、お兄ちゃん♪…あんなことやこんなことした仲なのに、もう沙羅は要らない妹なのですか(涙)」 涙目、振り仰いで上目遣い。両手はちゃんと胸のシャツを掴んで、胸は微かに触れるくらい。 妹系にとって理想的シュチュエーション。うるうると見つめる穢れなき瞳。 「わかった、わかったから。だから、あんまり密着するなー」 「えへへ、お兄ちゃん、だーーーい好き♪」 すかさず右手に回りホクトの腕に自分の腕を絡める沙羅。 (最強のライバル『なっきゅ先輩』が居ない今こそ好機!お兄ちゃんのハートをここでゲットでござるよ) 恋するヲトメの本能恐るべし。かくして、クラスメート女子の恋愛フラグは沙羅の妹的絶対領域の前に消滅したのであった。 結果的に、この騒動により武やつぐみからクラスメイトたちの興味は反れることとなった。 このように、健闘や敢闘や、声援や応援や、局所的に酒宴や恋愛騒動を交えつつプログラムはつつがなく進み… 午前11時17分 校庭 『只今よりプログラム15番、全学年混合の徒競走を行います。なお、プログラム17ば…ザッ…ガガガッ…に参加される父兄と生徒は、3番入場口の方にお集まり下さい…繰り返します…』 どんちゃんどんちゃん、どわはははー 完全に宴たけなわ状態に突入している一団から 「あ、すみません、次、出番なもんですから」 「御免なさい、私も出るの」 「おーーーっ、そりゃすまんかった。あの『ホクトくん』とやらと一緒かい?」 「あ、もう一人出るんです。単独の競技には午前中は出ないって言ってたので」 「おおっ、そうなのか?」 「午後の競技には出るみたい。一緒に応援して貰える?」 「異議なーし!!!われわれは、全力を以って応援することを宣言するぞー!!!」 「「「おーーーーっ!!!」」」 武とつぐみが抜け出し 玉石混同の徒競走に対して無秩序な応援をしていた3年B組の応援席から 「それじゃ、最後にアレに出るから」 「拙者も一緒でござる」 「おっ、もしかしてさっき派手に応援していたあの人たちか?」 「うん」「そう」 「おーーーっ、秘密のベールに包まれていたお兄さんとお姉さんが初登場かー…どうせだから一着取って来い!」 「うんっ!」「了承、でござるよ!」 ホクトと沙羅が抜け出し そして、 「それじゃあ、よろしくお願いします」 「ふふっ、任せておいて」 「うん!」 「ベストカップルぶりを見せ付けて差し上げるでござるよ!」 「…張り切るのは結構だが、文法くらい守りなさい」 「はーい♪」 その『時』が来た。 2035年10月17日(日)午前11時47分 虹ヶ丘高等学校 校庭 「なんで、こうなるのかしら?」 「本当、こまったね」 「全くでござるよ。よりによって…」 「同じ、最終組、だとはなあ…恨むぜ、番組編成担当者」 『只今より午前の部最後の競技となります、プログラム17番『父兄と生徒による混合二人三脚』を行います。距離は200mでトラックを半周します。…それでは第一組の方々はスタート位置に付いてください。後の組の方は係の実行委員の指示に従って……』 沙羅とホクトはサピエンスキュレイ種なので、身体能力は一般生徒と殆ど変わらない。まあ、ホクトは若干優れているとはいえ、あくまで常識の範囲内といってよい。そんな二人との二人三脚であれば、他のペアとのハンデはほとんど無い。また、練習ほとんどなしのぶっつけ本番であることを考えれば、まあ互角。非常に公平だ。しかも堂々と2組ペアで家族四人出れる…そういった理由で選んだ競技だったのだが、 どういった手違いか、同じ家族なのに、同じ最終組に配されてしまったのであった。 そんな倉成家の困惑とは関係なく 「あっと、○○親子、ぶっちぎりです…と、ゴール前で転倒!中々立ち上がれなーーーい!!!無念、××親子に先にゴールされてしまいましたー」 と、二人三脚特有の大逆転を織り交ぜつつ、和気藹々とレースは進み、 倉成親子の最終組が、スタートする番が来た。 『最終組、スタートしました!おーっと、飛び出してきたのは二組のペアだ、早い!早い!ここまで息の合ったペアは本日初めてです!既に第4コーナーのカーブを曲がりましたーーー」 「悪いが、父親として、此処は負ける訳にはいかんのだ!!!」 「私ね、負けるのって、大っ嫌い、なの、よっ!!!」 どうのこうの言っても、揺るぎ無き愛情で結ばれた最高の親子。息もタイミング取りも計ったようにシンクロする。 事実上、子供達の全力疾走に近いスピードで疾駆する四人。最早、「二人三脚」のスピードとは言いかねる、そんな疾走。 『あっという間にゴール前、どっちが勝…って、もうゴールしました、嘘みたいなタイムです。しかも、どっちが勝ったか全く分かりません。 「倉成母子」も「倉成父子」も人間離れしたパフォーマンスを見せてくれました! …えっ?』 2035年10月17日午前11時57分。 全校生徒。父兄。教師達。来賓。 少なくとも数百人以上がいる、体育祭の校庭から、 音が、消えた。 -承節へ- |
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