未来へ続く夢の道−本編5 おひろめ−
                              あんくん



 − 承節 −





―ホクトと沙羅はこの学校においては知らぬものがいないほどの有名人である。


 ホクトは身体能力に優れスポーツ万能。運動系部活の勧誘は日常茶飯事。
「転校生でさえなければ、インターハイだって楽勝で出場できるはずなのに」と惜しむ声が絶えない。
 沙羅は頭脳明晰、才色兼備。
 成績は常にトップを独走。コンピュータの天才として、その方面の人々には良く知られた存在でもある。(倉成家が偽戸籍の苗字として「松永」を選んだ一番の理由は、「松永沙羅」が多少なりと表世界に名の知れた存在だったからである)
 コンピュータ部(さすがに『ハッキング部』はなかった)は勿論、文系クラブからの勧誘は絶えたことが無い。
 その上、双方とも容姿は標準を遥かに上回っているし、若干子供じみた点を除けば性格もいい。
 それらを差し引いても人好きのする魅力を持つ二人は、生徒たちから好かれ、多くの友人を持つに至った。
 ここまでならごく普通の「クラスのアイドル」で済んだだろう。


 だが、この二人とその家庭には、謎が多すぎた。


 まず2年の6月という中途半端な時期にそれぞれ別の高校から双子が引っ越してくるということ自体、噂の対象には十分。
 次に、ホクトも沙羅も、絶対に部活に入部することは無かった。体験入部はおろか、いかなる部活動の部室に立ち入ったこともない。運動施設や特殊教室といった部活と共用する施設も、授業で必要な時以外には絶対に立ち入ろうとはしない。図書室も使用しないという徹底振りである。
 また、単独行動というものを殆どしない。男女別の授業等では流石に別々になるものの、それ以外の場合たいてい一緒に居る。希に単独で居る場合の大部分が沙羅一人というパターンであり、その時の雰囲気は控えめに言って淋しげ、現実に近い表現をすれば脅えを感じさせるものであった。
 それゆえ、友人はほぼ共通のものであり、各々単独の友人というものが極端に少ない。それは、親友と呼べる存在が居ないことも示す。
 他にも、これはホクトより沙羅に顕著だが、お互いに異性が友人として接近するのは許容するが恋愛感情を持ち込むことは絶対に許さない。沙羅の異常なまでのホクトへの甘えは、兄から異性を遠ざける為という側面が垣間見える。
 そして、最大の謎が、家族。
 二人に「松永武」「松永つぐみ」という兄・姉が居ることは、最初から知られていた。転校時の自己紹介で二人が説明したからである。
 「松永武」自体は田中研究所という研究所に勤める好青年として近所に知られている。陽気でややおちゃらけた所を持つ快活な青年でご近所づきあいも悪くなく、当然評判は上々と言っていい。
 だが、「松永つぐみ」のこととなると、極端に情報が少なくなる。
 目撃されたのはたいてい夜。しかも、ちらっと見たと思ったらいつの間にか姿を消している。昼間は家にはカーテンと鍵がかかっていて、チャイムを鳴らしても絶対に誰も出てこない。
 夜にしても、来客の相手をするのは武、沙羅、ホクトの内のいずれかで、つぐみが出てくることは無かった。
 ホクトも沙羅も、用事も無く自宅に来られるのを非常に嫌がった。事実、自分から友人を自宅に招いたことは一度も無い。
 そんな二人に対し、友人たちもあえて家族の話をするのを避けた。
 友人は多いが、親友は居ない。友人の家に二人で遊びに行くことはあっても、一人で遊びに行くことは絶対ない。途中まで友人と帰ることがあっても、絶対に自宅には寄せ付けない。いつも二人で一人、離れないように寄り添って。そのように、二人は学校生活を送ってきたのである―




 そんな二人の行動を、家族を、過去を、連想させる最後の『鍵』が、今、ここに公にされてしまった。



 沙羅の犯した重大なミス。
 それは、二人三脚の出場登録をする際に、本名と本来の関係、年齢で登録してしまった事である。
 そして、学校側はこれを見過ごし、登録そのままの内容で放送部の実況用の名簿に記載してしまった。
 結果として、二人三脚とは思えぬあまりの展開の速さにあせった放送部員は、名簿をよく確認しないまま名簿に書かれた名前で四人を呼んだのみならず、『人間離れした』という強力な連想を誘うキーワードまで無意識のうちに発してしまったのである。





 今や『小町法』及び制定のきっかけになった『ミズ・小町の新国連演説』を知らない者は、日本には存在しないと言っていい。
 万事、お役所仕事の先送りが常態化していると揶揄された日本の国会が、新国連決議の直後、臨時国会を召集してまで世界最速で成立させた『小町法』関連諸法。
 これがきっかけとなり、他の諸国でも『小町法』の批准、関連法制の立法がスムーズに行われることとなる。
 この英断に対して世界中の人権機関・団体はこぞって賞賛のメッセージを送り、日本政府や国会議員たちは大いに面目を施した。
「ひとつの家族を救うために、世界の良心が作った法律」
『クローン法』と並ぶ、日本国民が生み出した優しさと良心の結晶。日本が世界に誇る『優しき法律』。


そして、その法律の成立を決定付けた『演説』。その内容は、どうだった…?




「ただ地下に潜りただ生きているだけ。でも、そんな私に希望は一つだけプレゼントをくれました」
「あたらしい、いのちを」

 それは約18年前。
 ホクトくんと沙羅ちゃんは、早生まれの17歳。だって、1月、誕生日プレゼントあげたもの………




「2034年5月7日。そんな私に、二人の子供と、17年前に失った希望が帰ってきました」

 二人が転校してきたのは、2034年の、6月だったよな………




「結局、私は子供たちを守ることはできませんでした。子供たちもライプリヒの実験台となり、監視される生活を強いられていました」

 ホクトくんも沙羅ちゃんも、一人になることを極端に嫌がってた。お互いを、他人に奪われることを極端に恐れてた………




「また、最愛の人は、私のせいで、私と同じ存在となってしまいました」

 旦那さんは、二人が生まれた時はキュレイになってなかった? ホクトくんは前軽い怪我をした時、そんなに早くは治らなかった………




「明かせない協力者のおかげで私はかろうじて夫と、子供たちと一緒に生活できています。でも、戸籍は本来の関係のものではありません。本来の関係で、本当の名前で呼び合えるのは家族と一握りの親友だけ。外では、嘘の関係を語り、嘘の名前で呼ばなければければ生きていけないんです」

 倉成っていうのが本当の名前。親子なのが本当の関係。私、ホクト先輩の事も、沙羅先輩の事も、本名で呼んだことなかったんだ………




「でも、これだけは言いたいの!私は、家族と一緒にささやかに暮らせればそれでいいのよ!この人は私の自慢の夫ですって、この子たちは私には過ぎた最高の子供たちですって、そういいたいだけなの!、私たちはそんなささやかなことすら望んではいけないんですか!!!私の過去なんてどうでもいい、私が言いたいのはそういうことなのよっ!それ、だけ、な、の……」

 『ひとつの家族を救うために、世界の良心が作った法律』
 冗談ではない! 私は、この状態を打開する術を持ちながら、今日まで実行できなかった。
 未だに「ひとつの家族」すら、我々は救えていない。法律を作ってもらって、それで我々は良い人間だと舞い上がっていたに過ぎない。
 これは、私の罪。
 遅いかもしれない、償えないかもしれない。
 それでも、私は、この罪を、贖わなくてはならない………








 
無残に地面に落ちたゴールテープ。

ゴールしたときのまま立ち尽くす、二組の男女。いや、四人の家族。

この校庭の時間は止まったまま。





じゃりっ。





校庭の石を踏む音が、


砂の落ちきった砂時計を、裏返した。




 ゆっくりと進み出る、初老の男性。
 呆然と立ち尽くす放送部員の手からマイクを取り、四人の前に立つ。


ぷつっ ざざ………

マイクのミキシング音が、校庭に微かに響く。


「私は、この虹ヶ丘高等学校の、校長です。
 今回の件の責任は、全て、この私にあります」


ざわ… ざわ…

世界に、音が、戻った。


「私は、倉成ホクトくんと倉成沙羅さんの入学を許可した時から、全ての事実を知っていました」


ざわ… ざわ…


「『小町法』の成立により、私は速やかに、倉成さん一家の為にこの事実を平和裏に公表しなければなりませんでした。
 しかし、私はそれを怠った。
 それどころか、このような場で、このような形で、それが公になるという結果を招いた。
 これは、私の罪であります」


ざわ… ざわ…   ざわ… ざわ…


「謝ったところで、過ぎた時間は戻りません。
 後悔したところで、起きた事は覆りません。
 それでも、私は、謝罪することしか、できま、せん」


 目尻に光る涙。 


「それでも、私は…」
「やめて!」

良く通る、女性の声。
その声は、全てのざわめきを消し去った。


「お願いだから、それから先は言わないで。
 校長先生。貴方は、子供達に居場所を与えてくれた。貴方が受け入れてくれたから、子供達に人並みの学校生活を送らせることが出来た。
 私は、貴方に感謝する義務こそあれ、罰を与える権利など、無い。
 これは私達の問題。いつかは明かさないといけなかったこと。それが…今日だったというだけ。
 むしろ、こんな私事で大切な体育祭を台無しにしてしまった。それこそ、罪じゃないの?
 だから、謝らないといけないのは、私達。校長先生は、悪くない」


深々と、頭を下げる。

「すまなかった。俺の、不注意だ」
「沙羅が、いけないんよ。ちゃんと確認して登録しなかったから」
「僕、校長先生、好きだよ?だって、キュレイだって知ってて、それでもこの学校に通わせてくれたんだから」
そして、三人も頭を下げる。


    ぱちぱちぱち

最初はほんの僅かに。

    ぱちぱちぱちぱちぱちぱち

そしてその輪はそのまま広がって。

    ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち

席の境界など飛び越えて。

    ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち

拍手の音は、やがて校庭を埋め尽くした。

その音に導かれるように、数人の男達が、進み出る。かわるがわるマイクを取り、

「私は、この市の警察署長です。私とこの市の全ての警察官は、人道と名誉に賭けて、倉成さんご一家を守ることを確約します」

「私は、この市の○○新聞の主筆を勤めております。私は、ペンとジャーナリストの名誉に賭けて、ジャーナリストと詐称する人権侵害者や私生活暴露者より倉成さん一家を守りぬくことを誓います」

「私は、この市の商工会議所の会頭を拝命しております。この市のあらゆる会社・商店は、いかなる場合においても倉成さんご一家を拒むことが無いことを、我が全財産に賭けて保障します」

「私は、この市の市議会議長であります。市議会の代表として、倉成さんご一家の権利を守るためにあらゆる努力を惜しまないことを、ここに表明いたします」

「私は、この市の市長であります。公僕として、『小町法』に従い、倉成さんご一家の為に助力を惜しまないことを市行政の責任者としてここに表明します。
 …申し訳ない。法に従う者としては、これだけしか言えんのです。そこは許していただきたい」

    ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち

割れんばかりの拍手の渦の中で、最後に、マイクを握ったのは…

「僕は、この虹ヶ丘高等学校の生徒会長です。本校の生徒の代表として、代弁します。
僕達、虹ヶ丘高等学校の全生徒は、倉成ホクト先輩と倉成沙羅先輩を、いかなる差別も区別も特別扱いもする事無く、ただ、一生徒として歓迎し受け入れることを誓います。
 後半年もないですけど、宜しくお願いします、先輩」

「うん、よろしくね」
「お願いするでござるよ、後輩殿」

右の手をホクトが、左の手を沙羅が。
二つの手を取り、握手する。

    ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
 
   
拍手と歓声の渦の中。

虹ヶ丘高等学校体育祭午前の部は、10分遅れで終了した。



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