未来へ続く夢の道−本編5 おひろめ−
                              あんくん



 − 転節 −







武たち四人が向かったのは、元居た場所。
「おお、兄ちゃん達か!一緒にどうだ?昼飯?」
既に出来上がって赤ら顔の例の親父が、気安く声を掛ける。
「…有難うございます」
「…感謝、するわ」
 そんな親父に、深々と頭を下げる親二人。
「おいおい、何の真似だ?」
 ビール缶片手に、もう片方の手をひらひら振って笑う親父。
「…とぼけないで。最初の拍手は、あなただった」
「俺たちは耳も目もまともでね。こういったことはすぐ分かるんだよ」
 口調とは裏腹。優しい目元。
「…ふん。なら尚のこと、礼をいわれる筋合いなんぞ有りゃしないのさ」
「?」
「!」
「俺が兄ちゃん達に酒を振舞ったのも拍手をしたのも、兄ちゃん達の為じゃねえ。
 単純に、兄ちゃん達が気に言ったから酒をおごった。
 そこの姉ちゃんや子供達の気っぷに感じ入ったから拍手した。それだけの事だ。
 兄ちゃん達みたいな気持ちいいヤツなら喜んで付き合うし、生け好かねえヤツなら拒否するだけだ。
 キュレイだ人間だなんざどうでもいいんだよ、俺は。
 仮に『小町法』が無くたって、俺のやる事ぁ変わんねえ。
 だから感謝なんてされると迷惑だ。一方的に貸しなんぞと思われても困るんだよ、俺は。
 だから、笑え。笑って俺の酒に付き合え。それで終わりにしてやる。
 まだ、酒は十分あるからよ」
がっはっはと豪快に笑う親父。周囲に出来た人だかりにしっしっと手を振って
「おらおら、そんなに見られてっと酒が飲めねえじゃねえか!そら、散った散った!!!」
わらわらと散っていく人ごみ's。中には結構お偉方もいたような…
「ふっ!気に入ったぜおっさん!!!おっさんみたいなのが、まだ居たんだな」
「ふふっ、酒飲みで私に勝とうなどと十年早い。徹底的に付き合ってあげるわ」
おおーーーっ!!!っという歓声と共に拳を突き上げる酒宴メンバー達。
「それでは皆の者、かん―――」


「いい加減にせんか、この馬鹿亭主!!!!!」


すぱこーーーーーん!
 小気味いい音と共に、親父の頭がはたかれる。
「まったく、子供達の見ている前で親に酒を勧めるんじゃない!ちったあ場ってのをわきまえな!!!」
 その後ろに仁王立ちしているのは、恰幅のいいおばさん。年恰好は親父と同じくらい。
「ったく、本当に申し訳ないねえー。ウチの人って、気に入った人には所構わず酒を勧めるんだよ。勘弁してやってくれないか?」
 丸顔を破顔して、にぱっと笑う。ニコニコ顔がこの上なく良く似合う。そんな感じの人である。
「いやー、いいんですよ。気に入られて嫌な気はしませんし」
「いいわよ」
 思わず苦笑いの二人。
「まあ、ここは一つお詫びってことで、昼飯はどうだい?
 一応、弁当用意してはいるみたいだけど、そこの子供たちじゃその程度じゃ足りないね。
足りない分と飲み物はこっちが出してあげるよ。
 それで、どう?迷惑なら、断ってくれていいよ」
「私達はいいけど…ホクト、沙羅。どうする?」
 あまりの展開の早さに置いてけぼりにされていた子供達に声を掛けるつぐみ。
「あ、僕は構わないよ」
「沙羅は、大歓迎だよ!」
「よっしゃ、決まりだね。ほら、さっさと酒瓶片付ける!!!」
 男どもを顎で使い、あっという間に団欒環境が整っていく。
「…どこの家もお母さんが一番強いんだね、お父さん」
「頼むから、言うな、ホクト」
 ほのぼの光景の中、落ち込む二人であった。




「「「「いっただきまーーーす」」」」 
 眼前に広がるのは、色とりどりのおかずが詰まったお弁当箱。
 早速、箸を伸ばす子供たち。
「うわっ、これ、すっごく美味しい!!!」
「おおっ、これは…至高の味とはこのことを言うでござるか!!!」
 目を白黒させながらもせっせと食べ物を詰め込んでいく二人。
「こら、沙羅。お行儀が悪い!…すみません」
 行儀という言葉を彼方に置き去った愛娘を叱りながら、申し訳なさそうにつぐみが頭をさげる。
「気にすることはないよ。こんなに美味しそうに食べてもらえるんなら弁当だって本望だろうさ」 
「本当にすみません」



「…どうした、つぐみ。なんか、元気ないぞ?」
弁当をぱくつきながら、妻を気遣う武。
「ううん、なんでもないの…あ、これ美味しい」
もそもそと箸を運びながら答える。だが、傍目にも元気がない。
ちらちらと、目前に広げられた弁当を見やっている。
「?」
 鮮やかに色づいた出汁巻き卵。ちょっと焦げた卵焼き。きんぴらごぼう。色が薄いハンバーグ。筑前煮。不恰好なたこさんウィンナー。きれいに格子目が入ったイカの甘煮。耳が片一方しかない林檎のうさぎ…
「どれ、ふむふむ…」
 おばさんが、卵焼きを口に運ぶ。
「あっ…」
 硬直するつぐみ。
「ふむふむ。まあ、こんなものかね。確かに少々塩加減は足りないけど。まあ、合格かな」
「…」
 うつむいてしまう。
「あのね、いい加減にしてくれないかい?辛気臭い顔されると、せっかくの料理の味も落ちるってもんだ」
 おばさんの口から漏れる、容赦ない言葉。
「うっ、く…」
「それともう一つ。早とちりもやめてもらいたいね」
「?」
「あんたの家族、良く見てみな?」
「?………!」

「うん、旨い飯も悪くないがやっぱりつぐみのが一番落ち着く」
「パパ、それは少々言い過ぎでござるよ。むぐむぐ…ハンバーグがレアなのは相変わらず、精進が足らんでござるな、ニンニン」
「とか言いながら、僕の目前で攫っていくのは勘弁して欲しいんだけど。ああ、今日もゲットできなかったか、お母さんのハンバーグ…」
「特訓が足りーん!でござるよ」
いつの間にやら、見慣れた弁当箱の中身の争奪戦を演じている三人。

「誰も、あんたの弁当を見下しちゃあ、いないよ。
こっちはもう何十年も料理作ってきてるんだ。キャリア1年ちょっとのあんたに技量で劣ってちゃあ、立場ないじゃないか?」
「えっ?」
 思わず顔を上げる。すぐそばにある丸顔。優しい笑み。
「予想通りだったか…どうせ、料理をするようになったのってこっち来てからなんだろ?1年で、しかも独学であそこまで出来るってのは凄いことなんだ。あんたには、才能がある。うちの馬鹿生徒共に見せてやりたいくらいだ」
「馬鹿生徒?」
「料理教室やってるんだ。まあ、半分以上、趣味なんだけど。
最近の若い子たちは、とにかく技量のことばかりでね。料理の根本ってものが分かってない」
やれやれといった風情で、首を振ってみせる。
「料理店ってのは自分の味を示して、その味を受け入れてくれる人が客として来て、それで成り立つ。
 だが、家庭料理ってのは違う。自分としてこれが美味しい、自分としてこれがベストだなんて考え方は最低なんだ。家庭料理の根本っていうのは、愛情なんだよ。
 食べる相手が『美味しい』って言ってくれる。それが一番なんだ。だから、相手のことを考えて作らないといけない。技量なんか二の次だ。
 相手を見て、相手の事を考えて、相手にとって美味しいものを作るため努力する。愛情無しにはそんなことできないんだ」
「…」
「ウチの生徒の中に一人だけ、破門にした子がいるんだ。
技量は、あった。だけど、さっきと同じ事を言ったとき、その子はこう言ったんだ。
『愛情ってのは、料理に込めるものでしょう?』
ってね。それを聞いた瞬間、ああ、この子は絶対駄目だって思ったよ。
 愛情は、相手に与えるものなんだ。料理はその手段に過ぎない。料理に愛情を注ぐってのは、料理のことしか考えないってこと。そういう考え方だとね、料理しか見えなくなってその先にいる相手のことはどうでも良くなってくる。自分の味を押し付けて、それを受け入れない相手は『料理が分かっていない人』になっちまう」
 遠い目をして、おばさんは空を見上げる。つられるように空を仰ぐつぐみ。
「その点、あんたは良く分かってる。それに、あんたの家族もね。
旦那さんも子供達も、どんなに料理にケチつけても、絶対に残そうとはしなかったろ?」
「え、ええ」

 最初のころは、つぐみの料理はとても料理と言えるシロモノではなかった。
 それでも無理して食べようとして、挙句にお腹を壊して寝込む子供たち。キュレイ故そういったことはまずない武も、顔色を見れば無理して食べているのは一目瞭然。
 感想を求めてボロクソに言われたことしか覚えていなかったけど。
 言われてみれば、武もホクトも沙羅も、結果的に残すことはあっても自分から残したことは一度もなかった………

「果報者だよ、あんた。そんなあんたたちだから、ウチの人も気に入ったんだろうね。ウチの人はああ見えて偏屈者で、人を気に入るなんて滅多に無いんだ」
「うっく、はい、ありがとう、ござい、ます…」
「だから、辛気臭い顔するなって言ってんだろ。
…ところで、ウチの教室、通う気はないかい?あんたみたいなの一人いるだけで全然違う。あんたさえよければ、来てくれないかい?」
「心遣いはうれしい、けど。うちは…」
「月謝や材料代を取ろうなんて考えちゃいないよ。こいつは私のエゴだしね。
 あんたは絶対に誰よりも上手くなる。こんないい素材、他にゃ居ない。あたしは単に、あんたに教えたいから教えるのさ。…迷惑ならしょうがないけど」
「とんでもありません。よろしく、お願いします。…ええと」
「かずはあやの。一つの葉っぱに綾なす乃で『一葉綾乃』。綾乃でいいよ。今後とも宜しく、倉成つぐみさん」
 差し出される大きな手。
「!! ―――こちらこそ、宜しく、お願いします。ええっと、綾乃さん」
 おずおずと、握り返す。
「よっしゃ、決まり。これでいいだろ?あんたたち」

「これで、やっと人並みの飯にありつける」
「ううっ、これでレアしかないハンバーグとおさらばできるでござるな」
「お母さん、頑張って。頑張れば、目玉焼き、焦げなくなるんだよ?」
 いつの間にか、背後に立つ家族三人。
 口では酷い事言ってはいるが、その目は笑っている。
「ふん、見てなさい。後で、そういってからかったこと、後悔させてあげるわ」
「ははははは、その意気だ。失礼な家族を見返してやろうじゃないか?」


 周りに響く笑い声。それは残響を曳き、遠く、遠く、流れていった。





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