2035年11月22日(木)午後4時30分 3年B組教室



「いよいよ、明日は文化祭です」
委員長の声が教室に響く。
「一応、部活参加者は部活優先としますが、クラスの出し物も可能な限り手伝ってください。
帰宅部の方々は、強制的に参加していただきます」
 ブーブー!
 響くブーイング。
「シャーラップ!!!他のクラスは知りませんが、このクラスに『自由参加』の文字はありません!
 デートやナンパは自由時間にどうぞ。
 とりあえず明日8時半、全員この教室に集合。SHR実施後、出し物担当者はシフト表に従い仕事に励んでください。営業時間は9時から4時までノンストップだからね。
 非番の人は自由行動としますが、あまり破目を外さない様に。去年の先輩達みたい事すると後輩が迷惑するってことは身に沁みているでしょう、男子諸君?」
 ぐうの音もでない。夢の『メイド喫茶』はおろか可愛いウェイトレスの制服姿さえ封印されたのは、正に先輩達の負の遺産なのである。

「それでは、解散!この教室は5時には施錠しますので、それまでにやることは済ましなさい」

パンパンと委員長が手を叩き、文化祭前日の帰りのSHRは終了した。



「沙羅ちゃーん!ホクトくーん!」
「あーっ、真希ちゃーん!」
 今回のドレスの一件で、三人娘とは結構仲良くなった。
 特に、真希はクラスが一緒ということもあり、最近一緒に居ることも多くなっている。
「はあはあはあ、ねえ、沙羅ちゃん達今帰り?」
 肩で息をしながら追いついで来た真希が尋ねる。
「うん、そうだよ」
「明日は早いでござるからな。ママの晴れ舞台に居眠りなぞしたなら、生きて明日を迎えられない由」
「ごめん…」
 いつもの元気が無い真希。
「えっ?いきなりどうしたの真希ちゃん」
「あのね、ちょっと今から、ウチの部室、付き合ってくれないかな?」
「? うん、いいけど。もう、部室に近寄らない必要性なくなっちゃったから」
「判った。その時、全部話すから」
 虚ろな瞳で、空を見上げる真希。いつもと違う雰囲気。
「真希、ちゃん?」
「ごめんなさい、こんな事になるなんて思ってなかったものだから。沙羅ちゃんとホクトくんには、ちゃんと話しておかないとダメだと思って」
 虚ろな瞳に戻った光は…
(後悔?懺悔?僕には、わからない)
「…とにかく、話、聞かせてくれる?」



 結局、二人が下校したのは、6時過ぎ。
 真希は、部室から見送った。
「ありがとう…」






未来へ続く夢の道−本編6 ファッションショー −
                              あんくん



 − 後編 −






2035年11月22日(木) 午後8時17分 倉成家リビングルーム



「10時?」
 つぐみは、首を傾げた?
「プログラムだと、11時30分から。午前最後で、終了後即お昼ってことだったけど?」
 弱小部の悲哀。オープニングやエンディング等の美味しいところは持っていかれて、こういった、『早く終わりなさい』的な時間しかあてがってもらえない。
「うん、いろいろ前準備が大変なんだって。控え室二つ確保したから、その内一つを使っていろいろするんだってさ」
「なんで、二つなんだ?」
 会話に割り込む武。
「なんでも、飛び入りで参加する者共が多いそうでござって。一つだけだと、弱小部だと飛び入り連中に盗られる恐れがある由」
 沙羅が手のひらを上に向けで、やれやれという仕草をしてみせる。
「…なんだか、大変なんだな?」
「大変なのですよ」
 ため息を突く武。
「で、お父さんも、ちゃんと付き合うんだよ?」
「なにっ!何故にーーー!!!」
 大仰に驚いてみせる。
「お父さん達って、有名人なんだよ?単独行動なんかしてたら、何噂されても、僕、知らないから」
「………」
 武につきささる三対の視線。温度は測定不能。
「分かった、分かったから。10時につぐみと、講堂の前に行けばいいんだな?」
 全面降伏。結果は分かりきっているんだから、ああいうこと言わなけりゃいいのに。
「分かればよろしい、ニンニン。それでは、明日は早いので、拙者は休ませていただくでござる」
「僕も今日は寝る事にするから。明日のこと、忘れないでね?」
「おう、それじゃ、お休み」
「お休みなさい、二人とも」
 二人二人に分かれて手を振る。
「うん、お父さん、お母さん、お休みなさい」
「パパ、ママ、お休みなさい」
 部屋を出て行く。

 しかし、つぐみ達は知らない。
 子供たちが、部屋を出て、廊下を曲がったとたん。
 小さく、ハイタッチを交わしたことを。


そして、夜は明ける。文化祭が、始まる。






2035年11月23日(祝) 午前8時30分 3年B組 教室




「それでは、みんな、今日一日、精一杯頑張りましょう!!!」
「おおーーーっ!!!」


「じゃ、ホクトと沙羅はこの時間ね」
 委員長から、シフト表を手渡される。
「って、9時から10時、2時半から4時って…」
「そっ、お昼除いて一番忙しい時間。美少年美少女の双子ってのはウリになるから」
ががーん。効果音を伴って立ち尽くす二人。
「二人とも接客担当。それじゃ、がんばってねー♪」
 スキップ気味に立ち去る委員長。
「や、やられた…」
「流石は委員長…」
 思わず二人、顔を見合わせる。
「でも、何気に…」
「配慮はしてくれている故、文句言えないでござるよ」
 しっかり、10時からお昼時間を外してくれている。これでは文句のつけようが無い。

 そして、喫茶店のモーニングタイム、地獄の一時間が幕を開けた…





午前9時55分 3年B組教室



「ぜえぜえ、はあはあ」
「絶対領域の死守、大変でござったよ」
 すっかり疲労の極地に達し、肩で息をする二人。
 制服にエプロンというシンプルな姿は、かえってマニアックな欲望をくすぐったのか。
 この1時間、時間制限付の大入り満員となった。
 ホクトは年上のお姉さま方に大人気を博し、
 沙羅は、その手の妹系萌えの連中のツボを突いたらしい。
 流石のホクトも、自身と妹の二人を守るために全力を注ぐ必要があったのである。
 せっかくの制服も皺だらけ。

「さて、ちょっと早いけど、ホクトと沙羅は上がって良いわ。数人前働いてくれたから。
 これはごほうび。新しい制服用意しといたから着替えなさいな。
 沙羅、女の子なんだから、髪もちゃんとしなさい!
 みんな、実行委員会と運動部に話しつけてシャワールームの201と303、使えることになってるから。上がるときには使いなさい。とりあえず、沙羅とホクト、一番手よろしく!」 
 ぽいぽいぽいと、真新しい制服、ブラシ、クシ、整髪料が二人に渡される。
「ほら、とっとと行く!後、つっかえてるんだから…はーい、今、参りまーす」
 てけてけーっと、委員長はテーブルの方へ走り去ってしまった。
「ばれてる、よね」
「うん、ばれてるでござるな」
 二人は、委員長の配慮に感謝しつつ、シャワールームへと急いだのであった。






午前10時00分 講堂前





「お久しぶりです、倉成のお母さん」
「本当に、お久しぶり。今日は、宜しくね」
「倉成のお父さんも。あ、私たちは初めてになるのかな?」
「つぐみからいろいろ聞いてるぜ。今日一日、宜しくな!」
「はいっ」
 三人娘と、倉成夫妻は合流。裏口から講堂に入る。

「えっと、ここです」
 目の前には、それなりの控え室。ほかの控え室がいかにも急造という按配だったのを考えれば、けっこういい部屋である。
「えへへー。モデルが倉成さんだって言ったら、すんなり貰えちゃったんです。いままでは覗き対策、大変だったんですよ?」
 にこにこと笑う真希。
「で、ここで準備するんだよな?」
「ええそうです…それーーーっ!!!」
 いきなり扉が開き、そこに真希はつぐみを押し込んだ!
「ええっ、ちょっと」
 突然の出来事に対応できないつぐみ。あっさり、部屋の中に取り残される。閉まる扉。





 
「さーて、倉成さんのお父さんは、この隣へどーぞ」
 よいしょよいしょと、後ろから武を押す真希。
「って、おいおい、何で俺が?」
「いやー、予定変更って言うのは世の常でして」
「なにおっさんみたいなこと言ってんだ!」
「問答無用です、それっ!」
 扉を開けて、今度は武を押し込む。そして、後ろ手で扉を閉じる。
「っつ、なんなんだ…って!」




控え室前の廊下。
真希はパイプ椅子を置いてそこに座り、ただ、待った。



自分達の、晴れ舞台を。









2035年11月23日(祝)午後11時30分 講堂






『これより、「手芸・服飾部」によります、ファッションショーを開催します。
なお、今年は、趣向を改めまして』





『結婚式形式で、行ないます』





講堂中、ざわめきで満たされた。


『今年度の花嫁役は、倉成つぐみ様。新郎役は、倉成武様。誘導役は、ご子息で本校生徒の倉成ホクトくんと同じくご息女で本校生徒の倉成沙羅さんにお願いいたしております。
 都合により、部の生徒による作品は、花嫁のウェディングドレスだけであります。悪しからず、ご了承下さい。
 なお、ウェディングドレスの製作用の生地につきましては『まくの商店』様。
 新郎役の衣装及び新婦役の靴につきましては『貸衣装のデパート 勝丸』様。
 ブーケやブートニア、花冠用の花につきましては『花の涼』様。
 新郎新婦の髪のセットにつきましては『ビューティーサロン フラワー』様。
以上の御四方にご協力いただきました。感謝いたします。
 また、今回特別に本市管区のカソリック教会より、牧師様の派遣を頂いております。今回の式はカソリック形式で行わせていただきますこと、予め御了承願います』


ぱちぱちぱちぱちぱち…ぱちぱちぱちぱちぱち…

 講堂全体を揺るがす、拍手の渦。
 退屈な出し物を想定していた人々の心から、雑念は失せた。


『それでは、新郎・新婦の入場です!!!』

照明が消え、スポットライトが、講堂舞台下の脇に当たる。


「!」
「!!」
「!!!」


登場した、新婦は、


これ以上もないくらい、美しかった。


すべて、純白。
スパンコールも真珠も宝石もビーズも全く使われていない、ただ純潔の白。
レースとシルクしか使われていない。全身を覆う純白のドレス。
腕には、全体を覆うこれまた純白のチョーカー。
結い上げられた髪を覆うヴェールもまた、純白。
ウェストを締めるサッシュも純白。
足に履かれた、清楚なローヒールも純白。
黒い髪と、つややかな肌と、ヴェールを止める花冠と、ブーケ。それだけが、色を持っていた。

専門家の目から見れば、いろいろ荒はあるかもしれない。
それでも、このドレスは、
三人娘の、全ての真心が込められたドレスは、
地域の人々の暖かい思いが詰まったドレスは、

倉成つぐみにささげられた、最高のウェディングドレスだった。



新郎の倉成武も、また、
最高級と一目で分かる、白のタキシードに身を固めていた。
完全無欠なヨーロピアンスタイル。
つぐみを唯一受け入れ、永遠の孤独より救った英雄は、
それにふさわしい位置に、その身を置いていた。



それに対し、ホクトと沙羅。二人の子供たちはこの虹ヶ丘高等学校の制服に身を包んでいた。
落差が有ると言うなかれ。彼ら二人を受け入れ、倉成一家を受け入れた、素晴らしき学校。
それ故に、二人は提供された高級服ではなくこの制服を纏う事を選んだ。
スポットライトに映える、下したての制服。
この場に会した生徒たちは、自分の母校をただひたすら誇りとした。



息子が父の、娘が母の、そして、夫が妻の手を取り、ゆっくりと歩む。
割れんばかりの歓声と拍手の波。
「並びは違うけど…あの時と、一緒ね」
「こもれびのさんぽみち、か」
「ええ…」
ゆっくりと、ゆっくりと、段を、登る。



舞台の上に、簡易の祭壇が設えられ、初老の牧師が、待っていた。

ホクトと沙羅が、祭壇に両親を導き、そのまま左右に退く。



「誓いの言葉を…分かりますね?」
牧師が、ゆったりと声を掛ける。

「I, Tugumi Kuranari take you, Takeshi Kuranari for my lawful husband,
to have and to hold from this day forward, for better,
for worse, for richer, for poorer, in sickness and health,
until death do us part. 」

「私、倉成武は、倉成つぐみを我が妻とし、良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで共にあることを誓います」

英語と日本語、二人の誓いの言葉が絡み合い、静まり返った講堂に響き渡る。

「よろしい」
厳粛な牧師の声が響く。

「それでは、指輪の交換を」
彼らの前に、牧師から、一対のシルバーリングが示される。
すこし古びた、年代を感じさせるデザイン。
「これは、私と、亡くなった連れ合いの物です。たまたま、サイズも、イニシャルも一緒です。お使い下さい」
「そんな…そんな大切なもの」
「声が大きいですよ。…いいんです。私はもう老い先短い身。それに、この場に私は志願して参ったんですよ」
「え?」
「これが、私に神が下された使命だと。この偶然にそう思ったのです。ですから、受け取ってください」
「…分かりました」
 お互い、指輪を手に取る。

少し大きな指輪を、つぐみは武の左薬指に嵌める。

少し小さな指輪を、武はつぐみの左薬指に嵌める。

触れ合う手、残る暖かさ。


「それでは、最後に、誓いのキスを」

 赤くなる二人。いつも交わしているはずなのに、どうしてこんなに恥ずかしいのか。

 それでもおずおずと、今までで一番美しい妻の顔に手を伸ばし…

 そんな夫に、体ごと飛びついて、つぐみは、熱いキスを、した。


「神の御名の元、ここに倉成武と倉成つぐみは夫婦となった。二人の行く末に、神のご加護のあらんことを…」




ぱちぱちぱちぱちぱち…ぱちぱちぱちぱちぱち…ぱちぱちぱちぱちぱち…ぱちぱちぱちぱち…

今までの拍手など、まるで細波であったかのように。




講堂を揺るがす、この日最大の大きな大きな拍手の波が、この講堂を覆いつくす。




2035年11月23日午後11時47分。

倉成武と倉成つぐみの結婚式は、ここに終わった。












結婚式の後といえば、バージンロード、そして、ブーケトス。

バージンロードとは名ばかりの、単純な赤いカラーシートを敷いただけの退場ルート。
しかし、皆の暖かい思いに包まれた、最良の道。

夫婦二人で、手を繋ぎ、ゆっくりと歩む。

ひっきりなしに与えられる祝福の言葉に手を振りながら、ゆっくりと、ゆっくりと。

そして、唐突に、つぐみは足を停めた。



「みなさん。本来、ブーケを得るチャンスは平等であるべきですが、

御免なさい。私、このブーケをどうしてもあげたい人が居るの」

と言うなり、


自分の目前、右斜め前に座っていた長髪の女性の膝の上に、ぽんっ、と


自身のブーケを投げた。


ざわ… ざわ…


「秋香菜、下手な変装は止めなさい。みっともないから」
新婦の口から漏れる、意外な言葉。
「あっちゃー、ばれちゃったか。お母さんだって騙せたんだけどなー」
その女性は、あははーといった感じで笑い、
「よっ、と」
ウィッグと眼鏡を外した。
「優は騙された振りしていただけよ。ほら、入り口見なさいな?」
新婦の視線の先、秋香菜が振り返ると、
「やっほー!つぐみぃーーー!!!おめでとーーー!!!」
いつもの白衣姿で笑って手を振る母親の姿があった。
「また、なの?全くあの馬鹿母親は!」
「で、どうするの、ブーケ?」
「はいはい、喜んでいただきますよーだ…これでホクトと私は公認っ、と」
「まあ、そうなるかしら。もっともそうならなかったら…」
「ならなかったら?」
「秋香菜、あなた多分一生独身」
このやり取りに、厳粛な雰囲気が一気に緩む。辺りに漏れるくすくす笑い。
「なんですとー!お母さんと一緒に…ぇ…」
「ユウ、あんた、今、なんて、言った?」
かなり距離があるというのに、優のオーラがここまで届く。
「あーっ、ねえ、つぐみ?」
「後は家族の問題。自力で何とかしなさい」
そのままつぐみは、夫の腕を引きバージンロードを駆け出した。


「ねえ、武!」
「どわーーーっ、な、なんだ?」
「私たちが、初めてじかに触れたのもこんなだったじゃない!」
2017年5月1日。Lemu、エルストボーデン。その時も、私は武の腕を引いて水の奔流より逃げた。
 そう、それが私たちの始まり。だから、新しい始まりもこれでいいじゃない?






講堂を駆け出して、明るい青空の下に。

その晴れた青空は、私たちの未来を、示していた。







− To Be Continue −


− おまけへ −


 



後書

 なんだか、予定外の連続です。

 前作に続き、幕間話がいつの間にか本編に昇格、しかも、事実上、第一章の締めになってしまいました。
 武&つぐみがオフィシャル夫婦であるにもかかわらず、このHPさんで意外と少ない結婚式ネタ。前作「おひろめ」の流れを受けて、あえてこのネタに挑戦してみました。
 ただ、気になっているのですが。どうも既視感があるのです、この形式。
 もし、おなじネタがかぶっているのならご一報を。しかるべき改稿を行いますので。

 容姿描写すらしていない委員長と服飾部三人娘が大活躍。
倉成一家がまじめちゃんなだけに、こういったぶっ飛びキャラや等身大のキャラを書くと面白いように動く動く。非常に書いていて楽しかった回でした。

 とりあえず、この後にエピローグが付いて、このお話は一段落します。

 その先は、少しずつオリジナル要素が強くなってくる予定。それ故、書くか書かざるか迷っています。取り敢えずそこを考えた後、続きを書くかどうか決めるつもりです。

 あと、おまけをつけました。これは本編とは関係ないお話。三人娘のその後です。
ハッピーエンドのつもりですので、ご興味ある方はどうぞお読み下さい。

 最後に、このような拙い文章を最後までお読み頂き、有難うございました。


2006年3月18日    あんくん



TOP / BBS /  








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送