未来へ続く夢の道−本編6 ファッションショー −
                              あんくん



 おまけ  − 宴の後に −


2035年11月23日(祝)午前11時55分 講堂



 二人が、バージンロードを駆け去っていく。
 舞台袖。そんな二人を見送る三人の生徒。

「…終わっちゃったね」
「うん、終わったね」
「ええ、これで、お終い。…真希、締めは部長に任せるよ」
「…うん」

 喧騒の中、ゆっくりと真希は演壇へと進み出る。

 ぽん。

 見上げると、あの牧師が、彼女の頭を撫でていた。
「立派な結婚式だったよ」
「ありがとう、ございます」

 そのまま、演壇へ。マイクを取る。
 ざざっ…
 ミキシングの音に、観客の目は、演壇に移る。

「皆さん、本日は、私たちの部の催し物にご参加いただき誠に有難う御座います。
そして、御免なさい。文化祭の場を、こんな事に使ってしまいました。

 でも、これで最後です。この部には、もう私たち…」

 袖の二人を手招きする。
 ゆっくりと進み出る二人。

「3年生三人しか、残っていません。これを最後に、私たちの部は恐らく廃部になると思います。」

ざわ…ざわ…

「そんな私たちの我侭の為に力を貸してくださった方々。本当に、ありがとう。
 最後の我侭に付き合ってくださった方々。本当に、ありがとう。
 私たち、この日の思い出と共に、前に進みます。

 みなさま、本日は、誠に、まこと、に…うっく、ありが、とう、…うくっ、ござい、まし、た…」



ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!


満場の拍手と共に



 本当の意味で、「手芸・服飾部」の文化祭は、終わった。






午後0時30分 控え室前


「これで、いいわ」
 いつもの普段着。下された髪。
 朝、この部屋にやって来た時の姿に、つぐみは戻った。
 朝と違うのは、その手に古ぼけたスーツケースが増えたこと。
 中身は…聞くまでもないだろう。
「よう、待たせたな!」
 隣の控え室から、武が顔を出す。
「女性を待たせるのは、男として最低」
「す、すまん…」
「でも、それが武らしい」
 くすくすと笑う。悪戯を仕掛けた子供の顔。
 かあっと武の顔が赤く染まる。
「とりあえず、一度帰りましょ。沙羅とホクトの出番はまだ先みたいだし」
「3時のティータイム担当だったっけな。相変わらずお人よしってか?」
「武の息子と娘だから」
「なにおう!」
「はいはい、どうどう!」
 昔の仮面は既に無く。ここに居るのは、外見相応の悪戯好きの女の子だった。



 帰りの坂道。

「あの子達、よっぽど気に入られてたのね」
「え?…ああ、あの三人娘か?」
「そう。そうでないと、こんな物、託されるはずないし」
「でも、学生だろ。生地だって相応だと思うが…もっとも、出来は一級品だがな」
「本当に、武は、武ね」
 あきれたような、喜んでいるような、微妙な顔。
「?」
「分からなくていいの。…あのね、武」
「うん?」
 表情を改める。真摯な目。この目をするときのつぐみは、本当に大切な話をする。
 それに合わせ、武からおちゃらけた表情が消える。
「このウェディングドレスの、シルクとレースね」
「それが、どうしたんだ?」



「どちらか片方でも、武の給料一年分より高価なの」



「ほう、俺の年収より―――って、なんだとーーーーーーーっ!!!」
驚きの余り、思わず大声を出してしまう
「それって、本当なのかよ。嘘じゃ、無いよな?」
「まあ、武に布地の優劣を見るなんて無理だとは思っていたけど。
―――昔、まだ、ホクトと沙羅と三人で居られたころ、私が縫製工場で働いていたって事、知っているわね?」
「ああ…」
 自身がIBFで眠りについていた時の出来事。不可能なこととはいえ、そのころのつぐみの、子供たちの傍に居てやれなかったことは、武にとって一番の痛恨事であった。
 武の顔が、歪む。
「だから、そのことはもういいの。
…縫い子っていうのは縦社会でね。本当に大切な仕事は、一番上の熟練工にしかさせないの。もっともそういう人たちの技術って凄かったから、嫉妬のしようも無かったけど。
 一度だけ、一番上の縫い子さんが依頼主さんからのご好意だからって、みんなに世界最高級のシルクとレースを見せて、そして、触らせてくれたの。本当に、すごく綺麗で、滑らかで。
 頑張って、こんな素材を任せられる超一流の縫い子さんになりなさい。彼女はそう言った。
―――まさか、その時と同じシルクとレースで仕立てられたウェディングドレスを私が纏えるなんて、夢にだって見なかったわよ」




午後1時17分 講堂裏



「あ、ここにいたんだ…」
 はあはあと息を切らし、真希は目前の人物を見る。
「おや、真希ちゃん、どうしたね?」
「貴方を、探してたんです。おじちゃん」
「おやおや、こんな娘っ子にモーションかけられるとは。私も捨てたもんじゃないねえ」
「残念ながら、ハズレです」
 真摯な目で、見据える。冗談を許さない、そんな目。
「ほう、それじゃ、何だ?」
「教えてください。どうして、私たちにあんなすごい布地、融通してくれたんですか?」


「ほう、やっぱり分かったか。最近の若い子は侮れないね」
「教えてください。どうしてなんですか?」
 ずずっ、と迫る真希。
「ふむ。下世話な話になるが、いいか?」
 居住まいを正す、『まくの』の店主。
「覚悟の、上です」
「よかろう」


「あの布地は、ある同業が潰れた時にどさくさまぎれで二束三文で手に入れたものだ。
 しかし、ウチの客層にあれを買ってくれるような人などいなくてねえ。
 転売しようにも、このクラスになると出所の分からないものはまともな所は買ってくれない。下手な所に売ったりしたら怖ーい怖ーい税務署や検察庁のおじさんが来るのは目に見えてるしね。潰れた同業さん、いろいろあった札付きの所だったから。
 かといって、これだけの品物、処分するのは服地屋のプライドが許さない。
 そういうことで、はっきり言って持て余してたんだ、あれ」
「………」
「そういう時に、真希ちゃんがこの話を持ち込んできた。
 体育祭の件でこの街では倉成さんは有名人だし、多分お上のほうでも倉成さんに関する話はタブーだろう。それに、個人的に倉成さんみたいな人は大好きでねえ。
 いい機会と、真希ちゃん達にあれを渡すことにした。お上の面々も、この件で『倉成つぐみさんに、ウェディングドレスの材料として提供いたしました』って一言言えば、それでうやむやになる。なにしろ、実際、文化祭で衆人環視の中アナウンスされてるんだから。
『ウェディングドレスの服地は、『まくの商店』が提供しました』ってな」
「………」
「こいつが、真相だ。軽蔑してくれていいよ」
 店主が、深いため息を吐く。


「軽蔑なんて、しませんよ?」
真希は、にっこりと笑った。
「分かってたんです。こんな一生見れないような布地、何か『大人の事情』が無い限り私たちには回ってこないって。
 それに、言いましたよね。
『これだけの品物、処分するのは服地屋のプライドが許さない』って。
 この布地で作ったウェディングドレスを着たつぐみさん、見たかったんですよね?それって、おじちゃんにとって大切な事、だったんですよね?
 そんなウェディングドレスを作る大役、私たちに託してくれた。
 私たちを信頼してくれてありがとう。3年間の部活生活の最後にこんな素晴しいプレゼントをありがとう。
 私が言いたいのは、それだけなんですよ?」
 泣き笑い。泣いて良いのか、笑って良いのか、分からない。そんな顔。
「参ったね。手足伸びきっても子供は子供って思ってたんだが。どうやら私の負けみたいだ」
 やれやれといった風情で頭をかく。
「あと、梯子を外したのも、おじちゃんでしたよね?」
「おや、難しい言葉、知ってるねえ?」
「茶化しても、何も出ませんよ?いつの間にか、結婚式しないといけない方向に話が転がっちゃたじゃないですか!」
 先ほどの表情はどこへやら。あっという間にむくれ顔。
「前言撤回、やっぱり子供だな。ウェディングドレス作って結婚式無しじゃ本末転倒だろうに。倉成さんに恥かかせるつもりかい?
 詰めが甘いのは、子供の証拠だ。そういうのをフォローするのが大人の仕事だよ」
「嘘つき。単純に結婚式見たかっただけでしょう?」
「おお、ば〜れ〜た〜か〜!」
「あははは、最初っからそう言えば許してあげたのに!」
「ほっほっほ、それじゃ面白くなかろう?」
 いつの間にやら笑い出す。

 
 傍から見れば奇妙な光景。


 でも、何故か微笑ましかった。




午後3時30分 3年B組教室



「7番、ダージリン3つにチーズケーキ!」
「2番、アッサムをミルク、苺ショート…牛乳尽くし?」
「こらっ、余計な軽口叩かない!」
「6番、セイロン行ってないぞ!回転遅いぞ、何やってんの!!」

 3時のティータイム。その上目玉の双子もシフト入り。
 当然の如く、この教室は時間制限付きの超満員と化していた。
 双子も結婚式の時の制服はしまいこみ、朝着ていた制服で接客中。
 
 そんな中、行列の一番後ろに一組のカップルが並ぶ。
 その前に並んだ人が振り返り、
「!!!」
 ずざざーーーっと横に引く。
 何の事かと皆振り返り、
「!!!」
 やっぱり同じ事をする。しかも、律儀に引く方向が交互逆。

「何してるの?」
「どうしたんだ、お前達?」

 分かってないのは、当事者本人だけだった。

 最初に引いた人が、ちょいちょいと、教室入り口横を指し示す。
 そこに張り紙一つ。

『厳守事項:
本日、新郎新婦は最優先入場。その際、列席の皆様は最敬礼でお見送りするように。
なお、以降30分間は新規入店お断り』

 だれの仕業かは…言う必要あるのかな?


「緊急連絡!緊急連絡!ターゲットが来店いたしましたっ!只今より総員に対し、最大限の努力を期待するものでありますっ!!!」
 廊下の窓を見ていた接客係が声を上げる。思いっきりノリノリ。どうやら空気は伝染するようである。
「皆、最大限の歓迎ね!予約席、最後に確認!それじゃ、本日のメインイベント、始めましょう!お客様方も、ご協力よっろしっくおっねがいしま〜す!!!」
「「「「「「「「「おーーーーっ!!!」」」」」」」」



「それでは、これより、3年B組あーんど有志のお客様によります、倉成御夫妻の結婚式二次会を開催いたします!!!」

 ぱん!ぱん!ぱん!

 どこから持ってきたのか、弾けるクラッカー。

「それでは、ご夫妻の為に、この二人を専属でお付けいたします。
 なんなりとご用命下さい。」
 ずずいと押し出される二人。
「ふふっ、お願いするわ、お二人さん」
「まあ、宜しくたのむぜ」
 
 ががーーーん!

 頼みの綱にまで裏切られ、
「ううっ、もうどうでもいいよ…」
「どうでも良くなってきたでござる…」
 がっくりと、肩を落としたホクトと沙羅であった。


 このあと、どうなったかは、密室内のこと故明らかではない。
 ただ確かなのは、この翌年より虹ヶ丘高等学校文化祭実施要綱に『模擬店において結婚式の二次会を行うことを禁ずる』というとんでもない規定が追加されたという事実だけである…





午後9時17分 倉成家リビングルーム




「あれ、お母さん?何しているの」
 風呂上り、リビングルームに顔を出したホクトの目に、つぐみの後姿が映る。
「うーん。流石に昔通りとはいかないか…ホクト、そんな所に立っていると風邪引くわよ?」
 背を向けたまま、つぐみが答える。
「あ、うん」
「あなたたちのクラスメートって、面白い人たちばっかりね」
「うーん、間違ってはいないと思うけど…」
「うふふ、御免なさい。今日は少々悪ふざけしすぎたみたい」
「今日は特別だったから。でも、次からはあんなことしないでほしいな」
「約束するわ。今日はいろいろあって疲れたでしょうから、早く寝なさい」
「…うん、お休みなさい、お母さん」
「お休みなさい、ホクト」
 結局、ホクトがリビングのドアを閉じるまで、つぐみが振り返ることは無かった。





2035年11月27日(火)午後0時20分 3年B組



キーンコーンカーンコーン…

「それでは、これで授業を終わる。先ほど言った、期末テストの範囲をきちんと復習しておくように」
「きりーつ、礼!」

 午前の授業が終わり、クラスの生徒達は、三々五々に散っていく。
 学食に行く者、机を動かして場所を作る者、弁当箱を広げる者…
 そんな中で、


「ねえ、真希ちゃん、真希ちゃんってば」
 彼女だけは、動こうとしなかった。


「おーい、真希ちゃーん、返事するでござるよー」
 ぽんぽん。
 直接、軽く頭をぽんぽんと叩かれて、やっとこっちに気付く。
「あっ、沙羅ちゃん…どうしたの?」
「はあ、それはこちらの台詞でござろう?朝から上の空、らしくない由」
「うーん、そうだっけ?」
「そうでござるよ」
「で、沙羅ちゃん、私になにか用事、あるの?」
「あ、肝心なところ、忘れるとこであった。
 ママより、真希ちゃん達三人にこれを渡して欲しいとことづかって参った。
 受け取られい」
 元気付けるためだろうか。沙羅がわざと仰々しい面持ちで、何かを取り出す。

 紙箱が一つ。お菓子なんかが入ってそうな、少々大きめのもの。
 それだけ。
 振ると、かたかたっ、と軽い音がする。

「えっと、何が入ってるんだろ?」
「さあ、ママは拙者に何も教えてくれなかった故。開けてのお楽しみということでござろう、ニンニン」
 沙羅は手を振り、あっさりと離れていってしまった。
「とりあえず、呼んでこようかな…」
 どちらかと言うと気の抜けたような歩調で、真希は教室を出た。




午後0時35分 手芸・服飾部室




 長テーブルを囲んで座る三人。真希に限らず、残りの二人も気が抜けた風船のような感じだった。
 その三人の真ん中に、例の紙箱。




「うーん、どうしようかな…」
「本当にどうする?」
「うーん、ここは、一つ深呼吸よね、うん」


 すーはー、 すーはー。



「でーい!考えてても始まらないわ!開けちゃうからね!!!」
 意を決したのか、暴走気味に真希が紙箱を開ける。

 そこに入っていたのは。

「紙箱3つ?それに…手紙?」
 小さい葛篭よろしく、小さめの紙箱が三つと、封がされた封筒がひとつ。

「とりあえず、封筒から、開けるね」
 ゆっくりと、真希は封筒の封を切る。

そこには、綺麗な字で、

『技術に関しては、まだまだ卵ね。ひよこにすらなってないわ。
 だけど、一切妥協も手抜きもしないで今の技術と心の全てを込めたことは褒めてあげる。
 それが一番大切な事だから。絶対に忘れちゃだめよ。
 「努力賞」をあげるから、今後も、三人共頑張りなさい。
                                   倉成 つぐみ』

とあった。

「努力、賞?」
 三人、小さい紙箱を一つずつ取り、震える手で、開く。
 そこにあったのは…
「薔薇飾りに、リボン…」


 間違いない。あのドレスと一緒にスーツケースに入れておいた、僅かな余り布。
 その余ったシルクとレースだけで作られた、三人お揃いの、薔薇の形の飾りとリボン。


「すごく、上手…。それに、綺麗…」
 自分達とは比べ物にならない技量。
 薔薇飾りは、縫い目が一切表に出ていないのに、つついても全く形が崩れない。
 リボンの縫い目は、寸分の狂いもなく等間隔。しかも、ステッチにも一切ゆがみが無い。
 少なくとも、今まで彼女達が見たことがある物の中では、最高の出来ばえだった。



「あはは、あたしたち、やめたら駄目、だってさ…」


 こん、こん…


「努力賞、って…私、こんなもの貰えるほど、努力してないよ…」


 こんこん… こんこん…


「なんか、可笑しいね、私達。誰かの手のひらで、踊っているみたい、だよ…」


 こんこん… こんこん… がちゃっ!


「「「誰?!」」」



「ひああああー」
「はうっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!」
「えと、その、あの、その〜。ああっ、そうじゃなくてぇ〜」


「「「?」」」


 半開きのドア。
 そのドアに隠れるように縮こまっている三人の女子生徒。
 胸についている徽章は、一年生のもの。
 その三人が、ハムスターのようにおずおずとこちらを見ている。


「あの…、ここって、『手芸・服飾部』の部室、ですよね?」
 思い切ったように、三人の一番前に居た女の子が、口にする。


「うん、そうだけど」
 真希が、やっとの事で、答える。


「えっと、その、あのですねえ…私達、その…」












「入部したいんですけど、駄目、ですか?」






― END ― 


 



後書

 三人娘のその後です。文字通り、種明かしの回です。

 今回に限らず、私のSSはあえて大人の事情を除外しないで書いています。特に「おひろめ」の承節などは大人の事情オンリーで構成されています。

 まあ、理由はいろいろあるのですが。手前味噌なので特に主張はしません。

 今回だけのスポットキャラの三人娘。真希以外は名前すらもらっていませんが、この話の一方の主役は紛れもなく彼女達です。本当に、書いていて楽しい娘達でした。

 この話は、そんな彼女達へのプレゼントのつもりです。楽しんでいただけたら、幸いです。



2006年3月18日    あんくん



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