本編13-1

2036年8月4日（月）午後8時00分　倉成家客間。

「ねえ、みんな。家族旅行、したくない？」
　珍しく倉成家を訪れた優が開口一番に発した言葉が、これだった。

「家族旅行？」
「そう、家族旅行。ただし合同の、ね」
　つぐみの鸚鵡返しの返答に、あっさりとした感じで答える優。
「経費は全部研究所持ち。一応公務の要素も入っているから、気兼ねしなくていいわよ」
　がばっ！
　その言葉に、つぐみを除く全員が目を輝かせる。
「…一体、何をたくらんでいるのかしら？優」
　その中で、唯一冷静なつぐみ。
「ひっどーい！何よつぐみ。私が何か言い出すイコール悪巧みって言うわけ？私だってたまには公務にかこつけた息抜きぐらい考えるわよ」
　膨れっ面。見るからに不機嫌な優。
「何気にとんでもない事言ってるよね、優さん」
「なんか、初対面の時のイメージの欠片も無いでござるな」
「あれがお母さんの地だからね」
　こそこそと会話する子供たち。

「ユウ、あんた今月お小遣い無し！」
「ああっ、ご無体ですわお母様。…横暴な真似はみっともないから止めてよね、お母さん？」
「ほう、いい度胸ね？」
　壮絶な母娘ゲンカが繰り広げ…

「私の家の客間でやりあうなんて、命知らずね？」

「いやだなあ、つぐみ。ただのコミュニケーションじゃない」
「うん、そうそう。ただの冗談なんだから、ね？」
　久しぶりに出たつぐみ女王モード。震え上がって喧嘩を中止する田中母娘であった。

「つぐみが怖いから、あらかじめ言っておくわ。実は、もう一組参加するの。それが公務。ついでに言っとくとこれ自体が偶然の産物でね。もともと倉成達と旅行もいいかな～なんて思っていたときに、公務にかこつける言い訳が飛び込んで来たって言うほうが正しいかな」
「…最初から、そう言えばいいのよ」
　大慌てでネタばらしをする優に、しごく正論な言葉で追い討ちするつぐみ。

「あーーーもう。解ったから。とにかく、行くの、行かないの？
　一応日程は今月の11日から1週間。最初に言ったけど、旅費関係は全て研究所持ち。出張扱いだから日当もバイト料も出るわ。手配をしなきゃならないから、急いで返事が欲しいのよ」
「―――ってことらしいけど、どうするの？」
「俺は、断る理由は無い。…断っても、今度は業務命令に変更されかねんしな」　
「僕は大歓迎だよ。だって、家族揃っての旅行なんて初めてじゃないの、お母さん。いい機会だと思うんだけど」
「はいはーい、沙羅は行きたいでーす」
　選択の余地無しという態が一人、大喜びが一人、トリップしかけているのが一人。
「…見ての通りだから、参加させてもらうわ。他の参加者は？」
「私と、ユウ。後不本意だけど涼権。公務の要素が入っちゃったから連れて行かない訳にもいかなくて。
　それと、一人でお留守番っていうのは可哀相だから彼方も連れて行くわ」
　優が、なんとも言えない表情で説明する。
「で、向こう側は？」
「御免、今は言えないの。会ってからのお楽しみ、って事にしてくれないかな？」

「まあ、妥当な線ね。…武、ホクト、沙羅。それでいいわよね」
「ああ、そんな所だろうと思っていた。それでいいぞ」
「うん。いつものメンバーだね」
「…彼方ちゃんが来るのは不満だけど―――しょうがないでござる」
　三者三葉。沙羅は不満そうだが、返事自体は肯定。
「うん、決定。それじゃ準備しておいてね。そうそう、水着の準備を忘れないように。…大丈夫、つぐみ。一応プライベートビーチみたいな所もあるから、他の人には見られないから。ね」

　かくして公務の名を借りた、2家族+2名による合同家族旅行が決定したのであった。

未来へ続く夢の道　－本編13　サマータイム・デイドリームス－
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　あんくん

1日目～3日目

The　1st　Day　
11　August　mon.　2036 　AM11：00　New　Shinagawa　Station（新品川駅）

「ま、まさか…」
　新幹線から降り立った彼方は、脂汗を流していた。

「切符は私が預かっとくから」
　という優の一言に皆納得して出発。途中で新幹線に乗り換える。
　何事も勝負に帰結する沙羅と彼方を中心とした大ＵＮＯ大会を繰り広げつつ、（一番勝っていたのはつぐみだったが）降り立ったのは、
「なんで東京駅や上野駅じゃないんだ？」
　何故か在来線にしか乗り継げない新品川駅だった。

　そんな彼方を尻目に、ずんずんと優はタクシー乗り場まで皆を引き連れていく。
　そして、つぐみに一言二言。
　四対四に別れてタクシーに乗り込む。当然倉成一家とそれ以外という組み合わせ。優と秋香菜に挟まれた形になった彼方は、予想通りの、そして自身にとって死刑宣告に等しい言葉を聴かされるハメになる。

「晴海埠頭まで、お願いするわ」

　　PM4:00　　Portside of JetFoiｌ arrival（高速船船着場）

「…優さん、騙したね？」
「あら、人聞きが悪い。私、目的地がここだって言った覚え無いけど」
　恨めしげな視線を向ける彼方と、しれっとした顔の優。確かに、優の言う事は嘘では無い。
　まあ、本当のことも言ってなかったわけだが。

　数年ほど前に、この島への航路に新型ジェットフォイルが投入され、以前は一日以上掛かっていた行程が僅か4時間まで短縮されている。昔ながらの旅客協定通達は生きているので、貨客船もまだ就航してはいるが。
　実は、2年ほど前より、所要時間が30分ほど短くなった。なぜなら…
「―――そういえば、この船一回だけ乗ったよね、お兄ちゃん」
「―――うん。そのときは記憶喪失で忘れていたけどね」

　そう。寄港地であったLemuが閉鎖された為である。
　はっきり言って船会社としては迷惑であったろう。ドル箱を失うハメになったのだから。もっとも、現在はそのせいもあって結構な補助金が出るらしく、定期便の廃止の声は無いらしい。

「はいはい、おしゃべりはそこまでにしなさい。
　取りあえず二手に分かれるから。男ども4人は荷物を持って宿泊するロッジに先に行ってなさい。掃除はしてあるはずだけど、不備があったらちゃんと掃除すること。
　残りの組は、買出しよ。最低限の生活用具はそろっている筈だけど本当に最低限だし、食料品なんか皆無だからね。あと、これがゲスト用のキー。皆に渡しとくから。彼方、使い方ちゃんと説明するのよ？」

　ロッジへの道すがら。
「なあ彼方。なんでお前、道を知っているんだ？」
「…だって、この島、何回か来た事あるんだ。ロッジの場所も、知ってる。意外と目立つところにあるからね」
　武の当然の質問に、渋々といった感じで答える彼方。
「って、なんでだ。見たところ、そんなぱっとした島には見えないが？」
　意外な返答に目を丸くする武。
「まあ、そうだろうね。ただ、ここって意外と別荘多いんだよ。もっともそういう人たちは避寒が目的だから、この時期にはあんまり来ないけどね」
　的確な説明を加える。
「確かにそうだな。ったく、なんちゅう暑さだよ」
「うん、流石にちょっときついかな？」
　桑古木とホクトが応じる。暑さに強いのと、暑さが好きなのはあくまで別の次元の話。

　舗装道から、むき出しの地面の見るからに林道といった按配の道に入る。その道を登っていくと…
「おお、思ったより大きいぞ、ホクト！」
「うん、…なんだか、右と左とで色が少し違うね？」
「多分、増築したんだろう」
　大体丘の中腹とでも言うべきところに目的のロッジがあった。丸太作りの階段の先に、玄関がある。
　屋根には天窓。結構本格的な作り。全体的に若干古びているものの、結構な趣が感じられる。ただし、それは林道に面した部分。林側のほうは林道側に比べて明らかに新しい。桑古木の言うとおり、増築したのであろう。
「それじゃ、カードキーの使い方教えるから。この島では防犯の為に統一規格のキーロックを使っているから僕でも説明できるんだよ。えっとね…」

「おおっ！見てお父さん、すっごく中は綺麗だよ！」
「こういう素朴なのもなかなかだな！優に感謝、感謝ってか」
　中に入って、さらにご機嫌になる3人。　きちんと掃除も行き届いていて、男どもレベルでは掃除の必要はなかった。

　素朴だが、広くて居心地の良いリビング。結構近代的なキッチン。寝室数は全部で17とかなり大規模。その内半分以上は増築部分にある。ちなみに増築していない部分は全て一人用である。トイレも浴室もちゃんと男女別に区別されている。全てのドアにカードロックリーダがある徹底振り。
「集中コントロールシステムがある部屋を優さんが使う事になっているから」
　まあ当然。
　あと、ハンモックがかけられている所があって、
「おお、俺はここがいいな」
　一目で気に入ったという風にそこを眺める桑古木であった。

………そこだけは止めたほうがいいぞ桑古木。本当に。

　　　PM　7：00　　　Lodge（ロッジ）

　買出し組が帰ってきて、さっそく部屋割りを決める。
　やはり基本的には男女別。新館部分に女性陣が、旧館部分に男性陣が陣取ることに決まった。夫婦である武とつぐみは例外で、新館の二人部屋をあてがわれた。
　一応、桑古木も個室をあてがわれたのだが…
「じーーーっ」
　やっぱりハンモッグの誘惑は捨てきれないらしい。

………やっぱりK○Dの脇役キャラの宿命？

　割と豪勢な食事（特に桑古木は感激していた）の後、彼方と沙羅のリベンジマッチ（今回は神経衰弱であった。本戦よりその前兆戦の方が熾烈であったが）が始まる。その内容はというと…
「あのな、沙羅、彼方。確かに神経衰弱にはそういう面はあるけどな？」
　この武の言葉が全てであった。
　ガン牌、特徴付け、何でもあり。一組のトランプが5回戦持たない。もはや遊びのレベルではなかった。
　しかし本当に問題なのは…
「で、どうしてママに勝てないのかな？」
「つぐみさん、強すぎるよ…」
　何度やっても一番めくり数が多いのはつぐみ。こうなると『諦めません、勝つまでは』になってしまい…
　結局、最後まで沙羅と彼方に白星は付くことなく終わってしまったのであった。

「テニスの用具がこれで、そして予備の水着や救命浮き輪がこれで…」
「これって、テニスのラケット、だよな、優？」
「そうよ涼権、キュレイの腕力に耐える仕様だから。フレームは勿論、ガットがすっごく高いのよこれ。まったく、旅費よりレジャー用品のコストの方が高くつくなんて信じられない」
「…とか言って、実はモニター目的でタダで提供してもらったんだろ？プロ向け商品の実地データ取りにゃ最適だろうし。むしろモニター代さえせしめてると思ってたが」
「―――ばれたか。無駄な所だけは鋭いのね涼権。さて…」
「？」
「用事は終わったのにいつまで私の部屋にいるのかしら？とっとと出ていきなさーーーーい！！！」
　どかばきぐしゃ！！！
「Ｎｏーーーーーーーー！」

　　ロッジのベランダ、満天の星空の下。
「ホクト。こういうのもたまにはいいよね？」
「…普通、逆だと思うけど？まあ旅行って普通じゃないから、いいよ」
　ホクトの膝に頭を預け満天の星空を見上げるユウと、そんな恋人の顔と星空を交互に見やるホクトの姿があった。

　そんなこんなで各々にとって楽しい（？）時間が過ぎて…
「はいはい、明日もあるんだから。おひらきおひらき！！！」
　優の一声で、解散、就寝となったのである。

The　2nd　Day

12　August　tue.　2036　　AM　0：17　Living　Room　in　The　Lodge（リビングルーム）

　リビングには3人の大人の姿があった。

「…これが、公務？」
「…ええ。そうよ。悪いけど武、つぐみ。付き合って」
「解った。…桑古木はどうするんだ」
「今回はオミット。もう一つの方は付き合ってもらうけどね」
「いいのか？」
「話すべき時が来たら、私が話す。それでいいの」

　静かにドアが開き、そして閉じる。

　リビングには、ハンモッグで眠る桑古木の寝息だけが響いていた。

　AM　1：00　Lunaｒ　Beach（ルナビーチ）

　月光に照らされた海岸線に、その建物はあった。
　看板には『ルナビーチ』と記され、『ＣＬＯＳＥＤ』の札が掛けてある。
　2階から、僅かに明かりが漏れている。

　優は懐からカードキーを取り出し、リーダに通して暗証番号を入れる。
　かちゃりと音がして、ロックが解除される。
　そのまま三人は、ゆっくりと室内へ入り、電灯のスイッチを入れる。
　懐かしい感じの、喫茶店の作り。趣味はかなりいいし、建物の外見に比して中は大して痛んでいるようにも見えない。
　ゆっくりと階段を下ってくる足音が聞こえ、
　初老の男性が、姿を現した。

「真夜中の招待、済まないね優ちゃん。こうでもしないと秘密の話なんてできないから」
「茂蔵おじちゃん、気にしないで。おじちゃんこそ、こんな夜中だと辛いでしょ？」
「私も研究者の端くれだからね。この程度、苦でも無いよ―――さて、自己紹介、させてもらってもいいかな？」
「…うん」

「始めまして。私は、守野茂蔵。『守野遺伝子学研究所』の所長だ。会えて光栄に思う。『ミズ・小町』、そしてその最愛の人よ。」
　表情は、柔和。しかしその目には強い光が宿っている。
「その名前はもう要らない。私は最期まで『倉成月海』を通すの…よろしく『優しき研究者』さん」
「倉成武だ。今後とも、よろしく」
　同じ表情で返すつぐみと武。
「―――良い目だ。流石は優ちゃんが見込んだだけの事はある」
「誉めてもらって光栄だけど。無駄な時間は、要らない」
「承知した。話すべきを、話す事にしよう。それでいいかい、優ちゃん？」
「ええ」

　

　４人がけのテーブル席に全員が腰を降ろした。
優と守野博士、武とつぐみという並びである。
「最初に、優ちゃんから話してくれるかな？『ノア』の事を。トム君に何を言われたのかを」
『トム』という単語に、つぐみが反応する。それを横目で見ながら、
「ええ」
優は、頷いた。

「………らしくないね。優ちゃんも、トム君も。お互い一つずつ大ポカをしている。まあ、痛み分けという所かな」
　一連の話を優が語った後の、守野博士の一言目はこれだった。表情に似合わない、辛らつな表現。
「まず、優ちゃんの方だ。科学者の端くれなら知っているだろう？『ＲＴＳ（量子テレポーテーションシステム）は光速の壁を越えられない』という事実くらい」
「！！！」
「確かに、ベル測定をした時点で瞬時に相手方に双子の量子が生成される。だが、その事実をどうやって相手側に伝える？未だ量子を使わないＦＴＬ（超光速通信）は存在しない。結局、そこがＲＴＳのネックになる」
「そ、それは！」
「解っているよ、優ちゃん。既にその打開策、少なくとも打開できる可能性自体を知っていた。違うかい？」
「―違わない。茂蔵おじちゃん、気付いてたんだ…」
「ああ。そもそも、なんで『空システム』なんてシステムをライプリヒが開発し、よりによって一番コスト的に釣り合わないLemuという場で運用していたか。そして、なぜ今優ちゃんの手元にあるのかって考えると結構つじつまが合ってくるんだ」
「もしかして…2011年の件も、知ってるの？」
「残念ながらその通りなんだ。この世界には、双子の量子があるように対になる双子の精神も存在する。あの2011年の実験は、それを実証してしまったんだよ。しかも、2対ではなく、複数対ある上に時間軸を超えて共鳴できるというおまけまでつけてね」
「………」
「人間ならばその確率は偶然に左右されるし、量子の持つ情報をデコードできるはずも無い。しかしその精神が宿る器が、コンピュータプログラムならどうなるかな？」
「やっぱり、茂蔵おじちゃんは凄いね。たったこれだけの話で、そこまで気付いちゃうんだ」
「元々、トム君の計画にそこまで組み込まれていた事は確かだろう。だが、現状においてもそれは実現可能なレベルまで来てしまっている。その事実をトム君に間接的に伝えちゃったのは、拙かったね」
「…うん」
「さて、トム君のほうだが…想像以上の成果に、欲張ったんだろうね。わざわざ『空システム』への執着を言葉にしてしまった」
「！」
「彼のやり方なら、可能な限りカードは伏せておくはずだ。わざわざ『空システムがノアの根幹、常時接続ＲＦＴＬ－ＴＳ（量子利用超光速通信兼用型テレポーテーションシステム）への最後の鍵であるという事実を知っている』というカードをよりによって事実上の空システムの所有者である優ちゃんに示す必要性なんてないんだよ…そういう訳で、ノアプロジェクトの第一最終段階、恒星間宇宙船計画の一番の要は優ちゃんが握っているって訳だ。周知されたら、新国連事務総長以上の存在ってことになるだろうね。嬉しくはないだろうけど」

　武とつぐみは、その話の内容に圧倒されていた。
　世界最高級の頭脳とはこういうものなのか。日ごろの沙羅と彼方のやりとりが子供の遊びにすら見えてしまう。そして自分達キュレイが、そして空が、『小町法』と引き換えに負った使命の意味に戦慄する。

「おっと、すまない。武くんやつぐみさんには重い話だったね。
　そういった役割を引き受ける為に私やトム君がいる。君達は気にせず、君達の為すべき事を成せばよい。君達が、幸せに人間として皆と共に歩んでいけるという事実が如何に大切か。多分、まだピンと来ないだろうけど。でも、君達がキュレイとしての責任を背負おうと思っているのなら、今の幸せな生活を貫き通したまえ」

　そんな二人の考えを、あっさりと読んでみせる。しかし、その言葉に刃はない。
　これが『優しき研究者』守野茂蔵の真骨頂だった。

「さて、優ちゃん。一つ、隠しているね？」
「え？」
　優が、凍りつく。
「謝る事は無いよ。言えなかった理由は知ってるし、それは人として当然だと思っているから。だけど、敢えて言わせて貰う。

　私は、同じ伝言を既に聞いている。

　だから、話すなら今だ。この事は、優ちゃんが伝えなければならないんだよ」

　沈黙の帳。唇を噛み下を向く優。

　一体、いかほどの時を待ったのか。
　優は、顔を上げる。
　その目に浮かぶのは、強烈な決意。

「つぐみ。伝言をそのまま伝えるわ。伝言者は誰かは言わない。でも、つぐみには解るはず。

　『悪いのは私。でも、死なないで欲しいと願ったことは、今でも間違いとは思わない』

　これだけよ」

　

　長い長い沈黙の末に。
「そういう、事なのね…キュレイって、そういうことなのね」
　押し出すように漏れる、つぐみの言葉。
「ええ、そういう事。この言葉で、私は全てを推測する事が出来た。キュレイとは何か、どうしてキュレイウィルスが誕生したのか…」
　しみじみと、しみじみと、優が呟く。
「つぐみ、俺、訳わかんないぞ？」
　大混乱。武は文字通りパニックに陥りかけていた。
「当然よ。武は推測に必要な情報を持ってないから。でも、武も当事者の一人なの」
　つぐみの言葉は、夫を慰めるためというより、自身を納得させる為のもの。

「ねえ、茂蔵おじちゃん。彼は、この事を知っているの？」
「…済まない。私が、話したよ。彼にだけは、話さなければならなかった」　
「そうですか。それじゃ、申し訳ないけど…」
「ああ、そうだな。この事は、彼が話すのが一番適切だろう。…すまない、武くん、つぐみさん。今は、答えられない。
　だが、答えられる人間は居る。
　彼に会い、全てを聞く事。この島での君達の『公務』は、それで終わる。
　その後は、この島を楽しんで欲しい。―――はっきり言わせて貰うよ。私の科学者としての頭脳も、トム君の策略も、ノアやキュレイを取り巻くものたちの打算も、奸智も、財力も、政治力も、君達は持つ必要は全く無い。
　彼の話を聞き、それでもなお人生を楽しみ幸せを求める心の強さ、心の余裕。それが君達が持つべきものだ。それが、キュレイを導く灯台となる。
　年長者の諫言として、これだけは覚えておいてくれ」

　ゆっくりと、椅子から立ち上がる守野博士。

　これが、この「公務」の終わりを告げた。

　AM 9：00　Dinning　Room　in　The　Lodge（ダイニングルーム）

鉄の掟再び。
「朝食は全員で食べる」
　この倉成家不文律は、そのままこの場でも適用される事になった。そういうわけで、ここまで遅い朝食となったのである。
　当然、主犯は…
「まさか、リーダーが一番寝坊するとは想像できなかったわ」
「そうでござるよ。優さんらしくない由」
「…沙羅。その言葉、あなたにそのままあげるわ」
「…沙羅。全ての言葉は自分に返って来るんだぞ？」
「ママ、パパ…御免、沙羅が間違ってた」
　珍しく縮こまってしまった優と、いつの間にか親娘の会話に脱線しつつある三人が全てを物語っていた。

　閑話休題。

　その後つつがなく朝食は終わり…
「でね、今日の予定なんだけれども」
「午後からテニス、だね？」
　口火を切った優に、割り込んだ彼方。
「…なんで分かるの？」
「えっと、あれ、なんでだろう？なんだか不思議なんだけど、ふとそう思ったんだ」
　困惑。突っ込まれた方も突っ込んだ方も困惑する光景も珍しい。
「まあ、いいわ。そういう事。お昼までは自由行動だけど正直あんまり時間無いからそこは考えて。テニスが終わったら、主要なスポットを案内してあげるから…そういう事でいいかしら？」
　全員、首肯する。
　かくして2日目は、始まった。

　PM　0：47　　TennisCourt　in　The　Room,　For　ｃommon　use.（共用屋内テニス場）

「へえ、室内テニス場なんてあるんだ」
　ユウがびっくりしたように、今いる場所を眺める。
「うん。…別荘を持ってる人たちが共同で作ったって聞いてる。別料金を払えば、空いているときなら私達ビジターも使えるのよ」
　優が説明する。
「にしたって、なあ、つぐみ」
「すごく、防音や緩衝設備が充実しているわね…」
　目を丸くする武とつぐみ。
「ふふっ。この島ってね、知る人ぞ知るって感じで結構な上流階級の方々が別荘持ってたりするの。だから島の財政も安定しているし、意外とこういう施設もあるものなのよ」
　まるで自分のことみたいに自慢する優。
「というわけで…つぐみ、武。覚悟する事ね。並みのテニス場じゃとても全力戦なんて出来ないけど、ここなら大丈夫。徹底的にたたきのめしてあげるから、そのつもりでかかって来なさい」
「ほう、上等じゃねえか。後で後悔してもしらねえぞ？」
「ダブルス勝負で私と武に勝つつもり？圧倒的な力の差というものを教えてあげるわ、優」
　後ろに炎を背負う三人。
「ちょっと待て。もしかして…」
「当然。涼権も付き合いなさい。気は進まないけど、ダブルス勝負だとあんたしか組む相手いないしね」
「拒否権、行使していいか？」
「…公務の出張で、上司に逆らえるとでも思っているの？」
「了解した。地獄へ堕ちろマスター」

「最早僕たちが入っていける世界じゃないね、ユウ」
「そうね。こっちはぼちぼちやりましょうか」
「はいはーい！沙羅はお兄ちゃんとペア組みたいでーす」
「却下。沙羅と彼方の勝負に巻き込まれるのは御免こうむるわ。今日ぐらいゆったりとしたいしね」
「えーっ！なっきゅ先輩、おうぼー！」
「だから、却下だっていってるでしょ？恋人の特権、行使させてもらうわ」
「あのー、僕の意見は…」
「「そんな権利有る訳ないじゃない。彼方ちゃん（彼方）？」」
「ううっ、酷いよ～」
「諦めよう。僕だって、いつもそういうオチだから」
「ホクト先輩も、苦労しているんですね」

といったやり取りの末に、ペアリングが決まったのであった。

　第一試合　　武・つぐみペア　ｖｓ　優春・桑古木ペア

「これってさあ…」
「完全なパワーゲーム、だね」
「なんで、ロブ上げないのかなあ」
「見てれば分かるよ、沙羅」
「むっ、彼方ちゃん偉そう」

　四大大会決勝の男子ダブルスの試合でも、ここまで強烈なラリーは見られないだろう。
　だが、同時にここまで単調なラリーだって見られないというのもまた事実である。
　共に前衛はネットまで出ず、やや引き気味。
　男子プロのファーストサービスだってここまで球速出ないぞ的なショットの応酬なのだが…

「沈む球ばっかりだね」
「うん。まあ、無理ないけどね」

　あまりの球速の速さゆえ、下手にフラットやドライブを放とうものならコートに入らないのだ。早い段階でそれに気付いたフィールドプレイヤーは、沈む球での応酬を選択した。
　
　ラリーに焦れたのか、武がネットに詰める。つぐみのフォローが、僅かに遅れた。
「もらったあーーーー」
　桑古木が、武の後ろ、ぽっかり空いたスペースめがけてロブショットを放つ。
　もし、解説者がいたらこう言う事だろう。
『これはいいロブショットですね。だれも取れないですよ。打った桑古木選手を誉めるべきでしょう』
　しかし、
「このバカ涼権！ロブは駄目って言ったでしょうが！！！」
　優の怒声が響き渡る。
「ふふっ。甘いわよ。引っかかったわね」
　微笑を浮かべるつぐみ。

　コートの中では、常識的に追いつけない場所につぐみは楽々と到達し、見事な曲線を描いて飛翔。
「これで終わりよ！！！」
　誰もが見惚れる綺麗なフォームから放たれるジャンピングスマッシュ。
　テ○スの○子様の中ですら流石に描けないであろう、常識でありえない高い打点から放たれる強力無比なフラットショット。
　当然のようにボールはコートの浅い位置に突き刺さり、大バウンドしてコートサイドの壁に激突することとなった。
　
「「「………」」」
　あんぐりと口を空ける、ユウ、ホクト、沙羅。
「だから言っただろ、沙羅。キュレイの脚力じゃ、ロブショットっていうのはただのチャンスボールになっちゃうんだよ」
　うんうんとうなずきながら解説する彼方。

　非常識の塊のような試合は、キュレイ用ラケットの予備ガットの全てとボールの半分を失った時点で引き分けノーゲームとなった。
　なお、こんな非常識な負荷に耐え切ったラケットは後に貴重なデータと共に製造先に送られ、プロ選手御用達のベストセラーモデルへと進化する事になる。

　第二試合　　優秋・ホクトペア　ｖｓ　沙羅・彼方ペア

　ぱっと見、不公平と言えなくも無い組み合わせ。圧倒的に沙羅達が不利と思える。
　しかし、実際の所は…
「こーらー！ずるいじゃない沙羅！ロブばっかりじゃないの！」
「ふふふ、なっきゅ先輩は熱くなりやすい故。悪く思わないでくだされ」
「くっ、彼方くん。やるじゃないか」
「ホクト先輩。申し訳ありませんがここは負けられないんですよ」

　沙羅と彼方ペアが、圧倒していた。

　どっちかと言うとサーブ・アンド・ボレーのプレイスタイルのユウがネットに詰めるタイミングを見計らったかのように上がる沙羅のロブショット。
　その頭脳ゆえ運動は苦手と思われた彼方の、想像以上の運動能力。
　こうなってくると、戦術の差が結果に直結する。割と力の差が出やすいシングルスに比べるとダブルスはチームワークや戦術の割合が高いから…

「ゲーム　6　-　0。　マッチウォンバイ　沙羅・彼方！」

　ホクトたちはサービスゲームすらキープできず、屈辱の完封負けを喫したのであった。

「なっきゅ先輩。お兄ちゃんを譲ってくれれば、こんなことにはならなかったのに」
「その代わり、負けてただろうけどね」
「相変わらず口が減らないのね彼方ちゃん。私の頭脳プレイであんたなんか粉砕してあげたわよ」
「…バカの一つ覚えのロブで？」
「相手に合わせた適切な判断よ」

　訂正。チームワークを戦術が補った勝利であった。

（ねえ、ホクト。最近思うんだけどさ）
（何、ユウ？）
（何気に私達って、扱い悪くない？）
―――タブンキノセイデスヨ？

　PM　4：00　　Lodge（ロッジ）

「それでは、只今より、島の探検ツアーを開始いたします」
　冗談めかした優の宣言により、島の案内が始まった。

　PM　4：30　　Himegahama（姫ヶ浜）

　まず最初にやってきたのが、小さな入り江。
「ここが姫ヶ浜。遊泳可だけど、入り江の入り口は急に深くなっているから。泳ぐなら砂浜の近くで泳ぐ事。沙羅、彼方。あんた達は特に気をつけなさい」
「なんで、沙羅が名指しなのかな？」
「そうだよ。流石に僕だって、ア○バ戦並の勝利確定の超ハンデ戦はしないって」
「…見てなさい。ここでお兄ちゃんと特訓して、いつかその言葉、後悔させてあげるんだから」
「だから、僕が付き合うことって確定なの？」
「駄目。それは私の役割なんだから」
（―――場所の由来が由来だけに、しゃれにならん発言だな）
（涼権。混ぜっかえしたら承知しないからね）

「さて、向こうの岬の先端に神社があるんだけど。取りあえず今日は行かないからね。時間無いし。まあ、興味があったら行ってみるといいわ。割と珍しい神社だから」
「珍しい？」
　武が鸚鵡返しに言う。
「ふふっ。行ってみてのお楽しみ、ってことにしとくわ。
但し！絶対に裏手に回っちゃ駄目だからね。崖になってて危ないから」
「神社って言えばお守りだよね」
「ここのお守りって何か特徴あるでござるか」
「ええっと、確か二対のすｚ…」
　くいくい。
（何よ、彼方）
（お願いだから、そのネタだけはやめてくれないかな？）

「「？？？？？」」

PM　5：00　Observactory Park（展望台公園）

「ちょっと季節じゃないけど、御免ね。春は桜が綺麗だって聞いたけど」
　皆で葉桜の並木の中を歩く。
「先には展望公園があるの。見晴らしは最高なんだって。
　ただし、柵のすぐ下は凄い崖になっているから近寄っちゃ駄目。柵に寄りかかって落ちたって責任持てないからね」
「どうして、そういう事ばっかり言うかな…」
「ホクト、疑問に思ったら負けよ？」

「おおっ、こいつは素晴らしい眺めだな。そう思わないか、つぐみ？」
「本当ね。水平線の彼方まで見渡せるわ」
　皆、展望公園で休憩。思い思いのひととき

　ざっばーーーーん！外界の荒波が、巨大な飛沫を上げて砕ける。
それを背景にして、

「うーm…」
「皆までやったら、承知しないわよ？」
「すまん。ほんの出来心だ」

PM　5：30　Tsukihama（月浜）

「ここが月浜。今の時期だと…こうなっちゃうのは、しょうがないか」
　あちこちに、地元民っぽい親子連れや、明らかに外来組とわかる若い男女のグループが散在し、泳ぎを楽しんでいる。もっとも、皆帰り支度をする時間になってはいるが。

「でも綺麗ねえ。けっこう夜になると雰囲気出るんじゃない？」
「…なっきゅ先輩。抜け駆けは厳禁でござるぞ？」
「なんで、マヨの許可が要るのかしら。そう思わない、ホ・ク・ト？」
「当然、沙羅の味方でござるよな。お・に・い・ち・ゃ・ん？」
「………」
「………」
　女の戦いを繰り広げている2人+獲物をよそにして。

「あ、つぐみ？」
「どうしたの、武？」
「防波堤の上には乗るなよ？つまづいても知らないからな」
「大丈夫よ。…きゃっ！」
　防波堤から落ちて、しりもちをつくつぐみ。
「だから言ったろうが」
　つぐみに手を差し伸べる武。
「あれ、これって…」
　つぐみ、手元の砂浜を探る。
「言っとくが無いぞ。鈴なんて」
「ねえ、何言っているの？」
「武さん…やっぱり」

「あれ、俺、なんであんな事言ったんだろう。―どうした彼方。怖い顔して」
「御免、何でもないよ」

PM　6：00　Portside　Quay（港湾岸壁）

「流石にここは説明不要よね。こっち側には高速船が入らないから、釣りをするにはうってつけって所ね。暇があったら、釣りもいいと思うわよ」
　先端に、港湾入り口を示す小型灯台を伴った岸壁。あまり手入れされていないのか、小型灯台への入り口の鉄柵が壊れている。
「わる…」
「優。頼むから、その先は言うな！俺は、優にだけは酒乱になってほしくない。そうなると俺でも庇いきれなくなる」
「？？？…なんか、物凄く不愉快な感じだけど。まあいいわ、涼権。なんとなく思いついただけだから。
　そうそう、つぐみ。つぐみって釣り、得意なの？」
「たまに食糧確保の為に釣りはしていたけど。でも、本格的な道具は使えないわよ？」
「ねえ、つぐみさん。釣りは他に誰も居ないときにしてね。回りの人たちに迷惑になるから」
「？？？」
　小首を傾げるつぐみ。
　その姿に、彼方は心の中で小さく嘆息したのであった。

「おおっ！こういうのも良いでござるな！」
　とてとてとてとて、とてとてとてとて。
　沙羅が、岸壁を駆け回っている。
「なっきゅ先輩も、こっち来たらどうですかあ～！」
　その言葉も待たず。ホクトが妹の手首を捕まえていた。
「お兄ちゃん、積極的………」
「沙羅」
　ホクトの目は真剣。
「え？」
「沙羅は殆ど泳げないんだから、絶対にここに近寄っちゃ駄目だ！」
「えーっ、なんでよ～」
　沙羅、猛抗議。
「だって、悪い予感がするんだ。だから、頼む。近寄らないでくれるかな」
　珍しく、妹の抗議にも怯まないホクト。
「マヨ。ホクトがこんなに必死になって言ってるんだから。たまにはお兄ちゃんの顔も立ててあげなさい」
「―――しょうがない。分かったよ、お兄ちゃん、なっきゅ先輩。二人とも、貸し1だからね」
　二人ががりの説得に、渋々と沙羅は応じたのであった。

　PM　6：30　Luner　Beach（ルナビーチ）

「さて、ここがゴール…なんだけど。残念、今日はハズレみたい」
　喫茶店「ルナビーチ」には『Closed』のプレートが掛かっていた。
「ここって、文字通り趣味の店だからねぇ。ふらっとマスターやマスター代理がやって来て暫く営業しているかと思うと、またふらっとどっか行っちゃって暫く休業って感じ。食事は凄く美味しいって聞いたから来てみたんだけどね」
　残念そうに言う優。
　皆も、がっかりしている。まあ、旅行に食事の楽しみはつきものであるし。
　その中で、唯一、露骨にほっとしているのが彼方。
「かーなーたーちゃーん？なーに露骨に喜んでるのかな～？」
　その姿に、案の定絡んでいく沙羅。
「だって、これでつぐみさんのご飯がまた食べられる。って、痛い！地味に痛いーーっ！」
「だから、人のママを飯使いに使うんじゃないわよこのバカ彼方ちゃん！うりうり、さっさと謝りなさいｙ…」

　すぱこーん！

「痛ったーい！何するのよ―――って、ママ？」
「沙羅。喜んで食べてくれる人になんて事をするのかしら。謝るのはあなたでしょう？」
「だって、ママ！」
　沙羅、つぐみに食って掛かるの図。もっとも、結果は見えているが。
「第一、彼方は下ごしらえとか手伝ってくれるもの。沙羅、あなたはどうなのかしら？」
「うっ！」
　ほら。どうあがいても勝てる訳ないのだが。

　結局、この後商店街で（前日女性陣は買い物に来ていたため、案内はなしという事になった）買出しした後、前日のようにつぐみの料理で夕食を取ったのである。

　PM 9：00　Living　Room　in　The　Lodge（リビングルーム）

　その後、最早恒例となった一勝負。
　この夜の種目はこれまた定番『大富豪』。このゲームの良い所は、途中どんなに負けが込んでいても最後の最後にトップになればそれで勝ちという大逆転要素にある。
　今回のルールは革命有り、革命返し有り。2上がりなし、順子並びでの同時切り上がりなし（同じ数字での複数枚数切りの上がりはＯＫ）、ジョーカーは入れない、上納有り（大富豪へ2枚、富豪へ1枚)、上納指定可（これは諸刃の剣でもある）、余り枚数は貧民と大貧民持ち（5人で52枚だから、当然2枚余る）、最初の手番は大貧民（これは珍しいだろう）というものであった。
　今回の決勝メンバーは、優、つぐみ、武、沙羅、彼方。大体5人か6人が一番面白いということで、4人で予選をした所、ホクトとユウが予選落ち。
桑古木は、予選を通過したものの
「こんなメンバーじゃ接待麻雀と同じじゃねえか。勝っても負けても地獄じゃやってられないぞ」
と余計な事を言ったせいで優の鉄拳制裁により一撃Ｋ.Ｏ.。

　という訳で10回勝負の9回目が終了した時点で
　大富豪　優　富豪　彼方　平民　沙羅　貧民　武　大貧民　つぐみ…なんとなく納得できるところが恐ろしい。
　とにかく10回目。つぐみがいきなり勝負に出た。
　3のフォアカード。俗にいう「いきなり革命」を起こしたのだ。
　上納有のルールでは、革命を起こされると通常より大富豪が不利になる。
　しかし…
「ふふっ、つぐみ、焦ったわね？」
　唯一の4を使用して手番を握った優の顔に悪魔の笑みが浮かぶ。
「これでどうかしら…手番を回した人を恨みなさい」
　場に出される、4枚の2。大富豪サイドの定番の必殺技。「2の革命返し」である。
　最終戦でよく行われる駆け引きである。バラして使うのか、革命前提で温存するのか。手番が回るか回らないかと言う意味でのギャンブルの要素も有る。あえて上納に対して大きい札を返すなんて駆け引きもよくあることである。
　ただ、つぐみが「いきなり革命」で対応したため、戦術は分かりやすくなった。現在の優の手札は2枚。つぐみの手札は6枚。最初の革命の直後に切ったスペードのエース。その1枚しか減っていない。
　明らかに、つぐみが勝負を焦って失敗したのだ。
　当然手番は優。手にある札の内、一枚はＫ、もう一枚はＱ。Ａ、Ｋ、Ｑはもう3枚見えている。誰かがＡを持っているだろうが、場のカード状況から見て、他のカードの二枚持ちは考えにくい状況下だった。
　どっちを切っても、相手の手番でも二枚切りされない限り勝利。二枚持ちがいるか。ギャンブルはそこだけ。
（どうせなら、最後はＱで決めてあげる）
　スペードのＫを場に出す。
　さあ、Ａを持っているものは誰か…
「はい、私の手番ね」
　つぐみだった。革命で優位に立ちながら、全てパスしている。めぐりが悪いのか、それとも…
「そして、もう一回、革命よ」
「！何よ、それ…」
目の前の5のフォアカード。
　盲点。4枚そろいが2組なんて。上納は2が2枚。優のほかの手札には3が2枚と、2が2枚含まれていた。その他は上と下に2極化されていたから、当然のように3を2枚渡した。そういう必勝手札ゆえに、あっさりと革命返しを食らわせた。当然勝利と思ったのだが…
「まだまだね、優。策略ってね、如何に相手に甘い夢を見させるかが勝負なのよ」
　そのまま、最後の一枚。
「ハートの4。これで上がりね」
（な、なによそれ）
　2とエースが2枚ずつ、5が4枚、3が2枚、4が1枚。それがつぐみの最初の手札だった。
「勝利が確定していたのに、あえて遊んで見ていただけだったって言うの？」
革命後、4を出せば、それでほぼおしまいだったはずだ。①その後5で革命返し。ここで優が2の4枚切りをしない限り上がりが確定する。大富豪である優にとって、わざわざ革命して流すという手段は頭に無い。②Ａの二枚出し。4の2枚持ちがいない限り、上がりが確定する。つぐみの手に5が4枚あり、4は3枚しか残っていない。しかも4のうち1枚を優が持っている。その状況下で、4の2枚持ちは確率的に低い。
　何のことは無い。手札が確定した時点で必勝状態だったわけだ。
「この勝負は、元々沙羅と彼方のものだから。二人で決着を着けさせたかっただけ。最初の革命は、まあ、沙羅への贔屓ね。ハンデもらっても武が勝てるとは思ってなかったし。…あなたが悪いのよ、優。革命返しで火をつけちゃったから。おかげで上がるしかなくなっちゃったじゃないの。
　私も、まだまだというところかしらね」

　さて、当然の事であるが、最弱のカード1枚が手札の優が手番を失ったわけだから（このルールだと、大貧民が上がった後は、貧民の手番になる）、富豪の彼方が上がらない限り、優はパスするしかない。
　結果。
1位　つぐみ　2位　沙羅　3位　武　4位　彼方　ドベ　優。
　沙羅と彼方の勝負としてはノーカウントドローになった。一応上位は沙羅という事になるわけだが…
「完勝しないと意味無いの。トップを取ってこそ勝利でござる」
　だそうである。

　そんなリビングの隅のソファではホクトがユウの膝枕の上で居眠りし、ユウはユウでその体勢のまま舟を漕いでいた。

　そんな情景の元、2日目の夜は更けていく。

　さて、この日一番の勝者は誰でしょう？

　The 3rd Day

13 August wed. 2036 AM 0：17　BedRoom（寝室）

　このロッジに2つしかない2人部屋の一つ。武とつぐみにあてがわれた部屋。

「武、起きてる？」
「う、うーん。…どうした、つぐみ？」
　つぐみの声に、武は、ゆっくりと目を開ける。
「ねえ、武、なんだかおかしいと思わない？」
　不安そうな表情で、つぐみは武を見た。
「夕方の事、だろ？自分で言うのもなんだが、あの時の俺たちは何かがおかしかった」
「やっぱり、武もそう思うのね」
「ああ。なんと言うか、自分が自分で無いような感じ。それでいて、じゃあ自分らしくないかと問われると、そうだとも言い切れない。―――すまん。いい言葉が見付からん」
「いいの。武の言いたい事は分かるから。………この島、やっぱり普通じゃない。何かが、あるのね」
　つぐみの顔の不安は消えない。悪い確信が、形になりつつある。
「そうだな。多分、つぐみの言うとおりなんだろう。
　だが、それでも俺は優を信じる事にする。ああいうヤツだが、俺たちに不利益になるような事は絶対にしない。それが、優だ」
「言いたい事は分かったわ。武は、正しい。
　でもね、それでも私は妻として、夫の口から他の女性の誉め言葉は聞きたくなかった…」
　つぐみの言葉が終わる間も待たず。

　ぎゅっ。武はつぐみを優しく抱きしめた。

「ちょ、ちょっと武？」
「言葉で分からないなら、行動で示すしかないじゃねえかよ」

　　AM　9：00　Dining　Room　in　The　Lodge（ダイニングルーム）

「さて、みんなこの島にも慣れてきたことだし。今日は自由行動を許可するわ」
　優の宣言に、歓声が上がる。
「つぐみにお弁当を作ってもらったから。外で食べたいなら、持って行きなさい。
集合は午後5時。それまでには帰ってくる事。後の予定はその時に伝えるわ。あと、ユウとホクトはここに残りなさい。それでは、解散！」
　そのまま、各人はめいめいに散っていく。とりあえず、自室に戻る者がほとんど。

「お母さん、何？」
「優さん、僕たちに話があるの？」
　居残り命令を受け、とりあえずダイニングに残る二人。
「あなた達は、実地研修ね。一応、私は考古学の先達だから。
　まあ、レッスン1って所。民俗学ってのは、考古学の一大分野だからね。研究者の数もテーマの数も多い。あなた達の志す分野とはちょっと違うだろうけど、勉強していて損にはならないわ。割ととっつき易いし。
　今回のテーマは、昨日言った神社。まあ、一日で調べられることは少ないし。情報収集能力より、分析力や想像力の訓練と考えなさい。
　実際にあなた達が見て、知って、感じて、考えた事を素直に受け止めなさい。その上で、この神社の意味を、あなた達なりに解釈して私に教えて頂戴。
　…ふふふ。テストと違って模範解答なんてないからね。自分で、答えを探しなさい」

　AM10：00　Portside　Quay（港湾岸壁）

「つぐみ、俺、実は釣りって初めてなんだが？」
「私だって、似たようなものだけど？まともな道具や仕掛けで釣りした事って、なかったから」
　港脇の釣具店で道具をレンタル。なぜかロッジに完備されていた釣り用のチェアやクーラーボックス、長靴や救命胴衣といった装備を身に着けて、夫婦仲良くならんで釣り始める。
　他所から見ても、微笑ましい光景。だが…
　それは、長くは続かなかった。

　2時間後。
「なあ、つぐみ？」
「なあに、武？」
　竿を巧みに操りながら、つぐみが答える。
「俺たちの仕掛けも餌も、一緒だよな」
「そうね」
　最後に竿がひと撓りし、つぐみの手元に針にかかった魚があらわれる。
「で、このフィッシュ数の違いは、なんなんだ？」

　余りにも歴然とした釣果の差。
　文字通り、つぐみは入れ食い状態。次から次へと当たりが来て、あっという間に釣り上げた数は二桁を超える。
　対して武はボウズ。釣り上げる以前に、当たりが来ない。
　その上つぐみはキャッチアンドリリースを徹底しているから、クーラーボックスの中は空。
　さすがに、これは堪える。

　結局のところ、4時まで粘っても、武に当たりが来る事はなく。
　逆に、つぐみは危うく3桁に届きそうなフィッシュ数を稼ぎ出したのであった。
「ふふっ、とても楽しかったわ」
「まあ、しょうがねえか。こういう日もあるさ」
　武は、妻のはしゃぐ姿が見れたから良かったんだと自分を納得させる事にした。

　ＡＭ10：00　Himegahama（姫ヶ浜）

「どうして、こうなるのかな？」
「それは沙羅の台詞だよ、彼方ちゃん？お兄ちゃんとの一時を楽しむ予定だったのに。
…優さん、恨むからね？」
　ばしゃばしゃばしゃ。
「悪態ついてる余裕が有るんだったら、ちゃんと特訓しなさいな。せっかく付き合ってあげてるんだからね！」
　砂浜から、優の声が飛ぶ。
「―――なんで分かるの？」
「悪口はどんなに遠くても聞こえるみたい。…誰かさんとそっくりだ」
「か～な～た～ちゃーん？」
「あっと、沙羅の事を言ったんじゃないけどな」
「？？？…うわっぷ！」
「足を休めちゃ駄目だってば。あと、ちゃんと力を抜いて、ね？」
「くううっ。この借りは絶対返すからね、彼方ちゃん？」
「はいはい、期待しないで待ってるから僕」
　ばしゃばしゃばしゃ。

―――姫ヶ浜の足が付く程度の浅瀬で、沙羅が泳ぎの特訓をしていました。終わり。

「終わるなー！！！」

　だから、地の文につっこまないように。

「全く、あの二人は。仲がいいのか悪いのか解んないわね」
「どうのこうの言って『拒否する』っていう選択肢、考えてもいないしな。どう見ても、楽しんで喧嘩しているようにしか見えないんだが」
　浜辺。ビーチパラソルの下、デッキチェアに寝そべる優と、その横の砂浜に腰掛けている桑古木。共に水着姿。ただし桑古木は上半身にライフジャケットを着けている。
　彼らの傍らには大型のピクニックバスケットや救命浮き輪がある。
「で、今日の俺は、いつまで優のバトラーやらなきゃなんないんだ？」
「執事なんて柄じゃないでしょう。小間使いの丁稚ってあたりがお似合いよ」
「…どっちだろうが、やらされることは一緒だろうがよ！」
「こんな美女の傍にはべってサンオイル塗ったりする機会なんて、そうそうあるもんじゃないでしょうが」
「ふむ、顔だけはな。そこから下は特定の…Auch！」
　デッキチェアから伸びる足がスウィングし、桑古木の頭を水平に薙ぐ。
「もう一発欲しい？」
「いたたたた。―――遠慮しとく。だから公務付きってのは嫌なんだ」
　頭を抱えて、呻く桑古木。
「…公務付きって言わなければ、来なかったでしょ？」
「まあな」
「ま、そういう事よ涼権」
「そういう事にしとくか、優」
　そのまま、浅瀬で特訓する沙羅とそれにつき合わされている彼方を、優しく見守る二人であった。

　PM　2：00　A vellage shrines, "Tokitukasa and Shikinomori"（杜紀司神社、司紀杜神社）

「はあ、はあ。流石に、二回上り下りって、きついわね、ホクト」
「大丈夫？ユウ。肩、貸そうか？」
「御免。私にだってプライドあるから。年上として、そういうのはイヤだからね」
　肩で息をしながら石段の上り口に辿り着くユウと、こちらは余裕があるホクト。

　船着場近くにある公民館に付属する図書室。
　そこにあった文献で、大体の事は分かった。
　『司紀杜神社』と『杜紀司神社』。二つの社に二柱の神が祭られている。双子の神。これは、実は珍しい事である。
　昔から、双子というものは不吉の象徴として忌み嫌われていた。無理も無い。衛生状態が悪く、医学も未熟だった時代。双子を身ごもった場合、妊娠から出産の間の母子の死亡率も高く、なんとか生まれたとしても、母親が体を損ねたり、貧困な衛生下で子供の生存率は低かったり。それらを乗り越えたとしても、今度は「家」の相続の問題等が起きてくる。『長幼の序』。年齢をもって家の相続を決める事で秩序を保っていた時代に、生年月日が同じ存在は相続争いの火種でしかない。
　かくして、間引かれたり里子に出されたりと、双子という存在は大抵不幸な目に遭っている。双子に対する迷信が薄れたのは、ごく近代の事なのである。
　それ故、双子を神格化するという思考はあまり無い。特に土着の神様になるとその傾向は顕著になる。たまに祭られていたとしても、大抵は人柱やら何やらにされた双子を哀れんで供養するとかそういうパターンが多いのだ。
　双子の神がファンタジーノベルや伝奇小説の定番要素として幅を利かせるようになったのは、双子が不幸の象徴でなくなった時代の産物なのだ。
　閑話休題。

「ええと、二つの神社のうち、『杜紀司神社』は昔の天災で失われて。『司紀杜神社』も常駐の神職がいないため老朽化が激しく、お祭りにおいても境内は立ち入り禁止になっていたと。確かそうだったよね、ユウ」
「そうよ。だけど、何故か15年くらい前に匿名の多額の寄進があって、この二つの社は立派に再建されたそうよ。その後も定期的に寄進があって、そのお金で人を雇ったりして清掃や補修をしているって話。
　常駐の神職はいないそうだけど、定期的によその神社から神主さんに来てもらって神事をしているみたい。それ以外の時は、氏子さんの代表が仕切っているらしいわ。
　お土産屋さんでも、ご神体を模した鈴がお土産兼お守りとして売られているみたいだしね。ただ…」
　二人、顔を見合わせる。
「あの、記事だね？」
「うん、そうなのよ。島の数少ないお祭りの舞台が、ここまで荒んでしまった原因ね。只でさえこの岬の杜では『神隠し』が起きるって言い伝えられていた上に、現代においてこんな事件が起こっちゃねぇ」
　『守野くるみ失踪事件』。3年後に攫われた時の姿で保護されるという衝撃の結末を迎えたこの事件が、この社の負のイメージを増大させた。以来参拝客も絶え、氏子も腫物を触るような取り扱いになってしまったと言う。
　正直、普通の人は笑い飛ばすか、『この世は不思議が満ちている』と無理やり納得するかどちらかであろう。だが、ホクトとユウは、そんな思考は出来ない。
　なにしろ、自身が不思議と不条理の体験を強いられたのだ。『ブリックウィンケル』。時空を自在に超えられる目。自身が『器』にされたホクトと、間近でその奇跡の一部始終を見届けたユウ。
　そして、わざわざ優が自由行動を一日潰させてまで『実地研修』を課した意味。
「まったく、お母さんってほんと狸なんだから。まんまと罠に嵌っちゃったわ。これじゃお茶濁しの返答なんて出来ないわよ、全く」
「それに、お社にも特に何も無かったし。再建されて綺麗なのはいいけど、これって逆に言うと昔の痕跡が無いってことなんだもんね」
「そういう事。案外、寄進の目的ってそれじゃないかって思うのよ、私」
「つまり、昔のままの社が残っていると拙いとか？」
「そうそう。だってさあ、『匿名』って所が怪しいのよね」
　推理に自信あり！得意そうな表情でまくし立てる優。
「でも、それもちょっと変じゃないかな？」
　おお、『異議あり！』コール。今日のホクトは一味違う。
「ちょっと、ホクト。何か根拠があるの？」
「だって、あれだけのお社を建てるお金って凄いと思うよ。そんなお金をぽんと出すくらいなら、お社を壊しちゃったほうが良くないかな？どうせ、地元の人は近寄らないんだし」
「―――そう言われるとそうよね。隠しちゃうなら、全部壊した方が楽だもんね。人々の記憶も風化して、いつか神社も文献の中だけの存在になるんだから」
　ユウ、納得。
「でも、そう考えてみると今の状態も変なのよね。それだけの大金、ぽんと出せるんだったら常駐の神職さんを雇うお金ぐらい出せるはずなのよ。そうなると、今度はそれなりに地元の人も御参りをするようになってもっと活気も出るし、お賽銭や寄進も出てきて負担も減るはずなのにね。なんというか、こう、中途半端というか。
　あともう一つ。『司紀杜神社』って、実は『守野くるみ失踪事件』の時、壊れちゃってるのよ」
「…そういえば、そうだね」
「その時も、わざわざ再建したらしいの。挙句にほったらかしってのはおかしすぎるわよ」
「うん。僕もそう思うよ。うーんっと、えーと、なんて言ったらいいかな。えーっと、そうだ。
『無くなるのは困る。だけど、目だってしまうのも困る』って言うのかな。なんか、しっくりとした言葉じゃないんだけど」
「！」
　その言葉を聞いて、ユウの表情が変わる。
「ど、どうしたの、ユウ？」
　途端に不安そうな顔つきになるホクト。
「確信は無いけど。多分、それって正解よ、ホクト。これだけの寄進が『匿名』ってのも引っかかる。明らかにこの寄進者が鍵を持っているだろうけど…多分、調べるのは徒労に終わると思うわ」
「―なんで？」
「実はね、寄進された事実だけは記されているけど具体的な資料はどこにも無かった。どこの神社にもある寄進帳や、再建記念碑の類も見付からなかったし。本来、再建の寄進の額ってのは神社の格も示すから。大規模な寄進ってのは宣伝するものなのよ。神社への寄進そのものに税金はかからないしね」
「じゃあ、どうして？」
「…悔しいけど、今日はここまで。下手に勘繰ると大怪我する可能性が有るわ。裏の黒幕が誰か分からないけれど、私の勘はそう告げている。お母さんにこの推論を報告して、それで終わりにしましょ。
　それに…」
「それに？」
「って、もうなぞなぞは止めよ、ホクト。せっかくの旅行なんだからもっと楽しむ事にするわ、私」
　ホクトの手を取り、歩き出す。
「わっ、ちょっと待ってよユウ！」

　PM　3：30　Himegahama（姫ヶ浜）

「30点。もうちょっとやるかと思ったけど。まだまだあなた達ひよっこね」
　二人の想像以上に、優の評点は辛かった。
「だって、これ以上は難しいじゃない？」
「うん、あんまり危険な事はしないほうがいいと思うんだ」
　納得できないと表情が語っている二人。
「だーかーらー、誰が探偵の真似事やりなさいって言ったの？私は言ったはず。『情報収集能力より、分析力や想像力の訓練』って。
　あなた達がやった事は、考古学者の行動じゃない。探偵やスパイの行動よ。
　情報を握っている『Who』を特定する事が目的じゃないのよ。
　考古学はトライ・アンド・エラーを繰り返して進歩していくものなの。真実を知る存在はもうこの世を去っているんだから、そういう手法しかないのよ。だから、同じ時代に対する研究でも、数百年の研究の末に仮説ががらっと変わってしまう事だってある。
　考古学に『真実を教えてもらう』なんて選択肢、最初っからないの。だから、『Who』が誰かなんてどうでもいいのよ。その『Who』がなぜそういう行動を取ったか、その理由は何か、その理由の根拠は？そこを考えて欲しかったんだけど、私。
　二人とも今回赤点。そんな調子じゃ、大学出ても考古学で食べていくなんて夢の夢よ？」
　いつものおちゃらけた姿からは想像もつかない、理路整然とした言葉。
　ホクトもユウも抗弁できず、肩を落としてロッジへの道を辿ったのであった。

　ＰＭ　5：00　Living　Room　in　the　Lodge（リビングルーム）

「さて、あえて今日どう過ごしたかは聞かないわ。今晩の予定を伝えるわね。
　夕食はちょっと早めで6時半。つぐみ、私も手伝うけど、夕食はすぐ出来る軽いものでいいからね」
「そうね。ちょっとご馳走ばっかりだったから。あっさり目にしとくわ」
　優の言葉に、つぐみが頷く。
「その後に、ちょっとしたイベントやるわ。そのときになったら教えるから。せいぜい想像をたくましくしておく事ね。
　あと、その後にもう一つイベント用意してあるから。…彼方、バラしたら駄目だからね」
「あ、そういう事なんだ。分かったよ、優さん」
　彼方が、得たりとばかりに頷く。
「それじゃ解散。夕食まではゆっくりしてていいわよ。…さて、つぐみ、何にする？」
「そうねえ。とりあえず、冷蔵庫の残り物を確認してからにしましょうか」
「りょーかい！それじゃあ…」
　優とつぐみ、二人並んでキッチンへ消える。

「なあ、武」
「どうした、涼権？」
　リビングからそんな二人を見ていた武に、桑古木が声を掛ける。
「つぐみ、もはや立派な主婦だな」
「ああ、それがどうした？」
「…いや、初めて会ったときの姿をふと思い出してな。あの時は、今のつぐみの姿なんて想像もつかなかった」
「そうだろうな。だが、あれが本来のつぐみなんだよ。もう昔には戻って欲しくない」
「変えたのは武だよな、やっぱり。…夫婦ってのは、いいもんだな」
「―――涼権？」
「すまん。忘れてくれ武。今日の俺はどうかしているようだ」

　それっきり。二人は黙り、そのまま各々の部屋へと引き上げた。

　PM　7：30　The　Field　of　Semetery（墓地）

「やっぱりこれか。まあ、夏の定番ではあるな」
　武がうんうんと頷く。
「ふーん。大したことは無いわね」
「僕たち、参加する意味あるのかな？」
「お墓だろうが何だろうが、広ければ沙羅は怖くないの」
　こういう時の赤外線視力は便利。怖がるという言葉を知らない猛者3名。誰かは言わなくても分かるだろう。

「ふふふ。そう言うと思った。だから、今回の肝試しは対抗戦にさせてもらうわ」
「対抗戦？」
「そう。インフラビジョン持ちと、そうでない方とね。まあ、勝ち負け付くわけじゃないけど。つぐみとホクト・沙羅は脅かす側。うーんと、できればもう一人そっちに回って欲しいわね。
　それ以外は脅かされる側。墓地の井戸に割り箸くらいの木の棒を置いておくから、それを取ってここに戻ってくる。制限時間は1時間。何かあったときでも脅かす組が対応してくればいいことだし。
　こういう条件でどうかしら？」
「異議なしね。こういうのも面白いんじゃないの？」
　優の提案をつぐみが了承した事で、この変則肝試しは始まった。

「まずは、脅かす側に回る人を決めましょう。じゃんけんで。勝ち負けじゃなくて、誰か一人だけ別の手を出した人が抜けるの」
　優の一言に、脅かされ組の4人が頷く。
「それじゃージィケンピッ！」
　出た手は。
　優と武がパー。桑古木とユウがチョキ。彼方が…グー。
「僕が仲間はずれってことだね。…しょうがないよ」
　彼方が脅かし側に回ることに決まった。
「丁度残りも2対2になったから。ペアはこれで行きましょう」
　優が嬉しそうに締める。
「…そう、それが狙いだったの。だったら容赦しないからね？」
「―――受けて立つわ。つぐみと真剣勝負なんて滅多にできないからね」
　オーラを纏って対峙する二人。おお、レインボーオーラだ…。

「まあ、余り物だが。宜しく頼むよユウ」
「変な事したら、殺すわよ？」
「その後更に優にもホクトにも殺される。そんな勇気、俺にゃねえよ」
「じょーだん、冗談。まあ、宜しく」
　もう一方のペアは、平穏であった。

「へえ、こういう事なんだ。優さん、こういう事って手を抜かないね」
「…もっとまともな事に頭使ってほしかったわ」
　井戸の傍らには、定番のマスクを始めとする『脅かしグッズ』が置いてあった。
　そのまま、作戦会議に移行する。
「さて、まずは組を決めましょ。相手もペアだから、こっちもペアで行動することにする。異議無いわね？」
「はいはーい。沙羅はお兄ちゃんと組みたいでーす」
　どこかで聞いた発言を繰り返す沙羅。
「まあ、今回はそれで行きましょう。お昼は彼方が沙羅を独占していたんだから。それくらいはいいでしょ？」
「―――つぐみさん、誤解を招く発言はやめてくれませんか？」
「―――ママ。それって凄まじく勘違いなんだけど？」
　息の合った突っ込み二つ。
「はいはい。解ったから。ホクトと沙羅は、涼権とユウの担当ね。…彼方、覚悟できてるわね？」
　ぞくっ！
　月齢は21日。この時間は月明かりは無い暗黒の世界。井戸や墓石に付着した僅かな発光苔が照らし出したつぐみの顔は笑顔。だが、彼方は生まれて初めて、笑顔で人を殺せるという言葉の意味を知った。

　PM　8：00　The　Field　of　Semetery（墓地）

「さて、それじゃしゅっぱーつ！」
　上機嫌の優が、武を引きずるように出発する。
「お母さん、上機嫌ね」
「俺は知らん。正直、本気のつぐみとは喧嘩したくない」
　あきれた表情のユウと、頭を抱えている桑古木。
「そんなに怖いの？つぐみって」
「何しろ潜ってきた修羅場の数が違いすぎる。正直、優じゃまだ無理だ―――多分、永遠に無理かも知らんが」
「…とりあえず、私達も行きましょうか」
「ああ。十分優と距離を取っておけ。巻き込まれたら、俺でも庇いきれるか解らないからな」
　何を大げさなと言う顔のユウを引き連れて、5分遅れで桑古木も出発した。

　Side　Mizorogi　and　Yuuaki（桑古木、秋香菜サイド）

　10分ほど平穏な時が過ぎた。まだまだ行程は半ば。若干広くなった空間に出る。
「さてと。…ユウ。俺に聞きたい事あるんじゃないか？」
「何の事？」
　意外と言った表情で、桑古木を見るユウ。
「とぼけるな。キュレイの動体視力、なめてもらっちゃ困る。お前さん、あのじゃんけん最後出ししたろ？わざわざ彼方の手を確認してな。出来レースで、最初っから優の手を知ってたんじゃないのか？」
「…桑古木さんこそ。5人中3人がグルなら、最初っからペアは決まったも同然じゃない」
「そういうこった。当然、意図があるんだろ？」
　仕草で苔むした石を示す。自然石。多分、墓石ではない。
「うんしょ、っと。まあ、読まれてるとは思ってたけど」
　素直に腰を掛けるユウ。
　少し間を空けて、桑古木も腰を降ろす。
「さて、大した時間は無いけどな。聞いてやるよ、質問を」
　僅かな逡巡。
　やがて、決心したように桑古木に向き直り、告げた。

「ねえ、桑古木さん。私の知らないお母さん、教えてくれない？」

　暫く、空気が止まったような錯覚。だが、大した時間は経過していない。

「―――秋香菜。お前さん、サスペンスやアクション映画って好きか？」
　桑古木は、初めてユウを愛称ではなく名前で呼んだ。なぜか、内容は質問と食い違っているが。
「うーん。嫌いじゃないな。サスペンスは結構頭使うし、意外な結末ってのも悪くないと思うし。アクションは見ててスカッとするしね…どっちも、救われない結末は嫌いだけど」
「そうか。じゃあそういう映画の主人公、どう思う？」
「颯爽としてかっこいいな、って思うわよ？サスペンスの主人公だって、抜けてるように見えて肝心なところはすごくかっこいいし」
「じゃあ、最後だ。映画の最中、主人公は………幸せか？」
「！」
　ユウの言葉が、途切れる。
「はっきり言っておくぞ、秋香菜。サスペンスだろうがアクションだろうが、カッコいい瞬間ってのは肝心の当人は幸福じゃない。…優だって、それは同じだ。
　サスペンスやアクション映画ってのを楽しめるのは、幸福な環境でそれを見ることが出来る観衆だけだ。当事者にとってそれは不幸な時。一部の性格破綻者を除いてな。
　言えることは一つだけだ。そのまま、言うぞ？
『出来る事なら、一生観衆で居たかったけど。それはどうやら叶わない。主人公なんて柄じゃないけど、最悪、観衆だけはそのままにしてあげないとね。
　涼権。私が道半ばで逝ったとしても、後はあなただけが継ぎなさい。あの子を巻き込んだら、絶対に祟って出てあげるから。覚悟することね』
　こいつを聞いてなお最初の質問繰り返すなら、俺はお前さんを全力でひっぱたく」

　今度こそ、空気が止まる。ユウの表情は凍りつき、息すら出来ない。
　
「正直、2034年までの17年間の件で、秋香菜がいろいろな思いを抱いている事は解っている。だがな、俺が解っている以上に優は解ってるんだ。隠し事をして苦しい思いをしている母親を、娘のお前さんが追い詰めてどうするんだよ？
　もうちょっと大人になれ。自分が優にとってどういう存在であるべきか、もう一度考え直すんだな」

　突き放すように言い捨てる。
　完全にユウは放心状態になっている。
　そんなユウを一瞥もせず、桑古木は更に言葉を繋ぐ。

「さて、そこのお二人さん。そんな気配バレバレじゃ、脅せるものも脅せないぞ。10分やるから出直して来い！」

　僅かな音。それまで背後にあった気配が消える。

「行ったか。
　ほら、ユウ。なんつー顔をしているんだ。きつい事を言ったが、その先にあるものは解るだろうが。無理でもいいから笑え」
　くしゃくしゃと、ユウの頭を撫でる。
「御免なさい…御免なさい…」
「謝る相手も、慰めを求める相手も違うだろうが。…さて、戻るぞ」
「…う、ん」

　桑古木・秋香菜組、戦闘放棄。

ホクトと沙羅に与えられた任務は…
「ねえ、桑古木さん？」
　泣き疲れて自分の胸の中で寝息を立てるユウを見ながら、ホクトは尋ねる。
「ん、何だ？」
「優さんには、どう言うつもりなの？」
「そうだな。調子に乗って怪談話した挙句にお前らが脅かしたもんだから、ユウが壊れたとでも言っとくさ」
「多分、ひどい目に遭うと思うよ？」
「まあ、しょうがねえだろ。いつかは言わなきゃいけないことだったしな。鉄拳制裁の一発二発、甘んじて受ける事にするよ…もっとも半分確信犯でやりやがったから、あいつは。少しはお灸をすえる必要があるだろうな」
「分かってて、わざわざあんなやり方をしたの？」
「俺は不器用だからな。ああいうやり方しか出来ねえんだよ。
　すまんがユウのフォローは頼むぞ、ホクト」

「沙羅。どうしたの？」
「桑古木殿の内応により楽勝であった由。倉成沙羅、ママを支援すべく助太刀に参った」
「…そう」

　Side　Takeshi　and　Yuuharu(武．春香菜サイド）

（来ない。つぐみ、何考えてるのかしら）
　激烈な応酬を想定していた優にとって、現状は拍子抜けであった。
　気配は二つ。付かず離れず、巧みに物音を消したり、逆に起こしたり。ワザと懐中電灯の光に影を落したりとかなりの技巧を駆使してはいるが、肝心の実力行使は皆無。
　おかげで、ワザと怖がるとかそういうリアクション一つ取れない。
　既に井戸は無事通過し、行程の残りも僅か。一体どこで仕掛けてくるか。

（来る！）

　二つの気配が、背後に近寄る。武は、気付いていない。
そのまま振り向こうとして、
　がしっ！
　目前数センチ。突然現われたつぐみ。笑顔。何も修辞なしの笑顔。だが
「ひあああああああ！」
　注意が背後に逸れていた状態で、直近で『人を殺せる笑顔』を見せられ、流石の優もひるむ。
「た、武！」
　そして、振り仰いだ先には。
「きゃーーーーーーーーっ！」
　文字通り、優は絶叫し。
　白目を剥いて、気絶したのであった。

「ど、どうしたんだ、優」
　おろおろとうろたえる武に、
「はい。鏡と懐中電灯」
　つぐみが鏡と懐中電灯を手渡す。
「…なんだこりゃ？」
　そこにあるのは、鏡で見慣れた自分の顔ではない。蛍光塗料つきの、モンスターのマスク。出来は精巧。
「普通に使っても、優じゃ驚くフリするネタにしかならないから。ちょっと状況を作らせて貰ったわ」
「―――なんで、優が驚くフリをしなきゃならないんだ？」
「…はあ。まあ、それが武よね」
　あきれた様に、ため息をつくつぐみ。
　そのまま軽々と、伸びている優を背中におんぶする。
「つぐみ、俺がやるぞ？」
「嫌。この役目だけは、武にはあげない」
　そのまま、ずんずんと出発地点へむかってつぐみは歩いていく。

（（がくがく、ぶるぶる））
　背後でがたがた震えている、彼方と沙羅。戦力が3人になった時点で、つぐみの取った作戦がこれだった。
　沙羅と彼方が、陽動。気配を隠しているフリをして、付かず離れず、機会をうかがうフリをする。そうやって「脅かし組は二人」という固定概念を植え付けておく。
　そして、二人が背後から仕掛ける。それを察知した優の注意が背後に向かった隙に、つぐみが目前に立つ。あの『恐怖の笑顔』で。当然、優は震え上がる。…が、これも状況作り、そして、陽動。
　その僅かな隙に、沙羅と彼方が武にマスクを被せる。これが二人の真の任務。
　助けを求めて、頼れる武を振り仰いだその先が…その後は言うまでも無い。
　強烈な精神的ショックにより、文字通り優は失神したのであった。
　正に一撃必殺。優の意図を読み取った上でそれを完封し、かつ『脅かし役』としての最高の戦果を挙げたのである。
（ママ(つぐみさん)だけは、絶対に敵に回さないようにしよう）
　沙羅と彼方は、固く固く心に誓ったのであった。
　なお、優が目を覚ますのはロッジに帰還した後となる。

　武・春香菜　vs.　つぐみ・沙羅・彼方　　結果：つぐみの完全勝利。

　PM　9：30　Living　Room　in　the　Lodge（リビングルーム）

「えっと、皆さん。入浴用具を用意してください。一応男女別になってはいますが、不安だったら水着を持ってきてもらっても構いません。…これでいいのかな？」
　優がああいう状態なので、事情を唯一知っている彼方が代理で説明する。
「もしや、露天風呂、でござるかな！」
「うん、そう。本当に一部の人しか知らないんだ。みんな、行くよね？」
　一応、周りに聞いてみる彼方。

「御免なさい。私は、遠慮させてもらうわ」
　つぐみだった。皆、彼女の抱えるコンプレックスの事は知っていたから、頷く。
「武、あんたも残りなさい」
　ソファに横になっていた優が、弱弱しいながらもはっきりとした声で告げる。
「…分かった」
「よろしい」
　ゆっくりと、優がソファから起き上がる。
「彼方、班長代理ご苦労様。私はもう大丈夫。
　後のメンバーは異存ないのね？だったらさっさと行きましょう。10分後、ロッジ入り口に集合。それじゃ、解散！」
　もう、いつもの優に戻っている。少なくとも表面上はそう見えた。

　PM10：00　Open　Air　Springs－Female（露天温泉・女湯）

「おおおー！極楽、極楽…忍者たるもの、露天風呂は基本でござる」
　すっかりご満悦状態の沙羅。相変わらず、愉快な勘違いをしている。
「どこかの超長寿番組じゃないんだから、マヨ。それに、あちこちボリューム足りないし」
　茶々を入れるユウ。
「むうーっ。胸が有るからって、調子に乗らないで下さいなっきゅ先輩。まだ、沙羅には未来があるんです！」
「もう今年で19じゃない。これ以上は無理でしょ？」
「ぐぐぐぐ…いいです。お兄ちゃんに揉んでもらって大きくしますから」
「…それは、私に対する挑戦？そういうのは恋人の特権よ？」
　一触即発。同性のみの場という事もあり、言葉に慎みも遠慮も無い。
　がしっつ！
「はいはいそこまで！こんなところで喧嘩しててもしょうがないでしょ」
　両手をクロスさせた形で、二人の顔面を手で押さえ込む優。さすがは歳の功。冷静な対処。
　…何気にこめかみに血管マークが付いてたりするけど。
「で、実際の所はどうなのユウ？2年以上付き合っていて、何もないって事はないでしょ」
　やっぱり、怒ってました。特に胸の事はNGワードでしたね、秋香菜ちゃん？
「ないの」
　地獄の底から響くような、そんな声。
「「？？？」」
「なあーーーんにもないの！二年付き合ってて、キスだけよキスだけ！そんなの信じられる？一体ホクトって何考えてるのよ！！！」
　ユウ、切れた。
「こらこら、隣に聞こえたらどうするの？」
「聞こえるように言ってるのよ！まったく」
「…お兄ちゃん、さては沙羅の事が忘れられないでござるな。我に好機あり」
　最悪のタイミングで爆弾を投げ込む沙羅。
「そういう事を言うのは、この口なの、この口なのっ！」
「痛い、痛いっ！なっきゅ先輩、ギブ、ギブッ！！！」
　ほら見なさい。実力行使された。
「ホクトは紳士だからね。なかなかきっかけがつかめないのかも」
「まあ、お兄ちゃん、ヘタレだし」
「そこだけは、否定できないわ…」
　三人そろって、黙ってしまう。

「まあ、沙羅には彼方がいるしね」
　ユウ、意趣返しに爆弾投入。
「―――なっきゅ先輩、勘違いって人間には付物ですけど、言っていい冗談と悪い冗談がありますよ。なんで彼方ちゃんがここで出てくるんですか！」
　今度は、沙羅が切れた。
「だって、ねえ。お母さん？」
「まあねえ。四六時中傍にいるし、年中勝負しているし。ウチでの彼方の話題、沙羅がらみばっかしだし。案外、まんざらでもないんじゃないの？」
「なっ、なっ、なっ、…あんの、バカ彼方ちゃんめ！今度こそ、その曲がった根性叩きのめしてあげるわっ！！！」
「家での話題も彼方の事ばかりだって、ホクトも言ってたわよ。何気に、脈ありなんじゃないの？」
　ここぞとばかり、ユウが追い討ちを掛ける。
「お兄ちゃんまで…こうなったら、さっさと白黒付けて三行半突付けてくれるっ！！！」
　沙羅、大暴走。言葉遣いがめっきりテロリストですよ？
（くっ、くっ、くっ。ねえ、ユウ。沙羅、気付いて無いでしょ？）
（うんうん。『三行半』って、絶縁状とか離婚状って意味でしょ？）
（そうそう。今はご縁ありますって自分で認めているようなもんじゃないの）
　親子のひそひそ話は、今の沙羅の耳には入らなかった。

「優さん、一人だけ仲間はずれの振りしちゃ駄目でござるぞ。正直、桑古木殿とは、どういう関係なんですかあ？」
　沙羅、八つ当たりの相手に身の程知らずにも優を選ぶ。
　だが、その時の優の反応は、予想とは違った。

　真っ赤になって、俯く優。

　ユウですら、こういう母親を見るのは初めてだった。
「え、お母さん？」
「優、さん」
　予想外の事態に、慌てる二人。だが…

「くっくっくっ、ふっふっふ…ぶわはははははははーーーーーーーーーーーー！！！」
　間髪入れない優の大爆笑に、思い切り度肝を抜かれることになった。
「あははは、可笑しい、可笑し過ぎるわ、沙羅。私と涼権がなんだって？どう見たって、アイツは私の手下兼小間使い兼下僕じゃないの。そんな格下相手に、私がどうしたって？ひゃははは、これって、笑わずにはいられないわよ」
　目じりに涙まで浮かべて爆笑する優の姿に、二人ともあっけにとられそれ以上の追求を忘れたのであった。　

　PM10：00　Open　Air　Springs－Male（露天温泉・男湯）

「なにやってんだ、優の奴」
　女湯から響く大笑いに、桑古木は呆れていた。
　一つの露天風呂を区切る形ではなく、二つ別の温泉を男女に振り分ける形式。だから結構距離がある。こういう場合の例に漏れず、男湯の方が小さい。（一昔前まではパターン逆だったけど）
　何でも、
「ここ、実は新しい泉源なんだ。だから、最近こういう振り分けになったんだよ」
という事らしい。
「…すごいね桑古木さん。僕ですらユウと優さんの声の区別、まだ完全には付かないんだけど？」
「うん、僕も。同じ家に住んで結構経つけど、未だに間違えて怒られるんだよ」
　どうでもいい事に感心する二人。
「通算で20年からの腐れ縁だからな。それくらい区別できる」
　同じくどうでもよさげに返す桑古木。
「ねえ、桑古木さん。失礼かも知れないけど、一つだけ聞いていいかな？」
「あん？何だホクト」
「桑古木さんにとって、優さんってどんな存在なの？」

　少しだけ、時間が止まった。ホクトと彼方はそう感じた。

「ああ、そんな事か。『朋友』ってやつだな、きっと」
「ぽんゆう？なんですか、それ」
「中国語だ。共通の目的で結ばれた、家族と同等の存在。そんな感じの意味だ。そうでもなきゃ、あの17年を共に駆けるなんて真似はできねえよ。
　だが、こういう関係には『男女』って要素は無くてな。だから、大事な存在であっても女だとは考えていない。多分、そういう事、なんだろうな」
「でも、優さんにいいように使われているよね。それって対等な関係じゃないんじゃない？」
　彼方が、不思議そうに尋ねる。
「中国語、って言ったろ？あの国は上下関係が凄まじく厳しい。でも、それでも『朋友』って関係は成り立つんだ。上下の関係を保ちながら、家族と同等の存在として互いを遇する。そういうのもいいんじゃないかと、俺は思っている。
　さて、彼方。質問を返すが、お前と沙羅との関係って奴はどうなんだ？」
「えっと、多分『強敵』じゃないかな？桑古木さん流で答えると」
　急な質問に、彼方は特に慌てる事無く答える。
「『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ。『北○の拳』のアレだな。よく知ってるな、あんな古い漫画」
「おじいちゃんが好きだから、あの漫画。
　話を戻すよ。沙羅は、競う相手なんだ。優さんや桑古木さんと違って手を携える関係じゃないけど、一緒に進んでいるという結果は同じだね。近くに道標があるから、僕も安心して進めるんだ」
「…そうか。そういう関係も、悪くないと思うぞ。
　最後に、ホクト。いい加減お前らの関係なんとかならんのか？周囲ばっかりやきもきしてるんだが」
　そのまま、桑古木はホクトに話を振る。
「御免、桑古木さん。分かってはいるんだよ。だけど…踏ん切りが付かないんだ、自分のことが」
「…キュレイ、か？」
「どうやっても、1/2で僕と同じ存在が生まれるんだ。そのことを考えると、安易に答えを出せなくて」
「―――まあ、しょうがねえな。せめて、ユウが卒業するまでには答えを出してやれ。確証無しに待つ身ってのは想像以上に辛いんだからな」
「うん。そうするよ。ユウの為にも」
「本人の前でそう言えば簡単なんだろうに、このヘタレ。さて、話はここまでだ。先に上がっとかないと、後で女衆に何言われるか分からんからな」
　そのまま、桑古木は一人で風呂場を後にする。

（お願いだから、結末だけはあの漫画と違って欲しい。…自分で何にも出来ないってのは、辛いな）
　桑古木の悲痛な呟きは、誰にも聞こえなかった。

　PM10：00　Bathroom　in　the　Lodge（浴室）

「はあ～。温泉じゃねえけど、こういう広い浴室を独占できるってのも悪くねえな」
　居室数にふさわしい、広いバスルーム。居残り組の武は、そこを独占して上機嫌であった。
　鼻歌交じりに、ゆったりと広い湯船で手足を伸ばす。
　立ち込める湯煙。
「おじゃまするわよ、武」
　それ故に、武は声を掛けられるまで、その姿に気付かなかった。

「な、何でつぐみがここにいるんだ！って、うわっぷ！」

　余りの驚愕に、思わず武は湯船の中でずり落ちかけた。
　そんな夫に手を差し伸べるつぐみ。
「！！！」
　片手を差し伸べたために、つぐみの体に当てられたバスタオルがはだけ、体のあちこちのラインが露わになる。
　明るい蛍光灯の光に照らされる、スタイルのいい体躯。なめらかな肌。そして…白く走る傷跡。
「つぐみ、どうして…」
　そんな妻の肢体を目に焼き付けながら、武は、何とかそれだけを口にした。
「優からここのロック解除キー貰ったの。『勝利者特権』だって。二人だけでお風呂って今まで無かったから。…結ばれてから、20年近く経つっていうのにね」
　そう答えながら、ゆっくりと湯船に入り、夫の隣に身を沈める。
「ううーん。いいお湯。温泉もいいけど、こういうのも悪くないわ」
　両手で伸びをする。それに伴い、胸元で結ばれたバスタオルがふわっと浮力で浮き上がる。
　そんな妻の、露わになった肢体から、武は目を離せない。
「…御免。やっぱり、傷だらけの姿って、イヤよね？」
　夫の姿に、つぐみの表情が、陰る。
　その姿を見た武は………
　妻の体中に走る傷跡を、優しく撫で始めた。
「きゃっ、ちょっと武。くすぐったいってば、あはは、は…たけ、し…？」
「こんなになってまで、俺の言葉、守ってくれたんだな。17年間も待ってくれたんだな。息子と娘という大事な宝物を手放してまで、生き抜いてくれたんだよな。
　つぐみは、俺の宝物だ。この傷だって、宝物だ。誰がなんと言おうと俺には関係ない。この傷を笑う奴は、俺が矯正してやる。
　だから、お願いだから隠さないでくれ。つぐみの姿、全てを見せてくれないか？」

　つぐみは、夫が泣く姿をこの時初めて見た。

　そして気付いた。自身の誤りに。
　寝室では、夜も電灯は愚か常夜灯をつけることも頑なに拒んできた。着替えの姿を見せたことも無い。裸のまま、眠ったことも無い。自身の増えた傷を見て、夫がどう思うか。こんな傷だらけの女は嫌われるんじゃないか。それが怖かった。
　だが、逆だったのだ。その事は、ずっと夫を苦しめ続けてきたのだ。自慢の宝物が、自分との約束の故に増やしてしまった傷跡。それを隠しとおす姿にずっと罪を感じ、罪の意識に常に苛まれていたのだ。

「御免なさい…武、御免なさい………」
　そのまま夫に抱きついて、泣き出してしまう。
「いいんだ。分かってくれれば。俺は、つぐみが生きて隣にいてくれれば、それでいいんだ…」
　その背中を優しく撫でながら、武は、もう一方の手で、つぐみの髪を撫でた。
　それは、嗚咽の声が絶えるまで続いた。

「ねえ、たまには二人きりのお風呂ってのも悪く無いわね」
「まあ、ウチの風呂は狭いけどな。それで良ければ、また一緒に入ろうか？」
「ええ」

三所三様の入浴模様を描きつつ、三日目は終わりに近づく。

次は四日目。運命は、流転する。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―　To　Be　Continue　next　Day ―

後書

　なんか凄く長くなってしまいました
　単体で80KB超えてます。これでまだ3日目。流石に一回でやるのは断念しました。

　今回は、3話構成になります。内容は見ての通り『E17キャラによるN7』です。まあ、ループはしませんが（って言うかループ無理！絶対無理！）
　しかし…やっぱり脇役の方が美味しいんだよな、私の話。読み返してみると、やたら優春やら桑古木やらが活躍しております。対して、優秋やらホクトやらは…二人のファンの方々、すまん。
　
　が、前編のラストはＴＴＬＬになりました。やっぱり原点はここですね、私は。書いているうちにだんだん涙目になってきたのは内緒です。負ってるものが重いと、同じようなシーンでも感動が違います、やっぱり。

　この時点で中編は出来てます。あとは推敲と再編成だけ。後篇は…さて、何日掛かることやら。

　最後に。長さにめげずここまで読んでいただいて有難うございました。

　追伸：どうやら3話で終わらないかも。御免なさい、相変わらず分量読み甘いです。

2006年4月22日　初稿　　　あんくん
2006年5月2日　後書改稿　

/ TOP / BBS /

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