The 4th Day

 14 August thu. 2036 AM 9:00 Kitchen in the Lodge(台所)


「言われたとおり、お昼はお弁当にしておいたわ」
「さんきゅ、つぐみ。御免ね、朝っぱらから」
 料理教室の成果。今やこの8人の中ではダントツの料理の腕前を誇るようになったつぐみ。朝食係に加えて大量の弁当を作っても、涼しい顔をしている。
「別にいいわ。そろそろ、種明かししてくれるでしょ?」
「…みんな、揃ってからね」
「そう」



 AM 9:17 Lining Room in the Lodge(リビングルーム)


「さて、まず始めに言っておくわ。今日は外出は一切しないことになるでしょう。自由行動は厳禁よ。わかるわね」
 リビングに集合した全員を前に、優が申し渡す。
 普通であれば、文句の一つも出るところであったが。今日は違う。
 鬼気迫るほどに真剣な優の表情。その表情の意味を取り違えるよう者は、この場には居ない。
「10時に、ゲストがいらっしゃるわ。これが、この合同家族旅行の最大の目的『公務』よ。全員参加して、そして知りなさい。キュレイの『真実』を」



 全ての音は消え、時間は止まったまま。


 そのまま、鳩のいない間抜けな鳩時計が十時の時を告げた。




未来へ続く夢の道 
本編13−サマータイム・デイドリームス−

                              あんくん



4日目






 AM10:00 The Entrance in the Lodge(玄関)


             ぴんぽーん!

 鳩時計が鳴り終えるのと同時。玄関のチャイムが鳴る。

「彼方、来なさい。あなたの最初の役目よ」
 優が指名。無言で、彼方が従う。

 玄関のロックを解除。開いたドアの先に、
「よお、優ちゃん。そして―彼方。元気そうで何よりだ」
 守野茂蔵博士と、そして、
「久しぶりだな。元気にしていたか、彼方」
「彼方、来てた」
 長身の、白衣に身を包んだ男性。そして、その男性にぴったりと寄り添う、黒い上下に白衣を引っ掛けた姿の長髪の美女。
「父さん、母さん…やっぱり、そうだったんだ」
 ほぼ半年振りの、親子の再会だった。



 AM 9:05 Lining Room in the Lodge(リビングルーム)


 リビングに通され、お茶が出される。
「ありがとう」
 礼を言ったのは、守野博士。他の二人は、目を閉じ、思いに耽っている。
 その姿は、この後の話の内容の重さを想像させるのには十分すぎた。
「あと、飲み物や食べ物はペットボトルやお弁当で大量に準備したほうがいいと思うね。トイレは今済ませていたほうがいいと思うよ。話は長くなるし、中座する余裕なんて無いからね」
 何気ない一言。しかし、その内容は、重い。
『中座はするな。全てを聞け』
 そういうことである。
「準備はできてるわ。覚悟、してたから」
 全員を代表し、つぐみが返答する。
「そうか、なら始めさせてもらうよ。まずは自己紹介からだ。
 私は『守野茂蔵』。『守野遺伝子学研究所』の所長を務めている。ホクト君と沙羅ちゃん、そして桑古木君とは初対面になる。優秋ちゃんは…まあ、多分覚えてはいないだろうな」
「残念ですけど、そうなんです。ただ、お母さんから全てのことは聞いています。私が生まれてこれたのは博士のおかげです。感謝します」
「ありがとう…それじゃ、次だ」
 守野博士が、横に座る二人に視線を向ける。
「俺は『石原 誠』。そこにいる彼方の父親だ。恐らく今後長い付き合いになると思うが、宜しく頼む」
 武に良く似た、知性と暖かさを感じさせる声。
「『石原 遙』。誠の妻。彼方の母。守野博士は父さん」
 良く通る綺麗な声。だが、文字通り最低限の言葉しか紡いでいない。
「すまない。遙は、あんまり人前で話すのが得意じゃなくてな。ぶっきらぼうに聞こえるが、根はいい人間なんだ。済まないが勘弁してくれないか?」
 妻の対応に、大慌てでフォローを入れる誠。
「ふふっ、いいの。目を見れば、そのくらい解るから」
「最初の頃のつぐみだって、似たようなものだったしな」
 皆の思いを、つぐみと武が代弁する。
「感謝する…すまないけど、そちらも自己紹介してくれないだろうか。…ああ、優春と彼方はいらないぞ」


「『倉成つぐみ』。知っての通りの存在だけど、『ミズ・小町』とだけは呼ばないで」
「俺は『倉成 武』。つぐみの夫、そこにいるホクトと沙羅の父だ」
「『桑古木涼権』。あんたの言うところの『優春』の部下だ。詳しい経緯は、まあ、知ってるんだろ?」
「出来れば本名は勘弁して欲しかったんだけどなあ。『田中優美清秋香菜』。誠さんの言う『優春』の娘」
「始めまして、『倉成ホクト』です。今日は、宜しくお願いします」
 各々の個性のこもった自己紹介が続く。
 そして、最後。
「えっと、『倉成 沙羅』です。その…彼方ちゃんからいろいろ言われていると思うけど、全部違いますんで。そこんところ、宜しくお願いできます?」
 無機質な光をもって各人を追っていた遙の目が、沙羅を見る。
 僅かに光が変わる。暖かくて優しい、母親の目。つぐみが沙羅とホクトにだけ見せる目と、同じ目。

「彼方のこと、ありがとう」

 自己紹介の間で、遙が返事したのは、この時だけだった。



「さて、早速だけど、本題に入らせてもらう。まず最初に、昔話を聞いて欲しい。2019年4月1日から始まった、『永遠の七日間』の話を」
 誠の声が、全ての始まりを、告げた。


「誰も救えない、悪夢の七日間のループ。最初に俺が救ったのは、いや、最初に俺を救ってくれたのが、遙だった。
 記憶と共に与えられた二回目のチャンス。俺は、そのワンチャンスで遙を救った。
 家族との和解、開放された時。俺は、遙が乗って帰ってくるはずのバスを待っていた…」
 長い話の一段落。遙を救う累計14日間の話の最後で、誠は言葉を区切った。
「だが、そこで俺は意識を失った。目覚めた時…俺が居たのは、このロッジのベッドの上だった」

「!!!」
 一同、表情から色が消える。

「そこからが、悪夢だった。俺と遙は、記憶を残している。だが、その記憶どおりに遙を救おうと行動すると…」
「同じ結末を、繰り返す」
 遙が、受ける。
「―――そうだ。何度繰り返しても、瑣末な事項は違えども結果的に4月1日に戻される。そういう時を何度繰り返したか。ある4月1日、遙が提案してきたんだ。
『私以外を、救ってみて』と」
「そうして、俺はまず優夏を救おうと試みた。心が痛んだよ。遙を見捨てて、他の女性を救おうというんだから。遙の提案だったから、俺は耐えられた。
 そして、また7日×2回のループを経て、俺は優夏を救う事に成功した」

「それで、どうなった?」

「同じ、だったさ。4月8日。優夏とキスした途端気を失い、目が覚めたらロッジのベッドの上。テレビが伝えるニュースは4月1日。変わったのは、『救われた記憶を持っている人間』が、一人増えただけだったな。
 で、また同じ事が繰り返される。俺と遙は、思い切って優夏に事情を打ち明け、協力を求めた。『まずは、一人一人、救う事から始めよう』と。はっきり言って、苦労したけどな。
 後は、それの繰り返し。沙紀、くるみ、いずみさん。一人救っては、事情を説明して協力を求める。協力を求めるためだけに同じ結果を何回もループしたこともある。沙紀の時が、一番大変だったな。
 そして、やっと、出口らしきものが見えた。最後にいずみさんを救ったときだけいずみさんがその記憶を失ってしまい…その代わり、『キュレイシンドローム』のレポートが、忽然とこの七日間に登場したんだ」

「キュレイシンドローム、だと!」
 武が、反射的にその言葉を口にする。

「まだ、その質問は早い。当然、俺はそれを足がかりに、いずみさんを救おうと試みた。結果的には、いずみさんを救う事に成功。さて、これで悪夢の7日間が終わったと、全員がそう思ったさ」
「でも、事実は残酷だった」
 遙が、受ける。

「そうだ、また7人は戻ってしまったんだ。4月1日に」

 言葉を切る。誠の顔から血の気は失せ、体は小刻みに震えている。
 そんな誠に…
「誠は、大丈夫。
 私が、ここにいるから。だから誠は、大丈夫」
 そっと体を預け、優しく誠の手に手を重ねる遙。

 少しずつ、誠の震えは、止まっていった。


「済まない。先を続ける。
 ある意味、そこからが本当の悪夢の始まりだった。ここで救われると思っていたゴールが、実は折り返し点だったって分かってしまったんだから」
「…誠、ここから私が話す」
 遙が、初めて語り手に変わる。
「後は、誠の取り合い。みんな、譲らない。勿論、私も、譲らない。
 そうやって、誠を奪い合った。その中で、必ず、誰かが死ぬ。だれかが優勢になったら、それを止める為に自殺すらした。みんなも、そして、私も」

 余りにも残酷な結末。場の人間は、凍りついたように思考を停止する。

「偽りの団結は、音を立てて崩れた。それを見て、誠は最後の手段を使った」
 今度は、遙の体が震える。
「もういい、遙。これは俺の仕事。…大丈夫。何度ループしても、俺は、遙だけだ」
 震える妻の肩を抱き、やさしく語りかける誠。
 その震えが完全に止まるまで、誠はそれを続けた。

「遙が言うように、俺は最後の手段を使う事にした。
 4月1日。全員を集めてこう言ったんだ。『この7日間で決着をつけるのは、やめよう』と。

 俺は、全員にこう約束した。

 この7日間、全員、他の6人に一切手を出さないでくれ。俺も、そうするから。その代わり、このループを抜け出したら、その後の1年間、お互い俺の取り合いをしても構わない。億彦とも、正々堂々と遙を取り合うことにする。ただし、その場合も自殺したり、他のライバルに危害を加える事だけは止めて欲しい。
 そして2020年の4月1日に、ちゃんと返事をする。その時に俺を幾ら恨んでも構わない。ただしその時選んだ相手を傷つけたら、俺は一生その人を許さないとね」

「そうして、俺たち7人はやっと『永遠の7日間』を脱出した。
 皮肉なものだ。脱出の条件は、『全てを救い、全てを選び、その後に全て選ばない』なんてふざけた条件だったんだから。
 さて、問題だ。ここで、一番悪いのは誰だ?」


 誰も、答えない。


「ふふふ、一番悪いのは、じゃないんだ。唯一悪いのは、が正解だ。
 悪いのは、この俺だ。
 まず、この時、俺だけが嘘を吐いていた。
 最初っから、出来レースだったんだから。俺が過ごした無限のループ。その中で、5人の誰を愛していたかは解らない。だが、少なくとも、遙を救った以降のループでは確信を持って言える。俺は、遙を救いたくて、そして遙と一緒にいたくて行動した。だから、2020年4月1日ではなく、2019年4月1日の時点でもう、答えなんて決まっていた。他の5人にとっての一年間なんてただの茶番。俺みたいな悪者に騙されて空虚な恋の鞘当を強いられたんだから。
 そしてもう一つ。場の条件が揃ってしまったとはいえ、本来の原因はどこから始まったか。この狂った永遠の7日間は、何から起きてしまったのか。
 簡単な事だ。全ては、俺を中心軸として起きた事。結果的に俺が起こした事なんだ。

         ”キュレイシンドローム『The third eye's False(第三視点・偽)』”

                   俺が最後に辿り着いた、この無限ループの答えは、これだったんだよ」



「おい、勝手に自己完結してんじゃねえぞ!」
 武が、切れた。
 憤然と立ち上がる。
「証拠も無しに、自分が悪人になってはいおしまいなんて考え、認めるわけにはいかない!」


「証拠なら、ある。はっきり言って最悪の証拠がね」
 哀しい目をして、誠が応じる。
「いくつもあるが、武さんに納得してもらうだけなら一つで十分だ。
 俺を含めた当事者7人。全員、パーフェクトキュレイだ。彼方も、先天性キュレイ種なんだよ」





「武!」
 よろよろとソファにくずおれる武を、つぐみがあわてて支える。
「彼方、ちゃん?」
「ごめん、沙羅。僕…」
「彼方ちゃん!彼方ちゃんてば!!!」
 顔面蒼白。僅かに腰を浮かした彼方が力を失って倒れこみ、沙羅の腕の中で、気を失った。
 他の人間も、優を除いて似たり寄ったりの状況。とてもまともに話が出来る状況ではない。



「休憩にしよう。そんな気分ではないと思うが、もう昼だ。一時間後、ここに集まる。それでどうかね?」
 鳩がいない鳩時計の、十二回の電子音声を聞きながら。
 守野博士の提案に、皆僅かに顔を動かしただけで応じたのだった。 



 ????? Scene of Somewhere, Sometime … The past. 


(かなたちゃんってさ、ふつーじゃないよね?)
(うん。なんか、あたしたちが見えないのが見えるっていってたよ)
(お母さんが、「あの子と仲良くしちゃだめ」っていってたもんね)

(おーおー文武両道の天才少年様のお出ましか?)
(けっ、頭はいいわ、喧嘩は強いわ、闇討ちは通じないわ。ゲロむかつく野郎だ)
(どうせ、また飛び級で出て行くんだ。せいぜい、そこまでがまんしようや)

(彼方くんって、ちょっと良くない?)
(あんた、そういう趣味あったんだ?止めとけ止めとけ)
(なんでよ)
(ああいうパーフェクトな奴と付き合うと、疲れるよ?別にいいとこのぼんぼんでもないんだし)
(そういわれるとそうよね)

(頼むから、もうこの授業に出ないでくれないか、石原君)
(どうしてですか、先生?)
(君がいると、授業の進行が早くなりすぎる。単位はあげるから。だからもう来ないで欲しい)
(…わかりました)
(―――行ったか。ああいうのがいると気楽な授業にならんし、手抜きもできんからな。迷惑者は去ってもらうのが一番だ)


(私、もうキュレイとは関わりたくないよ、彼方ちゃん。沙羅は、平和に幸せに生きるの。バイバイ、彼方ちゃん…)
「沙羅!待ってよ、沙羅ーーーっ!!!」


 がばっ!


 彼方は、目覚めた。
 が、そのまま目が眩み、再び倒れてしまう。



 PM 0:34 Lining Room in the Lodge(リビングルーム)


 頭の下にある、柔らかい感覚。
「あっ、やっと起きた…無理しちゃだめでござるぞ、彼方ちゃん?」
 顔の上、座高くらいの高さに、心配そうに自分を見つめる沙羅の顔があった。
 やっと、少しずつ余裕が出てきて、自身のおかれている状況が飲み込めてくる。
 このアングルって、もしかして。
 がばっと起き上がろうとするが、体がいう事を聞かない。
「だから、無理しちゃだめといってるでしょうが、この…ばか彼方ちゃん」
 そのまま額に手を当てられる。ひんやりした、気持ちのいい感触。
「…ぼく、何か言ってた?」
「すごくうなされてたね。まあ、無理ないよ。うん」
「…沙羅の事、なにか言ってた?」
「何の事か、分からないな〜。さては、沙羅に完全無欠に負けた夢でも見ていたでござるか?深層意識では格付けをしていると聞いた事あるし。もう負けを認めるのかな?」
「そんな訳ないだろ!そんな、訳―――」
「残念でござるな。まあこの程度でへこたれる彼方ちゃんじゃないし。そのうちに凹ませてあげるから覚悟するのよ」
 にやりといった感じで笑う沙羅。あんまり似合ってない。
「沙羅。僕の事、何も聞かないんだね?」
「まあ、誰でも隠したいことの一つや二つはあるよ?それに、薄々感づいていたもん」
「え?」
「あのお化け屋敷。彼方ちゃん、どうやってあの暗闇を補助なしで抜けられたの?」
「………」
「コズミッシャー・ヴァルだってそう。沙羅、あのホログラフペンダントに映っているのが『人』だなんて一言も言ってないよ?」
「そっか。僕の、負けだね。…うん。すごく弱いけど、僕もインフラビジョン持ってるんだ。でも、遠赤外線は全く見えない。リモコンの光とか、センサーの光とかそういうものしか見えないから。おばけ屋敷は、ガイドセンサーの赤外線光を頼りに抜けたんだ…あのペンダント、どのくらいの波長なの?」
「えっと、850ナノメートルくらいって言ってた。実は日中になるとね、意識して見ようとしないと見えなくなるの。不思議だよね?」
「おじいちゃんが言ってた。『キュレイの一部はサピエンスより一つ多い4色色覚を持っている。だけど、4つ目の赤外色覚に関しては他の3つ、赤・青・緑とは独立して働く上に自由にオン・オフや強度調整を効かしているみたいで常時は使っていないんだ。赤色色覚を改造して後付のオプションで付けたという感じだよ。まあ、あの色覚は夜しか役に立たない。昼間あの第4色覚が発動したら、世界は赤一色に染まってしまうからね』だって。多分、そのせいだよ。
 そっか、850ナノメートルかあ。赤色分解能の高い人なら見えるかもしれない、典型的な近赤外線だね。それくらいなら僕程度のインフラビジョンでも見えるよ。
 燃焼熱で発光するタイプの光源じゃないと近赤外線は出ないから。だからオイルライターなんだね。
 …あのペンダントに写っていたのは、武さん?」
「やっぱり分かってたんだ。そう、あれはママが私達に残してくれたたった一つの手がかり。あのペンダントのおかげで、私達家族はもう一回一緒になれたんだよ。沙羅の、宝物なんだ」
「宝物かあ。僕にはないよ、多分」
「彼方ちゃん?」
「あ、気にしないで。…もうちょっとだけ、こうしていても、いいかな」
「…もうちょっとだけだからね」

 結局、リビングに皆が戻ってくるまで、彼方は沙羅の膝枕の上にいた。



 PM 1:00 Lining Room in the Lodge(リビングルーム)


 全員が戻ってくる。どんな昼休みであったかは、殆ど中身が減っていない弁当箱が雄弁に語っていた。
 一様に顔色は冴えない。彼方も座っているのがやっとという感じで、沙羅が支えてやっている。

「済まないが、続けさせてもらうぞ。悪夢は一日で十分だろ?」
 誠の言葉に、全員頷く。
「ここからが、ある意味、本題だ。キュレイシンドロームについて。まず確認事項だ。
 俺が知っている範囲でのキュレイシンドロームの類型は三つ。まず、共通点は
1.形こそ違え、結果的に死ななくなる。
2.ある程度、周囲に伝染する。
3.感染者は、必ずキュレイウィルスのキャリアになる。
 の三つだ。それぞれ後で順を追って説明するから、ここでは置いておく。…彼方、辛い話になるが、いいか?」
「…うん、がんばる」
「すまんな。それでは、三つのキュレイシンドローム(CS)について、一つずつ説明していく。
 一つ目が、最初のキュレイ。

           キュレイシンドローム『Cure(治癒)』

 キュレイの語源になった現象だ。ゼロキュレイはトム。ファーストキュレイはジュリア。
 文字通り、『病気や怪我が治癒する』と言う形で発現する。死病が治る。致命傷が癒される。まさに『キュア』の名がふさわしい。
 だが、罹患後の外傷、特に即死レベルの致傷には弱いらしい。あくまで『治癒による不死』であって、治癒の及ばないレベルは不死には出来ないようだ。
 ただし、治癒できる場合、跡形も無く『治る』。後遺症等は一切残らない。失った手足ですら『生えてくる』。基準は、キュレイシンドロームに罹患した時に考えていた『自身の健康な時の姿』だそうだ。
 最初に確認されたキュレイ現象で、しかもゼロキュレイやファーストキュレイが事態を理解しないまま広げたせいもあり、CSP(キュレイシンドロームペイシェント=キュレイ症候群患者)、CVC(キュレイウィルスキャリア=キュレイウィルス保菌者)…通称ブラッドキュレイとも一番多い。
 だが、つぐみさんの類型とは違う。つぐみさん、辛いだろうが、理由を説明してくれないか?」
「私の傷は、傷跡が残る。だから、違う…これでいいのよね?
あと、さん付けは止めて。仲間として接したいなら、他人行儀は止めて欲しいの」

「済まない。そう言ってもらえると嬉しい。
 今言ったようにつぐみのキュレイ類型は、『キュア』ではない。これが二つ目のキュレイ類型。
 ここから先は公式には知られていない事になっているから、類型名も俺が付けた仮のものだ。

      キュレイシンドローム『The Resurrection(死者蘇生)』

 つぐみの時のゼロキュレイはトムかジュリア、対象者は『目の前のトレーラーに殺さようとしている者』
 ―――心当たりあると思うが、どうかな」

「有りすぎるわね。あなた、チャミの事、知っているの?」
「いや、初耳だ。誰なんだ、その『チャミ』って子は?」
「本当に知らないみたいね。私が飼っているジャンガリアンハムスター。…ホクト、ゲージ持ってきてくれない?」
「うん。分かった」

 暫くの間。ホクトがハムスター用のゲージを持ってくる。
突然皆の視線に晒されたチャミは、脅えたように巣箱に逃げ帰ってしまう。

「この子も、キュレイ。私の血を浴び、キュレイになった。キュレイウィルスのせいだと思っていたけれど」
「残念だがハズレのようだな。チャミがキュレイになったのはキュレイウィルスのせいではなく、キュレイシンドロームのせいだろう。だから、このハムスターのキュレイ類型も『キュア』ではなく『リザレクション』になる。実は、原因については心当たりが無い訳じゃ無いんだ」
「心当たり?」
「動物学の一形態に動物行動学というものがあるが、その分派に『動物精神学』ってのがある。まあ、心理学の動物版と言えなくも無いなんだが。
基本的に、『死なない』ってのは一番本能に近い思考だ、それは、分かるな?」
「ええ。生物である以上、当然の事ね」
「キュレイシンドロームっていうのは、基本的に『死なない』という思い込みをベースとして構成される。細かいフェイズやら何やらを省くとそうなる。
 『動物精神学』という分野では、基本的に動物に心があることを前提に考える。そして、原生生物に近くなるほど、その『心』の比率が本能に偏ることが実証されつつある。まあ、『動物精神学』においての常識だ。動物ごとに異なる『本能』部分を説明したり、明らかに普通の動物の『本能』と異なる行動を解明するためにこの分野に心理学が応用されている。
 ちょっと話が逸れたな。生存本能は、種の保存本能の次に重要で、どの生物にも保存されている。
 当然、本能の比率が上がるほど、生存本能は強くなる。これは、正しいと思うか?」
「…間違いね。自身を種として考えてしまうから。種の保存本能に圧倒されるわね」
 優が、簡潔に説明する。
「正解。『事故死を防ぐ』と『寿命を超えて生きる』ってのは別問題。後者は、ある程度『自我』というものが芽生えないと出てこない。ここで言いたいのは、キュレイシンドロームのいう『死なない』は『種として必要だろうが無かろうが生きる』という意味であって、種の保存本能とは無縁という事だ。
 だが、自我が強すぎると、別の欲求にシフトしてしまう。その分、『死にたく無い』という欲求に割かれるウェイトが下がっていく。人間の死因に占める自殺者の割合を考えれば、納得いくだろ?」
「…ああ、そうだな」
「要は一定の自我を有した程度、つまり自身を単体的に捕らえる思考が出来て、かつその自我のほぼ全てが生存本能で占められているレベルの生命体が一番キュレイシンドロームに罹りやすいんじゃないか。俺はそのように考えていたんだ。実際、ライプリヒ日本支社のセンシティブデータベースを当たってみたんだが、初期を除くと極端に動物実験の比率が下がってくるんだ。恐らく、想像を遥かに超えるキュレイ化の進行、ウィルスだけでは説明できない極端な不死をふくめた結果が出て、中止したんだろう。
 ネズミの増殖なんて、あっという間だ。キュレイ化した実験動物の大量繁殖・大量脱走なんてヤツらには悪夢以外の何者でも無いだろうからな。
 正直、キュレイウィルスが種族間の壁を越えられないってのも眉唾物ではあるんだが…こいつは否定しないほうがいい。理由は、さっき言ったことでよく分かるだろ。NUNCPCやWHOあたりも、ここらは公式設定という事で押し通すだろうしな。
―――ライプリヒの件はすまない、優春。覗いたのはロックする前だったが」
「この件はお互い非合法だから。謝ることじゃないわ」
 優は平然とした顔で、答える。
「すまんな…話を戻すぞ。
 『リザレクション』の特徴は、文字通りの死者蘇生。たとえ致命傷を負おうとも、蘇る。
 キュアと違い外傷にも強いし、とくに命に関わる負傷や疾患の治癒速度には目を見張るものがある。それだけでなく、一度生命活動を停止しても一定の条件さえ揃えば蘇生できる。それどころかある意味アンデッド的な行動、つまり『死んだ状態で行動できる』ことも確認されているんだ。
 とにかく『死なない』…いや『生きる』事だけに特化している。普通生命ってのは死で終わるのに、『リザレクション』の場合生き返るって反則技でコンティニューできるんだから。一番非常識なキュレイだな」
「そうね。…ホクト、語るべき事があるでしょう。語るべきときは、今よ」
 意外な名前。誠はまじまじとホクトを見る。
「うん、分かった。誠さんの話の中で出てきた事、僕も知っているんだ。話してもいいかな?―ちょっと長くなるけど」
「ああ、構わん。お互い、隠し事は無しにしようや」



「参った。ブリックウィンケルそのものが出てきたのか」
 2034年5月1日からの一週間の事をホクトから聞き終えて、誠は頭を抱えた。
「だから、俺の『リザレクション』の説明聞いてもみんな驚かなかったんだな。
 水死しかけている人間が、いきなり12気圧の深海を泳いでIBFエアロックへ到達、ねえ。どう考えたって、ただのブラッドキュレイ、しかも感染後一日も経たない人間にゃ不可能だ。正に、キュレイシンドローム『リザレクション』の典型と言える。
 つまり、こういう事になる。
 武は、キュレイシンドローム患者。類型は『リザレクション』。ゼロキュレイはブリックウィンケル。場を提供したのがホクト。対象者は『死に瀕した父親』。原因は異なれど、結果はつぐみと一緒―――これで、間違いないな?」
 全員、首肯する。
「この『リザレクション』の仕組みを推定したのは結構前だが、確証を得たのはつい最近。ジュリアのつぐみへの伝言を義親父から聞いた時だ。
 早い話、ジュリアがキュレイウィルスを感染させた訳じゃない。目の前の窓から見える場所でトレーラーにはねられるつぐみを見て、『死なないで』と願った。その場には、多分トムも居たんだろう。自分達は、『救う奇跡』を起こす力がある。だから、つぐみは死なない。その思い込みが、『死にたくない』というつぐみの思いと共鳴し、キュレイシンドロームが発現した。
 その事を、ジュリアは伝えたかったんだろう。俺は、そう考えている」
 誠が、話をまとめた。皆、何も口にしない。



「…さて、最後にして一番難解なのが、三番目。俺たちのキュレイシンドロームだ。
  
   キュレイシンドローム『The Third eye's False(第三視点・偽)』

 こいつの発現パターンは、前の二つと全然違う。
 だから、そのつもりで聞いてくれ。分からない事は、質問してくれれば答える」
 暫く息を入れた後、誠が再び語りだす。
「じゃ、早速質問、いいか?」
「何かな、武」
「なんで、『偽』なんだ?別の言葉を使えばいいのに、第三視点の名前出した挙句に『偽』ってのは理解できないんだが」

「―本当に、武って不思議だな。本当に大切な所はきちっと押さえてくる。真の賢者ってのはあなたみたいな人間を言うのかもしれないな。
 ホクトくん。質問をたらい回しするようで悪いが、ブリックウィンケルって、この世界においてどういう存在かな?」
 そのまま、質問をホクトに振る。
「って、急に言われても!―――うーんと、まず、いかなる並行世界も見れる。別の人の観点からも物を見れる。時間をも越えられる…他には、ええっと、ええっと」
 ホクト、某クイズ番組でノルマ不足で苦しむの図。
「すまん、もう十分だ。ブリックウィンケルってのは、『見る・知る』と言う点では万能な存在。時間軸・世界境界・空間距離・主観視点の全てを超えられる。俺たちの能力ってのは、これに似ていて、かつ、これに足りない。そんな能力なんだ。だから『偽』なんだよ」
「…悪い。分からん」
 武、分かっていない。
「そりゃそうだろう。肝心の後日談、説明してないからな。

 ある日、『永遠の7日間』と同じ現象が起こったんだ。これは一日限りだったが。
 その日の1回目。俺の目の前で遙が事故死した。買い物に行く途中、建設中のビルから落ちてきた鉄骨が直撃して。
 で、その瞬間、目が覚めた。そして始まった2回目、遙を説得して、買い物の時間を30分ずらして貰った。だが、結果は一緒。鉄骨は直撃しなかったものの、その事故の交通規制で迂回してきたトラックにはねられて、遙は死んだ。
 でまた目が覚める。3回目。今度は買い物自体を取りやめさせた。結果的に残り物だけの夕食になったものの、遙は死なず、そこでループは終わった。俺は、そう思っていた。
 そして、その事を遥に言ってみたんだ。そしたら」
「私、そんなの知らない。誠、買い物を止めるようにって言った。だから止めた。それだけ」
 遙が言葉を挟む。
「―良く覚えてるな。そう、一字一句間違いなく、遙はそう言ったんだ」

「私、悪い冗談と思った。でも違ったから。誠は嘘を吐いていなかったから。
 一年位後。
 私と誠は研究所で仕事してた。その時、漏電事故が起きて…私の前で、誠は死んだ。
 その後、気を失って。目が覚めたら、目の前に誠が居た。
 業者さんに、原因の機械を修理してもらった。でもその後、研究所に行って…別の機械が壊れて、爆発して。今度は私も誠も死んだ。
 そしてもう一回、目が覚めた。
 今度は、お父さんにお願いして、一日研究所お休みにして、全部直してもらった。そして3回目のその日は終わった」
「だが、俺にはそんな記憶、欠片も残っていなかった。俺が知っているのは、朝起きたとき、半狂乱になった遙が電話口で義親父に必死で何かを訴えていた事。急に研究所が休みになってあちこちの機材が修繕されたって事だけだ。
 このことが示す意味。分かってもらえるよな?」
 視線を、全員を見回すように動かす。

「正に限定された『第三視点』の能力ね。自身に関する平行世界を覗く能力。
 死なないために、自身の耐性を強化するのではなく『死ぬと言う結果』を持つ並行世界を見せる。結果的にその方向性を排除する事によって死の危険を回避する。
 ブリックウィンケルの持つ能力の内、『自身と特定の人間を死なせない』為に必要な能力だけを抽出したような物ね。視点も、自身に固定されているんでしょ?
 でも、軽い予知能力の側面もあるわね。多分、『正解の世界』を確認してから目覚めるんでしょうから。もっとも、これも『第三視点』の考え方から言えばあまり難しい事じゃないし」
 第三視点の専門家。優があっさりと答えて見せた。
「正解、だろうな。多分。
 実際、俺も完全に答えを見出せている訳じゃ無いんだ。だが、今のところそれが一番合理的な解釈だ。
 自身や特定の人間が『死ぬという結果』を持つ並行世界を見る。それを回避するべく、選択肢を変える。それでOKなら、目覚める。駄目なら『選択肢を変えたがやはり死ぬという結果』を持つ並行世界を見る。その繰り返し。
 本人は、こう思うだろうな。『悲劇的な結果で終わる世界が、ループし続けている』とね。
 だが、外から見ると、そんなもの分かる訳がない。目覚めて、結果的には最善の選択肢を実行してお終い。せいぜい『なんて都合よく事が運ぶんだこいつの場合』と思われる程度に過ぎない。

 俺たち『サードアイス・フォルス』の7人には、キュレイシンドロームに由来する身体的能力の強化は一切無い。キュレイウィルスに由来するものだけだ。『リザレクション』のように致命傷を負っても死なない事も無い。『キュア』のように死病や怪我が完全に治る事も無い。
 だが、『死なない』という結論だけは一緒。死ぬ結末も、重傷を負う結末も、事前に回避してしまうから」


 皆、黙り込んで下を向く。余りに難解。直ぐに答えを出すのは、無理と言うものだろう。


「…考えるのは後にしてくれ。キュレイシンドローム共通の特徴についても説明しなければならないからな。
 1.はもういらないな。個別に十分説明したから。
 2.なんだが。こいつはちょっと非科学的なんだが…キュレイシンドロームの伝染って、なんと言うか、すごく都合良すぎるんだ。
 なって欲しい人間、キュレイに必要な人間。信頼できる人間。そういった人間には実に簡単に伝染する。もっとも伝染事例が『キュア』だけなんで、断言は出来ないんだけどな。俺たちの場合7人まとめてだから伝染とは言いかねるし。
 対して、危険な人物、裏切り者、キュレイを利用しようとしている者…そういった人物は、見事なくらいキュレイシンドロームにならないんだ。結構キャビン研究所内でそういうごたごたがあったが、結果的に常にキュレイはシロという結論になるとトムさんが義親父に言っていたらしい。
 まあ、科学的根拠は無いし。今のところそうだという程度に考えていてくれ」


 ここで、誠は言葉を切り、にやりと笑った。


「さて、皆が一番気にしているであろう話題だ。
3.キュレイシンドローム患者は常にキュレイウィルスのキャリアである、ってやつだ。
今のところ、このパターンを外しているものはいない。違うか?」

 皆、頷く。
トム・ジュリア・つぐみ・武・誠・遙。彼らは全てキュレイキャリア。しかも全員パーフェクトキュレイである。


「すまんが、余りに種は単純なんだ。頼むから、笑わんでくれよ。
 キュレイウィルスってのは、もともと自然界に存在できないウィルスだ。優春ならよく分かるだろ?」
「ええ。異種族間感染不能。嫌気性。淡水に弱い。増殖性能は極少だし、病原性高いから症状無しにサピエンスを自然宿主にできない。だから、自然界に存在する事も自然宿主に寄生することもできない。   いったいキュレイウィルスがどこから発生したのか。学会でも諸説あってはっきりとしていないの。まあ、全てCvp53のみの話だけどね」
 誠の問いに、苦笑して優が答える。その表情を見る限り、恐らく答えを彼女は知っているのだろう。

「正直、Cvp17の存在とその能力を認めさえすれば、学会の連中も簡単に結論に辿り着けるだろうに。
 結論を言うぞ。恥ずかしいんで、一度しか言わない。

 キュレイウィルスは、キュレイシンドロームの副産物だ。
 キュレイシンドロームは、形態こそ異なれど目的は只一つ『死なない事』だ。
 だから、キュレイシンドローム自体の能力とは別に、その個体を死ににくくする為の補助機構を生み出す。それが『キュレイウィルス』だ。なんの事は無い。キュレイウイルスは、キュレイシンドロームになった人間自身が生み出したものなんだよ。
 こう考えると、キュレイウィルスってのは凄く説明が容易になる。 
 サピエンス種が持つ遺伝情報の中で『最も死ににくい』形態が、今のブラッドキュレイの特徴なだけだ。もっとも、今までの進化系統図にまったく合致しないんで、レムリアだのアトランティスだのといった『ロストナンバー』を疑わざるを得ないだろう。Cp1700なんて反則技を使わないと浮き出してこない遺伝体質。案外、我々の遠い先祖が意図的に封じたのかも知れないな。
 ウィルスの自己保存本能が欠けている理由も簡単。現在の宿主の細胞を全てキュレイ細胞化できれば、役目は終わり。無理に自己保存をする必要は無い。Cp53-にまつわる不思議な『乗換』特性も、ウィルスより宿主の次世代の保存を優先すれば当然の事だ。
 事実上、血液感染以外の感染が不可能なのも当然だ。他者をキュレイ化する必要は無い。宿主の全細胞をキュレイ化する必要性と、最大限外部感染を防止する必要性を両立させようとすれば、造血幹細胞のみプロウィルス細胞化し、血液中のみキュレイウィルスが存在するという形態が一番合理的だ。
 わざわざ2種類のウィルスを必要とするのも、外部感染防止の一メカニズムなんだろう。多分。

 一言で言うと、こうだ。
『キュレイウィルスとは、キュレイシンドローム患者が自ら生み出す、自身の細胞を”自身の持つ遺伝情報の中で一番制御された不老不死に近い状態に置き換える”ための情報を全細胞に運ぶ「ベクター(運び屋)ウィルス」である』

 究極の善玉ウィルスだよ、こいつは。全くもって、ご都合主義ここに極まれりというところだね」

 お手上げといった風に両手を挙げて、誠が、話を締めくくる。


 全員、呆然。もはやどうコメントしていいものやら分からないといった按配。





「さて、俺の話せる事は、今の所これで全部だ。なんでそんな事知っているんだって突っ込みだけは無しで頼むよ。隠し事はしたくないけど、明かすことであなた達に迷惑をかけてしまう事項だってあるんだ。そこだけは、勘弁して欲しい」
 そんな皆を見ながら、誠が完全に話を締めくくりにかかった。その時。

「待ちなさい。最後に、聞かせて。答えられないなら、そう答えて」
 つぐみが、話に割り込んだ。
「ああ、構わない。答えられることなら、答える」
 誠は、頷く。

「誠。あなたは『第三視点・偽』について、肝心な矛盾を説明していない。
 一つ目。聞いた範囲じゃ、永遠の7日間の中で『誰も死ななかったのに、ループした』のが最低5回ある。そう―――5人の女の子を救ったとき。あなたの言う定義じゃ、そこで脱出していてもおかしくない。だって、誠は遙が救われて誰も死ななかったら、それで良かったんじゃないの?あなたが『ゼロ・キュレイ』だったら、そこで終わっているはず。
 二つ目。誠と遙の後日談。意味は分かる。片方が一回で『正解の世界』を引き当て、もう一方は引き当てるのに3回かかった。選択権を持つほうが誤りやすいのは当然だから、あの説明は十分納得できる。
 でも、これが示していることがあるの。お互いの『第三視点・偽』は必ずしもシンクロする訳じゃないって事。シンクロしているのなら、あの二つの事例、二人とも同じ並行世界を体験していたはずよ。
 なぜ、『永遠の7日間』だけ、7人もの『第三視点・偽』が完全にシンクロしているの?最も近い時間を共有する夫婦ですら、日常においてシンクロしない場面が出てくるというのに、あれだけ異常な時間、あれだけの回数の平行世界視のループを繰り返してなお、全員がシンクロしているという前提は崩れていない。
 答えて。『永遠の7日間』の真の意味は、一体何なの?」

 つぐみの目は、真摯。
 武は知っている。この目を見せる時のつぐみは、本当に大切な話をしていると。

 果たして………
「参ったよ。真打は最後に登場するものだな。一番返事に困る部分を、ずばっと突いてくる」
 心底参ったという顔で、誠は頭を掻いた。
「正直、返答できない部分も多い。それで良ければ、返事するが?」
「それで、いいわ」


「目的は簡単。俺達7人がキュレイシンドロームになる事。このこと自体が『永遠の7日間』の真の目的だったのだろう。
 全員がキュレイシンドロームになる為には、各人を救う必要があった。最後の鍵『誰も選ばない』という選択。実は、あれが一番大きな意味を持っていた。あの選択で6人が救われると同時に、7人目が救われたのさ。
 そして、その7人目が別の鍵を握っていた。開いた扉は、俺達とは関係無い所にあったがね。

 悪いが、今明かせることは、これだけだ。…そうだな、一つだけなら、ヒントを出せる。
 優春、お前、うちの義親父に言っただろ?
 『解らないのは、天の時だけ』ってな。そいつが大きなヒントだ。後は、自分で考えてくれ。正直、全部は分からないだろう。だが、自分達が成すべきことの道しるべくらいにはなると思う」


 言葉を切り、誠はゆっくりと立ち上がり、鳩時計を見る。



「もう5時か。済まないな、長話になって。…こういう話は、今日限りにする。明日から、家族旅行にご一緒させてもらうぞ。彼方の相手も、久しぶりだしな」
「私も、そうする」
「まさか、いずみ叔母さんやくるみ叔母さんが来てるって事、ないよね」
 彼方、なぜか脅えている。
「何も言ってないぞ。…もっとも、あの二人だからな。保証は出来ん」
「彼方、そのときは諦める。私も、どうしようもないから」
「私には、娘たちを止める権利はないからね」

「「「「???」」」」

 そんな三代家族を、不思議そうに眺める面々。

「で、どうする。彼方?」
「御免、父さん、母さん、おじいちゃん。僕は、ここに居ることにする。父さん達こそ、どうするの?」
「今日はルナビーチだ。明日は、もしかしたらここに厄介になるかもしれない…それで構わないか?優春」
「部屋は大丈夫。食費ぐらいは出してよね?」
「よく言うぜ。人んちのロッジをタダで借りといて」
「ば、ばかっ、誠、それは」

「「「「「「「………」」」」」」」

「えへ、あはは…」
 冷たい視線が7対。ごまかそうとする優に向けられている。
「優。明日からの一切の支出。あなたが出しなさい」
「はい…」
 裁判長倉成つぐみにより、優の宿泊費詐欺に対する実刑判決が下ったのであった。

 かくして、つぐみ達にとって最も長く重い時間は、優の自爆によって若干雰囲気を和らげて終了する事となった。
 だからと言って、全てが払底できたわけではない。


 誠達三人がロッジを辞した後。
 残ったお弁当を夕食にした8人は、早々と各々の寝床へと引き上げたのであった。


                                    ― To Be Continue next Day ―

後  書

 石原誠、2036バージョン。自分的には「覚醒誠」って呼んでます。すみません、お願いですから「違いすぎる」って言わないで下さい。どうしてこうなったか、後でちゃんと書きますので。
 遙は、まんまです。2周目のデレモードは、親しい人だけ居る時限定って自分的に思っていますので。
 まあ、彼方の件は余りにバレバレなので、特に何も言いませんが。

 E17とN7のクロスって大抵N7側のヒロインはいずみさんなんですが(あるいは、まっどどくたあ☆いずみさん(笑)経由)、私はあえて遙で行きました。
 理由は二つ。一つ目は(これが99%なんですが)…N7で一番好きなヒロインが遙だから!
 いや、数少ない2次創作者の特権ですから。これくらい大目にみてくださいよ。
 もう一つ。N7グランドフィナーレ(以下N7GF)解釈上、いずみキュアAから直行というのが納得できないからです。(これは、遙を選んだ理由というよりいずみにしなかった理由ですね)
 このSS世界では、『N7GFは、実際にあった』事を前提に考えています。そうなると、ヒロイン全員が好意を有していて、各々の秘密を知っていて、かつ表面上脈あり状態(つまり、本命がいない)になる理由が必要になります。
 ですが、誰かのエンディング経由にすると本命が全員周知状態になってしまうのでそれも拙い。あともう一つ(すみません、これはまだ明記できないです)の理由があって幻の7回目のラストループを創作しました。いちおうこのループの公式設定はあるようですが、ウチの世界の整合性が維持できないので無視することにしました。(知ったとき、既に手遅れ)

 今回で、キュレイ関係の考察は一部を除いて出尽くしました。一番難産だったのは、やっぱりチャミの件。事故の時一緒だったらあんなに苦労しなかったんですが。研究員達が極端に実験生物を恐れていたこと、あまりに動物実験が少ないこと(ほぼ唯一のサンプルのつぐみをあそこまで実験台にしなきゃいけないというのは、実は異常です。切り札は最後に取っておくものですからね)を突破口にして考えてみました。
 私の考察、見ての通り『キュレイシンドローム原因説』が軸です。それ故、N7いずみキュアルートの解釈も、キュレイシンドロームの形式解釈も他の方とはかなり違うと思います。司紀杜・杜紀司神社を始めとする未解決の部分は『原因の原因』という捕らえ方なので、未解決のまま完結ってのもあるかもしれません。R11の情報も、登場人物は完全な形では有していませんしね。(作者も含めて)
 その他細かい考察関係は、恐らく完結した後、総後書の一部として、あるいは別ページという形で書くことになると思います。

 最後に、難解な文章を読んで頂きまして、誠にご苦労様でした。(ぺこり)

2006年4月22日 初稿
2006年7月6日 後書改稿  あんくん


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