未来へ続く夢の道
 本編13−サマータイム・デイドリームス−

                              あんくん



6〜7日目







 The 6th Day

16 Augusut sat. 2036 AM 8:30 Living Room in the Lodge(リビングルーム)


「…なんで、増えてるの?」
「…いずみお姉ちゃんが聞かなくて。ごめんね、優さん」
 恒例になった朝の訓示(?)は、優の呆れた表情で額に手を当てる姿と、申し訳なさそうに謝るくるみの会話から始まった。
 本来、夏の行楽シーズンの土、日は飲食店は稼ぎ時。月浜の外れにあるルナビーチは、海水客達の格好の休憩場所…となるはずであったが。
「今日はお店、お休みね♪」
 我侭店長代理の一言により、貴重な売り上げが失われることは確定してしまったのである。
「いずみさん、昨日と言ってる事違わねえか?」
「あれが素のいずみさんなんだよ。あの人の考える事は、今でもさっぱり分からん」
 武と誠の困惑を他所に。
「つぐみさん、後はお願い」
「…承知したわ。あと、さん付けは止めて」
 こちらは中抜きだらけの最小限の会話で分かり合っている奥さん'sであった。

 予定より増えた一行は、各々行き先の希望を告げる。
その中で、顔色の良くない人物が一名。―――元気の塊の筈のくるみであった。
「で、くるみちゃんなんだけど…」
「私が面倒見るわ」
 即断。くるみが口を挟むより早く、つぐみが宣言する。
「それじゃ、つぐみ。悪いけど頼むわ」
「つぐみさんなら大丈夫よ。くるみの事、お願いしますね」
 更に間髪いれず、優といずみが了承してしまう。
 かくして、くるみは意思表明の暇も無く海水浴に参加することが確定した。

メンバー分けは次の通り。

 姫ヶ浜: 武、つぐみ、ココ、くるみ
 月 浜: 優春、桑古木、優秋、ホクト、守野博士、いずみ
 プール: 沙羅、彼方、誠、遙

「とりあえず、今日のお昼はお弁当で軽めにね…無理かもしれないけど」
 当てにしていたルナビーチが休みという事で急ごしらえのお弁当になったのだが、何しろ作る側の面子が凄い。洋食のいずみ、和食のつぐみ、万能型の遙。そこらの豪華弁当など霞むような出来の弁当が眼前にある。
「お母さんはいいわよ、いくら食べても太らないんだから。ああ、体重計が怖いよぉ…」
 昨日のお菓子の件も含めて、自身のハンデに嘆息するユウであった。



 AM 9:30 Outdoor All Season Pool attached Thukiya Hotel(月屋ホテル屋外全季節型プール)


「で、どうして夏で海辺なのにプールなのかな、彼方ちゃん?」
「そんな事決まっているじゃないか、沙羅。海で溺れて流されでもしたら迷惑なんだ。武さんとつぐみさんとホクト先輩からお願いされたし」
「お兄ちゃんの裏切り者ーーー!」
(秋香菜さんにも頼まれているって事だけは、内緒にしたほうがいいなあ)
 完全におさんどん状態となってしまった彼方。3日目と同じ水着姿の沙羅を、必死になだめていたのである。
 こんな時頼りになるはずの両親は。
「ねえ、誠。私あれに乗りたい」
「何気にまた増設されてるな、ウォータースライダー。しょうがない、徹底的につきあってやる」
 まるで子供のようにはしゃぐ遥に引っ張られ、言葉とは裏腹にニコニコしながら新型ウォータースライダーの順番待ちの列に並ぶ誠の姿。誰がどう見ても年頃のカップルその物である。
(駄目だ。父さんと母さんは当てにならない…夕方まで、気力保つかなあ)
 心の中で嘆息する彼方であった。



 AM10:00 Outdoor All Season Pool attached Thukiya Hotel(月屋ホテル屋外全季節型プール)


「ほら、もうちょっとだから、沙羅」
「がぼがぼ、声、掛けないで!」
「返事する暇あったら、黙って水を掻く!」
 沙羅の水泳特訓は第二クールに入っていた。…正確に言うと、やり方を変えていた。
 いくらバタ足の練習をしても上手くならないと判断した彼方は、クロールではなく平泳ぎの練習に切り替えたのである。とりあえずキックの練習から。
 無料レンタルのビート板を借りてそれを両手で掴んで練習する沙羅の横を、彼方が平泳ぎで、あるいは足を着いて歩きながら付いていく。
 ただし沙羅の顔は常に水面上へ上がりっぱなし。
 実はこの方法、『正しい平泳ぎの覚え方』からすればよろしくない方へ属する。どうしても頭を上げっぱなしだと腰の位置が沈むので、その分推進効率が大幅ダウンする。本来の息継ぎ方法を覚えるとき、もう一度キックの補正をしてやらないといけない。
 だから、ビート板練習の時からちゃんとしたブレス法を教えて、同時にキックと息継ぎを覚えるのが常道である。しかし、敢えて彼方はそれを無視した。
(顔を水に付けないってのが大きいのかな?)
 正直、苦肉の策と言ったところであったが。意外なことにあっさりと慣れてきて、順調に前に進んでいる。だんだん足から余計な力が抜けてきて、前に進むスピードも上がってきている。
(やっぱり、沙羅の場合何でも『怖い』から入るみたいだ)
 何事にも飲み込みの早い沙羅が、泳ぎだけダメなのはそのせいだと彼方は判断したのだ。

―――基本泳法は4つあるが、早い順にクロール>バタフライ>背泳ぎ>平泳ぎ。基本的に水面と推進軸が一致するほど早い。(バタフライと背泳ぎの差は、掻き手の筋力差。人間、後ろ回しより前回しのほうが筋力は強い。それでも男子200mのバタフライと背泳ぎの世界記録のタイム差は0.73秒しか無い)平泳ぎと背泳ぎの男子200mの世界記録のタイム差は実に14秒4も開いている。
 故に、まず顔を水につける事、正しい息継ぎをすることを学ばせる。顔が水面上に出るという事は、体と水面に角度がつくという事。そういう状態はスピードが落ちるので不効率なのだ。
 しかし、何故かは知らないが沙羅は水に対してかなり強い恐怖心を抱いている。そんな状態で『顔は出来るだけ水面下』なんて事は逆効果。人間の水への恐怖心は、大抵窒息死への本能的恐怖だから。
 そういう訳で、彼方はセオリーを無視したわけである。

 1時間も経たないうちにビート板は卒業。そのまま、顔を上げたままでの平泳ぎへ移行していく。犬掻きの変形版、平泳ぎとしてはもっとも効率の悪い形である。それでも、溺れることなく泳げている。お世辞にも速いとは言えないが、ちゃんと前に進んでいる。そのまま沙羅は、
 生まれて初めて、25mを足を着くことなく泳ぎきった。
「ゴール!やった、やったーーー!!!」
「…沙羅は飲み込みが早いなあ。こんなに簡単に上達されると何か悔しい」
 彼方の悔しそうな言葉も、今の沙羅にとっては不快ではない。
「ありがとう、彼方ちゃん!沙羅、初めて25m泳げたんだよ!」
 無意識の内に沙羅は彼方に飛びつき。
「うわっ!やめろっ!止めろってば」
 周囲の注目を大いに集めるハメになったのであった。

「全く。本当に見てて楽しそうだな、あの二人は」
「彼方、楽しそう」
 プールサイド。そんな二人を嬉しそうに眺めている誠と遙だった。



 AM 9:30 Himegamaha(姫ヶ浜)


「………」
 あのくるみが、一言も発しない。
 その姿に、ココも掛ける声を失っていた。
 そんな二人を引き連れて、無言のまま武とつぐみは姫ヶ浜に到着した。

 無人。表現はそれに尽きる。月浜が公営海水浴場としてそれなりに整備されているのに対し、狭い姫ヶ浜は自然のままで、更衣設備一つ無い。完全に地元民、しかも一部の物好きしか知らない穴場となっていた。
「さて、俺はそっちの岩場で着替えるが。つぐみ、そっちはどうする?」
「いずみさんに教えてもらったの。こっちに地元の人がここで泳ぐときに使う小屋があるって。鍵も預かってきた」
「了解だ。15分後、ここで落ちあう。それでいいか?」
「ええ、いいわ」

 小屋に入り、昔ながらの白熱電球のスイッチを入れる。
 明るく照らされた室内。古くはあるが、それなりに手の入った建物。いくつかの棚が設えてあり、藤籠が入れてある。明らかに更衣室として使うように改造された小屋だった。
「………」
 無言のまま、立ち尽くすくるみ。顔色は、蒼い。
「………」
 つぐみは無言のまま、身に着けた黒のロングワンピースを脱ぎ捨てる。
 白熱電燈の光に写し出される、女性的なシルエット。その姿に
「…つぐみさん、それって…」
 初めて、くるみが声を発した。
「見ての通り。傷跡以外の何に見えるの?」
 そっけない返答。しかし、唇が僅かに震えている。
 滑らかな肌に縦横に走る傷跡。なまじ肌が綺麗なだけに、その醜い傷跡が目だって見える。そんな姿から視線を逸らそうとするくるみに
「逃げちゃダメよ。ちゃんと見て、そして確認しなさい。私は、あなたの鏡。この姿を、あなたは見届けなければいけないの。…それとも、あなたの傷を醜いと、可哀相と言った人々と実は同じなのかしら、あなたは?」
 静かなその声に、くるみは硬直した。特に、最後の言葉は直接くるみの心を抉った。
「違う、違うの、くるみは…くるみは…」
 そのまま、錯乱しかけるくるみに近づきその手を取る。そのまま、自身の傷跡にその手を、押し当てた。
「…どう?あなたは、この傷跡から何を感じるの?」
 僅かに手触りの異なる傷跡。しかしそこから感じるのは。
「…脈の音が、聞こえる。とくん、とくんって、聞こえるよ、つぐみさん」
 目で見れば醜い傷跡。しかし、目でなく肌で感じればそこに在るのは命の証。

「いいかしら。傷跡が残るって事は、生きているって事。死んでしまったら、体は傷ごと土へ還る。あなたの傷は、あなたを死へは導かなかった。
 詳しい話は、誠から聞いたわ。あなたの傷は烙印じゃない。その傷と引き換えに、あなたは命を得た。その傷を恥じるという事は、あなたの命を恥じるという事。その傷を笑うという事は、あなたの命を笑うという事。だけど…あなたの命を愛しいと思う人が、あなたの傷を笑うとでも思っているの?」
 その言葉に、くるみが弾かれた様に顔を上げる。
「あなたの失恋相手なんてその程度。あなたの命を愛しいと思えなかった。それだけの、唾棄すべき人間。でもね、その時の心の傷を後生大事に抱いて、私はこの傷を見せたくないんだって閉じこもるのは。
 あなたを愛する全ての人間と、あなた自身への侮辱だわ」
 口調は淡々としている。だが、その言葉はくるみへの断罪。心の傷を、真正面から抉る刃。
「つぐみさんに、何が分かるの?!おにいちゃんは遙さんを選んで、私を真正面から受け止める人はまたいなくなっちゃった。つぐみさんには武さんっていう最高の人が居るじゃない!酷いよ!全部持っている人が、何を言うんですか!!!」
 いつもからは想像もつかない憤激。目に炎を湛えてつぐみを睨みすえる。
「なら、聞くわ。あなた、その傷を、晒した事はあるの?誠が遙を選んだ後に。どうなの?」
「あるわけ無いじゃない!こんな傷、見たら嫌われるに決まってるんだから!!!」
「私は、晒したわ。晒して、武を求めた。そんな私を、武は受け入れてくれた。誰が決めたの?その傷を誰も受け入れてくれるはずがないって。あなたが遙にかなわなかったのも当然。相手を求めもしないで、自分を晒そうとしないで、そのくせ向こうから無条件に自分を受け入れてくれる王子様がやってくる?そんな甘ったれの小娘、だれが相手にするものですか」
 真っ向から論破される。くるみの唇から色が消え、顔からも血の気が引いていく。
「あなたのやっていることは、愚かよ。あなたを愛する人たちの心を傷つけ、自身からは何も求めず、そのくせ、何も与えてもらえないと不幸ぶる。
 この傷を晒して、初めて私は未来を手に入れられた。そんな未来を失って、17年。いくつも傷を増やして、それでも生き抜いて。そしてやっと巡り会えた。失ったはずの未来に、もう一度。
 あなたの生き方を認めることは、私の生き方を全部否定する事。だから、私は認めない。私の為、武の為、ホクトの為、沙羅の為。優の為、少年の為、秋香菜の為。
 そして、くるみを救ってやってくれって頭を下げてきた、守野博士の為、誠の為、遙の為、いずみの為に。
 傷つけられ続けても、それでもあなたを救いたいと思っている家族がいるのよ、あなたには。一回の傷で立ち直る事すらできないあなたに、何百回、何千回傷つけられてもね。
 だから、私は晒したの。あなたと同じ、傷を。
 だから、私は示したの。こんな傷だらけの、人生の底辺を這いずり回った女でも、求め続ければ幸せが手に入れられるんだって事を。
 悔しいなら、示しなさい。私はこうやって幸せになったんだって。私が手に入れたものはこんなに素晴らしいんだって。いつの日か、私に真っ向向かって自慢して見せなさい」
 言葉は淀まない。だが、つぐみの目からは、涙がこぼれる。20年を超える苦難の日々。武との約束と、息子と娘の成長だけを心の支えとして生き延びた日々。今、その末に得た幸せの中に居るから耐えられる。だが、昔なら心が折れていたであろう回想。
 くるみの肩は落ち、その瞳からは涙が零れ落ちる。自身が考えていた世界は崩壊した。だけど、その先にあった世界は、自分が想像していたような暗いだけの世界ではなかったのだ。


 小屋に、嗚咽の声だけが響く。永遠とも思われた時間の末。


「つぐみさん、くるみ。どうしたらいいのかなあ…」
 搾り出すようなくるみの声に。
「まずは、家族に見せてあげなさい。愛してくれる家族に、全てを晒しなさい。それから、求めればいい。自分の幸せを。傷ついても、傷ついても、求め続けるの。…最後に幸せなら、それで勝ちなんだから。
 その傷を負の遺産と捉えるなら、そんなものに負けちゃダメ。命と引き換えの代償と取るなら、誇りなさい。私は死神に勝ったと。試練と取るなら、乗り越えて見せなさい。
 でも私は、実はそれって羨ましい事だと思うわね」
 意外な言葉に、くるみはきょとんとする。
「羨ましい?」
「普通はね、そういう判断基準がないまま上辺だけの感情で一緒になっちゃうから。そのあと、実は間違った人を選んじゃったって後悔したり、別れたり。
 だけど、あなたの傷を受け入れた上であなたを求める人は、その時点ではあなたを本当に愛している。そこから先はあなたの努力しだいだけど、少なくとも上辺だけの人間を掴まされる事だけはないわ。初恋の相手みたいなのはね」
 つぐみは、笑って見せた。
「うん。くるみ、がんばるよ。…ホクトくん、狙ってみようかな」
「…それは勘弁してね。秋香菜が悲しむから」
「えへへ、冗談だよ」
 くるみに、やっと調子が戻ってくる。
「ごめんなさい。くるみの為に、辛い思いさせて」
「いいのよ…私と同じ過ち、してほしくなかったから」
「?。くるみ、意味が分からないな」
「私もね、実はくるみと一緒だったの。武と再会して、本当の意味で夫婦になって。だけど、増えた傷を見られるのが怖くて、嫌われるのが嫌で、ずっと隠してきたの」
「うん、分かるよ」
 くるみが、万感を込めて頷く。
「でも、優に背中を押されて、梯子外されて。恐れおののきながら自分を晒した時ね―――ときね…」
 つぐみが言葉を詰まらせる。
 心配そうに覗き込むくるみの目を見て、
「武が、初めて、泣いたの。お願いだから、隠さないでくれって。私は宝物だから。この傷も宝物だからって。…私、かえって武を苦しめてたの。私は忘れていたの、私達の原点を…うくっ、えぐっ」
 そのまま、両手で顔を覆って、つぐみは泣き崩れた。
「つぐみさん…御免ね、御免ね…」
 くるみが、つぐみの背中をやさしくさする。



 つぐみの涙が枯れるまで、くるみはずっとそれを続けた。













「なんかくるみ、馬鹿馬鹿しくなっちゃった。あんな最低の先輩なんかじゃなくて、武さんみたいな最高にいい人をつかまえるんだもん!!!」
「ふふふ、その意気よ。その時は、自慢して頂戴」
「うんっ!」







「いつまで、ココは待てばいいのかなあ?」
「いつまで、俺は待てばいいんだ?」
 小屋の外。
 入り江の入り口。
 場所が違えど待ちぼうけ。
 根気強く待ち続けるココと武であった。



 AM10:30 Himegamaha(姫ヶ浜)


 実に一時間、待ちぼうけを食わされた武。だが目前に待ち人が現われたとき、その不満など一瞬持たず吹き飛んだ。
「………綺麗だ」
 実に一分近く見つめ続けてやっと搾り出した言葉が、これだった。
 つぐみが着けている水着は実にシンプルな競泳用で、色も黒一色。しかし、綺麗な体のラインを強調し引き立てていた。また、キメの細やかな肌の輝きが傷跡を圧倒し、武の目を奪ったのだ。
「馬鹿。恥ずかしい…」
 つぐみはつぐみで真っ赤に照れながら、それでもその姿を隠そうとしない。
 そんな二人に
「あっちいこっか、くるみさん」
「うん。くるみ、『うまにけられる』のは嫌だもん」
「…どういう意味だっけ、それ?」
「分かんない。いずみお姉ちゃんの言葉をそのまんま使っただけだもん」
 そそくさと退散するココとくるみであった。


「で、どうかな、くるみは?」
「うーん。悔しいけど、ココより綺麗だよ」
 くるみの水着は、この為にだけ選んだと言わんばかりのデザインだった。
 背中の大きく開いたワンピースタイプ。明るいオレンジと白を基調としたデザイン。
「…この、傷を見ても?」
「うん!くるみさん、すごく肌が綺麗でしょ?見せなきゃ損だよ?」
 思いっきり子供なココから年頃の女性な発言を聞かされて、意外さにくるみは目を丸くする。
「本当なんだよね、本当なんだよね、ココさん?」
「うんっ!」
 にぱっと笑って、ココは答えたのであった。

「…ねえ、くるみさん。ココとくるみさん、キュレイだよね」
 ひとしきり笑った後、ぽつりとココが呟く。
「どうしたの、ココさん?」 
「さっき、ココが言った事。覚えているよね。『肌が綺麗だ』って」
「う、うん。そうだね」
「でも、くるみさんって、傷が嫌で見せなかったんだよね」
「…うん」
「肌が綺麗なのはくるみさんのいいところで、傷はくるみさんにとってわるいところ。でね、ココ思ったんだ。
 傷を見て、肌が綺麗な事を見ない人って、欠点がある物を捨てちゃう人なんだって。傷を見て、それでも肌が綺麗って思う人は、欠点があっても利点を見て大切にする人なんだって。
 ココ、欠点ばっかりだから。だから欠点があるからって捨てる人にはなりたくないんだ。
 キュレイって凄く数が少なくて、生きていくには欠点ばっかりだから。だけど、ココやくるみさんやたけぴょんやつぐみんやなっきゅさんや…他のみんなが幸せに暮らせるんだから、利点を見てくれる人も一杯居るんだよ、この世界には」
 にこにこしながら語るココ。言葉を失うくるみ。
 つぐみとは全く異なる切り口。しかし語る事は一緒。
(くるみは、『欠点を見る人』、だったんだね…)
 やっと理解できた。なぜ、この三人なのか。
 つぐみは、同じ傷と、自身を遥かに上回る哀しい過去を乗り越えてここにある。
 ココは汚れた世界を見て尚、人間と世界の優しさを信じてここに居る。
 そして、武はそんな世界の優しさの象徴。世界にはいっぱい優しさが有る。その確かな証。
(くるみ、頑張るよ。もう一歩、踏み出してみるね)



「で、ココはなんでその水着なんだ?空に言えば、もっといいの買ってもらえるだろうに」
 合流後、武はまじまじとココを見ながら聞いた。
「なんでも『この方がココちゃんだと攻撃力が高いらしいですから』だって」
 一同、絶句。
「…武。あなた、空に何を吹き込んだの?」
「俺じゃねえぞ?涼権じゃあるまいし」
 柳眉を逆立てる妻に、心外という風に応じる武。
「なんでそこに、少ちゃんが出てくるの?」
「「………」」
 桑古木、哀れ。
 さて、もう想像がついたと思われるが一応説明しておこう。
 ココが身に着けている水着は、基本中の基本、スクール水着。胸に小さく「NIJIGAOKA」のロゴが入っている。当然の様に胸元には白布が縫い付けられ、そこに書かれているのは『1年B組 やがみここ』…そこまでやるか空よ。
 ココの体格からも、どう見てもその手の人たちが狂喜しそうな格好。
「―――空の再教育が必要ね」
「お手柔らかに頼むぜ」
 つぐみの台詞に、無駄と知りつつも手加減を求めた武であった。



 AM11:30 Himegamaha(姫ヶ浜)


「流石にやるわね、武」
「キュレイになる前でも息継ぎ無しで51mを泳ぎきれたんだ。この程度、どうという事は無い」
 いつの間にか競泳しているつぐみと武。と言うかよく会話できますね、あなた方。
「…ココさん。武さんとつぐみさんって、いつもああなの?」
「うん。なぜか、こういう事になると競争になるんだよ」
 世界レコードより明らかに速いスピードで泳ぐ二人を、口を開けて眺めるココとくるみ。
「それよりも、蟹さん見付かった〜?」
「うーんっと、あっ、いたいたくるみさん、そこ、そこっ!」
「えーい!ゲットだぜ!」
「くるみさんって、本当はいくつなのかなあ…」
 こちらはこちらで、蟹相撲の準備に余念が無かった。
 こうして、姫ヶ浜の午前は、平穏な姿(?)で終わろうとしていた。



 AM10:00 Tsukihama(月浜)


 夏休み真っ只中。しかもお盆休みから直接繋がる土曜日とあって、ここ月浜は観光客で溢れていた…というのは言いすぎであろうが、それなりに海水浴客が泳ぎや日光浴を楽しんでいる。
 穴場と言える観光スポットであるこの島。それ故、どちらかというと「通」と言えるタイプの観光客が多い。若い世代もそれこそナンパに命を掛けるような馬鹿ではなく、純粋に泳ぎや滞在型バカンスを楽しむ人が殆ど。
 だがそんな中にあってさえ、その一行はやはり好奇心溢れた視線を注がれる事になった。
 ロングヘアの大人の雰囲気を漂わせた美女。スレンダーだが、無駄の無い均整が取れた肢体は気品溢れた清楚な魅力を持つ。
 対してその妹と思われる女性は、対照的なショートヘアのこれまた美人。バランスの取れた肢体と軽やかで躍動的なしぐさ、溢れる笑顔が健康的で明るい色香を振りまいている。
 そして、最後の一人。老紳士にエスコートされている美女。西洋人的なグラマーと違う、大和撫子の極地と言える理想的なプロポーションと、全てを包む聖母のような微笑が人々の目を釘付けにする。

「…忘れてたぜ。一応、優って美人だったんだよな」
「い、ち、お、う、とは何よ一応とは!!!涼権、あんた目が腐ってるんじゃないの?」
「美人も三日見れば見飽きるって言うだろ。一体何年の付き合いだと思ってる?」

…まあ、「黙っていれば」という接頭語は外せないわけで。
 口を開いたとたん、そんな気品だの清楚さだのは一瞬で吹っ飛んでしまったのであった。
 あっという間に悪口雑言の応酬となる優と桑古木。

ざわ…  ざわ…

 最初と異なる好奇心が、周りの視線を倍化させる。
(おっ、彼氏と喧嘩か?面白いんじゃないか)
(喧嘩別れで一人になったら狙って…イテテ、冗談だよ冗談)
(『何年の付き合いだと思ってる』だってさ。いいなあ、あの彼氏結構カッコいいしなあ)
(なんだか楽しそう。実は凄く仲いいんじゃない、あの二人?)
(うんうん。案外夫婦だとか)
(なんか悔しいかな、それ。私もあんなにあけすけに口喧嘩出来たらすっとするのになあ)
 好き勝手な詮索話の話が広がっていく有様に流石の優と桑古木も真っ赤になって黙ってしまい、結果的に一行は月浜の端っこにそそくさと避難したのであった。

「まったく、お母さんには付き合ってられないわ。ホクト、いこっ?」
「うん。じゃあ行ってきます、皆さん」
 ユウに手を引かれ、浜辺に駆け出していくホクト。
「青春だねえ。優にゃ無縁の世界だ…Auch!」
 光速の左がレバーに入る。
「あんたも似たようなもんでしょうが」
 笑顔を貼り付けたままの優。怖い。
「…うふふふ」
 こちらはこちらで笑ったまま二人を見守っているいずみ。何気にメモ帳片手。
「あいかわらずだね優ちゃんも」
 こちらは苦笑する守野博士であった。

「で、裏があるんでしょ」
 暫くのんびりと日光浴を決め込んだ後。ぽつりと優が呟いた。
「…わかっちゃった?」
 悪戯がばれた子供のように、いずみが舌を出してみせる。
「そりゃもうな。俺達の近くの海水浴客、さりげなく警護陣を組んでやがる。…ここの隔離が目的だな」
「ご名答。流石に修羅場を潜ってきただけのことはあるね。本当はここまでやるつもりは無かったみたいだが、誰かさんたちが一騒ぎやらかしてくれたから」
 こちらも悪戯っぽく笑う守野博士。ここいらあたり、いずみの父親である事を感じさせる。
「何があるんですか、守野博士?」
「…そろそろ来る頃だと思うよ」
 左腕のダイバーズウォッチを覗き込んで、博士は告げた。



 AM11:00 Tsukihama(月浜)


「あーっ!いたいたー!おーい、いずみさーん!!!」
 防波堤の上から手を振る人影。そのまま防波堤を飛び越え、勢い良くこちらに駆けて来る。
 ショートカットのくせっ毛。ホットパンツにTシャツというラフな格好の若い女性。
「またキャラが被ってるな。ボリュームはあっちの方が上だが。いい加減頭痛くなってきた」
 そりゃ同じタイプが三人揃えばそうなるでしょうな。幸い一人はいないけど。
「黙りなさい涼権…お久しぶり、優夏」
 軽口叩く桑古木を黙らせて、優が新顔に声を掛ける。
「お久しぶりも何も、16年ぶりだけどね。覚えててくれたんだ、優春」
「まあ、これだけ騒がしいのそうそう忘れられないわよ」
「…優秋ちゃんは?」
「浜辺で彼氏とデート。母親はお呼びじゃないみたい」
「そっか。もうそんなになるんだね。私の中じゃ、『おねえちゃーん』って甘えてくるちびっ子のイメージしかないからなあ」
 あっという間に女の子会話に移行していく。16年の歳月など、二人には関係ないらしい。
「優夏だけ?」
 いずみが会話に加わる。
「ごめんねー。やっぱり無理だったみたいで」
「そう…まあ、しょうがないわね」
 申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる優夏と、すこし残念そうないずみ。
「それより、自己紹介してもいいかな。と言っても、相手一人しかいないんだけどね」
「どうぞ」

「私、川島優夏。優夏でいいよ。どうせ誠から話は聞いているんでしょうし、気兼ねなくやりましょ。同族さん」
 ニコニコと笑いながら、桑古木に気軽に握手を求めてくる。
「ああ、宜しく。おっと後先になったな。桑古木涼権。そこの優…あんた達流に言うところの優春の部下だ」
 慌てて、その手を取る桑古木。握手しながら優夏を見やる。ニコニコ顔。ただし、何故か見覚えがある表情。
「これが優春のいい人かあ。結構カッコいいじゃなーい。うりうり、優春とどこまで行ってるの?隠し事はだめよーん」
…いきなり爆弾投下しましたよこの方は。
 反射的に手を離して逃げようとする桑古木だが、がっしと掴まれて逃げられない。相手もキュレイだから腕力では振り切れないのだ。
「何にも有る訳無いだろうが、只の腐れ縁だ、腐れ縁!大体今だって、『公務』と称してせっかくの盆休み潰されてんだ。むしろ同情して欲しいね」
 必死に説得を試みる。
「本当に?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「ほんっとーに?」
 じっと目を覗き込まれ、狼狽する桑古木。
 思わずあのキスシーンがフラッシュバック。慌ててかぶりを振ってその光景を脳裏から追い出す。
「そうなんだ。もしかして私の勘違いなのかな、優春?」
 そんな桑古木を他所に、いきなり話を優に振る優夏。
 爆弾発言に真っ白になっていた優が、この言葉で我を取り戻す。
「当ったり前じゃない。何で私がこんなのとくっつかなきゃいけないのよ!!!」
 全力で否定する優。顔は真っ赤。
「おい、こんなのとは何だよ、こんなのとは!!!」
 こんな状況下ですら、脊髄反射で突っ込む桑古木。
「うるさいうるさいうるさーーーーい!!!丁稚は黙ってなさい!」
 優、もはや子供の反応である。
「そっかあ。私の勘違いかあ。ごめんね、優春」
 そんな姿に、矛を収める優夏。そんな彼女にほっとした表情を浮かべた桑古木と優だったが、

「それじゃ、私がもらっちゃおうかな〜♪」

 優夏の一言が、二人を天国から奈落の谷に突き落とした。

「な、な、何言ってるの、優夏!」
 一気に表情を引きつらせる優。
「だってねえ。せっかく若いままなのに、肝心のパートナーが居ないってのは拷問みたいなもんじゃない?桑古木くんなら、能力は折り紙つきだし、ルックスはいいし、なによりキュレイだもんね。
 貴重なのよ、キュレイのパートナーってのは。誠は遙に取られちゃったし、優春がいいって言うんなら狙っちゃおうかなあって」
 悪戯っぽく笑いながら、瞬時に体の位置を入れ替える。動揺と、何よりもその速さに桑古木の対応が遅れた。
 桑古木に、優夏が後ろから抱きつく態勢。
「おい、優夏。胸が当たってるんだが…」
「あててんのよ。優春と違って気持ちいいでしょう?」
「確かに優より遥かにボリュームがあって―――って、ちがーーう!こら離せーーー!おい優、なんとか言ってやってくれ…」
 救いを求めて優に視線を投げた桑古木だったが、
「………」
 うつむき、拳を握り締めて立ち尽くす優。その腕はぶるぶると震えている。
「ねえ、いずみさん。いずみさんはどうするの?」
 優夏の能天気な問いに。
「そうねえ。私もそろそろ連れ合いがいてもいいかなーって思っていたの♪」
 いずみが、トドメの台詞を口にした。



 ぷちん。



「だあーーーーーっ!!!こいつは私の部下で手下で下僕で丁稚で小間使いで、そして―――私の所有物なんだから!!!
 このバカに命令していいのは、私だけなのっ!私に言ったんだから!
『後ろに優がいれば、俺は道を誤らない』って!
だから、こいつをこき使うのはこのバカも認めた私だけの権利なのよっ!!!」


 優、暴走モード突入。どすどすと足音を立てて桑古木に近づき、力任せに優夏から引き剥がす。
「はあはあ、助かったよ優…」
 桑古木が肩で息をしながら優を見やると。
「さて、涼権。『優より遥かに』なんだって?」
 そこには修羅が居た。背中に『天』と浮き上がっていそうな修羅が。
「いや、それはだな…」
「こんの、バカ涼権ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 至近距離からのアッパーカットが桑古木の顎にクリーンヒット。いいひねりが加わったパンチに、桑古木は錐揉みしつつ美しい曲線を描いて吹き飛ばされた。
「…○竜拳をギャ○クテ○カ・マグ○ムで撃ったか。見事だ」
 他人事のように見物していた守野博士が、感嘆して呟いた。



「で、結局何をしに来たのよ優夏」
「優春をからかいに…って冗談だってば!」
 人を殺せる視線を向けられ、慌てて言いつくろう優夏。
「優をからかうのは構わんが、俺をダシにしないでくれるか?」
 顎をさすりながらぼやく桑古木。…回復早すぎ。
「もう一発貰いたいの?」
「謹んでお断りする」
 優の視線に、肩をすくめる桑古木。
「優夏も優ちゃんもそれくらいにしなさい。
そろそろ本題に入ってくれるかな、優夏。メッセンジャーとしてここに来たんじゃないのかね?」
 最年長者の威厳を前に、優春と優夏が居住まいを正す。

「うん。簡潔に伝えるから。
小型量子テレポーテーションシステムが4基、ロールアウト(製造完了)したわ」
「「「!!!」」」
 まるで昼食の献立を告げるような気軽さで告げられた、驚くべき内容。
「…NUNCPCは知っているのかい?」
 会話とかみ合わない柔和な表情を崩さない守野博士の問いに。
「ええ。これを受けて、キュレイ3研究所及び新国連にこのユニットを設置する事が決定した。
優春。必要な下準備の件、大丈夫だよね?」
 こちらも笑顔を崩さず答える優夏。
「OKよ。十分すぎるほどのスペースと電源システム、予備発電系統。その他諸装備は全て整備済み。…まさかここまで早いとは思わなかった」
 優春もいつもの表情に戻って、ビジネスライクに返事する。
「目標を持った人類の底力って所ね。まあ、そこまで追い詰められてるとも言えるけど。
 これらは全て、新型のレーザー通信システムとして発注・製作されたことになっているの。アッセンブル(組み立て整備)を含めた処置は主にケヴィン研究所のキュレイスタッフが行うけど、そちらでも信頼できるサポートメンバーを選抜してよね」
 優夏の言葉を受け、優は桑古木に目配せ。
「分かった。元々その手の人材も揃えてあるしな。…質問いいか?」
「ええ、どうぞ」
 桑古木の問い。頷く優夏。
「その程度伝えるためにここまでの手間掛ける訳は無いだろう?隠し事は無しにしようや」
 いつもの顔。しかし、目の底は笑っていない。
「流石よね。なんだか本気で羨ましくなってたわよ、優春。こんなのが貴女の相棒だなんて。
 もう一つの伝言、伝えるわ。
 いずみさんの所用と優春の所用。例のやつ仕込んであるわ。これはまだNUNCPCも知らない。多分、暫くは秘密運用になると思うのよ」
「…だからこの4人か。やっとからくりが読めてきたな」
「…空の出張もそれね?」
 優と桑古木、どうやら事情を飲み込んだらしい。
「うん、そういう事。いずみさん、そちらの準備はどうですか?」
「万事OKよ。十分だと思うわ」
「…流石ですねえ、いずみ教授」
「その呼び方は止めてね。あんまりいい思い出がないから」
 優夏に答えながら、苦笑するいずみ。
「さーて。これで伝言事項は全部。御免ねえ、こればかりは証拠残すわけには行かないのよ」
 行儀悪く頭を掻きながら、優夏は話を締めくくる。
「…最後に興味本位で聞いていいか?」
 桑古木がどうでもいいような口調で訊ねる。
「どーぞどーぞ。聞いて頂戴」
「いったい優夏って何者なんだ?守野のキュレイってだれも知らない存在のはずなんだが。そんな存在が、なんでノアプロジェクトの事にからんでるんだよ」
 桑古木、真正面からズバッと切り込む。
「あっちゃー。やっぱり言わないとダメか。容赦ないなあ。
 私ね、今ある人の秘書やってるの。今回のも只のお使い。実のところ、詳しい部分までは私には関わらせてくれないのよ。過保護というか、心配性というか、そこの所どうなんだかねぇ」
 口調は軽いが、目は真剣。言外に『これ以上は言えない』と言っている。
「まあ、野次馬根性で聞いたのは俺だしな。気にすんな」
 故に桑古木も、あっさりと退いたのであった。


「うーーん。終わった終わったあ。こういう肩の凝る話って、私得意じゃないのよねえ」
 肩を鳴らしながら、優夏は大きく伸びをした。その格好が殊更に胸を強調する。
 更に、
「それじゃ、後はお楽しみって事で。私も仲間に入れてね」
 そのままTシャツとホットパンツを脱ぎ捨ててしまう。下にはビキニスタイルの水着。
 出るところが出ているだけに、優夏にはそういう格好が良く似合っていた。
 思わず視線を向けてしまう桑古木。主に胸とか。
「何気に脈有り?」
 悪戯っぽく笑う優夏を前に、
「…すまん、俺はまだ死にたくない。これ以上優を挑発するのだけは勘弁してくれ」
 横の優をちらっと流し見て、告げる。
「まあ、しょうがないか。泳いでストレス発散といきましょうか、いずみさん?」
「うふふ、そうさせてもらうわね。ごゆっくり、お二人さん」
 そのまま二人、浜辺へ去っていってしまう。
「さて、私は荷物番でいいから。この歳になると、夏の日差しがきつくてねえ」
 守野博士は守野博士で、ビーチパラソルの下に引っ込んでしまった。
 
 そのまま二人、取り残される優と桑古木。流れる気まずい雰囲気。
 そんな時間がいくら続いたか。
「ああっ!もう、こんなの私達らしくないわ。こうなったら泳ぎ倒すわよ。…なにぐずぐずしてるのよ、さっさと来なさい涼権!!!」
「へいへい」
「…手を出しなさいよ。気が利かないわね、相変わらず。こういう時エスコートするのも執事の仕事よ」
「了解いたしました。我侭なお姫様」
 差し出された手をうやうやしく取った桑古木は、そのままその手を引いてこの場を後にする。

「青春だねえ。年齢だの立場だのは関係ないみたいだ」
 そんな姿を後ろから見物しながら、守野博士は呟いたのであった。



 その頃。

「そーれっ!」
 強烈なスパイクが、砂浜に叩きつけられた。相手チームのレシーバーは、反応すら出来ない。
「やったわ、ホクト!」
「いいよ、ユウ。その調子!」
 二人の掛け声に、周りから上がる歓声。
 浜辺で繰り広げられているのは、ご存知ビーチバレー。即席で設えたコートで行われていた草ビーチバレー(草は生えてないが)に、泳ぎに飽きて飛び入り参加したユウとホクトは連戦連勝を重ねていた。
 イメージ的にインドアな優だが、アウトドアスポーツだって十分こなせる。性格的にもアウトドアの方が向いているし。ホクトは言うに及ばない。前衛大好きなユウの性格も、前衛・後衛の別がわりときっちりしているビーチバレーではあまりハンデにならなかった。
 美男美女の取り合わせに羨望や嫉妬の視線もあったが。それ以上に躍動的な動きは周りの人間には好意的に捉えられていて、ギャラリーの殆どが二人のサポーターとなっていた。
 息の合ったコンビプレーに周囲は拍手喝采し、点が入るたびに二人ではしゃぐ姿は一躍二人を「月浜のベストカップル」にしたのであった。
(テニスの屈辱、ここで発散させるわ)
(たまにはいいとこ見せないと。ユウ、結構そういうの厳しいしなあ)
 まあ、二人の内心は置いておく事にしますか。



 PM 0:47 Outdoor All Season Pool attached Thukiya Hotel(月屋ホテル屋外全季節型プール)


「あれ、父さん、母さん。沙羅、何処に行ったか知らない?」
 昼食後。姿が見えない沙羅を探していた彼方。沙羅は見付からないが、両親は見つけることが出来た。そんな息子の問いに
 ふるふる。
 黙って首を横に振る遙。
「どうもこのプールには居ないみたいだぞ?」
 周りを見渡し、首を捻りながら答える誠。
「…そっか。それじゃ、ちょっと月浜の方に行ってみるよ」



 PM 1:00 Thukihama(月浜)


「なんで、マヨが居るわけ?」
 ユウは、至極全うな質問をした。
「仮免許試験でこざるよ、なっきゅ先輩」
 こちらはやる気満々の沙羅。
「仮免許試験?」
 こちらは興味津々のホクト。
「うん。海で25m泳ぎきるの。一味違う沙羅、ちゃんと見ていてね、お兄ちゃん?」
 頬に手を当てて、シナを作ってみせる沙羅。そんな妹に、
「25mって、そんなに急に泳げるようになるのかな?何しろ水泳の授業で5mも泳げた例、無いんだから」
 さらっと過去の事実を暴露するホクト。
「お兄ちゃん、酷い!だけどそれは過去の事。今では25mくらい楽勝なんだから」
 えっへんと微妙な胸を張る沙羅。
「信じられないわ。一体どんな魔法を使ったの?筋金入りのカナヅチだったじゃない、マヨって」
 驚きを隠そうとすらしないユウ、何気に言ってる事の酷さはホクトの比ではない。
「…なっきゅ先輩まで。そこまで言うなら、証拠を見せて進ぜよう」
 すたすたと、海へ向かって歩いていく沙羅。
「ま、待ってよ、沙羅!」
「ちょ、ちょっとマヨ!」
 あわてて声を掛ける二人を尻目に。
「沙羅は自力で泳ぎきってみせますから。お兄ちゃんとなっきゅ先輩はそこでちゃんと見ていてください」
 ぴしゃりと言い捨て、そのまま海の中へと入っていく。
 ご丁寧に遊泳エリアには目印のブイが等間隔に設置されている。これが17m毎。恐らくそのブイの間を往復する気なのだろう。そのまま足の着かないところまで歩いていき、頭を出したままの平泳ぎに移行する。

「あれ?結構速い」
「うん。ちょっと見てくれは悪いけど、ちゃんと泳いでるわ」
 ホクトもユウも、その姿に目を丸くする。
「あれって沙羅じゃない。一体何してるの?」
 そこに保護者登場。優と桑古木が連れ立って海から上がってきた。
「ええっと、マヨが言うには『仮免許試験』だって」 
 ユウが説明する。
「何じゃそりゃ?」
「なんか、海で25m一人で泳ぎきるって言ってた」
 桑古木の質問に、ホクトが答えた。
「へえー。沙羅って全然泳げないって聞いてたけど、泳げるようになったんだ。偉い偉い。…でも、あの泳ぎ方、とても正しい泳法って言えないわよ。一体誰が教えたんだか」
 感心しているのか、けなしているのか。良くわからない優の言葉。
 そんな四人の間に。

 ずざざざっ!
 疾速の弾丸が、飛び込んできた。

「って、彼方。一体どうしたのよ?そんな息せき切って」
 一同を代表して質問する優に
「はあはあ、沙羅、どこに居るか、ぜえぜえ、知らない?」
 切羽詰った様子で問いかける。
「マヨならあそこに居るじゃない」
 ユウが、ブイの間を泳いでいる沙羅を指し示す。
「………」
「…どうしたの、彼方君?」
 険しくなる、彼方の顔。
「簡潔に説明しなさい、彼方。何があったの」
 優の問いに、彼方が真剣な顔で向き直る。
「…沙羅、朝から泳ぎ詰めなんだ。それに、お昼食べてまだ30分くらいしか経っていない」
 優と桑古木の顔が見る見るうちに険しくなってくる。
 訳がわからず、きょとんとしているホクトとユウを尻目に、
「判ったわ、彼方。責任は私が持つから、あの大馬鹿娘を海から引きずりあげて来なさい。涼権はサポート…って言う必要なかったわね」
 彼方と桑古木は、既に全力疾走を開始していた。彼方は沙羅の後を追い、桑古木は大きく回りこむ様に沙羅の進路の先へ向かっていく。
「ホクト、誠と遙を呼んできて!このパスで中に入れるから。ユウはここで待機。万一の時は大声で呼ぶから!」
 言い捨てると同時にパスケースをホクトに放って、優も遠慮の無い疾走で波打ち際に駆けていく。
 訳が分からないものの、只事ではない優の様子にホクトは駆け出し、ユウは心配そうに立ち尽くす。
(よりによって、潮の引き始めの時刻に当たるなんて。お願い、間に合って!!!)
 そんな優の視線の先で、



 突然、沙羅の姿が海面から消えた。



(お兄ちゃんもなっきゅ先輩も酷いんだから。あそこまで言われちゃ、引き返せないよ)
 沙羅は、勢いのまま泳いでいく。
 プールの水より重い海水は、沙羅の体を浮かせてくれた。
 リズム良く寄せては帰す波は、プールにはない不思議な感覚だった。
 そんな心地よい感覚を楽しみながら泳いでいた時。


(あ、足が、つったっ!)
 右足が突然つって、動かなくなった。あわてて左足で砂底を探るが、無情にも底は沙羅の身長よりも深い位置。
(う、あっ…)
 左足の感覚が、突然消える。左足までがつってしまったと気付いたときには、もう遅い。
 それまで心地よい感覚を提供してくれた海は、悪魔となった。
 重い海水は、腕の力だけでは押し出せない。
 プールと違い、海の底は足のずっと下。
 寄せる波は沙羅を翻弄し、岸と逆の方向へと連れ去ろうとする。

       「だから、沙羅。休まないとダメだよ。慣れない運動って疲れるんだから」

       「ご飯の後くらい、休憩したらいいんじゃないかな?」

 そんな声が、フラッシュバックする。
(御免、彼方ちゃん。沙羅が、悪かったよ…だから…)

 一際大きい戻り波が、沙羅を飲み込もうとする間際。
 聞きなれた呼び声を聞いたような記憶を残し、沙羅の意識は漆黒の渦へと沈んでいった。


「沙羅、沙羅ーーーーっ!」
 彼方は、半狂乱になっていた。全力疾走。そして、全力のクロール。比喩では無く、正に陸の上を行くが如き猛スピードで、沙羅に向かって行く。
 そのまま、水中に潜る。
 視界の利かない、引き潮の海中。
(!!!)
 海底でもなく水面でもない場所に漂う沙羅を彼方は見つけた。見えるはずの無い、砂塵が舞う海中で。
 なぜ見えたのか、彼方には分からない。そんな事を考える暇も無い。
 そのまま彼方は沙羅に突進し、力を失った沙羅の体を抱えて水上へと浮上する。
「ぷはっ!」
 水面に顔を出し、息をする彼方。だが、


 腕の中の少女は、息をしようとはしなかった。




「どいてどいてどいてっ!!!」
 沙羅を抱えながら、オリンピックレコードなど目じゃないスピードで岸に泳ぎ着いた彼方の傍に、野次馬を突き飛ばして優が駆けつける。
 手早く沙羅の首を逸らして気道を確保。そのまま胸に耳を当て、心音を聞き取る。
「動いてるけど…弱い。不整脈まで出てる」
 そのまま、心臓マッサージを始める。
「彼方、なにぼさっとしているの!あんたも医者の息子なら、人工呼吸のやり方ぐらい教わってるでしょうが!」
 真っ白になっていた彼方に、容赦のない声が飛ぶ。
「う、うん!」
 頷いてから、もう一度固まる。その行為の意味は…思わず考えかけて。
「後悔だの羞恥だのは後にして!沙羅の命が懸かってるのよ」
 『沙羅の命』
 その言葉が彼方の全ての束縛を、打ち破った。

 マウス・トゥ・マウス式人工呼吸法。優の心臓マッサージに合わせ、冷え切った沙羅の唇に自身のそれを重ねて息を吹き込む。優の顔に浮かぶ汗が、現状を暗に示していた。
 何回繰り返したか、二人とも分かってはいないであろう。無限の時間を過ごしたような、そんな感覚。
 だが、実際は1分にも満たない間。

「ごほっ…ごほっ、ごほっ!」
 沙羅の口から大量の水が吐き出され、そのまま自発呼吸が回復する。
「よし。とりあえずは大丈夫。ユウ、沙羅を拭いてあげないといけないから手伝って。彼方、あなたの役目は終わり。邪魔だから下がりなさい」
 優の言葉に、彼方は秋香菜に場所を譲った。

 桑古木は、月浜を監視していたライフセイバーを物凄い形相で詰問している。そんな桑古木に圧倒された可哀相な男性は、大慌てで無線機を当てて通信をしている。恐らく、医療機関と連絡を取っているのだろう。
 その先に、ホクトに先導されて駆けてくる誠と遙の姿が小さく見えた。
 
 

PM 2:17 Clinic(診療所)


 旧式の時計の針が、カチ・カチと音を立てる。
『診察中』の札が掛けられた病室の前で、皆黙ったまま待つ。
 ここにいるのは、遙、武、つぐみ、優、桑古木、秋香菜、ホクト…そして彼方。あえてくるみとココには詳細を告げず、いずみと守野博士にはルナビーチに戻ってもらっている。誠は診療所の医師と共に病室の中。
 優夏は月浜に残った。おそらく例の海水浴客を使って後始末をしているに違いない。
 皆、当然の如く表情は冴えない。特に、武とつぐみの表情は、蒼白。

 よりによって、最愛の娘の危機に傍に居る事が出来なかった両親。

 他の者たちも、二人に声を掛けることすら出来ない。慰め言を言っても通じない。むしろ傷つけ、更に追い込むだけである。
 そんな重い雰囲気のなか、無限と思える時間が過ぎ、


 ドアがゆっくりと、開いた。


「「!!!」」
 弾かれた様に、皆の面が上がる。
「先生!沙羅は、沙羅は、大丈夫なんですか!!!」
「一体どうなっているんだ?お願いだから、教えてくれ」
 つぐみが、武が、血相を変えて診療所の医師に詰め寄る。そんな二人に、
 医師は、落ち着いた笑みを返した。
「大丈夫。命に別状はありません。処置が早かったから後遺症の恐れもないと思います。じきに目を覚ますでしょう」
 その言葉を聞いた途端、つぐみはへなへなと床にへたり込む。武も、力が抜けたように立ち尽くした。安堵した途端、緊張の糸が切れたのだ。
「石原先生、あなたから説明されたほうが多分安心されるでしょうから。後はお願いします。外来の診察もしなければなりませんので」
 診療所の医師はそう言って一礼し、ゆっくりと診察室へ向かって去っていく。
 病室の入り口には、誠。腕組みをして、壁にもたれかかっている。
「外部所見、バイタルサイン、脳波。全て異常なし。L-MRIによる脳血量測定やヘリカルMRI断層撮影の結果からも、脳には酸欠によるダメージは確認されなかった。体温喪失による低体温症や海水成分の吸収に伴う高カリウム血症・高ナトリウム血症も発症していない。
 と専門家的な説明をしてみたが、平たく言えば『問題なし』という事だ。
 今も単に疲労で眠っているだけで、そのうち目を覚ますだろう。
…優春、そして桑古木くん。あなた達の的確な救命処置があったから、このような報告をすることが出来る。感謝する」
 誠は、そこで表情を緩める。
「というわけだから、辛気臭い表情は無しにしようか。お互い自分を責めたって何も出ない。後は皆、好きに過ごしてくれ。それにこんな大人数で居座られると、診療所の職員に迷惑だろうしな」
 いつもの口調に戻り、誠は話を締めくくった。

「そうだな。それじゃ、俺はもう一度泳ぎ直させて貰うぞ」
 皆の心情を慮り、桑古木が敢えて明るい声で口火を切る。
「…賛成。それじゃ、後のことは頼んだわ。遙はどうするの?」
 優が即座に応じ、遙の方を見る。
「くるみお姉ちゃんの所に行く。心配だから」
 いつもの様に簡潔に答え、遙は玄関へすたすたと歩き始める。
「私達は残る。そうよね、武」
「当然だ」
 言うまでも無いことである。
「…彼方はどうするの。って、聞ける状態じゃないか」
 優は、彼方を見やって微笑する。

 彼方は通路の壁に設えられた長いすに座った状態で、壁にもたれかかり寝息を立てていた。多分、診療所の医師の言葉に緊張の糸が切れたのは、彼も一緒だったのだろう。プールで沙羅の練習に付き合ったり月浜で無茶をしたりで、極限に達していた疲労が出たに違いない。

「じゃ、誠。後はよろしく。私達は行くから」
 つぐみと武に声を掛け、桑古木を伴い玄関へ向かおうとする優に、
「…優、少年。本当に感謝するわ」
「…つぐみ、お願いだからその呼び方は勘弁してくれないか。俺もいい年なんだから」
 つぐみが礼を言い、桑古木が複雑な表情をした。
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「桑古木でいい。『さん』づけなぞされたら、恐怖で心が凍っちまう」
 何かずれた会話。そんな会話の後、桑古木と優は去って行った。



 PM 5:17 The Ward(病室)


 カチッ、カチッ。
 この診療所は、とことん古い物を大切に使っているらしい。病室の掛け時計もまた、カチカチと音を立てる旧式の物だった。ベッドのシーツや寝具は清潔だがベッドそのものはかなり年季が入っている。
 武やつぐみ、誠が座る椅子も旧式なもの。ストッパーは壊れていて、軸を中心にくるくる回ってしまう。そんな椅子。
 そんな病室のベッドの上で、昏々と寝息を立てる沙羅。たまに苦しい表情をしてうわごとを口走る。その度につぐみが傍で沙羅の顔を優しく撫でてやったり、言葉を掛けたり、汗を拭いたりしてやっている。そうすると直ぐに沙羅の表情は穏やかになり、寝息は規則正しいものに戻る。
 そんな妻子の姿を見ながら、武は誠に、気になったことを聞いてみた。
「親としては情けない話だが。優も涼権も、よく沙羅の状態を把握していたな。確かに疲労はしていただろうが、そこまでの状態だと直感できるものではないと思うんだが」
「『転ばぬ先の杖』という奴だろう、武。たまたま今回は心配していた事が起きてしまったが、本来はそこまで心配していなかったと思う。多分、浜で説教して終わりという位に考えていたんだろうな」
「そうか。全く、知らぬは親ばかりなりってことか」
 武は溜息を付く。
「俺達や優春達、そして彼方を信頼して沙羅を託してくれたんだろう?この程度は当然の事。むしろ、こういう事態を防げなくて済まないと思っている」
 申し訳なさそうに頭を下げようとする誠に、
「おい、頼むから止めてくれ。こういう事態を引き起こしたのは沙羅だ。感謝こそすれ、謝られる理由なぞどこにも無い。すまん、気を使わせて」
 武があわてて押しとどめる。
「そう言ってもらえると、気が楽になる」
 その言葉に、誠の顔が緩んだ。
「…それじゃ、ついでにもう一つ聞いていいか?」
「ああ、構わない」
「何で、こんな島にL-MRIがある?あれは、凄く高価な筈だ。ライプリヒ絡みということでいろいろ調べてみた。
 別名『マシーナリードクター(機械医師)』。レントゲン、エコー(超音波透視装置)、ヘリカルMRI(三次元処理表示装置付磁気共鳴式断層撮影装置)といった診断用透視装置、自動採血・分析装置といった生化学検査装置、簡単な処置なら全自動でも可能な自動処置支援システム、更に膨大なデータベースから構成された細菌・ウィルス感染診断システムと病名特定補助・治療計画策定補助システム―――補助と言っても医師団体への配慮で付けられた名称で、実際は90%以上の確率で確定診断や最適治療計画と一致。誤診率は並みの医師の1/4以下と来ている―――の統合パッケージ。オプションでPETに代表される放射性物質使用の診断装置も含む大抵の医療機器の追加や、医療機関の電子カルテシステムとリンクしての個人データとの照合や個別特性を利用した病名診断まで可能とというとんでもないシロモノだ。
 一基最低数億円以上、メンテナンスやデータ更新料といった維持経費で最低年間数百万以上掛かるものの世界中の大病院が競って導入し、ライプリヒ躍進の影の立役者と言われているそんな機械だぞ、こいつは」
 素朴だが、重要な疑問をぶつける武。
「ああ、その事か。あのL-MRIはうちの研究所のお古だよ。維持経費は、うちへのデータ提供協力の見返りとして研究所が負担している。それでもペイできる。あのシステムは運用数が増えるほど一基あたりの維持経費が安くなる上、ウチは『キュレイ指定研究所』だから大幅に割り引きがあるんでね。」
「何、だと…!」
 武の顔が歪む。
「言いたい事は分かる。ライプリヒは君たちにとって許すべからざる諸悪の根源だからな。だが、それで救われた人々も存在する。ライプリヒは消滅したが、こういった成果だけは残った。技術や機械に罪は無い。ただ正しい目的の為に利用する、それだけだ。
 履き違えるなよ、武。出所が汚れているからといって、それのみで全てを否定するな。
 目的が全てを正当化すると考えればライプリヒの二の舞となる。だが取りうる手段を感情のみで否定し救える命を救わないのもまた、同じ事だと俺は考えている」
 生徒に対する教師のように、凛と胸を張って誠は武を諭す。武が眠っている間、多くのクローンを救い続けてきた誠の言葉には万鈞の重みがあった。
「話が逸れた。それにこういった機械こそ、この島に必要なんだ。絶対に」
「何故だ?」
「簡単さ。医師も、スタッフも、機材も足りない。一人の医師があらゆる症例を知り、判断するなど不可能。だが、それを実行しなければならない。手に負えないと判断したら本土の病院に送らなきゃいけない。重症ならなおさら。場合によっては救急ヘリを使わないといけない。すみません誤診でした、じゃ済まないんだよ。だからこそ、あらゆる症例を網羅し、多くの診断装置を内包し、即座に確定診断を下せるこの機械が必要なんだ。
 だが、現実は逆だ。資金力がある大都市の大病院のみ導入され、こういった僻地まではL-MRIは回ってこない。この病室の備品を見ろ、武。とてもそんな高い機械、買う余力は無い。いろいろな名目を付けて、補助金や支援企業を募ってこうやって導入を支援してはいるがまだまだだ。この島は、幸運な例なんだよ」
 誠の言葉には、無力感が漂う。
「俺が浅はかだった。済まない、感情のみで考えてしまって」
 武は、俯いて詫びた。
「気にするな。
 それに最近風向きが変わってきた。こういう僻地や医療後進地域に限定してだが、L-MRIをタダ同然の機械代やメンテナンス料で提供してくれるようになったんだ。当然の見返りとして、診療データは提供する必要があるがね。
 調べてみるといい。そうすれば分かる。何故、『小町法』があそこまであっさり成立したのか。何故第三諸国があそこまで諸手を挙げて賛成したのか…俺が言えるのはそこまでだな。
 という訳でこの話は終わりだ。そろそろ眠り姫が目を覚ます頃だし、俺もウチの馬鹿息子を起こしてくる事にしよう」
 そのまま話を打ち切って、誠は病室から出て行った。


「う、うーん………あれ、ママ?」
 まどろみから目覚めた、沙羅の第一声はこれだった。
「沙羅、起きたの?」
 内心の安堵を押し隠し、つぐみは自然に応じた。
「うん。沙羅、確か海で溺れて…ここは、何処なの?」
 少しパニックになっている沙羅を宥めるように、その頬に手を置きながら、
「診療所の病室。大丈夫、先生は何も問題は無いっていってくれたわ」
 つぐみは答える。
「………お医者さんのいう事は、信用できないもん」
「じゃあ、言い換えるわね。誠が太鼓判を押してくれたわ」
「………それなら、信じるよ。そっか、沙羅、助かったんだ」
 やっと事情を飲み込み、安堵の表情を浮かべた沙羅を前に、
「ええ。それじゃ、後は頼むわよ」
 なぜかつぐみは席を立った。
「え?」
 困惑する沙羅。そんな光景の中で。

「こんの、馬鹿沙羅ーーーーーーーーー!!!」

 病室を揺るがす、傍迷惑な怒声が響き渡る。 
 その大音声に、思わず沙羅は視線を投げかける。その先には、
 

 頭から蒸気を吹き上げんばかりに顔を紅潮させ、目を三角にした彼方の立ち姿があったのである。


「だから、あれだけ言ったじゃないか!ちゃんと休もうって。優さんや桑古木さんが居たから良かったけど、もしそうじゃなかったら沙羅はもうここには居なかったかもしれないんだ。
 皆がどんなに心配したか分かっているの、沙羅?」
 延々と続く彼方のお説教。武とつぐみも、黙って彼方のしたいようにさせている。流石の沙羅もしゅんとして、反論する事なく言われるままになっている。
「という訳で、二度とこんな真似はしない事。分かったよね?」
 30分ほど経って、流石に言い疲れたのか彼方はこう説教を締めくくった。
 普通なら、ここで終わるところなのだが…
「でも、あんな疲れる泳ぎ方を教えた彼方ちゃんも悪いんだよ?」
 あいにく、沙羅は普通じゃなかったようである。
「沙羅、何を言っている!」
 思わず、叱る武。そんな武を、手を挙げて制する彼方。
「武さん。これは僕と沙羅の問題ですから。…そうだよ。ああでもしないと沙羅は泳げないと思ったから。どうやら、間違いだったかもしれないけど。でも、それとこれは別の話。沙羅が無茶しなければこんな事にはならなかったんだから。
 それに、泳ぎを教えた事で謝る相手は他に居るから」
 そのままクルリと180度反転し、
「御免なさい、武さん。御免なさい、つぐみさん。僕が、悪かったんだ。最後まで責任もって沙羅の面倒を見なかった、僕が悪いんだ。
 御免なさい。本当に、御免、なさい…」
 ぽろぽろと涙を流して、何度も何度も、彼方は武とつぐみに謝り続けた。思わず止めようとする武を制止し、つぐみはそのまま彼方の気の済むようにさせた。
 どれくらい、そうしていただろう。頭を下げたまま俯いている彼方に、
「顔を上げなさい。彼方」
 つぐみが歩み寄り、彼方の顎を引いて強引に自分の方へ向かせる。
「…つぐみさん?」
「貴方の言うとおりね。生兵法は、身を滅ぼすわ」
「…はい」
 厳しい口調。力なく頷く彼方。
「おい、つぐみ。それは!」
「武は黙っていて」
 あまりの言葉に思わず仲裁に入ろうとする武を一言で黙らせる。
「…さて彼方。貴方には、罰を与えるわ。いいわね?」
「はい」
 そのまま言葉を繋ぐつぐみと、悄然としたままの彼方。
「正しい泳ぎ方と溺れない心得を、沙羅の骨の髄まで叩き込んであげなさい。罰なんだから、拒否は認めないわ。
 沙羅も、同罪。だから必死で覚えなさい。二度とこんな思い、皆にさせないように。
 生兵法と、半端な責任感は身を滅ぼすの。
 だから沙羅。海を克服したいなら、ちゃんとした泳ぎ方と溺れないための知識を身に着けなさい。たとえ何年掛かろうとも。だから彼方。泳ぎを教える役目を受けたなら、最後まで付き合いなさい。
 二人とも返事は?」
 厳しい顔で、沙羅と彼方を見据えるつぐみ。
「はい、分かりました」
「…ママの命令じゃしょうがないよ。」
 二人とも返事する。沙羅の返事は、相変わらず天邪鬼だが。
「という訳で、びしびし行かせて貰うからね。覚悟してくれるかな?沙羅」
「ちぇっ、借り一つか。沙羅は、この位じゃ負けないからね」
「はいはい、分かったから。悔しかったら、ちゃんと泳いで見せるんだよ」
 いつものような、口の減らない応酬をする二人。


「…そういう事か、つぐみ」
「ええ、そういう事よ、武」
 そんな二人を、微笑ましく見つめる武とつぐみ。



 6日目は、こうやって暮れていった。





 The Last Day
 17 August Sun. 2036 AM 9:17 In The Lodge(ロッジ)


「おい、誠。予備の掃除機、何処にあるか知らないか?」
「ああ、武。それなら外の倉庫だ。遙、済まないが取ってきてくれないか?」
「うん。分かった」

「彼方、沙羅。あなた達は外の掃除」
「ええーっ!凄く暑いじゃないですかあ、優さん」
「なんで、家主の一員の僕がそんな所掃除しないといけないの?」
「シャーラップ!昨日と一昨日の件、忘れたとは言わさないからね?」
「「うっ」」

「さて、私は台所か。武、換気扇外すの手伝って」
「…そこまでやるのか」
「当然よ。7日間も使えば汚れるの。そんな所を手を抜くのは、主婦の恥」
「しょうがねえな。桑古木、掃除機は任せた」
「了解、武。後は頼まれた」

 ごうんごうんごうん。
「それにしても、洗濯物も溜ったものねえ」
「凄い量だね、ユウ」
「しかも柄物の山。洗う方の身になってほしいわ。乾燥機使っても、間に合うのかしら」
「こっちの使えばなんとかなるかも?どうかな」
「男物と一緒に?御免こうむるわ。あと、ホクト」
「何、ユウ?」
「会話にかこつけて、こっちの洗い物を見るんじゃない!」

「うんしょ、うんしょ。おおーい。ココちゃーん。こっちはオッケーだよー!」
「ごめんねくるみさん。お掃除手伝ってもらって」
「ううん、いいんだよ。あ、いずみお姉ちゃん!例の『魔法の洗剤』作って、ね?」
「しょうがないわね。今作って持っていってあげるから、少しだけ待っていて頂戴ね」

 全員総出(流石に守野博士は免除された)でのロッジの大掃除&洗濯物の始末。沙羅も退院し、元気に参加している。そんな訳でロッジの中は喧騒に包まれていた。使用した備え付けの消耗品の補充は、既に昨日済ませてある。
 皆、表情は明るい。いろいろあったが、結果的には楽しかった7日間。各人が様々な収穫があった。
 名残惜しい気持ちはあるものの、住み慣れた街へ戻る安堵感もある。
 そんな中で、皆軽口を叩きながら、テキパキと掃除をしていった。

「ダメ。窓のヘリと棚の上。やり直し」
 最後の仕上げ。恐怖の「つぐみチェック」。専業主婦の目による掃除チェックによって、部屋掃除や担当部署の掃除をやり直す者たち。
「お母さん、私、恥ずかしかったわよ」
「ユウも人の事は言えないじゃないの」
…うん。女の子として恥ずかしいと思うぞ。

「うわ。すごく派手な下着ですねえ。ちょっとサイズ小さいけど」
「同じようなデザインでも、こっちはずっとふくよかなのにねえ」
「多分、パパの好みなのでござろう。ママの基準って、全部パパだから。下着売り場に連れて行かれるときのパパの顔といったらもう」
「ほう?なるほどなるほど。ということは、沙羅の下着はこれとこれ…ふうん。ホクトってこういうのが好みなんだ」
「…油断した。わが身の不覚であった」
「そう、いかなる時も予想外の事は起こるもの」
「…沙羅、ユウ。後で来なさい」
「お母さん、大人気ないなあ。だったら持ってこなけりゃいいのに」
「まあ、誰にも見栄というものはあるでござろうし」
「無駄口を叩く暇があるのなら、さっさと仕分けしなさい」
「「「はい………」」」
(全てがパーフェクトのママ(つぐみ)に言われても…でも言ったら後が怖いし)

「「ハックション!」」
 武とホクト、同時にくしゃみ。
「案外、隣で噂されてるんじゃないか?」
 悪戯っぽく笑う桑古木。
(き、気になる…)
 爆弾発言に青くなりつつ、洗濯物を仕分ける二人であった。


 PM 0:00 Luner Beach(ルナビーチ)


「それじゃあ、ココは残るのね」
「うん。アルバイトだけど、ココは正式なこのお店の従業員さんだから」
 つぐみの問いかけに、満面の笑みを浮かべるココ。
「それじゃ、店員さん。オーダー、お願いするわ」
「それでは皆さん、ご注文の品は決まりましたでしょうか」

 採算度外視で並んだ、料理の数々。
「こんなに一杯。採算取れねえんじゃねえの?」
 同じ事を考えた桑古木。
「採算度外視じゃないわ。定価で優春が払ってくれるから」
「いずみさ〜ん」
 冷たいいずみの言葉に、思わず泣きが入る優。
「ふふふ、冗談。家族割引にしてあげるわよ」
「あ、ありがと〜、いずみさ〜ん」

「さて、それでは、再会を願いまして…かんぱーい!」
 優の音頭に合わせて、
「かんぱーーーーい!」
 ジンジャエールとビールの入ったグラスが一斉に掲げられ、元気な声が唱和された。

 別れを惜しむのではなく、再会を願って。
 優の人生を象徴した、乾杯の音頭だった。



 PM 2:17 Portside of JetFoil arrival(高速船船着場)


 …そして、島を去る時がやってきた。
「御免なさい、いずみさん。お土産まで貰って」
「ふふふ。いいのよ」
 お土産は、二つ一組の鈴。この島の神社のご神体を模したものだという。
 つぐみと武。ユウとホクト。優と桑古木。沙羅と彼方。それぞれの対はこの四対のペアに一つずつ分かたれた。
「何で、沙羅と彼方ちゃんが一対なのよ!」
「嫌なら、捨ててもいいんだけど」
「しょうがない。折角だから、貰っとくよ。感謝しなさい、彼方ちゃん」
 そういう見慣れたやり取り。

 既に高速船は入港している。最終寄港地ではないので停泊時間はごく僅か。
 ジェットフォイルの形式上、甲板に立って別れを惜しむ事すら許されない。
「…それじゃ、茂蔵おじちゃん、誠、遙、いずみさん、くるみちゃん、ココ。私達、帰るからね」
 万感を胸に、優が全員を代表し、告げる。
「良い旅路を。何、直ぐに会えるさ」
「また今度。今度は家族でそちらにお邪魔するから」
「彼方を、宜しく」
「また今度ね。今日の料理のレシピ、荷物に入れといたから。参考にしてね」
「まったね〜。今度はくるみが遊びにいくからねー」
「夏休みが終わったら帰るから。空さんに宜しく言ってね〜」
 各々の見送りの言葉に背を押され。
「いい家族旅行が出来た。一生の思い出にさせて貰う」
「感謝するわ。皆、有難う」
「とっても楽しかったよ。また今度、来るからね」
「なんか水難だったような気もするけど。でも、また来たいな」
「…今度は、私用で来たいもんだ」
「なんだか、久しぶりにホクトに甘えられてすっきりしたわ。旅行って、いいわね」
「父さん、母さん。次の休みには帰ってくるから。それまで我慢して」
 各々、後ろ髪を引かれ。
「有難う。…さあ、帰るわよ、愛しの我が家へ!」
 優が未練を断ち切るように宣言し、全員タラップを上っていく。

 6人が見守る中。昇降ドアが閉じられる。
ジェットフォイルは岸壁を離れていき、そのままゆっくりと後進する。そして回頭。ジェットファンエンジンを全開し、浮上に向け全速加速していく。



 そうやって、8人は島を離れ、7日間の非日常は幕を閉じた。



 PM 2:22 Observactory Park(展望台公園)


 展望公園から、ジェットフォイルが港を滑り出て行く様子が見える。港湾口を出る時点で浮上完了しているから、既に時速60kmは超えているだろう。

「ねえ、これで良かったのよね?」
 そんな様子を格子に寄りかかって眺めていた、一人の女性がぽつりと虚空に語りかける。

「ああ。正直、僕が出て行くには早いんだろ?所詮僕は三枚目だしさあ。こういう立ち位置が一番似合ってるよ」
「当たってるじゃない。二人の前で、正直に言えばいいのよ」
 どこか軽薄な感じのする男としては高めの声と、硬質の冷たく言い捨てる声。彼女の背後、2mほど後ろ。
「それだけはイヤだ。負けだけは認めたくない」
「…意地っ張り。まあ、そういう所は嫌いじゃないんだけど。でもね」
 ぎゅうううう!風に乗って聞こえてくる力まかせにつねる音。
「痛っつてえ!何するんだ、君は!」
「そういう事は、妻の前では言わない事よ。私がすごく哀れに聞こえるじゃない」

 背後の様子にくすくす笑う女性。
 そのまま、振り向いてその二人に歩み寄っていく。

「で、どうだったのかなあ、首尾は?」
「言われたとおりにしたわよ。そっちの方は大丈夫」
「…わざわざ言葉にするという事は、あっちの方は問題なんだな」
 軽薄な口調が、瞬時に重厚な声に変貌する。同じ声なのに、圧迫感が段違い。
「うん。予想以上だった。正直、あんまり時間は残ってないかもしれないわ」
「誠に、話はしたの?」
「ええ。彼も焦ってるみたい。『正直もう少し時間が欲しい所だが。尻に火がついてきたから悠長な事は言っていられないかもな』って」
「…こればかりは、僕でも手が打てない。悔しいが誠だけが頼りだ。遙に選ばれた価値、ここで見せてもらうしかないな」
「それでも、やるしかないんでしょう?」
「ああ。『人事を尽くして天命を待つ』事にする。昔は大嫌いな言葉だったが、今はそういう心境だ」
「まあ、心配はしていないけどね。何しろ、5人に選ばれた男なんだから」
「言ってくれるよな、全く。だが、同感だ。
 主役は誠に任せて、僕は僕の仕事をする。後で後悔するのはイヤだし、何よりも」



「「「バッドエンドは、もういらない」」」



 重なった三人の声が、潮風に乗りどこまでも流されていった。



                                    ― To Be Continue Next Story ―

 後  書

 お、終わったあ―――。容量を確認してみると…おお、この4回で約250KBもあるぞ。
 基本的に、今までは「ある一日」をテーマで書いていましたから(まあ「ファッションショー」も事実上は結婚式の日を書いてた訳だし)。あまりの分量に、よくもまあ書いたな私というのが実感です。事実上、10話分くらいの労力掛かってます。世の中の物書きさんって凄いなあ。尊敬してしまう、あんくんです。

 この6〜7日目と、5日目は難産でした。5日目の最後は全面的に書き換えましたし(バーベキューは6日目の予定でした)、6日目の沙羅の溺れるエピソードは実に3回全面的に書き直しました。(どんどん修羅場になっていくんで参った。これでも考えていた中で一番おとなしい形に収まりました)
 出てきた人数は…やった。きっちり17人。さあ、皆様数えてみましょう。(まあ、皆さんN7もE17もコンプリートしているでしょうし。ここまで言い切っちゃっても問題ないと思います)

 次回は久しぶりに幕間やります。もしかしたら公式設定と違うかもしれませんが、その時は笑って突っ込んでやってください(笑)

 さて、ここから先は蛇足です。

 L-MRIの話。もし、『E17の世界から何でも一つだけ持ち出していい』と言われたら、迷わず私はこれを選びます。
 仕事柄、私は離島の医療機関の先生方を数名、存じ上げております。そんな先生方が異口同音に仰るのが『医者がいない』『看護婦がいない』『先端医療機器が買えないし、操作できる人がいない』という悩みです。
 そんな先生方の忙しさ、これまたハンパじゃありません。お産と、帝王切開と、事故の緊急手術と、交通事故の整復手術に心筋梗塞の緊急開胸手術に、子供の手術。これら全部同じ医師の方が執刀せざるを得ない。その上昼間は外来診療をこなし、内科的投薬や入院患者の治療計画を立案しているんです。信じられます?
 大体のTVで放映される医療救急特番は大都市の救急センターが殆ど。確かに非常に大変な仕事ですが、はっきり言ってあれですらまだマシなほうです。少なくとも、ドクター・コメディカル(看護婦などの医療補助者)・医療設備の三つは整っていますから。小さな離島では、急病の重篤患者を救う事すら出来ないのが現状なんですよ。
 そういう訳で、絶対必要なエピソードではありませんがあえてL-MRIのエピソードを入れました。せめてこの世界だけでも、そういう地域の人々や医療関係者に優しい世界であってほしいという願いを込めて。
 ついでに伏線張ったのは、まあ、作者の趣味です。

 最後に、ここまで読んで頂き誠に有難うございました。

2006年5月15日 あんくん。


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