2036年9月21日(月祝) 10時00分  倉成家リビングルーム



 この日の倉成家リビングルームは、人口過密状態にあった。

 家族の構成員4名及び、優、桑古木、誠、遙、いずみがこの部屋に集結。椅子が不足するため、隣のダイニングルームから椅子を持ってくる必要があった。

 いずみがこの部屋に到着したのが、10分ほど前。

 来客用ソファには、誠と遙、そしていずみ。向かいのソファには武とつぐみ。一人用の小型ソファータイプの椅子を二つ持ち出して、ホクトと沙羅が両親を挟む配置で座っている。
 ダイニングから持ち出した椅子には、優と桑古木。こちらは誠たちを挟む形で位置を取った。


「…社交辞令は、不要よ。あなた達が大挙して来る以上、重大な要件があるんでしょうから」

 つぐみが、口火を切った。

「…承知だ。こっちも社交辞令など考えるほどの精神的余裕が無い。長い話になるしな」

 誠が、受ける。

「上等だ。…沙羅の事、だな。
 沙羅が倒れた件と今日の事、無関係と考えるほうが無理だ。一体、何だって言うんだよ?」

 武が表情を消している。常に直情的な武であるが故に、その表情はかえって不気味さを醸し出していた。

「…沙羅だけで済めば良かったんだがな。はっきり言って、それじゃ済まないようだ」

「「「「!!!」」」」

 誠の言葉に、家族4人の表情にさざなみが走る。特に、名指しされた沙羅の表情は、不安に彩られている。

「最初に言っておく。最初に悲報を、次に希望を話すぞ。そのつもりで聞いてくれ。…絶対に、心を折るんじゃないぞ」
 この言葉そのものが、これから語られる話の内容そのものを暗示していた。





未来へ続く夢の道
−本編17 Cure Cure−

                              あんくん




「覚悟は出来ている、なんて甘い言葉は吐くつもりは無いけれど…悲報は、早く聞くに越した事はないわ。手遅れになる前に」
 気丈なのか、虚仮脅しか。能面の表情のまま、つぐみが先を促す。


「なら、言わせて貰う。今のまま何も手を打たなければ、貴女達の子供たちは、22歳になることなく、命を落とす…まともに身体が動く時期は、よくて1年程度だろう」
 単刀直入。修辞も配慮も無く、ずばりと誠は真実を言い切った。


「…そ、そんな、馬鹿な…」
 武の身体が、後ろに傾ぐ。
「…武、逃げたら、駄目」
 そんな夫の体を、片手で支えるつぐみ。だが、全身に細かい震えが走っている。
「…やっぱり、そうなんだ。…少しずつ、体に力が入らなくなってきていたのは、そういう事だったんだね」
 全てを悟ったような、沙羅の声。
「えっと、何、言っているの?」
 脳が、言葉を拒否したのか。ホクトは、全く理解できないという風に尋ね返した。


「説明しなさい。私達には、聞く権利があるわ」
 つぐみの口から漏れる、かすれ声。
「そう、あなた達には、聞く権利がある。全てを話すわ、私の…」
「優。その役目は、俺のものだ。ホクトへの説明、まだ終わらせていない」
 優の言葉を、桑古木が遮る。
「桑古木さん…説明って、去年のあの時の話?」
 棒読み。心ここにあらずという風体で、ホクトが聞く。
「ああ。時間切れでいえなかった、最後の言葉さ…『過剰適応』。キュレイウィルスってのは、キュレイ種の為だけの存在。サピエンス・キュレイなどどうでもいいって存在なんだよ…」



 この悲痛な言葉から、辛い説明が始まった。





「先天遺伝性の多発性ガン…治るの?」
 つぐみの、かすかな希望を乗せた言葉。だが、応えは…
「医学的には、完治できない。今まで、サピエンスキュレイが25歳の誕生日を迎えた事例はない」
 誠が、無慈悲に言い切った。
「…おい、さっき言った事は、嘘か?
 言っただろうが、『最初に悲報を、次に希望を』と」
 武の言葉に、怒気が籠もる。

「ああ、言ったさ。だからこそ、悲報の部分を最後まで言わなきゃいけないんだ。
…現状でも可能性があるだの、もしかしたら治るかもしれないだの。そんな甘っちょろい考えじゃ困るんだ」
 誠の言葉は、氷柱のそれに変わる。冷徹な、医師の言葉。

「俺なんかより、数段優れたキュレイの医師たちがよってたかって現代医療の粋を尽くして治療を試みたが、結果は医療費の無駄遣い。対症療法しか出来ず、結果的に子供達が苦しむ期間を僅かに長くしただけだ。
 だから、最初に言っておく。座して奇跡を待つなんてこと考えてるんだったら、結末は…先達と一緒になる。
 あんたもあんたの奥さんも、奇跡で生き永らえたクチだからな。心の奥底、この子達も俺たちの様に…って甘い考えが僅かに残っているだろう。違うか?」
「…くっ」
 武が、ぎりぎりと奥歯を噛み締める。
「不思議なものでな、こういう場面では『自分だけは』って考えが浮かんでくるのさ。そして、それに縋る。そうやって目前から目を逸らし…何もしないものなんだ。
 こいつは人間が皆持っている自己防衛本能。悪い事ではないが…今回は、こいつをまとめて捨ててもらわないと、困るのさ。

 まず『現状では、医学的に100%助からない』という事実を受け入れろ。100%ではないだの、可能性は0%ではないなどといったかすかな希望も、まず捨ててもらうぞ。

 とくに坊や達はな。武やつぐみは死線を越えているから、まだやりようを心得ているだろうが。君達はそうはいくまい」
 そう言って、視線を沙羅とホクトに投げる、両端に居るから、交互に視線を投げる形になる。
「…沙羅、死んじゃうんだ。そうなんだ、誠さん。そうなんだよね」
「ああ」
 真っ青な沙羅の言葉に、簡潔な、そして救いの要素が一切無い応えを返す。
「僕も、そうなの?大学卒業、できないの?」
「…飛び級すれば可能だろうが。だが、死神からは、逃げられない。…意外だ。君は素直だと思っていたが、意外とこういう時足掻くんだな」
「僕は、諦めるのが大嫌いだから。少なくとも、生きる事だけは」
「…そうか。ならばこそ、認めろ。『今のままでは、死ぬ』とな。根拠の無い自信ほど、こういう時害になるものはない。諦めないのと、認めないのは別物だ。
 事実を認めない為に足掻いたところで、現実は変わらん。足掻くなら、現実を変えるために足掻け」
 ホクトの逃げ道を無慈悲に封鎖していく。
「だけど、希望はあるんでしょ?だったら…」
 更にホクトが言い募ろうとした時

「…いい加減にしろ、ホクト」
「え、お父さん?」
 意外な人物が、制止した。
「誰かが助けてくれる。お前の希望ってのは、それなんじゃねえのか。違うか?ホクト」
「!」
「誠が俺達4人に言っているのは、そんな事じゃねえ。甘い希望も、ご都合主義な奇跡も全部否定しつくして…その上で尚絶望の中であってさえ、生きるために自分が足掻けるかって聞いているんだ。
 向こうから救いの手が来るなんて事を一切考えず、自力で生きる道を求められるか。
 今のホクトは逃げているだけだ。そんな状況で希望を話しても、実現しない…違うか、誠」
 厳しい表情で、誠に言葉を返す武。

「…ああ。その通りだ。だから、今のホクトと沙羅には、まだ希望は話せない。
 沙羅。死を目前にして、それを悄然と受け入れるな。自身の力だけを頼って彼方に突っかかるいつもの気概は何処へ行った?
 ホクト。他人とつながり、他人に頼るのは悪い事ではないが。それを最初から期待値に入れるのは愚か者のすることだ。最後は、自分しか頼れないんだぞ?」

「「………」」
 ホクトと沙羅。言葉を失い、俯く。

「誠。一時間頂戴。
 ホクト、沙羅。一時間あげる。一人になって、考えて」
 意外な言葉が、遙の口からこぼれる。
「…分かったわ。ホクト、沙羅。部屋に戻りなさい。
 じっくり考えて、答えを出すのよ」
 つぐみの言葉に背を押され。

 とぼとぼと、二人は自室へ引き上げたのであった。





「正直、言いすぎじゃねえのか?」
 二人が去った後。桑古木が、心配そうな顔をする。珍しい光景。
「あの程度の覚悟で救われるんだったら、今頃世界は滅びてる。…人口爆発でな。
 死神に三行半突きつけた所で、はいそうですと引く相手じゃない。だからこそ、死神が尻尾巻くような覚悟を持ってもらわなきゃ、成功するものも成功しない。
 希望とは、希に望めるもの。だからこそ、実現するには不可能を可能にするだけの気概と努力が必要なんだ。何度も何度も絶望が訪れる。そんな時に途中で折れるような甘っちょろい存在なら、試すだけ労力と時間の無駄だ」
 ここで言葉を一端切った誠は。


 にやりと、笑った。


「第一、武とつぐみの子供達だ。この程度で折れるなんぞと思っちゃいない。ただ、覚悟の決め方を知らないだけだ。…これだけは、自分で見つけないといけない。俺達が出来るのは、ヒントを与え、誘導する事だけだ。
 並みの子供にこんな手は使わない。
 信じて待ってやってくれ。あの二人を、な?」

「当然。武の子供だから。だから、信じるわ」
「つぐみの子供だ。この程度、乗り越えて見せるだろうさ」
 両親の目にあるのは、澄んだ光。

「…さて、前もって種明かしだけはしておこう。…いずみさん、理由だけ説明してもらえませんか?」
 誠が、いずみに話を振った。
「こういう場合、希望を持たせるにあたってはネガティブな要素は織り込んだらダメなの。だから、話すなら手段と結論だけ。そこに至る過程は、二人は知らなくてもいいわね。
 そこを知って影に日向にサポートするのが、私達大人だと思うのよ」
 いずみの簡潔な説明。道理に適った言葉。

「…異論は無いみたいだな。それじゃ、説明してやる」

 誠は、やおら紙とペンを取り出し、すらすらとアルファベットを並べていく。


                  『Cure Cure』


  紙片には、同じ単語が二つ、記されていた。…自分たちを示す、馴染みある単語が二つ。

「さて、こいつをなんと読む?」

 再びにやりと笑い、誠は皆に問うた。


「…キュレイ、だよな、この読みは」
 真っ先に武が発言する。
「まあ、そうだ。武の言うとおりなら、『キュレイ・アンド・キュレイ』―二つのキュレイという読みになるか」
 誠が、あっさりと返答する。

「『キュア』とも読めるわね。…本来のキュレイの語源はこっちだったし」
 つぐみが、別の解釈をする。
「それも、一理だ。『キュア・アンド・キュア』―二つの治癒という意味になるか」
 これまた、あっさりと誠が返答する。

「!…そういう事なのね。『キュア』と『キュレイ』の組み合わせで、答えが出来る。違うの、誠?」
「流石は優春。そういうことだ。そこまでわかっているのなら、種を明かしてくれ」
 優の言葉に、誠の顔に笑顔が現われる。
「『キュア・キュレイ』―キュレイを、治療する。『キュレイ・キュア』―キュレイで、治療する。

 誠、あんたとんでもない手段考えたものね。だけど、さまざまな矛盾。解消できるの?」

 分かるような、分からないような。そんな禅問答のような優の言葉。

「ああ、出来るとも。
 世界一のキュレイの医者に出来なくて、落ちこぼれ上がりの並の医師の俺だけが出来る。そんなたった一つの方法だ。
 …だが、こいつを説明する前に。少しだけ、昔話を聞いてくれ」









       2020年8月。


「それじゃ、申し訳ないけど。先に休ませてもらいます」
 優春が、寝息を立てている優秋を抱きかかえて、L-MRI室から出て行った。
 もはや、彼女に語るべき事も語ってもらうべき事も残っていない。そう義親父が判断した結果だ。

 俺と同い年の女の子が、娘を守りながら巨大な敵―直接的には聞くことはなかったものの、内容から相手くらい想像できる―に挑む。細い肩に、色々なものを背負って。
 如何に苦しい戦いになるかなど、想像もつかない。多分、俺が想像する一番最悪の展開を、遥かに超えるものなのだろう。
 義親父は言った。「優ちゃんは、血は繋がっていないが4番目の娘だ」と。そうなれば、俺にとっては義理の妹。
 力になれるものなら、力になりたい。…だけど、俺には何の力もない。遙の力にすら、未だなることすら出来ていない。



 2019年4月。合宿帰還後、最初に遙が行ったのが医学部への3年次転入申請と、守野家の養女となる事だった。

 わずか1年にして3年次へ飛び級した遙だが、その過程も飛び抜けていた。
 全単位の9割以上が、特別試験によるもの。当然の様に取得単位は全て優評価。
 この時代においては、飛び級も多学科重複履修も未だ発展途上。そんな状況でこの結果は驚嘆に値した。
 すでに、単位数だけなら、卒業資格を満たせる。もっとも、専門単位が足りないから卒業は無理だが。

 そんな彼女の申請に対し、大学の医学部の学部長は大歓迎の意向を示した。世界に冠たる遺伝子学の権威である守野博士が請うて養女にした俊英。実績も十二分。
 かくして、特例として樋口遙は医学部の3年生となった。

 その際に、遙は無理を言って守野博士に一つのお願いをし、博士はそれを大学に受理させた。

…俺の1年間の修学休学と、来年度の医学部への3年次転入試験の受験資格付与の受理である。俺の成績は、辛うじて3年に上がれる程度のもの。本来、そんな俺など大学が歯牙に掛けるはずもない。
 そんな俺の事を、守野博士は笑ってこう言ったそうだ。
「この私と、ウチの娘たちがそろって推す存在だ。
 特例で認めてやってくれないか。ダメならダメでも、この大学に傷が付く訳でもあるまいし。メリットを取ってくれないかね」
 この言葉に、教授連中も納得したという。

…修学休学。主に同じ大学の他学部への転学を希望する者に対する非常に特殊な制度である。
 
 休学であるが、講義には出席できるし学費の納入義務も消えない。だが、一切単位は取得できない。
 最大の特徴は、他学部の講義にも聴講生として参加できること。あくまで聴講生で、講義への介入は一切出来ない。それでも、進学したい学科の授業内容や講義を聴くことだけは出来る。
 だが、その性格上簡単には許可されない。落ちこぼれや、就職状況が厳しい学生の逃げ道にされない為である。
 まず、他学部への編入試験を強制される。休学申請時に、どの学部を受験するかも同時に申請する。申請した学部の中のどの学科を受験するかは自由に選択できるが、学部は絶対に変更できない。
 また、この編入試験に失敗した場合、自動的に前の一年は休学ではなく留年に切り替わる。丸々一年、単位ゼロ扱いになるわけだ。
 早い話、一年間の受験勉強を認める代わり、失敗したら全てが水の泡になる仕組み。
 最初から背水の陣。故に、よほどの自信乃至転科の希望がない限りはこの制度を利用するものは少ない。…ある学部を除いて。

 そう。医学部。最高の俊英が集う、エリート学部。
 何年も浪人して医学部に入るより、取り敢えず教養学部を2年経験してから編入試験を受け、ダメならこの修学休学を狙うという輩が後を絶たなかった。最低三年間の受験勉強と二回の受験チャンスを手に入れようという訳である。…残念な事に、その先に踏み込む愚かな存在も後を絶たなかった。
 幾つかの不正事例が摘発された事を受け、医学部への3年次編入試験と修学休学制度は段違いに厳しくなった。
 試験の難易度が飛躍的に上がり、同時に3年次編入試験は事実上一発勝負になった。…医学部転入の修学休学条件に『留年履歴のないこと』『過去に3年次編入試験を受験していない事』が加わったのだ。
 これにより、この制度目的で他の学科に入ろうとする輩は殆どいなくなったものの、逆に、本当の意味で別の道から医師への道を目指しなおす者にとっては、より茨の道になったのである。


…俺の2019年度は、文字通り血反吐を吐くような一年となった。
 遙といずみさん、くるみの主張により守野家に下宿する形になった俺は、朝から晩まで、聴講と勉強の日々に明け暮れた。いずみさんと遙、場合によっては守野博士自らが教鞭を取り、俺を指導してくれた。
 一般教養については優夏が、経済科目については沙紀が教えてくれることもあった。
―正直、罪悪感にまみれた一年でもあった。医師を目指すという意思表示そのものが、俺が誰を選ぶかを示しているようなものだったから。
 守野家にも迷惑をかけた。守野博士とその娘たちは、一方的に大学側に借りを作ってまで俺の未来を開こうとしてくれたのだ。もし俺が落ちれば、大学側から対価を求められるだろう。受かったところで、得をするのは大学だけだ。
 絶対負けられない立場。生まれて初めて経験する立場にあって、俺はただ前に進み続けた。


2020年3月29日。合格通知が俺の元に届く。
それに添えられた、大学学長の私信。俺と守野博士へ当てたもの。
『読了後、即焼却すること』と冒頭に書かれた書簡には、俺の合格のいきさつが克明に記されていた。

 合格判定の教授会。その時に告げられた、俺の受験結果。
 前に述べた理由により、医学部の3年次編入試験受験者は極端に少なくなった。事実、この年度は俺一人だった。

 結果は…合格水準にわずか1点足りず、不合格。

 その言葉を受けて、俺の所属していた教養学部長と学長が、ある書類を示したそうだ。
 教育学部長が示したのが、俺の教養学部での成績。はっきり言って、自慢にもなんにもならない、典型的な「落ちこぼれ」の成績だ。
 学長が示したのが、俺が大学に入るときの内申書。…これまた、この大学に受かる最低限といって差し支えないもの。

「誠に失礼だが、医学部長。君の学部で、入学時の成績順位に対し卒業時の成績順位が飛躍的に上がった学生はいない。これは、成績評定で明らかだ。…違うかね」
「元々が高水準ですから。そのような表現は心外です」
…白亜の塔。自身の非を認めることはマイナス。故に、医学部長の言葉は冷たかった。
「じゃあ、こちらも一般論で行こう。この編入試験の点数は、医学部入学試験のどの水準に達する?」
「…上位十指に入るでしょう。あくまで、高校生レベルであれば」
「じゃあ、現状ではどうだ?公平に言いたまえ」
「…上位レベルです。ですが、高校時代に入試を突破した学生に対して、編入を容易に認めるのは公正さを欠くと思いますが」

「ならば聞こう。たった一年で、君はこのおちこぼれを今の水準に引き上げられるかね。無理だろう?
 非礼を承知で言えば、ウチの大学の医学部の医師国家試験合格率は、ここ数年低下し続けている。一部の理事からは、君の罷免要求すら出始めているんだ。…知らないとは言わせない」
「…何の事か、分かりませんな」
「それならそれでいいさ。文字通りの落ちこぼれが、努力で這い上がってきた。…美談だろう?ついでに言えば、そういう存在をエリートがどう見るかも重々分かっているだろう。
 そんな中でこの男が抜群の成績を収めたら、どうなるね?君も言っただろう。『上位レベル』と。
 ぬるま湯に浸りエリート意識で凝り固まって、時として教授すら軽視する連中。そいつらへのカンフル剤とするも良し、ガス抜きのはけ口として利用するも良し。どっちにしても君の損にならないと思うが」

 この言葉が、決定的だった。
 医学部長は表面上渋々と、俺の合格扱いを認めたそうだ。
 心の中では、狂喜していたことだろう。どのようにでも使える手駒が出来たのだから。医学部学生の不平不満のはけ口として使い捨てにしても良し、美談として祭り上げてエリートの対抗心を煽っても良し。優遇して守野家への貸しにしても良し。
 どうせ1点差。内情が暴露されても、問題にはならないだろうから。

 それに、この書簡の目的自体、学長が守野博士へ貸しを作るためのものだ。大学の上層部なんて、こんな論理で動いている。
…そんな事は、俺にはどうでも構わない。茨の道など、最初から覚悟していた事だったから。

 

 2020年4月1日。俺は、決断を5人の女神に告げた。

「俺は、樋口遙を伴侶に選ぶ。いずみさん、くるみ、沙紀、優夏、ご免な。…遙は、それでいいんだよな」

「うん。誠は、私の全て。誠の未来を貰う代わりに、私の未来をあげる。御免、億彦」



「遙ちゃ〜ん!それってあんまり…」
…やっぱり、億彦は億彦だった。
「だまらっしゃい、億彦。あんたのやっていた事は、表面の気を惹く事だけよ。誠は自分の未来まで遙の為に一点賭けして、不可能を可能にして見せた。
 ここまでされて、遙があんたを選ぶなんて言い出したらそれこそ喜劇にもならないわ」
 一撃必殺。沙紀が文字通り億彦を瞬殺する。
「それに…そうでも思わないと、私達が惨めじゃないの!捨てられた私達がっ!!!
 私じゃ、私達じゃ…姦計や権力使って誠を手に入れたって、好きだった誠のままじゃ手に入れられない…だからせめて、好きだった頃の誠でいて欲しいから…諦める、いや諦められるよう努力しようって決めたのに…うぐっ…えぐっ…」

 次から次へとあふれ出す涙。
 あの意地っ張りの沙紀が、子供のように、泣いていた。

「沙紀…」
「誠、とっとと守野博士と樋口さんの所に行きなさい。…これ以上私達の前に居たら、殴り飛ばすからね!!!」

 沙紀を庇うように、顔をぐしゃぐしゃにした優夏が立ちはだかる。
 刺し貫くような二対の視線を、別の場所からも感じる。

 この場に居る資格を失った俺と遙は、去るしかなかった。



 元々医学部への転入を言い出した時点で、俺と実家は絶縁状態になった。遙は、多分俺の両親からは悪女の典型みたいに見られていることだろう。
 故に、決断を告げる相手は守野夫妻と樋口夫妻。遙の実の両親と、育ての両親だけだった。

 結果は…その日の内に婚約が整えられ、俺と遙は婚約者となった。

 4月の新学期の学部オリエンテーション。飛び級で5年生になっていた遙は俺の医学部への初登学に無理やり付いて来た上で、医学部の3年生全員を前にしてこう言い放った。
「誠は、私の為にここに居るの。…私の誠の邪魔をしたら、全力で仕返ししてあげる」
 令名高き医学部最強の天才相手に、反抗する気概の有る者は居らず。

 医学部長の思惑は、初日にして潰えたのである。



 それからは、修復の毎日。ずたずたに俺が引き裂いた、仲間の絆の繕いと贖罪の日々。

 その甲斐もあり、俺と他の4人との関係は、なんとか友達以上、恋人未満の状態まで回復した。勿論、俺がそう思っているだけかもしれないが。
 億彦とも、悪友の関係のレベルまでは関係を修復することができた。…俺の為というより、遙の為だという事が態度の節々にあからさまに見えていたが。

 そして迎えた夏休み。平穏な日々に安住し始めたその時を狙い済まして。

 

                   俺の元に絶望的な状況が出現した。



「誠。ま・こ・と?」

 遙の呼びかけが、俺を回想の深遠から現実世界へと引きずりあげた。
「どうした、遙?」
「父さんが、みんなに話があるって。所長室に集まるようにって言ってた」
 困ったような表情で、遙が説明してくれる。
「優春は?」
「寝かせておいてあげなさいって」
「…そうか」
 こういう時は、遙のような簡潔な言葉の方がありがたい。
 ゆっくりと扉に向かって歩き出そうとする俺に。

「大丈夫。誠は、独りじゃないから」

 そう言って、遙が俺の手を、ぎゅっと握った。





「さて、今から残念な事を言わなければならない」
 冒頭。真剣な表情で義親父が口火を切る。
「さっきの説明だが。
 あれは優ちゃん向けのものだ。まだ、言っていない事実がある」

 俺も含めて全員の顔が、蒼ざめた。恐らくキュレイに最も詳しいはずの優春に言わなかった事実。碌でもない事実である事は確定的だ。

「先ほど言った。『他のみんなは似たり寄ったり』と。これは嘘だ。
 たった一人だけだが、全く違う結果を示した人間が居る。
 
 その一人の体内においては、全身くまなくP2が存在する。P1が存在するのは、血管内と、肝臓…循環と解毒分解を司る器官だけだ。この意味、さっきの説明を聞いた皆なら分かるだろう?」




 完全な静寂。




「『パーフェクト・キュレイ』ですよね、お父さん」
 いずみさんが、破滅的な一言を言う役目を引き受けた。
「当たりでもあり、外れでもある。…パーフェクトキュレイであることは間違いない。全身キュレイ細胞であるが故P2が全身を覆いつくし、P1は行き場がない故、血液やリンパ液に押し出されて肝臓で解毒分解される。
 だが優ちゃんの話だと、パーフェクトキュレイになるには最低5年掛かるそうだ。
『永遠の7日間』が君たち7人のキュレイ化の原因だとすれば、あまりに早すぎる事になる」

 全身を走る、悪寒。
―――俺は、この後に続く言葉を知っている。
 できれば違ってほしい。…だが誰よりも、俺は判っていた。


                    それは『自分すら騙せない嘘』:だと。


「誠君。君の話が、残念ながら実証されてしまった。
『永遠の7日間。最初にループしたのは俺だ』と、君は言ったね。最初に話してくれた時に。
 …いかに信じられない出来事でも、それ以外に可能性がないのならそれは真実だ。

 君は、キュレイシンドロームを生み出し、他人に伝染させる事のできる存在。
 トム・フェイブリンに続く、二人目の『ゼロ・キュレイ』だよ」



 ある意味、分かっていた事だ。
 いずみさんを救ったループ。あのループを抜け出すきっかけ。…キュレイシンドローム。
 神経衰弱に代表される偶然の連鎖…確率制御。既にあの時点で、俺は世界に干渉し世界を曲げる術をその身に宿していた。もしくは、自身のいる世界が向こうから曲がってしまうだけなのかもしれない。
 いや、最後の決め手に過ぎない。この事は。

 …限りなく続く無限ループに彩られた、永遠の7日間。そもそも、誰の死から始まったかすら分からない。だが、巻き起こる無限の悲劇の主役のパートナーは、悲劇の渦を引き寄せた原因となった存在は。


                  一回の例外もなく、常に俺だった。


 俺は、最低の存在だった。まだ、遙はいいかもしれない。俺と未来を共有する。そう決めたのだから。

 だが、他のみんなは。
 いずみさん、くるみ、沙紀、優夏。俺の作り出した永遠ループに翻弄され、俺みたいな男に心奪われた。挙句に遙を選んだ俺に捨てられ、そして今、キュレイという少数派の立場を押し付けられる事になった。
 億彦はもっと悲惨だ。こいつは本来、人の上に立つことを宿命付けられた存在。だが、遙は俺に奪われ、キュレイなどという欲しくもないおまけまで付けられた。
 これは、飯田財閥という組織を統べる立場としては、致命的。俺は、事実上億彦の未来全てをぶち壊しにした事になる。
 
 どうやって、これを償う?どうすれば、償える。


 この時点で俺が思いつけたのは、たった一つだけだった。


「義親父。俺に、遺伝子学を教えてくれないか。
 この件は、すべて俺の責任だ。だから、全てを賭けて、キュレイウィルスの書き換えた領域を書き換え治すベクターウィルスを作り出す。
 だから、俺に、力を貸してくれないか」

 親父に向き直り、乞うた。


「…優夏くん、遙、いずみ、くるみ、誠君。今回のキュレイの件は、他言無用。知る権利を持つのは、沙紀くんと億彦くんだけだ。
 それと、遙、いずみ、誠」

(!)

 婚約後初めて…義親父が…俺の名前から「君」を外した。

「今回の優ちゃんの件が終わった後は、本研究所における一切のキュレイウィルス研究を禁じる。君達7人及び優ちゃんとその同志の安全確保が最優先だ。…分かったかい?」
「義親父!ちょっと待ってくれ」
 親父の宣言に、思わず声を荒げて詰め寄りかける。
(俺の発言を、無視した挙句…研究すらするなっていうのか!)
 流石に、これだけは我慢しかねた。


「増長するのも大概にするんだな、この青二才がぁ!!!!!」
 所長室に響く、大怒声。

 義親父の口からそれが出たと気づくのに数瞬。いつもは温和な顔に浮かぶ、毘沙門天の表情に気づくのに更に数瞬。
 圧倒的な格の差。俺は義親父に圧倒され、言葉一つ出す事ができなかった。

「ゼロ・キュレイだからって、神にでもなったつもりかね。
 たかだか医学部の編入試験に通った程度の頭脳で、一体何をできるというのかね。
 キュレイを治すベクターウィルス?出来もしないことを軽々しく言うんじゃない。そう思わないか、遙」
「うん、父さんが正しい。誠、頭冷やして」

…そんな馬鹿な。遙までもが、俺の敵に回った。
 信じられない現実に、俺の思考回路は完全に止まった。

「DNAが遺伝子と特定されて90年余り。サピエンスのジーンマップはほぼ完全に解読された。
 その中で、多くの遺伝子異常と、先天異常の因果関係が明らかになってきた。
 今では、遺伝子を見ただけで先天異常の有無から、ガン化遺伝子やアレルギー、体質に至るまで大体の遺伝状態の診断は可能になった。
 多くの天才生化学者を首班とし、多くの俊英たちが力を合わせた成果だよ。
 だがね。それでもね。


 たった塩基幾つかが違うが故に先天性の遺伝子異常による死病に苦しむ人々を、未だに誰一人として救った事が無いんだよ。人類は。


 さまざまなベクターになりうるレトロウィルスを探し、無毒化し、培養し、改良し、有意遺伝子を組み込む研究を多くの天才が必死に行った。
 それでも、上手くいかない。ごく一部の分化細胞に適応するベクターは作れる。だけどね、すべての細胞に適応するベクターなんて、とてもとても。
 それに、ベクターウィルスが感染した細胞は一生ウィルスを生産し続ける。…体力をその部分に取られてしまうから、細胞活性そのものが落ちる。だから、病気に対する抵抗力も、遺伝子異常に対抗する耐性も大幅に落ちるんだ。
 だから未だに先天性遺伝子異常症候群は、一例も治療の結果として完治したことはない。
 極希に、遺伝子の一部が突然変異したり、パラログが上手く働いて結果的に代償が利いて完治する事はありうる。しかし、それはあくまで神の悪戯。人間の努力の結果ではない。
 90年もの年月をかけ、他の分野より遥かに優秀な人材を投入し続けて。それでもこの有様さ。

 私だって、そうだ。世界一の遺伝子の権威などと祭り上げられては居るが、結果的には逃げているだけだ。クローンの技術は「遺伝子異常の子供を生まない」技術であって、「遺伝子異常の子供を治療する」技術じゃない。

 誠。君の発言は、今まで必死に努力してきた幾多の天才に対する傲慢な侮辱だ。
 ゼロ・キュレイなら、そんな天才達を超えられると言い切るのか?編入試験をぎりぎりで通過するような頭脳が、90年間の天才達の努力をも凌駕すると本気で考えているのかね?」

 正論の洪水。俺は、何も反論できない。…義親父がなぜ怒ったのか。俺にも痛いほど分かったから。
 俺の言葉は、義親父の人生と遺伝子研究者全てを馬鹿にしたに等しい。必死の努力の末にさえ指先すら届かない場所を、俺みたいな青二才が手に入れるなどと公言する。…それも自身の才能にも努力にも拠らず、ゼロ・キュレイであるという事実だけを根拠にして。

「今日は家に帰ってくるな。今夜一晩、頭を冷やす事だね」

 そんな俺を義親父は一瞥だにせず、踵を返す。
 その後ろに3人の娘が従い、その後ろに優夏が続き。そうして俺は所長室に一人、取り残された。


 思考は混乱に混乱を重ね、形を結ぶ事は愚かただもつれるのみ。
 そんな迷路に疲れきり…俺の脳は考える事を停止する。


 かさっ。
 僅かな物音に反応し、目が覚める。
 俺の身体を覆う、柔らかい布の感触。…だれかが、毛布を掛けてくれたらしい。
「誠、起きた?」
 薄暗がりの室内。目の前にあるのは、見慣れた遙の顔だった。
「遙?どうした」
 思わず聞き返してから、後悔する。…どう考えても、こっそり様子を見に来たに決まっている。
「誠は、考え違いしているの。もう一度、最初から考えて」
 そう言って、遙が俺の横へするすると入ってくる。
「って、おい、遙?」
 その後の遙の口からは何も言葉は漏れず。その代わりに漏れ出す、規則正しい寝息。
「………」
 密着する、柔らかく温かい体。世界で一番好きな人が、同じ毛布の中に居る。
 いつの間にか焦燥感も不安感も罪悪感も消えていて、ただ澄んだ夜空のような心が残った。
 そんな澄んだ心と共に、俺はひたすら考え続けた。遙の温もりに包まれながら。




「で、結論は出たのかい。誠君」
 翌日。今では唯一の自分の家と言っても差し支えなくなった守野家のリビングルーム。
 昨日の顔が嘘のように穏やかな表情を湛えた義親父が、俺に尋ねる。

「ああ。遺伝子学者と同じやり方をしても、俺の頭脳では並以下の成果しか収められない。義親父の言ったとおりだ。キュレイを治療するなんて大それた事は、その方法では達成できる可能性はゼロだろう。
 だが、俺はゼロ・キュレイ。俺の可能性は、ここにしかない。
 俺だけが持つ、新たなキュレイシンドロームを生み出す能力。これでキュレイを治療する事は出来ないか。俺は、この可能性だけを追いたいと思っている。
 俺達7人は、キュレイシンドロームであると同時に、キュレイキャリアでもあった。もし…キュレイをサピエンスに戻すキュレイシンドロームを生み出せるのならば、キュレイ細胞を元に戻すためのキュレイウィルスも付随して生み出せるかもしれない。
 毒には毒を、夢には夢を。…キュレイシンドロームにはキュレイシンドロームを、キュレイウィルスにはキュレイウィルスを。
 未だ誰も試すことなく、未だ誰も考える事がなかった方法だ。道は遠く…ゴールは遙かだ。だが、その道を名として与えられた伴侶と、俺はその道を追っていく事に決めた。

 だからいずみさん、無理と承知でお願いする。…俺に心理学と、心療医学を教えてくれないか?

 だから義親父。卒業してからでいい。この研究所で、心の病で苦しむクローンや遺伝子病で苦しむ人々を救う仕事を、俺にさせてくれないか?

 俺は、身体を癒す事は、頑張っても並の医者程度しか出来ないだろう。だけど、心だけなら癒せるかもしれない。あの『永遠の7日間』を耐え抜いた、心の頑強さだけが取り柄の俺ならば。
 そうやって経験を積み、いつか実現させる。『サピエンスへ戻るキュレイシンドローム』の発現を。正直、何時になるか分からない。10年後…20年後…50年後。もしかしたら100年後かもしれない。
 だが、時間だけは無限だ。だから、なんとしてでも辿り着く。
 …そして、キュレイウィルスは、最強のベクターウィルスになる可能性を持っている。だから、そこを足ががりに、先天性遺伝子異常症候群の人々を救う手伝いも出来るかもしれない。

 だから頼む、俺の願いを、聞いてくれ」

 ソファから降りて、正座して頭を床に着くまで下げる。もっと思いを伝える適切な手段はあるかもしれないが、俺はこの方法しか知らない。 



「ふふふっ。誠くんのせいで時間だけはいっぱいあるから。惚れちゃった男の為だし、付き合ってあげるわよ」 

「目が覚めたようだね。君に使命があるとすれば、そういう事だ。出来ない事を出来るつもりになっても、出来ない事は出来ないんだ。
 だからこそ、出来る事を探し、それに全力を注ぎなさい。そのようにして尽くした人事の先にこそ、天命が下りてくる可能性がある。
 私達が駄目だったとしても、私達が積んだ人事は次の世代へ引き継がれる。そうやって我々遺伝子学者は脈々と研究の成果を積み重ね、天命の下りる日を待ち続けているんだ。
 君は特別な存在となる事を強いられた。だからこそ出来る事、するべき事を誤らず、ひたすらに前に進みなさい。…ライプリヒの馬鹿者共のような過ちだけは、絶対にするんじゃないぞ」



 顔を上げた先に、いずみさんと義親父と…遙の笑顔があった。



「さてと、善は急げって事で今日から手取り足取り、ビシバシとやっちゃおうかな〜♪
場所は勿論、w…」
「いずみお姉ちゃんでも、許さない」
「冗談よ、じょ〜だん。分かってるって。…誠くんは遙ちゃんの物だって事ぐらい」
 調子に乗って悪巧みを実行しようとする姉を、的確なタイミングで撃退する妹。
「まあ、就職の件は助かる。…そろそろ、クローンの第一世代の第一反抗期が始まっている。君が卒業して医師になる頃には、早い子供は第二反抗期や思春期に差し掛かる事になる。カウンセリングやメンタルケアの担当は、多ければ多いほどいい。…クローンの伴侶を持つ君は、一番適任だろう」
「有難う、義親父、いずみさん」
 俺はもう一度、深々と頭を下げた。

 くいっ、くいっ。

 遙が、俺の手を引っ張っている。立ち上がれという事か?
 俺は、遙の意思に従い、ゆっくりと立ち上がる。

 遙は俺の手をぎゅっと握り締めて、俺の横に立った。

「父さん、いずみお姉ちゃん。誠が道を決めたから、私も道を決める。
 今日から私、『石原遙』になる」


「「「………はい???」」」







…遙は、一度言った事は絶対に曲げない。守野夫妻にその娘達、樋口夫妻までをも巻き込んだすったもんだの大騒動の挙句に。
 本当にその日の内に婚姻届が役場に受理され、遙は正式に俺の妻となった。

 遙よ。どうやって俺の戸籍謄本、手に入れたんだ?








「って事は、もしかして…」
「恥ずかしながら、その通りだ。せめて新婚旅行位は行って来いって、義理の親4人が旅行クーポンをプレゼントしてくれてな。出発する途中に、あのアンプルを届けに行ったのさ。
 お互い学生の身、結婚指輪を買う金なんかなかったからな。気付く筈もないさ」
「で、旅行先は?」
「あの島。私はあの場所が一番好きだから。結婚したら、最初に行こうって決めてた」
「…結婚式はどうしたんだ?」
「彼方が生まれてから、子連れでだ。まだ一歳になっていなかった彼方は、覚えてはいないだろう。挙句に、結婚指輪も式の費用も全部遙と守野家持ちだ。あまりの甲斐性無しぶりに、穴があったら入りたかったよ」
「ここに、自分達は1円も使わずに結婚式した夫婦が居るけどね」

 無茶苦茶といえば無茶苦茶なオチ。
 真っ赤になって俯く誠と、顔色一つ変えない遙。最後の優の突っ込みに反論できず、こっちも真っ赤になる武とつぐみ。
「誠、本題に戻って」
…元凶だけは、本当に平然としていた。

「………さっきの話で分かっただろう。俺の治療法は、キュレイシンドロームの発現だ。
 沙羅ちゃんとホクトくん。この二人をキュレイの場に巻き込んで、キュレイシンドロームを確信犯で引き起こす。
 トムの場合は、何も考えず、ただ「死なない」事だけを願ってキュレイシンドローム『キュア』を発現させた。俺の場合は最初からキュレイシンドロームの最終形を決めて、その通り発現するように二人を誘導する。
…ここで質問タイムだ。聞きたい矛盾の数々、あるんだろ?」
 スイッチの切り替わった誠の説明。一旦区切られ、皆の質問を待つ。

「キュレイシンドロームでの治療ってアイデア、キャビン研究所の連中が思いつかない筈が無いと思うんだが。どうして失敗したんだ?」
 真っ先に質問したのが、武。
「本当にそういう点は鋭いよな、武は。
 確かに、キャビン研究所には多くのキュレイシンドローム感染者が存在する。当然、武の言った方法を考え、実行しようとした研究医は存在した。だが…失敗した。
 理由は幾つかあるが、端的に表現するとこうなる。

『キュレイシンドローム「キュア」は、サピエンスキュレイには感染しない』という、単純な事実だ。

 何度も言ったと思うが、キュレイ現象ってのはご都合主義の塊。一定条件下でのみ起こりうる『過剰適応』だ。だから、条件を一つでも外すと発現しなくなる。
 キュレイシンドローム『キュア』は、『死病や致命傷に倒れたサピエンス種を治療するために生まれたキュレイシンドローム』だ。
 今言った条件の一字一句でも違えば、この現象は発現も感染もしない。
 つまり…サピエンス専用のキュレイシンドロームなんだ、『キュア』は。だから、サピエンスキュレイには感染する事は絶対ない」

 ここで一度言葉を切り、息を整える。遙が水のグラスを誠に渡し、誠はそれを一気に飲み干した。

「第一、彼らがキュレイシンドロームが一種類で無いと知ったのはごく最近。つぐみが国連演説をしたときからだ。…トムですら、つぐみのキュレイシンドロームは『キュア』だと思っていたらしい。ジュリアも、確証がない故にトムに自分の考えを伝えなかったらしいし。第一、つぐみの生存を知ったのすら2034年の件によってらしい。
 そういう条件下では、彼らにとってキュレイシンドローム=『キュア』なんだ。だから必死に『キュア』を感染させようとして…時間を無駄にし続けた。『キュア』はサピエンスキュレイに感染しないという前提を肯定してしまうと、彼らの打つ手は無くなる。
 故に、何らかの方法を持ってすれば『キュア』を伝染させる事が可能になるかもしれないと信じてあがき続けたんだ。
…不運だったのさ。『キュア』ってキュレイシンドロームは、場の条件さえ一致すれば『ゼロ・キュレイ』なしでもある程度なら伝染した。ジュリアを通じて。故に勘違いした。『ゼロ・キュレイ』はキュレイシンドロームの絶対条件ではないと。
 ウチの研究所に出向してきているキュレイの研究者の言葉が正しければ、ずっとトムは多忙を極めていたらしい。サピエンスキュレイを救う事が重要だとわかっていても、四六時中彼らの治療に付き添うわけには行かなかったし、その必要も無いと皆思い込んでいたんだ」


 …沈黙の、帳。
 全員の視線は、すべて誠の目に。そんな視線の矢を、誠は小揺るぎもせず受け止める。


「実の所、3種類のキュレイシンドロームの存在とキュレイシンドロームの発現メカニズム―と言っても、俺の仮説に過ぎないが―を知っているのは、去年の夏のロッジにいたメンバーだけだ。
 つぐみのキュレイシンドローム発現のゼロ・キュレイはトムだ。武の事はブラッドキュレイだと思っているだろう。俺達の事もまた、ブラッドキュレイだと思っているだろう。優春と義親父の関係を知っていればこそ、優春の発病の経緯を知ればこそ、つぐみの新国連演説を知ればこそ、そういう方向へ思考が誘導されてしまう。

 俺達の秘密を守るためには、この事実を明かせない。
 この事実を明かさないと、サピエンスキュレイは救えない。
 だが事実を明かしたとして、完全な治療法になっているかと問われれば、はいそうですとは答えられない。
 故に時間を稼ぎながら、治療法の研究とマニュアライズを進めていたわけだが。………遂にタイムリミットが来たという訳だ。

 ゼロ・キュレイとしてのトムには、期待できない。彼は今や全てのキュレイの命運を背負い、ぎりぎりの綱渡りを続けている。四六時中べったりと救済対象にくっついて時を待つなんて芸当は出来ない立場だ。………それに、対象が多すぎる。指導者の立場ゆえ、かえって贔屓ができない。誰かを救おうとすれば、他の誰かが割って入る。そんな状況では、どうやっても目的を達するなど出来ないだろう。
 だが、俺は違う。贔屓の引き倒しが出来る立場だ。『サピエンスキュレイ、それも”ミズ小町の子供達”を救う』という旗印の下、全ての力を一点に注ぎこめる。
 必要なんだよ、ゼロ・キュレイにだって思い入れがね。心の底から『救いたい』と思わないとキュレイシンドロームを発現させる事ができない。
 少し話が逸れた節もあるが。これが、キャビン研究所の連中がキュレイシンドロームによる治療を出来ない理由だ」
 一気に言い切ってしまう。

「…質問する事、なくなっちゃったじゃない」

 優の言葉は、もっともであった。
 聞かれそうなこと全部を先回りで回答されれば、当然そうなる。

「なら、後は待つだけだ。あの二人が決心したとき、残りの事は話そう」






 2036年9月21日(月祝) 11時30分  倉成家 ホクトの部屋
 2036年9月21日(月祝) 11時30分  倉成家 沙羅の部屋



 期せずして、考える事は同一。



「自分は、何の為に、生きたいんだろう?」



…人は、生きている。「生きていないと困るから」という方向で生きている理由を探すと、幾らでも出てくるだろう。わが子の為、配偶者の為、親の為、兄弟姉妹の為、会社の為…人によって異なりはするだろうけど。
 だが、そういう要素を取り払いなぜ「何の為に、生きるか」という言葉を自身に投げかけると、意外な位答えは出てこないものである。

 そう考えて、気付く。「誰かの為に、死ねない」という考え方は、無意識に外に救いを求める考え方であるという事に。
 妻の為に死ねないという考え方は、妻に寄りかかり、生きる力を妻に求める事。この例は、全てにおいて当てはまるであろう。
 そして…ホクトと沙羅は、誠から、近い将来の死の運命を予告されたときに頭に浮かんだことを整理する。

「沙羅が悲しむ」「お父さんが悲しむ」「お母さんが悲しむ」「ユウが悲しむ」…

「お兄ちゃんが悲しむ」「パパが悲しむ」「ママが悲しむ」「彼方ちゃんが悲しむ」…

 そこまで回想して、はっとする。
…全て、自分が死んだ後の事しか、考えていない。それが相手にとって苦痛であり、困る事であり、悲しみであり…。そんな事を相手に背負わせたくないから「死にたくない」だけ。
 「死にたくない」理由であって、「生きたい」理由ではない。こうやって死と向かい合って、初めて分かる事である。
 故に、最初の思考に回帰する。


「自分は、何の為に、生きたいんだろう?」





 2036年9月21日(月祝) 12時00分  倉成家 リビングルーム



「なあ、誠。聞きたいことがあるんだが?」
「あん?なんだ武」
「結局、あれだけホクトと沙羅を挑発した目的ってのは何なんだ?ひたすら絶望を煽ってまでな」
「ああ、その事か。あの二人の場合、なんというのかな。
 我が、弱すぎるんだ。
 だからああいう手段に出た。本来はいい手段とは言いかねるんだが。時間がないから、強硬策だ」
「???」


かちゃり


「!」
 ドアが開き、現われる見慣れた姿。
「ホクト、沙羅…」
 その姿に、息を呑む。皆、二人の顔に視線を向けたまま、静止する。


 二人並んだその姿。顔色こそ青いが、部屋を出て行く時のような、ひ弱な混乱した姿ではない。
 落ち着いた顔。だが、安らかではない。内に何かを秘めている。そんな顔。


「………とりあえずの、答えは出たかい?」
 誠が、穏やかに問いかける。
「そうとも言えるし、そうとも言えないかも。結局『何の為に生きているのか』って答えは、出なかったんだ」
 ホクトが答え、沙羅が頷く。
「ただ、何かは見出したみたいだな」
「ええ、そうよ。『何の為に生きているのか』は見付からなかったんだけど『取り敢えず、何の為に生きるのか』だけは、見付かったの。…ううん、再確認したって言ったほうが正しいかも。
 沙羅は、彼方ちゃんをコテンパンにやっつけて真人間の道に引きずり戻す。今の沙羅の、これが一番の生きる理由。死ねない理由じゃなくて、ね。
 彼方ちゃんをコテンパンにする人も、真人間に引きずり戻す人も、多分私以外にも居るはずなの。キュレイのみんなの中には、そういう事出来る人一杯居るはず。
 それでも私は生きて、何時か完全勝利してみせる。完全勝利したときには…また、新しい生きる理由が見付かっていると思うの。
 ねえ、誠さん。これって、間違っているかな?」
 穏やかな声。だが、深く染み通るような、声。
「………ホクトは、どうなんだ」
 沙羅の問いには答えず、誠はホクトに問いかける。
「まず、僕には決着を着けないといけないことがあるんだ。これに決着を着けたくて、ぼくは生きる。そして決着が付いたなら、次にその結果を背負って何の為に生きるか考えようと思うんだ。
 御免なさい。僕の生きる理由って、この程度なんだ。期待に添えなくて、御免なさい」


 二人の表情が、僅かに崩れる。表情に僅かに混じる不安の影。
 部屋に再び戻る沈黙。


「わはははははっ!それでいいんだよ」


 突然の哄笑。大笑いしてみせる誠に、皆、あっけに取られた。

「本当にそれでいいんだよ、二人とも。
 こういう時にはね、皆カッコいい事を無理やり考えるもんだ。だがね、そんなメッキをつけた理由なんて、本心から出てきたものじゃない。
 だから、本当の窮地に立つとあっさりと崩れるものだ。本当の『生きる理由』じゃないからね。世界に自分を美化して投影した鏡像に酔っているだけなんだから」
「???」
 困惑して、お互いの顔を見やるホクトと沙羅。
「まあ、いいさ。生きる理由なんて身近なものだ。そして、それを積み重ねて生きていく。そして同じ『誰かのために』であっても、『死ねない』と『生きる』では大違いさ。
 前者は、相手の心に映る自分を見ているだけだ。心の弱さの証明だね。自分の価値を、相手に求めているんだから。
 後者は違う。価値を相手に求めず自身に秘める。だから、それを原動力にして生きようとする。
 相手に引っ張ってもらうか、相手に自力で近づくか。外見の結果は一緒でも、中身は大違い。
 道理やら何やらの善し悪しは今回二の次だ。今はとにかく、エゴの塊として生き抜け。それが一番重要なことなんだ。

 おめでとう。第一段階は合格だ。それでは、第二段階を今この時から始める。いいね?」


                 「「うんっ!!!」」


 元気な返事が木霊して。









「では、選べ。キュレイになるか、サピエンスになるか。最初にして最大の決断だ」









 歓喜の声の木霊は、一瞬にしてただの残響音と成り果てた。









「どういうことなんですか、誠さん」
 ホクトの声は、掠れる。
「言ったとおりだ。結局、君達を蝕む病の原因は君達がサピエンスキュレイである事に起因する。
故に、サピエンスキュレイを辞めてしまえばいい。そうすれば病は原因を失う。
 だが、それでも既に発現した病魔は直接的には治癒できない。
 だから、キュレイシンドロームを利用する。『サピエンスキュレイを蝕む病魔の治療』と『生物種の変更』の二つの特性を持ったキュレイシンドロームを、俺が触媒…ゼロ・キュレイとなって発現させる。

 その為には、君達は自身の未来の形を決めないといけない。

 キュレイシンドロームは、言うなれば強烈な思い込みが世界の因果律まで曲げてしまう現象だ。故に、半端な思い込みでは絶対に発現しない。
 だからこそ、選ばなくてはならない。キュレイになるか、サピエンスになるか。
 これは、思い込みの核になる。故に自身の心の奥底まで覗き込んで、考えて、そして選択するんだ。自分がどのように生きたいのか、自分の行く道を何処に置くのか。
 君達に言ったように、生きることは身近な事の積み重ね。積み重ねて、積み重ねて、積み重なった天辺に目的となる場所が見えてくる。そういう事を行わないで考えた未来の目的など、ただの思い付きだ。だから、全てを賭けて手に入れようなどと思わなくなってしまう。
 それ故、ああいう言い方をしたんだ。わかるよな?」
 教え諭すように。誠は穏やかな口調で子供達に告げる。
「誠さんの言いたい事は、沙羅にもわかるよ。…サピエンスとキュレイ。どっちの方が、誠さんとしてはやりやすいのかな?」
 沙羅が、静かな声で尋ねる。
「難しい、簡単という意味なら、断然『キュレイになるキュレイシンドローム』の方が容易いさ。『死なない』という思い込みの方向性からも、そっちの方が多分容易だ。成功率だけ言うのなら、数倍高い。
 だが、あくまでそれは『キュレイ』になりたいと心底思っているサピエンスキュレイにとっての話だ。
 心の片隅にでも『キュレイは嫌』という心の部分が残っていたり、サピエンスに本当はなりたいけど俺の都合がいいならキュレイにという思いでは、絶対に『キュレイになるキュレイシンドローム』は発現しない。
 だからこそ、万難を排して『サピエンスになるキュレイシンドローム』をどのように発現させるかも研究してきた。もっとも、どっちも実戦経験0だから、ただの机上演習。実践しながら形にしていく。

 まあ、心配は無用だ。俺は『ゼロ・キュレイ』。ある意味、キュレイシンドロームを発現することだけに特化したような人間だ。
 トムは、それ以外の才能にも恵まれたが。凡人の俺にはそれしか出来なかった故に、その事だけを17年間磨き続けてきた。だからキュレイシンドロームの事だけは世界の誰にも負けないさ。
 だから、どっちを選択しようが構わない。俺が全力をもって、望んだ結末を与えてみせる。
 その代わり、選択した以上は絶対に曲げるな。理論上や方法論的には乗換も可能かもしれないが、正直そんな覚悟じゃとてもじゃないがキュレイシンドロームを起こせるほどの思い込みは期待できない。
 はっきり言っておく。

                       一発勝負だ。


 一回選んだが最後、それで最後まで行かなければならない。疑問や迷いを生んだが最後…死神にその魂、持っていかれることになる。
 あくまで俺は水先案内人。死神と直接勝負するのはお前達だという事を、忘れるんじゃないぞ」



 穏やかな口調の中に、強い意思を込めて。
 誠の言葉が、静かな室内に響き渡る。



「すぐには決められないよ、僕は」
「沙羅も、お兄ちゃんと一緒。考えないといけない事が多すぎるよね」
 困惑というよりも、迷い。二人の顔に浮かぶのは、そういう感情の揺らぎ。

「ああ、当然だな。だから、心行くまで考えてから返事をくれ。
 返事が決まったら俺達を呼んでくれればいい。その時が、死神への真の宣戦布告だ」

 そう言い置いて、誠が席を立つ。

「俺の今出来る仕事はここまでだ。だから俺達は帰る。
 いずみさんには田中研究所に留まってもらって、いろいろお願いしたいんだけど?」
「了解。久しぶりに心理学者の本領を発揮できそうだから。はりきってがんばっちゃうわ」
 
 誠の言葉を合図に、この家の住人以外が席を立つ。
 こうして、話が終わった。




 2036年9月21日(月祝) 12時30分  倉成家 玄関




がちゃり。


「………あれ、開いてるわね」
 何の気なしにドアノブを回した優が、何の気なしに呟く。
 普通なら鍵が掛かっているはずの玄関のドアが、何も抵抗なく開いた。
「武。またやったわね」
「おいおい。俺のせいだって言うのか、つぐみ?」
「いずみさんを迎えに出たのは、武よ。あなた以外に、誰が該当するのかしら?」
「…うぐぐっ」
「全く。何度言えばわかるのかしら武は。…本当にしょうがないわね」

「もしかして、武。ロックかけ忘れの常習犯?」
 優の突っ込み。
「そうなの。仕事場ではしっかりしているみたいだけど、家だと私にまかせっきりでね。しょっちゅうロックし忘れてるのよ」
 あきれた様に、つぐみがぼやく。
 周りの冷たい視線に、小さくなる武。
「本当に、ロックしたと思ったんだがな」
「武、往生際悪いわよ」
 


「まあ、それはいいとしてだ。二人が決心したら、構わないから守野の家に直接連絡をくれないか。直ぐにRTSで跳んでいく。いずみさんに残ってもらうから、相談事はいずみさんにしてもらえばいい。
 心理学者としては、俺より数段格上だからな。頼りになると思う」
「あらあら、おだてても何も出ないわよ、誠くん?」
 少し空気が緩む。

「じゃあ申し訳ないけど、子供達をお願い。…優の気持ち、やっと分かった。何にも出来ないっていうのは、辛いわね」
「気にしないでいいわ、つぐみ。厚い雲の間から、光が漏れてきたから。あとはそこへ突き進むだけ」
「すまん、誠。親としては失格かもしれんが、全てを誠に託すから」
「俺だって親だ。武の気持ちは痛いほど分かる。気にしないで、全てを任せてくれ」
 万感を込めた、やり取りの後に。

 誠、遙、桑古木、優、いずみの5人は倉成家を辞した。












                                       ― To Be Continue Next Story ―
後  書

 17番目の本編という事で、単独としては最後の解釈話になる…つもりだったのですが、一部は第2部最終話に持ち越しになります。

 キュレイの治療法の亜種、サピエンス・キュレイの治療方法です。
 残念ながら、私の話のプロット上、ブラッドキュレイ(キュレイウィルスに単独で感染したキュレイキャリア)やキュレイシンドロームペイシェント(キュレイシンドローム罹患者)の治療法は本編中では語られないでしょう。(語るとしても完結後になると思います)
 もともと「キュレイが『ペイシェント(患者)』や『キャリア(保菌者)』として迫害されたり、差別される事なく、人類の一員として相応の役割を負う存在として認知されている世界」を設定したつもりなので。望まずしてキュレイになった人は治療の必要があっても、そうでない人は義務さえ果たせばそのままでも社会の一員として生きていける。そんな世界です。

 ある意味、捻りのない結論で御免なさい。

 結局、キュレイシンドロームが引き起こした問題は、キュレイシンドロームで超えないといけない。そう考えてあのように考察しました。
 誠は、その為に私の世界には存在します。それゆえにこの物語にNever7をクロスさせるのは必須でした。他にも幾つか理由がありますが、最大の理由はこれです。
 


 次は…かなり辛い話になる予定。気力振り絞って書かないと。


                     題名は「決断」。内容は、察してください。


 最後に、ここまで読んでくださって有難うございました。


2006年6月19日後書初稿
2006年7月8日 後書改稿  あんくん


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