未来へ続く夢の道
−本編17 決断−

                              あんくん



〜 ホクト 〜






 2037年9月22日(火)午前7時30分 倉成家



 大学のある平日。そんな日の日課が、途絶えた。
 ユウも彼方も、この家を訪れる事はなく。当然のように恒例のくじ引きも存在しない。

 そして、沙羅を起こす事もない。

 決断は、自身で下すもの。武とつぐみの意見は一致していた。二人とも自身で今の立場を選び、苦しい道のりを乗り越えてきた同士。
 沙羅とホクトが乗り越えるべき道は、自身が通ってきた道でもあった。特につぐみは。

「生きろ。命ある限り、生きろ」
「俺は死なない」

 この言葉だけを心の支えに、ライプリヒの追跡を逃れ、沙羅とホクトを産み。そして子供達というもう一つの心の支えと共に、17年の苦難の日々を文字通り生き抜いた。
「死なない」ではなく「生きる」。
 その意味を他の誰よりも知っていたのが、他ならぬつぐみであった。生きるという意志は、自身で汲み出す物。きっかけは他人でも、生み出すのは自身しか居ないのだ。

 故に、ただ不干渉を貫き、待つ。

「親と子は、いつかは生きて別れる定め。私達のことは考えず、自分の生きたい道を見出しなさい。たとえそれが別れの道であったとしても、私はそれを受け入れるわ」

 昨日の誠の話の後に。つぐみが子供達に語った言葉は、これだけだった。



 いつもより早い、朝の食卓。
 沙羅を欠いた食卓。
 皆、無言で箸を進める。いつもと違うそんなダイニングルーム。

「ごちそうさまでした」

 そんな雰囲気に耐え切れず、ホクトは手早く朝食を食べると洗面所へ消えた。




 2037年9月22日(火)午前8時00分 倉成家玄関


「それじゃ、行ってきます」
「待ちなさい。雨が降るかもしれないから、持っていきなさい」
 カジュアルな服装に身を固めたホクトをつぐみが呼び止め、折りたたみ式の傘を手渡す。
「ありがとう、お母さん」
「まあ、今日一日くらいは気分転換をしなさい。決断する事と、考えすぎる事は別の問題だから」
「………知ってたんだ」
「ホクトの服の持ち合わせ位、分かってるわよ。しっかりとね。それと…」
「それと?」
「信じなさい、身近にある人々の心を。絶対に忘れちゃダメよ」
「うん。分かったよ」
 ゆっくりと手を振って、ホクトが玄関先から出て行く。



「本当に、信じなきゃダメだからね。人間って、いざとなったら優しい嘘も悲しい嘘も幾らでも吐けるものよ…」
 虚空に呟き、つぐみは夫の出社準備のために家へと引き返した。




 2037年9月22日(火)午前8時17分 田中家玄関



                       ぴんぽんぴんぽん!


 田中家の玄関とリビングルームに、チャイム音を模したブザー音が鳴り渡る。

「おはようございます」
「あれ、ホクト先輩?どうしたの?」
「意外と彼方ってそういう所鈍いのねえ。今日は何の日かしら?」
「…あっ!そういえば秋香菜さんの誕生日だね。22歳の」
 田中家を訪れたホクトを、玄関先で迎える優と彼方。
「で、肝心の秋香菜さんはどうしているの?」
 彼方の問いに。
「決まってるじゃない。服が決まらない、リップをどうしよう…自分の部屋で毎度お馴染みの大騒ぎ。付き合ってたら私まで研究所に遅刻しかねないから、放って置いたわ。
 その内出てくると思うから。ホクト。申し訳ないけどリビングで待っていて頂戴」
 そういい置いて、優はすたすたと玄関から出て行く。
「彼方。後はたのむからねえーーー!!!」
 ドップラー効果音を引いて、優の運転する車は(この時代の最新スポーツカー。敢て車種は言わない)猛スピードで走り去っていってしまった。
「…よく、事故らないね。不思議に思わない、ホクト先輩?」
「あれで、母娘共々無事故無違反だってユウが言ってた。多分間違いなく…」
「付けてるよね。田中研究所謹製の最新式のパッシブレーダー兼用マルチバンドデジタル無線システム。下手すると多波長対応デジタルジャマーも付けてるんじゃないかな。秋香菜さんもそういうの好きそうだし」
 ホクトと彼方、二人揃って困惑した顔を見合わせるのであった。




 2037年9月22日(火)午前9時17分 Lemi's Land 中央入場口



「ねえ、ユウ。本当にここで良かったの?」
 申し訳なさそうにユウを見つめるホクトに対して
「いーのいーの。おあつらえ向きに、VIP専用ペアチケットもあるし。乗り物は乗り放題、レストランや売店は食べ放題、アトラクションは入り放題、その上全てが最優先ご案内で待ち時間無しのスペシャルチケットォー!」
 効果音が付きそうな仕草でチケットを取り出すユウ。
「そっか。今日はユウの誕生日なんだから、ユウの言うとおりにする」
「うん、そうして…」
 そう言って、ユウはホクトに軽くしなだれかかりながら、ぎゅっとホクトの手を握る。


「…今だけは…ね」






  10時17分。




「はあはあ、何度乗ってもこれって慣れないよ」
「…ホクトって運動神経抜群なのに、なんでジェットコースター怖がるかなあ」
 少々青い顔をしたホクトの腕に自らの腕を絡め、悪戯っぽく笑ってみせるユウ。
「知ってて選んでるでしょ?」
「あはは、ばれた?やっぱり、こういうのって一緒に乗って騒ぐのが醍醐味だからね」
「…怖がってる顔を見るのが楽しいし?」
「とお〜ぜんっ!!!………はうあ!」

 びしっ!軽い音を立てて指が弾ける。

「ゆ〜う〜?」
 じと目のホクト。さっきの音は軽いでこピン。
「あはははは…ごめんごめん。次いこっか?」
「あっ、ちょっとユウ。引っ張らないでってばーーー!」
 
 腕を抱きかかえられる格好でユウに引っ張られ、ホクトはジェットコースター乗り場を離れた。




  10時47分。




 平日の朝の時間帯。この時間帯では流石にカートに興じる子供の姿は存在しない。


「イナーシャル・ドリフトよーーーーーっ!!!」
「うわ、ちょ、ちょっとユウってば!」

………暴走する大人は存在したが。

 わざわざ指定して選んだ複座の17号車。乗るや否や、ユウは懐から何かを取り出してコンソールの有線コネクタに接続。
「ふっふっふっ。バイトの合間に秘密裏にチューンした我が愛車。…こういうファインコンディションのコースを走れる日を待っていたのよっ!!!」
 言うが早いか、スキール音を響かせて17号車はスタートダッシュを決めて見せた。

「ここはノーブレーキングてクリアしてこそ華!ブレーキ踏むのはただのヘタレっ!!!」
「は、はうっ!」
 S字コーナーを見事なラインで直線的にクリア。

「カートだってMR!だから、こういう芸当だってできるのよ、ホクト」
「な、何をするつもりなのユウ?」
 ヘアピンカーブ。無理やりのブレーキングから飛び込んで…
「必殺、三角ドリフトォーーーーーーー!!!」
 無謀に見えて実際は巧みに加重を前後に配分する名人芸のブレーキングとハンドリングが絶妙の冴えを見せ、マシンは見事な三角ドリフトを決めてコーナーを脱出する。

「全速では無理、だけどもブレーキを踏むと大幅減速。こういうコーナーをクリアするには!」
「って、ユウ。無謀だってば、あのRはブレーキング無しでは!」
「ええいっ!問答無用っ!!!
 見せてあげるわ、究極のコーナリングを。見なさい、これが」
 微かに緩むアクセル。ステアリングを握る手に力が籠もり…

「イナーシャル・ドリフトよーーーーーっ!!!」
「うわ、ちょ、ちょっとユウってば!」
 ブレーキ特有の音もなく微かに減速した車体は、自然に後輪を緩やかに流しながらコーナーのインいりぎりを通過していく。
 そのまま緩やかなRになっている出口へ車体の向きを変え終わるや、優は一気にアクセルを全開にした。
 


「きゅううううう〜」
「もう、ホクトってばだらしないなあ。あれでも自転車に毛が生えたくらいのスピードなんだけど?」
 たっぷり17周の全開走行を楽しんだ後。
 文字通り目を回してばたんきゅー状態のホクトを、ユウは呆れ顔で見下ろしていた。
「あ、あれで?すっごくスピード感あったんだけど?」
「カートって視点が低いから、すごくスピードが出ているように感じられるの。それにタイヤの口径やグリップ力の割にエンジントルクがあるから、慣れたら結構ドリフトも楽しめるものなのよ。
…タイヤの磨耗やシャーシの痛みも激しいから、滅多にしないんだけどね」
 ついと目をそらしユウは虚空を見つめる。僅かにいつもと違う横顔。
「ユウ?」
 ホクトは、その姿に不思議な感覚を感じてユウの姿を見上げる。
「…ホクト、私の顔に何かついてるの?」
「ううん。そういう事はないけど」
「じゃ、次のアトラクションに行きましょう!ほらほら、今度のはホクトに選ばせてあげるから!!!」
 表情を笑顔に変えたユウは、そのままホクトの手を引いた。




  11時17分。



「きゃーっ!ホクトっ!あんたって人わ…あひゃあーーー!」
「って、以外にユウって怖がりなんだ。オカルト好きだからこういうの大丈夫って思ったんだけど?」
 お化け屋敷マスターコースは、更なる進化を遂げていた。
 文字通り震えながらしがみついてくるユウに、ホクトは笑顔で答えて見せた。
「…前、一緒に入った事があるくせにいっ!そんな事言う人嫌いです!」
「だから、そのセリフは拙いと思うんだけど。…ふむふむ、次はそう来るんだ」
「………ず〜る〜い〜!!!インフラビジョンなんて、反則だあーーーー!!!」
 絶叫するユウを尻目に、カートの借りを返した形のホクトは上機嫌だった。

………別にユウの胸が当たって気持ちいいからとか、押し付けられた身体がとっても柔らかくて暖かいからとか。そんなんじゃないんだよ?





  11時47分。




「ユウ…本気なんだよね?」
「ええ、マジよ」


「…これはちょっと、恥ずかしいかな?」
「失敗したかも。考えてみたら、ここの担当職員は私の事知ってるのよね…」
 カルセル・デルフィーネ。
 デフォルメされたイルカをかたどったメリーゴーランドの背で二人揺られるホクトとユウ。
 確かに、平日の午前中にメリーゴーランドに乗るような子供づれは数えるほどしか居ないのだが。

 そんな日でも、当然ながら従業員は居るのである。

 しかも、ユウはこのLemi's Landでアルバイトをしている。そんな見知った顔が、彼氏と二人でメリーゴーランドに乗っていれば…それはそれは目立つことになる。

 結局一周する間中、文字通り顔を真っ赤にした二人はそそくさとカルセル・デルフィーネから逃げ出したのであった。



  12時17分。



「…ホクトにしては、センスいいじゃない」
「ユウ。それってちょっと酷いんじゃないかな?」
「あはは、御免御免。Lemuのエルストボーデンにはこういう場所はなかったからね。ちょっと感心したの」
 拗ねた顔のホクトを見て、向かいの席に座ったユウが笑いながら右手の人差し指を立ててふりふりと振って見せた。

 市立水族館の水中展望タワー。その一角に展望レストランが存在する。
 様々な食事施設の中から、ホクトが選び出した昼食場所がここだった。
 海中17mの海中を泳ぐ魚達を眺めながら、ゆったりと食事を取る二人…

「ホクト、それ貰うからー。むぐむぐ」
「って、ユウ!ひどいや…最後の楽しみに取っておいたのに、そのエビフライ………」
「ちょっと!半泣きになることないじゃない。
―――しょうがない。取って置きのハンバーグあげるから機嫌直してよ、ね?」

………「ゆったり」などという形容詞など使えないような在り様。見るからにコミカルというか、騒がしいというか。
 笑って、拗ねて、半泣きになって、おどけて。
 そんな二人の様子は微笑ましさに満ち溢れていて、周囲の客や従業員は思わず頬をゆるませたのだった。




  13時17分。



「天気、崩れてきたわね」
「うん、雲が結構出てきたね。傘、持ってきた?」
「ええ。そこいら当たりは抜かりはないわよ。ホクトは…ってつぐみが気づかないはずないか」
 朝は覗いていた晴れ間が、立ち込める雲に覆われていく。
「それじゃ、ちょっと早いけど…」


 ゆったりと上に上がっていくゴンドラ。上空は雲に覆われつつあるが、景色を覆い尽くすほどではない。
 そんな外の風景を、二人肩を寄せて寄り添いながら見つめる。
 すぐ横にある柔らかい感触と、微かな匂い。さらさらとした髪が肌に触れ、微かな余韻を残す。
 全身で相手を感じながら、言葉はなく。二人はただそのまま、外を眺め続けた。




  14時17分。



 平日とは言え、やはり昼を過ぎると多少は人出も出てくる。連休の中日であることもあって、ツアーの観光客も入ってきて賑やかになりつつある園内。
 ここにしかないアトラクション群の一つであるコズミッシャー・ヴァルにも、それなりの人が入っているのだが。

「ゆ〜う〜?」
「Zzz………」
「ゆ〜う〜ってばー?」
「Zzz………むにゃむにゃ…もう食べられない…」
「………」

 中に設けられている休憩用のベンチで、ユウはホクトの肩を枕にうたたねをしていた。
 すぐ近くにある通路を行きかう人々は、そんな二人を気にすることなく通り過ぎるか、微笑ましげに微笑を湛えるか。
 何とか起こそうと試みるホクトだったが、ユウの寝顔の可愛らしさは反則で。
 最後は諦めて、じっと恋人の寝顔を覗き込む。飽きることなくそうしていたのだが。


「Zzz…ホクト、それはダメだってばあー…むにゃむにゃ…」
「…悪いのは、ユウだよ?…Zzz…」
「こういうときは…男がねえ…わるいんだから…Zzz」
「すぐ…そう言う…むにゃむにゃ…ずるいよ…Zzz」


―――寝言で会話するという器用な真似をしながら、二人は揃って睡みの世界の中へ舞い降りていった。



  16時17分。



「おかあさーん、あのお魚なあに?平べったくて、ひらひらとおててを振ってるよ!まるで鳥さんみたい」
「あれはねえ、エイっていうの。おおきいのだと、あなたよりずーっとずーっと大きいの」
「へえーすごいんだあ。私、あの上に乗ってみたい!乗ってみたいのぉー!」

「お父さん、あの魚、すっごく大きいね!」
「ほう、思い切ったことをするね」
「あれ、お父さん。何感心しているの?」
「いや。おまえが言った魚の居る水槽だけ、こっち側に出っ張っているだろう?内側の方に」
「うん。そうだよね」
「あれはジンペイザメっていって、南の方の海に住んでいる珍しいサメなんだ」
「サメさん?怖くないの?」
「あのサメさんは、おとなしいサメさんなんだ。だから、怖くは無いんだよ?」
「ふうーん。あ、こっち向いた、こっち向いた!お父さん、見て見て!!!」

 家族連れが結構入って、あちこちから歓声や会話の声が聞こえてくる。


「………」
「………」
 この二人の周りだけは、音が消えていた。
 水中タワーの展望室。水槽の中をせかせかと泳ぐ魚と、外海を悠々と泳ぐ魚。
 二人しっかりと手を繋いだ姿で、ゆったりと歩きながら。ホクトとユウは言葉を紡ぐ事もなく、穏やかな表情でずっとずっと海中の魚達を眺め続けた。




  18時17分。



「やっぱり、最後はこの場所だね」
「そう。やっぱり、最後はね………」

 レムリア遺跡、セントラルホール。

 時間が掛かるアトラクションで基本的に係員が同行するツアー形式のレムリア遺跡は、入場最終時間が比較的早い。最後の入場者は既にセントラルホールを通過していて、この場所に残っているのはユウとホクトの二人だけ。
 二人ともガイドを断って入場したため、係員は居ない。

「時間、いいの?」
「私はこのアトラクションの受け持ちだから。少々の無理は言っても大丈夫」
「………そっか」

 そう呟いて、ホクトは真正面からユウの姿を見る。

 ピンクのキャミソール風のシャツ。両肩がちょうちん袖になっていて、首の前で紐で結ぶ特徴的なデザイン。衿口と裾には、楕円形の白い染め抜き模様が並んでいる。
 そしてひだのないシンプルなクリーム色のロングスカート。

「朝からずっと言おうと思っていたんだけど。ユウの今日の服って………」
「…うん。あのLemuの時の服。やっぱりちゃんと気づいてたんだ。気づいてくれないかって心配したんだからね?」
「忘れるわけないよ。あの日が、始まりなんだから」
 しっかりと、真正面から視線を合わせて。ホクトはユウの目を覗き込む。


「そ…、……ら、…い…も…の………で、……ふ…な…」

 優の唇が微かに動き、切れ切れの言葉が紡ぎだされる。

「えっ?ユウ。なんて言ったの?」

 何の気なしに問いかけるホクト。

「ねえ、ホクト。誕生日プレゼント、リクエストしてもいい?」

 問いには答えず。にこりと笑って、ユウがホクトの額をちょんと指で突く。

「うん。僕ができる範囲だったら」

 ホクトもはにかんだように笑う。

「ほんとうに?」
「うん、ほんとうに」

 笑ったままユウが念を押し、笑ったままホクトが請合う。

「それじゃあねえ、ホクト」

「うん?」









「私と、別れて。

 たった今から、ホクトと私は赤の他人。恋人でもなんでもないわ」








 表情一つ変えもせず、ユウは言った。






「………どう、して…なの…?」
 言葉も温度も失われた空間で。絶句の先に紡がれた言葉は、これだけだった。


「どうしても何も。冷めちゃったからに決まっているじゃない。
 元々私は、待つ人間じゃない。そんな私が3年待って、それでも何にも変わらなかった。
 今日だってそう。いくらモーションをかけても、ホクトは何もしなかった。

 そんな不毛な関係を続けるのに疲れたの、私は。
 私は、私は………待つのはもうたくさんだわ!!!

 この服は、そんな私の決意よ。
 
 この服を着て、この場所で始まった関係だから。この服を着て、この場所で終わらせるの。



                        さようなら、ホクト。


 もう、逢うことはないでしょう」

 言い捨てて踵を返し、ユウは突然走り出す。…壁面へ。




「ちょ、ちょっと待って!」
 一瞬遅れてホクトが後を追おうとした時。


 ユウの姿は壁面に、正確には壁面に模した従業員専用通路へのハッチの中に消えていた。








 レムリアニッシュ・ルイーネの出口に辿り着く。
 外は、土砂降りの雨。視界はほぼ失われ、人影は既に絶えている。

 求める存在を見つける術を失って。

 ホクトはただ、その場に立ち尽くした。









 2037年9月22日(火)午後8時17分 田中家玄関




「全く。ユウってどんどん慎みなくなっていくわねえ」
 部屋に投げ散らかされた服に下着。その中から使用済みのものをより分けて、洗濯機で洗いながら優はぼやく。
 外は土砂降り。しかし、この家においては元々外に衣類を干す習慣そのものがない。
 久しぶりに早く帰宅した優は、溜っていた家事を片付けていた。

 ビーーーーッ!

 玄関のセンサーは現在は在宅モード。モニターが外部の人間を自動認証し、家に入る資格を持つ人間ならば自動的にドアを開く。今のブザーは、ユウが帰ってきた時にだけ鳴る専用のブザー音。

「あらら。今日こそはお泊りもあるかと思ってたんだけど…」
 相変わらずねえと心の中で嘆息しながら優が玄関に振り返り、



「ユウ!一体どうしたって言うのよ!!!」



 全身ぬれねずみで放心して立ち尽くす愛娘の姿に、言葉を失った。




 濡れた服を脱がせた後に入浴させ、身体をバスタオルで拭い、パジャマに着替えさせる。
 その間ユウは自発的行動は何も起こさず、幼子の世話をするように優は全ての世話をこなさなければならなかった。



 リビングルームに手を引かれて連れてこられ、コーヒーカップを前にしたユウの様子は全く変わらず。
 目は生気を失って焦点は定まらず、力なく寄りかかったソファが辛うじて身体が床に崩れ落ちるのを防いでいる有様。

                           「………」

(とてもじゃないけど、話ができる雰囲気じゃないわ)

 流石の優も、言葉を掛けるタイミングすら掴む事ができなかった。



              ぴんぽんぴんぽん!



 そんなリビングルームに鳴る、チャイム音を模したブザー音。
 それに、僅かに気を取られた隙に。


 だだだだだだーーーーーーーーーっ!



「こっ、こら、ユウ!」

 弾かれた様にユウが飛び起き、全速力で自分の部屋へと駆け去っていく。
 一瞬の出来事に対応する事ができず、優はリビングルームに取り残される。
「やれやれ。…でも、状況だけは大体読めたわ」
 一人呟いて優はそのまま玄関へと去っていき、リビングルームは再び無人となった。



「ユウは…帰ってきているの?」

 こちらもまた、全身ぬれねずみ。玄関は完全に水浸しになっている。

「返事は、出来ない。仮に帰って来ていたとしても、今のホクトに会わせる事は母親としてお断りするわ」
「優、さん?」

 表情を完全に消した顔に、凍りつく視線。気の弱い人間ならその場で卒倒しかねないような視線にホクトは射すくめられる。

「敢て事情は聞かない。その代わり、一つだけ問うわ。
 ホクト。あなた、答えは持っているの?」
「こた…え…???」
「そう………ならば、尚の事会わせられない。とっとと家に帰りなさい、ホクト。
 答えを見つけて持ってこない限り、この家の敷居は跨がせないからね」
「ゆう、さん…」
 紛れの余地の無い完全拒絶。ホクトはただ立ち尽くす。
「選びなさい。このまま去るのか、力ずくで追い出されるかを」
 


 明快な言葉で追い討ちされて。ホクトはそのまま、玄関を出ることしかできなかった。





 2037年9月22日(火)午後10時17分 倉成家玄関



「ホクト…一体どうしたって言うんだ。こんなにびしょぬれになってからに」
「何があったの。傘は持っていたでしょうに」


 夜遅く帰宅した息子の無残な姿に、武とつぐみは驚きを隠せなかった。


「………」
 そんな両親の問いかけにも、口を閉ざして黙するホクト。
「とにかく。そんな姿じゃ風邪ひいちまう。
 つぐみ、風呂は沸いてるよな?すまんが俺とホクトの着替えとバスタオルを用意しておいてくれ。後のことは俺がなんとかする」
「…分かった。お願いするわ、武」
「任せろ。おら、とっとと上がって来い、ホクト」
 そのまま武は強引にホクトの袖を掴み、引っ立てるようにして浴室へと連れて行った。




 2037年9月22日(火)午後10時25分 倉成家浴室



 服を脱がされ、浴室へおしこまれ、かかり湯を浴びせられて、浴槽へ放り込まれる。
 その一連の動作において、ホクトは抵抗は愚か自発的行為を一切しなかった。


「全く、一体何があったってんだ。話してみろ?
 こういう時の父親だ。相談ぐらいなら乗ってやれる」
「………」
「………」
「………」
「………だんまりか。まあいい。ユウがらみ以外に可能性なんかないからな」
「!」

 父親の鋭い指摘に、ホクトの身体が痙攣したようにびくんと跳ねる。

「そうか。言いたくないなら言わないでいい。その代わり、一つだけ忠告するぞ?

 表層だけに惑わされるな。混乱して何も分からなくなったら、一番奥の根元に帰るんだ。そうして最初から考え直してみろ。

 俺が今、ホクトに言えるのはそれだけだ。考えて、自分の答えを出せ」


 髪を洗われ、身体を洗われ、シャワーでシャンプーと石鹸を洗い流し、浴室から連れ出して。
 バスタオルでくまなく全身を拭き、下着とスウェットの上下を着せて、自室へと連れて行き、ベッドに腰掛させて。

 その全ての行動を武が無言のまま一人で行い、そのまま武はホクトの部屋の鍵をロックした。




 2037年9月22日(火)午後11時00分 倉成家 ホクトの部屋



 虚空を見上げる。ただ、見上げる。そんな時間がずっと過ぎていく。
 何を考えたらいいのか、何を考えるべきなのか。それすら見出せず、ただ時間だけが過ぎていく。

(「一番奥の根元」って、なんだろう)

 ふと、お父さんが言った一言が頭に浮かんだ。いったい、お父さんは何を言いたかったんだろう。

                      「!!!」

(根元は「ユウと僕の気持ち」じゃないか!。交わした言葉や現状じゃなくて、要は僕がユウをどう思っているか、ユウが僕をどう思っているかってことが一番大切なことだよ)

 やっと、きっかけが見付かった。簡単な事なのに。疲れきった頭で表面の事ばかり考えていると、こんな簡単な事すら思いつかなくなる。

(まずは、休もう。考えるのは、頭をすっきりさせてからだよ)

 逃げかもしれないと思いながらも。僕は取り敢えず眠る事にした。無理やりに。



 

 目が覚めた。
 何時間、眠ったんだろうか。だけど、そのお陰で頭だけはすっきりして、何を考えるかもはっきりしている。


 結局、今のユウは僕の事をどう思っているのだろうか。


 考えるのは、その一点のみ。考えるのは2つの場合のみ。
 僕の事が好きか、そうでないか。
 僕の事が好きでないなら、しょうがない。僕が悪いんだから。

 だけど、そう考えるには無理が多すぎるような気が僕にはした。

 まず、余りにも唐突。何も誕生日、しかもデートの最後に別れを言う必要があったのだろうか。第一、誕生日の事を言ったときのユウの喜びようが嘘だったとは、今でも僕は信じられなかった。

 次に、あの日のユウの家の玄関。僕が来た時には既に水浸しだった。優さんや彼方くんがびしょぬれで帰ってくる理由なんて無いし、そうなると信じがたいけど対象は一人しか僕には思い浮かばない。
 なんで、ユウは傘も差さずに帰ったんだろう。言っていた。「そこいら辺りは、抜かりはないわよ」と。この言葉が正しければ、ユウは傘を持っていたはずなんだ。

 それに、デートの間中、なにかおかしかった。もともと無茶をするユウだけど。あんなに密着してきたのも、自分のやりたい事をしていたのも、今まで無かったような気がする。
 ただ、本心を押し隠す為にした。そう考えたくはなかった。

 単に、僕の未練かもしれない。だけど、それで僕には、ユウが僕を嫌っているとだけは思えなかった。


 だけど「ユウが僕の事を好き」だとするならば、一つだけだけど致命的な問題がある。

                   「なんで、別れなければならないのか」

 これを説明する事が、僕にはできなかった。娘想いの優さんの性格から言っても、僕や沙羅の病気の事をユウに言うとは思えない。
 そう考えると、ここで「好きなのに別れる」という事を説明できる理由が、僕には何も思い浮かばなかった。

 やっぱり、ユウに僕が愛想を尽かされたのだろうか。
 そう思ったとき、あの日の朝のお母さんの言葉が脳裏に浮かんだ。

『信じなさい、身近にある人々の心を。絶対に忘れちゃダメよ』

…身近にある人々の心。ユウの心…優さんの心!

『ホクト。あなた、答えは持っているの?』

 あの言葉。『答えを持ってこない限り、ユウには会わせられない』と優さんは言った。逆に言うと、僕はユウに何かを答えなければならない。
 そして、ユウの心を信じる。…3年間積み重ねた僕とユウの日々を信じる。
 そうすると、やっぱりユウが僕を嫌っているという選択肢は信じられない。


 じゃあ、何だろう?「僕の為に、好きなのに別れる」なんて理由、一体何処にあるんだろう。僕はユウのどのような問いに、答えなければならないんだろう?

 思考はここで詰まってしまった。一番肝心な鍵が、開かない。



ピンポーン!

 微かに玄関のチャイムが鳴る音がして、ドアのロックサインがオフになる。僕たちの部屋にはモニター用の小型制御盤が備えられていて、玄関や窓のロック状況が一目で分かる。
 …ドアのロック状況が…


『………あれ、開いてるわね』



『難しい、簡単という意味なら、断然『キュレイになるキュレイシンドローム』の方が容易いさ。『死なない』という思い込みの方向性からも、そっちの方が多分容易だ。成功率だけ言うのなら、数倍高い。
 だが、あくまでそれは『キュレイ』になりたいと心底思っているサピエンスキュレイにとっての話だ。
 心の片隅にでも『キュレイは嫌』という心の部分が残っていたり、サピエンスに本当はなりたいけど俺の都合がいいならキュレイにという思いでは、絶対に『キュレイになるキュレイシンドローム』は発現しない』



 ………繋がった。たった一つの可能性だけれども、繋がった。たった一つの可能性と、それに繋がる一連の流れ。
 確証も何も無い。けれども、直感でそれが真実だと僕には分かった。
 あのデートの間のユウの在り様も。優さんの言葉の意味も。そして何よりも…ユウの心も。全てが理解できた。



 そして僕は………もう一度布団を被り、眠った。




 2037年9月23日(水祝)午後6時00分 倉成家 ホクトの部屋



 ホクトの目が、もう一度開く。
 そのままホクトは時計を確認し、ゆっくりと起き上がる。
 タンスから下着の替えを、クローゼットから服を取り出し、タンス脇に掛けられたバスタオルを手にする。
 そしてそのまま、ゆっくりと部屋を出た。

 
 
 熱めにセットしたシャワーを浴び、髪と身体を洗う。
 そして浴室から出て、身体をきちんと拭ってから下着と服を纏い、洗面台に向かう。
 ドライヤーで髪を乾かし、きちんとクシを通し、ひげを剃り、歯を磨く。一連の動作を、一切の遅滞も逡巡もなく行っていく。



「お母さん、御免。悪いけど僕の食事を用意してもらえないかな」

 台所で夕食の支度をしていたつぐみに、ホクトが穏やかな声で告げる。
 本来ならルール違反。『夕食は全員で食べる』のは倉成家の家訓。ここ数日が異常なだけで、本来は絶対に守られなければならない掟。

「判ったわ。すぐに用意するから、ダイニングで待っていなさい」

 しかし、こういう事に一番うるさい筈のつぐみが何故か咎めなかった。



 母親の用意した食事を採り、台所で歯を磨き、リビングの姿見鏡の前で身だしなみを整える。
 玄関に靴を出し、それをゆっくりと履く。

「行ってきます、お母さん」
「いってらっしゃい、ホクト」

 玄関先に出てきた母親に挨拶し、その母親の言葉に送られて。

 ホクトは倉成家を後にした。



「…行ったか。ある意味人生最大の決断だろうな、ホクトには」

 遅れて玄関先に出てきた夫の言葉に

「信じるしかないわ。積み重ねた絆を」

 つぐみは微笑んで、頷いて見せた。





 2037年9月23日(水祝)午後7時00分 田中家 玄関





ぴんぽんぴんぽん!


 ドアが、ゆっくりと開かれる。

 玄関先に居るのは、長髪の普段着を纏った一人の女性。


「問うわ。答えは見付かったかしら?」

 その女性の問いに。

「はい、見付かりました。だから参りました」

 ホクトは穏やかに、しかし躊躇無く真正面から言い切った。



「判ったわ。一時間程、ここで待ちなさい。時が来たら、またここに来るから」







 2037年9月23日(水祝)午後7時17分 田中家 優美清秋香菜の部屋




(一体、何時間経ったのかしら)
 ベッドに横たわり、天井を向いて。そんな姿でユウはずっと虚空に視線を彷徨わせていた。
 視線を彷徨わせ、睡魔に屈し、目が覚めて、視線を彷徨わせ…

 そんな時間を一体何時間過ごしたか。ユウにすら、それは判らなかった。


 プシューッ!

 居住家屋用の簡易自動ドアのロックが解除され、ドアが開く。

「!」

 これを機会に自発思考が覚醒する。

 この部屋は完全ロックモードに設定した。このロックを解除できるのは、ユウ自身と。

「………」

 開いたドアの先で腕組みをして仁王立ちしている、彼女の母親だけだった。



「ユウ。ホクトが来ているわ。迎える支度をなさい」

 微動だにしない優の口から放たれる鋭い言葉。

「…嫌」

 微かな、だが明確な拒絶の言葉がユウの口から漏れるや否や。


「!!!」

 文字通り一瞬の内にユウの身体はベッドから離れ、その目前数センチには能面のように表情を消した母親の顔があった。
 優がベッドの中のユウの襟元を掴むや否や、力任せにベッドから引きずり出したのである。ユウの身体は自身の足ではなく、母親の腕力で支えられていた。


「秋香菜」
…二人だけの時に、母親がユウの事を名前で呼んだ。恐らく、ユウが物心ついてから数度しかないであろう。
「秋香菜。あなたが出した答えに対して、ホクトが自分の答えを持って来た。あなたには、それを聞く義務がある。
 そして、その答えを聞く時の礼儀といういうものも存在するわ。
 ちゃんとお風呂に入って、着替えて、身だしなみ整えて、部屋を片付けて、そしてホクトを迎えなさい。
…自分でするか、私に力ずくでさせられるか。返答次第では、ただじゃおかないわよ?」
「………自分でする」





 2037年9月23日(水祝)午後8時47分 田中家 優美清秋香菜の部屋





「来たよ、ユウ。話があるんだ」
「私には、話す事なんて何もないわ」
 ベッドサイドに佇むホクトと、ベッドに腰掛けて横を向いて視線を反らすユウ。そんな二人の最初の会話がこれだった。
「じゃあ、僕の話すことだけ聞いてくれればいいよ」
「手短にお願いするわ」
「分かったよ。じゃあ、結論だけ言うから」
 一瞬だけホクトは間をおいて、そして……告げた。








                      「ユウ。僕、キュレイを辞めることにしたよ」





                          言葉と共に、時が静止した。




「ホクト、今、なんて、言ったの?」

 無限とも思える沈黙の末、ユウが発したのはこの言葉。

「言ったとおりだよ。僕、キュレイを辞めてサピエンスになる事にしたんだ」



 再度降りる沈黙の帳。


 それを破ったのは


「馬鹿よ、貴方」

 やはりユウだった。視線は反らしたまま。

「うん、馬鹿だと自分でも思うよ」

 ホクトの言葉は淡々としている。だが、言っている事は正気と思えないもの。


「あれだけ頑張ってやっと一緒に暮らせるようになった家族とも、別れることになるのよ?」

「うん。そうなるね」

「あっという間に老いていくのよ?」

「まあ、当然だよね」

「後悔するわよ、絶対」

「うん、絶対後悔するだろうね」

…この言葉に、初めてユウがホクトの方に振り向いた。驚きと怒りの顔。

「後悔するって分かってて、どうしてそんな馬鹿な選択するのよ!何百回、何千回って後悔するのよ?」

「うん、何百回、何千回。もしかしたら何万回も後悔するかもしれない。僕って弱い人間だから」

 そう言って、ホクトは微笑む。

「だったら、何で笑って言えるのよ?笑って後悔なんて出来るわけないじゃない!!!」

「…出来るよ」

「何よそれ、そんなのありえない!」

 ぶんぶんと音を立ててかぶりを振って、ユウはホクトを睨みすえる。
 そんなユウに対してホクトは笑ったままで………



「いや、出来るよ。
 だって、いろんなことを後悔しても、最後にこう思って笑うんだから。


 『それでも、ユウを梯子にして捨てたって後悔をしなくて済んだんだから』って。


 例え全てを失ったとしても、何度後悔する事になったとしても。ユウと引き換えならばそんな事は笑って乗り越えられるんだ、僕は」




「…馬鹿よ、本当に馬鹿よっ!!!
 ホクトの為に私が諦めようとしているのに。私さえ居なくなってしまえば、ホクトはキュレイになって、家族も、未来も、全部…全部手に入れられるじゃないの!
 なのに…どうして肝心の貴方が、そんな馬鹿な決断をするのよっ!何で、私なんかの為にそんな苦難の決断をするのよっ!!!」

 遂にユウの仮面は音を立てて剥がれ落ちた。目からは涙が零れ落ち、表情はくしゃくしゃに歪んでしまう。

「確かにユウさえ諦めれば、いろんな物が手に入るかもしれないよね。単純な損得なら、そっちの方がずっと得かも知れない。
 だけど、僕は馬鹿だから。そんな物を全部引き換えにしてでも、ユウが欲しい。ただそれだけの事を気づくのに、3年以上かけてしまったんだ。御免、ユウ。辛い想いさせて」

「…こんな女の、何処がいいのよ?面倒で、我侭で、意地っ張りで、騒がしくて、頭悪くて、年上で…欠点ばっかりじゃない!なんで私にそこまでこだわるのよ!」

「しょうがないよ。面倒で、我侭で、意地っ張りで、騒がしくて、頭悪くて、年上で…綺麗で、優しくて、頼もしくて、元気で、賑やかで…何よりもこんな僕の事を好いてくれる。
 そんなユウを好きになっちゃったんだから。そんなユウが僕の一番になっちゃったんだから。
 だから、僕はユウをもう二度と離さない」

 この言葉に、ユウは涙目でホクトを見上げる。

「…ホクトの言葉なんて、信じられない」

 ぽつりと洩らしたその言葉に。

「うん。だから僕は、行動で示す事に決めたんだ」




 そういうや否や。


 ホクトはユウの唇を自身の唇で塞ぎ、そのまま優しく、彼女をベッドに押し倒した。







 2037年9月23日(水祝)午後10時00分 田中家 リビングルーム





 あれからかなりの時間が経つが、ユウもホクトも部屋から出てこない。
 
 壁にかけられた時計の表示を見て、田中優美清春香菜は安堵したような笑みを洩らす。

「やれやれ、収まるところに収まったようね。…さて、お邪魔虫はとっとと退散しますか」

 そう言ってリビングルームから玄関を経て外に出て、厳重にロックを施す。



「でも、母親より娘が先に片付くってのもねえ。なんか複雑だわ」

 虚空に呟いて優は車に乗り込み、エンジンキーを捻った。







 2037年9月23日(水祝)??? 田中家 優美清秋香菜の部屋




「ねえ、ホクト」

「何、ユウ?」

「一つだけ、約束して」

「うん。僕に出来る事なら」



「私より二年遅れて生まれたのなら、私より二年先まで生きなさい。

 私より先に死んじゃったら、絶対に許さないんだから」



「うん、約束するよ。僕は、死なない」

 そのまま、ホクトはユウを優しく抱きしめた。





                             ― To Be Continue Next Half ―
後  書


…予定は未定(笑)

 予定に反して題名変わった挙句に3部構成。沙羅が主張激しくて(爆)

 という訳でホクト編。…本当に難産でした。プロット的にだけではなくて精神的に。
 最後の方のシーンだけは決まっていたんだけど、そこにつなげるのが四苦八苦。何とか書いたおーって感じです。やっぱり辛い話は書きづらいのかな私。

 この話、最後の優秋のセリフ出したくて書いたような側面が。ストーリーそのものは手垢が付いたよくあるベタネタでもあるんですが。


…カートで本当に慣性ドリフトや三角ドリフトできるかは知りません。
 

 次は、沙羅編になります。ちょっとホクト編とは毛色が違う構成になる予定。もともと両方織り込むつもりが話がぶつ切れになるので分けたものですから、4割くらいは書いてます。

 それでは、毎度の事ながらここまで読んで頂き有難うございます。


2006年6月27日  あんくん


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