未来へ続く夢の道
−本編17 決断−

                              あんくん



〜 未来への扉 〜





 2037年9月24日(水) 午後0時00分 田中研究所3F所長室




「俺を呼んだからには、結論は出たようだな」

 応接セットのソファのど真ん中にどっかと腰掛けて頬杖をついて、誠は向かいのソファに座る相手を見据える。



「僕は………サピエンスになることにしたよ。ユウと一緒に、未来を歩むんだ」


「沙羅は………キュレイになるんだよ。彼方の隣を、居場所って決めたから」



 憑き物が落ちたような穏やかな顔で、ホクトと沙羅は自身の決断を告げた。



「了解した。まあ、順当と言えば順当か。お互い、落ち着くところに落ち着いたな」

 誠は、目前の光景に微笑んだ。



 最初、決断を求めた時。対面に座っていたのは、沙羅とホクトの二人。

 現在、決断を受けた時。対面に座っているのは、四人。



 倉成ホクトの隣には、田中優美清秋香菜。倉成沙羅の隣には、石原彼方。
 自身の伴侶として共に歩むと定めた相手に寄り添われ、今、決断を告げている。
 四人とも、表情は穏やか。やっと見つけた自身の居場所に在り、ただ粛然として前を向いていた。

 そんな四人を囲むように椅子を置いて座る、彼ら彼女らの守護者達。

 武、つぐみ、優、桑古木、遙、いずみ、そして空と久遠。血の繋がりと心の繋がりをもって、死神に戦いを挑む。これは、運命への反乱。


「よろしい。たった今より『オペレーション「C・C」』―キュレイシンドロームによるサピエンスキュレイの治療計画を発動する」

 表情を改めて。誠は高らかに、死神と運命への宣戦を布告した。





「さて、まずは戦友を紹介する事にしよう。遠くない将来、この計画はキャビン研究所にも伝えられる事になる。彼らにとっても、この計画は子供達の未来を左右する重大な岐路。当然の様に全面的な協力は得られるだろう。
 だが、あくまでもこの計画を実行するのは我々で、救うのはホクトと沙羅の二人だ。そこから得られる余禄なんて、俺達にとって後まわしだ。
 だからこそ、計画の主導権は、我々…いや、救う相手に思い入れを持つ人々で取る。キャビン研究所の連中の力は借りても、口出しは一切させない。

 資金に関してはアテがある。ヒモの一切付かない資金を供給してくれ、この計画に全面的な協力をしてくれるパトロンがいる。だから、なんの遠慮も要らない。

 そして、その他に。俺の指示の元で、スタッフを取りまとめて策を実行し、俺を補佐してくれる人間が居る。
 
                          ………入ってくれ」


 副所長室と所長室を隔てる扉が開放される。その先に立つ人物は………


「久しぶりだね、ホクト君。…健やかでなによりと言いたいけど、残念だけど違ったようだ」
「ホクト………大きくなったわね」
「沙羅。私などには逢いたくは無かっただろうが。それでも、私は逢わなければならなかった。恨んでも憎んでも構わないが、拒絶だけは勘弁してもらいたい」
「沙羅………また、逢えた…」

「!」
「!」

 沙羅と彼方の面に、狼狽が走る。微かに唇を動かそうとして、声にならず消える。
 
 仮初に父と呼び、母と呼んだ存在。ただ、心の底からそう思って呼んだ事は一度もない。
 二度と会うこともないと思った養父母の姿。沙羅と彼方はどうしていいか分からない。


「自己紹介をさせてもらう。
 松永だ。一時期、君達の娘の身柄を預かっていた。名前は覚えてもらう必要も、その価値も無い。こちらが妻、そしてそこの二人が天辰君夫妻。君達の息子を預かっていた者だ」
 
 四人の中で一番風格のある中年の男性が、その外見に相応しい声で言葉を紡ぐ。

「倉成つぐみさん、倉成武さん。我々はあなた達や、あなた達の子供達に会う資格なんか持たない。
 だが、それでも。仮初にもわが子と呼んだ存在が、心に決めた伴侶を残して道半ばに命を落とすなどという事には耐えられなくてね。こうやって、恥を忍んでやってきた。
 そういう訳で、身勝手連として馳せ参じたという訳だ。我々の推参、認めてくれないか?」

 言葉が途切れ、四人は最敬礼で頭を下げた。



「お断りだわ」

 だが、つぐみの言葉は、短く容赦の無いものだった。

「…当然の、答えだね」
 松永は、肩を落とす。

「おい、勘違いするんじゃねえぞ?
 身勝手連で、推参だって?なに寝言言ってるんだ。身勝手に参加されて好き勝手に動かれても、俺もつぐみも子供達も迷惑だ。

 最初っからこう言えばいいんだよ。
『親として、子供達を救わせてくれ』ってな」

 武の言葉に、四人は弾かれた様に顔を上げ武を見る。

「血なんか繋がっていなくても、子供達から拒否されても。親にだけはなれる。
 血はつながっていても、実質四つしか歳が違わず16年も逢わなかった俺が親になれたんだ。俺より長くホクトや沙羅に付き合ってきたあんた達が親になれない筈が無いだろう?
 あいにくと社会人として未熟な俺は、人を束ねる度量も、人を従わせる格も、人を乗せる話術も、組織を動かす知略や機転も持ってねえんだよ。だから、そういう所はあんた達だけが頼りだ。
 頼む。沙羅とホクトを………俺達とあんた達の子供を救うために。全ての力、貸してくれ」
「家庭しか知らない私には、組織は動かせないから。勝手なお願いだけど、私の出来ない事は全部頼んだわ」 
 武とつぐみは椅子から立ち上がり、そのまま最敬礼で四人に頭を下げた。


「ふん。貸すなどとはおこがましい。タダで、全部くれてやる。どうせ一度は無いと思った命、永らえた以上目的の為に全てを委ねる事に躊躇などしない」
 口調は厳しく、素直ではないが。目じりには涙が光っている。二人の女性…松永と天辰の姓を持つ女性の面は既に涙に濡れ、嗚咽の声が漏れている。


「そういう事だ。ホクト、沙羅。許してやれとは言わんが、受け入れてやってくれないか。
 卒業式の日の言葉。嘘じゃないんだろ?」

 桑古木の言葉に、ホクトと沙羅が頷く。

「あなた達が養ってくれたから、僕たちの今があるんだ。
 一緒に居た時は、一度も感謝なんて気持ちは湧かなかったけど。でも、今になって分かるよ。貴方達も…父さんも母さんも、やっぱり僕たちにとっては親だったんだって」
「うん。沙羅もそう思うよ。
 どんなに監視されても、邪魔されても。それでもパパとママは沙羅に手を上げることも無かったし、沙羅に他人が手を上げることを許さなかったから。
 幸せな世界に暮らして、心に余裕が出来て。初めてそのことが分かったから。だから、沙羅はもう、恨みなんて無いんだよ?」
 表情は穏やかに、口調は朗々と。何の気負いも緊張も、そして飾りも無い言葉。


 その言葉に、


「全てを知ってなお、私を父さんと呼んでくれるのか………これだけでも、恥を忍んで生きた価値がある」
「私が…母親…私みたいな最低な女を、母さんって呼んでくれた………」

「立身出世し、自分の力を世に誇示したいと願って生きてきたつもりだったが…どんな賞賛よりも、今の言葉が嬉しいとは。どうやら、自分を見誤っていたようだ」
「ええ。結局、私は組織の歯車にはなれませんでした………」


 大人たちの最後の見栄は音を立てて崩壊した。





「…ホクト、沙羅。松永と天辰と一緒に、研究所の皆に挨拶して来なさい。皆、あなた達の命を救うために働く同志達よ。礼を尽くして接するのは当然の義務。
 彼方、ユウ。貴方達も一緒に行きなさい。将来の義理の父母にいいとこみせなきゃ、ね?」
 最初は昂然と、最後は悪魔の笑みと共に。優のそんな命令に。


「「「「う、うんっ!」」」」
 真っ赤になって四人が頷き。


「「「「承知」」」」
 昂然と面を上げて四人が応え。


 そのまま、若い四人が年配の四人に歩み寄り、その手を取る。


「今後とも、宜しくお願いします」
 若い四人を代表して、ユウが決然とした面持ちで告げて。
「ああ。せめて、私達が寿命を迎えるまでは君達には生きていてもらわねばならない。それが自然の摂理というものだ」
 年配の四人を代表して、松永は胸を張って応えた。




 この日、この時を以て。









 ホクトと沙羅、そして二人に味方する人々と、運命の銀の車輪を操り漆黒の鎌をもって死の輪廻を司る死神との、長い長い戦いの日々の幕は切って落とされたのであった。






                   ― To Be Continue Last Episode of 2nd Sesson ―
後   書


 お約束どおり、短い話です。事実上のインタルードになります。

 はっきり言って、思い付きです。『卒業式・裏』から実はこういう使い方考えてました…なんてあからさまな嘘は吐きません(笑)。


 ただ実際問題として、この立ち位置に彼らほど相応しい存在は居ないと思います。

 社会経験と優秀明晰な頭脳の両方を有し、社会の表ばかりではなく裏も知っていて、そして人を統率する統率力や組織人としての才能を持ち、一人の研究者としての実績も十分。
 そんな存在でありながら、ホクトと沙羅を裏切る可能性は絶対にない。実に私的ライトスタッフな存在でした。

…いよいよ、次が第二部最後のお話になります。

 ここまでの長い話の行く末を、見守ってくださるとありがたいです。


 追伸:実はこの話で出番があるハズだったのにカットされた人物が。やっぱりそういう扱いが一番似合ってます、『彼』の場合(爆)。


 2006年7月3日  あんくん


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