2051年8月16日 午前7時17分 Lemu ドリットシュトック中央電算制御室。 「沙羅…お茶持って来たよ」 「あ、彼方。ありがと」 沙羅は、夫の差し出した紙コップを受け取った。 「体調の方はどう?ここの所、どうも調子よくなかったみたいだから……それに今から当直だよね。本当に大丈夫なの?」 「確かにあんまり調子よくないけど……多分、無理したせいだと思うよ。今は大丈夫だから。 ゴメンね彼方、心配かけて」 気遣わしげな彼方の表情に対して、沙羅は笑顔を作って答えて見せた。 |
未来へと続く夢の道 ―エピローグ6 非日常の日々の果てに ― あんくん |
『ノア』が太陽系を離脱して3時間。先ほどまで総員直で喧騒の渦中にあったLemuの中央電算制御室は、打って変わって静寂の中にあった。 部屋に詰めるのは、ごく僅かな要員だけ。総員直の直後だけに、スタッフの数は最低限に抑えられていた。 「とりあえず、最初の難関は終わったんだよね…彼方、ツヴァイトシュトックの方はどうだったのかな?」 「こっちと似たようなものだよ。管制クルーを除いたらみんなダウンしているし。 エレベータ管制と厨房職員は悲鳴上げていたけどね」 苦笑しながら、彼方も自分の手の中の紙コップからお茶を一口飲む。 「そうかも。みんな食事する暇なかったし、エルストボーデンに上がるには通常はエレベータしか許可下りないもの。 彼方は非番だよね?沙羅はダメだけど、彼方はエルストボーデンに戻っても良かったのに」 こちらもコップの中身に口をつけながら沙羅が尋ねる。 「うーん。今下手にエルストボーデンやインゼルヌルに上がると、マスコミとかに捕まりそうで。 それくらいならここで沙羅と話していたほうが良いって思ったんだ…どう、ホロウ?」 視線をさまよわせながら、彼方は虚空に問いかける。 『正解ですね。基幹スタッフを捕まえてインタビューしようとプレスがあちこちで待ち伏せてます。 特にミセス・沙羅とミスター・彼方に対する照会が急増していますね…どうされます?』 このLemuを統括する人工知能、月読システム『Hollow』の声がイヤフォンを通じて二人の耳に伝わる。 「どうするって言われても。ねえ、沙羅?」 「うん。どうせホロウのことだから、とっくに対処しているんだろうしね」 悪戯っぽく笑う二人に。 『取り敢えずの手は打っておきました』 こちらもまた悪戯っぽい声が応じる。 「「…何やったの、ホロウ?」」 嫌な予感に苛まれ、思わず声をハモらせた二人。 『いえ。大したことはしてません。「馬に蹴られて死にたくないのなら、邪魔しない事をお勧めします」とメールを一斉送信しただけです』 「………しばらく上には帰れないね、沙羅」 「………うん」 『嫌な予感だけは良く当たる』。同時にこの言葉を脳裏に浮かべて、二人は苦笑して顔を見合わせたのだった。 「でも、もうこの場所で暮らし始めて11年かあ。長いような短いような。微妙だよね?」 視線を彼方から外し、沙羅が呟く。 「うん。でも最初は驚いたよ。トムさんも人が悪いんだから」 口調とは裏腹な微笑を浮かべて彼方が優しく返し。 「全くよね。普通あんな事考えないもん」 沙羅もまた毒のない口調で呟いて、微笑んだ。 2040年6月1日(金)。 新婚旅行を終えた二人は、この日正式にLemuに赴任した。 上司…NUNCPC委員長トム・フェイブリンと対面し、辞令を受け取った後。 「早速だが。石原彼方、倉成沙羅。両名に指名任務を与える」 立場に相応しい威厳を備えた声でトムは宣言し、二人は直立不動になる。 「いったい、何でしょうか?」 彼方の問い。 「これは、君達二人のみならず、キュレイにとっては重要かつ必須となる任務である」 真剣な顔でトムが語る。緊迫した口調に、二人のみならず周囲の人々も息を飲む。 「さて、前置きはこれくらいにしておこう。具体的な任務の内容だが……」 「正直、あの後暫くはシャンパンとケーキは見たくなかった」 「同感でござる。あの後半年はインゼルヌルに上がるのは億劫だった由」 うんざりとした中に微笑を浮かべるという、実に複雑で器用な事を二人はしてみせた。 「まさか、いきなり1週間ぶっ続けで結婚式と披露宴に参加させられると思わなかったよ」 「それも朝晩通してだったじゃない。寝てるか結婚式出てるかなんて生活、普通体験できないよね」 トムが二人に下した命令。それは『Lemu職員達の結婚式に参列する事』だった。 さまざまな組み合わせのカップルが居たものの、純キュレイ種同士又はサピエンス種同士の組み合わせだけは存在しなかった。 そう……彼ら彼女らは自身の寿命や我が子の為に、愛を諦め、未来を誓えなかった人々。沙羅やホクトがサピエンシュキュレイの宿病を克服し、同族の将来を開いた故に結婚を決意できた者達だったのである。 そんなカップル達は皆、自分達へ未来を与えてくれた二人に自分たちの結婚式へ参列して欲しいと切望していた。その要望をトムは容れて、結果的に二組の新婚夫婦は実に一週間の間、ひたすら結婚式に参列を繰り返すハメになったのである。 ちなみにホクトとユウはジェットヘリでLemuに半ば強制的に連れてこられたらしい。…ずっとLemuに住むことになる沙羅や彼方と異なり、こちらは思い出の地での非日常の生活を結構楽しんでいたようだ。 なお、ホクトとユウは一週間後帰っていったが、彼方と沙羅は実に半年近くの間、『休日』=『結婚式参列』の方程式が続いたのであった。 「大体さあ、『あの二人の結婚式参列は公務であるから、遠慮なく招待したまえ』って。そんな無茶苦茶なのってないと思わない?彼方」 思い出すほどにげんなりした表情になっていく沙羅。 「でも、あれがあったからこそ僕たちは皆に受け入れられて信頼されたんだし。そこいらはやっぱりあの人には勝てないよ……まとめて休暇貰えたし」 「うっ!それ言われると弱い……普通一ヶ月も二人一緒に長期休暇なんて出ないもん」 彼方の指摘に、沙羅もばつの悪そうな顔になって苦笑する。 普通なら職権乱用となるのだろうが。結婚式出席を公式に職務命令にしたトムの判断そのものは極めて現実的で正しい。それは沙羅も彼方も、そして皆も認めざるを得ない。 出勤扱いである以上給料も出るし、招待する側も招待しやすい。公務だから衣装代やらクリーニング代やら御祝儀やらは全部NUNCPC持ち。その分二人に掛かる負担も減る。 でもって、代休扱いの長期休暇付与。こうなると二人も文句が言えない。皆が得をして丸く収まり、しかもコストは二人の衣装代と御祝儀と超過勤務手当だけという費用対効果の良さ。 結局の所、この策は完璧に成功したのである。 ちなみに長期休暇中、二人は石原家の別荘―ぶっちゃければ『南の孤島のロッジ』―で思う存分二人きりの生活を満喫?したのだった。…閑話休題。 そして、現在。石原彼方と倉成沙羅の二人はLemuの中枢幹部の一人だった。 共に世界トップクラスの研究者・コンピュータ技術者として世界的に有名となっており、その出自も手伝って今では科学界におけるキュレイの象徴的存在でもあった。 重力波制御技術や慣性制御といった最先端技術の開発を含めた宇宙船開発に関しては石原彼方は世界の権威であったし、殆どの基幹コンピュータ設計開発においては倉成沙羅がリーダーとなった。 一説では、この二人の存在がノアプロジェクトの進行を5年早めたとまで言われるくらいである。 今や彼方はツヴァイトシュトックの研究部門を統括し、沙羅はドリットシュトックの中央電算制御室の管理者となっている。事実上、Lemuの技術部門全てにおけるトップと言っても良い。 文字通り『キュレイの未来を開くため』にまい進した結果であり、スタッフからの信頼も絶大なものがあった。 もっとも、その反作用もある。 「結局、『こうはなりたくない』って父親に、僕はなってしまった。今になってやっと、父さんや母さんの苦悩が良くわかるよ」 「うん……最低な母親だよ、沙羅は」 二人とも俯いて肩を落とす。 休日前、娘の待つ倉成家へ帰る前になると決まって陥る自己嫌悪。 責任ある地位は当然の如くプライベートにしわ寄せをする。しかも二人は技術職。自身の都合で気安く休暇が取れる立場ではない。自分たちの背中にノアプロジェクトとそれに依存するキュレイの未来が賭かっているのである。 故に、自身の娘…沙夜に殆ど構うことが叶わなかった。 自身が両親に殆ど構ってもらえず、それ故に危うく道を踏み外しかけた彼方。幼い頃に親から引き離され、家族の絆に飢えていた沙羅。 この二人にとって、現状は極めて不本意…正確に言えば『一番あって欲しくない状態』といえた。 「でも、沙夜にとって現状は不幸ではない。これだけが救いだね」 「そうだね、彼方。パパやママ、お兄ちゃんやなっきゅ義姉さん。そして…なっちゃんとふーちゃんのお陰だよ。本当に……家族って、ありがたいよ…ね…」 しみじみと述懐する彼方に、目じりに涙を浮かべて頷く沙羅。 結局唯一の選択肢として、娘は幼いころから沙羅の実家に預けられることとなった。 武とつぐみ、ホクトとユウ。そして、何よりも歳の近い従姉妹達…夏香菜と冬香菜の存在。そんな家族に支えられ、今のところ沙夜は道を踏み外す事なく育っているようだ。 だが……それはそれで、二人にとっては寂しいことだった。休みのたびに帰ってはいるものの、肝心の休みそのものが不定期かつ少ない。下手をすれば彼方方の祖父母―誠と遙―より会う回数が少ないかもしれないそんな両親。 そんな自分たちは、もしかして沙夜には不要の存在なのではないか。この思いが更に二人の心を痛めつける。 結局それ以降会話は絶え、それは沙羅の当直時間が終わるまで続いたのだった。 2051年8月16日 午後1時00分 Lemu ドリットシュトック職員用仮眠室(個室)。 沙羅の当直が明け、ドリットシュトックの仮眠室(流石にエルストボーデンに帰る度胸は無かった)で数時間の仮眠を取った二人だったが。 「ちょっと待ってくれる?…ホロウ、一体どういう事なのよ!」 いきなり、沙羅の怒声が室内に響き渡る。 『どうしてと言われましても。規則ゆえ許可できない。それしか申し上げる事が出来ませんが』 珍しい事に困惑したような感じのホロウの返事。 「ふぁあ〜。どうしたの、沙羅?」 結果的に沙羅の怒声に起こされた形になった彼方が寝ぼけ眼をこすりながら隣に問いかける。 「どうもこうも無いんだから!この時間になって、突然ホロウが『RTSの使用許可を沙羅には出せない』って言い出したんだよ。RTS使えないと、私、家に帰れないじゃないの!」 今度は彼方に食って掛かる沙羅。顔は真っ赤に高潮している。 確かに無理もない。これが実に3ヶ月ぶりの倉成家への帰宅なのである。その為のRTS使用許可申請を蹴られたとなれば、怒るのも当然といえた。 「うーん。ちょっと待ってね沙羅。…ホロウ、聞こえてる?」 『はい』 「とりあえず、僕達は田中研究所に行きたいんだけど。代替交通手段、確保できるかな?」 『要人用の超音速VTOL連絡機でしたら手配可能です。…秘密裏に重力波制御装置を装着していますので、研究所までなら2時間あれば十分と考えますが』 「で、それには僕だけじゃなくて沙羅も乗って良いんだ」 『当然です』 「でも、RTSよりもっと身体に負担が掛かると思うんだけど。それは問題ないの?」 『問題ありません。RTS特有の理由による被転送者の健康に対する懸念故、RTS使用許可を出せないだけです。 慣性制御下の超音速飛行程度であれば全く支障はありませんね』 何故か彼方の表情は明るくなっていき、ホロウの声には悪戯っぽい響きが強くなってくる。 「…彼方、何笑っているのかな?」 こちらは狐につままれて、困惑する沙羅。 「別に分からなければ分からなくて良いと思うけど。どう思う、ホロウ?」 『正直、このままミセス・沙羅の反応を楽しみたい所なのですが。残念ながらそれは無理なようです』 ホロウの声に、ため息が混じったように沙羅には思えた。元来そんな機能など付いていないはずなのに。 『全く、一番よく分かる筈の人間が分からないのではどうしようもありませんね。ミスタ・彼方、種を明かしてよろしいでしょうか?』 「しょうがないね。こういうのは普通、沙羅から告げられるのがお約束なんだけど」 彼方がお手上げといった按配で両手を上げてみせるが……笑いながらでは緊迫感皆無。 「あなた達ねえ、沙羅を置いて勝手に話し進めないでくれないかなあ」 訳が分からないがなんか妙な方向に進んでいく話に、思わず沙羅が突っ込みを入れる。 『この場合、適任はミスタ・彼方だと思われます。どうぞ』 「あっ、卑怯だよホロウ!肝心な時に逃げないでくれない?」 『ミスタ・彼方こそ逃げないで下さい。これは貴方の義務ですから。それではごゆっくり』 ぷつんと音を立てるイヤフォン。どうやら無線接続をカットしたようだ。 「か〜な〜た〜?なんだか沙羅、すごく腹立たしいんだけど。一体ホロウと二人で何話してたのよ!」 食って掛かる沙羅。そんな沙羅を笑ったまま見やる彼方。 「しょうがない。一回しか言わないからちゃんと聞いてね、沙羅」 そう言って彼方は沙羅の耳に唇を寄せて、何かを呟いた。 2051年8月16日(水)午後5時34分 路上。 「あれ?お兄ちゃん?」 「あれ、ホクト義兄さん。今帰りだったんだ?」 「沙羅に彼方君?…今日から休暇なの?」 田中研究所から家路に着いた彼方と沙羅は、勤務先から帰宅途中のホクトと鉢合わせした。 「うん。暫くノアの件で缶詰だったもん。とりあえず2・3日は一日中家に居れると思うよ」 「それはいいなあ。僕も明日は休みだから、久しぶりに沙羅たちと一緒に過ごせるね」 にこにこ顔の沙羅の言葉に、目じりを下げて応じるホクト。 「何よりも、沙夜が喜ぶだろうし。暫く家族全員が揃うことは無かったから。 明日はみんなでパーティーするってのも良いんじゃないかと思うけど。どうかな、義兄さん、沙羅?」 彼方がまた、笑いながら提案。 「それは名案だよ、彼方君。お父さんが9時くらいに帰って来るらしいから、相談してみようか?」 「沙羅は大賛成。ついでに守野のみんなも呼ぶのはどう?くるみさんは無理だけど、他のみんなは何とかなるんじゃないかな」 残りの二人も微笑みながら賛成し、ああでもないこうでもないとパーティーのプランを練りつつ見慣れた道を家へと向かう。 そして見える、愛しき我が家。 隣人が引っ越した際にその土地を売ってもらって、今では家族が皆一緒に暮らせるように増築されている。 周囲の風景に溶け込んだ、見慣れた我が家。 「ただいまー!!!」 「ただいま帰ったでござる!」 「ただいま帰りました。…沙羅、その挨拶は止めなきゃ」 三人一緒に大きな声で帰宅の挨拶をして。 「あっ、お父さんだー!」 「パパさんと、ママさんだ!やったやった、今日は帰ってくる日だったんだね?」 「おとうさーん!おかえりなさーい!!!」 どたどたどたどた!!! 奥のダイニングから飛び出してくる子供達。 そんな子供達にきゃいきゃいとじゃれ付かれながら、三人は我が家へと入ったのだった。 「あら、お帰り」 「あ、ママ。ただいま」 「つぐみさん、ただいまです」 とりあえず自室に引っ込んだホクトに対し、ダイニングに直行した沙羅と彼方が先客と帰宅の挨拶を交わす。 「沙羅。夕食まで時間があるから、暫く寝て来なさい」 「え?」 母親の意外な言葉に、沙羅はかすかに眉の根を寄せる。 「何年沙羅の母親をしていると思うの?あなたの体調なんて見ただけで分かるわ。 彼方も。分かっているのなら力づくでも休ませなさい。それが一番身近な人間の義務よ」 つぐみはぴしゃりと言い切る。表情は笑顔なのに、その言葉には有無を言わせぬ力があった。 「ちぇっ、ママにはお見通しだったね。確かにここ数日殆ど寝てないし。 それじゃ、一・二時間位休ませてもらうから。……どうしたの沙夜?」 母親の言葉に反論できず踵を返そうとする沙羅の袖を、沙夜がくいくいと引いている。 「沙夜も一緒にお昼寝しても、いいよね?」 不安げな上目遣いで尋ねてくる我が娘に。 「もうお昼寝って時間じゃないけど。まあ沙夜の事だから、今朝夜更かししてたんでしょう?」 しょうがないなーという表情を顔に貼り付け、沙羅が苦笑する。 「えへへ、実はそうなんだよ。パパさんとママさんが作った船の番組ずっと見てたから、今日はずーっと眠かったんだ」 沙夜がばつが悪そうにはにかみ笑いをする。 「全く、気楽でいいよね。ママもパパもあのお陰でどれだけ大変だったか…早く来ないと置いてくよ?」 「ああっ、ママさん待って!待ってってば!」 苦笑したまま踵を返した母親の後を、沙夜が大慌てで付いていく。 こうして一組の母娘がダイニングを出て、がらんとしたダイニングにはつぐみと彼方が残される。 「彼方。私達に言わなきゃいけないことあるんでしょう?」 義母の問いに、さっきまで妻と娘のやり取りを無言で聞いていた彼方がかすかに表情を硬くする。 「気が付いてたんですね。…それとも研究所から連絡が行きましたか?」 「どっちも正解というところかしら。田中研究所から電話があったのは事実だけど、具体的なことはほとんど何も聞かされてないもの。 だいたい八割方が憶測って感じだし。ちゃんと説明してもらえるとありがたいわね」 納得半分、呆れ半分といった風情で視線を逸らしてこめかみを掻く彼方に、つぐみは柔らかい微笑と共に答えた。 「第一、彼方。そのこめかみを掻きながら目を逸らす癖、話をどう切り出そうかって悩んでるって証拠よ」 そう言って彼方の手を指差す。 「いけませんね。どうも今日は調子が出ないみたいです。できるだけ隠しておこうと思ったんですけど」 こめかみから離した手を見ながら、彼方はつぐみに苦笑してみせる。 「できればみんな揃ったところで話したいんですけど。それでいいでしょうか?」 「ええ、そうして頂戴。どうせ彼方のことだから、沙羅につきあって殆ど眠ってないんでしょう? あなたも少しは休みなさい。明日は沙夜に引っ張りまわされることになるんだから」 微笑を浮かべたまま、つぐみは再度指を指す。その指はダイニングの入り口を向いていた。 「その目には勝てません。つぐみさんのクセですよね、本音が必ず目に出るのは」 表情は笑顔でも、その目は強い光を帯びている。さっき沙羅を部屋に追い戻した時と同じ光。 「ふふっ、言うようになったじゃない。分かったなら、さっさと部屋に戻りなさい。…沙夜もきっと喜ぶでしょうしね」 「分かりました」 トドメのつぐみの言葉に、彼方は短く了承の言葉を返してダイニングから出て行った。 2051年8月16日(水)午後7時34分 倉成家 彼方と沙羅の寝室。 「全く、つぐみも甘いのよねえ。この寝ぼすけ母娘を昼寝させたらどうなるか位分かってるだろうに」 「あはは、秋香菜義姉さん。お願いだから穏便に、ね?」 既に目が覚めてベッドサイドに腰掛けている彼方が、ベッド脇で腕組みして仁王立ちしているユウを宥めていた。 ダブルベッドの上には、並んで一つのタオルケットを共有して寝息を立てている沙羅と沙夜の姿。 多発性癌を克服し、体力を回復するために人よりも長く眠る必要こそなくなったが。身に付いた習慣とは恐ろしいもので、沙羅の寝起きの悪さは相変わらずであった。 不思議なことに、Lemuだと沙羅の寝起きは悪くない。何故か倉成家のベッドになったとたんに寝起きが悪くなるのだ。 そして。 「全く、悪いところを見習わなくてもいいのに。何のために私が躾けているのか分からないじゃない」 これはしっかり沙夜に受け継がれてしまった。彼女も普段は寝起きが悪くないのに、沙羅が倉成家に帰ってきた時に限っては寝起きが極悪になる。何故かは本人にも分からないらしい。 「多分、沙羅に甘えたいんだと思います。沙羅に似て、沙夜も結構寂しがりやですから」 身内贔屓の引き倒しか、思わず娘を庇ってしまう。そんな義弟の姿に、ユウの表情も苦笑に変わる。 事実こうなった時の沙夜を起こす係は、常に沙羅と決まっていた。不思議と沙羅が起こすと比較的寝起きがよくなる。おそらく無意識に母親に甘えているのだろう。 これはユウも感じていたことだったから、彼方の言葉に苦笑するしかなかったのである。 「まあいいけどね。さてどうやって起こすのよ、この眠り姫達?」 もっともその前に、まず沙羅を起こさなければならず…起こす際の被害を誰が被るかは言うまでも無い。 「そうですね。とりあえずは放っておこうかと思います」 「…なによそれ?」 彼方の意外な発言に、ユウの眉間に皺が寄る。 「正直、まだ夕食まで時間はあるんですよね。武さん、まだ帰ってきてないんでしょう?」 「まあ、確かにそうなんだけどね。まだ『ノア』から戻ってきていないみたいなのよ」 『朝食と夕食は全員で食べる』 倉成家鉄の掟第一条は未だに生きていた。特に今日は沙羅や彼方も帰ってきているので、久しぶりに本当の意味で家族全員が揃う。 それもあって、今日は全員が揃うまで夕食はおあずけ。そして武が帰って来るまでまだ多少の時間があった。 「それに、こんな時でもないと話せないこともありますし」 「そっか。確かに私と彼方が二人っきりって事は、滅多に無かったわね」 彼方の表情が、思いつめたそれに変わっていくのを眺めながら、ユウが相槌を打つ。 「実の所、沙夜の事が気になっていたんです。なにしろ…」 彼方の口から、問いが漏れる。 「境遇があまりに自分の昔に良く似ているから?」 ユウもまた表情を改め、思案顔で応えを返す。 「はい。確かに僕の時とは違って、秋香菜義姉さんや夏香菜ちゃんや冬香菜ちゃんが居ますけど。それでもやはり、生まれながらに違う部分があることは変える事ができませんから」 とんとんとこめかみを指で軽く叩きながら、彼方は言葉を継いだ。本来、義姉にとっても悩みの一つである要素。聞くには正直なところかなりの勇気を必要としたが、それでも聞かないわけにはいかなかった。 「その分昔の自分みたいにならないかと心配、か。まあ、確かに妥当な心配だけど…ふう」 こちらは打って変わって、思案顔を解いて軽い笑みを浮かべるユウ。そして腕組みを解いて、部屋に備え付けの椅子に腰掛ける。 「このなっきゅさんをあんまり見くびらないで欲しいんだけどなあ。 私とつぐみが二人ががりできっちり躾けてるんだから、彼方が心配しているような事には絶対ならないわよ」 そう言って、びしっと人差し指を、彼方に突きつけて見せた。 「ここん所殆ど帰ってきていないから知らないかもしれないけど。沙夜ね、いまやすっかりこのあたりの子供達のガキ大将になってるのよ。 勉強するにしたって、遊ぶにしたって、みんな沙夜を真ん中にして集まってくる。…信じられる?」 「…信じられません。いったいどうやって沙夜をそんなふうに躾けたんですか?」 義姉の言葉に、彼方は本当に信じられないという風に目を剥く。過去の自分にはそんな経験は一切ない。 そんな彼方の言葉に、今度はユウの方が破顔して笑って見せた。おかしくてしょうがないという風に。 「そんなに厳しい躾はしてないけど。その代わり、必ず言い続けたことが三つだけ」 破顔した笑い顔は変わらない。だが…彼方には分かった。ユウの目からだけは、笑いが消えた。 「一体、何を言ったんですか?」 彼方もまた、目じりに力を籠めて、真正面から義姉を見据えて尋ねた。 「『上を見る代わりに横を見なさい。その頭は他のみんなのために使いなさい。そしていかなるときも人を見下ろしたら駄目』 ってね。口を酸っぱくして言い聞かせたの。それだけよ」 「…たった、それだけで?」 驚愕に頬が強張るのを意思の力で押さえつけて、務めて冷静な声を出す彼方。 「ええ。逆に考えればいいのよ。 『周りを見ないで上の方ばかり見る。自分の力は自分のためだけに使う。自分に能力が劣る人間を見下して対等に扱わない』 全部エリートだのプライドだけのお偉いさんだの、『嫌なヤツ』がやっていることじゃない? そして、かつての彼方もその一人だった。…もっとも、その頃の彼方の事は誠さん達の話でしか知らないけどね」 彼方の顔に冷えた脂汗が滲み出す。ベッドのシーツを掴んだ手が震える…義姉の言葉を、彼は否定できなかった。 自分の居場所を得るための行動。それは全て、忌み嫌ってきた人間達の写し鏡。 周囲が示した悪意は、彼方自身のそれが跳ね返ってきたものに過ぎなかったのだ。 「こらこら、何この世の終わりのような空気作ってるのよ?」 そんな彼方を、柔らかい口調の声が現世に呼び戻す。 「今の沙夜の状態は、彼方にとっては望ましい姿でしょ?ここは喜ぶところよ。 それに……この前沙夜が言っていたわ。『沙夜はね、パパさんとママさんの真似をしているだけなんだよ』って」 更に思いもしない言葉に、彼方はバネに弾かれた様に顔を上げて義姉を見る…穏やかな、子供を諭す母親の顔が目の前にある。 「ほんの数回かしか連れて行ってないけど。Lemuでの彼方と沙羅の姿がよっぽど印象に残ったんだと思うわ。 沙夜にとって、ガキ大将としてみんなの面倒を見ているのはLemuでの貴方達の姿に憧れて真似しているだけ。 だから胸を張りなさいよ。沙夜にとって、彼方も沙羅も自慢の『パパさんママさん』なんだから」 ユウは手を伸ばし、彼方の髪を優しく撫でる。彼方は顔を赤らめながらも、義姉のなすがままにされていた。 「常に傍に居る事だけが親の形じゃないんじゃないかしら。彼方や沙羅は、貴方達なりの精一杯で沙夜を愛してあげればそれでいいんだから…ねえ沙羅?」 びくん。ベッドの上の沙羅の肩が不自然に固まる。 「相変わらず寝起きは悪いくせに、寝たフリはどうしようもないくらい下手なんだから。ばれてるんだからとっとと起きなさい!」 そのまま椅子から立ち上がりずかずかとベッドに歩み寄り、ユウは強引に沙羅からタオルケットを引っぺがす。 「ううっ…なっきゅ義姉さん、相変わらず沙羅には容赦ないですよねえ」 ぱっちり開いた目を隠すアイテムを失い、ばつの悪さを誤魔化そうとしてはにかむ沙羅に。 「当然。容赦したら沙羅は際限なく甘えるから、絶対に甘やかさないことにしているのよ」 いつの間にか、ユウの笑顔は母親から悪魔へと変貌していた。 「でも、彼方。なっきゅ義姉さんの話を聞いているとさあ、ますます沙夜って私達の娘っぽくないと思わない?」 狸寝入りを見破られて会話へと参加した沙羅の第一声がこれ。 「何言っているのよ?沙夜って本当にあんたたちそっくりなんだから。 周辺の子供達をまとめるのは一向に構わないんだけど。率先して悪戯に精を出すわ、妙な悪智恵は身につけるわ。そこいらは本当に沙羅や彼方そっくり。 実際、今日もウチのチビ二人をダシにしてつぐみに昔話をねだってたし」 笑いながらため息一つ。挙句にお手上げポーズという実に器用な真似をしてみせるユウ。 「なんですかそれ?」 「言葉通りよ。『小町法』をネタにして、沙羅やホクトが虹ヶ丘高校に通ってた頃の話をつぐみから聞きだしていたみたい。 でもって今度は沙羅やホクトの恋愛物語を聞きたがってたけど。あっさりつぐみが受け流して、私にお説教役を押し付けたってオチ」 「「………」」 沙羅と彼方、揃って口をぽかんと開けている。 「ま、そういう事だから。あんまりしょうもないことで悩むのはやめなさい。…って、それじゃそろそろ夕食を温めとかないと拙いじゃないの。それじゃ沙羅、沙夜の事は任せたからね」 そんな二人を尻目に、文字通りそそくさという感じでユウは部屋を出て行ってしまった。 「秋香菜義姉さん、逃げたね」 「なっきゅ義姉さん、逃げたでござるな」 夫婦揃って顔を見合わせ、呆れたように呟く。 「でも、彼方。最近思うんだけど」 沙羅は視線を彼方から外して、そっと娘の寝姿を眺める。 「居場所って、一杯あるんだね」 ぼそり。本当にぼそりと呟く。 「うん。一番さえ望まなければ、居場所って幾らでも作れるんだ。 昔、あんなに悩んだのが嘘みたいだよ、正直言って。なんでも一番でなければ駄目だっていうのが間違いだったんだと思う」 今の二人には、多くの居場所があった。 Lemuや倉成家、守野家や飯田財閥の関係者、『ノア』のクルー。キュレイの仲間たち。それをサポートする田中研究所の職員を始めとした多くの人々。 皆が彼方や沙羅に好意的な目を向けて歓迎してくれる。彼らのコミュニティに、二人を受け入れてくれる。 はるか昔、たった一つの居場所すら見出すことが出来ず悩んで足掻いていたのが嘘のように。 「結局、一番の居場所は一箇所だけでいいんだ。 僕にとって、沙羅が一番の居場所だから。後の場所は、二番でも三番でも構わない」 「……だから、居場所を壊さないように、失わないように、幾らでも譲ることが出来るんだよね。 最悪、自分が居るべきでない場所になったら、そこから去ってもかまわないんだから。彼方の一番さえ失わなければ」 お互い目をあえて合わさず、虚空に向かって語りかける二人。 「なんだか可笑しいよね。昔の私達」 「うん。なんであんなに肩肘張ってたんだろうね、僕も沙羅も」 そのままそっと二人、ベッドサイドに腰掛けて肩を寄せ合う。 「でも、それも沙羅と出会えたからだよ。一番の居場所が出来たから、僕らの世界は広がったんだ」 「そっか。私達、良いご縁だったんだね」 ゆっくりと彼方の肩に頭をもたせ掛けて目を閉じる沙羅。そんな妻の肩をそっと抱く彼方。 緩やかに流れる時間。安らかな顔で二人、そのまま動きを止めていたが。 「さて、それじゃあ……」 「この眠り姫を、夢の世界から引っ張り出すことにするかな。この部屋には、女の子を起こすことしか 思い出がないんだよね」 「くっ。彼方、覚えてなさいよー!」 痛いところを突かれて赤くなる沙羅の姿に目じりを下げて笑いながら、彼方は娘を起こすべく行動を開始した。 「起きろー!」 ゆさゆさゆさ。 「むにゃむにゃ」 「起きろ。起きろー!」 ゆさゆさゆさゆさゆさ。 「むにゃむにゃむにゃ」 「だーかーらー!起きろってばーーー!!!」 ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ。 「むにゃむにゃむにゃ…ほえ?」 沙夜の目が、僅かに開く。 「おーきーたー?」 「ねーてーるー…むにゃ」 こてん。 すでに、このやり取りも3クール目。目が開く→寝るの永久コンボ状態が継続中。 「昔の沙羅に怖いくらいそっくりだ。懐かしすぎて涙が出るよ」 精根尽き果てたという風情の彼方。背中にコーナーポスト付きの真っ白な背景が出てきそうな按配。 「ここまですれば、あと一歩だから。締めは沙羅に任せる。 僕はもう、疲れたんだよ。本当に、本当に疲れたんだ」 どこかの物語のクライマックスのようなセリフと共に、がっくりと肩を落として彼方は椅子の上に崩れ落ちた。 「彼方……本当にだらしないね、この程度で」 「って、沙羅が言うかそれを!」 確かに、沙羅にだけは言われたくないだろう。沙夜の寝坊が遺伝だとしても、遺伝元は一人しか思いつかないし。 「ふふん、それじゃ見てなさい。……行くよ、必さぁーつっ!」 どたどたど…… 「ちょっと待ったーーー!!!」 高速思考、最適行動。ベッドサイド残り10cm、ギリギリの所で捕獲成功。 「一体…何やる気…だったんだ、沙羅?」 「ダッシュ飛び込みマウントポジション」 彼方の息せききりながらの問いに、けろっとして答える沙羅。 「体重差が幾らあると思ってるんだ沙羅。沙夜を圧死させるつもりか君は!」 「女性に体重の話は禁句だって知ってるの彼方?沙羅は太っちゃいないんだから!」 常識的に突っ込む彼方に、(表面上は)常識的な返事を沙羅は返す。 「話をすり替えないでよ!」 のほほんとした表情を崩さない沙羅に、眉間に皺を寄せた彼方が詰め寄っていく。 「だあ〜って。彼方だってしょっちゅうしてたじゃないの。飛び込み以下省略」 「だーかーらー。沙羅と一緒にしないでくれない? 体格的に大丈夫だって思ったからしたのであって、あれを沙夜に対してしてもいいって意味じゃない!」 「嘘ついちゃダメだよ、彼方。 大体さあ、この手で起こす時の彼方は……」 「って、こら、言うな。言うんじゃない。その手の話は沙夜の前じゃ駄目だって!」 顔を真っ赤にする彼方、猫のように目尻と唇の端を釣り上げて笑っている沙羅。いつの間にか主導権は沙羅に移っていた。 「大抵、お休みの日の朝でねえ……」 「って、僕の言う事聞いてるの!」 かさり。 沙羅が彼方の頬に音もなく手を添える。 「何故か時間に余裕があるときでねえ……」 「だから人の話を……」 かさかさっ。 いつの間にか至近距離に迫った沙羅の顔が目前にあり。 「そして起きた後、必ずねえ……」 かさかさかさっ。 ばさっ!!! 一瞬の早業。沙夜が被っているタオルケットが瞬時に沙羅の手に現れて。 「おはよう、沙夜……残念だけど、ここから先は沙夜にはちょっと早いからダメ」 「ううっ……ママさんずるい……」 しっかりと目を開けて聞き耳を立てていた沙夜の姿が、沙羅と彼方の前に露わになったのであった。 「……やっぱり、母娘だ」 結果的に、全く同じ手に引っかかった二人。彼方は苦笑するしかなかった。 「全く。沙夜って詰めが甘いね。大体、小学校一年生に『公民』なんて授業無いでしょう?せめて『自由研究』とか『テレビで見た』とかにしたら良かったんだよ。 ママ、がっかりでござる」 「ふーん、そっか。そういう手があったんだね!せっしゃ、まだまだとっくんが足らんでござる」 まずはお説教のハズなのだが。微妙に……いやかなり論点がずれている。 「ねえ、沙羅。一体『何を』お説教しているの?」 思わず突っ込んだ彼方だったが。 「そんなの決まってるじゃない。すぐばれるような作戦とか言い訳とかしちゃ駄目だって……」 「沙羅!」 けろっとして答えた沙羅に、さすがに彼方の眉が跳ね上がる。 「ちぇっ。彼方って意外とこういう冗談通じないね」 ばつが悪そうに笑ってから、表情を真剣なものに改めて、沙羅は娘に向き直った。 「さて、沙夜。こういう事は家族の中では冗談で済むんだけど。他の人たちにしちゃ駄目だからね。 誰だって、見られたくない事、知られたくない事ってあるんだから。 分かった?」 「えー。でもぉー」 教え諭す口調に違和感を感じたのか、沙夜は不満顔で母親を見上げる。 「『えー』でも『でもぉー』でもないの。 沙夜はお姉ちゃんになるんだから、もうちょっとしっかりしないと駄目なんだよ?」 僅かに眉間に皺を寄せて、沙羅は言葉を紡ぐ。 「だってだって……って、ママさん、今なんとおっしゃいました?」 表情を一瞬で驚愕に替えて、驚きの余り敬語で母親に問い返す。 「沙羅、フライング」 「……あっちゃあ。やっちゃったね。 でもいいじゃない。最初は一番近い人間に話すって事で」 彼方の突っ込みに、はにかんでこめかみを掻く沙羅。もっとも、彼方の顔には満面の笑顔が浮かんでいる。 「うん。順調なら、来年の5月には沙夜はお姉ちゃんになるの。 だから沙夜は良い子にして、弟や妹のお見本にならなきゃ駄目なんだから」 「う、うん!やったやった、沙夜がお姉ちゃん……沙夜も夏姉みたいにお姉ちゃんになるんだ!」 ぴょんぴょんとベッドの上で飛び跳ねて喜ぶ沙夜。跳ねるたびに、どすっどすっと音がする。 「沙夜。とりあえずベッドから降りてくれるかな」 「はあーい。パパさん……よっと」 冷静な父親の注意に、これまた素直にベッドから降りる沙夜。その姿に沙羅の顔に苦笑が浮かぶ。 「さてと。少なくとも二、三年はご厄介になるわけだし。あとでもう一回みんなに挨拶しないと」 「うん。我が家の筈なのに、ここんところずっとお客さんだったもん。まずは部屋の大掃除からだよね」 「えっ!ママさん?パパさん?」 笑顔のままで会話を交わす両親に、沙夜の表情に更に赤みが差す。 「だって、Lemuの規定だとお腹に赤ちゃんが居るとエルストボーデンにも降りれないし。 転属願いを今日出して、ちゃんと受理してもらったから。少なくとも3年間は田中研究所勤務だよ? ……ずっとパパに迷惑かけっぱなしだったし、少しは親孝行したいもん」 「僕はすぐには無理だけど。Lemuの方は下の人間が育ってきているし、良い頃合だと思う。 とりあえず引継ぎをしてから、この家に戻ってくるよ。 多分、この家と守野の家を往復することになると思う。守野のみんなにも迷惑かけているし、あっちの手伝いもしたいから」 「えっと……えっと! それって、パパさんもママさんも、毎日この家に帰ってきてくれるって事だよね! そうだよね!そうだといったらそうだよね!!!」 もはやはちきれんばかりの満面の笑顔を、真っ赤な顔に浮かべて。沙夜が念押しするように問いかけて。 「うん。そうだよ」 「ええ、そうでござるよ」 両親が答えた瞬間。 「やったあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 沙夜の歓喜の叫びが、爆発した。 盆と正月とクリスマスとハロウィンが同時に来たような喜びようで飛び跳ねて喜ぶ沙夜の姿。そんな姿に対して、 「全く、お行儀悪いんだから。これはちゃんと躾けないと駄目だね。絶対に彼方に似たんだよ」 「同感だね。こういう所は本当に沙羅そっくりだ」 全く正反対の感想を洩らして夫婦顔を見合わせて。 「……こういう時は、母親に花を持たせるものだよ?」 「沙羅を甘やかしても何にも出ないし」 売り言葉に買い言葉、二人頬を膨らませて。 「「………ぷっ!」」 最後に、そろって吹き出す。そして。 「「「あははははは……!!!」」」 沙夜まで巻き込んで、親子三人盛大に大笑い。 その笑いは大きな波となって、何度も何度も、家中に響き渡ったのだった。 ― Epilouge 6 End ― |
後 書 なんだかまとまりのない話しになってしまった気がしますけど……まあいいか。 いよいよメインキャラクター、倉成家の面々のエピローグに入りました。第一弾は倉成沙羅と石原彼方、そして二人の娘である沙夜の3人です。 共に家族に憧れ、しかし自身の立場ゆえに普通の家族のような生活を出来なかった親子。 いろいろ問題はあるかもしれませんし、単純に甘いだけかもしれませんが。それでもこの三人+生まれてくる下の子供には、ささやかな家族団欒をプレゼントする事にしました。 勿論、裏事情とかは多少は考えてはいますけど。現実的過ぎる話を書いてもあまり意味がないと思いますので、ここでは割愛します。 さて、『未来へと続く夢の道』のメインストーリーも残すところあと二話になってしまいました。 次回がホクトと優秋のエピローグ。そして……その次がいよいよグランドフィナーレです。 残り僅かですが、お付き合いいただければ幸いです。 2006年10月10日 あんくん拝 |
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