Ever17

Ｓｃｅｎｅ．８　／孤独に終わる　前編
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鳥社　永遠

　解決、対決、終結。そこに意味なんてあるのだろうか。

　　　　　　○

　薄暗い闇の中、ぼくはゆっくりと息を吐きつつ辺りを見回した。
　おぼろげな光はどこか不安を煽るようで、心臓は相変わらずバクバク言っている。
　……田中考古学研究所の外れにある倉庫。
　その用途は基本的に物置的で、機械類やぼくの身長の三倍ぐらいはありそうなコンテナが無秩序に置かれている。
　しかし何度か引っ張り出したのか、埃は積もっていなかった。
　天井を見上げると、そのまんま舗装されていない鉄骨が張り巡らせられていた。
　あんなところに上ろうとして落ちたら大怪我では済まないだろう。
　多分、即死。
「――――随分、静かなもんだね」
　その呟きに対しての返答はない。
　ぼくはもう一度息を吐いて、更に奥へと進んでいく。
　何にせよ、椛さんとオルプティカ先生の二人に追いつかれてしまったら、事態はただでは済まなくなってしまう。
　それだけは避けたかったけれども。
「もしかしたら既に、ってこともあるんだよなぁ」
　あるいは、ぼくが接触している間に二人が来るってこともあり得る。
　どっちにしたって状況が転ばないとするのなら。
「……必然、か」
　独り言はまだ迷っている証拠。
　果たして、ぼくの取った行動が最善の結果に繋がるという訳でもなさそうだけど。

　……闇が深くなった頃、うっすらと人の影がコンテナの上にあるのに気付いた。
　ここからは、もう退けない。
　それが望みだって言うなら全てを始めてやる。
　――この事件の全てを。
「呼んどいて遅刻かよ」非難の色は含まれていない声。
「ぼくがきみを呼んだのは」
　一息。
「きみが殺人鬼だと気付いたからなんだよ」
「………………ふうん」
「登場人物表には名前が書いていないかもしれないけど、けれどきみは確かにいた。たとえば椛さんがオルプティカ先生と対峙したとき。たとえば田中先生が襲われたとき。たとえば――筒儀嘉彦さんや薄原を殺したとき。きみがそこにいるのは決して不自然なんかじゃなかった」
　ぼくは相手の反応を待つ。が、何も返ってこない。
　そのまま先を続けてどうぞという感じだった。
「ぼくが勘違いしていたのは、きみはこの一連の事件に無関係だと思っていたことだったんだ。でも、たったそれだけが致命的だった。つい昨日まできみがいたことなんて忘れていたんだ。ユウが言ってなければぼくはずっと気付かなかったね、きみが幽霊だってさ」
「偶然に偶然が重なった――とは思えないな。どうして知っている？　椛にでも？」
「いいや。これはぼくお得意の《第三視点》って奴さ。時間の概念なんて及ばないけど、きみについてのレクチャーを受けたのは大昔って感じだな」
「またソレか。……知らないものが出てくると苛々するんだけどな」
「それこそ――ぼくの知るところかよ」
　影はあっはっはそりゃそうだな、と大笑いして、ひょいとコンテナから飛び降りた。
　それは下手な着地をすれば怪我をしそうなものだけど、しかし影は綺麗に降り立った。
「参ったね、どうにも。あるいはお前みたいな存在を待っていた、か」
「それが人間の精神を持った感想なのかな？」
　ぼくは、ゆっくりと目を閉じて、高らかに告発する。

「桐堂狛。――――いや、《無名祭祀書》」

　　　　　　○

　目の前の彼は、本当に満足そうな笑みを浮かべた。
　ぼくが初めて見た、彼の表情の色。なんて皮肉なんだろうか。
「考えてみれば」ぼくは一歩だけ後ろに退いた。自然、緊張感が倍増する。「きみは桐堂の喋り方をは全然違うし――何よりあいつはにやにや笑みなんて浮かべない。すごく素っ気ない人間なんだ」
「それも第三視点とやらか？」
「ついでに言っとくときみは多くの人間を殺し、桐堂を殺そうとした。……返り討ちにあったけどね」
「羨ましい限りで」
　ゆっくりと首を振る彼。
　羨ましい……？
　ぼくは思わず、「何が羨ましいって言うんだッ！！」
「…………」
「多くの人間を殺しておいて、なんだってそんな無責任なこと言いやがる！！」
「人間らしい怒りだな。いや、いやいや。お前がキレるのも無理ないさ」
「な――どうしてそんなに平然と」「それが」
　彼は目を細めた。睨むような、何かを思い出すような。
「それが《人外》ってモノなんじゃないのか？」
「そんな言葉で許されるとでも……！」
「人殺しってのはよ――つまるところ、自己満足なんだ。そう、人殺しなら、な。しかしお前が言うところの『多くの人間』ってのは誰もが魔術師。特異能力を持っている人間を、お前は人と呼べるのか？」
　力を持った人間。
　世界とは遠くかけ離れた――
「……けれど、ぼくだってそうだ」
「お前は誰かを傷つける力を持っているのか？　違うだろう。お前は終始自分を傷つけているだけだった。気付かないのか？　加害者と被害者の実に簡単な構図だよ」
「目には目を、なんてつまらないことは言わないでくれ」
「しかし正当防衛のために誰かを殺すのは、目には目をとは言えない。だとしたら、生きていること自体が罪ってことになる」
「それは……」
　ぼくは何かを言おうとして、しかし彼はそれを遮る。
「そういうことが分からないのなら、お前はこっち側じゃないんだ」
　こっち側。
　境界線の向こう。
　決して――超えることのない、一線。
　ぼくには関係ないと言うのなら、ぼくはなんのためにここにいる。
「お前の家族や、恋人や、友人たちのためだろ？」
　当たり前のことを言うみたいに、彼は両手を広げた。
「……きみはさ」
「あん？」
「桐堂狛を殺したのか？」
「いや、あいつは既に魂が死んでいた。分かるか？　植物人間だったんだよ」
「…………なんて、ことなんだ」
　それじゃあ、まるで全然遅かったんだ。
　ぼくがどう足掻こうと、事態は好転せずに。
「お前が俺と話したいのは、それだけか？」
「……え？」
「これで、最後だ」
　彼の視線はぼくの方に向いていなかった。辿ってみると、倉庫の入り口。
　笹原椛さんとオルタ＝オルプティカ先生。
　先生は右手の黒いアタッシュケースを開けながら、口を開いた。
「貴様の業が分かったところで消してやるぞ、化け物め」
「できるものなら」
　その言葉に先生は顔を歪めながらも、しかし冷静に歩みを続ける。
　開かれたケースからどぱぁ、と長方形の紙が飛び出てきた。
　それを踏みにじりながら先生は更に前へと進み、間合いを詰めきらない程度で止まった。
　ケースから出したもの。
　それは奇妙なモノだった。
　金属製でできているのは分かるが、持っている部分から先のあちこちが折れていた。
　何か強い力で曲げたような――しかし、元々はそれが一本の棒であることはなんとなく分かった。
　その先についているもの。十字型の刃。
　それが槍だと、ぼくは思う。見た感じでは頼りなさそうな槍だけど……？
　先生は《それ》を構えて一喝。
「往くぞッ！！」
「来いよ」
　そうして戦いが始まる――

　　　　　　○

「おおおぉぉおぉオォォオオオォッ！！」
　だあん、と足音を倉庫内に響かせて、先生は一気に間合いを詰めた。
　……早い。ぼくはてっきり魔術師と聞くと、肉弾戦はしないものだとばかり思っていたが、そうではないらしい。
　そんな感じに圧倒されて見ていると、腕を誰かに引っ張られた。
　椛さんだ。
　戦っている二人から引き離すように、椛さんは無言でぼくを見る。
　逆らうつもりもない。
　彼自身が言ったことなのだ、ここから先は、
「――別世界」
　先生が槍を突き出すのと同時に、彼は微妙に体をずらした。もちろん、槍を避けるためである。
　その動きを既に読んでいたのか、先生は槍を一回転させて柄の部分で打撃。彼はそれをモロに食らい、のけぞる――が、何ともなかったように先生から離れた。
「槍ってーよりも棒術みたいな感じだよなぁ」
　悪態をついて、今度は彼から先生の懐に飛び込んでいく。
　対して先生は左手を槍から離し、彼に向けて、
「Ｂｕｒｓｔ！」
「『我守らん大気の壁』」
　……二人の間で爆発が起こる。埃が舞い上がったせいで一瞬二人が見えなくなったけれども、次に見た二人の姿は彼が、彼の手の届く範囲まで先生に近づいていたところだった。
　その腕を振り上げて真っ直ぐに先生を両断する、と思いきや先生の姿が風船みたいに弾けた。
「――幻影……！」
　埃が収まって見上げる上空。
　先生が彼に向かって槍を振り下ろすところだった。
「お、おおォッ！」
　響いたのは一撃の音ではなく、ぶん、と空振りの音。
　そこにはもう彼の姿がなかった。
　……先生が着地した更にその後ろ。
「空間の隙間を割って入るとは――」
　しかし、彼はその手を伸ばさなかった。
　先生の槍は間合いに入っていない。そこから反撃の隙を見つけるか――と思ったそのとき、しかし先生は勢いを止めることなく槍を横に薙いだ。
　槍が、金属であるはずのモノが、いきなり一直線に伸びる――
「う、お」
　それを彼は上に飛び上がることで回避。
「その槍――《ラ・ピュセル》かよッ」
「ジャンヌ＝ダルクを処刑した際に使われた槍だ。彼女は苦しまずに逝った。また、ある罪人を処刑したときは苦しむように『折れ曲がった』。イギリスの誇る貴様を殺すための魔法具よ」
「はん、丁寧な説明をどうも。知ってたけど」
　言い放って彼は着地した。
　……と、その表情が微妙に変わる。それは驚愕よりも、感嘆という感じに。
「ふうん、結界は構築済み、か。手の込んだことをやるんだな。……ふんふん、さしずめ俺をこの肉体から放さないものか」
「その肉体を殺したところで貴様は死なんからな」
　戦いは仕切りなおされる。

「貴様をその肉体ごとコロす」

　　　　　　○

　先生の持つ槍に異変が起き始めた。
　槍の先端から目に見える申し訳程度の細さに、枝分かれしてっているのだ。
　それはさながら、植物の観測を早送りで眺めているかのような。
「往け」――先生の声に合わせてその《枝》が桐堂に向かって伸び始めた。
「ったく、面倒な」
　言って彼の姿が消失する。
　たとえるなら瞬間移動、という奴だろうか。
　《枝》の中途の上空に彼は現れて、腕を振るった。
　乾いた音を立てて《枝》が床に落ちるのを尻目に彼は先生に向かって走り始める――が。
「……あ？」
　彼の肩を、さっき切断された《枝》が、貫いていた。
　まるで自律で動いているみたく。
　まるで植物が種を植えるみたく。
　それはどういうことかと言うと。
「お、おぉお」
　彼はその《枝》を引き抜こうとするが、触れた手が《枝》の枝分かれによって貫かれる。
　指を動かして手に刺さった《枝》を切断するが、今度は何も刺さっていなかった足から、枝が飛び出てきた。
　……体内を動いている？
　それは見ていて描写に困るような光景。
「が、ぁあ――ああぁ」
「ふん、貴様の脳は殺しはしない。どうだ？　死に蝕まれる気分は」
「最、悪だ」
「それが死ぬ、ということなのだよ、《無名祭祀書》」
　私の《ラ・ピュセル》は貴様を逃がしはしない、と先生は言う。
　それは優越感の含まれている声色ではなく、むしろ。
「貴様、何を笑っている？」
「いいや、やっと終わりだな――ってな」
　彼は、満足げな。
　ぼくが彼の殺人を告発したときみたいに。
　椛さんは。
「それが、あなたが人間になって得た答えなんですか？」
「あ？」
「結局のところ、あなたは自分の意思で人を殺していない。全て正当防衛じゃないんですか？」
「……だからこそ、ってこともあるんだぜ？」
「存在してはいけない、とでも？　しかし、私の傍にいたときのあなたは桐堂くんそのものでした」
　それに、と一息ついて。
「ただのモノにはあなたみたいな笑い方はできないんです」
　――他人の記憶を読み、他人の知識を盗み。
　それが彼の生き方だと言うのなら、あるいはぼくは何なんだろう。
　彼の視線がぼくのほうに泳ぐ。
　だから、今度こそ。
「お前は、何を見極めたって言うんだ？」
　ぼくはそのとき、泣いていたかもしれないし泣いていなかったかもしれない。
　どっちにしたって　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　全てがごちゃごちゃで
　　　　　　　　　　　　　　ぼくには　　　　　　　　何が何なのか
　　　　分からないけれど　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　それでも
　そのたった一つの真実だけは分かっているつもりだから。
　だから、きっと胸を張って答えられる。
「少なくとも、きみが間違いなく『ここにいた』ってことは見届けたよ」
　彼は年相応の少年のように笑う――
　《枝》が、彼の全身から血と共に飛び出た。

　……ぼくは、力なく膝から崩れ落ちる。

　　　　　　　　　　　　Ｓｃｅｎｅ．８〝Ｓｔａｎｄａｌｏｎｅ〟　Ｅｎｄ

あとがき

　あー、んー、何だか気分が複雑……。
　何がってこの話の内容が、ですよ。
　本当、「分からない」って言いたいのは作者のぼくのほうです。
　桐堂だった彼に言わせれば「知るかよ」、なのですが。

　さて、犯人はなんとびっくり展開、桐堂狛でした。
　《無名祭祀書》ってどんなんだっけ？　という人は霜月律の『人と人外の境界線』を。
　と言うより、あれの後日談だけを読めば分かると思います。
　何度も読み返すのも面倒くさいですからね。

　あとは『／孤独に終わる』後編と、『完成パズル』の二話で終わりになります。
　ここまでが長すぎたせいで妙な疲労感がありますが、さておきとして。
　読者の皆様方も後もう少しなのでぜひ読んでいただければ、と。
　一応、まだまだ謎は隠されたままなので。

　前回はエンコードの失敗をしてしまい、申し訳ありませんでした。
　多くの人に迷惑をかけたと思いますが、この場を借りて誤らせていただきます。
　――ってつい最近もこんなことを書いた気が（汗
　そんな感じで『／孤独に終わる』前編をお送りしました、鳥社永遠です。

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