Alternative 鳥社 永遠 |
縁空九恩という人間について分かったことはそう多くない。 ウェーブのかかった長い髪に、人の心を見抜くような目。超然とした立ち振る舞いに、悪戯めいた笑み。優しく語りかけたかと思えば、煙に巻くような言葉を使う人。 まあ、ジョセイというものに無関心なぼくから見ても――多分、誰もが同じ意見だろうが――かなりの美人と言える。言い寄っている男性も多いのではないだろうか? と思いきや、いわゆるフリーというヤツらしい。 「狙ってみるかい?」 耳元で声がした。いやいや、これは幻聴だろう。何故って、ここはぼくが通う高校。いくらなんでも縁空さんとすれ違うわけはないし、待ち伏せされることもない。ついでに言えばセキュリティも万全。不審者が侵入することは不可能と断言してもいいだろう。 「んー、新任当日から無視ってのも寂しいよねぇ」 「聞こえない聞こえない」 「あたし、きっとホクトくんにいびられるんだぁ」 「聞こえない聞こえない」 「ひどいっ! あたしとホクトくんの関係はそんなもんだったんだ!」 「…………」 抵抗する気が、失せた。 教室中から白い目で見守られている。机の前に屈み込んでぼくの顔を覗く彼女か、それともぼくに向けられた視線なのか。 多分、どっちも等しく。 普段から話す友人がいないためか、ぼくという人物像は噂によって脚色されている。そんなところに彼女がとんでもない発言をしてくれたおかげで、注目度は高まったに違いない。 「九恩さん。訊きたいことがあります」 「ん、何かな? おねーさんがなんでも答えてあげる。スリーサイズと年齢以外はね」 「……どうしてその、おねーさんが学校にいるのかを教えてもらえます?」 「さあ、ここで三択問題です。その一、おねーさんは寂しくて寂しくて、我慢できずにホクトくんに会いに来た。その二、おねーさんは暇だったので、保護者として授業参観をすることにした。その三、おねーさんはホクトくんをつけ狙うヒットマンだったり何だったり」 にこにこと九恩さん。 「さあ、どれ!」 「帰れ!」 思わずぼくは叫んでいた。 「警察を呼びますよ!」 「うっふっふ。照れるな照れるな」 言葉も失った。あるいは、本当に遊びに来たのかもしれない。相当の暇人みたいだし。 「おっと、思い込みはよくないよ、ホクトくん」 「……はあ」 「偏見っていうのはいつだって本質を脚色しちゃうものだからね。見つけたい答がすぐそこにあっても、見逃しちゃうってこともあるんじゃない?」 「……その心は?」 「あたし、今日から忙しくなるの」 えへん、とない胸を張った。 「あ、ホクトくんってば……そういうところに目を付けるんだ……」 「それは多分、誰から見てもそう思うかと」 「無視無視」 九恩さんはぷい、とそっぽを向いてしまう。思ったより幼いようだった。これではどっちが年上なのかわからない。 「いーもん。ホクトくんにはおねーさんの秘密、教えてあげないもん」 「駄々っ子ですか」 「駄々っ子で何が悪い!」 主張することでもありません、と否定しようかと思ったが、ぼくが口を開くのと同時に九恩さんが立ち上がった。 「ホクトくんの馬鹿ーっ!」 捨て台詞と共に、猛ダッシュで教室を飛び出す九恩さん。 ふう、とため息をついた。本当にどうして、こんなところにいたんだろう。 首をかしげるぼくに、教室のざわめきが聞こえてきた。 「今の、誰?」「アイツの彼女みたいだったけど」「うそー、意外」「ヤツは俺の同志だ!」「年上好きだったんだな」「でも、振ったみたいだよね」「泣いてなかった?」「やっぱり血も涙もない……」「サイテー」「彼女を傷つけるヤツは俺が許さん!」 泣きたいのはこっちだ。 しかも数名よくわからないこと言ってるし。 もう一度、深いため息をついた。 結局、彼女はこの高校の臨時教師としてやってきたらしい。 やれやれ、しばらく騒がしくなりそうだった。 ○ 六月一日。 梅雨の始まりかと思うと憂鬱な月だ。俺が働く田中薬学研究所は山の下にあるので、土砂崩れが起きた場合は真っ先に潰れるらしい。……今度は研究所に閉じ込められる羽目になったりして。 ともあれ、月の初めが日曜日だと、妙に得した気分になる。リッチな気分? 畳の上に寝転んで天井を見上げれば、大学生気分。んー、タイムスリップでもしたみたいだ。 おっと、暇人だと思われてはちょいと困る。 何故ならこの俺様は、あまりにも壮大でアクティブかつ、クリエイティブな活動を行っているからだ。……自分で言ってて意味がわからん。 「いもむぅ〜、いもむぅ〜」 ついでに言えばこの状況もわからん。 たとえるなら、悪魔でも呼び出そうとしているような、あるいは呪いをかけようとしているのか、とにかくそういう類のギシキ。 ……いかん、脳みそとろけそうになってきた。 「ココ。お前は一体、何をしにウチに来たんだ?」 「いもむぅ〜、いもむぅ〜」 聞いちゃいなかった。やたらめったら奇怪で、なおかつ可愛らしい芋虫は俺の部屋中を這い続ける。んー、あんまし掃除してないから、埃とかつくんじゃないのか? それでも気にしていないのか、それとも気がついていないのか、部屋を一周したところで芋虫――八神ココはその不可解な行動をやめた。 「へい、たけぴょん」 「……なんだい、ジョニー」 「この前、うちの庭を見たら……」 「それは前聞いた」 しかも事故当日に。こめっちょはいいが、毎度それを聞いた直後にひどい目に遭っている気がする。不吉な予言みたいなものだ、と俺は苦笑した。 「あれえ? ココは幸運の女神様だよ?」 「そういうのは自分で言うなっての」 ふうん、とココは笑顔のままで首をかしげた。 「まあまあ、とりあえずいもむぅ〜でもしましょー」 「ヤダ」 「いもむぅ〜、いもむぅ〜」 ……こいつは本当に高校生か? いや、こうも電波出しているとマニアを呼び寄せるそうな気もする……。こう見えて勉強はできるみたいだしな。このギャップがたまらないってヤツだろう。 「惚れるなよ」 「誰が惚れるかっ!」 「つぐみんに言いつけてやる!」 と口に出して、ココは口を片手で隠した。 「……いや、別にいいけどさ」 「んー、たけぴょん的には禁句だったかなって」 小町つぐみ。 LeMUの中で一緒になった女だ。やたらと攻撃的で、彼女の逆鱗に触れれば、それはもう拳が飛んでくる。何度、血を見たことだろうか。 それでもココには懐いて……もとい懐かれていたっけ。二人で遊んでいたのを鮮明に覚えている。よく気が利くかと思えば、計画性がなかったりと様々なギャップが楽しめる人間だ。 俺は……そんな彼女のことが、きっと好きだったのだろうと思う。 「ま、ここにいないヤツの話をしても意味がないからな」 俺は、顔を覗き込むココににっこりと笑ってみせた。無理をしているようには見えないはずだと思うが、それでもココの顔は晴れない。 「オーケイ、いもむぅでもするか」 俺は床に這い蹲って……ううむ、これ以上は俺のプライドにかけて言えない。そもそもこのような高次元の遊びは諸君には理解できないと思われる。ああ、なんか選ばれた人間って感じ。 と、ドアが開いた。 ドアの前に立っていた人間と目が合った。 「……倉成。あたしが情報に疎いだけなのかもしれないけど、それは新手の宗教かな?」 「ふ、縁空……!」 硬直してしまった俺を未確認生命体でも見るような、見開かれた瞳で観察する。そうしているうちにココの存在に気づいたのか、急にふらっと倒れかけ、壁に手をついた。 「お嬢さん、このお兄さんに騙されたの? ああ、倉成。きみがそんな特殊な趣味の持ち主だなんて……ああいや、趣味は趣味。せめて人様に迷惑をかけるようなことはよしてね」 「お前、俺をなんだと思ってる?」 「誘拐犯」 即答だった。 「とりあえず洗脳中って感じ」 「…………」 言葉を失ってしまった。 ○ 「しっかし、こんなところに引き篭もるなんてホクトくん、暗いねぇ」 「……神出鬼没なんですね、九恩さん」 「おっと、ホクトくん。ここじゃセンセイって呼びなさい」 「……で、九恩さんは書庫で何が見たいんですか?」 「藍衣ちゃあん、ホクトくんがいじめるよお」 「あ、あはは……」 「ほらほら、藍衣さんも困っていますから」 物珍しいものがないかどうか、九恩さんは図書室の書庫を見回している。そんな様子がまるで子供みたいで、第一印象とはずいぶん違うイメージを受けた。 「じゃあさ、ホクトくんは何を探しているの?」 「は?」 ぼくは少し九恩さんから目を逸らして、考え込んだ。 この人はぼくの両親を知っている。昔の知人か何かだろうか。多分、そんなところだろう。それなら両親がティーフブラウにかかったことも知っているわけで。 「両親の死因」 九恩さんの反応を窺ってみようと、一言。 けれど、その一言が九恩さんには大打撃だったらしい。表情を失って、半ば睨みつけるような視線をぼくに向ける。怒っているような悲しんでいるような、様々な感情が含まれているような気さえした。 藍衣さんはと言えば、彼女は九恩さんの反応に戸惑い、ぼくと九恩さんを交互に見ている。修羅場に居合わせたのは不運だった、ということで諦めてほしい。 ぼくには場をセッティングする余裕なんてないわけだし、これで他人事に関わっているんだと思ってくれれば自然に関係も解消されるだろう。 そんな考えが頭の中を巡って、数秒。九恩さんが確認するような声色で呟いた。 「ティーフブラウ、ね……」 「九恩さん、知っているんじゃないですか?」 「今更アレを調べてどうなるわけでもないのに……研究家だね、きみは」 苦笑された。ただ、あれだけの反応を見せたのだ。何かがあるに違いない。 「ホクトくんが思っているようなことじゃないよ」 「……と、言いますと?」 「アレは別に、絶対に人を死なすようなものではない、ということ」 「……発表では、生き延びた人はいませんでしたよね?」 「ううん、いるよ」 九恩さんはあっさりと言ってのけた。 「あたしが知る限り、生存者は四名。彼、あるいは彼女らはティーフブラウに感染し、それでも生き延びた。特別な力を手に入れてね」 「……力、ですか」 「呪いみたいなものだけどね。アレは、覚悟なしでは手を出してはならない呪いだよ」 高次元な話になってきた。特別な力を、九恩さんは呪いと言う。生き延びるための手段が呪い……なんだか、オカルトみたいな話だとぼくは思った。 「そ、一般的には信じられることのなかったモノ。それが呪いってものじゃないかな」 「はあ……」 ぼくの曖昧な相槌に、九恩さんは笑った。 「ティーフブラウについてはこんなところ」 「えっと……おしまいですか?」 「うん、おしまいだよ」 九恩さんは首をかしげてぼくを見つめた。 「両親の死因を調べてるって言ったから、教えてあげただけだよ。だから先に言ったじゃない。『ホクトくんが思っているようなことじゃない』ってね」 なんだか、騙されたような気がした。 でも……、生存者はいる、か。何かのヒントにはなるかな? 「でもさ、ホクトくん、自分の親の顔もわからないわけじゃない? 両親のこと、誰に教えてもらったの?」 「誰って」 ぼくは九恩さんの質問に答えた。 「ほら、この街で考古学の研究所を構えている……田中ゆきえ先生に、ですよ」 「田中ゆきえ……?」 怪訝そうな顔をして、九恩さん。 なんだ、ちょっとした有名人みたいだし、田中先生も両親の友人とか言っていたから、九恩さんとも知り合いなのかと思っていた。 「レムリア大陸とかの研究をしているんだよね?」 「そうそう。この学校にも特別講師でよく来ているし、藍衣さんは知っているよね」 「へ、へえ」 九恩さんはぎこちない笑みで一歩、後ろに下がった。 「用事ができちゃったな」 「はあ?」 「ごめん、あたし、これで失礼するよ。ああ、ティーフブラウのこと、まだ調べるつもりなら二〇一九年の六月二日の記事から載ってるよ。じゃ、そゆことで」 そう言い残して、彼女は慌てた様子で去っていった。 ううん、やっぱり謎っぽい人だな。行動原理が何に基づいているのかさっぱりだった。 「六月二日、ね」 ぼくは積み重ねられた新聞紙に視線を向けた。 ○ 「ふうん? つまりココちゃんは、倉成のマブダチというヤツなんだね?」 「そうだよ、たけぴょんはココのマブダチ、いもむぅ〜をやる仲なんだよ」 「いもむぅ〜、ねえ」 縁空はやや皮肉を込めた笑みで、俺を見る。 くっ、俺の気高く雄々しいプライドがずたずただ! むう、なんたる不覚。勝手に部屋へ上がってくるコイツの存在を忘れていた。今度から鍵をかけておこうか。いやいや、そうすると縁空に誤解されかねない。ココと二人きりの密室。それはちょいとまずいシチュエーションなるんじゃないか? 「ま、ともあれ」 縁空は昨日俺にしたように、手を差し出した。 「ココちゃんが倉成とマブダチなら、あたしともマブダチということになるね」 「そーだねえ」 ……どういう理屈なんだか。 そんな俺の視線に介そうともせず、二人は握手をしたまま手をぶんぶんと振っている。そんな風に見ていると、なんとなく似た者同士のように思えた。 「いやあ、雨の日だと外に出る気にもならなくてね。そうなると倉成の部屋しか行き場所がなくなるわけじゃない? 来てみてよかったよ。ココちゃんにも出会えたし、何より倉成の弱みも握ることができた。これからたっぷりとこき使ってやることに決めたから」 「……あっそ」 俺はもはや脱力したままだ。畳の上に寝転んで、四肢を投げ出している。どうにでもしてくれという感じだった。 「あ、テレビつけさしてもらうよ」 「自分の部屋で見ろ」 「あたしの部屋に置いてないんだよね、これが」 と、返答も待たずにテレビをつけやがった。なんて自分勝手な女なんだ。 「ココちゃんはいつも何見てるの?」 「アニメ!」 「あー、この時間帯だと『無限の外からこんにちは』やってるのかな」 「お、九恩ちゃん、話が通じるねぇ」 「毎回毎回、迷路から脱出しようとして失敗に終わるっていう、あの不毛さがイカすんだよね」 「うんうん」 「トラップとかが発動すると心臓バクバクになるんだよなあ」 どんなアニメだ。聞いているだけではどこが面白いのかがわからない。二人して悪趣味だなあ、とか思ってしまった。 テレビから漏れてくる音が耳に届く。 「前にもこんな場所に来なかったか?」「壁に左手をついていけばいいのよ」「だけどトラップに遭う確立も高くなるぞ」「俺、まだ死にたくないよ」「真っ白いごはんが食べたいんだあっ!」 ……なんつーか、どこかで聞き覚えのある台詞があったぞ。 妙にアニメの内容が気になって見てみると、聞き慣れた音と共に、臨時ニュースの字幕が出てきた。 「ん、地震か?」 俺が呟くと、縁空はゆっくりと首を振った。 「いいや、始まりだよ」 ○ そしてぼくは、その記事を見つけた。 「六月一日、世界中で謎の全身出血による死亡者が続出する。一週間ほど前から風邪のようなものを感じていた人間が死亡していることから、何かしらのウィルスだと予測されているが、インフルエンザのように高熱が出るものではない。確認されていない新型のウィルスだと思われる。このような症状は以前から確認されており、研究が行われているが特定できず。研究を続けてきたドイツのライプリヒ社は、これをティーフブラウウィルスと発表した。現在も病人は続出しており、政府はこれの対応に追われることとなるだろう」 それが、全世界で猛威を振るうティーフブラウの始まりだった。 |
あとがき というわけで二話目でした。ここまで読んでくれてありがとーっ! で、困ったことにあとがきで書くような話題がないのですが。 ネタを投稿してくれる方はこちらの宛先に……あれ、優さん。どうしたんですか? そんな怖い顔をして。え、それは禁止? ネタなら自分で考えろ? いやあ、思い浮かばないからこうして……ちょっと、その釘バットはどこから……? じゃ、昇天する前に挨拶でも。鳥社永遠でした。また、次回にて。 |
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