※戦闘描写、出血描写、グロテスクな描写が苦手な人はご遠慮ください。



























HUNTER
                              BREAKBEAT!


1:闇を駆けるは美しき獣

夜の闇に身を隠し、息を潜め、敵の気配がないことを確認した後、朽ち果てた街を一陣の風の如く疾走する。
コンクリートの林に彼女の足音が冷たく反響する。
先ほどまで暗い夜道を冷たく照らしていた青白い満月が暗雲を覆われ始め、街頭の光さえない夜道が青白い色からより闇に近い色へと変色する。しかし、彼女は戸惑うことなく走り抜ける。次から次へと現れる呼び曲がり角を右へ左へと駆け抜ける。
インフラビジョン―赤外線視力―と呼ばれる能力のおかげだ。これは光がない場所でも赤外線を視覚して物を見ることができる能力だ。
インフラビジョンと超人的な身体能力。キュレイウイルスの影響によって獲得されたこの二つの力が彼女が敵から逃げ続けることができた理由だ。
普段なら忌んでいるこのウイルスと力も、こんな時だけはほんの少しだけ感謝する。

彼女は速い・・・

その動きを目で追うことはできる。つまり、見ることはできるのだ。しかし、見ることができるだけで、足で・・・体を使って追うことはできない。
時間を計る器具やスピードをはかる器具―例えば、ストップウォッチングやスピードガン―なんてものは必要ない。
常人・・・いや、どんな人間でも見るだけで、二つの目から送られてくる情報だけでそれが正論だと脳内で確定されるだろう。

そして、美しい・・・

腰まで伸びたしなやかな黒髪が、大気に流されるままに揺れ動き、宙を舞う。
黒いスカートから見える白い足は、その細さからは信じられないほど力強く大地を踏みつけては跳ね続ける。
白く滑らかな肌から噴出する汗は、10月上旬の肌寒い風に飛ばされ、月光を一瞬だけ反射させて地に落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・くぅ」
苦しくなり始めた心臓を抑えるように右手で紫色のリボンを掴み、顔をしかめるが、顔を上げると同時にその動作を止め、走ることに専念する

チャリ・・・

前方の十字路からガラスを踏んだような音が聞こえた。
「チッ!」
敵には自分の居場所がすでにばれかけている。舌打ちをすることもすでに問題ではなくなってきた。
しかし、つぐみは止まろうとはせず走りながら右足を深く踏み込ませ、体を沈ませる。
適度な石をすばやく判断し、右手で拾い上げ右側に大きくステップを踏み、そのまま石を十字路の左に曲がる通路の壁に投げつける。
ヒュッ!
カツン!!
石が投げ込まれ、小さな衝突音が聞こえるまでの間は一拍子もなかった。
そして、十字路の入る。
予想通り、左側の敵は石がぶつかった壁に意識がそれていた。その上、右側の敵もほんの少しだけ彼女に対する反応が遅れた。これだけは彼女にとっては嬉しい誤算だった。
敵が慌てて拳を突き出す。
いい反応だが一瞬とはいえ反応が遅れた彼に勝ち目はい。
拳は彼女のそれより2倍か3倍は大きいのではないかと錯覚するほどだが、慌てて繰り出される敵の右ストレートは、はっきり言って恐ろしいものじゃない。
左手で拳をすばやく弾き、がら空きのわき腹に右フックを叩き込む。
「ハッ!!」
彼女独特の気合いが辺りに響く。
ドゴッという鈍い音がして、膝から崩れた敵はわき腹を押さえながら悶絶し、動かなくなった。
「こちら?!捕獲対象であるキュレイ種サンプルナンバー0003 小町つぐみを発見した!すぐに・・・ガハッ!!」
もう一人の男は、仲間に現状を伝える前に言葉を止めた。
つぐみがすばやく振り向くと同時に、その反動を使い?という呼び名を持った敵に強烈なハイキックを決めたのだ。
「おい、?!応答しろ!!・・・くそ!!」
無線機の向こうからさまざまな悪態や罵声が聞こえる。その中で、いたって冷静な声が聞こえた。
「どうしたの?」
「あ、アスカ様。捕獲対象を発見した?からの連絡が途絶えました!!」
アスカ?日本人なの?いえ、女・・・?
つぐみは思った。
声からするとつぐみの肉体年齢とはたいした違いはないだろう。
でも・・・
「へー・・・小町つぐみだっけ?」
考えをまとめる前に、アスカという女の子の声と小さなノイズに耳が反応する。
「久々に骨がありそうな子猫ちゃんじゃない・・・楽しみだわ」
ジュルリ、と舌先で口の周りを濡らすが聞こえた。
その瞬間、腕に鳥肌が立ち生理的悪寒に襲われ、背筋がゾクゾクと寒くなる。
「無線機には発信機がついてるでしょう。それを使って?の無線機の発信源を特定しなさい。彼女もすぐ近くにいるはずだわ」
「は、はい」
アスカの急変した態度に男は驚き一瞬戸惑ったような感じになったが、すぐに自分の仕事を始めた。
カタカタカタと、素早くキーボードを叩く音が無線機から聞こえ始める。
「まずい!」

少数―2〜4人―の敵に先回りと待ち伏せされることに問題はない。彼女の戦闘能力なら素手だけで先ほどのような巨漢たち5人を一気に行動不能に陥らせることができるからだ。
しかし、今回だけは違う。
敵には『アスカ』という優秀な指揮官がいて、その上、敵の人数も完全には把握しきれていない。
いままでは、つぐみという捕獲対象を捕まえるために少数で組んだり単数で行動したりとさまざまだったが、つぐみを見つけると、我先に、と敵が一気に押し寄せてきたので場所を変え、一対一に持ち込んだり、地形を味方につけ簡単に処理することができた。
だが、今回の場合は今までどおりに2〜4人の少数で一組組んで組んではいるが、一組一組が『アスカ』の指示に従って行動しているようなのだ。
彼女は賢い。先ほどの通信を聞いていて、その対処の早さに彼女がどれほど頭がきれるか瞬時に理解できた。

これ以上、敵に自分の位置を知られるのはまずい!
そう判断したつぐみは、辺りを見回し始めた。
インフラビジョンでつぐみの目に視覚化されたされた赤外線が彼女が無線機を壊す最適な物体を選ぶ。
その目に写ったのは、自分のことを?と呼んでいた男のホルスターだ。
ホルスターからHG―ハンドガン―を抜き取り、もう一人の男が持っていた無線機をさっきのものと並べる。
安全装置をはずし、右手でHGを構える。片目を細め、無線機に狙いをつけてトリガーを絞る。
ダンダン!!
銃声がコンクリートに覆われた十字路に大きくこだまする。
ダンダン!!
銃声が鳴るたびに原形を失っていくになっていく無線機に休むことなく拳銃弾を打ち込み続けるつぐみ。
スライドから15発目の空の薬莢が排出され、カラン、カランカランと虚しい音を立てた後ゆっくりと転がり、コンクリートのかけらにぶつかって静止した。
カチッ・・・カチカチ
「チッ、弾切れか・・・」
スライドが後退しきってしまい、弾を発射することのができなくなったHGをその場に捨て、もう一人の呼び名も知らない男のHGを奪い再度走り始める。
後に残されたのは、倒れた二人の男の巨体と小さなノイズをあたりに響かせる壊れた無線機だったものだけだった。


2:休息

それから数十分後・・・
狭い小道を見つけたつぐみは、そこで一休みをしていた。
「ここなら・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・しばらく・・・はぁ、はぁ、休めそうね」
小道の奥に廃置されていた大きな布が被さった物体の陰に隠れる。これで、大通りからつぐみの身体が見えることはないはずだ。
冷たい雰囲気のある壁に寄りかかってみる。
思ったとおり、壁は冷たく、汗だくになったつぐみの体を布越しに冷やしてくれた。ひんやりとした感覚が熱った身体にとても心地よい。
そのまま、胸を左手をあて右手を額にあてる。
左手で、爆発しそうなほどに心臓が激しく鼓動しているのを感じる。
右手で、時折キラキラと輝く熱い汗が吹き出てきているのを感じる。
どれほど逃げてきたのかはわからない。逃げてきた距離や時間もわからない。
「一番最初の3人に襲われたのが、20時半前後だから・・・」
頭の中を精一杯に整理し続け、来た道を思い出せるだけ思い出そうと試みたが、無駄足にすぎなかった。
わかったことは、倒してきた敵の数は8人だって事だけ・・・
右手の甲とその細い腕で顔の汗を拭う。
身体が大量の酸素を欲しがり、呼吸する間隔が短くなっている。
心臓の鼓動はいまだ治まらない。
身体の調子からわかったことは、『かなり遠くまで逃げてきた』・・・それだけだ。

敵に追われているときに休息を取ることは、一見異常な行動に見えるが、実はそうではない。
敵と接触する際はできるだけ体調が万全なほうがいい。
とくに、つぐみのようなキュレイウイルスキャリアは驚異的な回復能力を持つため、目を閉じ、10秒間寝ただけでも体調はだいぶ変わる。
だから彼女は休息を取る。彼女らしい大胆な行動だ。
逃げる方法を考えながら、ゆっくりと身体を休ませる。

呼吸はすでに落ち着きを取り戻し始めていた。
しかし、
「・・・痛ぅ!」
つぐみが急にしゃがみこみ、ブーツをずらして右足を揉みほぐし始める。しばらくしたら今度は左足を、それから、体中を関節をほぐそうとする。
つぐみは長時間の逃走にはなれていなかった。
『アスカ』という指揮官を手に入れた奴らは手ごわい・・・。確実に仲間が先回りしている位置につぐみを誘いこもうとする。
今まで、ライプリヒから逃走してきた時は奴らはそんな器用な真似はしなかった。いや、できなかった。
確実に体力と気力を削られている。つぐみはそう確信した。
しかし、体力や気力なんてものはつぐみの体なら数分休めばすぐ回復する。
問題は・・・身体だ。
走りつづけたせいで、身体中の関節が悲鳴をあげている。
痛いという感覚は生命の危機を知らしたりするための信号らしい。
痛いという感覚がなければ、身体のどこかに傷がある。血を流している。骨折している・・・そういう大怪我の時だってそういうことに気付けない。
だが、痛みは身体能力と集中力を激減させる。つまり、戦闘能力を落すのだ。
つぐみは少しだけでも痛みを抑えようと、必死に自分の身体をほぐそうとしていた。


3:CURE HUNTING

呼吸もだいぶ落ち着いた・・・。心拍数も正常に近くなってきている・・・。痛みもだいぶ和らいだ・・・。
「・・・そろそろね」
右手でHGを握り締め、身体を起す。
腕や脚を軽くぶらぶらと準備運動でもするように動かし、身体に異常がないことを確かめる。

コツコツコツ・・・

つぐみは音のするほうに方向―大通り―に目を向けた。・・・敵だ。
布の陰に隠れて敵の様子を伺う。SMG―サブマシンガン―のフラッシュライトで暗い夜道を照らしながらゆっくりと歩いている。もちろん、あたりを見渡すことも決して忘れていない。
逃げるか?それとも・・・この場で奴を仕留めるか?
つぐみの頭にはそれしかなかった。
ここからHGで牽制して一気に気絶させることはできる。
しかし、下手に拳銃弾を消費したくないし体力も完全ではない。
・・・冷静な判断の結果、逃げることにした。
敵が遠くに行ってからその後ろをすり抜け、一気にダッシュ。
そう考え、身構えようとした時事故がおきた。

パキ

「しまっ・・・」
「だれだ!?」
敵に気を取られ、足元の小枝に気がつかなかった。彼女らしくない小さなミスだ。
ズガガガガガガガガガガ!!
敵が音がした小道の唯一の出入り口を身体で防ぎ、SMGを乱射してくる。マガジンの中の30発の弾が銃口から次々に放出される。
「チッ!」
つぐみはHGをしっかりと握り、攻撃の手が止むまで辛抱強く待ち続ける。
ガガ・・・
「いまだ!」
30発の銃弾の嵐が止むと同時に布の陰から飛び出て、右手に握ったHGを撃ちこむ。
ダンダンダン!!
つぐみの素早い行動に、男は壁に身を隠す暇さえなかった。3発の拳銃弾が敵の左手と右足に怪我を負わせる。
いきなりの出来事に敵に大きな隙ができた。その瞬間をつぐみは逃さない。
―敵に私のことを連絡されてはいけない!
そう感じたつぐみは、右足の激痛に身体のバランスを崩した敵に向かってダッシュで間合いを詰める。
「ハッ!」
気合と共に右足が踏み込まれ、腰を回転を使った必殺のボディブローが叩き込まれる。
「ゴハッ!」
唾液や胃酸と一緒に敵が腹の中にあったものを吐き出す。そして、下がった顎にすぐさまアッパー。
プロのヘビー級ボクサーに吹き飛ばされたように、一瞬、敵の身体が鮮血と共に宙を舞い、後頭部から地面に落ちた。
男は口からさまざまな消化液や血を流しながらピクピクと醜く痙攣を始めた。
「いたぞ!!」
「クソ!?がやられた!!」
「安全装置をはずせ!!頭以外を打つんだ!!」
次々に男達の声が響いてくる。
「チッ!」
今日はもう何度やったかも忘れた舌打ちをする。
―逃げ切れるか?いえ、逃げ切るしかない!!
そう思ったつぐみは一息吸い込み、素早く小道から闇色の大通りへと飛び出した。
「あそこだ!」
ズガガガガガ!!
チュチュチュチュチュン!!
つぐみが走った軌道を辿るように、敵が撃った弾がタールがはがれ始めた道路にあたり、跳弾する音が響く。
「こちら?!捕獲対象は北北西に向かって逃走中・・・」
敵につぐみの居場所がばれてしまった。
普段なら全速で逃げていれば、奴らを振り切る自信があったが、
『アスカ』を指揮官にした奴らから振り切る自信はあるが、確信はない。
捕まれば地獄の日々に後戻り。生きているかもしれない彼とはもう二度と会えない。
「そんなのいやよ!」
捕まった後のことを想像した自分に対する戒めと気合を入れなおすために、両頬を両手でピシピシと叩く。 
「絶対・・・絶対に逃げ切ってやる!!」
つぐみはスピードを上げ、闇の中を駆けた。

そのころ・・・
「O.K!捕獲対象はこっちに向かっているのね?・・・わかったわ。フォーメーションDD5!?と?は車回しといて!」
つぐみを追う狩人たちの作戦の準備が着々と進められている。
「さぁ・・・キュレイ種狩りを始めましょうか!」


4:月下の狩人たち

車のライトにハイビームに目が眩む。
ライトの先には、苦虫を噛み潰した表情のつぐみがいた。
こうなっては逃げようなんて甘っちょろい考えをしていてはどうしようもない。
目の前には敵が3人、後ろには4人いる。
追ってくる敵から逃げ続けていると、残っていた敵がつぐみの進路を防いでいたのだ。頼みの綱であったHGもとっくに撃ちつくしている。
「まんまと策に引っ掛かったみたいね・・・」
「そうね」
コツコツコツ、と短い間隔で足音が響き、目の前の3つの影に長い髪をなびかせている一つ影が加わった。
「はじめまして、小町つぐみちゃん」
若い女だ。
つぐみの肉体と同世代の年齢だろう。
長く伸ばした栗毛色の髪。綺麗に整った顔。短い黒のジャケットにミニ、足元はハーフブーツという活動的な組み合わせだ。
「・・・あなたがアスカね?」
「クスッ、そうよ。私は水原アスカ。あなたと同じよ」
―同じ?どういう意味なの?
一瞬、そんな思考が頭をよぎったが、深く考えている暇はない。後ろにも前にも敵がいるし、左右は締め切った廃ビルしかない。地形さえも敵となるこの状況は、まさに四面楚歌である。
「ライプリヒから15年間逃げ続けてたらしいけど、やっぱりアマチュアね。こんなところで銃を使ってくれるなんて・・・おかげであなたの事を探しやすかったわ。ありがとう」
軽く腕を広げ顔に笑みを浮かべながら、アスカが話し続ける。
「どういう意味よ?」
アスカに敵対の意思をしめす強烈な視線を飛ばすつぐみ。しかし、その頬には冷たい汗が流れている。
「あなた・・・本当に無線機に発信機がついてると思ってたの?あの無線機での話はあなたに銃を使わせるための口実。それに、あなたを見つけたら『頭以外の場所を撃つ』という制限付きで銃を撃ってもいいことにしてたんだけど、捕獲対象であるあなた自身がバンバン撃って自分の場所を知らせてくれたんだもん。感謝するわ。でも、ここまでうまくいくとは正直思ってもみなかったわ。こんな場所で銃を使うなんて・・・とんだおバカさんね」
「あんたなんかに馬鹿呼ばわりされる筋合いはない!」
突然、顔を真っ赤に染めたつぐみが叫び、大きく踏み込む。だが、
「動くな!!」
つぐみの行動を予測した7丁の冷たく光る銃口に遠くから動きを封じられる。
キュレイ種とはいえ、弾丸をよけることは不可能だ。2、3発・・・いや、下手をすれば一発でも足に弾丸を打ち込まれれば数十秒は動くことはできなくなる。
「やめなさい」
アスカの凛とした言葉が7人の男達の銃を制した。
「あのね〜。男だったら女相手に銃なんて向けないの。素手でやりなさいよ、素手で」
「リ、リーダー・・・し、しかし・・・」
「ア、ス、カ、さ、ま!何度言ったら理解できるの、よ!」
異議を唱えようとした男の一人の足を、アスカは踵で思いっきり踏みつける。グゥ、と短い悲鳴が聞こえると、銃を構えていた6人の男達が前方へと銃を捨て、身構える。少し遅れて、足を踏まれた男も銃を投げ捨てた。
「・・・銃無しで私を捕まえようなんて考えない方がいいわよ」
ボソッと呟いたつぐみの表情は真剣そのものだ。軽く腰を落し、今すぐにでも飛びかかれる構えを取る。
「あらあら・・・躾けの悪い子猫ちゃんはお仕置きしなくちゃね」
粘りつくような気持ちの悪いしゃべり方をするアスカ。その瞳は妖しい光を放つ。
アスカの言葉と視線に再度生理的悪寒に襲われる。しかし、弱みを見せれば必ずその隙をつけいられる。そうはされまいとつぐみは強気な発言をした。
「この・・・変態が!!」
つぐみの大声を合図に男達が一斉につぐみに向かって駆け出す。
―まずは、後ろから!!
つぐみは前方より間合いの近い、後方から片付けることにした。
回れ右の要領で一気に後方に身体をむけ、駆け出す。
その速さに反応仕切れなかった一番近くにいる男に向かって、つぐみは軽く跳躍する。高く飛ぶことを目的とした飛び方ではなく、遠くへ飛ぼうとする飛び方だ。
流石はキュレイ種といったところか・・・その滞空時間は長い。男とすれ違いそうになる瞬間に、右手で男の顔をつかみ、力を込める。
重力とつぐみの力が重り、バランスを崩した男の身体は頭から地面に叩きつけられる。
鈍い音が聞こえ男は苦痛の悲鳴をあげる前に気絶した。後頭部からじわりと血が染み出てくる。
「・・・まずは一人・・・」
視線を巡らせ、次に叩く相手を瞬時に決定する。
先ほど光景のせいか、唖然としている男に的を絞った。
瞬時に間合いをつめ、男に胸に肘鉄をいれ、そのまま腕を立てて裏拳で鼻を叩く。メキッ、と嫌な音が聞こえ、男が鼻をおさえながら悲鳴を上げる。鼻が折れたのだろう。
そして、鞭のようにしなる足を使った下段中段の連続二連蹴り。最後に軸足を右足から左足へと瞬時に入れ換え、回転蹴りを顔にあてる。
その凄まじい速さに蹴りの軌道を捕らえることは常人には不可能だ。
「くそアマが!」
その声に反応したつぐみが振り向くと同時に手首をつかまれた。
「へへ・・・その自慢のスピードもこうなっちまえば終わりだな」
たしかに、つぐみの攻撃のほとんどがその素早い動きからのコンビネーションだ。捕まれば動けなくなり、驚異的な速度は殺される。その考えは正論だが、男は大きな見当違いをしていた。
「私が・・・素早いだけの女だなんて思ったら大間違いよ!」
つかまれた右手を手首を内側―左側―に返し、逆に相手の手首をつかむ。敵の左腕をきっちりと伸ばさせた瞬間に、右手で肘の関節部分を強打する。
バキ!!
鈍い音と共に伸ばしきれなくなった肘関節は破壊された。肘はありえない方向に曲がりきっており、そこから鮮血が吹き出る。露出した白い骨やちらちらと見える血管が痛々しい。
一瞬なにが起こったかわからないような顔をしていたが、強烈な激痛がワンテンポ遅く感覚神経を走りぬけ男の体を襲い、絶叫を上げる。
「――あ?ああぁぁぁぁぁぁああああ〜!!」
「五月蝿い」
激痛のせいでつぐみの存在を忘れ、必死に肘をおさえていた男に、無情にも追撃するつぐみ。
水月を激しく掌打され、男は完全に昏倒した。肘からあふれ出ている鮮血はいまだに止まろうとはしない。
「3人目!」
四人目の敵に向かいながら、つぐみが叫ぶ。
敵の突き出した左ストレートを足を使って上半身を右側に急速旋回させて避け、その回転を上乗せした手刀で首筋に入れる。
「あ・・・」
男の視界が真っ白に染まり、そのまま倒れた。
「なにやってるのよ。複数対単数よ。3人同時に攻撃しなさい!」
いつの間にか車の屋根に乗って頬杖をついていたアスカが男たちに指示をだす。
男達は顔を見合わせ軽く頷いた後、つぐみに向かって直進してくる。

―どうする?

逃げるという判断もできるが、それではさっきと同じ展開が予想される。
完全に行動不能にした敵の数は地面に頭を叩きつけた男と肘を折った男の二人だけ。
鼻を折った奴とさっき処理した奴は簡単な応急処置で行動可能となる。
だったら、ここで・・・
「全員潰してやる!」
自分がワンピースを着てることを気にせずに、バク転をして敵との距離を取る。回り続ける視界の中で敵の捨てたSMGが真後ろにあることを理解し、それを右手でつかみ着地する。
着地した状態とほとんど変わらぬ姿で構え、敵の足元めがけ掃射する。
ズガガガガガガガガ!!
30発の銃弾が次々と敵の足を貫く。
敵の二人は力なくその場に倒れ、両足を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
敵の一人がつぐみの行動を瞬時に予測したのか横転して弾丸を避けていたが、両足を負傷し痛みに顔を歪め、叫ぶ仲間の姿を見て戸惑いの表情を隠せないでいた。その好機をつぐみは逃さない。
「どうするの?このまま逃げれば見逃してあげてもいいのよ」
口元に冷徹な笑みを浮かべ敵と目を合わせる。
交わる視線の先に感じ取った恐怖に負けた敵は、意味不明な奇声を上げて逃亡した。
「ひゃ、ひゃぁぁぁあ〜!」
しかし、アスカが男の退路を防ぐように立っていた。
「敵を目の前にして逃亡なんて・・・情けない!!」

シュッ!
ゴロン・・・

空気を切り裂く音と何かが落ちる音が耳に入る。
つぐみは我が目を疑った。
首がないのだ。つぐみから逃亡を図ろうとした男の首がなくなっているのだ。
先ほどまで首が載っていた部分からはおびただしい量の鮮血が不気味な輝きを放ちながら泉水のように吹き出て、アスカの顔を赤く汚す。
男の身体はいまだに死んだことに気がつかないのだろうか、身体だけがゆっくりと前に歩を進めている。しかし、2,3歩よろよろ徒歩を進めた後、糸の切れた操り人形のように倒れた。
アスカは顔についた血を素手でふき取り、長い舌で舐め取った。
「・・・苦い・・・やっぱり男の血は最悪ね」
味わった血の味の感想を率直に告げるアスカ。
彼女は変態とか変質者とかそんなレベルではない。恐らくは、殺人快楽者同等かそれ以上の異常な精神の持ち主。
それが、つぐみのアスカに対する簡単な精神判断だ。
「知ってる?女の血は男のより甘いのよ。Y染色体がない分甘みが増すの」
口元についた血を拭い去り、血の滴るナイフを逆手に握る。彼女の手には不釣合いともいえるほど大型のナイフ。それが敵の首を切り落としたとは到底考えられない。特に女の力で首がそう簡単に刈ることはできない。
だが、用心することに越したことはないと思いつぐみはファイティングポーズを崩さなかった。
「あなたみたいな、とびきり美人な子猫ちゃんの血はどんな味がするのかしら?きっとロイヤルシロップみたいな味なんでしょうね」
軽い口調とは正反対の強烈な殺気がつぐみを襲う。
呼吸間隔が短くなり、足が震え始め、頬を冷たい汗が伝い、のどがやけに渇く。
視線をそらし、このまま逃走したいがアスカなら逃亡するつぐみの背中にナイフを容赦なく投げるだろう。
「それにしても・・・本当に全員倒しちゃうなんてね。まぁ、それくらいじゃないと私が呼び出されるわけないか・・・」
視線を左右交互に移動させながらアスカは呟く。
「私ね・・・普段は殺し以外の任務に就くことないし、指示も出さないの。でも、今回は特別。まさか、私の部下があんな粗雑なやり方であなたを捕まえようなんて思ってもみなかったわ」
「そんなことどうでもいいわ。そこをどきなさい!あなたもこいつらみたいに地面を毛虫のように這い蹲る気?」
震える声を懸命に出して、動揺している素振りを隠そうとするがアスカにそのような発言は効果はない。
「そんなに急かさないでよ。役立たずを処理するから」
「え?」
ズガン!!
それは一瞬の出来事だった。つぐみが一声出すとほぼ同時に強烈な発射音がつぐみの耳を襲った。
つぐみがいまわかっていることは、アスカが大口径のシリンダー・ホールを片手に持っていて、銃口からは白煙が上がっているということだけ。
アスカの視線と銃口の先に視界を移動させる。つぐみはその光景に驚愕した。
鼻を折ってやった敵が頭を撃ち抜かれていたのだ。頭からは血が、グラスに注ぐ時の赤ワインのようにとくとくとあふれ出てくる。
ズガンズガンズガン!!
今度は三連射。
肘を折ってやった奴、手刀で気絶させた奴、頭を地面に叩きつけた奴が頭を撃ち抜かれていた。3人の中で一番アスカに近かった手刀で気絶させた奴は頭の半分が吹き飛び、脳が見え隠れしている。
何度も血を見てきたつぐみだが、そんなことに決して慣れているわけでない。ましてや、仲間が仲間を簡単に惨殺する光景は初めてだ。
足音に気がつき、その方向へと身体を向ける。
アスカが両足を負傷した男の片方のそばに座り込み、銃を押し付けていた。
「さて・・・あなたもここでお終いね、?。知ってるでしょう?私には役立たずと隊員の命を奪う権利があることを」
笑いながらも恐ろしいことを淡々と口にするアスカに対し、男は哀願した。
「た、頼む。見逃してくれ!リーダー」
「ア・ス・カ・さ・ま!第一、それは人に物を頼む態度かな?」
「お、お願いです、アスカ様。見逃してください」
涙を流し、鼻水まで垂れ流している男に、アスカは笑って答える。
「はい、よくできました〜いいこの僕ちゃんにご褒美よ」
ズガン!!
「弾丸という名のね」
頭が吹き飛ばされた男の身体に笑みを崩さずに冷たく述べる。
「あなたもね」
ズガン!!
最後の男にはその一言だけで終わらす。この男の頭もなくなっていた。
「よ〜し後始末かんりょ〜う!これでゆっくり遊べるわね」
シリンダー・ホールを適当に投げ捨て、もう一度ナイフを構えなす。そんなアスカにつぐみは問いかけた。
「なんで・・・なんでそう簡単に仲間が殺せるのよ!?」
つぐみの質問が意外だったのか、アスカは目を丸くしていた。そして、アメリカ人みたいにやれやれと肩を軽く上下させる。
「仲間ですって?あなたって面白いこと言うのね」
そこら転がっている死体を一瞥し、つぐみに視線を戻す。
「彼ら・・・いえ、これらは道具よ。男なんて女を弄ぶことしか考えない、プランクトン以下の下等生物じゃない。あ、男なんかと比較したらプランクトンたちの方が可愛そうか。アハハハハ」
顔を押さえ、天を仰ぎながら大声で笑い出す。そのとき、満月を覆っていた暗雲が風によって完全に取り除かれる。
「綺麗な満月ね・・・こんな夜は血が昂るわ・・・」
アスカは顔に当てた指の隙間から見える満月を、うっとりとした表情で見つめ、軽く目を閉じる。
「さぁ、始めましょう・・・」
風が吹き始め二人の長い髪を躍らせる。
「本当の・・・」
アスカが指を顔に当てたまま顔をつぐみに向け、閉じていた両の眼を見開く。
その瞳は獲物を確実に捕らえようとする瞳。まさに狩人の瞳だ。
「狩りの時間を!」

5:狩りの時間

「さぁ、始めましょう・・・本当の・・・狩りの時間を!」
その声と同時にアスカが行動を起す。
ジャケットに手を入れ人差し指から小指を含めた四本の指で三本のナイフを取り出し、つぐみに向かって3本同時に投げる。
大気を引き裂き、妖しく光る3本のナイフは確実につぐみに向かって直進する。
―速い!!
つぐみが戦ってきた相手の中にはナイフ使いもいた。しかし、そんな奴らとは比べ物にならないぐらい彼女の投げナイフは速い。
つぐみは身を捻りその三本を紙一重でかわすが、髪が数本切られ風に流される。
「やっぱりアマチュアね」
ナイフを回避した先にアスカの顔があった。
「しまっ・・・」
すぐさま拳を突き出そうとするがが、体勢が整えていない状態ではパンチの狙いが定まらない。
「遅いわよ」
つぐみが攻撃する前に先にアスカが彼女の隣をスケートをするように滑りぬける。

シュパ!

「ク・・・」
右腕の袖が裂け、ゆっくりと血が溢れ出す。
アスカがつぐみの隣をぬけるさい、逆手に持ったナイフで切りつけたのだ。
傷つけられた腕が焼けるように熱い。腕を押さえ、次の攻撃に備えようとアスカの方へと身体を振り向かせる。
しかし、彼女の追撃はない。それどころか懸命にキャンディーを舐める子供の様に一心不乱になって血の付いたナイフを舐めている。
「はぁ、はぁ・・・つぐみちゃんの血・・・やっぱり甘くておいしい・・・」
ナイフで自分の舌を傷つけ、今舐めている血が自分のものとも気付かずに次から次へとナイフにこびりつく血を舐め取る。口からも鮮血が漏れ始めている。
「ッ!やめなさい!!」
次々に襲ってくる生理的悪寒に勝てず、冷静さを欠いたつぐみは、先ほど避けたナイフを拾い上げ、投げる。
アスカめがけて直進するナイフが月光を反射し、青白く光る。彼女は完全にナイフに気付いていない、はずだった
「なっ!」
彼女はつぐみの投げナイフを先ほどから舐め続けていたナイフで弾き飛ばしたのだ。
「クスッ。やっぱり遊んで欲しかったのね?寂しがり屋のつぐみちゃん」
「黙れ!!」
アスカに向かって神速ともいえるほどの凄まじいダッシュ。
次の瞬間にはアスカの顔めがけての右ストレートが放たれる。しかし、
「これも遅い」
アスカはそれを左手で簡単にいなし、がら空きの背中に肘鉄。
カハッ、と痛みと同時につぐみは肺の中の息を吐き出すが、そのまま飛び込み前転をしてある程度の距離を確保した後、もう一度アスカと向き合い、しゃがんだ状態からアスカに飛びかかる。
「純キュレイ種を舐めないで!!」
両わき腹に狙いをつけた両手でのボディフックがアスカを襲う。しかし、アスカはそれを一歩後ろに飛んで華麗に回避。さらにつぐみの身体をその大型ナイフで切りつける。
「クスクス・・・とろい子猫ちゃんね」
そしてナイフを一舐め。
だんだんとアスカの言動が気味が悪くなってくる。
なにかアスカの動きを止める方法はないかとあたりを見渡す。
「そうだ!!」
つぐみは落ちていた二丁のSMGを拾い上げた。
「くらえ!」
片手に一丁ずつSMGを構え、それを撃ちだすと同時にアスカも行動を始めた。
ズガガガガガガ!
「どこを狙ってるの?」
アスカの行動した後を追うように自分も素早く動きながら、アスカの行動した軌道に向かってマシンガンのトリガーを引き続ける。
普通、移動標的を狙うならば、あるていど敵の行動を先読みして撃たなければ意味がないのだが、つぐみはその撃ち方をやめない。
ガガ・・・
最後の弾が撃ちだされると同時に、あたり一面が暗くなる。
「なっ?まさか?!」
「今頃気付いたの?あなたもとんだおバカさんね」
皮肉の意を込めて、発声する。
つぐみの狙いは直接アスカを攻撃することではなく、車のライトを壊すことだった。
ライトは位置によっては不利な状況に追い込まれたりもするが、敵にとっては唯一の光源となっていたのだ。それを潰せば、光に慣れた目は闇に溶けこめる格好をしたつぐみを簡単には見つけられない。
光源のない暗いスラム街は、赤外線を視覚できるつぐみにとっての有利な戦いの場となった。
SMGを投げ捨て、足元のHGをつま先で蹴り上げる。くるくると回転しながら目の前まで上ってきたHGのトリガーに右手の人差し指を添えてそのまま連射する。
「これで終わりよ!」

ダンダンダンダン!!

アスカを狙う四発の死神が大気を切り裂き、目に映らぬ速さで直進を続ける。
チュンチュンチュンチュン!
「・・・嘘・・・」
目の前で起きた光景の凄まじさに、つぐみは一瞬なにが起ったのかわからなかった。
「フフ・・・無駄よ」
「そんな!!」
ダンダンダンダン!!
もう一度撃つ。
だが、彼女には当たっていない。アスカには弾が当たっていないのだ。
普段、銃火器を扱わないつぐみは確実に敵のどこかが負傷するように、身体の中心を撃つように心がけていた。
しかし、アスカはつぐみが撃つ弾を無駄な動きなくかわしている。
「弾を・・・銃弾を避けるなんてそんなこと・・・」
「そうね、あなたには不可能かもね。でも、私はできるのよ」
「くそっ!!」
もう一度銃を構えなおし、再度弾を撃つ。
ダンダンダン!!
「無駄だって言ってるでしょ!」
つぐみの弾を避けたアスカがジャケットに手をいれ、抜き出すと同時にナイフを投げる。

シュパシュパ!
「うぅ・・・」
ガチン!ズガーン!
「きゃあ!!」

「くっ!」
つぐみは、赤々と燃え始めた黒いワンピースの右の袖を肩から破りすてた。腕に残った数々の古傷が彼女の人生の辛さを語る。
二本のナイフがつぐみの左腕と右足に傷をつけた。
そこまでなら常人にだって可能だが、もう一本のナイフが曲者だった。
つぐみが銃を発射すると同時に、アスカのナイフが銃口を貫いたのだ。
銃は暴発し、最初の二本のナイフの痛みに気を取られたつぐみは反応が送れ銃を手放すタイミングを誤り、銃が引き起こした爆発がつぐみの服に火をつけた。
―どうして・・・どうして弾が当たらないの?!
「フフ・・・どうやって弾を避けたかが気なってるようね。顔がそういってるわよ」
表情は強気に見せているが、正直、つぐみは焦りを隠せないでいる。
―体力さえ、体力さえ回復してくれればこんな奴簡単に倒せるのに・・・
「つぐみちゃんのお願いなら、私、断れないからな〜。特別におしえてあげちゃう」
つぐみにゆっくりと歩を進めながら、アスカは口を開き始める。
「やり方は簡単。相手の銃口と引き金に当てた指を集中して見続ければいいのよ。弾が飛ぶ軌道と撃つタイミングがわかれば簡単に避けられるわ。銃っていう兵器は強そうに見えて案外弱いものなのよ」
―見る?この暗闇の中で?彼女は赤外線ゴーグルや暗視ゴーグルなんてつけてはいない。それに、ナイフで男の首を刈るほどの力。疲れているとはいえ私をしのぐ身体能力。血液感染すると知りながらキュレイの血を簡単に舐める行為。私と同じ・・・
今までのアスカの行動と言葉を整理しなおすと、一つだけ答えが浮かんだ。
「まさか・・・まさか、あなたも・・・あなたもキュレイ種ね!?」
つぐみの質問を聞くとクスクスと笑い始め、いきなり大声を上げてアスカは滑稽そうに笑い始めた。
「アハハハハハ!やっと気付いたの?ほんと鈍い子ね」
目に少しだけ溜まった涙を人差し指で軽く払い、軽い笑みを浮かべながらアスカは続ける。
「確かに、私はキュレイ種よ。あなたたちみたいに、実験のためのキュレイ種とは違ったタイプだけどね」
「どういう意味よ?」
あのライプリヒがそんな事をするとは到底思えなかった。ライプリヒのことだ、キュレイ種とわかればその場で拘束して実験材料にするだろう。
なのに・・・彼女は『実験のためのキュレイ種とは違ったタイプ』と述べた。
その答えが、今明らかになる。
「キュレイ種サンプルナンバー008 水原アスカ。ライプリヒ特殊傭兵部隊隊長よ」
「・・・ライプリヒ特殊傭兵部隊?」
「えぇ、そうよ」
ナイフを両手でキャッチボールをさせるような感じで渡したり、受け取ったりしながら話を進める。
「おもな任務は、あなたみたいにライプリヒの研究施設を逃げ出した研究対象の捕獲と、裏切り者の抹殺。まぁ・・・特殊部隊といっても、名前の通り、私と数名以外はみんな傭兵で、私はそのまとめ役」
鏡のように磨き上げられた刀身に映る自分の顔を見てアスカはうっとりとしながら続ける。
「わたしもともと、アメリカで殺し屋をやってたのよ。キュレイに侵されて手に入れたこの身体能力ほど殺しに優れたものはないわ」
「でも、それとライプリヒとどういう関係があるのよ?」
「わからないかな〜。つまり、ライプリヒはもともと私を捕まえるつもりだったのよ」
ますます話が見えなっていく。捕まえるということは、研究材料にする気だったということだ。しかし、それをせずにライプリヒお抱えの特殊部隊の隊長の座まで与えた。
「ふぅ〜頭固いね〜。簡単に私を捕まえられないと知ったライプリヒは交渉しに来たのよ。1週間に3回の採血と身体能力テストと学力テストを受ける代わりに、特殊部隊隊長の座と殺人を目的とした任務は真っ先に私の元によこす、という感じの取引をしたの」
「馬鹿ね・・・ライプリヒを甘く見ないほうがいいわよ。あいつらは必ずあなたを裏切るわ」
できるだけ会話を引き伸ばす。体力はまだ完全には回復していない。体力が元に戻り次第、一気に叩きのめす。つぐみはそう考えていた。
「私が何年部隊隊長やってると思うの?12年よ。12年!その間にあいつらが不意打ちをしてくることは何度もあったわ」
「まぁ、私にはあなたが実験材料になろうが殺そうが、どうでもいいことね」
つぐみのその一言から、しばらくの沈黙が続いた。

6:狩るか狩られるか

「さて・・・そろそろ続きを楽しみますか」
アスカは、先ほどまで弄んでいたナイフジャケットにをしまい、ファイティングポーズをとった。
「体力回復なんて見え透いたことをされるのも癪だしね」
「・・・やっぱり、気付かれてたか・・・」
つぐみも軽く腰を落として、ファイティングポーズをとる。完璧ではないが全体の約8割といったところまで体力は回復している。あとの、二割は気力でカバーするしかない。
「ナイフ・・・使わなくてもいいの?」
「クスッ、やさしいのね。ご心配なく、あなた程度にナイフを使う必要がないってわかったから」
「・・・後悔しないでよ」
強い突風が吹き、二人の髪をなびかせる。
月下に立つ美しき二人の美女はお互いに視線を絡めあう。
崩れかけていた廃ビルのコンクリートが落ちた。

ガツン

「はぁぁぁぁ!」
「ふぅぅぅぅぅ!」
コンクリートの塊が落ちる音がゴングとなり、二人がダッシュで間合いを詰め始める。
「せいっ!」
アスカの腰の回転を使った見事なハイキックをつぐみがしゃがんで避け、アスカの足が空を裂く。素早く懐にもぐりこんで、全体重を乗せた体当たり。とっさに反応したアスカは天才的な動体視力でそれを見破り、バックステップで避ける。避けた瞬間に拳を振り上げ、一歩進むと同時に振り下ろす。つぐみは一歩引いてそれを避ける。が、
「フェイク?!」
振り下ろした腕を途中で止めて、肘鉄。ガードしようとしたが間に合わず、もろにみぞおちに喰らう。
「あなたの技、使わせてもらうわ」
そのまま肘を立てて顔を叩き、もう片方の腕でボディを決める。
「く・・・はぁ!」
右手で拳を作り、顔、胸、腹、の順に狙った素早い・・・いや、見えない三連打を繰り出す。初発はガードされたが、残りの二つが見事に入る。
よろけたアスカの腕を掴み、引き寄せ、肘鉄を決めた。
「まだまだ!!」
腕を離し、さらに両手両足での流れるようなコンビネーションを重ねる。
「・・・調子に乗らないでよね・・・子猫ちゃん!」
左ジャブを軽く弾き、右足のミドルキックを膝の皿でガード。ガードした膝を伸ばし、瞬時にローキックをつぐみの右足に叩き込む。つぐみがバランスを崩した隙に、わき腹にダブルハンマーを叩き込む。
「ぐふ!」
痛みに顔をしかめ、ばく転をしてアスカとの距離を取り直す。
「こんなものなの子猫ちゃん?もっと楽しませてよ・・・」
「猫猫うるさい!私は猫が嫌いなのよ!!」
一呼吸の感覚も入れずに、また間合いを詰める。
「あら・・・それは残念ね」
クスクスと口元にいやらしい笑いを浮かべ、アスカはつぐみが自分のテリトリーに入るのを待った。
「はっ!」
「とろいわね」
つぐみの渾身の右ボディブローを片手で受け止めた。
「な・・・」
「だめだめ、呆けてたら次の攻撃に対処できないわよ。こんなふうに、ね」

ドン!!

「かはぁ」
「あなたは・・・おしゃべりが過ぎるのよ!」
右手を止められてるなら左手で打ち込めばいいだけのこと。腰の回転を使った一撃は確実にアスカのボディにクリーンヒットした。
アスカのジャケットの襟元を掴み、そのまま壁に突進する。
「これで・・・終わりよ!!」
襟元から手を離すと、その隙に壁から離れようと行動を起すアスカだが、つぐみがそれを許すはずがない。
「逃げるな!」
のどに手刀をいれ、動きを止める。そのまま怒涛の如きパンチの連打がアスカを襲う。つぐみの腕が動くたびに轟音が鳴り響き、アスカの身体が激しく震動する。
その速さと威力はマシンガンなんてものじゃない。たとえるなら・・・そう、ガトリングガンだ。
「・・し・・は・・・・ど・・」
つぐみの連打を喰らいながらも、アスカが呪文を唱えるに何かを呟く。
「わ・・しは・・か・・り・・ど・・」
激しい連打を喰らい、震動する声を精一杯搾り出すように発声する。
「わたしは・・・かりうど・・・」

『私は狩人』
それは彼女が信条としてきた言葉だった。
この世の法則は『弱肉強食』。つまり、弱き者は死に、強き者の糧となる。それを知ったのは、アメリカで初めて人を殺したとき・・・
義理の父親に狩りという名の殺人ゲームを強制的にやらされたときだ。
バーボンをストレートで飲み、笑いながらアスカめがけて猟銃を連射してくる義理の父をアスカは殺した。
そのとき気付いたのだ。
狩人は強い。獲物を殺すことができるから。
獲物は弱い。狩人に殺されるしかないから。
私は狩った。義理の父親を狩った。狩人は義理の父ではなく私だったんだ!
獲物になったら死ぬ・・・だったら私は強い狩人になる!!

カチッ
ピュン

そのとき、つぐみの手を小さな痛みが襲った。
「う・・・これは・・・針?」
針を腕から引き抜く。細くもろいその針は、とても牽制や攻撃用の武器には見えない。
「・・・あ、あれ?」
突如、身体を妙な感覚が襲う。平衡感覚がうまくとれない。目蓋が重い。
「ふふ・・・ははは・・・あっはははははは!私の勝ちよ!つぐみ!」
アスカの態度が急変する。ぐらつき始めたつぐみを蹴りつけ、倒れたつぐみの腹をブーツで踏みつける。
「あ・・・くぅ・・・」
「所詮あなたは獲物。狩りの主役である狩人の私が負けるはずがないのよ!」
「い、いったいなにを・・・」
「・・・麻酔よ」
アスカはいつの間にか握っていた大型ナイフの柄をつぐみに見えるように傾ける。
「ここにスイッチがあるでしょう?ここを押すと、あら不思議。ナイフのお尻から麻酔針が飛び出ちゃうの」
「仕込みナイフ・・・」
「そういうこと」
失態だ・・・
敵のことにばかり気を取られナイフを見逃すなんて・・・なんて情けないんだ・・・
後悔の念が次々と心の底から浮かび上がってくる。
「さ〜て・・・二人だけの夜を楽しみましょうか」
アスカがつぐみの身体に乗るようにして手を拘束する。
四肢に繋がっている運動神経に指示を出し、動くか動かないかを確認させる――まだ身体は動く!
「残念だけど・・・私にはもう心に決めた人がいるのよ!」
少し痺れている身体に活をいれ、体を捻り、アスカのわき腹にしなやかな蹴りを入れる。
「グッ!」
アスカが転がる。すぐさま立ち上がり、起き上がったアスカが振り向くと同時に下半身の関節を連動させて作り上げた強烈な右フックを繰り出す。

シュッ!

「・・・残念。かすっただけよ」
「おめでたいわね。それが狙いなのよ」
「え?あ・・・」
突然アスカが片膝をつく。目の前の空間がぐるぐる回っているように見えて気持ち悪い。
「さ、最初っから顎狙いだったのね」
「えぇ・・・顎を打たれると脳が揺れて、動きにくくなるでしょう」
ふらつく足取りでゆっくりと歩き、念のために落ちていたHGとナイフを拾っておく。
「つぐみーー!私はあきらめないわよーー!」
彼女が回復するまえに、こっちも麻酔をどうにかしなければならない。
「少し・・・休まなくちゃ・・・」
つぐみは重くなっていく自分の身体を引きずり、数回曲がり角をまがった後、廃ビルへと姿を消した。

7:大丈夫

目眩がして、足元がふらつく。
廃ビルの壁に背を預け、床に腰を下ろす。
頭がぼぉっとしてきて、睡魔がつぐみの精神を揺さぶる。
麻酔とはいえ、驚異的な新陳代謝能力を持つキュレイを行動不能にさせるのは不可能だったのか?それとも、遅かろうと、針を抜いて麻酔を吸い出したのが正解だったのか?しかし、つぐみにそんなことを気にしている暇はない。
耳を澄ませば、アスカの足音がコツコツと近づいてくる。
「さて・・・どうすればいいかしら・・・」
つぐみは手元にある持ち物を確認してみた。
フル装填されたHG、アスカの投げナイフ、小さなチョコレート、赤外線レーザー照射装置・・・・・
「・・・最悪ね」
とりあえず、ポケットの中から出てきた小さなチョコレートを口にしておく。腹の足しになるといえば嘘になるが・・・
「HGでの牽制は無理ね。SMGならできたかもしれないけど、SMGは私が使い果たしたし・・・」
握り締めていたHGをどけ、ナイフを握る。
「ナイフも無理ね。あいつは素手よりナイフのほうが得意のようだし・・・」
ナイフもどけ、赤外線レーザー照射装置を手に取る。
「・・・あいつも、インフラビジョンを持ってるのよね・・・下手に使えば、敵に場所を知らせることになるわ」
もう一度見直してみたが、やはりアスカ攻略の方法は発見できなかった。
「はぁ・・・逃げるしかないか・・・」
ふらつく身体を叱りつけ、身体の中の力を搾り出し、踏ん張って立ち上がろうとした、
「・・・!?」
急に身体がふらつき、身体を支えきれなくなる。膝から床に落ち、地面で顔をぶつけないように反射的に手を伸ばそうとするが、それさえできない。視界がだんだん狭くなってくる。
「まさか・・・今頃効いてきたの?」
少しでも寝てしまえば捕まる。ライプリヒに連れて行かれる前にアスカに何をされるかはわからない。顔に手を伸ばし、頬をつまんででも眠気を払おうとするが、睡魔は一方的につぐみを襲う。
「もう駄目なのかな・・・」
視界がかすみ、目蓋が閉じ、そこからうっすらと水が流れる。
「・・・武・・・ごめんね・・・」
絶望に心が支配され始めた時、彼を思い出した。
そのとき、彼が口癖のように言っていた言葉が頭をよぎる。

『大丈夫』

彼のその言葉に何度も救われてきた。
何度絶望の淵立たされても、その言葉のおかげであきらめなかった。
そして・・・今、あきらめるわけにはいかない!!

そう・・・大丈夫・・・大丈夫よ!
大丈夫・・・私は・・・私はまだやれる!!武たちに会うためなら何でもしてやる!!

薄れていく意識の中、そばに落ちていたナイフを握り、ワンピース越しに太ももに深々と突き刺す。
「い・・・つぅ・・・」
ナイフを抜いた傷口からは大量の血があふれ出て、黒いワンピースを赤黒く染めていく。

私はこの痛みに誓う
私は、もう二度と弱音なんか吐かない!絶対奴らには捕まらない!!そして、武と子供達と絶対に再会してみせる!!!

眠りかけていた脳が太ももの感覚神経からの激しい痛みの信号をキャッチして覚醒し、昏睡しかけていた意識が目を覚ます。
傷口が閉じたのを確認して、もう一度HGを見つめなおす。
完全に覚醒したつぐみの脳が瞬時にアスカを倒す方程式を作り出した。
「そうよ!銃で撃つ弾が避けられるんだったら、銃で撃たなければいいのよ」
HGのマガジンパックを外し、HGをその場に捨てる。拳銃弾を握れるだけ握り、ナイフと赤外線レーザー照射装置を持って走り出す。
「アスカ!聞こえてるでしょう!?いい加減ケリをつけましょう!!」
ねちゃっと粘着くような殺気を感じると同時に駆け出す。殺気もつぐみの後を追ってくる。

タンタンタンタンタンタン!
カンカンカンカンカンカン!

二人の足音が廃ビル内の廊下にこだまする。
右へ左へと首を動かし、戦いを有利に進められる場所を探す。
―ここ!!
つぐみは、プレートに擦れた字で『ミーティングルーム』と書かれた部屋に入った。
机や椅子なのど障害物はなく、おまけに部屋の幅が長い。
「ここなら・・・勝てる」
小さな勝利宣言をして、獲物が罠にはまるのを静かに待った。

8:獲物が狩人を殺す夜

「み〜つけった」
声のしたほうを静かに振り向くと、そこに彼女はいた。
「ふふ・・・もうお終いね・・・」
「それはこっちの台詞よ」
窓ガラスは破られていて、通路は冷たい風で包まれる。
「やっと、あなたを倒す手段がわかったわ。狩りは私の勝ちよ」
「何を勘違いしてるの?狩人は私で、あなたは獲物。獲物のあなたに私を倒す手段はないわ」
「どうかしら?獲物が狩人に勝つ時だってあるのよ?」
先ほどまでの虚勢とは違う。まさに強気。つぐみは勝利を確信していた。
「・・・いいわ。できればこれ以上その綺麗な肌を傷つけたくなかったけど・・・しかたないわね。本気でいかせてもらうわ」
先ほどの大型ナイフを片手に一本ずつもち、ヒュンヒュンヒュンヒュンと素早く回転させて、逆手に握り、深く腰を落す。
重い沈黙が続く。二人の間にできた空間がピリピリしているように感じる。
合図もなく、アスカが動き出した。深く腰を落とした構えからのダッシュは凄まじく、今までのそれとは比べ物にならない。
つぐみはまだ動かない。
つぐみとアスカの距離がだんだん狭まってくる。
あと、20m・・・
15m、10・・・
間合いの距離が約8mになって、やっとつぐみは動き出した。左手に握っていた7発の拳銃弾をアスカに向かって山形に投げ捨てる。
「そんな物投げて・・・なんのつもり?」
口元に軽く冷笑をうかべ、アスカはつぐみとの間合いを素早く詰めつづける。
「・・・バカ」
弾を投げるとき左腕に隠し持っていた赤外線レーザー照射装置が袖口から飛び出す。つぐみはそれを掴み、すぐさまアスカめがけてスイッチを押す。

カチカチ

「うっ?!」
赤外線レーザー照射装置のスイッチを入れた瞬間、アスカは目蓋を瞬時に閉じた。同時に速度が落ちる。
赤外線を視覚化できるようになったキュレイ種にとって、赤外線は第二の光なのだ。それを直接目当ててやると、ライトの光を直視した時と同じ様に目がくらむ。
アスカの目が見えないうちにケリをつけなくては勝ち目はない。まさにラストチャンスだ。

右手で握ったナイフを左肩につけていつでも投げられるように構え、全神経を投げた拳銃弾に集中させる。
つぐみには宙を舞う弾の動きが・・・否、世界がスローモーションのビデオのように見えている。
くるくるとゆっくり回る弾丸から一番アスカに近いものを判断し、それを見据える。

―あと、半回転・・・・・・・・・いまだ!

「あなたのナイフ、返すわ・・・受け取りなさい!!」

シュッ!

肩からほぼ水平に腕を振りぬき、ナイフを飛ばす。
投げられたナイフが空気を切り裂き、アスカの眉間と平行に並んだ拳銃弾めがけて飛ぶ。
アスカが目を開いたが時すでに遅し。アスカの脳は、目の前に繰り広げられる光景を目の当たりにし、つぐみの真意を知り、絶句し、恐怖する。
自分の信じてきた言葉を連呼し、夢だ夢だと自分の信じ込ませ、ベッドから速く起き上がるように身体に指示を出すが、叶わない。
弾の発火部分にナイフの刃先があたり、カートリッジ内の火薬が爆発する。

カチン・・・・・・・・・ズガン!!

反動でカートリッジと弾が分解され、弾は前方へとはじかれる。目の前に横たわる、およそ一気圧の大気圧を押し退け、直進する。

アスカの卓越した集中力はついに弾丸の動きを捉えたが、避けようとはしない。目の前に迫る死の恐怖に気が動転したアスカ脳が連呼を続ける。
私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人私は狩人。私は私は私は私はーーーーー!!!!!
眉間に冷たいなにかが接触した瞬間、視界が暗闇に覆われた。
・・・・・・・・・・・・・・

異物に侵入された脳が活動を停止する。
力をなくした手が握っていたナイフを落として、それが地面に突き刺さる。
眉間から吹き出る真っ赤な鮮血がつぐみの頬につく。
アスカは、そのまま仰向けになって倒れた。
つぐみは頬についたそれを親指でふき取り、舌で軽く舐めてみる。
「・・・まずい」

9:風に流れるは月と海のレクイエム

「本当に・・・哀れね・・・」
死の恐怖に醜く顔を歪めたアスカの屍を見下ろしながら、つぐみは呟いた。
眉間に直径9mmの穴が開いたアスカの屍は、ピクリとも動かない。
キュレイ種とはいえ生物だ。頭を撃たれればやはり死ぬのだろうか?それとも、今はまだ脳を修復している最中で、また生き返るのだろうか?
つぐみは答えを知らないが、生き返った後の苦しみは知っている。
その苦しみを知っている分だけ、キュレイウイルスのキャリアである自分が、同じキャリアを殺したことが苦しかった。
「これ、貰うわね。あなたせいで服を破いちゃったから寒いのよ」
アスカの血がこびりついたジャケットを剥ぎ取り、黒いワンピースの上から着る。サイズはピッタリだ。
「・・・・・・死、か・・・」
ポツリと呟きそのまま反転。アスカに背を向けながら続ける。
「十字は切ってあげられないけど・・・せめて鎮魂歌がわりに、子守唄でも唄ってあげるわ」
そして、歩み始める。

長弓背負いし・・・・・・月の精・・・・・・
夢の中より・・・・・・待ちをりぬ・・・・・・
今宵・・・・・・やなぐゐ・・・・・・月夜見囃子・・・・・・
早く・・・・・・来んかと・・・・・・待ちをりぬ・・・・・・
眠りたまふ・・・・・・ぬくと丸みて・・・・・・
眠りたまふ・・・・・・母に抱かれて・・・・・・
真櫂掲げし・・・・・・水の精・・・・・・
夢の中より・・・・・・待ちをりぬ・・・・・・
今宵・・・・・とりふね・・・・・・うずまき鬼・・・・・・
早く・・・・・・来んかと・・・・・・待ちをりぬ・・・・・・
眠りたまふ・・・・・・ゆるゆる揺られ・・・・・・
眠りたまふ・・・・・・海に抱かれて・・・・・・

朽ち果てたコンクリートの林の中に、優しい歌声がゆっくりと響く。 
その歌は風に飛ばされ、天に昇る。
空には、真っ暗な闇の中にその輝きを忘れようとはしない美しい満月が浮かんでいた。



あとがき
いや〜へぼっちいな〜(汗)
もう少し、アクションにスピード感が欲しいですね
さてさて、このSSはもともと自分のオリジナルSS『SHOT&FIRE』というのを元にして作っています。
こっちはナイフやら格闘やらあったけどオリジナルの方は純粋な銃アクションなんですよね〜

にしても、つぐみん強すぎ!!アスカきも過ぎ!!
やりすぎたかな〜と反省すべき点も見え隠れしてますがな・・・

拳銃弾やSMGの弾は『9mmパラベラム』という、オートマチックピストルやマシンガンなどによく使われ、使い勝手のいい有名な拳銃弾を使っているという設定です。詳しく知らなくてもいい知識なので忘れてもらって結構ですよ

ではでは〜♪


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