〜TB〜
                              ふうらいまつ


ガラス製のケースの中で凍りついたように眠っている男。
その両腕には細菌保存用の特殊ケースが抱えられている。
怒りで頭がはちきれそうだ。

IBFの診療室。
RSDでカモフラージュされた最奥のカプセル・ポッド。
17年前、使用できなかったこのポッドの中で眠っている男。
2017年のLeMU事故の首謀者。
名前など思い出したくもない。

カプセルの横にあるモニターを見る。


ハイバネーション機能:正常作動中

感染履歴
Tief Blau 2034-Rev.10
Tief Blau 2034-Rev.11
Tief Blau 2034-Rev.12
Tief Blau 2034-Rev.13
Tief Blau 2034-Rev.14
Tief Blau 2034-Rev.15
Tief Blau 2034-Rev.16
Tief Blau 2034-Rev.17

様態:死亡



長期間眠っている間に、ケースからウイルスが漏れて感染したのだろう。つまりこのカプセルの中は、TBウイルスの巣窟という訳だ。

だが同情の余地は無い。この男は自分の好奇心を満たすための実験として、あの事故を起こしたのだから。その結果、TBに冒されて死んだとしても自業自得だろう。


『世の中には2種類のキュレイがある』
ある博士の言葉だ。

強く信じたことが現実となる現象、キュレイ・シンドローム。
そして、その抑止力として働くもう一つのキュレイ現象――

――――反キュレイ

何も無い空間から正のエネルギーを取り出せば、それと同量の負のエネルギーが生まれる。
キュレイ現象には必ず、反キュレイ現象が伴う。それが『反キュレイ仮説』。

不死が伝染する――トム・フェイブリンが信じ込んだこの妄想により、キュレイウイルスは誕生した。反キュレイ仮説を信じるなら、キュレイウイルスが誕生したのと同時期に、世界の何処かで、不死を殺す『反キュレイウイルス』も誕生したことになる。それがTB――ティーフ・ブラウ・ウイルス。

この男は、つぐみを含めた私達をLeMU内に閉じ込め、危機的状況を作り出すことで、キュレイウイルスを進化させようとしたのだ。不死を信じる力によりキュレイウイルスが進化すれば、反キュレイであるTBもそれに伴って進化する筈――それがこの男の行った実験。

そして、このカプセル内にあるTBの現在のヴァージョンは 2034-Rev.17
地上で撲滅されたTBには有り得ない型だ。それに加え、この低温状態で繁殖する感染力。皮肉だが、彼の実験は成功したと言えるだろう。

今、このカプセルの中にあるのは、17年前とは比べ物にならない史上最悪のウイルスだ。本来ならこのまま焼き払うべきだが、そうはいかない。私はこのウイルスを採取するため、ここまで来たのだから。

反キュレイ――それはキュレイと反対の属性を持つ抑止力。私達は17年前の事故から生き延びるため、キュレイウイルスに感染しキャリアとなった。私達の体を元に戻せるのは、反キュレイの力だけだ。

正直言うと……怖い。

キュレイ現象など、ただの偶然かもしれない。これは賭けだ。目の前にある悪魔のウイルスが、どんな病状を引き起こすかは解らない。賭けに負ければ、死ぬだろう。

だが引き下がる訳にはいかない。

17年前のつぐみは、不死の体に絶望し、死にたいと願っていた。その結果が、致死ウイルスであるTB。だが、今、私達は生きるためにキュレイを治そうとしている。いや、治せると信じている。その想いが新たなキュレイ現象を生み出すのなら、或いは――

ピピピ、ピピピ…………
携帯端末のアラームが鳴る。

「おい、遅いぞ。海の底で何やってるんだよ? もうひとつの探し物は見つかったんだろうな?」

「ええ、あったわよ。すぐに戻るわ」

「いいか、絶対に無理するんじゃないぞ。相手はA級指定の危険物だからな」

「心配性なのは変わらないのね。少しは頼れるようになったと思ったのに」

「うるせえ。もう武をやってる必要はないんだよ。みんな待ってるんだ。早く上がって来い」

ピ……

やかましい相棒だ。だが悪い気はしない。

仕事を片付けて、部屋を後にする。
潜水艇から見下ろす深海の楽園。
もう二度と来ることはないだろう。


END




2002



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