アニイ。 HELLCHILD作 |
つい昨日のことだ。 「どうだ。何かあの男のことについてわかったことはあるか?」 「うん・・・・・・・・・それが,聞いて驚かないでほしいんだけど・・・・・・」 「なに?」 「それが・・・・・・・・ライプリヒのサーバーがどこにも存在しないの。」 「・・・・・・・え!?」 桑古木は耳を疑った。だって彼等はライプリヒの元で働いているということになっているはずだからだ。 「代わりに出てきたのが・・・・・・・これでござる。」 沙羅は桑古木に,3枚の紙を手渡した。 「・・・・・・・・・製薬会社『LUDWIG(ラディック)』?」 「聞いたこと,ある?」 「ドイツの製薬会社だって事は知ってるが・・・・・・・・・・」 「もう一つの紙を見て。そう,それ。」 「『取締役員名簿』・・・・・・・・・・会長『八神 亨(とおる)』!?」 「最後の紙,見てほしいんだけど・・・・・覚悟はいい?」 「・・・・・・・・・・・・・ああ。」 三名目の紙を見て,桑古木は仰天した。 「・・・・・・・ラディック東京研究所所長・・・・・・・田中優美清春香菜・・・・・・・!」 「なっきゅ先輩のお母さん,この事を話さなかったの?」 「当たり前だ!!こんな事,一言だって聞いてねぇよ!!」 「うーん・・・・・・・・・どうなってるんだろ。」 「俺が知ってるのは大体それ位だ。」 ホテルの地下にあるバーに,二人は居た。 「そうか・・・・・・・・・・・で,何が聞きたいんだ。」 「そうだな,まずはココとの関係について教えろや。」 「知ってのとおり,兄妹だ。」 「ほう・・・・・・・・・13歳も年の離れた兄妹がいるもんかね。」 そこまで年の離れた兄妹関係はまず居ない。少し不自然だ。 「・・・・・・・・・・・そこまで調べていたのか。」 「アンタの生年月日くらいは調べがついてる。」 「そうだな・・・・・・・・・・兄妹なのは本当だ。ただし,腹違いだがな。」 「腹違い?」 「そうだ。母は俺が12歳の時に亡くなった。親父の再婚相手の子供がココだ。」 「なるほどね・・・・・・それなら合点がいく。」 腹違いの兄弟であるならば,そこまで年が離れていてもおかしくはない。 「俺は研究職の親父とは違う道を取り,ライプリヒの経営職に就いた。自慢じゃあないが,5年で取締役の一員になり,ドイツ支社を任された。 知っているとは思うが,俺の親父は17年前にTB流出事故で死んだ。そして後を追うようにして,義母も亡くなってしまった。そして,倉成武とココはIBFに取り残された。その知らせは,ドイツに居た俺にも届いた。」 『・・・・・・・・・・どういうことだ。ココが閉じこめられているって。』 『詳しいことは直接お伝えします。とにかく,時間と取ってここまで来て下さい。 あなたの力が必要になるかもしれないんです。』 『俺の力?一体どういう――――――――』 『あーもう!!ぐだぐだ言ってないでさっさと来りゃあいいのよっ!!!わかった!?』 『(キ―――――――――ン)は・・・・・・はい。』 「帰国した俺は,優からBW召喚の計画を聞かされた。ココを助けるために,俺は計画に加担することになった。」 「しかし,協力者の名前は俺も全て把握しているはずだ。なぜ優はあんたの名前だけ伏せてたんだ?」 「・・・・・・・・・・・・話したくなかったんだろ。」 「え?」 「俺,いや,俺達は『裏』方面で活躍していたからな。んな事してるって事をお前に 知られたくなかったんだろうよ。」 「裏って・・・・・・・・・・・」 「汚えことさ。口に出して言えないこと,何でもだ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「俺には俺の役目があった。デカい製薬会社を設立し,ライプリヒを買収すること。 そして,計画の邪魔になる奴等を片っ端から消していく。それが俺の役目だった。」 「な・・・・・・・・・・・・!」 『それが,俺の役目・・・・・・・てわけか。』 『・・・・・・・・人に出来るお願いじゃないことはわかっています。でも,二人を救うためには・・・・・・・』 『・・・・・・・・・・・・いいだろう。』 『え?』 『別にいいさ。ココを助けるためだったら・・・・・・何だってやる。汚れ役になんざ,喜んでなってやるさ。』 「馬鹿な・・・・・・・・・あんた,何でそんなこと平気で請け負ったりしたんだよっ!!」 怒鳴る桑古木。周囲の人間が引いていく。 「・・・・・・・・・・・どうしてなんだろうな。」 「え?」 「ココを助けたい気持ちは十分にあった。彼女を助けるためだったら,何だってしてやれる覚悟はあった。でも・・・・・・・だったらなんで,俺は彼女のことが心配でならなかったんだ?俺にこんな宿命を負わせた女のことなんざ・・・・・どうでもいいはずなのに。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 何も言えなかった。 「ライプリヒの中で非人道的な実験に反対する奴らを集め,全員で総辞職した。そして俺達は独立し,ラディックを設立した。だが,そいつらを集めるのに3年もかかった。 たったの14年でライプリヒを買収するまでの大企業にするのはとても無理だ。 俺はライプリヒの研究所を破壊し,4人のパーフェクトキュレイを脱走させた。 そしてそいつらと共に,汚いことをやってのけたってワケだ。」 「・・・・・・・・・・・・あんた,平気だったのかよ。」 「・・・どのみち,ライプリヒにはいつの日か復讐するつもりでいた。」 「・・・・・・・・・・何?どういうことだ。」 「俺がキュレイキャリアであることは知っているか?」 知っている。確か,優春との会話を立ち聞きした際に言っていた。 「ああ,知ってる。」 「24の時だったか。俺はキュレイに関する,あるプロジェクトの視察に同行した。まだ若かったから知らなかったが,あの光景は・・・地獄だった。俺は,同行した取締役に抗議した。」 『何故です!何故あんな事が出来るんだ!!それでも人間ですか!!』 『人類の未来のためだ。多少の犠牲は仕方ないだろう?』 『だからって,あんなに簡単に人を殺すなんて・・・・・・・俺はあんた方を告発するぞ!!』 『ほう・・・・・・・それでは仕方がないな。』 ―――――――――――ガゥン!! 『ぐはっ・・・・・・・・・・・・・!?』 「逆らった俺は,モルモットにされた。その実験のな。」 「その・・・・・・実験?」 どれほど非道な実験が行われていたというのか。 「『キュレイの脳感染』さ。」 「脳・・・・・・・感染・・・・・・・・?」 キュレイが脳感染するなんて聞いたことがない。ライプリヒの実験データにも載っていなかったはずだ。 「脳感染なんて事が有り得るのか?感染すれば,みんな同じなんじゃ・・・・・・・・。」 「いいや。通常のキャリアと脳感染のキャリアの違うところは,DNAの変換が5年じゃなく,たったの100時間で行われる。それも相当の激痛を伴ってな。」 『うぐあああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!』 「三日三晩,苦しみ続けた。その後に,俺は人間としては初めての脳感染に成功した キャリアとなった。どうも通常のキャリアと脳感染したキャリアとは能力差に多少の違いがあるようでな。連中は俺の扱いに困っていたようだった。 奴等は,俺にそれ相応の地位を優先的に与える代わりに,自分の身体のデータを定期的に調べさせろと言った。人質は親父とココの命だった。そして俺は自分の身体を売り渡す代わりに,順調に出世コースを歩いていった。」 「・・・・・・・人間として初めてって事は,あんた以外の成功例は・・・・・・」 「ないな。被験者達のほとんどは苦痛に耐えきれずに死ぬ。もし生き残っても,重い脳障害を抱えてしまっていた。その死体を,奴等は平然としたツラで運んでいやがった・・・・ 俺への待遇もなかなかのモンでな。人間を見る目じゃなかったぜ,ありゃあ・・・・・・ 小町つぐみの気持ちも,少しは解る。」 「・・・・・・・・・・話の途中だけど,訊いていいか?」 「なんだ?」 「あんたと俺と,どこに違いがあるんだ?見た目は俺達と同じ,普通の人間だぞ?」 そこまで異常な能力を持ってるわけでもなさそうだ。少なくとも,今まで付き合ってきた限りでは。 「そうかもしれないな。じゃあ,念のために説明しておこう。 治癒能力やテロメア,そして赤外線視力などは通常のキャリアと同じだ。だが脳感染者の場合は脳にも影響を及ぼす。特に大脳,五感を司る運動野の部分に影響を及ぼすことがわかった。」 辺りを見回すトール。 「!」 急に視点が固定された。 「・・・・・・・・あそこの壁に,ちっこい虫が停まってる。見に行ってみな。」 「あ,ああ・・・・・・・・・」 10メートルは離れている壁だ。見てみると・・・・・・・・・ (・・・・・・・・・・・・・マジかよ。) 壁の下辺りに,小さなカナブンが停まっていた。急いでトールの元に戻る。 「で?」 「ああ,あった・・・・・・・・・。」 「ほかにも,メシを食えばどんな食材と調味料の組み合わせで出来ているのかが大体解る。 掌はどんなに微かな振動も感知できる。耳を澄ましてみれば,半径20メートル以内の音は全て聞こえる。それがどこから鳴っているのかも正確に把握できる。犬並に鼻が利く訳じゃないが,匂いには結構敏感だ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」 「ああ。ついでに,第六感も目覚め始めた。」 「第六感?」 「ああ。『心の眼』と呼んでもいいかな。例えば目を閉じていても,誰がどこにいるのか,どこに移動しているのか,誰と話しているのか,そんなことが分かるようになった。 モノを本当に『見』ようとするなら,目をつぶっていた方がある意味ずっとよく見える。」 「! じゃあ,優が俺に対して驚いていたのは・・・・・・・」 「そう。俺の第六感でもお前を察知できなかったからだ。」 そういうことだったのか。意外と桑古木って,本当に前世が忍者か殺し屋だったりして。 「記憶力も随分良くなった。例えば円周率暗記だったら,世界記録のちょっと前くらいはいけるんじゃないか?」 「空の診察ってのも・・・・・・・・・」 「ああ。俺の触覚と第六感を使えば出来る。精密なコンピューター程じゃないがな。 まあそれでも,チェックは怠らないようにしないといけなかったもんでよ。 脳内の情報処理能力も桁違いに上がった。反射神経が鋭くなり,寸止めにも動じなくなった。」 「・・・・・・・・・じゃあ,あんたもう人間の領域を越えてるぞ。」 ここまで来たら,もうヒトの能力をとっくに超えてしまっている。 「とにかくそんな能力を身につけた俺は,ライプリヒに色々とデータを取らされた。 が,2017年に両親は死に,ココも海の底。人質を失った俺は優の誘いに乗り,色々とやってのけたってワケだ。」 それからしばらく沈黙し,そして・・・・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・なんでもやった。要人暗殺や機密データの奪取,時には金にあかせて,他社の株を買収して,その会社自体を乗っ取ったこともあった。ライプリヒの研究所にも何度も襲撃をかけた。TBやキュレイの実験を行っていたのは,IBFだけじゃなかったからだ。」 ゆっくりと告白を続けるトール。 「・・・・・・・・襲撃をかけた研究所に,もう手遅れの患者が何人も居た。そいつらを楽にしてやったことさえもある。何の罪もない奴らをよ・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「でもよぉ・・・・・・・・・」 「でも?」 「・・・・・・・・・・・・・彼女のために,頑張った。役に立ちたかった。 アホだよな,俺。たかが一人の女のために・・・・・・・・何故俺はこんなにも手を汚す必要があった?妹のことよりも,彼女のことを考えてるなんて・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 何も言えなかった。 彼は,本当に優春が好きだった。そのために,手を汚した。 武とココを救うために,たくさんの努力をした。だがそれも,こいつの前には適わない。 正直,敗北感を覚えた。 「さて,と。俺に訊きたかったのはこれぐらいだろ?じゃあな。」 「待ってくれ。」 呼び止める桑古木。彼の元まで近寄る。 「どうした?」 「最後に・・・・・・・・・空の身体のことを聞かせてくれないか?」 これも聞いておきたかった。 優が創っていないのなら,誰が作ったのだろう。 「お前はどう聞いているんだ?」 「テラバイドディスクには,彼女のDNAとも呼べるデータがあった。 そいつを人間のDNAに翻訳して,体を作り上げた。それ以降は秘密事項と言って聞かせてくれなかった。本当はどうなっているんだ。」 「最初に話を持ちかけてきたのは優だ。そして俺はドイツ本部で研究チームを結成した。彼女もその一員だった。あとは大体お前の言うとおりだ。クローン技術の応用で彼女の体を作りだし,キュレイウイルスを利用してテロメアの長短をコントロールする。その結果,彼女の細胞分裂速度は増していき,身体は24歳の身体になった。ちなみにキュレイに感染しているから,もう老いることもない。」 「キュレイでテロメアの長短をコントロールできるのか?」 「ああ。数年前に,研究で解ったことだがな。」 「だが,記憶はどうなっているんだ?身体は複製できても,記憶は・・・・・・」 「俺の能力なら,彼女に記憶を与えることが出来た。」 「え?能力って,まだ他に・・・・・・・・」 その時だった。 急にトールが桑古木の頭を軽くつついた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」 「俺の名前,解るか?ここがどこだか解るか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わからない。」 解らなかった。つい今まで覚えていたことは何とか覚えている。しかし,何故か忘れてしまったのだ。自分は誰なのか,何故自分がここにいるのか,ここはどこなのか,この男は誰なのか。 また軽くつつく。 「はっ!!!」 「どうだ?思い出しただろ。」 「・・・・・・・・・・・・・ああ。思い出した。」 俺は桑古木 涼権。こいつを尾行してここに来た。ここは都内のホテル。そしてこいつは八神トール。 「俺は人の『記憶』を自由に操れる。忘れさせることはできる。また,記憶を埋め込むのも可能だ。」 「じゃあ空の記憶も,あんたが?」 「ディスクには,今までの空の記憶が蓄積されていた。それを直接,彼女の頭に焼き付ける。優の娘も,俺が記憶をいじった。事件が解決した後に,スグに元通りにしてやったけどな。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「聞きたいことはそれだけだろ?じゃあな。」 「待った!!」 「? まだ何かあんのかよ。」 「・・・・・・・・・あいつの居る部屋の鍵・・・・・・・・貸してくれ。」 まだ優春はゆっくりと眠っていた。ベッドで安らかな寝息を立てている。 ――――――――――――――――――ガチャリ。 鍵が開いた。 「ん・・・・・・・・んん・・・・・・・・・?」 「よぉ,優。いい御身分だなぁ。」 「きゃっ!!かかか,桑古木!?!?!?」 あわてて身体を隠す優春。桑古木はにじり寄る。 「・・・・・・・・・・・・・そんなに俺のことが信じられなかったのかよ。」 「え?」 「俺は・・・・・・・優のこと,何でも知ってるつもりだった。信頼されてると思ってた。 けど違った。優は・・・・・・・・・あいつを頼ってたんだな。あいつが支えだったんだな。」 「な,何を言って――――――――――――――」 「全部あいつから聞いたぜ。裏でやってたことも,空の身体のことも,全て。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 何も言えなかった。言い訳など出来るはずもない。 自分は桑古木を騙し続けてきた。それに間違いはない。 「結局,俺は単なるパシリかよ。武とココの二人を救うためなら,俺は何だって出来た。 武のフリだって,グチ一つこぼさずにやってのけた。どんな汚いことだって出来た。 でも優は・・・・・・・・・・・・・俺のこと,信じてくれなかったみたいだな。」 「ちっ,違う!私は――――――――――」 「うるせえっ!!!!」 大声で怒鳴った。びくっと身体を震わす優春。 「俺のことなんざ信じてねぇんだろ?本当の意味では頼りにしてくれねぇんだろ!? いいさ。もう俺はお払い箱だろうが。計画が終わっちまった今となってはな!!」 もう抑えきれなかった。耐えられなかった。 勝手に自分が思い込んでいたとはいえ,信頼されていなかったのが悔しかった。 「・・・・・・・・・・・ちっきしょうっ・・・・・・・・・!!!!」 目に涙を浮かべながら,桑古木は走り去った。 |
あとがき うーむ・・・・・・・・賛否両論,別れそうだ。 ちなみに『LUDWIG』とは,彼が愛用しているドラムセットのメーカーの名前です (綴りもそのまんま)。ビートルズも愛用してたとか。 ラストはその3です。今しばらく待っててください。 BGM:BUCK−TICK『原罪』 |
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