アニイ。
                             HELLCHILD作

その3


公園のベンチに,彼は座っていた。
声を殺して泣いていた。
悔しかった。そして情けなかった。
何故,話してくれなかったのか。自分はそこまで頼りがいのない人間だったのか。
彼女がどんな汚いことに手を染めていようが,そんなことはどうでも良い。
自分を信頼してくれなかったのが悔しかった。
そして,信頼される男でなかった自分が情けなかった。

「・・・・・・・・・・少ちゃん。」
不意に,ココが目の前に現れた。ピピを抱えている。
「・・・・・・・・・・ココ。」
桑古木の隣に腰をおろすココ。
「少ちゃん,なっきゅとケンカしたの?」
「・・・・・・・・・違うけど,似たようなもんかな。」
こっちが一方的に怒鳴りつけてきた。
「あのね・・・・・・・・・・アニイはね,いい人なんだよ。」
「え?」
「ああ見えてもね,アニイはいい人なんだ。」


優春も,部屋で泣いていた。
服は着ているが,袖が涙で濡れている。

――――――――――カチャ。

トールが入ってきた。
「あいつ,怒って行っちまったぜ?どうすんだよ。」
煙草に火を点けながら言った。
「私・・・・・・・・・・・・・・バカです。」
「あぁ?」
「私・・・・・・・・・・彼の目を見るのが怖かったんです。
私の心の汚い部分を全て見透かされそうだった。だから,彼を避けてたんです。
ひょっとしたら私,彼に倉成を投影してたのかもしれない。
倉成に似た彼に,私の汚いところを見られたくなかったのかもしれない・・・・・・。
私・・・・・・・・・・どうしたらいいの?」
「お前はどうしたいんだ?」
白い煙を吐き出しながら言う。
「お前の好きなようにすりゃあいい。お前は,今誰に傍にいてほしいんだ?
倉成武か?俺か?それとも・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
少しだけ泣き止む優春。
「倉成武は,もうダメだろうな。もうお前のことは眼中に無いだろう。
俺もお前の傍にずっと居てやることは出来ない。俺も倉成武と同じく,守るべき人間が居るからだ。」
「・・・・・・・・・・・・・私,桑古木に何を話せばいいの?」
「お前の全てだよ。お前の本当の気持ちを,そのまんまぶつけてやりゃあいい。
あいつは,お前が汚れた女だなんて思っちゃいないさ。そんな事で,お前を嫌ったりするような男でもないはずだ。」
今まで悟られまいとしてきた真実。
真実を知ったら,桑古木を傷付けてしまう。
桑古木に軽蔑されてしまう,見捨てられてしまう。

それが怖かった。

けど結果的に,隠してきたと言う事自体が,桑古木を傷付けていた。
「もういいじゃねーか。全てバレちまったんだ。いい加減全てを明かしてもいいだろ?
あいつ,近くの公園に居るな。ココも一緒だ。行くなら今の内じゃないか?」


「ココとアニイはね,ママが違うんだ。」
知っている。トールから聞いた。
「アニイはココが11歳の時にドイツに行っちゃって,それっきりだったの。
でもね,代わりにこの子をくれたんだ。」
そういってピピを持ち上げる。
「離れててもアニイのことはわかったの。アニイも『ちょーのーりょくしゃ』だから。
でね,わかったの。アニイは,苦しい思いをし続けてるんだなって。
ココにもね,アニイの苦しさが伝わってきたの。いつもいつも,アニイは苦しそうだった。
だからね,ココの楽しさがアニイに伝わればって,いつも思ってた。
だから,ココはいつも一人じゃないようにしてたんだ。アニイを寂しくさせたくなかったの。
でもね・・・・・・・・IBFに居たときは,ココも一人だったから・・・・・・・」
そう,17年前だ。ココはIBFのポッドで冬眠していた。
そしてトールは,各地でテロ活動を行っていた。
「ずっとアニイは・・・・・・・・苦しい思いをしてたの。たったひとりで,罪に耐えてたの。」
人体実験によって死なない身体になった被験者達。死を待つだけのTB感染者達。
救える人間も居たが,もはや生きてく事が苦痛なだけの奴も居ただろう。
そいつらを,トールは楽にしていった。
その時の気持ちは,とても想像できない。
「でもアニイはなっきゅのことも,心配してたんだ。それで,たまにだけど,そばにいてあげたりしたんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・単純に心配だっただけなのか?」
「もちろんアニイはなっきゅのこと,好きだったよ。でもね,アニイはこう思ってたの。
彼女のそばにいるべき人は,自分じゃない。って,そう思ってたんだよ。」


『アニイは,なっきゅのそばにいたいんじゃないの?』
『ああ。でも俺は,所詮父親と恋人の代わりだ。本当の恋人は,俺じゃないんだよ。』
『じゃあ,だれがほんとうの恋人なの?たけぴょん?』
『・・・・・・・・・今,一番彼女の近くにいる男だよ。』


−精神共鳴(シンパス)−

ココとトールにはこの能力が備わっているようだった。
常に心が繋がっているわけではないだろうが,時々心で会話をする程度のことは出来ただろう。
「なっきゅを支えてあげられる人は,少ちゃんだけなんだよ。」
「・・・・・・・・・・・なんで俺なんだ?別にあいつでも構わないじゃないか。」
「ちがうよ。アニイは,なっきゅのそばにずっといられるわけじゃない。
たぶん,なっきゅが好きなのはたけぴょんなんだよ。でもたけぴょんのそばには,つぐみんがいるから・・・・。
だから,少ちゃんが必要なんだよ。」
「俺に,武の代用品をやれってのか?」
「だから,ちがうって。少ちゃんは,なっきゅのこと好きじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・」

――――――――――――――――好き。

今まで考えたこともなかった。
(俺は,優のことが好きなのか?)
ずっと,ココが好きで,ココを助けるためにサル芝居まで打った。そう思ってた。
でも,本当は違ったのだろうか?優に認められたくて,武のフリまでしたんだろうか?
「少ちゃんは少ちゃんのままでいいよ。ただ,なっきゅの傍にずっといてあげれるのは,少ちゃんだけ。
なっきゅにとっては,少ちゃんだけが,結ばれることができる人なんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は,優を支えてあげられる?
俺だけが,優の傍にいてやれる唯一の人間?

(俺は・・・・・・・・・・傍に居たい。できるなら,ずっと。)

優のことが,好きだから。
信じてもらいたいから。頼ってもらいたいから。
そして,傍に居たいから。
「桑古木!!!」
「―――――――――優?」
優春が,息を切らして走ってきた。
ゆっくりと近付いていく桑古木。
「な,なあ,その・・・・・・・・・・俺・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・なさい・・・・・・・・・・・・」
「え?」
とても小さく,か細い声。全部は聞き取れなかった。
「ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・」
やっと聞き取れた。
「ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・私,桑古木に見捨てられたくなかったの。」
「見捨てる?」
「秘密を知って,私のことを嫌いになっちゃうのが怖かったの・・・・・・・・・・・。」
「そんな・・・・・・・なんで俺にそんな・・・・・・・」
「だって・・・・・・・・桑古木がいなくなったら,私,本当に独りになっちゃうよ。
たった独りじゃ,17年間も戦えなかったよ。いつも,桑古木が傍に居たから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それに・・・・・・・・・倉成を愛したところで,結局彼はつぐみの下に帰って行くんだもの。」
もう一人の,優春が愛した人。そいつは今,目の前にいる。
「だから,私・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・ごめんな・・・さ・・・い・・・・・」
瞳から,涙がこぼれ落ちる。両手で目を押さえる優春。
「・・・・・・・・・・いいんだよ。そんなこと,気にしなくたって。」
ゆっくりと掌を優春の頭に載せる。
「さっきは,俺も言い過ぎたよ。ごめん。でも俺,優に認められたかった。信じてもらいたかったんだよ。」
全ての想いを,今ここで吐き出そう。桑古木はそう決心した。
「俺・・・・・・・・・・・優を支えてあげたかった。優の傍に居たかった。
だから,これからも傍に居るよ。たとえ優が,どんな罪を背負っていても。
もう・・・・・・・・・・・何も隠さなくていいんだ。俺,優の全てを受け止めてあげたい。」

―――――――――――――――ぼすっ。

桑古木の胸元に,優春は飛びついた。
「うわあああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!」
大声で,子供のように泣き叫ぶ優春。
「ごっ・・・・・・・・・・・・・ごめんなさぁいっ・・・・・・・・・・!!!!」
しゃくり上げる優春。ぎこちない手つきで,そっと抱きしめてやる桑古木。
そうしてるうちに,優春もだんだん泣き止んできた。
(・・・・・・・・・武だったら,こういう時もスムーズに,格好良く言えるんだろうなぁ・・・・・・・・・)
優春の肩を掴んで,身体から引き離した。
「な,なあ・・・・・・・・・・よーく聞いてくれ・・・・・・・・・」
「桑古木・・・・・・・・・・・?」
きょとんとした表情の優春。
「俺は・・・・・・・・・・・・・だっ誰よりも,ゆ,ゆ,優のことっ・・・・・・・」
「待ってよお,お兄ちゃーーん!!!!」
一番肝心な言葉は,沙羅の叫び声によって掻き消された。
「だぁーもうっ!しつこいなぁ!!」
ホクトと沙羅が,遠くを歩いている。
「ちょっとくらい相手にしてよ〜。」
「あのねえ・・・・・・・・・優に連絡するよ。」
「!!(ビクリ)」
どうやら,作戦失敗のようだった。
「あの・・・・・・・桑古木?」
「何?」
「その・・・・・・・・・・今,何て言ったの?」
「!!!!(ドギリ)なっ,何でもないっ!!」
顔を真っ赤にして歩いていく桑古木。
「あ,待ってよ桑古木!」
あわてて追いかけていく優春。


『やれやれ・・・・・・・・これで俺も一安心か?』
『そうだね。でも本当にいいの?アニイはなっきゅのこと・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・まあな。でも,彼女にとっては,これが一番幸せな道なんだよ。』
『だよね。それはアニイにもわかるんだね。』
『ああ。ココほどしっかりとは見えないけどな。』
『うん。あ,そうだ!ねえねえ,ひさしぶりにぃ,いもムゥーやろうよ!』
『(なぬぃ!!!?!?!?)・・・・・・・・あ,ああ,いいよ。』
『やったーーーーーーーー!!!』
『・・・・・・・・・・・・・(ぐぬおおおおおおおお・・・・・・・・・!!!!!)』


あれから,はっきりと優春の態度が変わったわけではない。
それどころか,ますます厳しさを増した。
ちょっとでも仕事を怠けると怒鳴り散らし,書類にミスがあれば,ガミガミ大声で説教を喰らう。

しかし・・・・・・・・・・・・
「おい優,コーヒー持ってきたぜ。」
「うん。」
一緒にコーヒーを啜る。この部屋には二人っきりだ。
「熱っ!!」
優が指先にコーヒーをこぼしてしまったらしい。
「おい優,大丈夫か?」
そういって優の掌を握る桑古木。
「―――――――――――――――え。」
「―――――――――――――――あ。」
少しだけ赤くなる二人。
「す,水道水道・・・・・・・・・・。」

蛇口から出る水で指先を濡らす。優春の手の上に,桑古木の手が乗っていた。
昔だったら・・・・・・・・・・
『いいわよ,別に。ひとりでやるから。』
と言って桑古木をはねつけていた。

照れ隠しにコーヒーを一気飲みしようとすると・・・・・・・
「! ぐぼっっっ!!!」
咽せてしまった。
「けほっ,けはぁっ・・・・・・・・・・・」
咄嗟に口を押さえたので大事には至らなかったが,顔面がコーヒーまみれになってしまった。
「ちいっきしょぉ・・・・・・・・・・」
悪態をつく桑古木。
「きゃはは。何やってるのよ,涼権。」
こんな風な笑顔を見せたことは無かった。
クスクスと笑う優春の姿なんて,滅多に見れなかった。
そして,いつの間にか桑古木を名前で呼ぶようになっていた。
「ほら,さっさと拭きなさい。」
ハンカチを差し出す。
「あ,ありがとう・・・・・・・・・。」
こんなに気を利かすことも無かった。
(・・・・・・・・・・・・・これが本当の優なのかな。)
落ち着いてると思っていたが,実はこんな感じの,子供っぽいところが優春の本当の姿なのかも知れないと思った。
「さて,と・・・・・・・・・・もう一頑張りするか。」
「ええ。」
ゆっくりと微笑みかける優春。
ずっと見せてくれなかった笑顔。それを桑古木は見ている。
(田中さん・・・・・・・・・・・その笑顔,反則です。)
空のマネなんぞしてみる桑古木であった。


「じゃあ,またいつか帰ってくるぜ。」
「ああ。向こうでも達者でな。」
「いつでも来て下さいね。」
「今度はアニイもコメッチョ考えてきてね!」
「次に帰ってきたときに,ゆっくりお話ししましょうね。」
トールが今日,帰国するらしい。
そろそろ迎えが来るらしいのだが・・・・・・・。

ドゥン!!

ド派手なエンジン音が響いた。どうやらお迎えのようだ。
「よしっと・・・・・・・・じゃあ,行くか。」

「おうアニイ,久々の日本は楽しめたか?」
「まあな。ヒデもそこら辺回ってくりゃあよかったんじゃねえのか?」
「オレは研究でここに来てんだから,そんな暇ねえんだっつの。」
トールはチャパツの男と話し込んでいる。よく見るとその男,少し童顔入っている。
下はGパン。Tシャツにジャンパーで足下はスニーカーという,トールとは対称的に,ラフな格好をしていた。全部黒ではあったが。
「あいつは?」
「あの人は,星野秀彦(ほしの ひでひこ)。ラディックの研究所の本部に勤めている人よ。」
二人とも,親しげに話をしている。

「じゃあ,そろそろ行くか。乗ってくれや。」
「あ,ちょっと待ってくれや。」
手の平でヒデを制すトール。
「おい,桑古木。」
突然,桑古木の名を呼ぶトール。
「なんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・優を大事にしてやれよ。」
それだけ言うと,彼は車の中に乗り込んだ。
そして,車の中からみんなに手を振った。

トールが帰った後・・・・・・・・・
「優。」
優春の名を呼ぶ。
「なに?」
「・・・・・・・・・・・・これからもよろしくな。」
桑古木は,優春の肩に手を置いた。
「な,何よ,いきなり?」
「いや,初心に還ってみようと思ってさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・うん。こちらこそ,よろしくね。涼権。」
そう。ここから,彼等は始めるのだ。
今,二人の未来が交錯する――――――――。




【おまけ】

「ねえねえ,アニイとの写真,現像できたんだ〜。」
二人で遊んだ写真の現像が終わったらしい。
「空さん空さん,見て見て!」
「ええ,どんな写真なんで・・・・・・・・・・・・・・・・」
その写真を見た瞬間,空の動きが停まった。
「どうしたの?空。」
「あ,なっきゅ!ねえねえ,この写真。」
「え?これがどうし・・・・・・・・た・・・・・・・・・・・・」
優春の動きも停まった。
「何なんだ?それ。」
「ねえねえ,少ちゃんも見てよ,これ。」
「どれどれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!」

・・・・・・・・・・・そこにはヒヨコゴッコといイモムゥーに勤しむトールの姿があった。
何とも悲しげというか,恍惚というか,表現し難い表情をしている。
桑古木は心の中でこう呟いた。

(・・・・・・・・・・・・・・頼むよ,アニキィ!!!)













あとがき


このSS,最初の内は爆笑系SSにするつもりだったんです。
それが書いていく内にどんどんシリアスになっていってしまい,しかし最初から頭の中にあったギャグを消すわけにもいかず,どうにか書き上げました。
結果は見ての通り,何だか得体の知れないSSが出来上がってしまいました。
今,結構な達成感を味わっています。
どうでしょう,皆さん。楽しんでいただけたでしょうか。
是非とも感想をお待ちしています。

BGM『girl』BUCK−TICK


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