青い世界の只中に、俺は佇んでいた。 五月の太陽が、頭上できらきらと跳ねていた。 遙か彼方に伸びた水平線が海と空を分けていた。 カモメが一羽、緩やかな弧を描きながら飛んでいた。 「のどかだなぁ・・・・・・・・・・」 思わずそう呟いてしまう。 「平和だよなぁ・・・・・・・・・・」 西暦2017年5月1日。 俺は『インゼル・ヌル』と呼ばれる浮島の上にいる。 この下に海洋テーマパーク『LeMU』があり、そこに行くのだ。 友達3人と来ていたのだが、定員割れのため、3人とも先に行ってしまった。 だが悪い気はしなかった。この空気を堪能できるからだ。 ―楽園― そう呼んで差し支えない光景だった。 事実このLeMUの船着場には、こんな文字が掘られた石碑がある。 『天国は何処にある?空の上とあなたの足下に・・・・・・・』 「楽園、か・・・・・・・・・・」 そう言って、思わず俺は苦笑してしまった。 かつて俺達が目指した安住の地。 生を駆け抜け、死を飛び越えた先に存在すると信じていた場所。 その場所が今、俺の足下にある・・・・・・・・・・。 何とも奇妙な気分だった。 そして、暗いエレベーターの中。緊急事態が起こったらしい。 女の子と二人、閉じこめられてしまった。 「くそっ!!出口は・・・・・・・どっちだ・・・・・・・・?」 この暗闇の中にいると、生きてることすらも忘れてしまうのではないか。 ・・・・・・・・・・・いや、ダメだ!! まだこんな所で死ぬわけにはいかない。 俺は、生きている限り生き続ける。 それが、彼への贖罪だから。 それが、彼の遺言だから。 そして、彼との最期の約束だから。 (絶対に死なない。オレは生き抜く―――――――。) あの日、俺達はそう誓い合ったのだから・・・・・・・・・・・ |
EVER17 〜BEFORE 2017〜 HELLCHILD作 |
2013年5月21日。 俺が17歳の時。 あの日、俺達は出逢った。 このT県に、俺、倉成武は住んでいた。 『私立金宮(かなみや)高校』と呼ばれる高校に俺は通っていた。 創立25年の結構ボロい学校だ。 その学校の2−Bに、俺はいた。 クラス内はいつも騒がしい。 違反物を平気で持ち込み、それを見ては歓声を上げる。 友達同士でグループを組んで、馬鹿らしいことをしゃべりまくる。 それらを遠巻きに見ながら、俺はいつもこう思っていた。 (まったく,クソくだらねえヤツラだ――――――――――――) 正直、こうした馴れ合いの空気に俺は辟易としていた。 どんなに楽しそうな話題でも、俺にはつまらない。 みんなが興奮する違反物も、なんでそんなに面白がるのか理解出来ない。 もっと面白いものなんてこの世に幾らでもあるのに、なんでそのことに気が付かないんだ? もう16,17だろうが。子供扱いされたくねえなら、もう少し大人っぽく振る舞えよ。 こんな気持ちを常に顔に表しているから、俺は誰の仲間にも入れなかった。 今に限ったことじゃない。生まれたときからずっとこんな調子だった。 小学校・中学校から今に至るまで、ずっとこんな調子だった。 そのせいでイジメやケンカの毎日だった。中学の時は相手を鉄パイプで病院送りにしたこともある。 逆に5・6人に囲まれ、ボコボコにされて金まで抜き取られることも度々あった。 今でもヤバイ先輩から時々お呼び出しが掛かることがある。絶対に行かないが。 校門で待ち伏せされてるときは裏門から帰る。裏門が使えないときは、しょうがないので喧嘩を買う。 何とかボコボコになりながらも勝つことがあれば、グシャグシャになるまでリンチされることもあった。むこうもナイフや鉄パイプを持っているのだ。簡単には勝てない。 そのせいで、この拳にもすっかり年季が入ってしまった。 別にヤンキーやってるわけじゃない。 単純な反抗心でつっぱることはないし、嫌なことも筋が通っていれば納得した。 自分に非があれば、罰も納得した。そこら辺が他の奴と違うところだ。 そんな態度に、教師陣は戸惑っているようであった。 間違いなく素行不良な俺だが、退学させられる所まではいってない。 そこら辺が教師陣にとっては厄介だろう。 放課後、部活に入っていない俺は、すぐに帰路に就く。 家から学校まで、電車で片道約30分と徒歩約5分。7:00に起き、身だしなみを整え、朝飯を食べ、昼食用の金を持って7:50に出れば大丈夫だ。 授業終了が3:10。寄り道をしなければ、遅くても4:20には家に帰れる。 「ただいまー。」 (おかえりー) 期待なんかしてない。そんな返事。 中2の時当たりからか、親子の関係は既に冷め切っていた。 いちいちケンカしては父兄に連絡が行き、警察沙汰になったことも何度かあったのだ。 自慢じゃないが、俺の親父は与党の党員で、議員も務めている。 倉成家の名誉を汚されたくないらしい。笑わせる。 裏で闇金をごっそり貰っておきながら、名誉もへったくれもあったもんじゃないだろう。 常に彼の周りには黒い噂が絶えない。愛人やら贈賄やら、挙げればキリがない。 母親も結局はその金が目当てで結婚したようなものだ。事実、彼女が親父を見る目は豚を見る目だ。 親父は母親の愛しているフリにまんまと騙されている。実に滑稽だ。 一応俺には兄貴がいる。兄貴は早稲田に合格して、今は都内で独り暮らし。 この家にいた頃は、両親の寵愛を一身に受けていた。そして、兄貴は俺の存在がウザかったらしい。 こんなバカがどうしてこの家に居るんだと、いつも両親に文句を言っていた。 そして、両親はいつもこう言うのだ。 「大丈夫だぞ、猛(たける)。あんな馬鹿はいつか必ず追い出してやるから。」 「大丈夫よ、猛ちゃん。あいつなんか今に馬鹿な不良に殺されちゃうわ。」 と、言いつつも親父達は俺を追い出せないでいる。何故か? 俺が両親の不祥事の、全ての証拠を握っているからだ。 浮気の現場、闇金専用の銀行口座の帳簿、贈賄の会話を録音したテープ等だ。 もし俺に対して下手なことをすれば、俺はこれら全てをマスコミに売りつけるだろう。 この通帳のお陰で、金には苦労しない。どうせ汚い金なんだ。使われるだけありがたいと思え。 (オレを心から愛してくれる人間なんて、この世に存在しない) そう思っていた。 両親の態度は、俺にそう思わせるには十分すぎるほどだった。 頭はマッキンキン。目つきは悪く、眉毛は薄い。月一の割合で顔に痣を作る。 今は何とか完治してツヤツヤ滑らかだが、2・3日したらまた新しい傷ができるだろう。 (オレ一人が死んだ所で、何にも変わりはしない・・・・・・・・・・・) たぶん誰も悲しみはしないだろう。こんな俺に、友人など出来た試しはなかった。 いや,一度だけあった。アレは確か・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・よく思い出せない。 しかしそれも昔のことだ。今となっては慰めにもならない。 今俺は、授業をサボって屋上に居る。 煙草を吸っていた連中が居たが、俺と入れ違いで出ていった。 屋上の金網に寄りかかる。 もう風には夏の香りがする。 心地よい風が,身体を突き抜けていく。 髪が少しだけなびく。 何故か知らないが、俺はこんなことを呟いた。 「オレが生きる意味って、何なんだろうなぁ・・・・・・・・・・・・」 誰に言ったわけでもない。ただの独り言のつもりだった。 だが、意外にも返事が返ってきた。 「別に、意味なんてねぇよ。」 「え?」 「オレもお前も、単純にここに生きてるだけ・・・・・・・・・それだけだよ。」 金網を越えた縁の所に、そいつは座っていた。 空を仰ぎながら、煙草を吹かしている。 「・・・・・・・・・・・瀧川?」 「よぉ、倉成。なにやってんだ?んなとこで。授業始まってるぜ?」 「いいんだよ。初めからフケるつもりで来た。」 「ふーん・・・・・・・・・・。」 『瀧川 遼一』 2−Bきってのヤンキーだ。 といっても,自分から特に不祥事を起こしたことはないらしい。 自分の意志でやったのは,その制服の着こなしと飲酒喫煙くらいだろう。 ネクタイ無しで,襟と裾は外に出てる。クロスのチョーカーをして,右手にスカルリングを付けている。 言動は確実に男のものだが,見た目はどこか中性的な感じのする男だった。 黒い長髪が,うなじの辺りでウェーブが掛かっている。金髪の俺とは大違いだ。 色が白いために少し女っぽく見える。常に無表情で、何を考えているのか判らないとの評判だ。 ケンカは相当強く、俺をボコボコにした3年を傷一つ負わずに叩きのめした。 「瀧川こそ、何でここに?」 「いや・・・・・・・・・天気がいいからよ。タバコ吸うには絶好の機会だと思ってな。」 「・・・・・・・・・・オレにも一本くれ。」 「おお、いーぜ。」 タバコを受け取ったが、火がない。 「あ、火頼む。」 「おっけー。」 ジッ。 特注のジッポーらしい。イニシャルの刻印がある。 火を点けてもらうと、煙草をくわえた。白い煙を吐き出す。 こいつとは割と気が合いそうだった。 彼も周囲に溶け込めず、常に孤独だった。いつも遠巻きにクラスメートを見ていた。 時々他のクラスの連中が彼に話しかける程度だ。 彼の一匹狼的なところに惹かれるヤツも居るのだろう。彼等はいつも敬語で話しかけていた。 「よぉ、退屈じゃねーか?」 俺から先に話しかけた。 「は?」 「なんかよぉ、みんなガキ過ぎじゃねぇ?」 何故こんなことをこいつに話すのか、解らなかった。彼ならこの気持ちを解ってくれると思ったのだろうか。 「何であんなアホらしい話題でも盛り上がれんのか、オレにはわかんねーよ。 何にも悩み無さそうに日々過ごしてる連中見てると、内心ムカついてこないか?」 理不尽だった。何故人はあんなに楽しそうにしてるのに、自分だけがこんなにつまらなくて退屈なのか。 あんなに人は笑ってるのに、自分だけこんな悩みを抱えて、いつも無表情の仏頂面をしなければならないのか。 俺も楽しく笑いたい。けど、みんなの輪の中に入り込めない。みんなが『面白い』と言ってるものを『つまらない』と思う自分を隠せない。 「まあ、仕方ねえよ。みんなまだ子供なんだ。それにあいつらも、それなりに悩んでるんじゃねえの? たった一人で、人に言えない悩みを抱えてるのかも知れないぜ?」 「・・・・・・・・・・・・・・それもそうだな。」 確かにそうかもしれない。俺は彼等の心の内を理解しているわけではないのだ。 「希望に満ち溢れていそうな奴でも、本心は絶望や不安を抱えていたりするモンだ。 楽しそうな奴も、実は心が病んでいるのかも知れない。 逆に、悪意の塊みたいな奴も、良心の呵責みたいなものがあるのかもしれない。 まあ、他人のことなんざ、オレ達には解らないってコトだよ。」 「・・・・・・・・・そういうもんか・・・・・・・・・・いや、そうだろうな。」 「そう、他人には解らない。解ってやれない。解ろうとしない限りは、な。」 皆平等に苦しみながら生きている。そう考えると、少し彼等のことがマシに思えてきた。 「まあ、こういう気持ちは、他の奴らにはどうやっても解らないんだろうけどな。見下す意味じゃなくてよ。」 「え?」 「オレも正直・・・・・・・・・・・・何のために生まれて、何のために今まで生きてきたのか解らねーよ。」 帰り際、いつもの崖に寄ってきた。 この場所は、俺以外に誰も知らないはずだった。 学校からの帰り際、ここに立ち寄ることがある。 ここを見つけたのは随分前だ。子供の頃、確か10歳くらいの時だったはず。 標高51メートル。遙かな水平線が見渡せた。 ここから眺める夕焼けは、正に絶景だった。 右を向けば夕焼けが、左を向けば朝焼けが見えた。 たった一歩踏み出せば、楽になれる。どうせ俺が死んだ所で、誰も悲しまない。 永久に俺は孤独のままだ。17年間生きてきて、俺はずっと変われなかった。 変われないから、俺は人と交われない。だから俺はいつも一人だった。 他人が俺に構うときと言ったら、嫌がらせかイチャモンを付けるときだけだ。 両親ですら、数年前から俺を見放したも同然の態度をとり続けている。 もう全てどうでも良い。こんな世界、生きるだけ無駄だ。 でも、自分が悲しい。ここまで生きてきて、良いことは辛いことに塗りつぶされてしまった。 何のために俺は今まで生きてきたのか。それを考えると、急に虚しい気分になる。 不意に後ろから声を掛けられた。しかも、つい2・3時間前に聞いた声だ。 「よお、また会ったな。」 「? 瀧川、か・・・・・・・・・・・・」 彼はゆっくりと俺の方に近付いてきて、そして俺の隣に立った。 「なんか、良からぬこと考えてなかったか?」 「・・・・・・・・・・・・・・なんでわかる?」 「ツラに死相が出てたぜ?オレには解るんだよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・そうか。」 俺は崖の縁に座り込んだ。 「なあ、聞いてくれるか?」 「何を?」 「・・・・・・・・・・・・オレよお・・・・・・・・・・・・・生きてんのが辛いよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 何の反応も示さない。いつも通りの無表情だ。 それでいい。下手な慰めは聞きたくない。聞いてくれるだけが一番いい。 「オレを必要とする人間なんて、誰一人として居やしねえんだ。 学校の連中は何かとイチャモン付けてくる。教師からは厄介者扱い。 両親からでさえ、ゴキブリでも見るような目つきで見られてんだ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。」 「今ここで死ぬこともできる。けど、それじゃ何のためにオレは生まれてきたのか、わかんねーよ。 今まで生きてて良かったと思えるような事なんて、一つも無かった。 そしてオレが居たことですら、みんな忘れちまうはずだ。オレはこの世界に、何も残せない。 それが、この上なく悲しいんだ。」 しばしの間、二人とも沈黙する。そして―――――――――――― 「・・・・・・・・・・・・・オレも同じだ。」 「え?」 「オレも何のためにここまで生きてきたのか解らない。 わかってはいるんだ。意味なんか無いって。 でもそれじゃ・・・・・・・・・・虚しすぎるんだ。」 「・・・・・・・・・・・・・・」 初めて、彼の心の内を聞いたような気がする。何故俺に打ち明けるのだろう? 「でもよ、オレは気付いたんだ。人生の意味、それは自分自身が決めることだと。 最初から意味が無いからこそ、今オレ達が生きる意味、それはオレ達自身が決めていく。 そうすることで初めて、単なる終わりである『死』が意味を持つんじゃないかってな。 よぉ、ここで会ってこんな話をするのもある種の縁だ。一つ提案があるんだが、乗らないか?」 「提案?」 「ああ。オレ達、このまま生きてても辛いだけだろ?だから、いっそのこと死のうぜ。 でもその前に、オレ達がここに居たという“証明”をこの世界に残していかないか。 そして、死ぬまでの間は、それらを残していく事がオレ達の生きる意味だ。」 「オレ達の?」 「ああ。オレ達二人でだ。そして、今までつかめなかった幸せを掴んでみようぜ。」 「掴めなかった幸せ・・・・・・そうだな。誰かに与えられるんじゃなく、オレ達の手で・・・・・・」 「そういうことだ。どうだ、やってみないか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・おもしれーじゃん。いいぜ、やろう。」 「交渉成立、だな。」 二人ともニヤリと笑う。お互いに無表情以外の表情を、初めて顔に出した。 「改めて自己紹介しようぜ。オレは瀧川遼一。遼一って呼んでくれ。」 「オレは倉成武。オレの方も武でいいぜ。」 「よろしく、武。」 「こちらこそ、遼一。」 何故、数時間前に話しただけの男と、オレは握手をしているのだろうか。 そして、いつの間にか互いに名前で呼び合っていた。 でも何故か彼に心を許している自分が居た。何故なのかは解らない。 だが、今はこの爽快感に浸ることにした。 (生まれて初めて、相棒が出来た。そして、生きる意味が見つかった。) その喜びは、何物にも代え難かった。 |
あとがき まあ、オリジナルストーリーって事で。 このプロローグは、一応予告編って事にしておきます。 遼一君ですが、この人、現在の武にも深ぁーく関わってきますよ。 マッキンキンの武、いかがでしょう。想像してみて下さい(笑)。 ちなみにこのSS、痛いですよ〜(ニヤリ)。 BGM:Gackt『月の詩』 |
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