「倉成は・・・・・・罪を犯したこと、ある?」
「罪?」
「そう。神に背くような大罪・・・・・・ただし、神を信じてる、信じてないとか、そういう類の問題じゃなくて・・・・・・ただ・・・・・・倫理的に、道徳的に、取り返しのつかないことをしたことがあるのかどうか、それを聞いてるの。」
「・・・・・・・・・・」

罪。大罪。原罪。
あの時の光景が、網膜に焼き付いて、未だに離れようとしない。
純白の世界。羽根のような雪が舞い落ちる、ただ真っ白な穢れ無き場所。
その純白を染めるのは、紅。凍えた手を、生暖かい物が暖める。
鮮血に染まった、俺の両手・・・・・・・・・

「・・・・・・ああ。心当たりが無い訳じゃない。」
―――大アリだろ?
もう一人の自分が、俺の耳元で囁く。
「だけど、人にはあまり言いたくないんだ。」
―――言えるわけないもんな。
「人に同情や哀れみを乞うのは、卑怯なやり方だ・・・・・・・」
―――・・・・・・・あいつを否定すんのかよ?


EVER17 〜BEFORE 2017〜
                             HELLCHILD作

第六話 『True Memory』



(どういうことなんだ・・・・・・・これは・・・・・・・)
写真に写っていた物。それは紛れもない俺の姿だった。
現在の俺ではない。子供の頃の俺だ。目、鼻、口・・・・・・全てが俺であることを物語っている。
子供の頃の俺は、隣にいる男の子と二人、手を繋いで笑っている。その男の子は、間違いなく遼一だ。その顔は、現在の遼一の面影がある。
写真をひっくり返して、裏を見てみる。そこには、遼一のものと思われる筆跡で、こう記されていた。
『2007年9月17日 公園にて 武と』
(7年前・・・・・・・・10歳の時?)
俺と遼一は、10年前にも会ったことがあるというのか。
そして、この写真の背景。間違いなく、俺の通学路になっている公園だった。遊具の位置からして、間違いはない。
(・・・・・・・・まさか・・・・・・・・)

キーン、コーン、カーン、コーン・・・・・・

俺の思考は、チャイムによって遮断された。もう既にクラスの人間は席に付き始めている。
「げ、やっば・・・・・・」
遼一の写真を机の中に戻すと、大急ぎで自分のクラスへと走った。さっきまでの出来事は、既に頭から消え失せていた。



10月21日 PM12:45 学校の屋上

二筋の紫煙が、空に向かってゆっくりと立ち昇る。お互いの口から吐き出される煙は、拡散して空気中を彷徨っていた。
ただでさえ埃っぽい床にタバコカスをばらまきながら、俺達は今度の計画を練っていた。
「この学校の一部の先公、かなり黒い噂が立ってんのは知ってるだろ。」
「へ? あ、ああ・・・・・・・」
昨日の写真のことが気掛かりで、まともに遼一の顔が見れない。
だが今は計画のことだけに集中しろと自分に言い聞かせ、遼一の話に耳を傾けた。
「数学の佐久間は、生徒の弱み握って、カツアゲしてるって噂だ。」
「ああ、なんか目付きからしてヤバそうだったからな。」
数学教師である『佐久間 康弘』。経歴を言ったら、いわゆる元ヤンである。
東京都出身で、若い頃は地元でブイブイ言わせていたらしい。どういう経緯で教師になったかは知らない。
クスリやってんのかと思うほどの目付きと顔色の悪さ、生徒への見下した態度で、かなり人気は低い。
「英語の矢野は、理事長に取り入って、懐に汚い金を貯め込んでる。」
「なるほど・・・・・・どうりでいつもキャバ嬢みたいな格好で来ているわけだ。」
英語教師の『矢野 葉子』。いつもケバイ化粧を顔に施し、凄まじく派手なスーツを着込んで学校に来る。
高圧的な態度で、女子からの人気は低いが、男子には大受けである。スタイルもよく、結構美人なのだから当然か。
「あとは体育の福山。過剰なまでの体罰教師だ。」
「確かにな。ウチみたいな学校じゃあ、体罰を悪と見なせないだろうな。」
確か、どこかのゲームで『城ヶ崎』とか呼ばれる教師が登場したような気がするが、それをリアルに体現してみたらこうだろうといった感じだ。
『福山 龍司』・・・・・・身長は190以上、アイパーヘア、筋肉隆々、ヤーサン並のギラついた眼光。学校中の生徒が恐れおののく、最凶最悪の教師だ。
こいつの場合は、過剰な体罰が問題だった。何か校則違反があると、男女構わず殴りつける。酷いときには蹴りを入れることもあり、木刀を持ち出すこともあるほどだ。
「ターゲットはこの三人だ。佐久間と矢野は証拠さえ掴めばどうにでもなるんだろうが、福山だけはそうもいかない。」
「ああ。それはオレにも何となく解る。」
こいつの体罰は、実は前々から周知の事実だった。現に一か月前、教育委員会の人間が視察に来たときも、そいつらの眼前で煙草を吸っていた生徒を殴りつけた。しかし教育委員会も随分と寛大になった物で『時には体罰も必要』と平然と言ってのけた。特に金宮高校は、割と荒れている連中が集まっている方なので、体罰がそれほど問題視されていないのだ。それに女子生徒は、証拠が残らないように腹を狙われている。これでも体罰が必要か、と教育委員会に問いたくなる。
ちなみに、俺も福山に殴られたことがある。原因はケンカ、それも数回繰り返して見つかった。その度に福山に殴られていたような気がする。まあそれでもまだ俺は少ない方ではあるが。
「どうやって福山を引きずり降ろすか・・・・・・・それが今回の計画において、最大の難関だな。」
「そんなもん、ムリヤリ証拠を作っちまえばいいだけだろ?」
証拠品は俺達の手で作り上げる。だが・・・・・・
「すぐにバレちまう。極力そういった手段は使わないでおこうぜ。」
あっさりと却下された。策が浅過ぎだということか。
「他の二人を追い込んだ後に、対策を考えようぜ。今の段階じゃあ、どうともしづらいしよ。」
「ああ・・・・・・」



10月30日 PM11:37

池袋のラブホ通り。一組の男女が歩いている。
「ねえねえ葉子ちゃあ〜ん、今夜も遊んでよぉ〜」
その男の顔は真っ赤で、足元がおぼつかない。その甘ったれたような口調から、酔っていることが簡単に想像できた。
アルマーニのダブルスーツに身を包んだ下品な酔っぱらい。その男こそ、我らが金宮高校の理事長である。
「うふふ♪ いいですよぉ〜、今夜もばっちりキメて下さいね♪」
明らかに媚びた口調で理事長に話しかけているのは、英語教師、矢野だ。今夜も理事長とベッドインで、金を貯めるという寸法らしい。
「ぐへへ、ボクのお気に入りのブラ、着けてきてくれたぁ〜?」
「ええ、ばっちりですぅ〜♪ ささ、今夜はあの辺りで・・・・・・」
矢野に手を引かれ、理事長は近くのホテルに入っていった。
俺達は建物の陰に隠れながら、事の顛末を観察していた。俺がビデオを持ち、遼一がカメラを撮っている。
「・・・・・・・矢野よりも先に、理事長をクビにしなきゃいけないような気がすんだけど、オレ・・・・・・・!!」
見ていてマジで腹が立った。あんなクズ男が俺達の上に立つ大人だとは、聞いて呆れるどころではない。
「ま、矢野の一件が表沙汰になりゃ、理事長にも火の粉はかかってくるさ。」
「ちっきしょー、前から奴の素性知ってたら、瞬殺してやったってのに!」
「まあ怒るなって。次は佐久間のヤローだ。」



11月2日 PM12:02

学校の体育館裏、一人の教師と男子生徒が立っていた。
「おい、キチッと持ってきてんだろーな?」
「は、はい・・・・・・」
気の弱そうな男子生徒が、ポケットの中から財布を取り出す。その中には、数枚の一万円札があった。
その教師は札をふんだくると、睨め付けるように札を見た。そして不機嫌そうな顔と声で言った。
「あんだぁ? このハシタ金はよぉ。俺は15万持ってこいって言ったんだぜ?」
「す、すいません、でで、でもそれ、親父の通帳からの・・・・・・」
「言い訳こいてんじゃねぇ!! とにかく明後日までに足りない分の11万、キッチリ持ってこい!!! 親の通帳かっぱらってでも持ってこいや、じゃねーとテメーの家燃やすからな!!?」
その男子生徒を怒鳴りつけた後、肩を怒らせて男は帰っていった。
草むらに隠れて、隠し撮りをしていた俺と遼一は声を掛けた。
「大丈夫か? 安心しろ、あんなヤローすぐに首にしてやる。」
遼一が生徒の肩を叩く。その生徒も安心したように微笑んだ。
「ええ。でも、助けてくれて本当にありがとうございます。」
「いや、こっちもありがとな。お前の協力がなければ、佐久間の凶行の証拠は取れなかったことだし。」
遼一の調査によると、この男子生徒がカツアゲの的になっていたらしい。
どんな弱みを握られているのかは知らないが(というか、打ち明ける勇気があったらカツアゲなんかされないだろう)、とにかく何らかの証拠を握られて、佐久間に脅迫されていたのだ。


(これでラストは福山だけだな)
授業が全て終わり、HRを終え、俺は意気揚々と教室を出たところだった。
福山に関する計画を遼一に聞こうと、俺は2−Bに再び足を踏み入れようとしていた。
どうやら2−BはまだHRが終わっていないらしく、担任が教壇に立って何か喋ってる。遼一の方に目を移す。そこには驚くべき光景があった。
「あ・・・・・・!」
思わず声が出てしまった。
遼一は、あの写真を眺めている。そう、子供の頃の俺達が写った写真だ。
その写真を眺める遼一の表情は、何処か哀しげだった。ひょっとすると遼一は、写真というフィルターを通して、過去の思い出を見ているのかもしれない。その過ぎ去ってしまった時間を、何処か切なく思っている。
(・・・・・・・・・え?)
しかし、少しだけ遼一の表情に変化が出てきた。少しだけ眉間に皺が寄り、額から汗が滲んできた。やがて顔が真っ青になっていき、苦しそうな顔になる。しかしそれを決して表に出さず、必死に押し隠そうとしている。
(な・・・・・・この前と同じ!?)
族に特攻かけたときも、あんな風に汗を浮かべていた。いずれにせよ、何かヤバイ状況にあるのだろう。
HRが終わったらしく、生徒が起立し、礼をする。そして一気に生徒が教室を出に、ドアにやってくる。遼一も例外ではなかった。
(あ、やべ・・・・・・!)
何故そう思ったのかは判らないが、俺は遼一に見つからないよう、咄嗟に身を隠した。
遼一は足元をふらつかせながら、人の通らない非常階段の方へ歩いていく。俺もそれに続いた。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・!!」
息を切らせながら、遼一は胸ポケットから一つの錠剤を取り出し、それを飲み込んだ。俺はその光景を、息を殺しながらじっと見ていた。幸い遼一は、物影に隠れているこちらの姿に気付いてはいない。やがて、遼一はこんな事を呟いた。
「・・・・・・そろそろリミットが近いって事かよ。」


PM11:26

どうしても例の写真のことが気に掛かり、俺は夜の学校に忍び込んでいた。
あの写真のことを知りたい。そして遼一のことも。それができなければ、俺達の関係があやふやな物になってしまうような気がしたのだ。
人気のない教室のドアを開け、俺は遼一の机の前に立った。今日もあの写真を置いているかどうかは不明だが、とにかく探ってみることにした。
(・・・・・・おっ!)
手応えがあった。どうやら今日も机の中に置きっ放しだったらしい。
俺は写真を取り出し、すぐに目の前に持ってくる。やはり例の写真だ。
一体この写真を撮ったのは誰なのか。一体いつ俺はこんな写真を撮られたのか。そして俺と遼一は、あの時屋上で初めて顔を合わせる以前から、会ったことがあるというのか。
まず俺は、自分の記憶を探ってみた。自分がこんな写真を撮られたことがないかどうか、思い出そうとした。
(・・・・・・写真・・・・・・?)
まあ子供の頃だ。ほとんど思い出せない。この写真を見る限りでは、俺と遼一が昔から会っていたということになる。だが俺に、そんな記憶はなかった。そもそも、俺にこんな仲の良い友達なんて居たのか。子供の頃から嫌われ者だったというのに。
(・・・・・・いや、待てよ。そういえば・・・・・・)
一人だけ居た。10歳くらいの時に出来た、初めての友達。もう顔も名前も思い出せない友達。その友達と過ごした日々を思い返してみる。確か、あの日・・・・・・




『え? 転校しちゃうのか!?』
そう、俺は中学に上がると同時に、東京に行くことが決定していた。そのことは彼を驚かせていた。
『うん・・・・・・もう二人とも決めちゃってるみたいで。』
『そうか・・・・・・・・・寂しくなるな。』
二人ともベンチに座って俯く。そこは、二人がよく遊んでいた公園だった。
『でも、いつか帰ってくるよ! 一人で旅行とかができるようになったら、またここに来る! そうしたら、また一緒に遊ぶんだ!』
少なくとも、当時は本気だった。年月が経つに連れ、そんな意志を俺は忘れていった。
『うん・・・・・・そうだな、さよならじゃないよな!』
彼は突然元気になり、ベンチから勢い良く立ち上がった。
『じゃあさ、また今度一緒に遊ぶときは、でっかいことしようぜ! すっげーことを二人でやり遂げるんだ!』
『すっげーこと?』
『ああ、すっげーことだ!』
『どんなこと?』
『・・・・・・・・・ん〜。』
彼は頭を抱える。考え込んでいるようだ。
『じゃあ仕方ない、二人で決めようぜ。』
そういって俺は、彼の隣に立った。
『・・・・・・うん、そうだな。よし、決めよう!』
そして俺達はベンチに座りながら、いろいろなことを言い合っていた。その全てが荒唐無稽な物で、どれも不可能な物ばかりだった。
『よし、だいたいこんなモンだぜ!』
やがて、8個だけやり遂げることが決まった。明らかに不可能だった物は全て却下し、可能な範囲内で決定した。
『・・・・・・これでも実現できるかどうか不安だけどな。』
そう思っていた。だが、彼はこう言った。
『だいじょうぶだって。俺とお前のコンビだったら、どんなことでも可能になるんだよ。』
『・・・・・・そうか・・・・・・ふふっ、そうだった。』
思わず笑ってしまった。初めて出会ったときから、こんな脳天気で考えのない奴だった。
『約束だからな!』
そういって、彼は小指を差し出す。
『・・・・・・ああ!』
そして、俺も小指を差し出し、彼のに絡める。その瞬間、俺達は真実の絆で結ばれていた・・・・・・




「――――――――――――――――――――――――!!!!!」
その瞬間、全てが明らかになった。
欠けていたピースは全て埋まり、途轍もなく大きな絵が姿を現した。
全ての謎が明らかになり、俺は茫然とその場に立ち尽くした。
「まさか・・・・・・まさか遼一は――――――――」
そう、俺は真実を最初から知っていたのだ。だが、それが真実だということに気が付かなかった。全ての答えだということに気が付かなかった・・・・・・何とも滑稽な話だ。
だが、全てが判明した以上、もうやるべき事は一つしかない。遼一の元に行くだけだ。ドアを急いで開け、音を立てないよう注意しながらも、早足で廊下を歩いていく。そして、階段を下りていった先―――――――
『ゆ・・・許して下さい・・・・・・』
『バカ野郎!! 誰が許すかよ、コラ! てめぇ、今日もお仕置きされてぇのかぁ?』
階段を下りて、2階に辿り着いた。そこに一つだけ、光の射している教室がある。不思議に思った俺は、気配を悟られないようにしながら教室の中を覗き見た。
教室内には二人の男が居た。一人はウチの制服を着た見覚えのない女子生徒。制服には青い胸章がつけられている。どうやら一年生のようだ。そしてもう一人は、他でもない福山だった。
(福山・・・・・・何やってんだ?)
ゆっくりと観察すると同時に、耳をそばだてた。すると、こんな会話が飛び込んできた。
『テメェ、もう出来ないってのはどういうこった!!』
『・・・・・・私、もう変な男の人に抱かれるのなんて・・・・・・』
すると福山は、渾身の力を込めて女子生徒の頬をひっぱたいた。彼女の頬は赤く腫れ、その部分を掌で押さえている。その光景を見て、今にも飛び出しそうになるが、すんでの所で踏みとどまった。
『キサマみてーなクズ女に、体を売る以外に価値なんてねぇんだよ!!』
逆上した福山が、握り拳で彼女を殴り続ける。彼女はただ頭を押さえ、必死に座り込んでいるだけだった。
『俺への恩を忘れたってのか? 簡単に金の貯まるバイトがしてぇって言ってたクセによぉ、今頃になって辞めてぇだと!? 客を斡旋してやってんのは俺なんだぞオラァ!!!』
最初はよく言葉の意味が分からなかった。だが数十秒後に、やっと意味が飲み込めてくる。もしこの会話の内容が真実なら、確実に福山をクビに出来る。この光景を目に焼き付け、俺はゆっくりと学校を後にした・・・・・・




11月3日 AM12:32

「じゃあ福山のヤロー、売春ウリを斡旋してたって事か?」
「ああ。昨日の会話を聞く限り、間違いはないだろうな。」
昼休み、昨日の会話を遼一に話した。なぜ深夜の学校に入ったのか、その理由は一応伏せておいたが。
「今からその女子生徒に話を聞きに行こうと思うんだけど、付いてきてくれるか?」
「ああ。でもその女子生徒が誰だか判るのか?」
「その娘、一年生の胸章を着けてたから、大体判ると思う。」

一年生の教室を大体見回ってみる。二年生である俺達の姿は少々浮いている感じがするが、我慢して次の教室へと探索の足を進める。そして1−Dのクラスに辿り着く。そこに彼女が居た。
「おい、遼一・・・・・・あの娘がそうだ。」
「どれどれ・・・・・・・・・マジで? とてもウリやってるようには見えないけどなぁ。」
その通りだった。清純そうな顔立ちに、きちんとストレートで流れるような黒髪。割と清潔なイメージの女の子だった。だが表情は暗く、重たい。右の頬が赤く腫れているのは、昨夜福山に殴られたせいだろう。
「声掛けてみようか。」
「へ? ちょ、ちょっと武・・・・・・」
遼一の制止を無視して、俺は1−Dの教室内に足を踏み入れた。視線を無視し、歩幅も足取りも緩めることなく、彼女に近付く。
「なぁ、これから時間あるか?」
「・・・・・・・・・え?」
彼女は惚けた表情だ。突然のことに戸惑っているのだろう。
「ちょっと屋上に来てくれないか? 3人で話したいことがあるんだ。」
「あ、え・・・・・・・・・・・・ええ!?」
俺は彼女の掌を掴み、強引に引きずるように歩いていった。


「なるほどね、そういうことだったのか・・・・・・」
遼一が納得した表情で頷く。彼女は全て話してくれた。
彼女の名前は『春日 明美』、1−Dの生徒だ。父親が他界しており、母親も持病を患っていて、まともな仕事が出来ないらしい。他にも多数の弟や妹を抱えており、唯一の稼ぎ手である彼女がバイトをしているのだが、金宮はバイトが禁止されていた。たまたまバイトの現場を福山に目撃されてしまい、福山は直接学校に連れていって直接説教しようとしたが、彼女は反抗した。その結果、福山は彼女を利用することを思いつき、ウリを斡旋するようになった。奴は彼女を自分の金儲けの道具に使った。
「どんなに働いても働いても、兄弟はみんなお腹を空かせるばっかりで・・・・・・先生の話に乗るしかなかったんです。」
「・・・・・・・・・んのヤロぉ、マジで許せねーな。」
遼一が唇の端を噛み締める。その表情には、怒りが浮かんでいる。
「当たり前だ。春日さん、協力してくれるよな? あんたもウリなんてやりたくないんだろ?」
「・・・・・・でも家族は、私の稼いだお金がないと・・・・・・今でさえギリギリなんです。6歳の妹や弟には、欲しいオモチャすら買ってあげられなくて・・・・・・」
春日の眼には、迷いがあった。俺達二人とも目を合わせようとしない。彼女の迷いを吹っ切れさせることが出来なければ、福山を追い詰めることは出来ない。どうやら俺達がこの問題を解決してやるしか方法はなさそうだ。
「武・・・・・・こりゃあ、お前の出番じゃないか?」
「ああ、判ってる。少なくとも500万円用意すれば、いくらなんでも大丈夫だろ。」
この場合、春日には金があれば良いわけである。ともすれば、俺が一肌脱げば万事OKと言うことである。幸い俺の通帳の残高は、現在1500万円。恐らく500万円もあれば、生活は遙かに潤うだろう。
「まぁ金はオレが援助してやるよ。これで協力してくれるな?」
「え!?!? え、え、え、援助って・・・・・・」
「言葉通りの意味だよ。そいじゃ、ちょっと来てくれ。さっそく教育委員会に手紙を書かなくちゃな。」
「おお、そうだな。マジであのヤロー、泡吹くぜ。」



11月9日 AM8:32

「というわけで、非常に残念ながら、以下の3名の先生が懲戒免職となり・・・・・・」
緊急の朝礼が開かれ、全校生徒が体育館に集まった。壇上からは校長の感情の籠もっていない声が響く。
 昨日正式に処分が決定したようだ。3人とも教師をクビになり、路頭に迷うこととなるだろう。だが、教師をクビになるだけでは済まされない罪を犯した人間が、一人だけ居た。
「武・・・・・・解ってるよな?」
「ああ。福山のヤロー、これで済むと思ってんじゃねーぞ・・・・!!」


PM7:32

トボトボと裏通りを歩く福山。今までの迫力は微塵も感じられず、信じられないほど弱々しい姿だった。そんな福山に、俺達は近付いていった。
「おう、福山ぁ・・・・・・今まで散々やってくれたじゃねーか。」
「!? く、倉成に瀧川・・・・・・・・・ななな、何だそのバットと鉄パイプは!?」
そう、俺達は凶器を携えてやってきた。病院送りになるまでクシャクシャにしてやらないと気が収まらない。
「ま、待て! 悪かった!! た、た、た、体罰を振るっていたことは・・・・・・」
「オレ達がムカついてんのはそんな事じゃねー・・・・・・よくも春日をいいようにしてくれたなぁ!!」
遼一が凄む。本気で怒った遼一に鉄パイプ姿は、リアル城ヶ崎ですらビビる。が、すぐに体制を整え、昔のように大声で怒鳴りつける。
「き、キサマラァ!! 俺にこんな真似して許されると思ってんのか!!」
「許されるさ・・・・・・もうテメーは教師なんかじゃない。」
「てててて・・・・てめえええええ!!!」
俺の言葉に怒り狂った福山が、俺に掴みかかろうとする。だが、それをヒョイと避ける。こいつのパワーは殴られた事があるから知っているが、何せ動きに無駄が多すぎる。ちょっと場数を踏んでいれば簡単に避けられる。
 そして、力の限り金属バットを振り下ろした。それは福山の肩に命中し、彼は肩を押さえながら倒れ込んだ。
「・・・・・・テメェは一遍あの世見てこい。」
遼一の言葉と共に、リンチが始まった。背中や脚や腕を徹底的に痛めつけていく。顔や胸は狙わない。大事に至ってしまったら困るからだ。そうして20分くらいが過ぎた頃、福山はもう動かなくなった。
「・・・・・・・・・なあ、遼一。」
ちょうど今が良いと思った。ここで約束しておくのが一番だろう。
「ん、どうした?」
「明日の午後4時に、オレ達が初めて会った場所に来てくれないか? ちょっと話したいことがあるんだ。」
「へ? どうしたよ、急に改まって。」
「・・・・・・ちょっと思い出したことがあってな。それを話したいんだ。」
「・・・・・・・・・・・へえ。」
少し雰囲気が変わった。察知しているのだ。俺が何を話したいか。
「とにかく待ってるからな。必ず来いよ。」
「ああ。絶対行くよ。」



11月10日 PM4:12

約束の時間を少々オーバーしている。遼一にしてはちょっと珍しい。
思い起こせば、最初から全て運命付けられていたのだろうか。遼一と共に逝くこと、遼一と出会ったこと、そして今から話すことを遼一に打ち明けること・・・・・・全ては始めから決まっていたことなのだろうか?
 そんなことを考えている内に、待ち望んでいた足音、そして声が聞こえた。
「待たせたな。」
 遂にやってきた。全てをハッキリとさせる時が。俺は立ち上がり、背後にいる遼一に声を掛けた。
「・・・・・・きれいだな。」
「何が?」
「夕焼けだよ。昔から変わってない・・・・・・そう、オレ達が"初めて出逢った"時から。」
「・・・・・・」
遼一は黙りこくっている。俺の言わんとしている事を、もはや全て解っているのだろう。
「・・・・10歳の頃、初めてオレに友達が出来た。」
「・・・・・・」
「運動会の二人三脚で、オレはペアを組む友達が居なかった。他の奴は全員ペアを組んで、仲良く練習をしてるのにな。
オレも誰かと組みたくて、必死で誰かペアを組める奴を捜したんだ。そして一人だけ見付けた。オレと同じく、孤立している男の子を。」


『なあ、オレと一緒に組まない?』
『・・・・・・・・・・・・・・・え?』
『余ってるんだよな?だったらいいだろ?』
『う、うん・・・・・・いいけど。』
『じゃあ決まりだな。』


「その日を境にして、オレ達二人は仲良くなった。そいつもオレと同じで、孤独な奴だった。」
「・・・・・・何で避けられてたんだ? その男の子は。」
初めて遼一が口を開いた。問う必要も無いこと。だが、全て解った上で問い掛けている。
「・・・・・・変な噂が流れてたんだよ、その男の子の周りには。」
「どんな噂?」
「・・・・・・・・・・・・その男の子が『母親を殺した』と・・・・・・・・・・・・」


『ああ。あいつはな・・・・・・・「お母さんを殺した」んだってさ。』
『え・・・・・・!!?』
『オレもくわしいことは知らないけど、本当らしいよ。』


「その噂、本当だったのか?」
いい加減じれったくなってくる。だが、同時に恐怖も沸き起こってくる。
 本当に打ち明けるべきなのか。打ち明けて何かが変わってしまうのではないか。
 だが全て話さないとダメだ。曖昧なままで終わらせたくない。
「・・・・・・オレも本人に訊いてみたよ。そしたら・・・・・・」


『・・・・・・・・・たしかにオレは、お母さんを殺した。』
『な・・・・・・なんで!?』
『・・・・・・・・・』
『な、なあ! どうしてなんだよ!?』
『・・・・・・言いたくない。』
『え?』
『言いたくないんだよ!』


「そう言って彼は駄々をこねた。そういうわけで、オレは彼から本当のことは聞き出せなかった。」
「・・・・・・・・・そうか。」
そういって近付いてくる。足音が段々と大きくなり、やがて俺の隣で立ち止まった。
 遼一の方を見る。彼の横顔は夕陽に照らされ、茜色に染まっていた。濁りのない瞳の中に、もう一つの夕陽が輝いている。風に流れる髪の輝きも、神々しいまでに美しく染まる。その姿は、彼の背負いし罪の汚れを全く感じさせなかった。
「中学進学と同時に、オレは転校が決まってしまった。それでその友達とも別れざるを得なくなった。でもいつか再会する日を夢見て、オレ達は約束を交わした・・・・・・」 


『じゃあさ、また今度一緒に遊ぶときは、でっかいことしようぜ! すっげーことを二人でやり遂げるんだ!』
『すっげーこと?』
『ああ、すっげーことだ!』
『どんなこと?』
『・・・・・・・・・ん〜。じゃあ仕方ない、二人で決めようぜ。』
『・・・・・・うん、そうだな。よし、決めよう!』
『よし、だいたいこんなモンだぜ!』、
『・・・・・・これでも実現できるかどうか不安だけどな。』
『だいじょうぶだって。オレとお前のコンビだったら、どんなことでも可能になるんだよ。』
『・・・・・・そうか・・・・・・ふふっ、そうだった。』
『約束だからな!』
『・・・・・・ああ!』


「・・・・・・あの時聞けなかった事を、もう一度聞いてみたいと思う。そして『今聞きたいこと』もだ。」
体を遼一の方に向け、キッパリと言い切る。そして遼一も体を俺の方に向けた。
「・・・・・・オレに、か?」
「・・・・・・そうだ。」
もう迷いはない。ここまで来てしまったからには。
「・・・・・・・・・そいつと初めてペアを組んで、楽しかった。だから友達になろうと、その場で決めたんだ。そしてオレ達は、お互いに自己紹介をし合った・・・・・・・・・」




『オレは、くらなり たけし。よろしくな。』
そういって握手をし合った。コースの外に出て、話し合っていた。
他のメンバーも一旦休憩を入れているところだ。少々休憩時間らしい。
『きみの名前は?』
 そう、彼の名前を知りたかった。初めてできる友達の名前を。
『・・・・・・オレの名前は・・・・・・』
少しだけ間を置いてから、彼はこう答えた。


りょういち・・・・・・・・・たきがわ りょういち。

あとがき


遂に、この話を書けました。もう書きたくて書きたくてしょうがなかったですよ、真実を。
でも全ての真実が明らかになるのは、皆さんもお解りの通り、次回です。これは期待してても良いと思いますよ。

BGM:『EMILY』清春


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