注意!!
 この文章には、一部暴力的・かつグロテスクな描写が含まれます。
どうしても我慢できない方は閲覧されない事をお勧めいたします。












 『カンカンカンカン・・・・・・』
静かな倉庫街の夜に、一人の少年が駆けて来る−駆けて来るとは言っても、人間の常識を遥かに超越したスピードではあるが−。そして、その後を追うように数人の靴音が遠くから響く。そしてその少年はチラリと横に眼をやった刹那、進行方向前方にある十字路の右側の壁に向けて先刻拾った小石を投げつけ、自分自身は普通の人間では考えられないほどの跳躍力で左側にに飛び込み、脇道に積まれたドラム缶の山の背後に転がり込んで息を潜めた。
「・・・・せ!・・・にはまだ・・・・・!!」
そして、今度は男達の怒鳴り声が響いてくる・・・。
「・・・撒いたか・・・な?」
少年は自分の全神経を耳に集中させるようにして周囲を窺っていたが、追手と思しき集団は、彼の隠れたドラム缶の山の横を駆け抜けて、遠くに行ってしまった・・・。そして数十分後、脇道から歩み出た少年−『少年』とは言うものの、背丈はゆうに190cmに達する長身で、その髪は月光を反射して銀色に輝いていた−は周囲を見回した後、
「OK・・・。さて、早いところ『彼女』を見つけて、ワッチしとかないと・・・。『連中』も、
監視員は増やしているだろうし・・・。」
と言いつつ、彼は闇夜にその姿を紛らわせていった・・・。




Tief Blau−生者と死者の狭間で−
著:氷龍 命






「やれやれ・・・まいったなぁ・・・。見失ったか・・・」
どうやら、彼は目的の『彼女』を見失ってしまったらしい。何せ丑三つ時である、これ以上捜すのも無駄な話である上に、下手をすれば警察に不審者として通報されかねない。暫く捜し回っていた彼だったが、諦めてすぐ近くの廃倉庫にもぐり込み、積み上げられた廃タイヤを寝床代わりにして、うたた寝を始めた・・・・・・。


 彼の名は『海藤 拓水(かいとう たくみ)』。どこにでもいそうなごく普通の少年であるが、その彼がどうしてこんな生活をしているかというと、話は数年前・・・、西暦2017年に遡る・・・。
 拓水には、医者の母親とライプリヒ製薬に勤める父親、そしてとても大切にしている双子の妹の『菜奈海(ななみ)』がいたが、ライプリヒ入りを勧める父と、医者として就職させるべきだと主張する母との毎日の諍いのせいか、両親との仲は悪く、家でも殆ど口は聞かなかった。
と言うのも、拓水は生まれつきの超人的体質を持っていて、反射や瞬発力・更には免疫能力などの身体的能力が普通の人間の数倍もあった。立場こそ違えど研究者である両親にとって、拓水の体は貴重な『研究材料』だった為であった。
 その年の5月、ライプリヒ製薬が世界に誇る海洋テーマパーク『LeMU(レミュウ)』が謎の崩壊事故を起こした。当然、この事は新聞の一面を飾る大惨事である筈なのだが、新聞の扱いは小さく、三面記事の片隅に載っていただけだった。無論、当時の拓水にはその後に待ち受けている、『世界規模での災難』やそれが自分の運命を、そして菜奈海の運命さえも狂わせる惨劇の始まりとは知る由もなかった・・・。
 LeMU崩壊から数ヵ月後、新聞の扱いも大きくなかったせいか、拓水は事故の事も忘れ、
ごく普通に学生生活を送っていた・・・。
「よっし!これで今日の授業も終わりっと・・・。な、泉水・・・これから、ゲーセンでもどう?」
「海藤さん・・・明日から試験だと言うのに・・・。随分余裕がおありなんですね?」
「何とかなるさ・・・。とか言ってる泉水だって、精気がみなぎってるぜ?」
「フフ・・・参りました。御一緒させて頂きますよ」
などと親友の『泉水 良哉(せんすい りょうや)』と下らない話をしていた放課後、拓水は自分の体の調子が今までとは違うことに薄々勘付き始めていた。
「んじゃ、行くか・・・って・・・。は・は・・は・・・ハックション!!」
「うわ!!・・・・・・海藤さん。いきなりくしゃみですか?」
「悪い・・・(んー、風邪・・・ひいた訳でも無さそうだし・・・。背中出して寝てたのが原因か?)」
「仕方ありませんね・・・。では、行きましょうか。今日も勝たせてもらいますよ?」
「その言葉に熨斗紙(のしがみ)つけて返してやるよ・・・」
等と言い合いながら、二人は夕暮れ空の下を歩いていった・・・。


 2018年7月のある日、遂に事件は起こり、拓水の運命の歯車は静かに回り始めた・・・。
「さて、明日から夏休みだが、あまり妙な事はするなよ?先生もあまり言いたくないが、
煙草と酒と暴走族はやめとけよ」
終業式の日、担任が手短に−と言った所で、どうしても興味から手を出す奴が一人はいるのだが−休み中の禁止事項を連絡した後、その日の授業を締めくくろうとしたその時、いつもとはありえない光景を目にした。いつもはピンピンしているはずの拓水が、
珍しくぐったりとしているのだ。
「おい、海藤。どうした?風邪か?」
と担任が不審に思って拓水の側に近づきながら尋ねたが、拓水は手だけで『大丈夫大丈夫』と合図するだけで、顔色が朝と比べても青白くなっているのが簡単に見て取れた。
「海藤、送ってやろうか?」
『このままでは歩けそうもないしな』と担任が言いかけたその瞬間!
「グ・・・ッ・・・ゲボォッ!!!!!!」
と言う吐き戻すような音と共に、床一面に赤い水たまり−正確に言えば、それは大量に吐き出された拓水の血そのものだった−が広がり、同時に拓水の体が椅子から転げ落ち床の上を苦しげにのた打ち回った。
「海藤!どうしたんだ!?」
「海藤さん!」
「キャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
「海藤君!!」
クラスメイトが騒然とし、女子からは恐怖に満ちた悲鳴が上がった。しかし、
「ぐぅ・・・・・お・・・・ぉあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
拓水は、そんな周囲の様子も目に入らない様子でひたすらに苦しみ、喉を掻き毟り続けた。しかしその両手だけではなく、拓水の全身からも出血が始まり、純白のカッターシャツを見る見るうちに真っ赤に染め上げていった・・・。
「海藤さん!・・・救急車!救急車を早く!!」
 病院に搬送され、集中治療室で治療を受けている間に、両親とクラスの代表・担任が医師から聞かされたのは、正に衝撃的な事実だった。
「患者の体から、これまでに発見された事のない新種のウイルスが見つかっています」
「ウイルス?」
と拓水の父親が尋ねた。
「そうです。このウイルスがどういう症状を引き起こすのかは、これから研究していかないと分かりません・・・。ただ・・・」
「ただ・・・何です?」
今度は拓水の母親が、やや青ざめた顔で尋ねた。
「現在、非常に危険な状態です。明日辺りが峠になるでしょう・・・」
「そんな!お兄ちゃん、死んじゃうんですか?」
と菜奈海が必死に医師にすがり付きながら泣き崩れた。
「様子を見て、慎重に行かないと・・・。とにかく、今は予断を許しません。では・・・」
そう言って医師は部屋を後にした。
 ICUのベッドの上、時折響く電子音と、モニターに写る生体リードのみが、その部屋で動く物だった。拓水が搬送されてから既に二日、時折苦しげに体を動かそうとするものの、体が拘束−そう、彼の体には革ベルトが幾重にも巻かれ、動かせないように固定されていたのだ−されていて、寝返りすら打てなかった。
(一体・・・どうしてなんだ・・・?)
昏睡状態の拓水は、ぼんやりとした、しかし周囲を判別することが出来ない程に掠れた意識の中で、自問自答を繰り返していた。
(俺、体質的にほとんどの病気に強いんじゃなかったのか?なのに・・・なんてザマだかね・・・。)
周囲の景色は既に闇に霞み、まるで自分が何もない空間で漂っているような錯覚すら覚える。しかし、漂っていた拓水の意識は『ある者』によって、まったく別の場所に運ばれていった


(どこ・・だ・・・?ここ・・・)
拓水の意識は、周囲を深い青に包まれた空間に流れ着いていた。
(ここが・・・『地獄の一丁目』とか言う所か・・・?)
[違う]
唐突に、周囲の青から声が響いてきた。
(誰だ!?どこにいる!)
拓水は、漂っていた自分の体を起こすと周囲を見回した。すると、無限に続いているかのように思えるほど深い青の中から、一人の『人型の何か』が現れ、拓水に近づいてきた。姿は人のそれだが、その頭部には表情が、いや、顔そのものが無かった。
(アンタは誰なんだ?どうして俺をここに連れ込んだんだ!?)
と問い詰める拓水に対して、その『人型』は
[私はTief Blau(ティーフ・ブラウ)・・・。人の可能性を試す者だ]
と告げ、拓水との距離を更に詰めた。
(『可能性』を、『試す』?)
[そうだ、私の本来の姿はとても小さなウイルスだ。しかし、私が与えた『試練』を乗り越えた者には、こうして姿をさらしている]
(つまり、俺はアンタが与えた『試練』とやらに打ち勝った、と?)
[そう言う事だ。今、私は世界中に放たれんとしている。恐らく、これから『試練』を受けるであろう者の殆どは、此処へは来れないだろう・・・。此処への『道』が開かれる前に死んでしまうからな。しかし、お前は強い。何故、どうやって『試練』を乗り越えた?]
(俺は、遺伝子的な異常体質でね。普通の人間の数倍の身体能力を持っているんだ。肉体の運動能力、免疫力・神経の反応速度・・・ま、色々とね)
[そうか・・・・・・。では、私の秘密を話そう・・・。元々私は深海の熱水口に生息していた・・・お前も知っているだろう?深海に生きる生命の事は。私は、そんな生命体と共生するバクテリアに住み着いていた。しかし、ある時に人間達が私を見つけた。確か、ライプリヒ・・・と言ったか・・・まぁいい。そして、私に大変な致死性があることを知った連中は、私を殺人の道具として研究し始めた。海底に研究所を建て、密かにな・・・]
(殺人の・・・道具!?それに、ライプリヒ・・・海底の研究所・・・・・ってことは、IBF!?親父の仕事先じゃないか!!)
[お前の父親の?そうか・・・しかし、これが世間に広がることはあるまい。そして、
私が彼等によって世界に広められたこともな・・・]
(でも、俺はどうすればいい?元から両親には・・・・・・)
それまで気丈に振舞っていた拓水だが、急にうつむき、そして肩を震わせて
嗚咽を漏らし始めた。
(そう・・・、両親は俺の事なんてただのサンプル程度にしか見てくれなかった・・・。怪我をしても、病気をしても、手当てなんてしてもくれなかった。いつもいつも、治る様子を記録するだけで、親らしい事なんてしてもくれなかった・・・。菜奈海は、アイツはまだ小さかった頃から優しくしてくれてはいたけど、怖がってる所もあった。それはいいんだ・・・それは・・・)
[悲しい目だな・・・]
唐突に『Tief Blau』が呟いた。
(え?)
[悲しい目をしている。しかし、その目に曇りはない・・・。拓水・・・と言ったか、お前には成すべき事がある。私が見つけられた場所から、一人の少女が逃亡し、ライプリヒに追われ続けている。しかし、その少女の体は普通の人間では追いかける事さえ出来ない。だが、並外れた体と私が与えた力を併せ持つお前にならば、彼女を守ることが出来るやも知れない。]
(その少女は、アンタの事を知っているのか?)
[いや、ウイルスとしての私は知っていても、本当の姿については知らない筈だ]
(先刻、『普通の人間では追いかけられない』って言ったな?どうしてだ??)
[キュレイ・・・私と対成す、永遠を与えるウイルスをその少女は宿している。それ故に、
彼女もまた並外れた力を持っているのだ]
(・・・。でも、どうしてその少女は追われるんだ?秘密を見たからか?それとも、
彼女も俺みたいな異常体質なのか??)
[今言った『キュレイ』と言う名のウイルス・・・。ライプリヒは、そのウイルスを使って何かを企てている。それに、誰も非合法な人体実験などされたくもあるまい?そう言う事だ・・・]
(OKだ・・・。俺はその少女を護る・・・。でも、彼女は今何所にいるんだ?)
[国内にいるが、何処かまではな・・・探すのも役目だ]
(へいへい・・・じゃ、覚醒させてもらいますかね・・・。旅支度もいるし・・・)
[拓水・・・]
(ん?)
[強くあれ・・・。そして、我が名に負ける事無く、頑張れ・・・]
(ああ、アンタには、『Tief Blau』には感謝するよ)
『人型』に背を向け、親指を突き立て−それは、拓水がスポーツや喧嘩の際に用いていた、いわゆる『決めポーズ』だった−ながら、拓水は自らの意識を覚醒に向かわせていった。


 拓水が意識を取り戻し、検査後に家に帰ったのは倒れてから実に51日振りの事だった。そして、『Tief Blau』の『意思』−少なくとも、拓水はそう思っていた−との不思議な約束を果たす為に、旅支度を整えていたその矢先、
「拓水!ちょっとこっちに来てちょうだい」
階下に降りて行った拓水を待っていたのは、まさに『我が名に負けるな』という
言葉そのものだった。
「実は、あなたにこの家を出て行って欲しいの・・・」
「はぁ??」
母親は、拓水がリビングのソファに座るなりこう切り出したのだ。
「あなたが感染したウイルス、『ティーフ・ブラウ』と言う名前が付いたんだけど、そのウイルスはとんでもなく危険なウイルスなの。感染後の致死率は85%を越える上に、伝染性も強くて、その上治療法も見つかってないの・・・」
「それと、俺に出てけって事となんか関係ある訳?」
「お前の体には、まだウイルスが残っている事が検査では判明しているんだ。父さんや母さん、それに菜奈海にとってこれ以上危険な事は無い・・・。拓水にはすまないが、この家を出て行って欲しいんだ・・・」
と父親が付け加えた。
「ふん・・・そうかい、あんた等にとって、俺はサンプル以外の何者でも無かったって訳だ・・・」
両親に対する積年の憎悪や怒りが、遂に拓水を爆発させた。呆気に取られる両親を前に、
ついに拓水は最後の一言を宣言した。
「分かったよ、出てってやるよ・・・。ただし、必要になったからって探すなよ。俺は、俺の生き方を貫く・・・貫いてあんた等を見返し、見下すまでは俺は死なない。死ぬつもりは絶対に無い!」
そう言って部屋に戻ろうとした拓水だが、肩越しに振り返って、
「でも、菜奈海の事だけは、頼むよ・・・」
そう言い残して、拓水は自分の荷物が入ったザックを背負って家を出て行った・・・。


「それでさぁ、ナナちゃん。どっかで食事してかない!?」
「うん!いいねそれ!!」
「ワック行こうか!?最近、『コリアンタツタバーガー』発売になったし・・・」
繁華街で聞こえてくる女子高生の歓声・・・。そして、その輪の中には拓水の妹『海藤 菜奈海』の姿もあった。
 放課後の帰り道、菜奈海は自分の視線の先に見慣れた影を見つけて、手を振りながら
「あ!お兄ちゃ〜〜ん!どっか行くの〜〜!?」
と駆け寄ったが、近付いた人影−言うまでも無くそれは拓水だった−が次に言った言葉は、
菜奈海をして自分の耳を疑わせるものだった。
「お?菜奈海か・・・丁度いい・・・。俺さ・・・家出たから」
「え・・・?」
菜奈海から、先程まで浮かべていた笑みが消え、代わりに強張った表情と悲しげな瞳がじっと拓水を捕らえていた。
「そんな目するなよ・・・別に、俺は死にに行くんじゃないよ・・・。ただ、探しに行くのさ、『自分がいて良い場所』と『護るべき相手』をね」
「で・・・でも・・・私、お兄ちゃんがいないと何も出来ないよ・・・。やだ、やだよぉ・・・行かないでよ・・・行かないでぇ!行っちゃやだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
菜奈海は、かつて愛する兄の危篤を知らされた際、医者に対してした様に拓水に必死にすがり付き、大粒の涙を零しながら嗚咽を漏らした。しかし、
拓水はそんな菜奈海に背を向けたままで
「離れろよ!!」
と厳しい声で菜奈海に怒鳴りつけた。そのショックでビクリと震える菜奈海に
「どうせ、俺は『生者と死者の狭間』をくぐってきたんだ・・・もう、俺はこの世にはいない存在だ・・・だから、忘れろ・・・。俺の事なんてな・・・そして親父とお袋に可愛がってもらえよ?・・・そうだ・・・あのパソコン、俺が自作したアレはお前にやるよ。じゃぁな・・・・・・・・・元気に、暮らせよ?」
そして、菜奈海の友人たちの方に向き直り、
「菜奈海を・・・妹を頼むよ・・・。少しばかり手のかかる奴だけど、宜しく見てやってくれな!!」
そして、唖然とした表情の友人達と、呆然自失の表情を浮かべ、呆けた様に地面に座り込む菜奈海を後にして、超人的な跳躍力で一軒の商店を飛び越え、拓水は街を去って行った・・・。しかし、菜奈海には見えていた。拓水が流した光る雫の存在が・・・。


 拓水が街を離れたその頃、とある場所で一人の黒衣の少女が複数の男性に囲まれていた。
「さぁ、『小町 つぐみ』君、大人しく来たまえ・・・。我々は君のキュレイ体質の解明をしなければならないんだ・・・」
そう言う男の目は、穏やかな表情とは裏腹に残忍な色を含んでいた。
「私が、簡単にあなた達に捕まるとでも思って?いいわ、周りに人はいないし・・・」
と『つぐみ』と呼ばれた少女の体が不意に動いたかと思ったその刹那・・・
『ドスゥ!!』
と言う鈍い音と共に、取り囲んでいた男の一人が苦悶の表情を浮かべてくず折れた。そう、つぐみが放ったボディーブロー−御丁寧にも、その拳には銀色に光るメリケンサックが装着されていた−をきれいに貰い、その男は短い失神の世界へと旅立って行った。
「ほう・・・どうあっても我々には協力できないと?」
「ええ・・・。あなた達が『武』を・・・・・・私が愛した『大切な人』を殺したのよ!!そんなあなた達ライプリヒに協力なんて、こっちから願い下げだわ!!」
「分かった・・・。では、君を強制的に連れて行くまでだ・・・」
と言う言葉が終わるが早いか、取り囲んでいた男達が一斉につぐみ目掛けて襲い掛かった。が・・・
「保険に入ってない奴がいても、知らないわよ・・・?」
と不敵に微笑んだつぐみの体が、一瞬ぶれた。いや、残像さえちらつかんばかりの勢いで、一人目の男に向かって飛び掛り、その顔面に強烈な肘打ちを叩き込んだ。
「グギャァァァァ!!」
鼻柱を潰されて、鼻血を噴き出したその男の悲鳴を聞きながら次の男が放った鉄パイプをクロスさせた両腕でガード。その鉄パイプを弾きながらカウンターのストレートを鳩尾に叩き込んで肋骨を粉砕。ストレートを貰った男は血を吐きながら2〜3mは吹き飛ばされていた。
その後も、次々に男達に突きや蹴りを叩き込んでは彼等を薙ぎ倒していった。
 そして、静寂が支配した廃工場の道路に打ち倒され、正体をなくしている男達−つぐみが言う所のライプリヒの監視員だろう−を尻目に、彼女は近くの排水パイプ跡の中に隠していた二人の子供−それは男の子と女の子の二人の赤子だった−を抱き抱え、夜の帳が支配し無数の星々が瞬く夜空を見上げながら、
「もう・・・・・・限界かな、この子達を連れて逃げるのは・・・。これ以上一緒に逃げていても、
この子達の幸せにはならないし・・・」
と言って廃工場を後にした・・・。


 そして数ヶ月の逃亡の後・・・。
「では、この二人をお預かりすればよいんですね?」
「はい・・・お願いします・・・」
 ここは地方のとある孤児院・・・。あの廃工場での考えから、つぐみはこれ以上二人を連れて逃げる事がこの子達のためにならないと言う結論に達した。そして、ある信頼のおける孤児院を訪れ、二人の子供を預けに来たのだった・・・。
「でも、本当によろしいんですか?実のお子さんを預けてしまうなんて・・・」
この孤児院の責任者なのだろう、白髪の優しそうな顔の老女がつぐみを見詰めながら問いかけた。
「ええ・・・この子達の事を考えればこそなんです・・・。私と一緒にいても、
この子達に幸せは来ない・・・だから、預けるんです・・・」
「わかりました・・・。では、お預かりいたします・・・」
「ありがとうございます・・・園長先生・・・。そうだ、このペンダントを二人に渡してあげてください・・・」
 孤児院の門をくぐりながら、つぐみは振り返り振り返り二人のわが子をその目に焼き付けた・・・。しかし、数年後にその孤児院に再び立ち寄った時、その孤児院に二人の姿はなかったという・・・。


 拓水が街を離れてから、4年の月日が流れた・・・。しかし、依然その少女『小町 つぐみ』の姿は捉えられず、捜し求める拓水にも不安が広がり始めた頃・・・。
「やれやれ・・・。今日も収穫なしか・・・」
ここは中部地方のとある工業都市・・・。拓水は海沿いの公園のベンチに腰掛け、背もたれに腕を預けた状態で自分の頭上に広がる夕暮れ空を見上げながら、
小さなぼやきをこぼしていた。
 この4年間の間で拓水はつぐみを求め、ほぼ日本を半周していた。この旅の間に拓水はライプリヒの監視員につけられていたらしく、何度か廃工場や寂れたドックヤードを舞台にして大立ち回りを演じてきた。そして、その中で殴り倒した監視員から、つぐみに関する情報を聞き出し−無論、聞き出した後で『口封じ』をしておく事は欠かさなかったが−た後、その情報を元に自分なりの調査が続いていた。
「仕方が無い。今夜も何処かの廃倉庫で・・・」
『寝るかな・・・』という言葉が終わるが早いか、周囲によからぬ視線を感じた拓水の本能が危機を告げていた。
「チェッ!見つかったな!!さてと、どうするかな・・・」
と呟きながら拓水は地を蹴って、人気のない倉庫群の方へと駆け出していた。
 その数十分後、コンビナートに隣接する人気のない寂れた倉庫街の路地・・・。
そこで拓水は、十数人の男に取り囲まれていた。
「きみが『海藤 拓水』君だね?きみの父上・・・海藤部長が、どうしてもきみに会いたいそうだ。ぜひとも我々に同行しては貰えないかね?」
と、その監視員のリーダーらしき黒服の男が語りかけた。
「あんた等、ライプリヒの監視部隊かい?だったら親父に伝言しといてくれ。『俺は、あんたの思い通りには行かないぜ』ってな」
「それは出来ない・・・。海藤部長からは『必ず連れて来い』と言われていてね。何でも、
きみの超人的体質を研究したいそうなんだよ」
「やっぱりな・・・。俺が退院してからは親父の奴、ずっと目つき変えてたからな・・・。でも、俺は行く気はないないぜ、力ずくでもと言うなら・・・」
と言いながら、拓水が黒いドライバーズグローブ−その拳の部分には金属製のスパイクが取り付けられ、戦闘用には申し分ない威力のものだった−を装着し、「シャキーン!!」と鳴らした後、腕を構えながら、
「逃げるんなら今のうちだと思うけどな?」
と短く言い捨てた。
「仕方ない・・・。では、力ずくでも連れて行くしか無さそうだな・・・」
と、先ほどまで拓水と話していた男性が言い終わるが早いか、取り囲んでいた他の男達が一斉に飛び掛った。が・・・
「あんた等の中で生命保険に入ってない奴がいても、俺は責任取らないぜ!?」
と拓水が呟いたその瞬間、その姿が残像を残してぶれ、
『ズゴシャァ!!!!』
という骨ごと肉が砕ける嫌な音と共に、
「ぐぅぉぼはぁ!!!!!!!」
同時に、一人の監視員の男が血を吐きながら−カウンター気味に拓水が放った、渾身のボディブローを前腕が半分めり込む程まともに食らい、その衝撃で内臓を潰されたからだろう−宙を舞っていた。
「な・・・・・・・・に・・・・・・・・!?」
あまりにも予想とは違う展開に、飛び掛ろうとした男たちは戸惑い一瞬の間とはいえ動きを止めてしまった。無論、拓水はその隙を見逃す筈もなく、
「こっちもチンタラやってられないんでね!手早く片付けさせてもらうぜ!!」
と叫びながら、逆に銀色の猛獣の様な勢いで飛び掛っていった。ライプリヒ監視部隊の男達は動きを止めた事が命取りとなり、次の瞬間には残像すらちらつくほどの速さで飛び込んで来た拓水の連続攻撃−ある者は顔面に掌底を貰い、顔を潰されながら派手に血飛沫を散らし、またある者は、それこそ丸太をも軽々と粉砕するほどの剛脚から繰り出される回し蹴りを後ろから食らって腰の辺りで真っ二つに吹き飛ばされ、あらぬ体の曲がり方で吹き飛ばされていた−をもらい、ほんの5分程度で全員が叩きのめされていた。
「つ・・・強・・・・過ぎる・・・・・・」
リーダー格の例の男が呻き声と共に弱々しく呟いた。
「親父に、『人間と、実験室のハムスターは違う生き物だ』って言っとくんだな。それと・・・」
と言いながら拓水はその男の胸倉を掴んで力任せに吊り上げながら、
「『小町 つぐみ』って女の子を捜してるんだが、情報があるなら吐いてもらおうか?
イヤだって言うなら、もう2〜3発・・・」
「ヒィ・・・・・・ッ・・・!ターゲットならば関東・・・関東の辺りに移動したらしいと言うことは聞いたが、それ以上は知らん!何も知らないんだ!!」
男は、先程の拓水の人間離れした戦闘能力を思い出したのだろう、恐怖に顔を青ざめさせながら首を横に振って情けない声で自分が持っている情報を吐き出した。
「サンキュ。それじゃ・・・」
と拓水が言った直後、『バキ!』と言う音と共にその男の首があらぬ方向に曲がり、
やがて息絶えた。
「知ってたんだろ?俺が口封じはやってきてるって事位・・・。それに、もう後戻りは出来ないんだ・・・これ位の事はやらせてもらうぜ」
そして、拓水はつぐみがいるであろう関東方面に向けての旅を始めた。時に西暦2023年、桜の舞い散る初春の事だった・・・。


「つぐみ・・・一体どうするつもりなのかしら・・・。ねぇ『空』?貴女はどう思う??」
何所にでもある小さな研究室・・・。そして、その部屋の椅子に陣取る一人の女性−明るいオレンジ色をした、肩が隠れる位のセミロングに白衣を纏った、『研究者』と言うよりは『女医』と言った感じの女性だった−は傍らに立つ、明るい茶色の髪をしたもう一人の女性に尋ねた。
「そうですね・・・。小町さんは恐らく、このままの逃亡生活を続けるでしょう。そして、ライプリヒの監視も続く筈です。この『計画』は、小町さんを囮にしてしまっている所が気掛かりでもあり、残念なところではあるのですが・・・」
『空』と呼ばれた女性は、勤めて事務的に自分の見解を告げた。しかし、その表情は自分の感情を無理に押し殺している部分も見て取れた。
「確かにね・・・。でも、つぐみを囮にしない事にはこの『計画』は成功しないでしょうし・・・」
「ええ・・・・・・」
暫く続いた気まずい空気は、次の空の一言で打ち払われた。
「田中先生、そう言えばピピちゃんを見ませんでしたか?」
「え?そこのデスクの下にいなかった?」
「いえ、そろそろ充電する時間の筈なので覗き込んだんですが、いませんでしたよ」
「しょうがないわねぇ・・・。『本来の飼い主』同等、落ち着かない子だもんね・・・」
と、『田中先生』と呼ばれた女性は席を立って、古ぼけたサインペンで頭を掻きながら研究所を後にした。
 同じ頃・・・。拓水は関東に入りつぐみを捜索していたが、彼女が数日前にこの街の雑貨店に立ち寄ったと言う情報があったのみで、これと言った決定打はなかった。
「かぁーっ!人探しがこうも難しいとはね・・・。ま、彼女がこんな都市部に長居するとは思わないけどさ・・・」
そう言いつつも今夜のねぐらを探そうと思った頃、拓水の足元に一匹の仔犬がじゃれ付いてきた。
『ワンワンワン!!』
「お?どうしたんだお前。ご主人様とはぐれたのか?どっから・・・」
『来たんだ?』と拓水が言い終わる直前に、『キュゥゥゥゥゥゥン・・・・』と言う音と共に、突然その仔犬は動かなくなってしまった。
「な・・・。お前、電子犬だったのか!?それにしても、精巧な出来だよなぁ・・・」
実を言うと、拓水も趣味で電子工作の類は一通りこなしていた。それこそ、おもちゃ程度のラジオからPDA、果ては人工知能を備えたボール型のロボットまで色々と作っていたので、電子犬と本物の犬の区別には自信があった。しかし、そんな拓水をして間違わせるほど、その電子犬の出来は精巧の極みだったのである。そして、そのまま唖然としている拓水の耳に、
『ピピ〜〜〜!どこに行ったの〜〜〜、ピピ〜〜〜!!』
『ピピちゃ〜〜〜ん!どこに行かれたのですか〜〜〜、ピピちゃ〜〜〜ん!!』
と言う二人の女性の声が聞こえてきた。
「ん?お前、ピピって言うのか?じゃぁ、あの声はご主人様か・・・。それにしても、電子犬に『ちゃん』づけとは・・・お前も大変だな?」
苦笑しながら拓水はその声の方向にピピを抱えて歩いていった。
 公園から少し離れた通り・・・田中女史と空が、ピピを捜して歩いていると・・・。
「あのぉ・・・ひょっとして、こいつ探してません?」
と言う声と共に、一人の長身の少年がピピを抱えて脇の茂みから姿を現した。
「あ!ピピ!!やっぱり電池切れてるわ・・・」
「大丈夫でしょうか?」
と二人は心配そうだが、
「大丈夫でしょ。これ位精巧にできてる奴だと、データバックアップ用に何らかの補助電源積んでるだろうし。それに、そうそう簡単にくたばるとも思えないし・・・。じゃ、こいつはお返ししますね。・・・・・・さてと、そろそろ今夜のねぐらでも探すとしますか・・・」
そう言ってその少年−無論、その少年とは拓水である−は立ち去ろうとしたが、
「あの・・・よろしければ、家でお茶でもいかがですか?」
と田中女史が引き止めた。無論空にも異論はない。しかし、二人の表情は次の拓水の行動で一変した。
「いや、こっちもそんなに表に出てられないんでね・・・。そうだ、この辺でこんな女の子見なかったかな?」
そう言って拓水は胸元からつぐみの写真を取り出して二人に見せた。
「!!どうして、あなたがつぐみを知っているの!?」
「小町さん・・・。でも、何故あなたが小町さんの写真を!?」
二人の突然の狼狽ぶりに、拓水も思わず身構え、
「あんた等、もしかしてライプリヒの監視員?」
と疑ったが、
「奴らとは違うわよ。とにかく、一度私の研究所へ来て・・・話があるの、お互いに有益なね・・・」
と言う田中女史の言葉にライプリヒの人間とは違う意思を感じ、拓水はその言葉に従うことにした。


 『田中』と書かれた表札のかかった建物の中・・・。その応接間に通された拓水は、傍らの床の上で充電中のピピを見ながらも内心不安になっていた。すると、コーヒーセットを持って空が現れ、続いて田中女史が姿を見せた。
「御待たせいたしました。コーヒーですが、よろしいでしょうか?」
「あ、お構いなく・・・」
心地よい香りが満ちた部屋の中、先に口を開いたのは田中女史だった。
「単刀直入に行くわね。あなたは何故つぐみの事を捜していたの?」
と聞かれた拓水は、カップの底に溜まった黒い液体を見つめながら、
「自分自身を探すためと、彼女を護る為さ。そうそう、お互いの紹介が済んでなかったよな・・・俺は拓水・・・『海藤 拓水』・・・見ての通りの人間さ」
「そうね・・・自己紹介くらいはするべきね。私は『優』・・・フルネームは『田中 優美清春香菜』・・・。自分で言うのもなんだけど、果てしなく長い名前でしょ?」
「私は『茜ヶ崎 空』。田中先生の助手を務めています」
「茜ヶ崎さんの事は知ってるよ、貴女がLeMUの管理プログラムの一つである『LeMMIH』の一部であった事はね。でも、正直あの圧壊事故でLeMUやIBFと一緒に、海の藻屑になったとばかり思ってたのに・・・」
という拓水の言葉に、田中女史と空の表情がまたも引きつった。
「!!ど・・・どうして海藤さんはその事を御存知なんですか!?」
「IBFの事まで知ってるって・・・海藤君、貴方は一体何者なの!?」
「俺の親父は、ライプリヒ製薬の幹部で、IBFの所長だったんですよ。そして、ティーフ・ブラウの研究責任者だった・・・。ま、今では陸(おか)で研究してるみたいだけど?」
「ええ、海藤部長の事は知ってるわ・・・。現在は・・・確か・・・」
優春がそこまで言いかけたとき、空が素早く
「ライプリヒ製薬ウイルス研究部研究1課、キュレイウイルス及びティーフ・ブラウ研究特別班の主任をされているそうです」
とフォローを入れた。
「御名答。親父の奴、俺のTB感染データを使ってワクチン開発したらしいけど、こっちがロイヤリティ(特許料)欲しい位だよ」
と拓水も冗談とも本気とも付かない言葉ではぐらかしたが、すぐに真顔に戻り、
「で、俺がつぐみって子を探している理由なんだけど、この事については半分冗談と思ってくれても構わない。だが、俺が・・・いや、俺の『精神』が経験している事である以上、俺はこの事を真実だと思っている・・・」
 そして、拓水は自分がティーフ・ブラウに感染−この話の中で、拓水は自分が保有しているTBには既に毒性がない事を明かした−している事、昏睡状態下での不思議な出会いと自分に与えられた宿命、そして、家族との離別やこれまでの経緯を二人に話し始めた。
「OK・・・分かったわ。貴方がつぐみを探している理由は、その『ティーフ・ブラウの意思』から頼まれたと言う訳ね・・・。それと、自分が自分でいる為の場所探しと・・・」
「そ。で、俺から聞きたいんだけど・・・田中先生はどうしてつぐみを追っているんだい?」
「それはね・・・2017年の事故に関係しているのよ。あの事故の時、私と空・・・それにつぐみは共に脱出を目指していた・・・でも、土壇場で私達の仲間である『倉成 武』と『八神 ココ』の二人がIBFに取り残されてしまった・・・。そうそう、そこで充電しているピピって、元々はココのペットなの、今は私が預かっているんだけどね・・・。そして、脱出に成功した私は高次元生命である『ブリックヴィンケル』から『二人を助けるには17年待たなければならない』と言う事を聞かされたの・・・。そして、私はこの事故・・・いえ、事件というべきね・・・を起こしたライプリヒ製薬を壊滅させる事を思いついたの・・・そしてこの計画にはつぐみも必要なの。だから、私はつぐみを常に追い続けていた。無論、彼女に分からない様にね」
「了解。つまり、俺達の利害は一致したって事だな・・・。俺はつぐみを護る、そして彼女が普通に過ごせる為の手段を考えてたが、どうやらそれにはライプリヒをぶっ潰す必要がありそうだ・・・。そして、田中先生達はあれから17年って事は・・・2034年か・・・。その時まで彼女を護る必要がある・・・・・・。つまり、俺が彼女を護りつつ先生達に連絡し、時期が来たら離れればいい・・・そう言う事だろ?」
「ええ、そう言う事になるわね・・・。でも、貴方はどうやってつぐみの警護をする気なの?彼女はキュレイで、超人的な身体能力があるのよ?普通の人間だったら、追いつく事さえ出来ないわよ・・・」
その優春の言葉は当然といえば当然のものだが、拓水はニヤッと笑いながら
「大丈夫。俺は、元から遺伝子の突発的変異で、運動能力が常人の数倍はあったんだ・・・。けど、TBに感染した後ではその能力を自分の肉体の限界レベルで引き出せる様になったんだ。握力で言うなら、軽く1トンは超えてるかもね?」
「い・・・1トン・・・ですか!?」
「もちろん、普通に過ごしている分には力はセーブしているからコップを握り潰すような事はないけどね?」
そのあまりにも常識離れした数値を聞いた空が、素っ頓狂な声をあげた。当然と言えば当然だが、平均的な成人男子の握力の数値とは明らかに次元が違っている。空の驚愕は無理もないことだったが、以外にも優春は冷静だった。
「成程、それだけの力があれば戦闘能力的に問題は無さそうね・・・。でも、ライプリヒの監視部隊はほとんど傭兵に近い連中よ?どうやってつぐみを護るつもり?」
「確かにそうです・・・。私が収集した情報では、彼等はSMG等の火器類で武装しているそうです。そんな状況下に挑まれても返り討ちにされてしまいますよ!?」
「大丈夫、これまでの放浪中に銃火器の使い方は学んだし、接近戦はダッシュで飛び込めるからね。それに、今までそういった連中を何人も葬って来たんだ・・・。出来ない訳はないし、それに・・・もう後戻りも出来ないしね?」
そして、話し終わって少し後・・・。拓水がコーヒーに口をつけながら、
「・・・そうだ、TBとキュレイは案外近似種かも知れないよ?」
と、思い出したように口を開いた。しかし、その口から出た言葉は優春と空をして、自分の耳を疑う言葉だった。
「な・・・なんですって!?キュレイとティーフ・ブラウが・・・」
「近似・・・・・・種・・・?」
「そ。俺が感染したのは2018年・・・そして、その時以来、どうも自分でも体が老化していないみたいでね・・・。で、気になったんで裏社会では結構名前が通ってる闇医者の所に行ったんだけど、キュレイと同様に老化が止まってたって訳。その医者は、原因は解らない様な事を言ってましたがね」
「そんな・・・私自身が信じられないわよ!!あの、TBとキュレイが近い存在だなんて・・・」
「少なくとも私の知る範囲内でも、そういった話は聞いたことがありません・・・TBとキュレイが近似種だなんて・・・」
「でも、なんとなく原因はわかるんですよね・・・TBも、キュレイウイルスの事を『私と対成す』って言ってたし・・・」
「じゃぁ・・・海藤君の身体は・・・」
「そう、17歳の時点から・・・感染、発症したその時から永遠に俺の時間は止まったって事さ・・・」
と、拓水は窓の外をみながら、少しだけ目を細めた。
「その計画、俺も乗りますよ。あの子を捜さなきゃならないんだし、陰から護るのも重要だしね?」
「じゃぁ、海藤君・・・いえ、計画に参加してくれる以上、『海藤』って呼ばせてもらうわね?・・・海藤はつぐみの所に行くんでしょ?居所はこちらで掴んでるわ。場所を教えるから、着いたらそれとなく見守って頂戴。連絡については定期的にメールでね?勿論緊急時にはすぐに連絡を頂戴」
「OK・・・じゃぁ、メールマシンでも作りますかね・・・。な、ピピ?」
 丁度充電が終わって、再起動を開始しながら体をブルブルと振るわせたピピを見つめて苦笑しながら、拓水は必要な部品を揃える為に少し離れたジャンク屋へ向かった。そしてそれから数日後、拓水は優春に教えられたつぐみが現在住んでいる『風音市(かずねし)』へと旅立って行った・・・。


 ガサガサ!ザザザァァァァァーーー!!
 山林の梢を揺らし、身軽な動きで『何か』が木々を飛び渡っている・・・。ここは風音市の周囲にそびえ立つ山の中・・・そして、飛び伝っている『何か』は当然の様に、海藤 拓水本人だった。移動に関して言えば、キュレイであるつぐみの様に日中の制約が拓水にはない。というのも、『TB種』として進化した拓水の身体は、p53因子がキュレイと違って活性している。言い換えれば、『日中の移動は常人並みに出来る』と言う事なのだ。もっとも、つぐみの警護を行う以上、これまでの行動は深夜に限られてきた訳であるが・・・。
『バサッ!!』
林が途切れた瞬間、拓水は近くの梢に立ち止まり、不意に眼前に広がった景色−そう、山林の向こうに広がる、夕暮れに染まりつつある風音市の雄大な全景が拓水の眼中にあった−を見つめていた。
「とうとう着いたか・・・。ここが『風音市』・・・彼女がいる場所か・・・」
そう一言呟いた後、夜の帳が下り、気の早い美の女神が既に瞬き始めた空の中・・・
「ハァッ!!」
と言う声と共に拓水は枝を蹴り、街に向かって大きく跳躍した・・・。
 丁度拓水が市街地に入ったその頃・・・
「止めてください!私達、急いでるんですから!!」
「いいじゃねぇか?え??お嬢ちゃんヨォ!?」
ここは夕暮れの公園・・・そして、そこの街灯の下でいかにも『俺達不良です』と自己主張している様な服装の少年五人組が、この町の学園の生徒だろう、シスター系の制服を着た青い髪の少女と、その少女の後ろで震えている彼女の後輩だろう少女二人に言い寄っていた。
「別にさぁ、金取ろうってんじゃないんだぜ、俺達とチョーット遊んでくれるだけでいいんだからヨォ。なぁ、いいじゃんかよ??」
その不良どもの中の一人−その少年は、金髪に染めた髪をハリネズミのように逆立てた、一目で目立つ髪形をしていた−が青い髪の少女に顔を近づけながらニヤけた顔つきで語り掛けてきた。
「とにかく、私達急いでるんです!これ以上付き纏わないで下さい!人を呼びますよ!?」
先頭に立って二人を守っていた青い髪の少女が凛とした声で断ったが、それが不良どもの癇に障ったらしい。
「テメェ、あんまりナメてんじゃねぇぞ!!ああ!?」
と、いきなり彼女の手首を掴んで捻り上げた。
「痛いっ!!離して!!」
「こうなったら力づくでも一緒に来てもらうさ・・・なぁ?『鳴風 みなも』さんよぉ?」
みなもと呼ばれた少女は、肩口辺りまで腕を捻り上げられている所為か、苦しそうな表情で痛みに耐えていた。そして、みなもの後ろにいた後輩の少女達は、今にも泣き出しそうな雰囲気だったが、次の瞬間
「あら、大の男が寄ってたかってデートのお誘い?それにしても、乱暴ね・・・」
「!?誰だよテメェ!」
不意に聞こえた声に、不良たちが思わず気をそらした瞬間、二人の少女が同時にみなもを掴んでいた不良に飛びつき、みなもを救い出すと同時にその声の主−声の主とは、ちょうど夕暮れ時に散策していたつぐみのものであった−の方に向かって全力で駆けていった。そして、つぐみが目で『お逃げなさい』と合図したのを期に、みなもたちは公園を急いで後にした。
「お?それじゃぁ、お姉ちゃんが俺達と遊んでくれるってか?」
と舌なめずりしながら不良たちがつぐみを取り囲んだが、彼等にしてみれば、それは今宵一夜の天中殺の幕開けと言えたかもしれなかった・・・。
「私が愛した男は、一人だけよ・・・。あなた達程度のお子様じゃあ、到底敵わないほどのね・・・」
等と言いつつも、既につぐみは興味無さそうに少年達に背を向けた。が、その行動が余計に不良達の神経を逆撫でしたらしい。
「テメェ、ブッ殺してやる!!!!」
お決まりと言えばお決まりの台詞を喚きながら彼等はつぐみに襲いかかったが、そこはつぐみ・・・・・・。振り返り、その濡れ羽色の髪が踊った瞬間には、最も近くにいた一人の鳩尾に鉄拳がめり込んでいた。
「ぐぅおぁ!?」
と言って崩れ落ちたのを見届けながら、更にもう一人のテンプル目掛けて、ハイキックが飛んでいた。
 その後、呆れ帰った表情のつぐみが公園を後にした時には、5人の不良どもが揃って『大の字』に伸びていた・・・。

 それから数時間後・・・。週末の夜と言う事もあってか、風音市の繁華街には人々の喧騒が絶えなかった・・・。
「それにしても、こんな辺鄙(へんぴ)な所にあるわりに、風音市って結構都会だよなぁ・・・」
拓水は呟きながら繁華街を歩いていた。どの道、不動産屋は既に店じまいをしている。今夜はどこかに野宿した上で、翌日からアパートを探すつもりだった。
 丁度その頃・・・
「みなもちゃん、今度こそ俺達と遊んでもらうぜ!?」
「だから、イヤだって言ってるじゃないですか!」
「俺達は、狙った相手は絶対逃さない主義なんでね・・・ま、俺達の眼鏡に適ったのが運の尽きって事さ・・・」
「そんな・・・」
というみなもの抗議も無視して、不良達−その不良たちは言う間でもなく、夕方つぐみにのされた不良達の内の三人(残る二人はそのまま病院送りになっていた)であった−は、みなもを何処かに連れて行こうとしたが、どこからか
「おいおい、女の子相手に三人がかりか?無粋な奴らだな・・・」
と言う声が聞こえてくる。全員が声の方向に振り返ってみると、その声の方向にはコンビニの壁にもたれ、コーヒー片手にパンを齧っていた拓水の姿があった。
「な・・・何だよ手前は!」
「俺?俺は・・・『深淵なる蒼より生まれた、永遠なる司祭の護り人(もりびと)』さ・・・」
「な・・・。ヘッ!いきがってんじゃねえよ!!何が『深淵なる蒼より・・・』だよ!頭おかしいんじゃねぇか!?」
と不良たちが喚くのを横目に見ながらスッとみなもに近付き、彼女の手を掴んでいた不良の額にデコピンを決めていた。普通のデコピンであれば、大した痛さではないだろう−稀に上手にデコピンを入れる人はいるが、あくまで一般論である−が、そこは常軌を逸した身体を持つ拓水の事。決められた不良は盛大な悲鳴を上ながら額を押さえ、結果的とは言えみなもから手を離していた。
「大丈夫?ケガとかはしてないね?」
「は・・・はい・・・」
「OK・・・じゃぁ、店の中で待ってな。終わったら送って行ってやるよ」
と言う声を残し、拓水は素早く残りの二人に飛び掛っていった。
 そして5分後には、みなもをエスコートした拓水の姿があり、その足元には掌底をそれぞれもらい、意識を失った不良三人衆の姿があった・・・。


 そして、時が流れて2029年・・・。拓水が目的地である『風音市』に入って、二年の月日が流れていた。街に入ってすぐにつぐみを発見した拓水は、監視を続けつつそのままこの街にアパ−トを借りて普通に暮らしていた。以前の様に追跡者を返り討ちに、または口封じをしながら生き抜いてきた血まみれの日々はそこに無く−と言っても、ライプリヒに対する警戒は続けていたが−、拓水自身も久々に自らが研ぎ澄ませた逃亡者の牙を休められる日々が続いていた。肝心のつぐみもこの街の雰囲気が気に入ったのか、または逃亡にも疲れたのかこの街を動く気配は見せなかった。そんな訳で、普通に暮らしているうちにつぐみと拓水はお互いに顔を知り合うようになり、時々ショッピングセンターで顔を合わせていたりした。
 そして、拓水はこの街で小さな修理屋を営む傍ら、学園にも通う−思ってみれば、学生生活途中で始まった逃亡生活だけに、拓水がそれを望むのは当然の事であった−ようになり、子供のおもちゃから、パソコンやPDAの修理もこなしていた・・・。
「しっかし住んでみれば見るほど、この街って変わってるよなぁ・・・」
ある初夏の日曜の昼下がり、拓水は繁華街をぶらつきながらそうこぼしていた。そう・・・この街に暮らすようになって暫くして気付いた事なのだが、『この街の住人には不思議な〔力〕がある』と言う事が分かったのである。そもそものきっかけは、偶然に夕暮れ時に見た小さな風に落ち葉を飛ばして遊んでいた女の子だった。その時拓水は何かの偶然だろうと思い相手にしなかったが、その後様々な現象を見ていく内に『この街には不思議な何かがある』と思うようになっていた。
「さてと、先生にメールでも打ちますかね・・・」
そう言って、拓水は愛用のザックの中から自作のメールマシンを取り出し、最近の状況・つぐみに関する報告やこの街の不思議な事象等を報告していった。そして、そのメールの文中に拓水は『この街の住人が持つ特殊な力に対し、ライプリヒが興味を示す可能性あり。可能性としては、施設に隔離しての人体実験や生体研究などの非合法活動の可能性を考慮。そのような動きがあった場合には連絡を下さい』という一文を入れておいた。そして、メールの送信を確認後、自宅であるアパートに戻る為に拓水は公園を離れたが、その後自分の力を発揮する場面に出会うとは拓水自身も想像だにしなかった。
 その後、繁華街を歩きながら拓水が今後の展開のビジョンを巡らしていた時、
突然少女の声で
『誰かーーー!その人を捕まえてぇぇーーー!!』
と言う声が聞こえてきた。そして次の瞬間、原付に乗った男が猛スピードで拓水の側を走り抜けて行った。
「!・・・っとぉ!!バカヤロー!!気を付けて走れっての!!」
と怒鳴った直後、ツインテールの青い髪の少女−それは言うまでもなく鳴風 みなもだった−がひどく慌てた様子で、拓水の前を駆け抜けていった。
「ん?みなもちゃん、どうしたの?」
と拓水が彼女の名前を呼ぶと、彼女も拓水に気付いたのか、
「あっ!海藤君、丁度いいところに!!さっき黒い原付がこっちに向かって来なかった!?」
「ああ・・・さっき、えらいスピードで向こうに走って行ったけど。友達・・・な訳ないか・・・・・・」
「さっき、まこちゃんにって買ったプレゼントが入ったバッグを、その原付に引ったくられて・・・。
海藤君、私、どうしたらいいの!?」
どうやら、みなもはそのことで軽い興奮状態になって取り乱しているようだ。
拓水は少し考えた後、
「OK・・・俺が取り返して来てやるよ・・・悪いけどこれ持ってて。で、みなもちゃんはそこのたこ焼き屋の屋台の所で待ってな。すぐに取り返して来てやるよ」
「ほ・・・ホントに!?」
「ま、任せなさいって」
そう言って、拓水はおもむろに車道に−繁華街と言ってもこの時間帯は車の通りも少なく、町の人々は自由に車道を渡っていた−躍り出たかと思うと、軽い助走を始めた。
「あのぉ・・・海藤君、それって・・・」
『何のつもりなの?』とみなもが問いかけようとした次の瞬間、
「じゃ、行きますか・・・!・・・・・・・・・・GO!!!!!!」
と言う拓水の掛け声と共に、その姿が残像を残して掻き消えた。いや、正確にはとんでもないスピードでダッシュして、原付の追跡を始めたのである。
「・・・・・・海藤君って、一体どういう人なの??」
拓水の残像が消え、周囲の人々がざわめき出して暫く後、みなもは
そう呟くのが精一杯だった。
 その頃、拓水は軽く流しながら−と言っても、スピードガンで計れば軽く80kmは出ていただろう−引ったくりの原付との距離を縮めに入っていたが、走り出してすぐに目的の原付は見つかった。と言うのも、数ブロック先の信号で引っ掛かり、拓水がその原付を視界に納めた瞬間に走り始めたからである。
「捕まえた・・・・・・!では、奪還作戦といきますかね!!」
そう言って拓水はスパートに入り、原付との距離を30mに縮めた。そして、ここからはまさに
数秒間での出来事だった。
 原付の男が安心して少しだけスピードを緩めた瞬間、拓水が銀色の影のように横手から低空ジャンプで飛び出し、空中で半回転しながらみなものバッグを逆に引ったくった。そして着地と同時にターンし、その勢いで原付の男に軽い肘撃ちを食らわせつつ元のスピードで離脱、みなもの元へと駆け出していったのである。この間僅かに5〜6秒の出来事だった。当然、引ったくりの男はバランスを崩し道路脇にあったゴミ袋の山に盛大に突っ込んでいった。そして、頭から生ごみを被りながら自分に起こった事が分からずにいたのは当然の事と言えば当然の事と言えた。
 そして、不安な表情のみなもの前には、いつしか彼女が『まこちゃん』と常に言っている、
幼なじみの『丘野 真』の姿があった・・・。
「そっか・・・引ったくりに会ったのか・・・。大変だったな・・・」
「うん・・・でも、海藤君が近くにいてくれたおかげで、取り戻せそうだし・・・」
「海藤が?でも、どうして海藤だったら取り戻せそうなんだ?」
「だって・・・海藤君、物凄いスピードで走って行ったんだよ?それこそ、車並みのスピードで・・・」
「車並みだって!?それって、どういう・・・」
『事なんだ!?』という真の声が聞こえるのと同時に、『ズゥゥン!』と言う地響きにも似た着地音と共に、あっさりとたこ焼き屋の屋台を飛び越え、みなものバッグを肩に提げた拓水が着地した。
「ほい、ただいまっと!!これだろ、引ったくられたバッグって?」
と言いながら、みなもの前にバッグを差し出した。
「あ!これ、このバッグだよ!!よかったぁ・・・」
「そいつは良かった・・・今度からは、たすき掛けにしといたほうが安全だろうね?」
「海藤、すまなかったな・・・」
「気にしないの。偶然な訳なんだしさ・・・じゃ、俺も帰って夕飯作りますかね・・・」
そう言って二人に背を向けて軽く手を振りつつ、拓水は雑踏の中へと紛れていった。


 それからも、これと言った大きな事件や事故も起きることもなく、西暦は2033年の年の瀬を迎えていた。つぐみも拓水も風音市からは動く事もなく、普通の日常を過ごしていた。しかし、一人の『望まれる事ない来訪者』がこの街にたどり着いた事により、二人に続いた平穏な日常はもろくも終わりを告げた・・・・・・。
 年の瀬の風音神社・・・。初詣に訪れる人々の雑踏を眺めながら、拓水が鳥居にもたれかかっていると、傍らにいつの間にかつぐみの姿があった。
「明けましておめでとう、海藤君」
「小町さん・・・新年まで、まだ17分ありますよ?・・・って、そう言う問題でもないか・・・」
と言いつつ、拓水は『やれやれ』といった様子で頭を掻いた。そして、
つぐみの方向に向き直り、
「で、小町さんは新年に何をお願いしたんです?」
とたずねた。
「私?そうね・・・私の・・・・・・」
『願いはね・・・』とつぐみが言おうとした瞬間、つぐみの視界に赤外線の光が映り、拓水の聴覚が銃の引き金を引く音を聞いたのはほぼ同時だった。そして、次の瞬間
パァン!!
と言う音と共に、拓水のすぐ横の鳥居の柱にに小さな穴が開いた。
「!!・・・・・・銃声!?」
あまりにも突然の銃声に、拓水の弛緩していた緊張感が一気に張り詰め、その表情は瞬時に逃亡時代のそれに戻っていった・・・・。
「キャァァァァァァァァァァ!!」
少し遅れて回りの人々から悲鳴が上がり、パニックになった人々が逃げ惑いはじめた。
「何の音!?銃声みたいだったけど・・・?」
「近くにいる・・・・・・殺気が感じられる!それも、かなりヤバいもんだな・・・」
「海藤君?それってどう言う・・・・・・」
そうつぐみが拓水に近付いて状況を聞こうとした瞬間、
「つぐみちゃん、久し振りねぇ・・・忘れたとは言わせないわよ?」
と言う声と共に、一人の少女が姿を現した。
「貴女は・・・・・・『水原 アスカ』!!でも、あの時確かに・・・・・・!」
「ふふっ、狐につままれたような顔ね。じゃぁ教えてあげましょうか?そう、貴女の虚を付いた攻撃で私は脳髄を撃ち抜かれた・・・・・・でもね、私もキュレイだってことは知っているでしょ?だから、再生してあの場所を離れたって訳。どうせなら焼いておくべきだったわね?でも、今度はそうは行かないわよ??私も、貴女を狩る事を目的に生き続けて来たんだから・・・・・・つぐみ、今度こそ貴女を・・・殺してやるわ!!」
そう言いながら、アスカと呼ばれた少女−少女とは言うものの、その出で立ちはまさに特殊部隊そのものだった−は手にした拳銃をつぐみに向けて、おもむろに引き金を引いた。
『ターン!!』という音が鳴り響く中、つぐみは軽快な動きでそれをかわし、神社脇の茂みに向かって飛び込んだ。そして、二人にどういった因縁があるのかは分からなかったものの、この女の前にいるのは危険だと直感した拓水もつぐみに続いて茂みの中に飛び込んだ。
 拓水とつぐみは、神社から疾風のような勢いで駆け去りながら街を目指していたが、走りながらつぐみは違和感を感じていた。そして拓水が隣にいて、自分と同じ速度で走り続けている事を確認した瞬間、自分の中の違和感がはっきりと分かり、急に足を止めた。
「っと!・・・小町さん、早くしないとあいつが!!」
「海藤君・・・貴方は何者なの?何故、私と同じ速さで走れるの!?そう・・・私は普通の人とは明らかに違う・・・。もしかして、貴方は奴等・・・ライプリヒの手先!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
急に険しい表情で拓水を問い詰め始めたつぐみを見つめ、拓水は返す言葉を探していた。
「はっきり言いなさいよ!どうせ、私の事を監視していたんでしょ?あいつが・・・アスカが現れた事を考えれば貴方がライプリヒの監視員だった事位は想像がつくわ・・・。そして、私に付きまとってあいつに私の居場所を教えているんでしょ!?貴方が考えている程わた・・・・・・・・・」
「いや、違うな・・・」
つぐみの言葉を遮って、拓水が不意に口を開いた。
「え!?」
「違う・・・俺は奴等とは違うさ。そう・・・俺も誓ったんだ、奴等を・・・ライプリヒを徹底的に叩き潰すってな・・・俺も、アンタも・・・いや、あんた達キュレイ種と呼ばれる人々全てが平和に暮らす為に!」
「海藤君・・・」
「そして、その為にはアイツを・・・あのいかれたキュレイ殺人鬼を先に叩く必要があるんだ・・・。そのためには、あんたと共闘する必要があるんだ・・・手、貸してくれるよな?」
「ええ、そうするしか無さそうね・・・」
まだ不審に思っているつぐみではあるが、現状ではこうする以外にはないと言う事もまた解っていた。そして、やれやれといった表情で拓水に向けて手を差し出し、共闘を意味する固い握手を結んだ。


 そして、二人は全力疾走で街まで出た後、いったん二手に分かれてそれぞれの得物−つぐみにしてみればメリケンサックであり、拓水に至っては、グローブと、ナイフを使っての接近戦を予測してか、対刀剣破壊用の短剣『ブレードバスター』を腰に吊り下げていた−を持って、港に着いた時、二人を追いつつも、警官隊を叩き潰したアスカがタイミングよく港に辿り着いていた。
「ふふふ・・・お二人さんで仲良く地獄に落ちるのも悪くないわよ。つぐみ?」
「悪いわね。私はまだ地獄巡りをする気はないわよ・・・」
「俺だって、地獄の神とやらにはとことん嫌われてるらしくてね。今までどんな怪我や病気でも生き抜いてきんだ。そう、あの『ティーフ・ブラウ』でもな・・・?」
「TBですって?・・・ふん、あのウイルスを克服しても私やつぐみの様にキュレイ化する訳でもないのよ。ということは、貴方はここで血反吐を吐いてくたばるってわけ。で、いきなりで悪いけど、さっさと死んでね?だって、貴方は『獲物』で、私は『狩人』なわけ。それじゃぁね」
そう言って、アスカはおもむろに銃−それは、警官隊から奪い取ったナンブ38口径の拳銃だった−の引き金を引いたが、次の瞬間にはその余裕の表情が驚愕のそれに変わっていた。
「また人を殺めたのね・・・しかも警察官を・・・。いいわ、今度こそ貴女を消し去る!そう、二度と復活できないようにね!!」
「そう言ってもらうのは大いに結構なんだが、人を食った発言は控えなよ・・・?俺もいい加減気長な方だと思ってたけど・・・・・・調子に乗ってるんじゃねぇぜ!!」
『バンッ!!』と大地を蹴って、銃弾をかわしながら拓水とつぐみの二人は一気にアスカに詰め寄った。しかし、アスカは冷静に拓水の方に向き直り、その手に大型のナイフを握った。
「まずは、貴方から殺してあげる!男なんて、死んじゃえばいいのよ!!」
と叫びながらナイフを目にも止まらない速さで突き出したが、拓水の胸板を
そのナイフが突き破る前に
『キィィィン!!』
という音と共に、そのナイフは拓水が抜き放ったブレードバスターの鋸状の背で
ガッチリと受け止められていた。
「な・・・!?」
「悪かったな。狩人さんの計算とは違ったようで・・・ね!!」
と拓水が手首を返してバスターの背を回転させ、『ピキィィィン!』とアスカのナイフの刃をを真っ二つにへし折っていた。そして、
「つぐみ!!」
と叫んだ拓水がアスカに牽制の回転足払いを放ちながら叫び、その勢いを駆って離脱しようとした瞬間、つぐみが拓水の反対側から飛び込み、アスカ目掛けて強烈なストレートを叩き込もうとした。が、
「無駄よ?あなた達みたいな獲物が何匹かかって来たって、究極の狩人である私を殺せる訳・・・ないんだから!!」
と言いながら、アスカは拓水の足払いを小さなジャンプでかわし、
拓水の足に向けて拳銃を発射した。
「グゥォアァァァァァァァッ!!」
足を撃ち抜かれ、苦悶に満ちた拓水の叫び声を聞きながら、アスカが空中で体制を整えて着地。そしてつぐみのストレートを紙一重で交わした後、つぐみの肘を極め、一気に逆方向にへし折った。
『バギィッ!!!』
と、つぐみの肘の関節が砕ける不快な音と共に
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
と言う絶叫と共につぐみが激しく地面をのた打ち回った。そして彼女の腕からは、怖いほど真っ白な骨がむき出しで突き出し、その周囲からは夥しい程の血が噴き出して地面にどす黒い水たまりを作った。
「あはははは!!血よ、つぐみ。貴女の血が噴き出してるわ!!痛いでしょ?腕が砕けそうな程痛いんでしょう??」
と言いながら、アスカはおもむろに折れたつぐみの肘を踏みつけた。メリメリという骨や肉が潰れる凄惨な音と
「あ・・・ああ・・・・・・っ・・・ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
という、つぐみの断末魔にも似た絶叫が無人の港に響き渡った。そしてその絶叫を聞きつけ、無駄とは解っていながらも警察隊がアスカを逮捕に駆けつけたのは言うまでもなかった。
 そしてつぐみが肘を潰されていたその頃、拓水は少し離れた場所で意識を失っていた。アスカに足を撃ち抜かれたその痛みに加え、距離を取った際に地面に突き出していた鉄筋でその傷口を刺し、二重の激痛に耐え切れなかったからである。
[・・・み・・・くみ・・・]
(う・・・・・・ここ・・は・・・?)
[目覚めるのだ、拓水]
(アンタは・・・『ティーフ・ブラウ』か!?)
[そうだ・・・・・・。今、彼女が危険だ。そして、それを救うには拓水、お前しかいない。そして、それにはお前が潜在的に持つ我が力を解放するしかない]
(俺が潜在的に持つ、アンタの『力』?)
[そうだ。その力さえ解放できれば、あの悪しきキュレイなど、物の数とはなりえない。お前こそが、全ての清浄なるキュレイ達の『希望』となるのだ]
(そうか・・・『希望』か・・・・。ならば、やるしか無さそうだな・・・)
そう言いつつ、タイミングよく聞こえてきたつぐみの悲鳴にあわせ、拓水の意識は覚醒し、自分のすべき事全てを悟った、理解した。そしてその瞬間、拓水の周囲に陽炎の様な揺らめきが見えた。そしてブレードバスターを握り締め深呼吸を一つついた後、バスターを構えてつぐみの所へと今までよりも数段速いスピードで駆けて行った。
 拓水が意識を回復した丁度その頃、アスカはまだつぐみの腕をいたぶりながら、
「ククク・・・つぐみ、貴女の腕が潰れる音よ?どう、気持ちいいでしょう・・・?そうね・・・・・このまま踏み潰して、これ以上は無いくらい痛めつけてから・・・・・・殺してやるわ。体をズタズタに引き裂いて、心臓も握り潰してやる!!・・・・・・これは制裁よ。私と言う、究極のハンターを一度とはいえ殺した、狩られるだけのキュレイでしかない貴女への・・・制裁なのよ!!!!」
 残虐な凶気に彩られたアスカの表情を見せつけられて、つぐみは自分が殺されると思った・・・が、ここでつぐみは一つの事に気付いた。そう、アスカはつぐみへの復讐と制裁に固執するあまり、拓水の存在を忘れかけていたのである。そして、拓水が音もなく疾風の様に駆けて来るのを視界の端に捉えた次の瞬間、つぐみは決死の行動に出た。
「そ・・・そうね。制裁、復讐・・・貴女が私を付け狙う理由はある・・・。でもね!貴女の様なキュレイ種は、滅びるべきなのよ!!そう、純キュレイでもあり、絶望の中で生きてきた私にとって、貴女の様なキュレイの存在は・・・・・・私たち全てのキュレイに対する冒涜なのよ!!!」
そう絶叫した瞬間、つぐみはアスカに踏み付けられていた自分の腕を一気に引きちぎり、腕から噴き出した鮮血を腕を振るうようにしてアスカの顔に振り撒いた。そしてつぐみが転がりながら距離を取ったのと、拓水がブレードバスターを構え、完璧な残像を残しながらフルスピードで間合いを詰めたのはほぼ同時だった。
 そして、凄まじいスピードで接近してきた拓水に気付いたアスカは、顔に降りかかったつぐみの鮮血を拭いながらも
「!!まだいたの?アンタの様なゴミは、消えてなさいよ!!」
と叫びながら拳銃を撃ち放ったが、拓水の常識を超えた動体視力の前では、
それらは全てスローモーションの様になって見えた。
そして、全ての弾丸をかわしきった拓水がブレードバスターをアスカの首目掛けて真横に薙ぎ払うのと、慌てながらもアスカが隠し持っていたコンバットナイフを拓水の体につきたてたのはほぼ同時だった。
『ズビシャァァァッ!!』
『ドシュウッ!!!』
「お・・・・・・う・・・おぉぉぉ!!」
 肉を斬る二つの音が交差し、拓水の腹部に真紅の染みが広がった。そして、激痛に思わず膝を突いたその瞬間アスカの首は胴体から離れ、血で描かれた弧を引きながら綺麗に跳ね飛ばされていた。
拓水が激痛に顔を歪め、苦しげに傷を庇いながら立ち上がったその頃、つぐみもアスカにへし折られた上に、間合いを離す為に自分から引きちぎった腕を片手に持ち、満身創痍の状態で足を引きずりながら拓水と共にアスカの胴体の所へ静かに歩み寄り、
「ハァ・・・ハァ・・・ど・・・どうおも・・・う・・・?」
と痛みを必死に堪えながら拓水に尋ねた。
「っつつぅ・・・こいつが・・・・・・本当にキュレイならば、このままじゃ・・・再生しちまう・・・。ドラム缶・・・か何かあれば、こいつを放り込んで焼き捨てられるだろうけど・・・あ・・・あそこにあるな・・・。さて・・・・・・と・・・・・・早いとこ、こいつを始末しておくか・・・・・・」
と拓水は言いながら、少し離れた所にあった二本のドラム缶を担ぎに行った。
 二本のドラム缶からは黒煙と肉の焼ける異臭が立ち昇り、赤く燃える炎の中で水原 アスカの肉体は次第に焼け爛れ、ついには灰となって空に昇っていった
「やれやれ、やっと片付いたな・・・」
と辺りを拓水が見渡すと、警官隊が遠巻きに拳銃を構えている姿が目に入った。
「あんな腰の引けた警官、いなくても良かったのに・・・・・・な?小町さん??」
「ええ・・・。さて・・・と、早く病院行に行かないと、この腕が壊死するわ・・・。海藤君・・・PDA、持ってる?」
「さっきのドサクサで壊しちゃいました。でも、あそこに警官隊がいるから、彼らに連絡とって貰って、二人とも病院行かないと・・・まぁ、お互いにすぐに出て来れそうですけどね・・・。・・・・・・ちょっとぉ!そこの警官の方!!ボォーッと見てる間に、救急車用意できませんかね!?俺達、怪我人なんですけど?」
と拓水が呼びかけると、警官達は恐る恐る二人のもとに近付き、二人の怪我人−普通の常識から言えば、怪我人と言うにはあまりにも大きな深手を負っていたのではあるが−を支え、病院へと運んでいった。

 それから二ヵ月後・・・純キュレイであるつぐみと、TBを吸収し、自ら『TB種』となった拓水にとっては、それだけあれば十分な期間であったらしく、医師が諦めかけたほどの怪我から急速に回復して行った。水原 アスカに対する殺人の容疑も掛かったのだが、『警察官6人を殺害したアスカに襲われたため、やむを得ず殺害し、更にはアスカが持っていた驚異的な再生能力を封じるために焼却した』と言う事になり、二人の行動は正当防衛−形式的にはそうなったが、本当は有耶無耶にされたと言った方が正しいだろう−として処理された。
 そして、病院の屋上で・・・。
「・・・・・・それで、貴方はライプリヒからの逃亡を続けながら戦ってきたってわけね。貴方自身と、私のようなキュレイが平和に暮らせるようにする為に・・・」
「そう言う事です。でも、まだまだかかりそうなんですけどね・・・一体、何時になればこんな事しないで済む時代が来るんでしょうね?」
「頑張らなければね・・・。そうそう、海藤君はこれからどうするの?」
屋上から風音市を見渡しながら、つぐみは傍らに座り込み、空を見上げていた拓水に問いかけた。拓水は、少しだけ首を動かしてつぐみを見ながら
「一旦ここを出て、また放浪しながら考えます・・・。そう言う小町さんは、どうするんですか?」
「そうね・・・私もここを出るわ。捜さなければいけない人がいるの・・・。私と、私が愛した大切な人との・・・『彼が存在した証』とも言うべき私の子供を・・・」
「子供さんを?」
「私がライプリヒから逃げている途中に生まれ、ずっと手元においていたんだけど・・・ある日、私はあの子達を孤児院に預け、逃げ続けた。でも・・・でもね、再び私がその孤児院を訪れた時、あの子達はもう・・・そこには・・・・・・いなかった・・・」
そう言いながら、つぐみはその場に泣き崩れ、暫く肩を震わせていた。
「捜しましょう・・・そして、生きていれば必ず会えますよ・・・。それじゃぁ、もう夜になりかけですし、明日は二人とも退院ですからね・・・。俺、先に降りてます。落ち着いたら小町さんも来てくださいね」
そう言って、拓水は一人階下へと降りていった・・・。


 そしてその翌日、風音市から『小町 つぐみ』と『海藤 拓水』の二名の姿が消えた・・・。
そして・・・
「・・・・・・・と、これが今までの事の顛末です」
 拓水は一旦優春の研究所に戻り、これまでの報告と以前優に問い合わせた風音市民の能力に対する、ライプリヒの動向に対する優からの回答を聞いた。結果、拓水の心配は杞憂に終わったようだった。ライプリヒ製薬は風音市に対して何の興味もなかったのである。
「田中先生、調べていただいて有難う御座いました・・・。これで、心配事の一つは解決しましたよ」
「心配事の一つ?」
傍らに控えていた空が、拓水の言葉に疑問を浮かべた。
「ええ・・・小町さんの子供が行方不明なんだそうです・・・。捜してやりたくて・・・ね」
「海藤・・・その件なら確実に解決するわ」
とコーヒーをすすっていた優が不意に口を開いた。
「え!?」
「今回の倉成救出計画に、つぐみの子供達も組み込んであるの・・・。貴方には言わなかったんだけど、彼等がいなければ計画も成功しないの・・・」
「!!・・・成る程、そうしなければ倉成さんもココって子も助からないって事か・・・でも、上手く行くんですか?小町さん、かなりライプリヒに対して憎しみ持ってたみたいでしたし・・・」
と計画を聞かされて以来の疑問をぶつけたみたが、
「上手く行くかは、やってみないと解らないわ・・・それに、もし失敗に終わったとしても全員の生命を保証するための手立ては用意してある・・・ま、いわゆる『保険』って奴ね」
「了解です。確か・・・5月1日でしたか?実行日」
「ええ・・・17年待ち続けたその日が、いよいよ明後日に来たのね・・・計画は、必ず成就させて見せる!!そう・・・必ずね」


 そして、時を迎えた西暦2034年5月1日・・・時間をも巻き込んだ救出劇がその幕を開ける・・・・・・・・・。


Ende.






後書き

 はい、やっとこさで書き上げたEver17初SSです。読んで頂ければ解るとおり『ティーフ・ブラウとは一体何か?』と言う問いへの回答の一つを提示しつつ、2017年から2034年へのブリッジ作品としての性質も持たせてます。
 で、改めて読み返してみると・・・・・・駄文、相変わらず多いですね(自爆)。自分としては精一杯やったつもりでも、これでは・・・要修行ですね。(^^)ゞ

 さて、忘れずに書かなきゃいけないのが、「BBさんの作品「HUNTER」に出てきた『水原 アスカ』が何でここにいるのか?」って事なんですよね。言うまでもないとは思いますが、彼女の登場についてはあらかじめBBさんにOK頂いてます。それと、彼女の性格をオリジナルに比べ、もうちょいイカレさせています。
 後、このSSは如月紅葉さんの「Tief Blau」からTBに関する解釈のヒントを頂いています。

 感想、頂けたら嬉しいです。

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