沙羅改善計画 いしだて |
今は6月、梅雨の真っ最中。あの信じられない事件からもう1ヵ月半が経過した。 第3視点の出現,本物の倉成武の救出、私、田中優美清秋香菜の出生の真実、そしてホクトの告白。 色々なことがあってあの頃は混乱しっぱなしだたけど今ではだいぶ落着いて考えることができるようになった。 「それにしてもあの結婚式は凄かったわよねえ」 しかし私は落着いてきたけど、周りはそうではなかった。 あの後、まず倉成武と小町つぐみが正式に籍に入った。 あ、私よりずっと年上なんだから呼び捨てはまずいわね。なんてったって不惑を超えてるわけだし。 つぐみさんはあっさりと小町姓を捨てて倉成つぐみとなった。 それは私の後輩のマヨも同じで、倉成沙羅と名前を変えた。もちろんホクトも同様。 「まったく・・・あのときのお母さんと空ときたら・・・」 私にこんな変な名前をつけた母、優美清春香菜と茜ヶ崎空は倉成とつぐみさんの式の間ずっとつぐみさんを睨んでいた。 つぐみさんもつぐみさんで、2人のことを勝ち誇ったような目で見るものだから華やかな式なのにそこの空間だけは修羅場だった。 「お母さんも空も倉成のことが好きだったみたいだからね。でもお母さんがあんなだったなんて」 17年の枷(かせ)が外れたお母さんは変わった。 瞬間湯沸器のように熱く、無鉄砲な上よく喋り、バイオレンスなお母さんになってしまった。 それはいつも落着いていて、何か物憂いげで何事にも慎重だった以前の母とはまったくの別人だった。 いや、これが本来の姿なのだろう。 なんだか自分を見ているようですごく恥ずかしかった。だから今では逆に私が落着いてしまっている。 「・・・にしても遅いなあ、あいつ」 私は考えるのを中断して時計を見た。もう約束の時間を20分遅れている。 今日は梅雨の中休みで夏の日差しがいやになるほど私を照りつける。 「場所はこの公園でいいはずだし、あ、もしかしたら・・・」 「ごめんごめん、遅れちゃった」 私を誘っておいて待ち合わせに遅れた張本人、倉成ホクトが小走りでやってきた。 「おっそーい!20分待ったんだからね。あとでパフェおごること」 それを聞いたホクトは露骨にいやな顔をした。 当たり前でしょ、レディをこんなに待たせておいた罪は重いのよ。たとえどんな理由があってもね。 私は表情でそう語りかけた。 「だってしょうがなかったんだよ。沙羅をまくのに手間取っちゃって」 「マヨが?ちょっと詳しく聞かせて」 マヨ?彼女のことなら話は別。最近あの子も私のお母さんと同様変わってしまったから。 なんていうか、私を見る目つきがきつくなってしまっていた。学校の生徒とは仲良くなったみたいなのに。 その理由は分かるんだけどね。それは私の目の前にいる男が原因。 「で、僕が優のところに行くって言ったら急に目の前に立ちふさがって行かせまいとするんだ」 「なんで?」 「うん、今日はすっと私と一緒にいるの!って言ってきかなかったんだよ」 「なるほど、マヨの説得や何やらでここに来るのが遅れたってわけね」 「そう」 「でも遅れたのは事実ね。パフェはおごること」 私はそういってホクトの額を軽くつついた。彼は少し赤くなっていた。 「ちぇ、わかったよ」 そういうホクトの表情はなんだか嬉しそうだった。 沙羅改善計画 石立 私は入った喫茶店のパフェ(1000円の高価なやつ。頼んだときホクトの表情が少し凍りついていた)をつついていた。 ホクトは角砂糖5個にミルクをたっぷり入れたコーヒーをすすっている。甘くないのかしら。 「ねえ優、沙羅のことなんだけど」 「マヨのこと?」 「うん、最近ちょっと行き過ぎなんだ・・・」 「どうしたのよ、朝起きたらワイシャツ姿のマヨが隣で寝ていたとか、そんなことでもあったの?」 私は冗談半分でそんなことを言ってみた。しかしそれを聞いたホクトは目をまんまるにして驚いていた。ま、まさか・・・ 「な、なんでそのことを知ってるの・・・?」 「ほんとだったんかい!」 「それだけじゃないんだよ。歩いていると腕を組んでくるし、座っているとスペースがあるのに必要以上に密着してきたり」 「う〜ん」 「それにお風呂に入っていると背中を流すって言って勝手に入ってくるんだ。バスタオル姿で」 「まずいじゃなのよそれ!」 「でしょ、僕は沙羅を妹だと思っているのに沙羅は僕のこと・・・」 以前マヨの辛い過去を聞いたことがあるからある程度までは許容できる。 今までずっと孤独な生活だったのだから、兄であるホクトや父の武に甘えたいというのもわかる。 でもちょっとそれが最近いきすぎている。私を見る目がきついのもそれ。 ホクトにちょっかいを出すな、近づくなとというマヨからのオーラがびんびん感じる。そう、今も。 え?今!? 「お兄ちゃん!」 「さ、沙羅!!」 「マヨ!」 私とホクトが思わす同時に叫んでしまった。 いつのまにかマヨこと倉成沙羅が目の前に立っていたから。 そして彼女はネコのように素早くホクトに抱きついた。 喫茶店の中での出来事なので他の客からの視線が集中する。その視線が痛い。 しかしマヨはそんな視線などどこ吹く風だった。きっとホクトしか視界に入っていないのだと思う。 「お兄ちゃん、私をおいていこうとしても無駄でござる」 「さ、沙羅、離れてよ」 「なぜなら拙者には忍びの必須スキル、尾行能力があるでござるからな」 マヨはホクトがいやがってるのが見えないのか無視しているのか、ホクトの胸に顔をうずめながら自分のことをぺらぺらと説明していた。 それを見ているとなんでだか分からないけどいらいらする。私は無意識のうちに立ち上がっていた。 「ちょっとマヨ、離れなさいよ!ホクト嫌がってるじゃない!」 「なにいってるんですか、お兄ちゃんは照れてるだけです。ねーお兄ちゃん」 「ぁぅぁぅ」 「はっきり言ってやりなさいよ、迷惑しているって」 「そんなことないですもん。だって私とお兄ちゃんは好きどうしなんだから」 「好きって言ってもそれは兄妹としてでしょうが。普通の兄妹はそんなにべたべたしないわよ」 私はいつのまにか周囲の視線も気にならなくなるほど頭に血が上ってしまっていた。 どんどんマヨのペースに引きずり込まれてしまう。頭の冷静な部分は機能しているのだが身体がいうことを聞かない。 「普通でなくていいもん。それに私たちキスだってしたことあるんだから」 「「ええーーーー!!!!」」 マヨの思いもよらない告白にここが喫茶店だというのに素っ頓狂な声をあげてしまった。 それはホクトも同様らしく私と見事に声がはもった。ってなんでホクトが驚くわけ? 「いつもね、私お兄ちゃんを起こすときにほっぺたにキスをしてるんだよ。気がつかなったんだ」 「し、知らなかった・・・」 「そっか、じゃあ明日からお口でしてあげるね」 ホクトは茫然自失状態になっていた。そこはかとなく髪の毛が白いと感じるのは気のせいかしら。 「あーお兄ちゃん照れてるー!かわいい」 「照れてない照れてない」 「とにかくそういうわけですからなっきゅ先輩、これからは私たちの間に入ってこないでくださいね」 むきーーーー!!!なんてこと言うのあの子は!!思わずいすを持ち上げてテーブルにかかと落としをしそうになる。 しかし場所が場所。私はなんとか思いとどまることができた。 ここは仕方ないけど一旦退いた方がいい。このままでは完全にマヨのペースになってしまう。 「わかった。私帰る」 「優!」 「ホ・ク・ト!マヨと末永くお幸せに」 「優〜〜」 ホクトの情けない声を背中に受けながら私は喫茶店をあとにした。 マヨの「あ、お兄ちゃんのコーヒー飲んじゃお!えへへ、間接キスしちゃった」という声が追いかけてきたが聞こえないふりをした。 「さてと、どうやればマヨをまっとうな子に戻すことができるかしら」 といっても今の私にこれといった具体案はない。どうしてもあの2人のことになると冷静でいられなくなってしまう。 そういう場合は誰かに協力をあおいだ方がいいわね。 空?空はこういうのだめっっぽい。そういうときは刃物を使えとか言いそうで怖い。しかも微笑みながら。 桑古木?彼はココを振り向かせるのに精一杯。私と同じでとても人の心配をできる状態ではない。 そしてココは論外。今は美しくてリアルないもムゥのやり方を研究中。 う〜ん、だめかもしれないけどお母さんにきいてみるか。 「そういうこと!もう私がどんどん応援しちゃうわよ」 「え?」 家に帰ってお母さんに事の顛末を話したら二つ返事で協力すると言ってくれた。 でもなんで?お母さんのことだからそういうことは自分で解決しなさいと言われると思ったのに。 「なんていうか状況が私に似ているのよ。ホクト君が倉成、沙羅ちゃんがつぐみ、そしてあなたが私」 「は、はあ」 「これは私の倉成奪還計画のテストタイプそのものだからね、色々と試してみたいのよ」 「た、試す??」 そういってお母さんは置いてあったクーラーボックスを開けて何やら探しはじめた。 非常にいやな予感がする。だいたい何?倉成奪還計画って。 そういえば以前空と2人でどうやったら倉成夫妻を離れ離れにできるかなんて話し合っていたっけ。 しかしここまで来たからにはもう引き返せない。私は覚悟を決めた。 「あった、これこれ。これを使えばいいわ」 お母さんが取り出したものは藍色をした小さなアンプルだった。 「なに?そのアンプルは」 「うん、私がライプリヒ製薬にいたときに作ったちょっとしたウイルス。まだ公表していない新種よ」 「う、ウイルス!?」 「これを使えば3日間この世の地獄を味わって死ぬことができわよ。致死率92%だから完璧じゃないけどね」 「な、なにいってるのよ!!」 「あはは冗談冗談。このウイルスには致命的な欠点があってね、摂氏15度以上の外気に当るとあっという間に死滅しちゃうの」 そういいながらお母さんはアンプルをクーラーボックスに戻した。 仮に寒いときに使ってもつぐみには効果ないのよねーとあっけらかんと言っているのが怖かった。 半分以上冗談だとは思うけど。いや、冗談であってほしい。 「これなんかどうかしら、寝たいんだけど絶対眠れない薬。地味〜に効果があるわよ」 「それじゃあマヨは元に戻らないって」 「もう、わがままね。じゃあこの気分だけオ・ト・ナになる薬は?」 「そうなっちゃまずいんだって!それに気分だけって意味わかんないよ」 「そっか、そう言われればそうね。じゃあこれを使ってみなさい、とっておきよ」 「うう!」 お母さんが別のアンプルを取り出してそういった。鼻をハンカチで押さえながら。 私も同時に鼻を覆ってしまう。とにかくいやな匂いが部屋中充満する。 「ぱぱらぱん!ぷふー。これが対つぐみ用最終兵器『におい玉』よ!」 変な効果音を口で出しながらお母さんはその『におい玉』といういやな匂いの発生源の説明を始めた。 なんでもこれもライプリヒ製薬にいたときに作ったものらしい。 腐った生卵、ブルーチーズ、くさや、酔っぱらった同僚のワキガ、足の裏の匂い、汗の臭いなど、いやな匂いを混ぜ合わせ、それを千倍に圧縮して作ったそうである。 これを対象人物にかければ、100年の恋すら醒めるほど強烈な匂いが、半径3メートル以内で1週間放ちっぱなしになるみたい。 なんでも開発するのに4年の歳月をかけたというから恐れ入る。 しっかしなんて研究してたんだか。それにネーミングもださい。 「これをホクト君にふりかければ、誰も近づかなくなるわよ。例え彼にそっこんの沙羅ちゃんでさえもね」 「って私も近づけなくなっちゃうじゃないの!」 「1週間くらい我慢しなさい。とにかくがんばりなさいよ」 そういってお母さんは私の肩を叩いて激励してくれた。 そうよね、何もしなければ変わらないんだし、やれるだけやってみるか。 「わかった、私やってみる」 「うん、それでこそ私の娘ね」 「じゃあ行ってきます」 私は何も考えずに家を飛び出した。それから5分後、はっと我に帰る。 あ、そういえばホクトたちがどこにいるか分からないじゃない! しかしそれは杞憂だった。あの2人は公園にベンチに座っていた。 いや、よく見るとマヨはホクトの膝の上で眠っていた。なによなによ!幸せそうな寝顔しちゃって。 ホクトもホクトよ。満更でもなさそうな顔してマヨの頭を優しく撫でていた。 むっきーー!!やってやる!絶対やってやる!! 「ホクトく〜ん、禁断の愛の最中お邪魔するわね」 「ゆ、優!!」 「別に驚かなくていいのよ、私怒ってないから」 「うそだよ、目が怒ってる」 ホクトは顔面蒼白になってがたがた震えてしまっている。そんな彼をちょっと可愛いと思う私は変かしら。 「う〜〜ん・・・・」 おっと、ホクトの膝の震えでマヨが起きようとしている。ここは彼女が起きてしまう前にやってしまわなければ。 私はアンプルを開けた。その途端強烈な異臭が鼻を直撃する。うわ!!なにこの匂い!! さすがにこれをホクトにかけるのを躊躇してしまいたくなる匂いだった。でもやらなければマヨがいけない道に走ってしまう。 「くらえホクト!」 アンプルの中身をホクトにかけて私は一目散にそこから逃げ出した。 逃げないと私にまであの匂いが染みついてしまう。 「わ、なにするんだよ優!服が汚れてって・・・わーーーー!!」 「お兄ちゃん、どうしたの・・・・・・いやーー!!」 遠くで2人の悲鳴か聞こえた。それだけではない、その周囲にいた人たちの悲鳴も聞こえてきた。 わかる、あの臭いなら悲鳴を出したくなるのもわかるよ。たまたま通りかかった周囲の皆さん、ごめんなさい。 私はひたすら遠くに行こうと必死に走った。2人の悲鳴を聞きたくないからでない。とにかくあの匂いから逃げ出したかった。 でもほんとに効果はあるかしら。いや、私だってあの匂いに近づきたくないんだからマヨだってきっと・・・ まあ考えてもしょうがない。結果はそのときに出るのだから。 <1週間後・田中家> 「優のばかー」 「あははごめんごめん、でもマヨがあまり近づかなくなったんだからいいじゃない」 「沙羅だけじゃないよ、お父さんやお母さんだってあのときは近づかなくなったよ」 それから1週間後、匂いの落ちたホクトが私の家に来た。 どうもあの匂いがついてからは完全に隔離されていたらしい。部屋から出してもらえず、もちろん学校も強制的に休まされた。 その強烈な匂いのためさすがのマヨも近づけなくなり、いつしか振る舞いも普通の兄妹のようになったみたいだった。 「さすがに100年の恋も醒めるという触れ込みに偽りはなかったわね」 「でしょ、これは使えるわね、いけるわ奪還計画」 「お母さん!いつからそこに」 いつの間にかお母さんがコーヒーとお茶菓子のおはぎを持って立っていた。す、素早い。 「おばさん、おじゃましてます」 「ホクト君、おばさんじゃないわよ、お母さん。もうすぐそう呼ぶことになるんだから早めに慣れ・・・むぐ!」 な、何を言い出すんだこの人は。私は慌ててお母さんの口を手で塞ぐ。 それを見たホクトはただ苦笑。 「でもこれでホクト君も優と普通につきあえるようになるわね、よかったじゃない」 「あ、はい」 「わ、私はマヨがまっとうな子になってくれればそれで・・・」 「まあ、素直じゃないわね、誰に似たのかしら。あ、でも顔が赤いわよー」 私をひじで小突きながらお母さんは冷やかす。い、いいじゃないのよお。 「あ、その沙羅のことなんですけど」 「なあに、もう普通になったんじゃないの?」 「普通なのかなあ、最近沙羅はお父さんにべったりなんだ」 「なっ!なんですってーー!!」 声を出して驚いたのは意外にもお母さんだった。 思わず身を乗り出してホクトに詰め寄っている。その迫力に彼はたじろいでいた。そりゃあたじろぐわ。 「なに、どんな風にべったりなわけ!?」 「え、それは・・・腕組んで歩いたり、忍者ごっこしたり、一緒の布団で寝たり・・・」 「い、一緒の布団!?つぐみはなんて言ってるのよ!」 「親子仲がいいのはいいことだって言ってる。あ!そういえば昨日一緒にお風呂に入ってたよ」 「むきーー!!ゆ、許さん!作戦変更!!まずは沙羅ちゃんを・・・」 あ、お母さんが切れた!あの事件前まではそんなこと絶対になかったのに今では当たり前の光景になってしまっている。 私は慣れた手つきでお母さんを取り押さえる。 「こら離しなさい優!」 「ちょっと、大人げないわよ。相手は高校生じゃない」 「子供だろうと高校生だろうと倉成に迫る輩はみんな敵よ!!」 「でね、お風呂場の方からなんだか怪しい声が聞こえたよ。パパの可愛い、食べちゃいたい。とか」 「きーーーー!!!!」 「こらホクト、煽るなーー!!」 「あははは」 お母さんが切れ、それを私が押さえてホクトが煽る。 これがこののち田中家の日常生活の一部になっていくのであった。 「こんな日常いやーーーー!!」 おしまい |
<あとがき> さいごまでご覧頂きありがとうございました。いしだてです。 自分のHPに掲載してあるのもを若干修正しました。 ここに掲載されているものはどれも力作ぞろいで果たして自分の作品が通用するか不安なのですが送ってしまいました。 喜んでいただけたら幸いです。 こういったおばかな作品は好きなので(というかそれしか書けない)機会がございましたらまた書いてみたいです。 |
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