走っていた。
ただひたすらに、走り続けていた。すべてから逃げ出すのかのように。

背後に迫っていたのは圧倒的な水の塊、そして……


〜Lebenswichtige Reaktion : 1〜
                              作 如月紅葉


ズゥゥン…
水密扉が閉じられた。水に飲み込まれそうになったが
間一髪で閉じようとする水密扉の隙間にすべり込むことができたようだ。
??「くそっ!いったいなんだってんだ?」
荒い息を吐きながら誰にとともなく悪態をつく。
??「……気圧が下がっているな。」
イヤホンをはずして耳抜きをする。そしてそのままイヤホンを投げ捨てた。
??「とにかく落ち着け、落ち着くんだ。」
息を整えながら自分に言い聞かせ、思考を巡らす。
俺の名前は、深海 優冬(ふかみ ゆうと)。おそらく本名ではないが、
年齢は20歳、おそらく正確な年齢ではないが、性別は男、これは確かだ。
そこまでで思考を停止した。考えても無駄だと気付いたからだ。そしてそれこそが
俺がここ、LeMUに来た理由だ。俺の「真実」を奪った奴らへの復讐のために。

とにかく状況を確認する必要があった。とりあえずこのフロアを調べてみる。
…………
どうやらこのフロアはレストランのようだ。海中を展望しながら食事ができるよう
な配置のテーブルとそれに続く厨房があるから間違いないだろう。
そして通路に続く三つの水密扉はすべて閉ざされていた。
係員用の小さな端末を見つけたがこれも使用不能のようだ。
優冬「脱出不能、絶体絶命ってところか……飯の心配だけはなさそうだけどな。」
警報が聞こえたあの瞬間、チャンスだと思った。混乱に乗じて情報を集めようとして
LeMUに残った、それがこのザマだ。
……もしかしたらこのことさえ奴らが仕組んだことではないか?
そんな考えが自分を支配する。今日という日になって監視の目が緩んだこと、
そもそもLeMUの情報を手に入れることができたことさえ奴らの仕業かもしれない。
だがさっきの状況をみればLeMUが浸水しているのは間違いない。俺一人のために
この巨大な建造物を犠牲にするだろうか?いや、自分ひとりでなかったらとしたら?
思考は遥か昔へと遡っていった……

3年と3年と5年前……俺は確かにそこにいた。そして「出会った」。
自分のせいで不幸にしてしまったかもしれない少女に。
あの時の俺には未来を「視る」力があった。「視る」だけの。
自分で動かすこともできなければ変えることもできないものを「視る」力だ。
その力のせいで俺は奴らに監禁され研究の対象とされた。
しかし俺の力は所詮視るだけのもの。他人にそれを上手く説明することもできなければ
知っていたからといってどうすることもできない、その程度だったのだ。
奴らの興味は自然と薄れていった。そして開放されることになった。
今ではその力は完全になくなっている。それでよかったはずだ。
研究所にいた時ただの一度だけ他人にその人の未来を教えてしまったことがある。
「視えた」ということは真実だということだ。少女は俺と出会ったばかりに
不幸な未来を背負ってしまったのだろう。少女のことは一日でも忘れたことはない。
罪悪感からかもしれない。少女を助け出したいと常に思っていた。
しかし奴らの監視が付きまとい、ついにはそれをかなえられないまま今日まで生きてきた。
だからこそLeMUの話を聞いてここに来たのだ、奴らの弱味を握るために。
5年と3年と最後の3年、それが今年のことだ。あのとき俺が少女に視たものは
深い絶望だった。この世界すべてを憎もうとするほどの強い怒りだった。
もしかしたらこの事件も無関係ではないのかもしれない。
だとしたら少女もここに残されているのだろうか?確かめる手段はなかった。
しかし少女がここにいるとすればこの事故にも納得がいく。処分のためだ。
結局、自分はどこにいっても奴らから逃れることなどできないのだろう……。

視線を感じていた、そこにあるはずのない視線を。慌てて振り向くとそこでは
つぶらな瞳が俺を見ていた。
優冬「コ…コ……。」
優冬「コンチクショウ!」
おもわず叫ぶ。食材を探して入った冷凍庫、そこで俺が発見したものはまぐろだった。
先ほど感じた視線はどうやらこいつのものだったらしい。
優冬「さすがにこいつは食べられそうにないな……まあこれだけあればいいか。」
冷凍食品は大量にあった。調理器具に事欠くこともないだろう。
奴らの思惑はどうあれ、今の俺は生きている。ならば生き続ける事が反抗になる。
そう考えることにした。それにここ以外にも浸水していない場所もあるはずだ。
そこにはもしかしたらあの少女もいるかもしれない。
奴らに復習すること、少女を助け出すこと、それは同意義なのだ。
けして揺るぐことのない俺の誓いだった。

あれから7日が経過した。時間感覚は完全に薄れてしまっているがほぼ間違いないだろう。
途中で停電があったりしたが、俺には何の変わりもなかった。そのはずだ。
しかし先ほどから鳴り続ける警報は嫌でも緊急事態であることを告げていた。
断続的な小さな揺れが俺を不安にさせる。
アナウンス「Funf Minuten vor der implosion」
その内容は理解できなかったがよくないものであることは瞭然だった。
1分ごとに似たようなアナウンスが繰り返される。そして……審判の時は訪れた。
凄まじい揺れが俺を襲い、床に叩きつけられる。
断末魔のような金属音が響き渡る。警報はやかましいほど鳴り続けている。
その時間はまるで永遠に続くのかのように感じられた。
…………
大きな最後の一揺れのあと静寂は突如として訪れた。
混乱に代わりにわずかな明かりも残さぬ暗闇があたりを支配する。
優冬「なんとか……生きているのか。」
フロアが危ういほどに傾いているのがわかった。まとわりつくような暗闇だった。
それでも俺は確かに生きていた。暗闇はあきらかに先日の停電の時と様子が違った。
非常灯さえ灯らぬ、海からの明かりだけしか感じられない世界だった。
LeMUは確実に「死」を迎えていた。このままでは俺も道を共にするだろう。
優冬「それでも、いいかもな…。」
理由はどうあれ俺があの少女に不幸を背負わせてしまったのは事実だ。
そして俺では少女を助けられない、ということをこの7日で嫌というほど理解していた。
所詮俺は奴らとたいして変わらない。
生きるための理由として少女を利用していたのかもしれない。
すべてをあきらめて…俺は目を…閉じた。


沈んでいけばいい、どこまでも深い濃紺の闇に向かって……






優冬「違う!!」
俺は飛び起きた。そう、これは逃げているだけだ。このままここにいれば確かに死ぬ。
おそらくは酸欠という形で。空気の循環システムは止まっている。
酸素は長く持たないだろう。だとしたらその時間は別のことのために使うべきだ。
優冬「どこまでも、足掻いてやる…生きている限りは生き続けてやる!」
このフロアが苛烈な水圧にさらされているのは確かだった。
先ほどの事態から奇跡的にここが残ったのも間違いないだろう。
優冬「外側から壊れなければ内側から壊してやればいい。」
単純な理由だった。幸いなことにこのフロアはレストラン。
展望用の耐圧ガラスは大きさがありここから脱出できそうだ。
優冬「開き直り、だよな…完全に。」
一応は耐圧ガラスだ。体当たりぐらいではびくともしないだろう。
周りのテーブル、椅子は固定式だった。これを使うことはできないだろう。
これを壊せそうな物にひとつだけ心当たりはあった。
冷凍庫のドアは手動で開けられる。電子ロックでは事故が起こりやすいからだろう。
これも俺にとっては幸いだった。目的の物を見つけ、運び出す。
優冬「くそっ!重い。」
引きずってガラスの前まで運んできたが、持ち上げられるのだろうか?これを。
頑丈さ、重さは申し分無い。そこらの椅子よりよほどたよりになりそうだった。
優冬「やるしか、ないか。」
全力でそれを、冷凍されたまぐろを抱えあげる。
わずかなヒビでもいれることができれば後は水圧がなんとかしてくれるはずだ。
尻尾の部分を持ちバットのように振る。
優冬「うおりゃぁぁぁぁ!!」
ガキィィィン
腕が抜けるかと思ったが効果はあったようだ。ガラスにわずかな亀裂が走る。
その亀裂はあっというまにガラス全体へと広がり、限界が訪れる。
凄まじい量の水が流れ込み俺はその水圧で吹き飛ばされる。
だが確かに道はできた。最後に大きく息を吸い、俺は、濃紺の海へと、
飛び出した……



E17オリジナルSSです。メインキャラは一人もでませんが。
主人公の名前については完全に遊びですね。
彼が誰かについては語る必要も無いと思います。
まぐろについては…まあ許してやってください。
このせいでシリアスになりきれない気がしますが。
第4エリアを舞台にして書いたつもりですが強引な所も多かったかもしれませんね
彼がこの後どうなったのか?それは皆さんの想像にまかせます。







/ TOP / What's Ever17 /  Le MU / Gallery / Jukebox / Library / Material /Link / BBS






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送