━━━都内某所。ここに一軒の料理店が新たに出現した。 田中優美清春香菜の投資によって建設されたその店の名は…『鳩鳴軒』。 |
鳩鳴軒へようこそ! 〜Welcome to KYUMEIKEN!〜 レイヴマスター |
朝露が煌く朝7時。鳩鳴軒店内に、いつものメンバーが勢ぞろいしていた。 「皆、お早う!今日は記念すべき鳩鳴軒オープンの日よ!点呼を取るわね、武!」 「おう!」 「つぐみ!」 「ここにいるわよ」 「ユウ!」 「は〜い」 「空!」 「はい!」 「ココ!」 「ほ〜い♪」 「沙羅!」 「わん!」 「ホクたん!」 「はい…って、ええっ!?」 「最後に…犬!」 「何でやねんっ!」 「桑古木…反応したら認めた事になるぞ……」 小声で武が突っ込んだ。 「とりあえず…武とつぐみ、それと犬は厨房で料理作ってね」 「おう、任せとけ!来客した奴全員感動に咽ばせてやるぜ!」 「自信はあまりないけどね…頑張るわ」 「だから犬言うな!…だがま、俺だって武に近づく為に17年間修行してたんだ。やってやるぜ!」 そう言った武と桑古木の眼には、熱い炎が宿っていた。 「私と空は会計管理とか裏方作業に徹するわ。いざとなったら手伝うけど」 「皆さんの安全は私と田中先生にお任せ下さい」 「後の4人は接客をお願いするわね」 「わ〜いわ〜い、接客接客〜☆頑張るっぴょろり〜ん★」 「LeMUで基本は教わったからね。私に任せなさい!」 「兄君と一緒なら喜んでやるでゴザルよ、ニンニン♪」 「え?僕も接客なの?料理は得意なのに…」 「それでも武達に比べればまだまだでしょ?それに…色々とおいしい事になるから(ボソ)」 「え?最後の方、なんて言ったんですか?」 「気にしない、気にしない♪さ、それじゃ開店準備よ!」 『おおーーーっ!』 「厨房!スタンバイは済んだ!?」 「おう、いつでも調理出来るぜ」 包丁を握り締めながら、武が威勢良く返事する。 「接客の皆さん、準備は良いですか?」 「あ〜…ちょっと待って。ホクトが…」 空に、少し困り顔で言葉を濁す秋香菜。 「制服になかなか着替えてくれないんだよ〜」 「ほらっ、お兄ちゃん!早く着替えないと。お店開けないよ?」 店の隅のほうで膝を抱え固まっている兄に声をかける沙羅。 「い、嫌だよ!何で、何で……何で僕まで皆と同じ、女子用の制服を着なくちゃならないんだよぉ!!」 「仕方ないじゃない。男性用を1着と女子用3着注文するより、女子用を4着頼んだ方が安く済んだんだもん」 「ホクたん、似合うから着てみようよ〜(=сヨ<=j」 「似合っても嬉しくなぁーいっ!」 「ああもう…仕方が無いでござる!『忍法・強制睡眠の術』!!」 遂に勘弁ならなくなった沙羅は、ホクトの背後からハンカチを口に押し当てた。 「うっ!?さ、沙羅…何…を……」 とこんと、糸が切れたようにホクトは地面に伏せた。 「わ、ホクトが寝ちゃった。…マヨ、今何使ったの?」 「田中先生から拝借したクロロホルムでござるよ、ニンニン」 「優の奴…何だってそんなもんを?」 「大体予想がつくけどね…」 じと、と春香菜を睨むつぐみ。春香菜はわざとらしい鼻歌を歌いながら、控え室へと消えていった。 「う…ぼ、僕は…?」 「あ、目ぇ覚めた。気分はどう、ホクト?」 「優…別に何ともな…!」 その時、ホクトは気づいた。自分の体に起きた異変に。 「なっ…なななな…!何だよこの格好はぁーーーーっ!」 「制服だけど?」 「何で僕が女子用の制服着てるんだよぉっ!!」 そう…あれほど着衣を嫌がっていた鳩鳴軒の制服を、ホクトは眠らされている内に着せられていたのだ。 この制服、誰の意見かは判らないが、どこぞの女子高の制服をもじった形状をしているのだ。現役男子高校生のホクトからしてみれば、質の悪い冗談でしかない。 しかも何故か、ホクトのみ獣耳のオプション付きだった…。 「いいじゃない。悔しいけど…私より似合ってるわよ☆」 パチンと、可愛らしくウインクする秋香菜。 「嫌だぁーーーーーっ!すぐ着替える今着替える即着替えるっ!!」 いきり立ったホクトは荒々しく控え室への扉を開けようとした。が。 ガチャガチャ。 「え?」 ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャガチャッ!!! 「な、何で鍵が!?田中先生!?空っ!?」 『ごめんなさい、ホクトさん。田中先生の命令で…』 『ホクたん、もうすぐオープンよ!観念なさい!』 「…先生、一つ聞きたい事が。何故今にホクたんなんですかっ!」 『私は意味の無い質問には答えない事にしてるの』 「なんでやねんっ!」 『無駄なお話はお終いよ。…皆、それでは鳩鳴軒、只今からオープンします!』 「人でなしーーーーーーーっ!!!」 ガヤガヤガヤガヤガヤ……。 「オーダー入りましたっ!海鮮皿うどん1と武特製ナポリタン2、ゆばむ(自主規制)1でーすっ!」 「何っ、沙羅うどんだとっ!?どこのどいつだ、可愛い娘に手ぇ出そうとする不埒な野郎は!」 「武っ、ボケてないで手を動かしてっ!はい、洋風ハンバーグ1、3−10ね!」 「ゆ、ゆばむ(自主規制)って何だよっ!?」 「ええ〜っ、少ちゃん知らないの〜?あんなに美味しいのに〜(・ω・)」 「うう…私も知らないよぉ…あ、洋風ハンバーグ持っていきます!」 「ちょっとホクト!しっかり働きなさい!」 鳩鳴軒はあらゆるジャンルの料理を取り扱うという幅の広さと、独特の制服が前評判を呼んでいたらしく、あっという間に大混雑になった。 カメラを持った汗臭いヲタどもは武が門前で叩きのめしたが、それでも空席待ちの行列が外まで溢れていた。 にも関わらず、ホクトはあの格好のままサービスエリアの隅でうずくまっていた。 「い、嫌だよ!こんな恥ずかしい格好じゃ人前になんか出られないよ!!」 悲鳴にも近い声量で反発するホクトに、ゆっくりと秋香菜が迫り、 「こんな状況で我儘は聞き入れません!とっとと…接客せんかーいっ!!」 「う、うわああっ!?」 ホクトの制服の襟首を掴み、勢い良くホールへと投げ出した。瞬間、客全員の視線がホクトに集中する。 「あ、ああ…ああああ……」 (終わった…僕はこれから『変態』の烙印を押されて一生を過ごしていくのか……) ホクトが絶望を強く感じたその瞬間、女性客から黄色い悲鳴が上がった。 「きゃー!何、あの男の子!可愛くない!?」 「そうだねそうだね、可愛いよねー!」 「あんな秘密兵器隠してたなんて、この店やるね!」 わいのわいのと、客の騒ぐ声がする……。 ぷちーーーん。 ホクトの中で、何かが切れた。 「いらっしゃいませぇ!本日は鳩鳴軒へご来店いただき、誠にありがとうございまぁす!」 女の子のような声で、客に愛想を振りまくホクト。身の動きもどこかなよなよしい。 「な、なっきゅ先輩…お兄ちゃんが…お兄ちゃんが……」 そっと、震える沙羅の肩を抱く秋香菜。 「大丈夫よ…彼を壊してしまったのは私のせい…責任は、私が取るわ」 数年後、これをきっかけに女装癖に目覚めてしまったホクトと秋香菜が男装女装逆転結婚式を挙げたということは、また別のお話である。 ガヤガヤガヤ…。 お昼のピークを過ぎようやく店内が落ち着いて来た頃、一人の女性が入店してきた。 「いらっしゃいませ…あっ!委員長部長!?」 「なっきゅ先輩、お久しぶりです。…と、いうかね。私の名前覚えてないの?」 「あ!部長!いらっしゃいませ!」 「マヨちゃんまで…」 「ん?誰?知り合い?」 和やかに挨拶を交わす秋香菜たちの元へ、滑るような動きでホクトがやってきた。 「ああ、紹介するわね。この人は元・ハッキング同好会部長で…」 「七瀬真篠(ななせましの)です。貴方は?」 「私のお兄ちゃんで、倉成ホクトです♪」 「お兄ちゃん?…それなのに何で頭にみ」 がばぁっと真篠の口を塞ぐ秋香菜と沙羅。 「委員長、あれには触れないで」 「私達もようやく気にしない様になれてきたんですから…」 「な…何だかよく分からないけど…了解です」 ピコピコと、ココが真篠の接客をする。 「お客様、ご注文の方はお決まりでしょうか〜?」 「あら、可愛い店員さん。それじゃ…この『魂込めた桑古木のうどん』っていうのお願いします」 「ほ〜い☆『少ちゃんうどん』1お願いしま〜す!」 「よし来た!桑古木、いっちょいいもん打ってやれ!」 「任せとけ!うおりゃああああああっ!!」 あらかじめ作っておいた塊を、桑古木は力の限り叩きつけては、伸ばした。 キュレイ種の力とそれに耐えうる強靭なキッチンが可能にする、究極の手打ち麺。 桑古木は一心不乱にうどんを捏ね続けた。 「お待たせしました〜♪『少ちゃんうどん』で〜す♪」 「ありがとう。それじゃ、早速…」 パチンと箸を割り、ずぞぞと麺をすする。次いで汁を一口、二口含むと……。 「…成程、なかなかのものね。素人には充分に通用するわ」 そう言って真篠は箸を置くと、立ち上がって優に言う。 「でも…まだまだね。なっきゅ先輩、厨房、お邪魔出来ませんか?」 「え?ち、ちょっと待って。今お母さん…オーナーに聞いてくるから」 慌てた様に控え室へと入っていく秋香菜。 控え室にて、春香菜に事情を説明する秋香菜。 「?一体、何がしたいのかしら?まあ、今はお客さんが少ないから、別に構わないけど」 「そう、ありがとう。あんな顔した委員長、久し振りに見たわ…」 ニヤリと笑う秋香菜の頬を、一筋の汗が流れ落ちた。 一方、こちらは雑談するホクトと沙羅。 「…部長って結構味にうるさいのよ。昔ハッキング同好会の活動の一環としてうどん作ってたんだから」 「……ハッキングとうどんの関係は?」 「無いよ。完全に部長となっきゅ先輩の気まぐれ。私からしてみれば質の悪い冗談でしかなかったけどね」 「桑古木さんの半端な手打ちうどんに怒りを覚えたのかもね?」 「…お兄ちゃん、何気に毒吐いたね、今……」 厨房に入ってきた、真篠と春香菜。 「ん?誰だ、その子?」 「ユウの友達の七瀬さんよ。桑古木の作ったうどんに文句があるみたい」 「何ぃっ!?あの完璧なうどんに何の文句が!?」 「合っていないんですよ、うどんと汁が。独立すれば互いに良い線いってますが…味の不協和音が起きています」 「ほう…そこまで言うなんて、君には俺以上に上手いうどんが作れると?」 「ええ。何なら…勝負してみます?」 「優…何か勝手に話が進んでいるんだけど」 「別にいいんじゃないの?面白そうだし、私は許可するわよ?」 「よし…決まりだ。どちらがより美味いうどんを作れるのか…」 『勝負っ!』 厨房と客室をつなぐサービスエリア。ホクトと武が話している。 「だ、大丈夫なのお父さん?勝手に鍋とか使わせちゃって」 「優が許可したしな。それにまだスペースはある、安心しろ」 「ん?何か…いい匂いがするね?」 「そりゃ、今料理作ってんだからな。当然だろ」 「そうなんだけど…この匂い、今まで嗅いだ事が無い…」 『出来たぁ!』 同時に声を上げる桑古木と真篠。 「OK!それじゃ試食しましょう」 控え室。 武とホクト、春香菜の目には目隠しがされ、蓋のされた椀が並んでいる。 「不正が無いように、味覚と嗅覚のみで判断していただく為です。ご了承下さい」 「了解。それじゃ早速だがいただかせてもらおうかな」 静かに、桑古木の椀の蓋が開かれる。瞬間、辺りに風味が漂う。 「ほう…?」 空が、箸を使って3人の口に麺を運び、汁を飲ませる。 「……………」 3人とも何も言わずに、黙々と口を動かす。 「…ごっそさん。それじゃ、次の方」 今度は、真篠の椀が開けられる。漂う風味が3人を取り巻いた時、武が不意に立ち上がった。 「…もういい。俺にはどっちの勝ちか、もう決まった」 「…僕も」 「私も」 「(ふっ…匂い嗅いだだけで一杯のようだな。ま、俺の至高の一品を食した後では普通のうどんは食えないもんなぁ…)」 桑古木が心の中でほくそ笑んだその時、3人が同時に口を開いた。 『食べてない方のうどんを作った方の勝ち!!』 「なっ……!?」 桑古木は耳を疑った。当然だろう、自分の究極の手打ちうどんが、食べられても無いうどんに負けを宣告されたのだから。 「な、納得いかねぇ!何で食ってもいないのに勝敗を決めちまうんだよ!?」 「…だったら、食べてみな。力の差を、思い知らされるぜ」 シュルシュルと目隠しをとりながら、武は言い放つ。 桑古木は言われるがまま、真篠の椀を持ち、中身を煽った。 「……!!」 何も言えなかった。全体の風味、麺のコシ、汁の味、三位一体のコラボレーション……。 全てにおいて、自分のとは別次元の味わいだった。 「ま…負けた……」 がっくりと膝を落とし、桑古木は己の敗北を認めた。 「貴方のうどんは決して不味くはない。だけど…上には上がいるものよ…」 そんな真篠の肩を、静かに叩く春香菜。 「ねえ、七瀬さん…貴方、この店を任されてもらえない?」 この日の翌日から今まで通りの生活に戻った一行の代わりに、鳩鳴軒を統括した七瀬真篠が数年後に『料理界の女覇王』の異名を得たというのは、また別のお話である。 |
あとがき 元ネタは勇栄さんのホムペの4コマから拝借したもので、様々な妄想を展開して今回の作品と相成りました。 何だかちょっと演劇の台本みたいに台詞が多くなってしまいまして、一ヵ月半のブランクの大きさを痛感しました。 しかしまあ、『鳩鳴軒』…我ながら安直だなあ(汗)。 それでは最後に! すぺしゃるせんくすとぅ〜勇栄さん!今回のSSを(無理矢理)貴方様に捧げます! これからも展開していくEver174コマ楽しみにしてます! 私文失礼!ではでは♪ 口ずさみソング 『涙の子守唄』 (植田佳奈) |
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