キュレイ様がみてる
                              みつばや


「お待ちなさい」
 新緑の、朝。
 渡り鳥の群れが遙か遠方のシベリアに向かって飛翔んでいる。その距離は数字以上に絶望的な長さになるだろう。旅慣れた親鳥は一定の速度を保っているが、この地で産まれ、育ったばかりの若鳥だちの動きは忙しない。旅はまだ始まったばかりだというのに、浮かれているように見えた。
 穏やかに吹き抜ける風が、彼らの背を押している。
 そんな、朝のことである。
 いつものように、すこし遅れ気味に登校してきた沙羅の背中に声がかけられた。鈴が転がったような澄んだ声。梢の先に連なる青葉のような、瑞々しい声。
 だから彼女は、その声が自分にかけられているということが判らなかった。それでも振り返ってしまったのは、そのこえがあまりに美しかったためだ。声に容姿はない。しかし、美しさは存在している。そのことを認識させてくれるような声だった。
 ゆっくりと、優雅に振り返る。慌ててはいけない。自分は鳩鳴館女学園の生徒なのだから。その名を傷付けるようなことは出来ないし、
なりよりすこしでも――上級生のお姉様方に近づけるように。
 吸い込んだ青い風は、けれど吐き出されることなく沙羅の体内に留まった。
 時間は、あまりに穏やかだ。残酷なほど、優雅に流れ続ける。このキュレイ像の前では。
「――――」
 声の主は、しっかりとした――けれどどこか儚げな視線で沙羅の瞳を見つめていた。
 ひっ、と喉が痙攣する。しかし声は漏らさない。全身の血流が脳へ集中する。今、この事態を認識しようと躍起になっているのだ。鼓動は通常の三倍で打ち続け、耳元に新しい心臓が出来てしまったかのような錯覚を受ける。その音に比例して、全身の温度も上昇。沙羅の頬が幽かに上気していく。
「あ、あの……何か私にご用で」
 辛うじて息だけが漏れる。それに言葉を乗せた。
「呼んだのは私。そして貴女を呼び止めた。そのことに間違いはなくてよ」
 と、彼女は言った。
 その途端、また心臓が鼓動を打つ。本当に――本当に自分が相手なのだろうか。間違いないと言われても、まだ信じられない。もちろん言葉が、ではなく、その事実に。あまりに突拍子のない告白は、平凡なお嬢様である沙羅に、なかなか受け入れられない。
 確かに、すこしは――ほんっとぅにすこしだけは、こんなことが起こらないだろうか、と夢想することはあった。彼女だって女の子だ。それくらい夢見ることはある。ときどき、行き過ぎな娘もいるようであるが。
 沙羅の内心の戸惑いを知ってか、女性は柔らかい笑みを浮かべる。その瞬間、沙羅の頭が真っ白になった。なんて綺麗なんだろう。圧倒的な、差。勝負以前の問題だ。長く伸びた髪は、陽光に照らされ天使の光臨を頭上にたたえ、わずかにリンスが甘く香る。風に靡く黒髪はまるで羽毛のように広がり、見方によっては光翼にも見て取れた。
 マシュマロのようにとろける時間は、数字にすればほんの数秒だったに違いない。だが沙羅に取っては、永遠に思えるほど長い時間だった。
 ――さっ……と。
 頬に撫でられる感触。
「タイが、曲がっていてよ」
 女性の細い指先が沙羅のタイに触れる。何が起こったのか、咄嗟に判断が出来なかった。ただ眼を丸くして、彼女の一挙一動を見つめることしか。
 先ほどより強い香りがする。風に靡く黒髪が、沙羅の頬を撫でつけていく。
 これは、夢なんじゃないんだろうか。こんなことが起こるはずない。だから夢だ、と思う自分と、やはりこれは現実なんだ、と思う自分が同時に主張している。だが、それでも女性が自分のタイを直しているのは事実だった。
(タイが……?)
 視線を降ろす。そこには美しい顔と、そしてタイを直して動いている細い指先がある。
「……っあ!」
「お静かに」
 はい、とも言えない。恐れ多く、動くことも出来ない。入学試験の面接の時でさえ、ここまで緊張はしなかった。
「身だしなみは、いつもきちんとね。キュレイ様が見ていらっしゃるわよ」
 そう女性は言うと、沙羅から一歩離れてタイが直っているかを確認する。そして、微笑。
「ごきげんよう」
 何事もなかったように歩き出す女性の背中を、沙羅は惚けたように見つめていた。
 が、それもしばしの間。現状を把握してくると、顔が熱くなってくる。いままでどこかへ行っていた血液が、頭に集中しているのだ。
「あ……あ……」
 間違いない。
 二年松組、小町つぐみさま。出席番号は十七番。通称――『紅薔薇のつぼみ』。
 なんてことだろう、と思う。全校生徒あこがれの的である紅薔薇のつぼみさまに、タイを直して頂くなんて。
「ぁー」
 恥ずかしすぎて、言葉が出てこない。この場所に誰もいないことがせめてもの救いだった。遅れて登校してきてよかった、と思う。本当はいけないことであるが。
(こんなのって、ないよぅ……)
 沙羅はしばらく立ち止まったまま、つぐみが消えた場所を見つめていた。
 あこがれのお姉様と最初の会話が、こんな恥ずかしいエピソードでは酷すぎる。
 ――キュレイ様の意地悪。
 落ち込みを振り払うように見上げたその先で、キュレイ像は相変わらずの微笑を浮かべながら、中庭の中心で生徒たちが創り出すストーリィを見ているのであった。






 続く………のか?




・・・・・・・・・・・
あとがき

というわけで、マリみて。流行に乗るのが作家です(ぉ
本来はギャグで攻めようと思ったけど、シリアスにまじめにいきます。時間とやる気と萌えがあったら続きを書きたい。

ああ、N7やったらN7も出るかもしれません。

■キャスティング(暫定)
紅薔薇:空/つぐみ/沙羅(…?)
白薔薇:優秋/ホクト
黄薔薇:優春/涼権/ココ

柏木:武




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