密室で
                              PUL


日中あまり出歩けないつぐみに頼まれて、デパートまで買い物にやってきた武。
目当てのものを手に入れ、後は帰るだけになって意外な人物に出会った。
「あれ、倉成?」
「おぉ、優。珍しいな、こんなところで会うなんて」
「そう? 私は結構来てるわよ。あんたがここに来る事のほうが珍しいんじゃない?」
因みに、今二人がいるのは日用雑貨売り場だった。
「まあな。今日はつぐみに頼まれて来ただけだからな。あいつは昼間はあまり
出られないし…」
純キュレイ種のつぐみは二次感染でキュレイ種になった武や優春に比べ、紫外線に対
する耐性が低い。それで、昼間の買い物は武に頼む事が多かった。

「何、買いに来たの?」
「雑貨、日用品の類だけど、もう買い終わったから帰るところだ」
「そう? 私も帰るところだから、一緒に帰りましょうか?」
「了解」
特に断る理由も無いので、武は某キャラに匹敵する速さで了解した。

ス…

優春は武の横に並ぶと、腕を絡めてきた。
「ゆ、優…?」
「これくらい、つぐみも許してくれるわよ」
「あ、あぁ…」
本当はかなりヤバイかもしれないが、少し恥ずかしそうに頬を染めている優春を見ている
と振りほどくのが勿体無く思えてくる。
つぐみはこの時間なら外に居る事はまずないし、そもそも外に出られるのなら武に用事
を頼む事も無い。北斗は優秋とデートのはずだし、沙羅は空の所に遊びに行っている。
「桑古木は今日どうしてる?」
「確か念願かなってココとデートだったはずよ」
要するに、今武が優春と一緒に居る所を目撃されたら不味い事になる人物は居ない。
「お供しますよ、お嬢様」
安全を確認して気が大きくなった武は、少しおどけると優春を連れて歩いていった。
エレベータに入る武と優春。何故か2人しかいなかった。

ガクン…
動き出して数秒後、小さな衝撃を受けエレベーターが僅かに揺れた。
「……」
「……」
「止まった?」
「みたいね」
エレベーターが再び動き出す気配は無く、空調も止まってしまった。
「停電かしら?」
「どうかな? その可能性はあるな」
取り敢えず備え付けの非常電話で管理室に連絡を取る武。ワンコールで係員が対応した。
『もしもし、管理室です』
「もしもし、今エレベーターの中に居るんですが、突然止まって動く気配が無いん
ですけど」
『申し訳ありません。制御系の故障で今調査中です。復旧まで暫くお待ちください』
「…暫くってのは、どれくらいを言ってます?」
『…1時間で復旧できない場合、強制的にドアを開けます。申し訳ありませんがそれまで
お待ちください』
「…解った。なるべく早く頼む」
小さく溜息を吐いて武は受話器を下ろした。
「どうだった?」
「1時間くらい掛かるそうだ」
「ふうん…。まぁ、しょうがないわね」
「へぇ、ブチ切れるかと思ったら随分寛大だな?」
少しからかい気味だが、意外そうな表情を見せる武。今までの言動から見て、優春の反応
は武の予想から外れていた。
「な、何よ。わ、私だっていつも怒ってなんか無いわよ」
不満そうに口を尖らせる。実年齢より遥かに若く見える優春だが、今は更に若く、むしろ
幼くさえ見える。
「はは、悪い。そう、怒るなって」
「もう…」
高校生の娘がいる女性を捕まえて言う台詞ではないが、可愛いと武は思った。勿論、口に
出しては言わないが…。
「まぁ、とりあえずは待つしかないな。別に海の底に閉じ込められたわけでも、謎の細菌
に感染したわけでもないんだ。暫くすれば出られるだろう」
能天気に答えると、武は床に胡坐をかいて座った。
「そうだ、一応つぐみには連絡しとくか」
武はPDAを取り出すと、家に連絡を入れた。

3回目のコール音の後…。
『はい、倉成です』
電話に出たのはつぐみだった。夫婦別姓が当たり前のこの時代だが、倉成姓を名乗る事に
何の躊躇いもなく、それどころか自分から進んで倉成姓を名乗るようになった。
「もしもし、つぐみ? 俺だ」
『武? どうしたの?』
「今、デパート来てて一応頼まれたものを買って帰る途中でエレベーターに乗ったん
だが…」
『…どうしたの?』
歯切れの悪い武の口調に、少し心配そうな声で訊ねるつぐみ。
「何か停電みたいで、閉じ込められたみたいだ」
『停電、ねぇ…。でも、武なら自力で出てこれるんじゃない?』
武に関してはかなりの心配性のつぐみである。しかし、キュレイウィルスに感染する前の
生身の体でもLEMU圧壊事故を乗り切った武の超人的な体力を知る今、エレベーターの停電
程度では動じることはなかった。

「それはそうなんだが、あまり目立つ真似はしたくないんだ。それに俺一人ってわけでも
無いしな。迷惑かけられないからな」
『そういうこと…。解ったわ。でも、出来るだけ早く帰ってきてね』
LEMU圧壊事故の奇跡の生還者として、一時世間を騒がせた武が些細な事件とは言え再び
世間の注目を浴びる事になればマスコミの格好のネタにされかねない。そうなれば他の人
にも迷惑が掛かる。状況を理解したつぐみはあっさり納得した。
もっとも、その場に居たのが優春というのが解れば反応は全く違ったかもしれないが…。


待つ以外にする事も無いので、武は床の上に胡坐を掻いて座った。
「お前も突っ立ってないで座ったらどうだ? どうせ暫くは動かないんだ」
「…そうね」
優春は一瞬躊躇した素振りを見せたが、武の隣に寄り添うように座ると肩に頭を載せ身体
を預けてきた。
「ゆ、優…?」
「……」
優春の大胆な行動に戸惑う武。
「…駄目?」
止めとばかりに、潤んだ瞳で上目遣いに見詰める。
「い、いや…」
「ありがと…」
嬉しそうに微笑むと、今度は武の背中に腕を回してきた。
「…大胆だな?」
「偶にはいいじゃない?」
先ほどの濡れた瞳とは違い、今度はどこか子供っぽくキラキラとした嬉そうな瞳。
ただ、武に甘えている事は変らなかった。
「随分嬉しそうだな」
「こうして倉成の隣を独占できるなんて、滅多に無い事だもん。嬉しくて当然よ」
「そ、そりゃ光栄だな」
上機嫌な優春に苦笑いを浮かべる武だった。その後はお互い何も話さず、辺りに親密な
雰囲気が漂った。

エレベーターが止まって20分ほど過ぎた時、不意に優春が口を開いた。
「ところで、最近どう?」
「え? 何が?」
優春の唐突な質問に、少し間の抜けた返事をする。
「つぐみ達のこと」
「あぁ、いつも賑やかにやってるぞ。一般的な家庭とは少し違うかもしれないがな…」
少し自嘲気味に笑う武。
「そう言えば、北斗や沙羅が迷惑掛けてないか?」
「え?」
武の質問に、今度は優春が戸惑いの表情を見せた。
「秋香菜にだよ。北斗の恋人で沙羅の後輩になるんだし、迷惑掛けてないか気に
なるんだよ」
一応これでも親だし、と付け加える。
「迷惑なんて全然無いわよ。北斗に対しては、なんだかんだ言いながら楽しそうにしてる
し、沙羅に対しては秋香菜の方が迷惑掛けてるんじゃないかって思うくらいよ」
「こっちも迷惑だなんて思ってないって。お前達には感謝してるよ」
「でもさ、こうしてお互いの子供の話するなんて歳取っちゃったのかな?」
お互い顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。

「お前は兎も角、俺は17年間寝てたからな。肉体年齢は20歳のままだぞ」
「何よ、私だって23歳から歳取ってないわよ。まだまだ現役よ!」
「そうは言っても、実際35年生きてきたのは事実だろ? 俺は正真正銘の20歳だ」
「倉成〜!」
武にからかわれ、むきになって食って掛かる優春。しかも、優春は武に抱き着いていた
ので気を抜いていた武はバランスを崩してしまった。

ドサ…

縺れるように倒れ、結果的に武が優春に押し倒される形になった。
「え?」
「あ…」
息が掛かるほどの距離にお互いの顔があった。
「……」
「……」
武は優春の瞳に、優春は武の瞳に魅入られてしまい、言葉も出ず見詰め合う。
そしてお互い吸い込まれるように近づくと、極自然に唇を重ねた。
「…武」
「……」
初めて武の事を名前で呼ぶ優春。子供が親に甘えるように武の胸に縋り付く。武も優春
を振りほどく事はせず、逆に強く抱きしめた。

「ごめんね…」
「…謝るような事したのか?」
「……」
武の質問に言葉に詰まる優春。
「悪くないと思うんなら謝るな。少なくとも俺は怒ってないぞ」
「うん、そうだね。ごめん、武」
「だから謝るなって」
「あ…うん、解った」
「むしろ、謝るのは俺の方かもな」
「え、どうして?」
「お前をそんな気持ちにさせた事」
「……」

一瞬の沈黙の後…。
「あはははっ! 何それ? キッザ〜」
「…やっぱり無理があるな」
大笑いする優春と今のボケを冷静に分析する武。和やかな、ほっかりした雰囲気に
包まれた。
「でも、つぐみには内緒よ?」
「当たり前だ。こんな事言えるか」
少し大袈裟に肩を竦める。つぐみの妬き餅の苛烈さは武も身を持って知っていた。

「私、武の家庭壊すつもりは全然無いけど、この気持ちはつぐみにも負けないわよ」
「そっか…。ありがとな」
「嬉しい? 私に好かれて嬉しいの?」
「当然だ。人に好かれて悪い気はしないよ。ただ、あまりその気持ちに答えられないのが
心苦しいが…」
「そんなこと無いわよ。私の気持ちを武に知ってもらえて、受け入れてくれたんだから
これ以上望んだら罰があたるわ」
笑いながら答える優春。これ以上望むという事は、新たな軋轢を生むという事である。
それは優春の望んだ事ではない。
「俺も好きだよ」
武も優春の言いたい事が分かったのか、素直に自分の気持ちを伝えると強く抱きしめた。
……
……
「ねぇ…」
「何だ?」
エレベーターが止まって1時間近く経った頃、武の胸に顔を埋め夢心地だった優春が声を
掛けた。
「もし、このまま救助されたらニュースとかになるのかな?」
「エレベーターの停電程度なら、たいした記事にはならないだろうな」
「そうよね。でも、閉じ込められてたのが私達の場合は、どうかな?」
「……」
先ほどつぐみに話した内容を思い出す武。
「不味い、か?」
最初は下手に動いて目立つことを避けて大人しく救助を待っていたが、LEMU圧壊事故を
蒸し返してセンセーショナルに書き立てるマスコミが無いとは言い切れない。
「色んな意味で不味いと思うわ。マスコミは面白がって書くでしょうけど、それは圧力
かければ大丈夫だとして、問題はエレベーターで1時間2人きりだったと言う事をつぐみ
に知られることね」
「だな」
かなり不穏当な発言が含まれているが、そのことは2人には大した意味はないらしい。
「しかも、さっきつぐみに電話したとき私が居ること言わなかったでしょ? 故意じゃ
ないにしても、結果として事実を隠した事になるわね」
「……」
「あのつぐみがどんな反応を示すか、解るよね?」
「…救助が来る前に逃げるか」
「その方が安全ね」
結論が出ると2人の行動は速かった。エレベーターの天井から抜け出すと、一般客に紛れ
てデパートから脱出した。
予断だが、救助隊が無人のエレベーターから通信が入ったとかで騒ぎになったらしい。


優春と別れ帰宅した武。ただのお使いのはずが、ちょっとしたロマンスになって
しまった。
「ただいま…」
「お帰り、大変だったわね」
つぐみが出迎え、労いの言葉を掛ける。
「あぁ、別に大した事ないって。あと、これ頼まれてたもの」
「ありがとう」
武から目当てのものを渡されて御満悦のつぐみ。電動ドリルの替え刃を貰って喜んでる
女子校生風の女の子という構図も、中々斬新だった。

「ねぇ〜パパ〜♪」
一息ついた所で、猫なで声で武に擦り寄るのは沙羅。沙羅が武に甘えるのはいつものこと
だが、こういう時の沙羅は必ずと言っていいほど裏があった。
「な、何だ沙羅?」
警戒モードに入る武。
「楽しかった?」
「な、何のことだ?」
「ふーん、いいの? ママに聞こえるように言ってもいいんだよ?」
意地悪い笑顔でプレッシャーを掛ける沙羅。
「……用件を聞こうか?」
つぐみの様子を確認して抑揚の無い声で答える。
「さっすが! だからパパって大好き!」
満面に笑みを浮かべて武に抱き着く沙羅。やっかいな相手に秘密を握られ、武の顔は
引き攣っていた。
「ふふ…。仲が良いわね、あの二人」
事情を知らないつぐみが微笑ましく二人のやり取りを見ていた。


場所は代わって田中母娘の住むマンションの一室。
「…うふふ」
どうしても笑みが零れてしまう優春。
「どうしたの? 何だかすごく嬉しそうじゃない?」
すこぶる上機嫌の母親を不思議そうに見る優秋。
「別に何でもないわよ。少し嬉しい事があっただけ」
「少しって感じじゃないけど…。で、何があったの?」
「うふふ…。秘密」
悪戯っぽい笑みを浮かべ煙に巻く優春。
「ふーん…」
ちょっと不満顔の優秋。しかしここである事を思い出し、何気なく質問する。
「そういえば、さっき空から電話あったよ。楽しかったですかってどういう事?
あと、明日詳しく説明してくださいって。意味解る?」
「……」
不自然ににこやかな空の顔が浮かび、表情を引き攣らせる優春。
どうやら、秘密というものは簡単に漏れるらしい。




後書き
PULです。投稿は3作目ですが、SSとしての投稿はこれが1作目になります。
今回は優春のほのラブ系短編ですが、私の書くSSの基本スタイルになります。
EVER17では、つぐみ、優春、空が気に入ってます。
次回はつぐみか空の短編にする予定です。


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